2020年11月16日

藤十郎さんの大往生

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 大名跡4代目坂田藤十郎さんが亡くなられた。
 筆者は同じ年齢だったので想いは多く、芝居は勿論のこと、天下にとどろく艶名、若き頃の勉強ぶりなど、やまほどの敬意と思い出がある。
「一生青春」を座右の銘に、晩年まで輝く色艶を持ち続けた藤十郎さんは稀有な存在だった。

 なかでも若き2代目中村扇雀の頃の舞台は忘れられない。当時歌舞伎の表現理論で右にでるものがいなかった武智鉄二とともに作ったいくつかの実験歌舞伎から受けた瑞々しい衝撃は、その後の歌舞伎鑑賞に決定的な影響をうけた。観客を引き付ける圧倒的な魅力のなかに明日の歌舞伎への情熱が充ち溢れ、若い演劇青年たちは涙あふれる感動にふるえた。

 後年「坂田藤十郎」という元禄歌舞伎の名跡を継ぐという報にふれたとき、さもありなんと若き日の扇雀さんの横顔を思い出した。

 花街でも藤十郎さんは人気者だった。祇園町では「ボンちゃん、ボンちゃん」と呼ばれ、芸妓衆や舞妓ちゃんから愛されていた。時にスクープされても誰も咎めることなく「ボンちゃんのおいたが過ぎて……ホホホ」と笑い話ですごされていた。

 今頃天国のボンちゃんは、戦後の歌舞伎界を支えて扇雀、鴈治郎、藤十郎と駆け抜けた一生を、悔いなく数えていることだろう。まま父親の二代目鴈治郎さんと艶話に興じて笑っていられるかもしれない。       合掌
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする