2017年09月27日

素麺との別れがつらい

素麺との別れがつらい

 九月も終わりに近ずくと、ああ今年も素麺との別れがきた、と悲しくなる。
 夏の呼び声とともにやってきた素麺は、たつ秋風とともに勝手に去っていく。

 素麺との初めての出会いは貴船の谷あいだった。それまで家の食卓でたべていた素麺は、素麺ではなかった。貴船の川床で竹の道を流れ下る流しそーめんに出会ったとき、ああこれが素麺だと感激した。岩のあいだから流れ落ちる冷たい水には霊力がこもって素麺の味をいっそう引き立ててくれた。谷川のしぶきを背に聞きながら、眼の前を流れ下る素麺を箸で受け止め口元に運ぶ。暑さを忘れ、夏の疲れを吹き飛ばしてくれた。

 以来素麺には環境が大事と思うようになった。
 フローリングのダイニングでいただく素麺には、バカラのガラスのどんぶりがよく似合う。染付の大きな器でもブルーが素麺の繊細な細さをバックアップしてくれる。
 我が家では、尺二寸ほどの桶の手付きを使っている。外側は黒漆の溜塗で、なかは金箔仕上げである。若い楓などをあしらって素麺を流し入れると、立派なご馳走にみえる。夏の来客のための手抜きのもてなしである。

 カルチャー・ショックだったのは、長い麺を畳んで固めた大門素麺との出会いだった。青山の紀伊国屋で遭遇した。すこし太めながら小麦の味がしっかりと伝わり、越中砺波の冬の厳しさがしっかりと伝わった。当時のガールフレンドが、越中育ちで故郷を語りながらのソーメン付合いだった。奈良の三輪素麺にもずいぶん世話になった。香川の小豆島素麺、愛媛の五色素麺、そしていまでは兵庫の揖保乃糸寒造り特級品に助けられている。
 梅雨を三回越さなくとも、充分に歯ごたえもよく喉こしのいい素麺を楽しんでいる。

 来年もまた素麺の至福に出会えることを信じて、秋を待ち構えている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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