2020年06月30日

藤井七段の勝負服

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 山の手のお嬢さんの勝負服は、大抵母親の選んでくれた「レースのワンピース」だった。髪にリボンをつけ、ウェスト・ベルトは後ろで大きな花結び。清楚、真面目がテーマだった。
 いまのお嬢さんはシースルーのスカートに、トップは見せるキャミソール。足も胸もそこはかとなく見せつける。なによりも勝負服は、セクシーでなければならない。
 いっときは、勝負服ならぬ勝負パンツというのが話題になったが、見せる文化が当たり前となり、少しばかり大胆な勝負パンツをみても、誰も何も言わなくなって女性たちの気分も高揚しなくなったのだろう。スーパーカットのレースパンツも、危ない紐パンツも、グラビア・アイドルの小道具程度の評価になってしまった。

 天才藤井聡太七段が地味なきもので、ヒューリック杯棋聖戦に登場した。黒の羽織、紺のきもの、グレーの仙台平の袴姿である。恐らく成人してから初めての着物姿であったことと推察したが、見事 王将、棋王の渡辺棋聖を破った。勝負服としてのきものは、藤井聡太七段に幸運をもたらしたのだ。
 きものという地味な勝負服が見事に役割をはたした。
 競馬の天皇賞や菊花賞で騎手のきる派手でペラペラのシャツがあるが、あんな勝負服より、地味なきものの勝負服のほうが遥かにいい。

 作家の向田邦子さんは、小説の追い込みになるといつも勝負服に着替えたという。彼女の勝負服はお出掛けの服よりもずつと金をかけた立派な服だった。人にみせるものではなく自己の仕事に勝負する心意気が、勝負服に充ちていたというエピソードが嬉しい。

 我が家の勝負服はシンプルなカフェ・エプロンと決めている。筆者は黒、デスクはワイン・カラーである。山ほどの資料に立ち向かい、パソコンの前の悪戦苦闘にはこのカフェ・エプロンがいちばんい。
 なによりもコスパに優れている。 
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2020年06月29日

アサヒカメラ 遂に廃刊!

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 日本最初の写真雑誌「アサヒカメラ」がついに廃刊になった。
朝日新聞よりさきにアサヒカメラが倒れるとはおもわなかつたが、やはり出版不況の波をかぶったともいえるし、デジタル化時代に対応できず、カメラ人口が圧倒的に増えているにもかかわらず、結局カメラ愛好家たちのニーズに答えられることなく敗れたとも言えよう。
 言葉を変えれば、アサヒカメラが維持してきた映像の権威がもろくもくずれさったということだろう。今日のカメラ・ユーザーの意識とは全く違う処に
アサヒカメラはあった。

 ドイツの名カメラLeicaが発売されたのが1925年春、そのあくる年1926年4月に創刊されたアサヒカメラはこの国の写真の世界を引っ張ってきた。 ワイマールの芸術学校バウハウスで起こった「ノイエ・フォト」運動をいち早く紹介して、当時日本にすでに上陸していた「ノイエ・タンツ」などとともに新芸術の先頭にたっていた。
 ただその後の写真におけるデータ重視の傾向は、写真から詩や文学を奪い、感覚とデータだけのつまらない写真にしてしまった責任も多いにある。
 3年前、アメリカのカメラ専門誌Popular Photpgraphyが廃刊し、いま世界一のカメラ製造基地である日本からアサヒカメラが消えるという事実はなんとなく寂しくもある。
 デジタルの現実をリアルに捉えることが出来ず、いまこそフィルム! と表紙にすりこんで最終刊となったのは、親会社が最後まで従軍慰安婦にこだわり、国内版で訂正謝った後にもかかわらず国際版では従軍慰安婦の存在を肯定し続けて、結局クォリティ紙の権威を失った現実とオーバラップする。
 アサヒカメラの後に新しく生まれるカメラ誌に期待するしかないだろう。
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2020年06月24日

