2017年12月12日

富岡八幡神主殺戮事件

富岡八幡神主殺戮事件

 去る9月に富岡八幡に関する心配事をブログしたが、それ以上の凄惨な事件が起こってしまった。
 姉の宮司とその運転手を、元宮司の弟夫妻が殺戮するというテレビのミステリーにも登場しない恐ろしい事件だ。この弟は自分に向けられた疑惑の眼について正当な弁明することなく、ひたすら逆恨みをしたとんでもない人間のようだ。氏子代表の弁によると、その弟はお金にだらしなく神官としての性格に著しく欠けた人物であった。

 いっぽう神社本庁からの脱退も、女性宮司を認めないという伝統的な神道の本旨にもとったことへの、反発だった。姉宮司と氏子代表も、世の中全体の無責任な人権思想に毒されていたのではないか。
 弟の出来の悪さと、姉の宗教者としての思想の浅さは、第三者からみればどっちもどっち、今時の軽い風潮が、殺人犯罪に走らせたともいえる。
 神官の殺人事件というのは幸か不幸かきいたことはないが、メディアに氾濫している殺人ミステリーをみれば、なるほどこんな大馬鹿神主も出るだろう、と想像できる。

 江戸っ子として生まれ、下町に育った筆者としては、富岡八幡には絶対起こってほしくない事件だった。

 富岡八幡参詣の折に立ち寄った深川櫓下の茶屋の奥座敷が思い出される。
 座敷の雪見障子を開ければ、眼の高さに掘割の水が流れていた。座敷が川のなかにあるような錯覚を覚えたが、江戸っ子を乗せたチョキ舟のいく昔が、なにげに聞こえてくる三味線の音に乗って視えた。忠臣蔵も雪の日の深川で起きたし、風流深川唄もここで生まれた。松尾芭蕉も奥の細道へはこの深川から出掛けた。
 深川は江戸の文化の真ん中にあった。
 その深川の真ん中で、こんな事件が起きるとは、江戸っ子にはとても我慢できない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: