2017年10月27日

浅草仲見世は文化財である。

浅草仲見世は文化財である。

 赤門から入って三四郎池にいたり、さらに東大校内を抜け、池之端を回り、西郷どんの銅像を左に見上げて道具街から雷門に着く。そこで交番のお巡りさんにつかまり拘束されてしまった。本郷西片町に住んでいた満五歳の筆者の一人旅体験である。幼心に雷門から仲見世の印象が、それほどに大きかったということだろう。
 あの頃の浅草は、東京の中心だった。大人になったら銀座にいく。子供のうちは浅草、それも雷門から
浅草寺本堂に向かう両側の仲見世だった。仲見世にはお面も売っていたし、人形焼もあった。女将さんの日本髪やちょんまげを並べていた店もあったし、一日中香ばしい香りを漂わせてせんべえを焼いているお店もあった。おこし、今川焼、日めくり、占い、江戸の昔の商い模型、すべてがあった江戸下町のワンダーランドだった。

 その浅草仲見世が存亡の危機に見舞われている。このたび仲見世は東京都から浅草寺が買い取ったので、家賃を16倍に上げさせていただくというという通知だ。
 89店の家賃はいままで、月平均2万3千円と破格の安さだった。だからこそ江戸以来の利の薄い小商いがしてこれた。東京にあるただひとつの門前市であり、寺社と商いの結びつきを目の当たりにできるただひとつの商店街だった。
 16倍の家賃値上げを致し方ないとする人もいるかもしれないが、仲見世は浅草寺ご本尊とおなじ、有形文化財でもある。だからこそ外人観光客も訪れるし、修学旅行もみなやってくる。なるほどニホンの商いはこんな風なやり方だったんだ。日本中どこにでも同じスタイルで展開しているチェーン店とはまるでちがう。人と人が向かいあって商いをするとはこういうもの、という生きた教材になっていた。

 東京都は簡単に89店舗を2000万円で払い下げてしまったが、オリンピックを前に、こんな大事な施設をウッパラッタとは、信じられない。
 希望の党などつくって己の野望を満足させるより、はるかに重要な案件である。もしも仲見世がスタバだったり、シマムラだったり、牛丼、ラーメンやに占拠されたらまったく仲見世の魅力はなくなってしまう。東京の観光資源が無くなってしまう、という重大案件なのだ。
 豊洲のつめの垢ほどで維持できる仲見世は是非守って欲しい、このことが理解できない小池百合子知事であれば、それこそ排除しなければならない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 10:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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