都知事選挙に絶望する

赤いレインボーブリッジ.jpg

 東京在住の友人から電話がかかってきた。
 「ねぇ、東京都知事だけど誰がいいと思う」「うーん、困った質問だなぁ…」「意見があるでしょ、教えてよ。」「そりゃ意見はあるけど、都知事に関しては本当に困るんだよ」「どうして、誰か近親者でも立候補してんの」「とんでもない、誰か知人が立候補していれば、忖度して投票するけど…誰もいないから困っているんだよ」 「誰もいないって?沢山立候補してんじゃない」「だから困るんだよ。東京には人がいないのかなぁ。ゴミ捨場みたいなとんでもない人しか立候補してないじゃない。もっと東京の明日を託せるような、賢人に立候補してもらはないと、アフター・コロナの東京に希望が持てなくなってしまうね。」

 小池知事はなにかというとヨコモジを持ち出して大衆を幻惑する手品師みたいなもので、なにひとつ公約を実行しないという珍しい人柄だし、……。築地は守る! 豊洲は活かす! と言った後、築地は「食のテーマパーク」にすると再開発を約束、舌の根も乾かないうちに築地には「国際会議場」を建設すると発言、その時々の風次第であっさりと前言を翻す水商売の女のようでもあるし、選挙の時の公約「七つのゼロ」もなにひとつ実行されていない。
 満員電車ゼロ、電柱ゼロ、残業ゼロ、待機児童ゼロ、ペット殺処分ゼロ、介護離職ゼロ、多摩格差ゼロ、辛うじてペット処分ゼロだけが達成している。
 オリンピックの会場問題も騒ぎ立て、宮城、埼玉、神奈川とあちこちに期待を持たせただけで、結局すべてはもとの鞘に収まってなにひとつ変更はなかった。 要するにこの人は目立ちたいだけのパフォーマーなのだろう。

 コロナ対策もアメリカの疾病対策センターを真似してCDC東京版を創設するといっているが、東京大改革も結局はレンボーブリッジを真っ赤にしたかっただけのタレント上がりなのだろう。 本当に都政の明日をたくするに相応しい賢人よ出てこい、といいたい。

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2020年06月20日

哀しみと喜びのレビュウ・コロナ2020

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 次の公演は開くべきか、止めるべきか、今悩んでいる小劇団や、ショウ・チームは随分沢山あることだろう。
 彼らは商業演劇とはことなり、自前で劇場をかり、仕込みから宣伝まですべてすべて手ずくりでやらなければならない。
 なんとか公演に持ち込んでも客席の半分はカラでなければならない。ちいさな小屋を満員にして、やっと採算のとれる公演で、前後左右に空席を確保しての公演では、到底採算はとれない。
 なによりも劇場空間の熱気も伝わらず、狭い楽屋も駄目となれば、ロビーで化粧するしかないだろう。
 テレビタレントならばライン参加とかいって自宅からの空疎な映像でかせぐことはできるが、バイトをしながら明日を志す役者やダンサー達は希望をたたれ、モンモンと時間を費やしていくしかない。

 ならば逆手にとって「コロナ」をテーマにしたレビュウなど上演したら如何と、考えてみた。

序章  コロナ感染者たちのボレロ
第1景  コーモリの喜び(4羽の白鳥風)
第2景  フェイス・シールドによる医者と看護師の二重唱
第3景  はなればなれのラインダンス・A
第4景  モダンダンス・コロナ菌の発病と感染
第5景  マスクの踊り・極小から巨大までのライトショー
第6景  ロックアウトの兵士たち
第7景  クラスターの群舞・ホストクラブとバレエ・スタジオ
第8景  はなればなれのラインダンス・B
第9景  孤独のバラード
第10景 体温測定のタンゴ
第11景 旗のバトル・中国旗とアメリカ旗、日本、英国、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアと国連旗 などなど
第12景 集団行動・コロナにぶつからない
第13景 喜びのラインダンス
第14景 グランド・フィナーレ

 題して「哀しみと喜びのレビュウ・コロナ 2020」 でした。


 
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2020年06月16日

イージスアショア配備失敗

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 さぞや今頃は祝杯を挙げていることだろう。
 北朝鮮政府人民解放軍の最高幹部達、それに祝電もとどいている。中国共産党とロシアプーチン政権からである。
 なにって?「日本政府が、山口と秋田に配備予定だったイージス・アショアの計画を中止したのだ」北朝鮮の大陸間弾道弾にとってこんな朗報はない。 これで北の威力はいっきに100倍のびた。日本は北の高性能ミサイルのまえに、丸裸となり全面降伏したも同然である。かねてから日本の反日左翼勢力に、イージス・アショア配備反対の工作員をもぐらしていたが、こんなに成果をあげるとは考えてもいなかった。

 山口県知事も山形県知事もよくはたらいてくれた。山口と秋田の二正面で日本の全土をカバーできるという日本の防衛庁の思惑が見事に失敗したのだ。
 防衛庁の職員がタイミングよく居眠りしてくれたのも幸運だった。日本のノー天気な世論は、居眠りと国防を一緒くたにして、イージス・アショア反対を叫んだ。 職員の居眠りはそれはそれで訓告すれば済むものを、反対派の声に反論できず、日本政府が国を守ることを放棄するなど考えられなかった。

 最後は攻撃された場合の反撃ミサイルのカバー、すなわちブースターの落下場所が基地内でなければならない、というゴリ押しに負けて防衛庁は手をあげた。 というより、もう馬鹿馬鹿しくなったのだろう。こんな国民あいてに防衛努力をしても無駄なことだとあきらめたのだろう。
 戦争とはなにかという基本的なことを理解していない日本国民の無茶苦茶な理屈が通り、そんなことすら説得できない日本政府って何なのか、社会主義国には想像もできない珍事だ。戦争とはいつどこにミサイルが飛んでくるか、ブースターが落ちるか、そんなことは些細なことで国家が滅びるか、どうかの重大事なのだ。 ミンゾクが滅びるか、どうかの瀬戸際でブースターの落下場所でもめるなどというのは、珍事以外のなにものでない。
 敵方の宣伝工作としてもお粗末な話。 戦争への想像力がない山口、秋田の知事と日本の野党は、日本が滅びることを願っているのではなかろうか。

 この話は2020の寓話であってほしい、祈っている。

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2020年06月13日

犬たちの伊勢参宮

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 江戸時代、60年に一度、突如として起こった伊勢神宮をめざした「おかげ参り」についてあれこれ資料を整理していたら、人間のことよりも「犬たちの冒険旅行」に眼を奪われた。
 飼い犬をひとりぼっちで伊勢参宮に向かわせるというのだ。
 飼い主の主人公が病をえてその年の伊勢参りが出来なくなった時、犬の首に注連縄を巻き、そこに伊勢参宮をこの犬に託する旨の手紙を付ける。 勿論餌代に相当するお金もつけて、お伊勢参りの人達に紛れて、参宮代参を犬に託したという。

 広重の「伊勢参宮宮川の渡し」や「東海道五十三次四日市」にもこの「おかげ犬」といわれた犬たちが描かれている。
 道中この犬に出会った人々はエサを与え、寝床も用意して面倒をみたのだろう。けっして贅沢旅行ではなかった「おかげ参り」の人々にとって迷惑ともいえるこの犬の面倒をみるのは楽なことではなかった筈、それでも伊勢参宮の人々にあった優しさがこの犬の代参を助けた。
 何日間も見知らぬ旅をしてようやく着いた伊勢神宮では、神官が竹筒にはいったお札を犬の注連縄につけて返したという。

 福島須賀川の十念寺には伊勢参りを代参した「シロ」の犬塚がある。須賀川の旧家市原家に飼われていたシロは兼ねがね利口な犬だという評判だったが、ある年主人が病に倒れ、恒例の伊勢参りにいけなくなったとき、シロの代参があった。
 シロは2か月後に伊勢内宮のお札を首の竹筒に入れ、ふらつきながら福島まで返ってきたという。アッパレなシロのお伊勢参りが今日に伝えられている。

 明治以来政府の方針で洋犬ばかりとなつてしまったが、日本には昔から住み着いていた村落犬や地域犬がいた。秋田犬、川上犬、紀州犬、甲斐犬、柴犬などみな優れた里犬だった。
  カタカナ文字の犬種に憧れるのも結構だが、もう少し日本の犬の優れたところにも眼を向けるべきだろう。

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2020年06月07日

パリの美術館全作品の画像解放

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 いまひどく神経質なのが著作権というお化けだ。
 この国ではあらゆるジャンルに先駆けて、音楽著作権が確立した。かっては映画スターという種族が豪壮な家に住んでいたが、いまでは音楽著作権に保護されている人々がみな裕福な生活を営んでいる。
 本も売れなくなったので、作家という人たちがもっている文芸著作権もさほどではなくなった。

 ましてや演出著作権などというものはほとんど存在しない。芝居、ミュージカル、オペラ、ショウ、テレビなどずいぶん多くの作品にかかわってきたが、律儀に上演著作権料を送ってきてくれたのは、ジャニーズ、ナベプロ位のものだった。概してポップス系の人の方が正直で、クラシック系の人には著作権無視のひとが多かった。一時、アメリカが音頭をとって、ビジネス・モデルまで著作権を設定しようという動きがあったが、後進国の浮沈にかかわるというのでうやむやになっている。

 パリ市内に14の美術館を持つ、PARIS MUSE'ESという公的な美術運営団体が、ことしから14の美術館がもつ作品10万点のデジタル映像を自由に使用していいという方針をうちだした。美術館、美術展の撮影禁止がなくなったのだ。
 日本では馬鹿の一つ覚えのごとく「撮影禁止」が横行しているが、彫刻や立体作品などで、はてなんで撮影禁止と首をかしげるような場面にまま遭遇した。この件については、さすがアートの国フランスであると感心する。
 映像でも広告でも下手な絵やイラストに支配されるより、評価のある作品が登場したほうが、いいにきまっている。
 ルーブルの廊下でも模写や摸刻に励んでいる美術学生がいるが、立入禁止というよりははるかに明日の芸術家を育てている、といった気分が伝わる。すべては人真似から始まるのだ。
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2020年06月06日

ZOOMという名の危険ソフト

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 評論家の大高未貴さんが兼ねがね警告を発していた。 ZOOMというアプリの危うさについてのことだった。セキュリティの甘さと、スパイ・ウェアをインストールすることが可能なバグがあちこちにあるというのだ。

 アメリカのレティシャ・ジェームス司法長官はZOOMは「セキュリティーがないに等しい」と発表、国家安全保障局に在籍していたハッカーのパトリック・ウォードルはユーザーのパソコンをハッキングすることが自由にできると発言、IT系サイト「マザーボード」はユーザーのメールアドレスが自由にとりだせると発表した。
 その結果NASAはZOOM使用を全面的に禁止、アメリカの政府関係機関もいっせいにZOOMの使用禁止にふみきっている。

 折からのコロナ騒ぎにのってZOOMサロンだの、ZOOMによる学校教育など急激に需要がふえ、なかにはZOOM使用することがとても良いことのようにカン違いしている向きがある。
 会社の経営会議でも、子供の教育プログラムでもすべてツツヌケで、どこかの国のスパコンにしっかりと保存され、ある時愕然とすることのないように気をつけねばならない。
 ZOOM飲みとか、ZOOMキャバとか、随分と恥ずかしいZOOM使いだし、みんなで手の洗い方などで歌ったり踊ったりしている隣りの国民をみれば、何処かの国の共産党は今こそ領土侵攻のチャンスととらえるかもしれない。

 ZOOMキャバにお勤めのオネェチャンは、お店とは異なり、アフター(同伴外出)に付きあわなくて済むし、身体も指一本触られないから楽ちん、バーチャル背景を使えば、自宅もばれないしコロナ様様なの、といってられたが、そんなリモートサービスでいつまでも下品な酔っ払いが満足する訳もなく、いつかとんでもない事件がおきるような気もする。
 ワンクリックでシャンパンをおごるおじさんと、エア接待のZOOMキャバ嬢のエロ風味のサービス合戦がどんな決着をみるのか、興味はつきない。
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2020年06月04日

梱包は芸術ですか?

青いアンブレラ.jpg
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 茅葺の小さな農家の窓があいて、おばあちゃんがじっと外をみつめていた。
 北関東の静かな農村地帯に突如として都会の若者やら、スポーツカーのカップルが押寄せた。こんなに多くの人を見たのは、おばあちゃんの一生にとって恐らく初めての経験だったろう。
 クリストさんという変な外人に頼まれたから、まあえぇやろと承諾したが、こんなことになるとは想像もつかなかった。

 見渡す限りの田んぼにでっけえ傘がいっぱいたっちまって、まあ驚いた。傘の直径は8.7m、高さは6mの青い巨大な傘が見渡す限り1340本も立って、何のためだか知らねぇが、東京の方からぎょうさん人間がやってきた。聞くところによると、海をはさんだ対岸のカリフォルニアつぅところにも1760本の黄色い傘がたっているそうだ。
 クリストとジャンヌ・クロードの太平洋をはさんだアンブレラ・プロジェクトは1991年だった。

 それまで彼らは、1969年に海岸の梱包をしたし、1970年にはロッキー山脈の谷間に巨大なカーテンをつけ、1985年にはパリ、セーヌ川にかかる一番古い橋ポンヌフを梱包した。
 「芸術は永遠であるという概念への挑戦」がクリスト夫妻の主題だった。
 もしこの春に世界的なコロナの騒動がなければ、凱旋門が梱包される予定だった。先だった女房との思い出のパリ、ふたりで登った凱旋門を梱包して人生のターミナルにしたかった。
 が未遂のまま5月末、クリストはニューヨークで84歳の生涯をおえた。さぞ残念なことだったろう。 合掌
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2020年06月02日

インバウンド、グローバル、コロナ、マイクロ・ツーリズムのお笑い

星野温泉看板.jpg

 ついこの間まで「インバウンド、インバウンド」の大合唱だった。
 町長も観光協会長も口を揃えてインバウンド、一行徒党を組んで中国やら、台湾やらへ宣伝旅行、インバウンドにあらざれば人に非ず、の呈をなしていた。今日からはグローバル、なにごともグローバルに物事を考えなければ明日はない。流行はインバウンドとグローバル、それ故にG7にもG20にも立候補します。なにしろ軽井沢は国際観光都市ですから。
 実態は国際会議場ひとつなく、通訳システムひとつない。頼りはプリンス・ホテルの広間と万平ホテルの離れではなんとも恥ずかしい。かと言って会議都市としてのシステムを創る覚悟も意欲もない。
 星野リゾートの社長も地元志向だった星野温泉を潰して、インターナショナルな客のため1人一泊80.000なり、二人でいけば一泊20万円の超高級旅館に衣替え、更にアメリカのジャンク・ファンドの資金を頼りに、日本中の営業生きずまり旅館、ホテルの運営に乗り出している。

 早速グローバルからの仕返しがきた。ヨーロッパではいち早く「グローバル化反対」の狼煙があげられたが、盟主イギリスを始めドイツ、イタリアと手元不如意だったため、まんまと一帯一路の罠に堕ちた。
 お礼のしるしに新型コロナの大群が押寄せた。もはや手遅れ、やっぱりグローバル化しなければよかった、とぼやいても国境まで取っ払ったあとでは間に合わない。簡単に国を開くとこんな眼にあう、その見本のようなコロナ来襲だった。中国人の去った後にはコロナ・ウィルスが猛威を振るい、何十万の同胞を失い、経済も滅茶滅茶になった。絶望的なコロナの跡である。

 星野リゾートのボスは早速に看板をつけかえた。これからは「マイクロ・ツーリズム」。日本語でいえば「小さな旅」である。ご近所や県内の客を大事にしなければ明日の観光はない、どの口が言うかという話、ご近所や国内の客を追い出したのは、星野佳治あなたではないか。
 英語で表現することで、ごまかそうとするのは、小池百合子も星野佳治も同じ、日本の教育をうけず海外の学校を卒業した人々だ。小池百合子はとうとう「ウィズ・コロナ」といいだした。かたや「インバウンド」が駄目なら、「マイクロ・ツーリズム」、かたや「ステイ・ホーム」の後は「ウィズ・コロナ」この人たちには日本人の真面目な心情はない。
 その場しのぎの外来語を弄ぶ無国籍な人々である。こういった人たちとは、正しくソーシャル・ディスタンスをとっておかなければ、ひどい目に会うのは庶民である、と事実が証明している。


posted by Kazuhiko Hoshino at 15:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする