2017年09月03日

戦争のかたちが変わった

戦争のかたちが変わった

 戦争のかたちが全く変ってしまった。
 前世紀的な国家間における武力戦争は、広島・長崎への原爆投下で終わったのかもしれない。

 アフガニスタンやイラクにおいて、米軍と多国籍軍によってあれほど軍事力を投入したにもかかわらず、世界の安心・安全には一向に寄与していない。
 欧米先進国においては、ますますテロの脅威がまし、対話と圧力をくりかえし唱え続ける日本の空には、北朝鮮のミサイル乃至ICBMが飛び交っている。

 戦争学者クレフェルトによると、国民、政府、軍隊がひとつになった近代の三位一体の戦争とは異なる「非三位一体戦争」であると論じている。
 イギリス軍人のルパート・スミスは、国家間ではなく人と人のあいだで起こる争いがもとなので「人間戦争」であると書いている。
 ハード面からは「サイバー戦争」と呼び、最終兵器の認識で「核最終戦争」と呼ぶ人もいる。いずれにしても「新しい戦争」時代に突入したのは確かで、その表裏をみれば「多様化戦争」と呼んで間違いない。

 まず多様化戦争においては、戦闘員と非戦闘員の区別が困難なことだ。最近ではトラックの運転手が突如自爆テロの戦闘員と変わった。ウクライナ紛争ではロシアは正規軍をいっさい使わず、非正規の民兵により勝利を手にした。尖閣諸島においても、中国は圧倒的な数の漁船に、漁民のみならず民兵をのせて連日押し寄せている。 政府はこれに対し除去手段を講じて排除することができず、放水だけが唯一の防衛となっている。

 こうした新しい戦争形態に対応する法整備を早急に進めないと取り返しのつかないことになる。
 核配備など夢のまた夢であれば、徹底したサイバー国家を作るしか方法はない。国土を十重二重のサイバーで包み、あらゆる核兵器も即座にサイバー破壊をする「超超高度なサイバー国家」を作るしか国民、国土の安全は保たれない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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