2020年05月10日

ヴェネチアの悲劇

ペストの医者.jpg

 「アドリア海の女王」という言い方に惹かれたし、「水の都ベニス」そんな呼び名にも惹かれて、数回のヴェネチア行があった。
ヘミングウェイの常宿でもあった五つ星+Lのグリッティパレスの朝食に憧れて、大運河からボートでチェックインしたこともあった。朝日に輝くサンタマリア デッラ サルーテ聖堂を前に、ゴンドラの行き交うキャナルを見ながらの朝の食事は、夢のまた夢のときだった。

 ある年の大晦日にはサンマルコの広場で、足の踏み場もないほどのシャンパンのボトルの破片の中で、新年のハグをかわした。無数の花火が新しい年の来復を告げていた。
 迷路のような狭い路地を訪ねて、カサノヴァのトランプを買いに行ったこともあった。亡き岩田糸子さんとゴンドラに揺られて島中を遊びあるいたこともあった。

 万華鏡のようなヴェネチアがもつとも輝くのはなんといっても二月のカーニバル、世界中のセレブが集まって美しいマスクをつけ、中世のドレスをきこんで島全体が何世紀の昔に帰る。仮面をつけ、時代衣装をまとえばだれでもが祭りの主人公になれる。
 昔貴族たちが美しい娘たちを手に入れるため、仕組まれた仮面舞踏会の作法がそのまま二月のマリア祭に持ち込まれたのだ。わくわくするような美しさに包まれた猥雑な行為に、人々みなが生きる命を謳歌しているようだった。

 ことしのカーニバルは、武漢コロナのおかげで途中打ち切りの憂き目にあつた。中国の一帯一路の甘言に乗った結果がこれだった。
 カーニバルのマスクの中にはかってのペストの経験から「ペストの医者」と呼ばれる鷲鼻のマスクもある。マスク工房の店は蠱惑的なマスクを店頭から引き揚げ、みなこの「ペストの医者」を飾ったが効果はなかった。
 ヴェネチアの全人口の一割ものひとびとが、あの世にたびだってしまった。 人影のきえたサンマルコの広場は悲しい。ペストの医者も悲しいけど、これが現実だ。
 ヴィスコンティの「ベニスに死す」が蘇ってきた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする