2020年07月31日

武漢「臓器ビジネス」の闇

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 渡航制限が続くコロナのさなか、中国の技能実習生の命を救うため日中の医療関係者が国境を越えて協力した、という美談が報道された。
 中日新聞、東京新聞、NHK、フジTV などのメディアが主役である。

 この場合の医療とは「心臓移植」という臓器にかかわることであった。ここ数年臓器移植にかかわる中国の医療ビジネスは世界中から疑惑の眼が向けられている。なぜなら臓器提供の実数と、中国の人口、受刑者など臓器提供ににかかわる人の実数に差がありすぎるのだ。

 日本での臓器医療待機時間は平均3年はかかるが、中国武漢では一か月から2か月、欧米先進国とくらべても何倍も早いという現実がある。
 医療ジャーナリストの伊藤純也氏は「武漢は待機時間が非常に短い。数か月で移植できる」と説明し、「何故そこまで早く受けれられるのか」という質問にたいして「日本とは制度が違う、人口も多い、考え方も違う」とコメントしている。

 多数の証拠を集め、それらを検証して人道犯罪を裁くロンドン民衆法廷は、2019年6月に 「武漢に於ける臓器移植手術は、囚人からの強制収奪、少数民族新疆ウィグル人等からの非人道的な「臓器摘出」が相当程度行われているという裁定」をくだした。いまでは少数民族以外にも法輪功学習者や香港反政府主義者など、次々と臓器ビジネスの対象者になっているという噂がたえない。

 こうした疑問、実態にかかわる情報を知りながら、美談にすりかえているこの国のメディア関係者がなんと多いことか、我々自身の問題として考える必要があるだろう。

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2020年07月28日

文科省の北朝鮮スパイ

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 北朝鮮のスパイ・リストに文科省調査官の名前があった。
 韓国情報当局が脱北者団体の家宅捜査をしたところ、「北朝鮮スパイ・リスト」がでてきた。仔細にチェックしてみると、日本の教科書検定にたずさわっている文部科学省調査官の名前があった。報道したのはアサヒ芸能7月21日号。普段まったく見ることのない芸能週刊誌だが、たまにとんでもない情報がでる。

 韓国で報道されるまで、日本の公安は何をしていたのだろう。しかもこの調査官は、歴史教科書に「従軍慰安婦」を復活させ、「新しい歴史教科書をつくる会」が提出した教科書を不合格にした張本人だという。
 ネット上では既に名前も履歴も明らかになり、本人はかたくなに取材拒否をしているようだが、なによりも文科省という役所にこんな人物がいることが信じられない。かねてから出会い系バーに通い、女性の貧困調査と抗弁した事務次官がいたが、文科省こそは次世代の教育をコントロールする重要な役所である。

 次世代の日本国民のために正しい歴史教科書を検定する義務があるにもかかわらず、北朝鮮や韓国、中国に忠実なスパイがいたなんて、口あんぐりである。
 こんな人間の存在を許さないために公安はあるはずだが、役所相手で調査できなかったという言い訳は許されない。

 萩生田光一大臣は大号令をかけて省内の反日分子をあぶりだすべきだ。腐りきった文科省の立て直しを早急に期待したい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月25日

武漢コロナ「世界記憶遺産」登録希望 A表

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武漢コロナ「世界記憶遺産」登録希望思いつくまま。

❶ 悪病退散アマビエさま グッズ色々
❷ 小池百合子と今日の感染者一覧表
❸ 一般用カラーマスク実物見本 
❹ WHO事務局長テドロス時系列発言一覧
❺ 武漢海品市場リアル写真
❻ こうもり 刺身 フリーズ見本
❼ 人間の消えたブロードウェイ
❽ 門田隆将著 疫病2020
❾ 駅前飲み屋のおばさんのフェイス・シールド
➓ 中国製ゴミ付きマスク
⓫ ジャニーズ 手洗いダンス
⓬ 歌舞伎町 入口ネオンサイン
⓭ 赤いレインボウ・ブリッジ
⓮ 志村けん・岡江久美子 笑顔パネルと死亡証明書
⓯ 疫病退散・無病息災 八坂神社茅の輪守
⓰ ジュン・アシダ製 最高級マスク
⓱ 今日の感染者 世界一覧
⓲ ソーシャル・ディスタンスのプロ野球と大相撲場所風景
⓳ 2枚のアベノマスクとのGo To 計画
⓴ パリ発 医療従事者への20時の感謝の拍手音 などなど

特別展示 習近平のポーカーフェイス (蝋人形)
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2020年07月23日

青山通りの青春

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 和製アメリカン・カジュアルのVAN、JUN、TACなどが、評判をとり若者たちを虜にしていたころ、極めつけとして青山通りに店を構えたのが、ニュヨーク発の Brooks Brothersだった。
 リンカーンが暗殺された時、着ていたコートはブルックス・ブラザースだったという歴史的事実とともに、日本の若者にアピールした。
 オンワードやレナウンに代表されていたメンズトラディショナルに楔をうち、青山通りを一気にファッション・ストリートに変えたのだ。
 紀伊国屋から東宮御所のあたり、ようやくビルが建ち始め、青山通りビル群に流行の風を誘い込んだ。 以来、青山通りはジュン・アシダ、三宅一生、コム・デ・ギャルソン等の日本勢と、マックスマーラ、プラダ、ロエベ等の舶来勢がしのぎを削るファッション街となった。

 バブルの終焉とともに流行の季節は急速に力を失い、ストリート・ファッションの機能性に世界の眼はうつっていった。
 ZARAやH&Mとともにユニクロが世界規模にのしあがり、かってのクチュール系やらハイ・ブランドはいずれも苦境に陥ちいった。
 高価なファッションはダサイとされ、コスパに優れたストリート系で充分という意識が育ってきたのだ。
 ワークマンやワークマン・プラスが新しい衣服の主役に上るなど、想像もつかない現実が町を支配するようになった。

 こうした現実の風をまともに受けたのが、中途半端な既成ブランドだつた。ブルックス・ブラザースも当り前のように不振にさらされ、アメリカン・トラディショナルの看板も神通力を失った。海外進出第一号として東京青山に進出したブルックス・ブラザースも、コロナ旋風とともに閉店することになった。

 石渡裕さんから思い出があるでしょうからと、ブルックス・ブラザースのミニタオルが贈られてきた。いかにものBB風の柄をみていたら青山通りの青春がよみがえってきた。 紀伊国屋のピタパン、石津一族のパジャマ・パーティ、鈴乃屋の自殺事件、草月ホールのSKD、帝王紫と貝紫、ワコール・ホールでの夜会服コンテスト、ルコントのアーモンド・クロワッサン、青山アイドルズの女ボス、アンディ・ウオーホールの初来日等々…。
 思い出の堤防破壊に襲われた。
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2020年07月18日

マスクの半世紀

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 昭和の時代、首に包帯をまいて白いマスクをした少女がいた。
 そうした少女達は熱量が高く、うっかり見つめようものなら、ガンを付けたなと脅かされるのが堕ちであった。
 戦後焼跡の時代、駅前には必ずと言っていいほど、汚れた白衣をきて杖をつき、マスクをした傷病兵のような人が立っていた。戦争で傷ついた風情で同情をかい募金をあつめていた。後にこの傷病兵スタイルのシロマスクは、そうした衣裳を身につけたサギ集団であることがばれ、自然消滅した。

 2、3年前から銀座にいくと白マスクならぬ黒マスクや赤マスクをみかけるようになった。どぎつい色のマスクからはほぼ中国語がとびちっていた。
 原宿を歩くとグレーやチョコレートのマスクをみかけた。少しお洒落なイメージもあり、マスクの白からの脱出に少しずつ共感できるようになった。

 小池知事が、マスクと医療用防護服を20万枚中国に贈ったというニュースが流れた。よもや東京がこんな状態に陥るとはまったく想像できなかったのだろう。
 アベノマスクが話題になった。マスクは医療用から政治用にかわった。

 芸妓さんからは今年の夏の浴衣をつぶしてヒト針ヒト針丁寧につくられたマスクが送られてきた。友人からはハーフトーンのマスクがおくられてきた。人気役者の番頭さんからは家紋の入ったマスクのプレゼントである。みんなそれぞれに工夫をしてマスクを創っている。

 Tokyo Bayには日本初のますく専門店「ますく屋」がオープン。お洒落マスク約100種、500枚がならべられている。
「……まさかこんなにお客様がくるとは」誰よりも店長が驚いている。隣のファッション・ブティックがつぶれて「ますく屋」が栄えるとは…。


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2020年07月17日

「座して死を待つ」尖閣諸島

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 中国の尖閣諸島への接続水域または領海への侵攻が100日以上づいている。
その度ごとに日本政府は抗議をしつづけているが、中国側は尖閣は自国領土であると言い張って日本の抗議を歯牙にもかけない。
 国連の海底調査が発表され、尖閣周辺の海底には石油またはシェールガスがあると発表された、とたんに中国は自国領土た゜と主張し始めた。
常識では考えられないことを平気でやるのが、中国共産党政権の特徴で、常識も話合いも通用しない恐ろしい覇権主義の国であることが判る。

 中国海警局の公船は、端的にいえば軍艦である。大砲をもって領海に侵入し威嚇行動を重ね、にほんの漁船を追い回す。とんでもないことだ。
防衛白書では、尖閣に於ける中国艦船の活動が常態化し、いつ現状変更の事態におちいるか判らないと、危機状態を明らかにしたが、それにたいし、中国は「偏見と虚偽に充ち、中国の脅威を煽り立てた、でっち上げである」と声明を出す破廉恥ぶりなのだ。

 敵基地攻撃能力の配備についても、自民党の一部議員が提唱しているが、ヒヨッタ与党議員やあいかわらずの反日左翼の壁のまえに配備計画はすすまない。中国や北朝鮮の脅威が以前とは比べ物にならないほど高まっている今、自国の安全保障について政府はもっと積極的に施策を講じなければ、とんでもない現実に遭遇するのは火をみるよりあきらかだ。

