2020年12月25日

握手会という芸能詐欺

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 「握手会」という得体のしれないものが、興行の一ページに加えられているのは、日本だけかもしれない。
 コロナで人と人の接触が禁じられている今、握手会のために一途に働き、アイドルのレコードを何枚も購入してきた若者たちは、みな「握手会ロス」に陥っていると言われている。アイドルに近ずき、手に触れ、優しい言葉をかけられ、つかの間の握手に酔う、、素朴な田舎の青年にとっては天国にのぼるような至福の瞬間であったにも関わらず。
 
 「握手会ロス」は観客だけでなく、出演者側にもあると聞いておどろいた。なにも考えることなく、人前で踊って歌えれば、それこそ我が青春という、オバカそのもののような女の子たちは、ファンの男の子達との握手のぬくもりが忘れられない。CDの購入枚数によって握手の時間が決められる、という行為は売春婦モドキの行為である、ということに気がつかない。
 「君たちのおこないは、キャバクラのオネェサンにも劣る忌まわしい行為」だと言われても理解できない。みんな一緒の洋服をきせられ、同じ振付で、同じ曲を歌い、舞台にたって人気を競う。結果は握手会と総選挙に現れる。人気の投票権はCD売上枚数にあるという点がトリックである。
 
 握手会というのは、そもそもジャニーズから始まった。
 一枚でもCDを買ってくれたファンへのお礼の気持ちというのが当初の握手会だった。
 その握手会がいつの間にか営業のツールに出世したのが、AKBを始めとした坂道グループだった。コンサートの後のCD購買枚数に比例して時間をうる少女たちの握手会だった。
 さらにCD販売枚数を増やそうとかんがえられたのが、女の子達の人気投票…すなわち「総選挙」である。CD一枚につき、投票券が一枚はいっている。田舎の青年は贔屓の女の子のため、投票券のために10枚、20枚とCDを買い込む。一枚かえば充分なCDを無駄に沢山買わせる詐欺商法といえる。
 この仕組みを考えたアキモト某には、莫大な著作権料が転がり込む計算になっている。

 こうした悪しき慣習を見逃す芸能界にも責任はある。儲かりさえすればいいという同じ土壌にたっているので、自浄能力が全くない。
 コロナとともに心成らずも発生した「握手会ロス」多いに結構な事態と思えるが、如何。
 
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2020年12月24日

ロワールの古城で開かれたシャネル・コレクション

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 コロナ下で外出禁止のパリから嬉しいニュースが届いた。
 いつも世話になっているイノツメ夫妻から、彼はシャネルのコレクションに加わり、彼女は来春日本上陸するフォション・ホテル京都のスパのディレクションをするという
ニュースだ。30代の彼らがパリという文化の中心地で活躍しているのはなんとも頼もしく嬉しいニュースだ。

 シャネルのコレクションは12月4日にロワール渓谷の古城で開催された。
 ロワール渓谷は世界遺産に登録され「フランスの庭」と呼ばれるほど美しく、典雅なフランス語はロワールに生まれた、といわれている。
 ロワール渓谷には800もの城があり、古城だけでも300はあるという城好きの聖地である。
 ヴェルサイユ宮殿についで訪れる人が多いのが、シャネルのコレクションの舞台になった貴婦人たちの城「シュノンソー城」、16世紀の初めから城は6人の女性の手により美しさに磨きをかけたといわれている。女性たちはいずれも国王の愛妾で数奇な運命をたどったフランスの美女だった。

 パリではコロナ下で自由なコレクションが開けないので、40人ものモデルを引き連れこのシュノンソー城に舞台を求めた。コレクションにはこの城を飾るタペストリー、庭園の花々、会場となった60mのギャラリーの黒白の市松模様など、貴婦人たちの城のアイデンティティーとデザインモチーフが融合した。なによりもこの城の紋章はクロスしたCであり、シュネルのC・Cマークと因縁あさからぬところが面白い。

 豪華なコレクションに招かれたのは、女優のクリステン・スチュアートただ一人というのも、シャネルらしくプライドを感じる。
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2020年12月23日

社員を個人事業主にする電通のカラクリ

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 電通が打ちだしたのは、現役社員を業務委託契約に切り替え、個人事業主化するという改革案だが、一般の事業関係者から驚きの声で迎えられた。
 が筆者のことく、昔から代理店の内側を知っている人間からは、なるほど横行する代理店社員の不祥事を隠すには、この方法しか無かったのだろうと、受け止めた。いまオリンピックを控え、アスリートの無知につけこんだ代理店社員のビジネスは、立場を利用した驚くほどの不正にまみれている。

 オリンピック競技で金・銀・銅をとった選手には必ずと言っていい程、CM出演の声がかかる。アスリートには想像を超えた金銭が動く。
 これこそが代理店社員の出番で、IOCと選手とスポンサーの間に立ち、正規の代理店マージンを取ったうえ、さらに選手にたいしてCM出演にかかわる企画料と称してピンハネする。個人名義の会社をでっちあげ請求書を発行するというアコギなビジネスを平気でやる。それがスポーツ選手に張り付いた代理店社員の莫大なバイト料になる。
 初めて社会にでたアスリートは何が何だか判らないまま、いいなりほうだいになっている。

 電通広報部は「人生100年時代に働き続けられるよう、独立を支援する会社をつくりました。個人で始めた仕事をいつまでも続けられる新制度です」というが、電通から早期退職させたうえ「ニューホライズンコレクティブ(N・H)」と業務委託契約を結ぶ。以後電通の下請けもよし、新規事業もよし、電通の業務と競合しなければどこと契約してもいいという、なんとも不思議な内容。
 電通社員の不正行為を正当化する絶妙な仕掛けというべきアイディアである。
 このシステムへの応募者は現在230名ほどいるというが、自らのブラックビジネスを隠すためには、このシステムにのるのが一番と考えたのだろう。
 社員を個人事業主化することにより、電通は内なる膿をいっきに吐き出すことが出来る。

 うちの娘が電通にはいって、と小躍りする母親などまま見かけるが、代理店というビジネスの内奥についてよく考えるべきなのだ。



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2020年12月19日

自衛隊は便利屋ではない。

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 自衛隊に対する日本人の意識がオカシイ。
 国防の第一線で、国を守る、命をかけて国土を守るのが自衛隊の本務なのだ。
 台風で道が崩れた……自衛隊。土手が切れて水がでた……自衛隊。コロナで看護師が足りない…自衛隊。大雪が降った……自衛隊。さらにあきれたことに関越道の大雪では、自衛隊は食料くばりから携帯トイレくばりまでやっていた。

 雪国では何時あるかもしれない大雪に備え、役場は地元の建設業者とあらかじめの契約をかわし、重機や人員を確保している。自分達の努力なしに安易に「自衛隊」をよぶのは 如何なものか。
 渋滞に巻き込まれた2000台の車にはすくなくとも 4000人は乗っていただろう。半分は女子供、それに老人としても2000人位の健康な男達がいたと推察できる。その2000人は車内で暖房にまみれ、いつになったら動くんだと、なにもしないで無為にすごしていたとすれば、悲しくなる。自衛隊は先頭の大雪を搬出し、止まった車の前後の除雪は、自分達でやればよかったのではないか。食料やペットボトルの水ぐらいは高速道会社の職員総動員でやれば解決できたのではなかったか。

 重ねて言うが自衛隊は便利屋ではない。 現在のこの国がどれほど危険にさらされているか、少し冷静にかんがえれば判ることだ。
 隣国の拡張政策はとどまるところを知らず、明日にでも尖閣に上陸されても不思議ではない。国土は危機をかかえている。こうした現実に眼をむけず国防の要である自衛隊を便利屋のごとくに扱うのは、日本人の危機意識の欠落と自助能力の欠陥そのものだ。
 自衛隊を頼る前に、自分たちでやれることがあったのではないだろうか。
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2020年12月16日

江戸っ子の薬味五種

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 師走になると、泥のついた一本ネギがどっさりと届く。
 江戸幕府がひらかれた頃、大坂から葛飾にきた千住ネギの特別種と伝えられ、いまでは葛西の新宿(ニイジュク)で栽培されている貴重なネギである。 江戸っ子の食卓には、ネギはかかせないものだった。江戸前の肴の煮付けには必ずひかえていたし、刻んだネギと新そばの相性は抜群だ。

 ビルの街のイメージの東京だが、コンクリートの谷間に土がある。その土を相手に昔野菜をこつこつとつくっている農民がいる。
 何年かまえこうしたレトロな野菜に「江戸東京野菜」と名ずけ伝承していこうという気運が持ち上がった。

 いただくネギの名前は「新宿ねぎ」なので、いまどきの仲間には、いちいち新宿とはいえかの歌舞伎町のある新宿とは違う新宿です、と断らなければならないが、新宿つながりの江戸野菜には格別華やかなものがあった。「内藤トウガラシ」
 内藤新宿といわれ高遠の殿様の屋敷のあった新宿だが、いまの新宿御苑あたりから大久保方面にかけて、一面トウガラシ畑だったといわれている。秋になるとトウガラシの実が真っ赤につけて、見渡す限り赤い畑の奇観だったといわれている。薬研堀七色唐辛子の口上に、内藤新宿八房の焼き唐辛子とある。

 ネギ、トウガラシと来れば、ショウガがないとしょうがない。上野の山奥でちゃんと栽培されていた。「谷中ショーガ」である。谷中は水に恵まれ、水捌けもよく西陽を嫌うショーガにとって最適の場だった、別名「盆ショウガ」とも呼ばれて、夏の食欲不振を克服するのに使われ、冬の風邪治療にもショウガ湯が活躍した。

 江戸っ子の薬味はあとふたつ。早稲田に勝手放題に顔を出していた「早稲田ミョウガ」と、そして「奥多摩ワサビ」で顔見世は完了する。
 今風には香味野菜だが江戸っ子にとっては、新宿葱、内藤唐辛子、谷中生姜、早稲田茗荷、奥多摩山葵で、食卓を笑顔が包んでいた。
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2020年12月14日

事始めの祇園町

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 芸事のお正月である12月13日の花見小路は、いつもならご挨拶にまわる芸妓さん、舞妓さんでにぎわう。
 ご挨拶はまず新門前のお師匠さんの家から始まる。お家元に今年の感謝を込め、くる年への覚悟を秘めてのご挨拶である。
 コロナの今年のお家元からのご挨拶である。

 コロナウィルスの影響で、祇園も寂しい師走となりました。
 常ならば新門前のお稽古場にも、祇園甲部の芸舞妓さんはじめ、多くの方がお訪ね下さるはずでした。
 縮小した形ででもと思いましたが、……明るい春を迎えるための前向きな自粛と捉え、この一年を振り返っている次第です。
 いつもは干支や、勅題、春らしく梅の模様などおめでたい柄の扇を名取の方におうつりとしてお渡しすることにしておりますが、今年は皆で会が無いだけに普段のお稽古に励みましたので、一同初心に帰るつもりで、稽古扇を三色にし、名取は藤、それ以外の芸妓さんは薄浅葱、舞妓さんや子供さんたちは白を貰っていただく事にいたしました。
 どうか佳き初春を迎えられますように、皆々様のご健勝、ご多幸をお祈り申し上げます。                 井上 八千代
posted by Kazuhiko Hoshino at 10:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月13日

朝日新聞 終りの始まり

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 朝日新聞の終りの始まりがやってきた。
 半世紀にわたる反日報道がたたり、かってのクオリティ・ペーパーとしての朝日の看板が地に堕ちたというべきか。

 大学時代朝日新聞の存在は圧倒的だった。入社試験、公務員試験の問題を解くには、朝日を読んでいなければ出来ないと教えられ、社会へ出るためのルーティーンとして朝日の活字をむさぼり読んだものだ。
 (Q)というサインで切れ味のいい映画評を書かれていた津村秀夫さん、墨線鮮やかな舞台装置を書いてくださった漫画家の清水崑さん、演出作品の劇評でいろいろとお世話になった本地盈輝さん、みな朝日新聞紙上に健筆をふるわれた尊敬する先輩だった。

 開局以来、10年に渡ってドラマ、音楽、あるいはモーニング・ショーなどプロデューサー・ディレクターとてTVの現場を経験したのも今日の「テレビ朝日」である。朝日グループの一員として碌をはんでいた筆者にとっても、朝日の失墜は悲しいことだ。

 靖国参拝、韓国従軍慰安婦、南京大虐殺、と次々に日本を貶めてきた意図的な虚偽報道、さらに安倍内閣にたいするモリトモ、桜を見る会への報道ぶりが、国民のあいだの朝日信仰をすっかり崩壊させたともいえよう。
 170人もの大弁護団をバックに、桜井よしこさんを訴えた、従軍慰安婦の火付け役 元朝日新聞記者植村隆は、一審、二審についで最高裁でも見事に敗訴した。 最高裁において自らの韓国人従軍慰安婦の記事が嘘だったと、最終判定されたのだ。挺身隊と従軍慰安婦をごちゃまぜにした朝日新聞の記事そのものが、捏造されたものだと判決された。
 にもかかわらず植村隆元記者は、韓国において「日本と日本人の悪に挑んできた素晴らしい日本のジャーナリスト」として韓国人を相手に講演をし、大学教授として反日活動をつづけていくのだろう。鼻持ちならない反日日本人だ。韓国人の奥さんとともに、韓国国籍をとって日本国籍から離脱したほうが、よほどすっきりするのではなかろうか。

 折しも朝日新聞社長渡辺雅隆の退任が報じられている。前年同期よりも22.5%減、9年ぶりの419億800万円の赤字決算の責任をとっての退任である。 表面的には構造改革のスピードが鈍かったといっているが、内実販売部数の減少に歯止めがかからず、広告収入も激減し、まったくのお先真っ暗といわれている。
 朝日新聞の良さは沢山あるので、左翼運動新聞から脱却し健全なジャーナリズムの本分を取り戻し、再建軌道にのることを祈るばかりである。 

 
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2020年12月11日

コロナに効く「献上紀州金の梅干し」

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 医学のなかった時代、日本人はどうやってウィルスやコロナと戦ってきたのか。
 祈ったり、願ったりの他力本願だけではなく、みずから努力して流行り病と闘ってきた筈だから、三密などという意識はなかったと思うし、ましてやソーシャル・ディスタンスなどというこじゃれたキャッチフレーズも存在しなかったから、いろいろそれなりに工夫して暮らしてきたに違いない。

 流行り病の対抗食として、一番のエースは「梅干し」ではなかったか。
 朝いちばんのお茶……朝でのお茶には必ず梅干しがついていた。色鮮やかな真赤で、少し舐めただけでも口がすぼみ、口中いっぱいに酸味が広がる。身体にいいから我慢して食べなさいと母親にいわれ、半分眼を瞑ってたべたものだ。こんなに酸っぱいものを何故大人は好むのか、疑問に思っていた。
 箱根の旅館に泊まった翌朝は、渋い小梅に砂糖が添えられていて、なんと我が家の梅干しとは違うものだと感心した。

 最近、コロナ対策として唾液が注目されている。昔から豊富な唾液は、風邪予防や疲労回復・血の巡りにいいとされてきた。その唾液の増量に最も効くのが梅干しと言われている。「梅の酸味は、胃腸の毒を下し、疫病を駆逐する」と江戸時代の「本町食鑑」にもある。
 アメリカのワクチンとか、イギリスのワクチンとか、ワクチンの情報がとびかっているが、案外日本古来の梅干しワクチンあたりが、身の丈にあったワクチンかもしれない。
 「コロナに効く献上紀州金の梅干し」など登場したら、夜の銀座で流行るかもしれない。
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2020年12月09日

韓式メークの困った若者たち

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 ちかごろ不思議なメークをした若者を見かける。
 名前はMATTとか、NOLAとか、ユースケとか、日本人をかくしたいのか、それとも異人種なのか、名前ではなにも分からないのが特徴である。
 こうしたセカンドネームは昔からあったが、おおむね夜の商売とか、花街のひとたちとか、芸能人とか、世を忍ぶ人たちが愛用してきた。
 神経過敏な個人情報マニアがやたらふえている昨今、深い事情があってNOLAだったり、MATTだったりするのかもしれない。
 自分の氏素性を隠して暮らすのは犯罪者にとって好都合だが、意味なく素性をかくすのは、それなりの誤解がついてまわるのを覚悟しなければならない。

 ツルンとした透明感、肌や毛穴のないベースメークがまず重要だという。ひとつの作品としてメークに世界観を盛るというだから恐れ入る。
 彼らのいう世界観にはなるべく近寄りたくない。真っ白けの座敷わらしが、西洋館のシャンデリアのしたにいるような気味の悪い世界が見える。

 いい歳をした男が、365日日焼け止めを塗って暮らしているという。なるべく外出はしたくない。海辺に限らず水辺も大嫌い、お肌に太陽が悪さをするから。どんな世界観かと問いたいが、アイメークだけはバッチリとする。

 韓式メークとも、韓流メークともいうらしいが、からだに美味しい次世代メークだと本人達は真面目にいっている。こうした阿呆を産まないためには、徴兵制度をひいて2年か3年、みっちりと鍛え上げないと駄目かもしれない。       
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2020年12月08日

師走のぶんか組は…娼婦椿姫の墓

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 娼婦椿姫のお墓を毎日見下ろして暮らしていたというのは、60年前の筆者である。
 オペラ椿姫はヴィオレッタという魔性の女が主役だが、実在したパリの娼婦アルフォンシーヌ・プレシスが、モデルだった。生れながら高貴さと淫乱をもった類まれな美人だったとつたえられているが、彼女に最後の愛を捧げたペレゴー伯爵は、彼女のために私の遺産が続く限り墓前の花を絶やさないでくれ、とモンマルトルの墓守に頼んだ。そのプレシスの大理石の墓と赤い花をのぞんで、初めてのパリをすごしたのが、若き日の思い出である。

 そんな椿姫の墓、ショパンの墓、あるいは男神に守られたピアフの墓の話、そしてパリに沢山あるカフェの話、映画のなかにでてくる街角、北ホテルからアメリの坂道、あるいは午後2時から4時までの娼婦昼顔の窓辺など、映像とトークの2時間です。
 なお今年最後の集まりですので、集まった皆さんとのクロス・トークも楽しみにしてます。

日時 12月20日 14時から  会場 軽井沢しののめ cafe来美 (軽井沢北口東雲より1分) ☎0267-31-5110
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2020年12月05日

テレ俳句を遊ぶ

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 梅沢冨美男と夏井先生のやりとりが面白く見ていたが、最近では少しこちら側の視点が変わってきた。
 芸能人のなかの意外な才能を発見する楽しみも、回を重ねるごとにマンネリとなり、水彩の才能などに登場するモデルの才能の意外性にこちらの視野の狭さを指摘されるような思いだ。
 テレビのもつ機能にとって文化的側面があるが、東京制作の番組が失ってしまったものがこの関西制作の「プレバト」に生きている。

 夏井組の作品に触れるなか、最近好きな俳句がいくつかあった。

"小銭なる 父の太もも 酉の市" (ラランド・サーヤ)
 父に連れられていった酉の市の思いを俳句にした、という説明だった。ジーパン姿の父に手を引かれていった酉の市、耳のそばに聞こえた小銭の音、子供ながらの体験が眼に浮かぶ。 ラランド・サーヤときいて何ものかと思った。上智大学に学び、代理店に勤めながらお笑いをやっている異色の女ときいて、お笑いへの認識が変わった。

 "ジーンズの 聖地KOJIMAよ 冬の虹" (篠田麻里子)
 篠田麻里子といえばAKB48出身の坂道ムスメである。過剰な照明と握手会という偽善の交わりに生きてきた女性が描く景色に驚いた。児島は倉敷の南にあるジーンズの町、不況の20年をしっかりと生き抜いてきた日本の誇りである。

 もうひとつ、後輩の志らくには負けたが、円楽に好きな句があった。
 "弁慶が 時計している 村芝居" (三遊亭円楽)
 やたらに司会をしたがる円楽は好きになれないが、こうしたリアルに富んだ円楽の句は好きだ。なんとも微笑ましい村芝居の光景が浮かぶ。とかく知識をひけらかす志らくに対し、円楽の眼の円熟を感じた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月03日

有名と有能の違いについて

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 スポーツ系政治家は多い。
 総てがとは言わないが、選挙の票集めに利用されていることだけは確かだ、と誰もが思っている。
 古くはヤワラチャンから、競輪選手まで、あらかたそうした代議士さんたちである。

 「立候補の折は、政策とお金をお願いいたします。」
 タレント知事に懲りた千葉県自民党の幹部は驚き呆れた。相手はもとスポーツ選手とはいえ、スポーツ庁長官まで務めた男だ。さすが党内はまとまらず千葉市民に寄り添っていると、人気の高い熊谷氏を支持するグループとに判れた。

 そこに登場したのは、オリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相、あの人ではダメ、と判決を下した。
 スポーツ庁長官の鈴木大地のことだ。森元首相の眼に、こんな人を政界に置いておけないと映ったのだろう。

 「泳ぐアホウに、見るアホウ」脳ミソか゜健常にはたらいていないのが、鈴木大地にみる人間性である。
 来年もしも東京オリンピックが開かれれば、またぞろスポーツ系の政治家が出現することだろう。いくら鉄棒がうまくとも、どんなに走りがはやくとも、華やかに滑れても、政治を託するに充分な脳みそはない、と判断するのが健全な常識だ。選挙民の程度に比例してスポーツ系政治家やタレント政治家は生まれてくるのだから。
 「立候補の折は、政策とお金をお願いします。」二度とふたたび聞きたくないセリフである。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする