2017年12月08日

「いいね」がすべての馬鹿者たちへ

「いいね」がすべての馬鹿者たちへ

 レストランで食事しても、ディズニー・ランドにいっても、目的はインスタ映えのする写真をとること。SNSに投稿して「いいね」がいくつつくか、それが最大の関心事だという。「いいね」はそうした人々の存在証明になるらしい。つねに他人からどうみられているか、どう思われているか、そのことばかり気にしている小心な若者達が圧倒的に多い。
 もっと主体的に考えたらいいとおもうが、すべて他人の評価次第では、視聴率に縛られた地上波テレビとなんら変わるところはない。いや生まれたときからテレビがあった世代にとっては、「視聴率」と「いいね」が同じ存在なのかもしれない。

 すぐる日、ある会議にでた。20人近い出席者が全員目の前にマイパソコンを開き、じっと画面に見入っている。司会が議題を述べ、検討にはいってもなんの発言もない。みなキーボードを触っているだけ。折角集まって会議を開いているのだから、全員の意見を聞きたいと思っているのだが、なんの発言もないまま、会議は粛々と進んで行く。
 しゃべらない、人の顔を見てしゃべらない。発言もしないし、本音もいわない。甲論乙駁などまったく存在しない。表面的なまったく表面的なおそらく損得勘定だけの会議であった。コミニュケーションのとれない若者とはこういうものかと理解した。

 「いいね」集めに熱中することに批判があるのは知っています。ネットよりリアルで頑張るほうが大事だ、とさんざんきかされました。でも「いいね」が沢山集って「風」がおきると皆がそれになびいて動くんです。人を動員するツールとして、今は「いいね」の数やフォロワー数がいちばん大事で、これをやらないと損するんです。…そう、君たちとは話が通じない。勝手にしたら…。

 そのうち喧嘩をしたり、悪口を言ったりすることのなかで、人間の本質とか、愛に目覚めていくんだ、ということが理解できるようになるよ。感嘆相照らさずトラブル逃避だけを心がけて、君はそれでも人間かね。安いカメラの自撮りでいくら「いいね」をもらっても、まったく無価値ということにいつか気がつくだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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