 「座して死を待つ」専守防衛論などナンセンスなのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 10:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月07日

鮎を守って、人が死んだ、球磨川氾濫

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 熊本豪雨による球磨川流域の死者は60名に上っている。
 メディアは忘れたかのように報じないが、当時から球磨川は日本三大急流のひとつに数えられ、田中角栄首相の時に上流域に水量調節のためのダム計画があった。
 五木の子守唄で知られる五木村を源流とする川辺川ダムの建設計画であった。球磨川の流量調節のためには、支流川辺川の流量をコントロールする必要があった。
 この計画に猛烈に反対したのが、民主党共産党の左翼勢力と左翼市民団体、弁護団の人々だった。群馬の八ッ場ダムと同じ構図で、当時の民主党政権前川誠司国交相の手により、計画は次々と中止された。
 「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズのもと、ダム計画は次々と廃止されたのだ。

 治水こそ政治の要諦と考えた先人たちの知恵は否定され、去年は長野でも千曲川決壊で甚大な損害をうけた。幸い群馬では八ッ場ダムが自民党の手により復活したので利根川流域の水害を免れた。
 上流の五木村は、ダム建設を見越して高いところに移転していたにも関わらず、左翼団体は必用に反対運動を繰り広げ、今日の災害を招いた。 蒲島熊本県知事も民意が反対だから知事も反対と腰がひけ、今日の惨状を招いた。
 つまり今回の球磨川氾濫による60人の死者は、あきらかに人災なのだ。
 こうした問題点を報じないマスコミも同罪といえる。反対をさけぶ一部左翼団体になんの批判もせず、ひたすら「線状降水帯」だからと言い訳をするメディアは多いに反省すべきだし、半世紀まえから計画されていた「川辺川ダム」の建設再開を訴える勇気をもつべきだろう。
 「鮎を守って、人が死ぬ」愚行をいつまで続ける気なのか、球磨川流域に住む住民も眼を醒まさなければならない。
 
posted by Kazuhiko Hoshino at 09:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月04日

7月の軽井沢ぶんか組

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7月の軽井沢ぶんか組は 7月19日(日曜日)14時から、軽井沢しののめ Cafe来実(☎0267・31・5110)です。

今月の主題は 「伊勢参宮とおかげ参り」 映像とトークで行います。

 日本人の心のふるさとであるお伊勢様、「伊勢神宮とはなにか」その実態といまを見据えて、日本人の原体験である伊勢神道のありよう、またどうやって日本の津々浦々に浸透したのか、江戸期の一年に800万人も押し掛けた「おかげ参り」とはなんだったのか、宇治橋の宮前にひろがるワンダーランド「おはらい町」と「おかげ横丁」はいかにして生まれたか、さらに精進落としの「古市遊郭」のリアルな姿など、伊勢という日本一の宗教都市について考えます。
 また今日歌舞伎に残っている「古市遊郭」油やを舞台にした作品「伊勢音頭恋寝刃」など、多彩に紹介しながら文化としての伊勢を俎上にのせます。

 お時間のある方は是非ご参加ください。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月03日

香港は死んだ

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 お休みのご予定は? 香港までお買物。
 香港にいってきたから、ハイお土産。といって渡されたのがペニンシュラのホームメイドの紅茶。いずれにしても香港はヨーロッパへの窓口だった。ヨーロッパ・ブランドの偽物も圧倒的に香港製が多く、スイスの時計が香港を経由するど、ほとんどメカはすりかえられていた。
 それでもアジアにあるヨーロッパは香港だけだった。

 初めて日本航空のジャンボ機が香港便を飛ばしたので、畿内と香港ヒルトンでショウの演出をしたこともあった。今日只今名人として国宝にれっせられている鼓の堅田喜佐久師と当時新進気鋭のこれまた国宝になっている藤舎名生師を伴い、中国の民族オーケストラ30人と舞台を分けて対抗し、見事に笛と大鼓で30人のオーケストラを圧倒したこともあった。中日友好親善大夜会だった。

 7月1日、産経新聞の一面、上2段はクロペタになっていた。そこに「香港は死んだ」とある。
 2020年6月30日。眼に見えない、中国の戦車部隊が静かに香港に進駐した。「香港国家安全維持法」という恐怖による香港統治の幕開けである。
 国際金融資本のセンターとしての香港の地位をみずから捨てたのが中国だ。
 香港には約2万6千人の邦人が在留し、約1400社の日本企業が活動している。この人たちも中国にとって利益にならない行動や習近平への批判はいっさいできなくなる。アリバハやズームやハーウェイのスマホに120パーセント管理され、違反すればただちに拘束され、中国本土に連れていかれ共産党に裁かれるのだ。

 今日の香港、明日の台湾、明後日の尖閣……そして沖縄。 日本政府はなにをしているのだろう。

 香港は死んだ。香港は暗黒時代にはいった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする