2020年09月24日

ジュリエット・グレコ追想

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 ジュリエット・グレコが亡くなった。2020年9月23日。享年93才。
 長い黒髪と黒ずくめの衣裳で、サン・ジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)と呼ばれていた。
 筆者の世代にとって、哲学とシャンソンとサン・ジェルマン・デ・プレは、グレコの「枯葉」とともにやってきた。

 第二次世界大戦のさなか、ドイツのゲシュタボにつかまって収容所に送られたこともある。
 彼女はオペラ座舞踊学校を卒業したが、バレエは踊らず、サルトルの薦めで歌手になった。当時サンジェルマンを根城にしていた、ジャツク・コスマやジャック・プレヴェール、そしてサルトルなどに愛され、シャンソンの道へ進んだ。
 バレエ学校で学んだ貴族たちに媚びるバレエの動きを嫌い、彼女は徹底的に動きを排除して、不動のシャンソン歌手と呼ばれた。

 1960年4月1日、ムーラン・ルージュの前には16頭の白馬が並んだ。
「ラ・ルビュー・ジャポネーズ」の初日を祝って大統領が駆けつけてくれたのだ。
 大統領に次いで来てくれたのは、ジュリエット・グレコだった。終演後、伝説の黒いドレスで楽屋まできてくれた。
 オペラ座バレエ学校に学んだ彼女は、遠いアジアの日本のトラディショナルな踊りに興味をもって、あれこれと質問してきた。
 サンジェルマンのミューズへのリスペクトがました。

 「巴里の空のした」「枯葉」「私は私」「日曜日は嫌い」…乾いた低音のグレコの声はなにものにも代えがたい。
 マクロン大統領はツィッターに書き込んだ。
 「グレコの声と顔は我々の暮らしとともに生きつづけるだろう。サンジェルマン・デ・プレのミューズは永遠である。」
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする