2020年09月06日

桃李不言 下自成蹊

成蹊学園.jpg

 成蹊を知り、成蹊に学んだものなら、一生脳裏にすみついた言葉がある。
 「桃李不言 下自成蹊」…とうりものいわざれども、したおのずからこみちをなす… 
 桃は何も言わなくとも、美しい花をつけ、香りたかい実をつけることで、人が集い樹下には自然と小路できる という教えである。
 学園創立以来のテーマであり、折に触れて先生から先輩から言われてきた精神であった。成蹊は英才教育を唱えず、人間教育を標榜してきた。
 小さな学園であったので、友達同士あるいは教師と生徒の間、先輩後輩の関係が濃密な心あたたまるキャンパスだった。

 失礼ながら安倍首相の来し方を見ていると、しみじみと成蹊教育が生きていると感じた。
 第一次内閣では、お友達内閣と揶揄されたが、信じて付きあってきた友達を大臣にして何が悪いか、よく判らなかった。偏差値だけでのし上がってきた秀才よりもはるかに人間として信用できるし、視野も広い場合が多い。20人の大臣のうち四分の一ほどは優れた識見をもち素晴らしい能力のある人々かもしれないが、残りは残念ながら議員当選回数で自動的に上がってくる大臣がおおい。ならば人間的に信用でき、政策実行能力もあると思われる友達を登用するほうがはるかにましである。

 いまだにモリカケといって国有地払い下げを、アベが悪いと喚ていているメディアがあるが、国有地の払い下げは伝統的に教育とメディアには忖度してきた。
 アサヒの本社も国有地払い下げの恩恵をうけているし、教育機関の設立にあたって優先権をあたえて払い下げてきた例は数限りなくある。加計学園の理事長がたまたま安倍首相の友人であったからと、メディアと野党の騒ぎようは尋常一様ではなかった。友人で何処が悪い、国民はうんざりしていたのだ。

 辞めた途端に、内閣支持率が急上昇した。安全保障の法制整備とか、経済の立て直しとか、過去の実績が改めて評価されている。
 日本の戦後史上最高の総理であったと、評価する外電も報じられている。
 白人ばかりの先進国サミットで、有色人種の安倍さんが調整役をかってでることなど、歴史上いまだかってない出来事だった。

 「桃李不言 下自成蹊」
 同じキャンパスに学んだものとして、ここまで仕事をしてきた安倍さんに心からのねぎらいを捧げたい。

 
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする