2020年08月29日

安倍首相の悔し涙

安倍首相.jpg

 28日夕刻、安倍首相緊急記者会見が行われた。
 首相の辞意決断にいたる健康事情とコロナ対策などに一定のメドが立ったことが伝えられ、記者質問に移った。
 この記者会見を見ていて、多くの国民が感じたことは、国民を代表すると自称する記者たちのレベルの低さ、人間性の欠如ではなかったろうか。
 まず潰瘍性大腸炎という持病をかかえながら7年8ケ月という長期にわたり頑張ってきた安倍首相に対するねぎらいが全くない。多くの記者のなかで、長いことご苦労様でした、と声をかけたのはただ一人しかいなかったことに驚いた。
 死者に鞭打つ行為はしてはならないというのが、日本人の習性と信じてきたが、この人たちには全くそんな心情は見えなかった。あいかわらずのモリトモやら桜の会を持ち出して非難めいた質問をするなど、呆れた記者もいた。
 辞める人にたいしては、その成果を顕彰し、残された課題にたいしての希望を聞き、さらに今日本の置かれている最大の危機的状況についての発言を促すのなら理解できるが、そうした日本人としての平衡をたもった質問はなかった。

 かって「携帯をもった猿」という比喩が喧伝されたことがあったが、記者会見の模様は「パソコンをかかえた猿」一同。
 「新聞の終り」という本が売れたり、「メディアの終焉」といわれ「テレビの終りの始まり」と地上波からネット族の離脱が当たり前になっている現実にいまもっとも勉強しなければならないのは、ここに並んだ記者たちではないか。

 桜の会の宴会参加費が5000円では、と騒いでみたり、安保法制と聞いただけで戦争を始める気かと殺気だったり、憲法9条といっただけで、反対反対と叫んだり、中国の覇権主義や尖閣列島の危機を報じない不思議な記者たちが多い。
 日本を愛し、日本国民とともにある人間としての最低条件すら欠落しているメディア人が多い。

 多くの宿題を抱え、道半ばにして退陣せざるをえなかったことについて、誰よりも悔しい思いをしているのは安倍首相自身だったろう。
 記者会見の最後には安倍さんの眼にうっすらと涙がにじんでいた。
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2020年08月27日

テレビ東京の功罪

youは何しに日本へ.jpg

 周回遅れの「テレ東」にようやく春が来た、と言われている。
 12504人の来春大学卒業生に希望就職先調査を実施したところ、NHKを抜いて業界第一位になったのが「テレビ東京」だったと報じられている。
ずっとまっすぐなテレ東の番組作りに共感した大学生が多かったということだろう。

 ■ Youはなにしに日本へ?
 ■ 開運なんでも鑑定団
 ■ 孤独のグルメ
 ■ 家について行ってイイですか?
 ■ 池の水ぜんぶ抜く大作戦
 ■ 出川哲郎 充電させてもらえませんか?
 ■ 出没! アド街ック天国
 ■ きょうの猫村さん     等々…
 テレ東制作の番組はコスパに優れたアイディア商品が圧倒的に多い。商店街で石ころ探しのような番組ばかりでスタッフは剥げるほどの苦労をしている。制作能力が貧困な地方局にとっては、優れたお手本なのだが、おおかたのテレビ局は安い穴埋め番組としか見ていないようで、残念な現状である。

 地上波テレビのビジネス・モデルそのものへの疑問をいだかないノー天気な学生達にとっては、テレ東の放映する番組への共感が、希望就職先ベストにもちあげたのだろう。
 テレ東の魅力はテレビ局ではなく、制作プロダクションにあると認識すべきなのだが、そこは見えない学生達である。
 既成局の番組の惨憺たる状態に気が付かない女子アナ希望者よりはまだまし、という現実はあるが、リテラシーが全くきいていない情けない状態の大学生だ。
 喜んでZOOMに浸っているテレビ芸人と、なんにもかわらない大学卒業予定者たちである。
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2020年08月23日

フーターズの挫折

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 アメリカンが大好きな若者や東京出張族にとっての入口は、フロリダ由来の「フーターズ」だつた。
 今年のミスフーターズ・コンテストのクイーンは赤坂にいる、いやダレソレは銀座だとたわいのない興奮でフーターズに通っていた。モデル、レースクイーン、グラビアアイドル系よりは身近でキレイメな女の子たちがサービスしてくれていた。
 いかがわしさのない明るいとなりのチア・リーダーと言った気分で、都会になれていない青年にとってはとても居心地のいいカジュアル・アメリカン・ダイニング&スポーツ・バーだった。

 その昔、プレイボーイ・クラブがあった。
 マリリン・モンローに代表されるプレイボーイ・ガールはカラダにぴったりのダルマと呼ばれる水着ようの服を着、頭に耳をたてて、兎ちゃんのイメージで客にかしずいていた。プレイボーイ・ガールには大きめの女性が採用され、後姿のヒップラインをみただけでドキドキした。前はハーフカップの衣裳から豊かな胸がはみだして、あの頃の日本では考えられないプロポーションの女性たちだった。 
 あのプレイボーイ・クラブにもバブルの崩壊とともに落日が訪れ、オーナーのヒューヘフナーの死とともに消滅してしまった。

 タンクトップとオレンジのホットパンツのフーターズ・ガールのまえに、プレイボーイのうさぎちゃんたちは敗れたが、男たちの女性にたいする認識の変化こそが原因だったような気がする。ゴージャスなエロスより、健康的でコスパに優れた若さのほうが安心できたのだろう。
 そのフーターズがいままた倒産してしまった。  カメラOK。スマホの友撮りもOK。ゆるくて明るいフーターズが生きて行けなくなった、さて時代はなにを要求するのか、まったく判らなくなった。
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2020年08月21日

喫茶店に文化のあった時代

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 西荻窪の駅前に「こけし屋」という喫茶店があった。
 中央沿線の作家や文化人が集まる二階座敷があり、沿線文化の発信地だった。学生時代のコーヒー・デビューはこの店だったが、その時の味はまったく記憶にない。
 山本安英さんが朗読の勉強会を開き、そこで夕鶴を読んだり、スタニスラフスキー演技術について知識を深めた。のちに立教女学院の友達とモーツアルトや、ショパンのレコード・コンサートを開いたりした。こけし屋の二階は文化のカオスだった。

 「名曲喫茶」が登場したのは、新宿や銀座だった。名曲喫茶の主役は正面に鎮座した左右のスピーカー……、特大のALTECやTANNOYが置かれ、圧倒的な音量でクラシックの名曲が流れていた。清楚なおねぇさんがニコリと微笑んでリクエスト・カードをおいていく。
  ワーグナーにしようか、それともマーラーでいこうか、指揮はトスカニーニ いやフルトベェングラー、キザな若者のなかにはスコアーを手に指揮の真似事に酔っている奴もいた。

 「美人喫茶」という名の怪しげな喫茶店も流行った。キレイなおねぇさんが何人もいた。憧れのステュワーデスの服装をまねて店内のあちこちでポーズしていた。15分位で位置移動する。つまり一時間もねばっていれば、一通りのおねぇさんを近くで拝めるという有難い喫茶店だった。

 「シャンソン喫茶」は松坂屋の南側にあった銀巴里にとどめを刺す。美輪明宏を始めて聞いたのも銀巴里だった。薄暗がりのなかに化粧した美少年は信じられないほどの妖気を発散していた。この時の体験がのちの「ヨイトマケの唄」誕生を呼んだように思う。

 いまスタバやドトールでお茶する若者たちに、かって喫茶店にあった文化を説明しても軽蔑されるだけだろう。熱っぽく論じあったサルトルやボーボワールは、何処かへ消えてしまった。
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2020年08月20日

TikTok ZOOM 世界の終り

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 Tik Tok で話題沸騰!! 33万部突破 …集英社文庫の新聞広告である。
 一面ではTik Tok にたいするアメリカの売却命令と、成立しなければ9月15日には国内での運営を禁止するというトランプ大統領の声明が乗っている。日本でも埼玉県と神戸市がTikTokの使用を停止、つづいて大阪、広島、神奈川でも公共団体の運用からTikTokの使用を禁止する方向にむかっている。
 が一流出版社である集英社あたりが、こうしたソフトのセキュリティにまったく無関心であることが恐ろしい。

 コロナ禍のなかでの学校や会社のコミュニケーシヨン・ツールでも、Zoom 会議であるとか、Zoom飲みとかいって、さもZopomを使うことがヨキコトのように煽ってきた。テレビ局など典型的なZoom宣伝部のごとき様相をていしていた。
 本社こそサンノゼにあるが、創業者は中国山東省出身のエリック・ヤンであり、中国政府の要求通りにアカウント管理をしている完全な中国諜報ソフトなのだ。
 天安門事件の時には不都合なビデオ会議を閉鎖したり、人権活動家のアカウントを停止したという前科がある。

 TikTokもZoomも、みな中国サイバーセキュリティー法のもとで運営されている。そこの項目にはすべて「国家安全のために…」ということが書かれ、みな中国サイバースペース管理局の監視のもとに運営されている。個人の自由だの民主主義などというコンテンツは存在しないのだ。
 中国の人口市場に眼のくらんだ財界人や、中国共産党の恐ろしさに気がつかないマスコミ人はこのあたりでしっかりと自己覚醒をして、いま目の前で繰り広げられているサイバー戦にたいする備えをしなければならない。
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2020年08月17日

フワちゃんと小池百合子都知事

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 事務所もバイトもみんなクビ(15回)、落着きがなく異常なハイテンション、注意散漫、わがままで下品きわまりない、……吉本に行きたかったけど月謝が高くて行けなかった、ナベプロはローンが組めたから入った、という只今ブレーク中の女芸人「フワちやん」……27才の女にしては、考えられないほどセンスが悪く、社会人としてのマナーどころか、その振舞いは酷い。
 ステンレスのお盆で局部を隠したり、水着でそんなの関係ないとわめいたり、芸人と称する人々はなぜこんなにも性格破綻者が多いのか。

 小沢一郎をとっかかりに、細川護熙、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎と4代の内閣総理大臣の懐に飛び込み、7つの政党を渡り歩いた小池百合子東京都知事、政界の男殺しとも、政党の渡り鳥といわれても、しぶとく生きつづけるキャッチコピーの小池百合子がフワちゃんと手を結んだ。

 ミニスカートの国会報告でスタートした小池百合子は、アメリカンなフワちゃんの悪趣味が羨ましかったのかもしれない。どうせどこかの代理店が持ち込んだキャスティングだろうが、最終的に知事が選びましたと都の役人はいっている。
 発達障害なタレントと自己中の女知事が組んで、コロナ感染予防のCMをつくるというのだからこの国は平和そのものだ。
 ニューヨークのゲイタウン、クリストファーにいけばどこの店にも翻っているゲイ・フラッグと同じ、東京都の虹のステッカー、その虹のステッカーのプロモーションだというからには、LGBTの人々への事前運動なのかもしれない。

 小池百合子の無駄使いが止まらない。
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2020年08月15日

おいしい浮世絵

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「おいしい浮世絵展」が六本木で開かれている。
 浮世絵という庶民のための版画だから、そこに「おいしい」シーンが描かれていて当然だが、いままで「おいしい」視点で集められた版画展をしらない。
 つい最近も今様のフライパンをふつて無国籍料理をつくつているバッチリメークのお姐さんが、「キッチン・アーチスト」と呼ばれていることに驚いた。「アーチスト」というのは、絵画、彫刻などの名人上手に捧げる敬称とおもっていたが、最近ではコックや美容師までもアーチストと称するようになった。
 浮世絵の凄いのは、彼らにはアーチストなどという気負いはなく、市井の絵師として版元の要求に応じ、日々の暮らしのすべとして絵を描いていたことだ。

 三代豊国の「見立源氏はなの宴」には花見のはなやかな料理が広げられている。
 国芳の「縞揃女弁慶 松の鮨」には美味そうな寿司が描かれ、
 北斎漫画十二編には鰻がダイナミックに描かれ、
 江戸っ子にとっての食は、鮨、蕎麦、鰻、天ぷら であることが再認識される。
 両国柳橋の広重描くところの河内屋には、大川の風景共々江戸の料理屋の豊かな文化がよみとれる。

 「季節のたのしみと食」「にぎわう江戸の食卓」「江戸の名店」「旅と名物」と四部に分かれた展示も判りやすく、難解なモダンアートの展覧などよりはるかにリアルな「おいしい浮世絵展」になっている。
 「おいしい」「マイウ」とテレビに氾濫するグルメ番組に時をつかうより、はるかに貴重な時間の流れている「おいしい浮世絵展」であった。
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2020年08月10日

ジジ・ジャンメール追想

ジジ4.jpg ジジ・ジャンメール.jpg ジジ3.jpg

 36才のジジ・ジャンメールを見た。
 バレエではなくカジノ・ド・パリの舞台だった。
 クラシック・バレエの技術をしっかりと身につけ、そのうえレビューでこれほどの魅力を発揮してくれるスターを知らなかった。
凄いッと感動したが、なによりも見事な脚線美とショーカットのモダンな美貌にすっかりやられた。衣裳と装置を若き日のイブ・サンローランが担当し、
夫のローラン・プチが振付をしていたが、女性のいちばん美しい時に圧倒された。

  〽 君はマレーネ・ディートリヒのようにしゃべり
    ジジ・ジャンメールのように踊る
    服はピエール・バルマンで
    髪にはダイアモンドと真珠が輝いている……My Lovely

 ショートカットのバレエ「カルメン」を生み、映画「ブラック・タイツ」の魅力をひきだしたのは、ローラン・プチという天才振付師だった。
 詩人ルイ・アラゴンは「ジジのいないパリは、パリてはない」と献辞している。

 ヌレエフと踊った「若者と死」が網膜からはなれない。   合掌


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2020年08月09日

その後の軽井沢ぶんか組

軽井沢森.jpg

 軽井沢ぶんか組の8月は「夏休み」です。
 ぶんか組発足以来のテーマを振り返ってみる。

2020 4月19日 「軽井沢いま・むかし」
 縄文期の軽井沢から、江戸期の宿場時代、明治の雨宮・野沢による軽井沢開拓、外人牧師による別荘地化、テンプラ耶蘇から西武によ る500円別荘、政界財界の別荘地化、と文人、芸術家たちの高原から、バブル以後都会の富裕層とアウトレットの街となった軽井沢の今昔をたどる。   リモート映像とトークにより開講。
   5月24日 「LGBTとにほんの芸能」
 清盛と祇王妓女、仏御前、義満・世阿弥、信長蘭丸、阿国山三、若衆・野郎歌舞伎、江戸歌舞伎、中原淳一、木下恵介、三島由紀夫、坂東玉三郎、佐々木忠次、三宅一生、美輪明宏、ジャニー喜多川、宝塚歌劇団、マツコ・デラックス、とにほんの芸能史を創ってきたLGBTの人々をたどって、18枚のフィリップとトークによる進講。
   6月21日「祇園の通過儀礼」
 始業式、初寄り、お化け,大石忌、店出し、女紅場、お茶席、都をどり、みやび会、祇園祭献茶席、祇園祭日和神楽、祇園祭屋台巡行、祇園祭雀踊り、八朔、衿かえ、温習会、祇園の信心、引祝、時代祭、かにかくに祭、お商売、顔見世総見、おけら詣り、家元襲名 等々…祇園町に今日まで生きている習俗、儀礼を多くの映像とトークで紹介。
   7月19日 「伊勢参宮とおかげ参り」
 伊勢神宮の全体像と式年遷宮のこと、伊勢御師の実態、江戸期800万人のおかげ参りとおかげ犬の奇跡、おはらい町の変遷とおかげ横丁、古市登楼の意味、… そして歌舞伎仁左衛門と玉三郎による伊勢音頭恋寝刃の油や10人殺しの場を鑑賞。 映像展示とトークで講演。

   そして8月は夏休み……  映像素材の収集、編集、の作業は結構大変です。
 
   9月20日予定 「流行を失ったファッション」
 戦後焼跡のファションから、ドレメ・文化の学校洋裁時代、ディオールの世界戦略、パリ・モード日本上陸、男性デザイナー の登場、メーカーによる川上から川下への戦略、プレタポルテの誕生、ツィギーとミニ旋風、原宿どぶ板ブランドの増殖、バブルに踊ったヤング・ファッション、ハイブランドに占領された銀座通り、バブル崩壊とともにファスト・ファツシヨンへ、隆盛のジィーンズとエレガンスの敗北、コスパの時代のサステナブル素材 流行を失ったファッション、… 映像とトークの予定。

 会場 軽井沢駅前大通り東雲交差点右 カフェ・来実 申込先 ☎0267-31-5110(隅防)

 軽井沢の町は時ならぬ人の波、スーパーも三密状態、駐車場は95パーセントは他府県ナンバー。        
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2020年08月08日

新聞記者の品質劣化

ミサイル防衛.jpg

 河野防衛相と東京新聞記者のやりとりを紹介する。
 自民党がまとめた新しいミサイル防衛策についての質疑応答である。
 記者が質問する。「周辺国の理解が重要になってくるとおもわれますが…充分に理解を得る状況ではないように思われます。」
 河野大臣がききかえす。「周辺国ってどこのことですか」
 記者「主に中国や韓国になります」
 大臣「中国がミサイルを増強しているときに、何でその国の了解がいるんですか」
 記者「韓国に関してはいかがですか」
 大臣「なんで韓国の了解が必要なんですか」
 このバカバカしい記者会見は動画サービスでみられる。

 自国の防衛策についてなんでいちいち周辺国にお伺いを立てる必用があるのか。そんなことも判らない新聞記者とはなんだろうかと、思う。
 かっての吉田茂宰相だったら、この記者にたいし水でもかけているだろう。
 世界中のどこにいちいち仮想敵国にお伺いをたてて、防衛策をたてる国があるだろう。その記者は多分周辺国の工作員ではないかとすら思ってしまう。

 新聞社というのはいつからこんな程度の低い悪質な記者を雇うようになったのか。あまりにもひどい。
 中国と北朝鮮から多くのミサイルが、日本にむけられているという現実をしらないとしたら、それは新聞記者でもなんでもない。
 尖閣諸島を占領せんと虎視眈々とねらっている国がどこなのか、日本人ならおおよそ知っている。
 かって東京新聞いうのは文化に強いインテリ向けの新聞だったが、いまや反日左翼の運動紙になりさがったのだろうか。
 取材どころか、政権批評にもなっていないこんな反日活動に労するのが新聞であるならば、新聞はいらない。
 新聞は国家と民族にとって、最大の新型コロナである。


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2020年08月07日

新宿西口「思い出横丁」

思い出横丁.jpg

 日本橋、日比谷、虎ノ門、池袋、渋谷、…次々と東京大改造が行われている。
 新宿西口にも迫ってきた。 2029年までに小田急百貨店から新宿ミロードまでが、地上48階建ての超高層ビルに生まれ変わるという計画だそうだ。
 気になるのは西口から大ガードにかけて今に残る「新宿西口思い出横丁」通称「ションベン横丁」のことだ。
 戦後、焼跡に働く貧しい労働者や、若くして夢を食べて生きてきた芸術家たちのオアシスだった。いすまでも新宿大ガード脇の2,000平方メートルの
地域に80件ばかりの店がひしめいている。
 ワインやフレンチなどと言っている成り上がりは決して近かずかないが、昭和の雰囲気の色濃く残る人情味あふれる街である。

 「つるかめ食堂」には当時のB級グルメがそろっていた。
 「カブト」はコスパに優れたうなぎ屋だった。
 「トロ函」には刺身、焼き魚、煮付け、干物と魚料理のすべてがある。
 「やきとりタロー」は焼き鳥の名店。
 「第二宝来屋」はもつ焼きの専門店。
 蛙やどぜうの丸焼きで精を付けたいときは「朝起(アサダチ)」へ通ったのが、徹夜あけの新劇研究生だった。

 戦後焼跡の闇市を彷彿とさせるあんな町はいまはどこにも見当たらない。
 「思い出横丁」は歴史の証人であり、生きた昭和の博物館なのだ。
 再開発には負けないで生き続けて欲しい「ションベン横丁」なのだ。
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2020年08月06日

「新型」にまつわる呪い

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 75年前の今日の夕刊と明日の朝刊に躍っていた活字は「新型」だった。
 「新型」という活字には「無知」という意味と、もはや「抵抗できない」という絶望感がただよっていた。
 新型に続いた文字は爆弾だった。敵米空軍は広島に対して「新型爆弾」を使用したというのがおおよその記事であった。新聞にはそこまでしか書いてなかったので、中学二年生の筆者は新型というのだから、今までの縦型の爆弾ではなく円盤型か、それとも球体型の今まで見たことのないカタチをした爆弾に違いない、と想像した。
 が後日広島の惨状が写真で報じられるようになり、これは尋常一様ではないと認識するようになった。
 学校ではいつもウンチクを垂れる先輩に集められ、「あの爆弾はとんでもない化学爆弾で、ミナコロシ爆弾だぞ」という説明をうけた。

 75年後の今、やはり新聞やテレビに躍っているのは「新型」という言葉である。
 新型武漢コロナには、いろいろな情報がついてくる。
 蝙蝠の刺身を食べた中国人から全世界に広がったのだ。あるいはコロナ菌の形式を調べると、自然界には存在しない形であって、中国が研究している細菌兵器から漏洩したものだ、等々。
 「無知」なわれわれ庶民は、小池百合子のしたり顔と「政府が無策だ。アベが悪い」と騒ぎ立てる玉川某と、テレビに出まくって意味不明の解説をする白鳳大学の肥満老嬢に振り回され、不安な日々を送るしか道はない。
 「新型」という言葉は、あの世界大戦末期の絶望感と人間の無知を思い出させてくれる。

 「新型自動車」といわれても、みな関心をもたなくなった。
 「新型ファッション」も死語になった。 
 「新型コロナ」もはやく死んでほしい。
                     今日は「新型爆弾」の日である。
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2020年08月05日

リモートを弾劾する

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 なにげなく朝のテレビを見ていて驚いた。
 女子アナが、「……それではリモートで生出演していただきます。東山紀之さんでーす。」
 ベテランの羽鳥真一はなにも言わない。いつも騒々しい社員の玉川某も黙っている。番宣で出てきたことは、社内スタッフはもとより視聴者もあらかた承知していて当たり前のようにみている。
 「リモートで生出演」そんな常識がまかり通っていることにあきれた。 リモートはあくまで遠隔地との中継出演であって、すくなくともスタジオには存在しない、ということを意味している。 生出演はスタジオに同時出演して、同じ空間に存在していることを意味する。それ故「リモートで生出演」などという放映形態はありえないのだ。 にもかかわらず番宣でどこか遠く、もしくはタレントの自宅からの中継を「生出演」などという言葉におきかえているとすれば、それは「詐欺」というべきだろう。

 そもそもコロナ悪疫騒動以来、「リモート勤務」「リモート授業」「リモート会議」「リモート飲み会」「リモート・ダンス」など、リモートが氾濫している。
 さも「リモート」こそが、「新しい生活様式」にふさわしい生活スタイルと発言する知事や、オバカ・タレントがいるが、リモートで間に合うのは、金儲けだけが目的の経済人やゲーム屋ぐらいのものだろう。教育や文化の側面で、リモート賛成などというのは人間を否定する堕落した意見であるといえる。

 人と人との触れあいから人格教育がはじまる。少人数の人格教育を標榜したのは母校成蹊学園だった。芸術社会学のゼミは、いつも数人で教授と膝を交えての受講だった。教授の知識だけではなく、共に美術館にいき、劇場に足を運んで、人柄までも身体に染み付いた。いまでもあれこそが最高の教育だったと信じている。
 200人、300人の階段教室で、マスで授業に励む早稲田や慶応の規模にはついていけなかった。テレワーク専門の予備校と変わることがない。人に触れることで人間は成長すると信じてきた。
 リモートやテレワークで間に合うのは所詮それだけのこと。経営者にとってはいつでも馘首できるし、画面を通した虚像としか対面していなければ、愛情もわかないだろう。人間がデジタルの下僕になったり、5Gの奴隷になってはいけないのだ。
 人間を棄ててA1にまかせるなんてことは僕にはできない。
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2020年08月04日

バグダット50度以上の熱波に襲わる

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 イラクの首都バグダットが大変なことになっている。
 世界最古の大学といわれるムスタンスィリーヤ学院が1234年に創設されたことは既にしられているが、歴史的に貴重なこの中東の都にとんでもない危機が迫っている。
 イラクのアバディ首相は先日政府の職員に対し、緊急一日休業の命令をだした。原因はコロナ感染症ではなく、迫りくる異常気象だった。50度以上の熱波が首都を襲うというのが、その理由。
 このところ40度以上は当たり前だったが、さすが50度を超えるともはや人間の生存圏ではなくなる。もはや熱波によって人間の生存が危ぶまれる事態となっているのだ。

 気候変動に対して、なんらかの手を打たなければ、欧州でも毎年5万2千人の人が命を落とすと専門家筋は報じている。
 武漢コロナにこれだけ手を焼いている世界にさらに異常気象の追討ちでは、人類滅亡のシナリオが着々とせまっているような不気味さを感じる。

 本日の感染者は300人を越えました。夜の街、接待を伴う飲食店には、お出掛けを控えていただきたい。……したり顔に記者会見をしている場合だろぅか。
 視野をひろげ気象変動に打ち勝つ全人類の闘いがいま求められているのだ。
 人間の英知を結集して異常気象を征服しなければ、人類の明日はない。
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2020年08月02日

ペットに生きるお姫様方

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 世間への不信感からか、ペットに傾斜する人々がふえている。

 文才に恵まれたI嬢は十数匹の猫に囲まれて暮らしている模様、というのは筆者は現場をみていないからなのだが、時に手を傷だらけにして猫にじゃれられたと訳のわからない台詞を口にしている。オートバイを無鉄砲に走らせたり、著名な画家であった父をこえる絵をかいたり、何百枚のエッセイをものにして、私は売文家にはなりたくないといって、恋人らしき人の事業資金集めに奔走する破天荒な暮らしを続けている。猫の大家族とI嬢の関係は簡単には想像できないが、どこかで猫の生態とクロスする部分があるのだろう、と推察している。

 二匹の犬とともに札幌、高輪、軽井沢を遊弋しているのは、かってワールド・ブランドのスタイリストとして腕をならしていたY嬢である。
 Y嬢はポメラニアンの姉ハンナちゃんと弟グリージォちゃんを、日々の友を越えた殉愛の対象としているかのごとくに見える。普段は冷静で醒めた眼をもっているY嬢だが、二匹のポメラニアンはイテくれるだけで幸せ、「私は見ているだけでナゴムの、」と愛情をかくさない。男性にたいしてもそんな率直な愛をもっているのかどうか、知る由もないが、「この愛に理由はない」とのたまわれている。

 かってキャビン・アテンダントを務め、モデルからハイ・ブランドのスーパーバイザーであったR嬢も、17才のヨークシャ・テリアに自身の生活行動を預けている。老犬の健康にすべてを預けて暮らしている様は、かって個性的に生きていたR嬢のイメージと重ならないが、それが現実でもある。孤独から救ってくれるリリーちゃんという名の愛犬は、先に天国に旅立った彼よりも大きな存在であり、彼女の毎日の羅針盤になっているようだ。

 コロナ感染症のいま、鶏のカンピロバクター感染症や、牛・豚・山羊・などの家畜間を自由に往来して、無数の殺処分を生み出している口蹄疫ウィルスのごとき、悪疫感染症が犬、猫などのペットに現れても不思議ではない。そうした感染症ウィルスに武漢の細菌研究所が注目しないことを祈るばかりである。





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2020年08月01日

祇園甲部 八朔の三本足

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 今日8月一日は「八朔」といい、祇園甲部では夏のお正月になる。
 芸妓舞妓衆はみなKの絽の紋付を着て、日頃お世話になっているお師匠さんやらお茶屋さん屋形をまわってご挨拶をする。おねぇさんに連れられて花見小路から切通しを抜け、井上流お家元へのご挨拶に始まるのだが、お披露目まもない舞妓さんにとってはこの夏のさかりの厚いなかを正装して挨拶回りとは、忍耐そのものに違いない。

 この日襟足の化粧も普段とは違う。都踊りの銀襖の幕開けやら、黒紋付のときの襟足は三本足に化粧する。恐らく黒にたいして3本の襟足がスッキリみえて映りが良かったところから三本になったと推察されるが、出たての舞妓さんにとってはそんな約束事も新鮮に映っているのかもしれない。
 とにかく若さに映る絽のKはとてもシックに夏のさなかの白い襟足の三本はすっきりとして、なかなかである。

 この日パパラッチ共は、切通しから門前に抜ける巽橋の辺りにカメラを構えて芸子たちの出陣を迎える。シャツターチャンスといっても行き交う芸子衆の脚を止める訳にもいかずなかなかうまくいかないのだが、おねぇさんを先頭に一門うち揃っての正装はないので、祇園甲部のパパラッチにとっては絶好の撮影日なのだ。

 今年は武漢コロナのお蔭で、八朔の礼も中止とか。軽はずみの新しい日常とやらで、こうした通過儀礼は無くならないことを祈るばかりである。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする