2021年01月28日

YOASOBI が大好きな娘

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 例年のごとくサラリーマン川柳の中間発表があった。
 多いに笑ったのは🔟番の作品。 「 YOASOBIが 大好きと言い 父あせる 」  テンピ

 デスクは「どこが面白いんですか?」怪訝な顔をしている。
 これほど世代間の断絶を笑いにした秀作はない、筆者はすこしばかりの優越感で多いに笑った。

 近頃の日本語の乱れようは凄まじい。「YOASOBI」と書いてあれば、ほとんどの日本人は 「夜遊び」と認識する。従って娘の大好きな夜遊びは、淫行であって焦らない父親はいない。嫁にいくのは当分先と思っていた娘が、いきなり夜遊び大好き と口走ったら父のみならず母親もあせるだろう。
 お前の躾が悪いからこんなことになるんだ。自分の夜遊びを棚にあげて何言ってるんですか! 夫婦喧嘩が勃発して思わぬ離婚騒動を巻き起こすかもしれない。

 YOASOBIは、ボーカロイド・プロデューサーのAYASEと、シンガーソング・ライターのIKURAの音楽ユニットだが、一枚のCDも出すことなく、暮れの紅白に登場、年間第一位のチャートに駆け上がった。テレビやネットを見なければ知らなくて当然のグループである。かりに小説を楽曲化した音楽と紹介されても、そんなに優れた音楽性があるわけもなく、単純にストーリーを幼い言葉で追っかけた今風な歌だから、右から左に抜けていく音にすぎない。
 名前だけがヨコモジで本人たちはインターナショナル気分にひたっているのだろう。
 日本固有の短詩系文化が音をたてて崩れていく見本のようなYOASOBIなのだ。
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2021年01月27日

習近平ワクチン外交のカラクリ

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 習近平のワクチン外交は不思議だらけだ。
 一帯一路の加盟国を中心に、コロナ・ワクチンを配りまくっている。
 自国武漢から全世界にむけて、コロナをばらまき、何十万という人々を死に追い込んでおいて、こんどはワクチンを配布しますと、外務大臣が走りまくっている。
 重大な犯罪を犯しておいて、裏腹に善行じみた行為に狂奔する、世にいう「マッチポンプ」という行為である。
 撒き散らした細菌のてまえ、落ち着くまで謹慎するというのが世界の常識だが、一切無視してワクチン外交を展開するというのが、中国の恐ろしい処だ。

 後進国に配るほどワクチンがありながら、習近平は英国やアメリカにワクチンの買付にはしっているというのも不思議の第二である。

 情報を精査すると、「上級国民には外国からの輸入ワクチンを接種する」「下級国民には中国国内開発ワクチンを接種する」
 これってオカシクねぇ。自国製のワクチンは粗悪品であると自ら告白しているようなもの。
 習近平という政治家は、ヒトサマの風上におけない困ったオヒトだということが良く判る。
 「コロナ菌ばらまいて、マスク外交」は去る年だったが、今年は「コロナ菌ばらまいてワクチン外交」。とんでもない国家だということをしっかりと記憶に刻み込む必要がある。
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2021年01月25日

聖天様の大根焚き

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 冬の京都は大根を炊くことから始まる。
 ひとつ、ふたつではなく、京都市中あちこちのお寺さんで大根を炊き、その日訪れた信者さんに振舞う。
 江戸っ子の冬大根は、おでんの主役で出汁をしっぽりとすった大根は暖をとる食としてかかせないが、都では大根は信仰になっている。

 さて京都の大根炊きだが、あちこちのお寺さんの内、第一の大根炊きは嵯峨覚勝院「聖天様の大根供養」である。
 元来聖天様というのは、ヒンズー教の神様カネーシャという「歓喜天」のことで、人生の喜びを司る神様である。
 その聖天様が大好きなのが、酒と団子と大根で、それなくば人生の歓喜、悦楽はないというのだから、なんとも粋で色っぽい。
 白い大根は女体を想像させ、地方によっては二股大根をご神体に、子孫繁栄を願っているところもある。

 それほどセクシャルなイメージの大根だが、これを食して煩悩の毒を除き、もろもろの艱難をのりこえて、初めて聖天様の満願となる。

 大根役者と呼ばれる芝居下手の役者は結構いる。芸のこやしと称して女遊びは達者だが、肝心の芝居は下手という役者のことだ。
 近頃スキャンダル・メディアのお蔭で、芸の優劣ではなく色事で売り出したり、女房の病で売り出したり、多目的トイレの使用法で没落する世の中だが、大根役者こそ大根焚きをして、無邪気なファンにふるまったらいいのではないか。
「海老蔵の大根炊き」とか「ジャニーズの大根炊き」とか、話題沸騰すること必定である。
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2021年01月21日

嘘八百と個人情報の女性議員

草津温泉.jpg

 個人情報の掛け声のなかで、とんでもない人々が増殖している。
 コミュニティの意識が欠落しているうえに、社会人の責任感がまったくない。地方自治体の議員に立候補するのに、居住実態のないウソの住所を登録し、ストーカーに会うからとか、個人情報だからと主張するとんでもない人々だ。

 主役はコロナ禍で閑古鳥がないている草津町の町議、新井祥子氏である。
 新井町議は草津町役場町長室で当時の黒岩忠信町長から性的暴行を受けたと、電子書籍で暴露した。即座に町長は「まったくの嘘」と全否定。新井議員を名誉棄損で刑事告発し、民事でも提訴する事態になった。

 お互いの言い分が対立するなか、事態はおもわぬ方向に転換した。
 新井議員はリコールを受け、12月6日の住民投票で圧倒的な賛成多数で議員失職。
 ところがこのニュースに反応したのが、ジェンダーギャップ大好きの海外メディア。「町長を性暴力で告発した町唯一の女性議員追放される」と英紙ガーディアンが報じ、米CNNも日本のジェンダーギャツプ指数は、世界121位であると指摘、これらはいずれも嘘でかためた韓国従軍慰安婦の影響があるが、新井前議員も外国特派員協会で「レイプは事実である」と訴えた。

 ところが町議失職の原因は別にあった。議会に資格審査特別委員会が設置され、新井前議員に町民としての生活実態がない、と判定されたのだ。新井議員は町内のアパートを住所にしていたが、大家は貸していないと否定、無論水道契約もしていなかった。委員会での彼女の弁明は「水道はペットボトルの水を使っている。」「トイレは近くの公園で済ましている」なにが悪いの、といった強弁で押し切った。個人情報に踏み込むなといった姿勢にたいし、町は「公正証書原本等不実記載」にあたるとして前橋地検に告発した。

 このホームレスのような女性議員を町長が抱いたとしたら、馬鹿馬鹿しいのでこの先は止めておこう。夜の生活はもっとも重要な個人情報の筈だから、お互い草津の湯煙りの彼方としておきたい。
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2021年01月18日

美術館生き残りを託された女性たち

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 コロナ・パンデミックのなか、世界中の美術館やギャラリーが困難に直面している。
 オンラインで工夫してやっているところもあるが、個人とアートとの直接対話を主題として成立している美術館ビジネスでは、自己否定いがいのなにものでもない。
 人的資源の確保のため、肝心の芸術資源を犠牲にしてヤリクリを続けているギャラリーも多いと聞く。

 そんな中で、いま着々と進行しているのが、美術の世界のジェンダー・バランスである。
 既に国立新美術館館長には逢坂恵理子が就任、公立の横浜美術館館長には藏屋美香、私立の森美術館には片岡真美、この4月1日から金沢公立の21世紀美術館館長としてキュレーターの長谷川裕子が就任することになった。

 開館当時、予告パーティをヴェネチア・ピエンナーレで開催するなど、話題をよんだ21世紀美術館だったが、三代つづいた男性館長では明日への展望がもてなかったのかもしれない。当初比較的安価に購入できる現代美術作家に焦点を当てたためそのごのコレクションに齟齬をきたしたのかもしれない。
 その点、始まりのコレクションにたずさわった長谷川裕子を呼び戻したことが、凶とでるか、吉とでるか。美術館にある三つの課題、美術と経営と労務管理をうまくこなすことができるか。

 コロナ下では、海外作品の出入りは不可能、ブロックバスターと言われる何十万人も動員するスポンサード展もひらけず、コレクションの再発見にたよるしか残された道はなく、女性館長による繊細なコレクション再発見こそが、勝負のしどころかもしれない。ままありがちの「母と子の……○○展」とか「……教室」的な企画にならぬよう祈るばかりだ。
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2021年01月15日

森口瑤子が瑞々しい

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" 風花へ しゅぱん しゅぱんと ゴム鉄ぽう  森口瑤子 2021冬麗戦大賞

 素直で瑞々しい感覚があふれている。いかにも森口瑤子らしく鼻のあたまを赤くして、降り始めた雪ん子に向かってゴム鉄砲をうっている情景が浮かぶ。
 このところ夏木先生のプレバトも空気がよどんできた。夏木好みに媚びる作品、小手先の俳句風、妙に俳人を気取った作品など、そろそろこの番組も退け時かとおもわれていたが、さすがの夏木先生、小気味よくウタヨミの原点にもどした。

 名人梅沢冨美男も、鬼才東国原英夫も、中田喜子もハッと気がついて、拍手を贈ったことだろう。

 スプレー・アートも新しい才能が登場してきて嬉しい。日向坂の高校生が見事第一席になったが、カタログ風なタッチが気になった。伊豆急のホームという環境を生かした研ナオコのデフォルメされた顔が秀逸だった。
 伊豆に春便りがきたころ、稲取、下田にスプレイ・アートを見にいきたい。
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2021年01月13日

沈没した野村萬斎

集団行動.jpg

 オリンピックの魅力も色褪せ、いまやオリンピックは開催しなくていいという人が、過半数をこえたといわれている。
 どんなに優れたアスリートも、コロナの前ではひとたまりもなく、肉体の脆さをまざまざと見せつけられ、スポーツそのものの威信も地に堕ちたというべきか。
 金メダルのメッキもはげかかっている。
 メダルを土産に芸能人になりたかったスポーツマンにとっては、悪夢の一年、いやひょっとすると悪夢の二年になるかもしれない。

 開閉会式の華やかな舞台に登場する予定だった狂言師の野村萬斎は早くも沈没してしまった。
 三間四方の能舞台しかしらない狂言師に、八万人の国立競技場の演出をまかせた方に責任はあるが、案の定えんえんと続いたのは小田原評定で、僅か7人のメンバーすらまとまらなかったというのが現実のようだ。
 あらゆるテクニックを動員して、人間賛歌をつくりだす構想力、哲学とスペクタクルの創造点に野村萬斎は立てなかった。
 集められたスタッフも小粒なクリエーターが多く、テーマの縛りがワクワクドキドキ感ではなんとも恥ずかしい。
 二の変わりのディレクターが電通の元局長さんとは、これでスポンサー対策だけは万全ですという事なのだろう。

 今この国のスペクタル・シーンはあらかたデジタルなメカニックに支配されている。映像を始め照明も音響も花火もみな技術の足元にひざまずいている。 
 そのなかでジャニーズやら、サカミチの少女やら、手垢のついたタレントが踊っている。いくらそんなものをみせられても大衆は感動しない。、
 コロナより強い肉体が集まって集団行動でもしてくれたら拍手喝采である。

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2021年01月09日

初春芝居の菊五郎劇団

四天王.png

 初春狂言のお楽しみは、国立劇場の菊五郎劇団に限る。
 女郎屋の床の間に飾れしは「アマビエ様」、ソーシャル・ディスタンスのお酌は長い棒の先についた湯桶から、興が乗って踊りだしたらNiziUの縄跳びダンス、とお約束の遊び満載、Uberイーツのピザ配達まで飛び出して、冷え切った正月を沸かせてくれた。「四天王御江戸鏑」。
 本科にもどれば文化12年からのお土砂、音羽屋のお家芸土蜘蛛の糸が舞い、なんとも文化文政の歌舞伎の楽しさを満喫させてくれた。

 渡辺綱と鳶頭の綱五郎を演じ分ける菊五郎さん、女郎花咲と土蜘蛛の精の菊之助さん、茨木婆の時蔵、近頃貫禄のでてきた團蔵、洒脱な味の秀調さん等、菊五郎劇団の面々も手慣れた正月狂言だった。

 コロナのお蔭で客席は一人置き、ロビーの獅子舞もなく、恒例フィナーレの手拭投げもなかった。威勢のいい掛け声もきかれず、正月の芝居見物として拍子抜けはまぬがれなかった。芝居小屋はお客様がいっぱいはいってこその劇場、一人置きのソーシャルディスタンスとは、まったく相いれない。
 役者衆もさぞかしやりにくかったことであろう。いっこくも早い正常な社会への回帰がまたれる。

 世間ではコロナ以前とコロナ以後と無責任なことをいっているが、悪病は何時の時代もあったもの、それを乗り越え時を超えて生きてきたのが
劇場文化なのだから、困難の時を生かし、新しい狂言の工夫をして生き抜いて欲しいものである。
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2021年01月07日

高嶋ちさ子の色彩感覚

高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト.jpg

 高嶋ちさ子の破壊的な率直さ、物言い、豪放磊落ともいえる個性は、いままでみられなかった魅力である。
 彼女が出ていると爽快さがみなぎり、まわりの男たちに負けない頼もしさが広がる。いかにも業界人といった父親との距離も絶妙で、幼い時からヴァイオリン一本にかけてきた彼女に、これだけの批評的視野が育っていることに感心する。
 欠点は色彩感覚である。12人のヴォイオリニストを従えてクラシックの娯楽化、視覚化をめざしている姿勢は見事だが、まま12人のドレスにとんでもない色彩が登場する。パチンコ屋の開店祝いなら仕方ないが、趣味のわるい原色のオンパレードで、その昔浅草あたりで売られていた未亡人サロンのドレスそのものだ。
 音楽では、ピアニシィモからフォルテまで見事に音色の変化を聞かせてくれるが、ドレスの色になると途端に眼が見えなくなる。この才女にして思わぬ欠点ありだ。
 優れたスタイリストでもつければ、パヒュームぐらいのスマートさは実現できるだろう。ついでに12人のヘア・スタイルもいただけない。名古屋風の長髪がうっとおしい。

 その昔、ピンク映画というのがあった。性的で怪しげな気分を誘うのが、この国のビンクだが、アメリカでは青春のピンクである。カラッとしたピンクで日本のピンクのような湿度はない。
 アメリカやイギリスでは、性的なイメージは青、ブルーに代表される。その種の映画は「BLUE Film」であり、下品な冗談はBlue Joke である。
 これがフランスでは、白がセクシーさを表現するし、韓国では赤である。
 それぞれのお国柄で色に対する感覚がまったくかわるのも面白い。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

親中派のコロナ・ワクチン接種

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 松の内でもっとも驚いたニュース、元旦に某大新聞が報じた中国製ワクチンの報道である。
 菅首相の重要なブレーンである政治家を始め、電子製品メーカー、IT企業など財界15社のCEOとその家族、友人などが、秘かに持ち込まれた.中国製コロナワクチンの接種をうけたという報道であった。大新聞ゆえ裏取りせずに、こんなニュースを元旦に流すはずはない。
 中国のワクチン外交が世界各国で始まってるという発信はあったが、実態はつかめず単純にワクチンを提供するという後進国への疑似恩恵かと考えていたが、いよいよ日本にも上陸したという思いである。

 アメリカ、ウィスコンシン州ではある大病院の薬剤師が、ワクチンを解凍して使用不能にしFBIの捜査を受けている、という報道がある。
 モデルナ社のワクチンを効果不能にする意図があったと、薬剤師は告白し波紋を呼んでいる。
 BLM黒人差別運動でも、その背景に中国の工作資金が噂され、なによりもトランプ大統領が標的だったといわれ、大統領選挙の終りと同時にBLM運動も沈静化した事実が、雄弁に裏事情を語っている。

 菅内閣がコロナへの対策で成功すればなんの不安もないが、ワクチン対策など英国、アメリカのメーカーによる副作用問題が、妙に拡大して伝わるようであれば、中国の暗躍が当然考えられる。
 今回中国ワクチンの接種を受けた政界、財界の日本人は、もはやハンターの息子の如く中国とは切っても切れない関係に陥っている事は明々白々、しばらくは中国の動きと、日本の親中派から眼がはなせない。

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2021年01月03日

正月は女酒

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 正月のご挨拶が済むと、大きな朱漆の盃でお屠蘇をいただき、初めてお重を開く。そんな嬉しさもコロナとともに何処かへいってしまった。
 古女房の顔を見ながら、クロネコのお蔭で手元に届いた祇園川上さん心尽くしのお重をいただく。雑煮は銀閣寺なかひがしさんからの白味噌である。丸餅は軽井沢のスーパーにはない。友人の愛息の嫁の実家から送られてきた今治の丸餅が実に美味しかった。金沢浅田屋の雑煮も小伝馬町の親分から届いた。
 正月は友人の好意にあまえて過ごす、贅沢な難民のような日々であった。
 コロナのお蔭で親戚の娘もあらわれず、近くに住む少女も受験とやらで姿をみせない。恒例の歌舞伎中継と箱根マラソンで無為に過ごした。

 普段は飲まないSAKEだが、正月となるとなんとなく飲みたくなる。
 一陽来復の願いか、悪疫退散の祈りか、日本酒には昔からの呪術がこめられているような気がする。この気持ちはワイン党やらシャンパン党にはわかるまい。
 正月料理には灘の男酒より、伏見の女酒が似合う。なめらかできめの細かさが、絹のきものに袖を通した女性を思わせ、ナイーブな優しさが伝わる。

 京都北山には「初日の出」なる銘酒がある。岩手には「七福神」がある。静岡の「開運」、茨城の「宝船」、金沢の「吉祥加賀鳶」、それぞれに工夫を重ね、正月の気分に合わせた酒があるのが幸せだ。

 パリのベルニサージュでも一番人気は日本酒、共に置いてあるワインよりシャンパンよりも、パリジェンヌ達の手は金粉入り賀茂鶴にむかった。
 男酒・女酒の存在になにより興味をしめしたのは、フランス人だった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする