2017年11月10日

2017流行語大賞ノミネートに思う

2017流行語大賞ノミネートに思う

 2017年新語・流行語大賞ノミネート候補が発表された。
 筆者にかかわりのあるいくつかについて、書き留めておこう。

「フェイク・ニュース」
 トランプ大統領がCNNをさしてフェイク・ニュースの巣窟と非難したところから、あっという間に世界中にひろがった。
 日本ではメディア界の老舗たる朝日新聞が、韓国人慰安婦問題の誤報からフェイク・ニュースの家元と揶揄され、加計学園獣医学部設立のニュースでは、悪徳官僚とむすび安倍倒閣運動に傾倒したため、ありもしない安倍疑惑を捏造したと、もっぱら「安倍憎しフェイク・ニュース」の製造元ともくされている。安保関連法を戦争法などと論じ、新聞メディア全体の信用をなくした責任は重い。
 賢明な読者は朝日からぞくぞくと逃げ出し、いまや朝日新聞購読者はいちじの50パーセントを切ったと言われている。

「働き方改革」
 働き方というのは、労働時間の問題ではない。みずからの仕事への情熱と報酬と時間の要素のうえに働き方がある。仕事の実態、内容もわからず、ただ電通にはいりたい、NHKに入りたいといった無知と無謀から、みずからを自殺に追い込むのとは、根本的に違う。
 それぞれ仕事にはその仕事なりの環境と置かれた条件がある。日本が夜だからと寝ていては、地球の裏側は昼なのだから、報道の仕事はできない。ドラマ制作の現場でもおなじこと、役者が下手でえんえんと取り直しがあれば、20時アップの予定が28時にのびることもある。
 おおむね過保護の両親と、IQ馬鹿の東大卒業生にこうした現場無理解の阿呆が多い。働き方は一律に論じることなく、それぞれのケースで論じるべきだ。

「忖度(そんたく)」
 忖度のある社会はそんなに棄てたものではない。日本人の思いやりや忖度は、日本人の美徳とすら考えられる。忖度のある社会こそ、いたわり合い譲り合う、暖かい社会だともいえる。
 なんでもかんでも数字で解決するアメリカ的社会は殺伐としている。
 スポーツでもかってのスポーツ界では、勝ったからと言って決してガッツポーズなどしなかった。負けた相手の心情を忖度して、勝ち誇った行為は厳につつしんだのが、日本のスポーツだった。いまでは勝つと、負けた相手のまえで踊ったり跳ねたり、とにかくやたら下品なのだ。
 いつから日本人はこんなにいやらしい下品な民族に堕ちたのか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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