2017年01月15日

買い物移動車より御用聞きを復活せよ

買い物移動車より御用聞きを復活せよ

 お米屋さんは勿論のこと、お肉屋さんも、魚屋さんも、八百屋さんも、それぞれに御用聞きというシステムがあった。朝一の牛乳屋さんから夕方のお豆腐屋さんまで日々の暮らしに必要なものは、みな商家さんの方からやって来た。だから夕方になってもお魚屋さんが見えないと、どうしたのかしら風邪でもひいんたんじゃない、といってお魚屋さんに果物を届けたりしていた。お刺身にしてほしい、焼き魚が食べたいわ、といえばそのように加工して届けてくれた。普通の家庭と商売人の距離がそれほどに近かった。だから御用聞きのみえる裏木戸や勝手口はいつも鍵がかかっていなかった。お正月のお餅も、お宅は伸し餅が二枚、丸餅がいくつ、お供えが五組、そして豆餅が一枚といったふうに、ちやんと記録してあって、確認のための御用聞きに改めてきた。そしてそれと一緒にカレンダーを届けてくれた。

 そんな昔を暮らしてきたので、表札もださず、鍵をかけ、同窓会名簿にも住所を隠して、プライバシー、プライバシーという近頃の風潮は不思議でならない。そんなに隠すことがあるのか、ひょっとして犯罪でも犯したことがあるのかと、勘ぐってしまう。

 ところで買い物難民がふえ、食料品や日々の必需品を買いに行けない「買い物難民」が全国で700万人に上ると発表された。過疎地の話ではなく、都会の真ん中でも深刻な問題になっているそうだ。
 そこで大手スーパー、コンビニがそろって移動販売に乗り出すことになった。各社とも「買い物困難地域への対応は企業の社会的責任」などといかにもの地域社会への貢献をかかげているが、そんものはお笑い草だ。そもそもの小売業というものはユーザー一人一人に寄り添ったもので、その為の御用聞きがあった。そういうものを全部なくして利益一辺倒の経営をしてきた結果が、買い物難民を産んだという自覚がない。

 いま日常必需品までスピーディに届けてくれるアマゾンの出現で、慌てているのは小売屋一同なのだ。水やティシュはアマゾンに注文、ドアの前まで来るから楽なのよ、そんな知人もいる。移動販売も結構だが、この際いっきに御用聞き平成版を考えた方が、いいのではないだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:57| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
らでぃっしゅぼーやを利用したのは、引きこもりで100mも離れていないコンビニにさえ買い物に出かけられず身の危険を感じたからでしたw
近所のスーパーではネットスーパーをしているらしく店員さんが商品を選んでいるのを見かけたりします。
御用聞き良いですね
サザエさんの三河屋さんを不思議に見ていましたが
思い返せば正月の支度用に毎年来る魚屋さんとか
父のスーツの採寸に来る仕立て屋さんとかいました!
でも、物騒な世の中でもあるので御用聞き要員が善良な人で構成されるのを願うばかりです。
Posted by ふくだ かよ at 2017年01月15日 12:41
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