2017年11月05日

死んでも死にきれない時の到来

死んでも死にきれない時の到来

 いま保育園不足で政治家がいじめられているが、20年後には火葬場不足で政治家はいじめられる予定だ。
 つまり高齢化社会が進んで多死社会になる。2030年には年間死亡者数160万人を突破し、斎場や火葬場は確実に不足する予定だといわれる。とくに著しいのは、東京、神奈川、埼玉、千葉など東京圏が真っ先に火葬場逼迫の現実に直面する。

 いまでも火葬場がいっぱいで霊安室でまっている例はかぞえきれない。近所に遺体ホテルをつくり、サービスしている葬儀社もある。急場しのぎに縁起の悪い友引の火葬を受付けたり、通夜・告別式・火葬のプログラムの短縮をはかったり、早朝火葬や夕方火葬を実施したりと、現場はなんとか無事お骨にしようと頑張っている。
 故郷をすてて都会にでた人間をもう一度故郷にもどして、お葬式は故郷で、と呼び掛けてブロモーションしているのは、石川県小松市の火葬場だ。遺体の搬送から火葬までを引き受けて大都会の火葬場不足を補っている。

 斎場や火葬場の不足にたいして行政が対処新設しようとすると、必ず地域住民の反対運動が勃発する。いずれは自分たちも世話になる施設であるにも関わらず、環境がわるくなる、地代が落ちると、反対するのだ。

 独居老人の増大は、さらにいろいろの問題をかかえている。死んでも引きとり手がいない。行政の納骨堂も満杯になる。かりに無縁墓にならず誰かが引き取ってくれても、その先の霊園がない。みつかっても高価すぎて手当できない。
 少子化社会では、あと墓参する人もいないので、コスパに優れたお寺さんの永代供養にたよるしか、遺骨の行く先はない。

 大死亡時代の到来はそこまできている。それぞれに死に方をきめておかないととんでもないことになる。
 まさに「死んでも死にきれない時代」が待っている。

posted by Kazuhiko Hoshino at 00:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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