2017年08月25日

盆踊り・真夏のミステリー

盆踊り・真夏のミステリー

 盆踊りの季節もおわり、残された問題は騒音問題だそうだ。
 戦後、モーター社会の朝ぼらけと共に町中を支配したのは、クルマの警笛だった。そこらじゅうでクルマの警笛が鳴らされ、人間は虫けらのごとくに追い払われた。街角でも駅前でも街頭スピーカーが、たえずマーケットやら映画上映の宣伝放送をしていた。電車に乗っても次駅の案内、終点の告知、はたまた乗客の座席への座り方まで口煩く指導された。

 銀座4丁目できく街の音と、六本木一丁目の街の音は明らかに異なる。日比谷公園の音と井の頭公園の音も全然違う。はい、ここはパリのシャンゼリゼーと音響効果マンに告げれば、彼らは即座にシャンゼリゼーの街角らしい音揃えをして、スタジオにきた。実況録音ではなく、想像上の音を組み合わせて街角の音をつくってきたのだ。効果マンのもつイメージによって、街角は微妙に変わった。それ故、使える効果マンと使えない効果マンができ、イメージゆたかなスタッフが育ったと思っている。
 効果音の堕落は、なんでもかんでも現場へいって、デンスケとよばれていた録音機で獲る様になってからだ。イメージの優劣ではなく、録音技術の優劣になってしまった。犯人はソニーかもしれない。そんな状況のなかでラジオ・ドラマも没落していった。

 さて盆踊りの騒音問題は、盆踊りを楽しみに浴衣を揃え夏を楽しんでいる人からは絶対にでない。盆踊りをご先祖様の供養と心得ている人からも苦情はでない。いわば社会の落ちこぼれや、斜に構えて自己主張する変人からしか、クレームは出ないだろう。
 そうした人々のクレームを優先させるようなオバカな社会を民主社会と誤認した日教組あたりに、責任があるのかもしれない。盆踊りの音楽より、シールズのシュプレヒコールのほうがよほど煩い。羽鳥モーニングの玉川なにがしのほうが煩い、と感じる人もいるだろう。

 愛知県東海市では、各自イヤホーンをつけて踊る「無音の盆踊り」をやっているという報道に接した。怖い風景としかいいようがない。
 年に一度の除夜の鐘が煩いからヤメロとねじこんだ近隣住民がいて、お寺は除夜ならぬ除昼の鐘に変更したというバカバカしい話もあった。
 最近では近所の家の庭の「鹿おどし」がうるさいと騒音騒動になっていると報じられた。日本人の暮らしが殺伐としてきたアカシでもある。
 片方でオモテナシとか言いつつ、こんな体たらくではあきれてものも云えない。親和性のない無教養、無知について指弾するようなメディアはないのだろうか。モリカケ問題よりはるかにそちらのほうが有意義と思う。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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