2017年12月02日

霜月や遠山郷に神集い

霜月や遠山郷に神集い

 信州最大のまつり、といっても華やかとか、人が集まるというのとは異なる。
 祭りの形式と伝承という面で、もつとも重要な信州最大のまつりなのだ。そこには諏訪御柱祭のようなダイナミックなシーンはない。善光寺ご開帳のような賑わいもない。心に染入る人々の命の営みが、その祭りにはある。三信遠地域と呼ばれる愛知、静岡、長野の県境に位置する中部日本のチベットとよばれる山間部に伝わる祭りである。
 奥三河では花祭とよばれ、遠山郷では「霜月まつり」とよばれてきた。筆者も50年前から、民俗学の先輩である吉永淳一先生に連れられ、一度ならず五度、十度、軽井沢に住まいをうつしてからは毎年のように遠山郷に足を運んだ。 その霜月まつりが、今年も無事始まった。

 中立の正一位稲荷神社に始まり、まつりは遠山川のそこここにバトンされて行く。中郷、小道木、木沢、上町、そして耕して天に至る下栗の里、和田、程野、八重河内、と九つの集落をつないで祭りは終わる。12月1日に始まり、12月15日に最終日をむかえる。昼夜をとわずそのあいだ、集落のひとびとは祭りに集中して神とともに日々を迎える。

 夕刻、しばれる寒さのなかで茣蓙に座り、八百万の神々に声をかけ、お集まりいただきたいという神降しから始まる。神々の名を読み上げるだけでも2時間はかかる。祭場の中央には大きな窯が用意され、湯がにたぎっている。その湯のなかに神様が勧請されてから、まつりは始まる。
 そこには湯立神楽の古い形が伝承され、時代とともに簡略化されたとはいえ16.7時間に及ぶ形式が守られている。窯のうえは紙で作られた神座が飾られ、煮えたぎった窯から立つ湯気に泳いでいる。
 深夜祭りの途中に登場する面役は、凍った川に入り、身を清めて控える。いくつかの舞をへて、飛び回るキツネ面の稲荷と山の神の押し合いになるころには観衆と神とが一体になって場内は騒然となる。
 やがて水、土、木、火の四面の大面が登場し、湯切りの神事となる。熱湯に素手を入れた大天狗は湯を切って観衆に掛ける。逃げまどいながらも浴びた湯によって心身ともに禊ぎをうけ、悪霊の退散を成し遂げて、会衆はそれぞれの帰途につく。20時間近い興奮の一夜から静寂にもどった祭場をあとにする山間の情景には、こころが洗われるような感動がある。

 命の再生を願うこの霜月まつりが、いつまでもこの裕福とは言えない山間に生き続けて、人々を守り続けてくれることを祈らずにはいられない。 
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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