2020年07月03日

香港は死んだ

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 お休みのご予定は? 香港までお買物。
 香港にいってきたから、ハイお土産。といって渡されたのがペニンシュラのホームメイドの紅茶。いずれにしても香港はヨーロッパへの窓口だった。ヨーロッパ・ブランドの偽物も圧倒的に香港製が多く、スイスの時計が香港を経由するど、ほとんどメカはすりかえられていた。
 それでもアジアにあるヨーロッパは香港だけだった。

 初めて日本航空のジャンボ機が香港便を飛ばしたので、畿内と香港ヒルトンでショウの演出をしたこともあった。今日只今名人として国宝にれっせられている鼓の堅田喜佐久師と当時新進気鋭のこれまた国宝になっている藤舎名生師を伴い、中国の民族オーケストラ30人と舞台を分けて対抗し、見事に笛と大鼓で30人のオーケストラを圧倒したこともあった。中日友好親善大夜会だった。

 7月1日、産経新聞の一面、上2段はクロペタになっていた。そこに「香港は死んだ」とある。
 2020年6月30日。眼に見えない、中国の戦車部隊が静かに香港に進駐した。「香港国家安全維持法」という恐怖による香港統治の幕開けである。
 国際金融資本のセンターとしての香港の地位をみずから捨てたのが中国だ。
 香港には約2万6千人の邦人が在留し、約1400社の日本企業が活動している。この人たちも中国にとって利益にならない行動や習近平への批判はいっさいできなくなる。アリバハやズームやハーウェイのスマホに120パーセント管理され、違反すればただちに拘束され、中国本土に連れていかれ共産党に裁かれるのだ。

 今日の香港、明日の台湾、明後日の尖閣……そして沖縄。 日本政府はなにをしているのだろう。

 香港は死んだ。香港は暗黒時代にはいった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする