2020年08月06日

「新型」にまつわる呪い

原爆キノコ雲.jpg

 75年前の今日の夕刊と明日の朝刊に躍っていた活字は「新型」だった。
 「新型」という活字には「無知」という意味と、もはや「抵抗できない」という絶望感がただよっていた。
 新型に続いた文字は爆弾だった。敵米空軍は広島に対して「新型爆弾」を使用したというのがおおよその記事であった。新聞にはそこまでしか書いてなかったので、中学二年生の筆者は新型というのだから、今までの縦型の爆弾ではなく円盤型か、それとも球体型の今まで見たことのないカタチをした爆弾に違いない、と想像した。
 が後日広島の惨状が写真で報じられるようになり、これは尋常一様ではないと認識するようになった。
 学校ではいつもウンチクを垂れる先輩に集められ、「あの爆弾はとんでもない化学爆弾で、ミナコロシ爆弾だぞ」という説明をうけた。

 75年後の今、やはり新聞やテレビに躍っているのは「新型」という言葉である。
 新型武漢コロナには、いろいろな情報がついてくる。
 蝙蝠の刺身を食べた中国人から全世界に広がったのだ。あるいはコロナ菌の形式を調べると、自然界には存在しない形であって、中国が研究している細菌兵器から漏洩したものだ、等々。
 「無知」なわれわれ庶民は、小池百合子のしたり顔と「政府が無策だ。アベが悪い」と騒ぎ立てる玉川某と、テレビに出まくって意味不明の解説をする白鳳大学の肥満老嬢に振り回され、不安な日々を送るしか道はない。
 「新型」という言葉は、あの世界大戦末期の絶望感と人間の無知を思い出させてくれる。

 「新型自動車」といわれても、みな関心をもたなくなった。
 「新型ファッション」も死語になった。 
 「新型コロナ」もはやく死んでほしい。
                     今日は「新型爆弾」の日である。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする