2017年02月02日

ノルマか、目標か。

ノルマか、目標か。

 コンビニのノルマ問題が姦しい。
 ノルマが達成できないため、ノイローゼになったり自腹でツジツマをあわせたり、とにかく加重労働を強いる悪習だというので、役所が調査に乗り出したという報道である。
 そもそも「ノルマ」などという言葉を使いだしたのは何時の頃からか。かって労働にたいして「目標」と「成果」という言い方はあったが、ノルマなどという言い方はなかった。舶来のノルマなどという考え方は、どこかの経済研究所か、代理店が言い出したに違いない。ヴァブルが弾け、経済が不安定になったとき、目標では甘いというので、より義務感と強制力を感じる「ノルマ」という言い方が普及したのだろう。
 経済第一主義の弊害が見てとれる。アメリカ製のマネージメントなどという言葉から、ごく自然にノルマの深みにはまったのだろう。
 コンビニでは、「正月のおせち」から始まって、弐月は「恵方巻」に「バレンタイン・チョコ」参月の「ひな祭り」「ホワイト・デー」、「土用の丑の日の鰻」を経て、「クリスマス・ケーキ」までつぎつぎとイベント・セールスが仕掛けられている。デパートに於ける特売デーや物産展、盆暮の贈答品競争もまつたく仝じようなものだ。
 すべてに売上げ目標は設定されているし、担当者にとっては努力目標を超えてノルマに感じるのだ。何故なら、それがボーナスや出世に影響し、ひいては家庭問題にまで影響を及ぼす。資本主義のもとでの競争社会では、ある面必然のことでもある。

 電通新入社員の自殺をめぐって、ブラック狩りが横行している。何があったのかは知らないが、マスコミやメディアの仕事についてまわるのは能力と時間の関係だ。能力が低ければ時間は際限なく必要となる。時間が多いからブラックというのは、短絡すぎる。
 東大をでたから優秀だとはいえない。東大をでても役立たずのスタッフを限りなく見てきた。知識があっても才能がない。適応能力のない優等生というのは以外に多いのだ。そうした人たちは、メデイアの仕事などにつかず官僚とか研究所に向いている。自分の能力に対する判断力がとぼしいので、メディアを選択したりするのだ。メディアの熾烈な競争を生き抜くのは、それなりの才能を要する。
 ブラックと責める前に、その企業の置かれているフィールドについて熟慮しなければならない。ソ連という社会主義国家が破たんをきたしたのは、労働者の勤労意欲の低下だといわれている。
 ブラックではなかった共産社会の住み心地が、怠惰を万延させ資本社会に負けたのである。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:19| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「ノルマ」はロシア語だと情報を得たことがあります。
シベリア抑留から帰ってきた人達が伝えた言葉だと書いてありました。
ノルマをこなせた経験がない自分です…
Posted by ふくだ かよ at 2017年02月02日 23:46
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