2020年09月30日

習近平の恐るべき野望

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 「今、誰が考えても日本と中国は春だ。」自民党二階幹事長の発言にビックリした。
 こんな認識の幹事長がいることが信じられない。幹事長の脳ミソがハルなのだ。
 尖閣諸島に毎日襲来している中国海軍の理不尽な侵略行為に眼がいかないのか。それとも尖閣を国土と思っていないのか。この人の頭には国土を守るという根本的な意識がないのだろう。

 南シナ海においても岩礁を接点に人工島を造り、周辺国の海域をつぎつぎと侵略し、軍事拠点化している。
 香港における一国二制度もあっさりと反故にし、反中言動にたいしては国内海外をとわず厳罰に処し、外国人までもその対象にした。
 チベット、内モンゴル、新疆ウィグルなどにたいする壮絶な強制収容と同化政策。
 ファーウェイ、ティックトック、ズーム、バイドウ、アリババなど中国系ネットを通じての、情報搾取、IT技術の抜き取り。
 尖閣の領有宣言にとどまらず沖縄まで中国の領土と宣言する破廉恥な言動。
 武漢コロナの情報統制により、世界中がどれだけの被害をうけたか、もっと真剣に考えてくれ、といいたい。
 ……これらの何処に中国との関係を春という根拠があるのか。二階さんあなたは中国の工作員ですか、と問いたくなる。

 早稲田大学を始め、全国20余りの大学に存在する中国丸抱えの「孔子学院」は、中国の対外工作基地にほかならない。教育から政権政党までまんべんなく工作資金をばらなかれ、「いま中国とは春だから、習近平を国賓としてお迎えしたい」という無知な日本人が多いのには慄然とせざるをえない。
 そんなたわ言をいっている暇があったら、中国共産党の実態について勉強しなさい、といいたい。
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2020年09月27日

Black Lives Matter に注意すべきこと

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 アメリカ在住の友人から電話をもらった。
 「BLMの運動が激しくなってとても困っている。せっかく能力のない黒人に同情して雇っていても、チエンジできない。うっかりチェンジしたら、あのオーナーは黒人を差別している、とBLMの標的にされ、焼き討ちに会いかねない。ついこのあいだまで仲良く人種混在のアメリカだったのに、トゲトゲしくてアメリカではなくなってしまった。」というのだ。
 能力による区別がすべて差別だと焼け打ちにあってはたまらない。
 ついこの間も、デモがあるから試験をずらせという黒人学生にたいして、試験は予定通りと教授が応じたところ、黒人差別だと学内運動がもりあがり、教授が首になってしまったという、とんでもない事件があった。

 BLMのニューヨーク地区の指導者ホーク・ニューサムがFOXニュースに出演したさいの発言がある。
 「アメリカが我々の要求に応じないなら、我々は現在のシステムを焼き払う」 と。これはもはや黒人解放運動の粋を逸脱した暴力テロ集団ではないか。

 バスケ界の神様マイケル・ジョーダンが発言している。
 「我々は警察に感謝しなければならない。破壊と混乱に組する#BLMに反対する。」メディアと一部黒人の支持するBLMに、はっきりと反対の意思をしめした。
 彼こそ常識ある本物のヒーローだ、という声があがっている。

 BLMは極左暴力集団でテロリストである。
 BLMはアジアの差別についてはなにもいわない。
 BLMは中国共産党のプロパガンダであり、その資金によって動いている。 という報道に我々は注意すべきだ。
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2020年09月24日

ジュリエット・グレコ追想

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 ジュリエット・グレコが亡くなった。2020年9月23日。享年93才。
 長い黒髪と黒ずくめの衣裳で、サン・ジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)と呼ばれていた。
 筆者の世代にとって、哲学とシャンソンとサン・ジェルマン・デ・プレは、グレコの「枯葉」とともにやってきた。

 第二次世界大戦のさなか、ドイツのゲシュタボにつかまって収容所に送られたこともある。
 彼女はオペラ座舞踊学校を卒業したが、バレエは踊らず、サルトルの薦めで歌手になった。当時サンジェルマンを根城にしていた、ジャツク・コスマやジャック・プレヴェール、そしてサルトルなどに愛され、シャンソンの道へ進んだ。
 バレエ学校で学んだ貴族たちに媚びるバレエの動きを嫌い、彼女は徹底的に動きを排除して、不動のシャンソン歌手と呼ばれた。

 1960年4月1日、ムーラン・ルージュの前には16頭の白馬が並んだ。
「ラ・ルビュー・ジャポネーズ」の初日を祝って大統領が駆けつけてくれたのだ。
 大統領に次いで来てくれたのは、ジュリエット・グレコだった。終演後、伝説の黒いドレスで楽屋まできてくれた。
 オペラ座バレエ学校に学んだ彼女は、遠いアジアの日本のトラディショナルな踊りに興味をもって、あれこれと質問してきた。
 サンジェルマンのミューズへのリスペクトがました。

 「巴里の空のした」「枯葉」「私は私」「日曜日は嫌い」…乾いた低音のグレコの声はなにものにも代えがたい。
 マクロン大統領はツィッターに書き込んだ。
 「グレコの声と顔は我々の暮らしとともに生きつづけるだろう。サンジェルマン・デ・プレのミューズは永遠である。」
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2020年09月22日

コロナ禍の一人勝ち「から揚げ屋」

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 コロナ下で多くの飲食店、料理屋が悪戦苦闘しているなかで、画期的に売上げを伸ばしているところがある。
 ひとつは宅配サービスの 「Uber Eeats」、ドアを開けたら有名芸能人が、Uber Eeats のカバンをしょってたっていたという話も伝わる。
 外出できない巣ごもり状態でただひとつの楽しみは、宅配サービスでプロの味の美味いものが食べたい、というささやかな望みだった。デリバリーの配達代行がのびて、いまや加盟店数が30000店に及んでいるというのもうなづける。

 もうひとつ業界で一人勝ちなのが、「から揚げ屋」。外食産業が軒並み不振に陥ったなか「から揚げ屋」だけが一大トレンドにのし上がった。
 牛や豚に比べ健康にいいという効用が浸透しているうえ、昔からテイクアウトの需要がおおかった。
 価格にしても比較的安価なうえ、国産品で充分やっていける素地があった。出店も駅前や繁華街ではなく、スーパーの近くとか、住宅街で充分やっていける。

 コロナが繁華街から撤退せざるを得ない小店舗経営者にとって、少ない資本で開店できるメリットもある。
 必要な設備は冷蔵庫と鶏肉を揚げるフライヤーのみ。店によっては初期投資は、300万もかからない。テイクアウト専門店にしてしまえば1人ですべてが賄えるという利点もある。台所の窓をあけて、デリバリ専門の唐揚げ屋は明日にでも開店可能なのだ。
 主婦のコロナ禍のたすけにもなり、家族のなかに唐揚げ嫌いというのも少ない。

 かくて「鳥笑」「からやま」「から好し」「から揚げの天才」とチェーン店が日本全国に大増殖中なのだ。
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2020年09月21日

もったいない東京ミズマチ

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 浅草といえば、雷門から仲見世を通って浅草寺、六区、そしてかっぱ橋道具街。
 近頃はかっぱ橋を冷かして雷門のほうに向かうと、東京スカイツリーが意外に近くに聳えていてびっくりする。桜の季節になると、江戸のむかしの隅田公園を思い出すが、水辺のあじけなさから隅田川を望みたいと、思わなくなった。雷門から東に足が向くのは、水上バスで川下りをする時と、長命寺の桜もちが食べたくなった春ぐらいのことである。

 そこに「東京ミズマチ」が誕生した。
 東武浅草駅から東京スカイツリーにいたる遊歩道と商業施設が、そこを走る鉄道の高架下に誕生した。隅田川を渡る鉄道橋にそって「すみだリバーウォーク」という人道橋が誕生し、その延長線上に14軒のショップ、ホステル、レストランなどが展開している。浅草の新しいコミュニティ・スポットだという。
 スカイツリーのある「東京ソラマチ」に対し、水辺のある街だから「東京ミズマチ」それが浅草という江戸の表情をもった街とつながるのだから、こんなに嬉しいことはない。

 地元で人気一番大福餅の「いちや」、表参道のお洒落なパン屋「むうや」のフレンチトースト、日本橋クラフトビール、グルメ・バーガー、ホステル、コンビニなど一通りの店はそろっている。ただ時間を無駄に過ごせるベンチや水辺を見つめるだけの空間はとぼしい。

 ボストンのチャールズ河沿いのような人間を包み込んでくれるような温かさはない。ボストンのミズマチでは、昼寝をしている人あり、パラソルをたてて、日光浴をしている女性あり、日がな読書をしている学生あり、次々とジョギングで駆け抜ける人々、散歩する老夫婦と人生を無言で見つめてくれる暖かさがある。
 この国では直ぐに商業施設、というより商売の道具立てで満杯にしてしまう。
 せっかく大川に面した、北十間川に面したまちづくりとして、より江戸っ子の暮らしに豊かさをもたらしてくれるアイディアがなかったのだろうか。
 町ずくりのイメージが幼くて貧しいのだ。
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2020年09月20日

マイ山が欲しい

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 山を買いたい人が増えているそうだ。
 コロナのお蔭で、夜の街を奪われ、他県からは邪魔者扱いされ、職場にいきたくともリモートと言われ、手狭な我が家に閉じ込められては、「俺の世界は何処だ!」と叫びたくなる気持ちは充分理解できる。
 そこに付け込んだのは、不動産屋だ。「どうです、この際山でも買いませんか? お買い時ですよ。」値段を聞けば、なるほど安い。百万前後から三百万も出せば東京では考えられないほどの「山」が手に入る。

 とりあえず山小屋など建てなくていい。自分の山にテントを張って、週末のバーベキューと洒落こめば万々歳なのだ。女房はアルコール・ランプのロマンティックな灯を想像し、子供たちもトンボ取りや、清流の魚釣りを想像する。
 春は花見にタケノコ掘り、夏は鮎つり、秋は松茸と、不動産屋はここぞとたたみ込む。コロナも気にせず好きな時に、好きなように使えばいいので、興味があれば今すぐ手付を、何分この山は人気がありますので…云々と見事に嵌まる人が急増中とか。

 猿やイノシシやシカ、立派な熊などの先住民がいることは忘れがちである。蛇も毛虫もモグラも生活しているのが「山」であることを忘れている。
 有名女子大を卒業した妻が、最も嫌うのは蚊であり、蛾であり、虫類だ。ましてやヤモリなど出ようものなら、この世のものと思われないほど騒ぎまくる。

 かくて山の初日の雑草刈りから、挫折がはじまる。
 山を楽しむにはそれなりの努力がないと楽しめないという現実がある。
 山を買う前に立ち止まって再考することをお勧めしたい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月19日

「新しい生活様式」という偽善者

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 「新しい生活様式」と簡単に口にする政治家や、ワイドショーの司会者を見ると、腹立たしくなる。
 マスクをして、人と人が離れたって新しい生活様式ではない。劇場の客席に一人置きにすわっても生活様式の変更とはいわない。
 一時的な単なるコロナへの防菌対策にすぎない。その言葉の軽さは、脳ミソの軽さでもある。
 言葉を安易に使うのは、アジテーターか、芸人か、東京都知事ぐらいのものだ。

 「新しい生活様式」といえば、大衆は喜んで受け入れるとでもおもっているのか。それとも本人は本気でそれが新しい生活様式と信じているのか、不思議な言葉使いである。
 
 いろいろなものが記号化して、背景にある時間や風土が無視され形骸化している現実はある。すべての事象がコンピューターの支配をうけるようになったいま、ある程度は仕方ないとしても、言葉のもつ文化としての意味合いまで、コロナに乗じて破壊するのは悲しいオコナイと言わざるをえない。
 武漢コロナとの戦いまで、ゲーム感覚で単純化するのは、人間の堕落ともいえよう。
 「新しい生活様式」と軽々しく言う人は、生活に文化のない生活破壊者と思うべきだ。 
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月08日

アメリカの対中宣戦布告か

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 新しい生活様式ならぬ、新しいサイバー戦に対し、ひどく無防備なのがこの国ではなかろうか。
 ZOOMやTik Tokのバックゲートに関しても、まったく無頓着なのはどうしたことか。
 中国から尖閣占領のための公船が毎日やってきても、三菱重工が攻撃され、銀行がサイバー盗賊にあっても、なにも感じないのが不思議だ。
 戦争反対も9条改正反対もすべては利敵行為になるということが判っていない。平和運動と国防行為の違いも理解できていない。

 8月5日、アメリカ ポンペイオ国務長官が対中戦争ともいうべき重要な声明を発表した。
 我々は長い間、中国がいつか変わることを期待してつきあってきたが、間違っていた。習近平は崩壊した全体主義をかたくなに信じる危険極まりない指導者であることが
はっきりした。我々は今こそ自由主義陣営を糾合して、中国を除外した戦線をくまなければならない。
 そのためクリーン・ネットワークを提唱する。
 ❶ クリーン・キャリア   中国の通信ネットを使わない
 ❷ クリーン・ストア    モバイル・ストアから中国製を追放する
 ❸ クリーン・アプリ    中国製のアプリはつかわない
 ❹ クリーン・クラウド   アリババ、テンセント、などのクラウドに送らない
 ❺ クリーン・ケーブル   海底ケーブルを使わせない
 ダーティなものを徹底的に排除するクリーン・ファイブ ウィズアウトチャイナである。

 中国共産党にかかわるダーティなものをすべて排除して、法と秩序をまもる 新しい国際関係を樹立しなければならない。我々はクリーン・カントリーをつくらねばならない。人間を犯しているのはコロナだけではない。邪悪な中国の欲望が世界の人間を犯しつつある。思想が犯され、軍事が犯され、安全が犯され、なによりも自由が犯されつつある。
 この宣言はまさに中国に対する宣戦布告であり、アメリカの決意だった。
 新しい内閣は、このアメリカの宣言にどう答えていくか、息をひそめて注目している。
 
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

桃李不言 下自成蹊

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 成蹊を知り、成蹊に学んだものなら、一生脳裏にすみついた言葉がある。
 「桃李不言 下自成蹊」…とうりものいわざれども、したおのずからこみちをなす… 
 桃は何も言わなくとも、美しい花をつけ、香りたかい実をつけることで、人が集い樹下には自然と小路できる という教えである。
 学園創立以来のテーマであり、折に触れて先生から先輩から言われてきた精神であった。成蹊は英才教育を唱えず、人間教育を標榜してきた。
 小さな学園であったので、友達同士あるいは教師と生徒の間、先輩後輩の関係が濃密な心あたたまるキャンパスだった。

 失礼ながら安倍首相の来し方を見ていると、しみじみと成蹊教育が生きていると感じた。
 第一次内閣では、お友達内閣と揶揄されたが、信じて付きあってきた友達を大臣にして何が悪いか、よく判らなかった。偏差値だけでのし上がってきた秀才よりもはるかに人間として信用できるし、視野も広い場合が多い。20人の大臣のうち四分の一ほどは優れた識見をもち素晴らしい能力のある人々かもしれないが、残りは残念ながら議員当選回数で自動的に上がってくる大臣がおおい。ならば人間的に信用でき、政策実行能力もあると思われる友達を登用するほうがはるかにましである。

 いまだにモリカケといって国有地払い下げを、アベが悪いと喚ていているメディアがあるが、国有地の払い下げは伝統的に教育とメディアには忖度してきた。
 アサヒの本社も国有地払い下げの恩恵をうけているし、教育機関の設立にあたって優先権をあたえて払い下げてきた例は数限りなくある。加計学園の理事長がたまたま安倍首相の友人であったからと、メディアと野党の騒ぎようは尋常一様ではなかった。友人で何処が悪い、国民はうんざりしていたのだ。

 辞めた途端に、内閣支持率が急上昇した。安全保障の法制整備とか、経済の立て直しとか、過去の実績が改めて評価されている。
 日本の戦後史上最高の総理であったと、評価する外電も報じられている。
 白人ばかりの先進国サミットで、有色人種の安倍さんが調整役をかってでることなど、歴史上いまだかってない出来事だった。

 「桃李不言 下自成蹊」
 同じキャンパスに学んだものとして、ここまで仕事をしてきた安倍さんに心からのねぎらいを捧げたい。

 
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2020年09月03日

ルーブルにある名画「摘ままれた乳首」

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 ルーブル美術館の収蔵作品の中で画学生たちにもっとも人気のある作品といえば、通称「摘ままれた乳首」である。
 正しくは「ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみられる肖像」。この作品は作者不詳ながら、テムペラから油彩に発展した時代のさきがけの作品で、画学生の模写にとって最適の絵画とされている。

 エロティックでありながら、第二次フォンテーヌブロー派の完成度の高さを見せている奇妙な作品とも言われている。
 アルス・ノーヴァ新しい芸術と呼ばれた分類に入るものの、タブロオの構成には時代背景というより、時代のリアルがきっちりと書き込まれ、この絵を依頼した貴族について様々の探索がなされているが、いまだ定説はない不思議な絵画なのだ。

 乳首を摘ままれているのは、アンリ四世の数ある愛人のなかでもっとも勇敢で知的と言われているガブリエル・デストレなのだが、乳首を摘まんでいるのは妹のビヤール公爵夫人で、姉の三回目の妊娠を示唆しているといわれている。国王は彼女のことをこよなく愛し、正妃と別れ彼女と結婚することを望んだが、彼女は挙式3日前に何者かによって毒殺されるという数奇な運命に翻弄された。
 この一枚の絵のなかには当時の宮廷の愛の暗黒が描きこまれている。 遠くの下女はやがて生まれてくる嬰児の服を縫い、小さな額縁のなかにはアンリ四世の下半身が描かれているという、実にリアルな状況が具象化されていて、時代の背景を描き込むという当時のフランドル絵画の基本がきっちりと守られている。

 座の会でままお目にかかるテレビ信州の元専務笠井重光さんが、若き日この「摘ままれた乳首」の模写にパリまで出掛けられていたときき、その情熱に敬意を表してブログを走らせた次第。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする