2021年02月18日

毎日新聞の終りの始まり

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 朝日新聞の社長交代劇に始まり、毎日新聞の資本減資が実施された。
 押し紙と左翼偏向の毎日新聞はだいぶ前から経営危機がつたえられていたが、 とうとう新聞不信の先頭にたってしまった。

 41億5000万円の資本金を1月15日の株主総会においてわずか1億円に減らすことになった。それほど赤字経営が続いてきて体力がなくなったということだろう。毎日新聞は一流企業の看板を棄て、中小企業になったということである。

 有楽町駅前にプラネタリウムとともにかまえていた本社が、半蔵門のお堀端に移った頃をはっきりと憶えている。
 アメリカ渡来のリーダース・ダイジェストとともにモダンな社屋を構え、大変な鼻息だった。それがいつしか勘違いし、左翼反日新聞に堕落したころから読者ばなれが始まり、とくに若者層からみはなされてしまった。 記者たちに愛国心がなくなり、母国を貶める記事を堂々と一面にのせるようになって識者も見放すようになった。
 文化学芸面の記者たちもかっての謙虚さを失い、尊大かつ安っぽいエリート意識のかたまりが増えてきた。

 このさい系列のTBSに拾ってもらい、TBS報道局新聞部として再出発するのもいいだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月13日

人情紙風船

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「女は話が長い」うっかり軽口をたたいたら五輪憲章違反といっせいに反対運動。
「女は化粧が長い」この場合はナニ違反?憲法違反かな?
 話が長いと、何故五輪憲章違反になるのか良くわからない。

 多数でしゃべると、ソーシャル・ディスタンスが保てないから、二人でしゃべったら「透明性」がない。
 「透明性」を保つため、まず候補者の選定委員会をつくり、しかるのちに理事会にかけて次期会長を決めます。
 会長職は「能力」より「透明性」が重要で、国民に喜んでいただける女性がいちばんです。
 内容より外形が大切な「ミス・オリンピック・コンテスト」のようでもあります。

 物言えば唇寒し秋の風………
 肺癌の身で海外出張しIOCとの折衝につくし、主催都市おんな知事さんのスタンドプレイを抑制し、政界財界とのコネクションに身を挺してきた会長へのねぎらいもなく、功績も語らないまま斬り捨てるスポーツ、五輪関係者には言葉を失う。スポーツの世界とはこんなにも薄情なものなのか。
 五輪憲章とはこんなに人間味のない空疎なものだったのか。あらためて「東京オリンピックはいらない」と思った。

 思い出したのは、昭和の初め岸田國士や山中貞夫によって描かれた「人情紙風船」である。
  
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2021年02月12日

鼻顔稲荷の初午

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 軽井沢のとなり、佐久の岩村田、湯川の崖のうえにそのお社はある。
鼻顔(ハナズラ)稲荷といい、京都の清水寺に似た朱塗りの懸崖造りである。毎年初午の日には東信州のみならず関東からも参詣の善人が参集する。昔は岩村田から500メートルほどの参道にぎっしりと屋台が並び、田圃道に突如現れた賑わいが見事だった。目の前の湯川から見上げると朱に彩られた社殿が華やかさを放ち、有り難さがました。 

 誰言うとなく、日本三大稲荷という。伏見稲荷にシモツケの門田稲荷、そして鼻顔稲荷というが、どう贔屓目に見ても無理がある。そのうち日本五大稲荷というようになった。伏見・豊川・祐徳・笠間・鼻顔である。
 調べてみると日本三大稲荷を称している稲荷は全国に十四社ある。五大稲荷を競っているのは十一社ある。日本人のささやかな競争心か、それともゲン担ぎか、どうでもいいようでどうでもよくない。
 稲荷信仰もおおもとはインドのヒンズーからという説あり、いや真言仏教という説もあり、なかには秦氏の氏神だったとか、稲作文化と結びついて今日まで命脈をたもってきた。

 スーパーのケースには「初午の日はお稲荷さんを食べましょう」と、柚子稲荷やら裏返し稲荷が積まれている。  
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2021年02月09日

朝鮮学校に補助金をだす日本

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 「朝鮮学校補助金75%減」という活字が新聞一面に踊っていた。
 えっ、未だに補助金をだしている自治体があったんだ、と逆に驚いた。
 全国64校ある朝鮮学校に、いくつかの自治体が令和元年度に2億960万円も支出していたという事実がかかれていた。
 それでも平成21年度には約8億4千万円あったのが、ここまで縮小したという記事である。

 そもそも朝鮮学校は日本にあって反日教育をしている学校であることは、証明済のこと。
 そんな学校に補助金を出す、という発想がわからない。その自治体は朝鮮総連の代理店か、某国の工作員なのかもしれない。
 補助金の原資は日本国民の税金、その金を反日学校につぎ込むのは、重大な犯罪だともいえる。
 支出している自治体は、東京都内の市町村31、、埼玉県内の市町村11、以下岐阜、長野、愛知、兵庫、大阪、京都と続いている。

 そうした自治体の言い分はほとんどが「政治と教育は別である」と主張する。
 国民は国家によって守られているので、国家への反逆行為は許されない、という視点が欠落している。
 金日成、金正日の英雄視、拉致問題無視、でっちあげの従軍慰安婦などの教育機関に補助金を出したい日本人を、国家としてほおっておいていいのだろうか。
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2021年02月07日

わきまえない女と男

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 「わきまえない女」が話題になっている。
 女に限らず男でもわきまえない人々が急増しているような気がする。
 この場合のわきまえないは、性差別のことではなく、社会に対して自己の立ち位置みたいなものについて、わきまえていないのである。
 総理、総理とさけんで、揚げ足とりをする政治家やら、社員の枠をこえてコロナ、コロナとテレビ画面でわめいて正義つらをする男、
 自国領土で豊かな国をめざせばいいのに、隣国の島々に出張ってきて横取りしようとする共産國などもわきまえない困ったちゃんである。

 わきまえない男もわきまえない女も世界にはやまほどいる。
 芸人の始まりもほとんどが「わきまえない」ところから出発する。わきまえていない芸だから付きあわされる観客にとっては迷惑な話である。
 そんなの関係ねぇと海パンで人前にでてくるのやら、駄菓子屋のフロクみたいな恰好でオシッコもらした話を得意気にする女芸人など、少しまえまでは存在しえない芸人だった。
 さすがに安いサービス盆で局部を隠す芸人は、どこかへ消えてしまったようだが、そんなものを売り出す芸能プロも、買うプロデューサーも.
すべて「わきまえないメディアの寄生虫」である。

 ラクビー協会では、外部からの理事として新聞記者上がりの女性をいれたところ、この女性のわきまえない振りにふりまわされ会長以下全員が迷惑をうけたようだが、コロナで国民全員がささくれ立っている時に、うっかり言った言葉がスケープゴートにされ、森元首相も不運な人である。

posted by Kazuhiko Hoshino at 16:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月05日

三密業者とリモート屋

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 「三密」が流行語大賞に選ばれ、小池百合子が提唱者として登場したが、なんとなく胡散臭い。
 小池百合子の日常行動から拝察するところ、彼女はメディアに露出することがすべてで、そのチャンスにたまたま「コロナ禍」が襲ってきたとも考えられる。
 密閉、密集、密接は避けてください。コロナになります。人と人の距離を保つのは、ソーシャル・ディスタンスといって市民の義務である。
 そこで実直な国民は人に遇わない。人に近寄らない。人と集まらない。人間が生きていく根本である人に遇い、人に学び、人と共に社会を創ることを否定する。
 このことは人格否定につながる。人間の退化につながることだから、良識ある人ならば、「三密」について否定するだけでなく、問題解決の暁には三密を肯定する明日を提示すべきだろう。

 悪乗りしたメディアは。リモート会議、リモート・ワーク、リモート教育などと、人間存在の価値を否定するようなリモート業者に成り下がっている。オバカな野次馬はリモート飲みなどと浮かれているが、人と対話し接触してこそ得られる人間の魅力に気がつかない愚民の発想である。   AIやテレワークにかしずいた生活は絶望的な人間の終末でしかない。

 近頃では「外食」は止めろ、「会食」も悪い、家に閉じこもっての「孤食」をお勧めする、などと一流紙までが書いている。
 そんなに黙ってひとりで食事がしたければ、仏門に入って墓守でもしたらよかろう。
 メシを食べようというのは、メシは付けたりでゆっくりと話をしようという人間同士の暖かい交歓にほかならない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月01日

鬼のパンツについて

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 今年は2月2日が節分とか。
 その昔は立春、立夏、立秋、立冬と季節をわけて4つの節分があったにも関わらず、いつの間にか、節分は一度になってしまった。

 ところで鬼のパンツは何故黄色いか、について考えてみた。
 たちまちあちこちにウンチクが見つかった。
 そもそも鬼の出入り口は「北東」に決まっていた。通称「鬼門」という門である。この鬼門という鬼の出入り口を十二支に置き換えると「丑寅」の方角に当たる。そこで古来、鬼は丑(牛)の角をもち、寅(虎)の柄の黄色いパンツを履くようになった、というのだ。豆まきにドンキで買ってくるコスプレ用の安いパンツは虎の模様のパンツに限る。

 「鬼はそと…福はうち」となるが、ところによってはそうもいかない。
 「福はうち……鬼もうち」鬼を祀っている神社や、鬼塚さんちや、鬼山さんちは、鬼もうちとなる。
 さらに場所によっては、この豆まきに「ごもっとも、ごもっとも」とすりこ木棒と杓文字の合いの手がはいる。
 浅草の観音様では大きな杓文字を担いだ「ごもっとも様」が鬼の後ろに付く。

「豆」をまくのは「魔を滅す」という言葉合わせに由来するのだ。「鬼滅」ばやりの昨今、「魔滅」まきもさぞ盛り上がることだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする