2017年12月28日

ヨイトマケの唄 ふたたび

ヨイトマケの唄 ふたたび

 年の瀬も押しせまった12月28日、軽井沢にNHK-BSの取材でスタッフが現れた。
 美輪明宏さんの名曲「ヨイトマケの唄」の制作秘話を聞かせてほしい、というオーダーである。

 「ヨイトマケの唄」は筆者がテレビ朝日(当時はNETテレビ)に在職中、木島則夫モーニング・ショーの
芸能担当のプロデュースをしていた時に遡る。話題になるような音楽の出演者をさがしていた時、ふと思い出して美輪明宏さんに電話したのが、ことの始まりだった。
 昼下がりの絶対にいない時間に、どうしたことか美輪さんは自宅にいたのだ。

 電話に出られた美輪さんに、単刀直入に番組の趣旨をお話ししたところ、美輪さんはそれなら最近作った唄がある、是非聞いてほしい、という。新曲を聴くとなれば、持ち込まれたテープを視聴するか、どこかのスタジオにいって聞かねばならない。面倒なことと一瞬思っていたところ、美輪さんはいきなり電話口で歌い出した、〜 父ちゃんのためならエンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ もひとつおまけにエンヤコラ 〜

 その頃、街角から消えつつあったエンヤコラが、使い古された電話の受信口から流れてきた。楽器の伴奏もなくアカペラで歌い出した美輪さんに驚かされたが、歌い手本人がアカペラで歌ってプロデューサーに訴えることなどまず考えられない。普通マネージャーが視聴盤とリリースをもって局に売り込みにくるか、レコード会社のプロデューサーが歌手を伴って売り込みにくる、そんな時代の出来事だった。

 〜 ヨイトマケの子供 きたない子供と いじめぬかれて はやされて くやし涙に暮れながら
  泣いて帰った道すがら 母ちゃんの働くとこを見た 〜  美輪さんのアカペラ電話で心を射抜かれたがそれからが大変だった。曲は美輪明宏さんの母へのレクイエムといっても、当時の美輪さんのイメージは全然違った。強烈な化粧をして煌びやかに登場する美輪さんしか判ってもらえない。そのうえ、曲が長い。テレビにおける楽曲の寸法はほとんどが2分30秒以内、大物でようやく3分というのがお約束、歌って少しインタビューすれば最低でも8分はいる、スタッフの説得をし、社内を持ちまわって番組構成を変えなければ放映できなかった。

 放映直後から制作局の電話が夕方までつづいた。アンコールの葉書が数万通に及んだ。
 かくてあの名作「ヨイトマケの唄」が世に送りだされた。あれから51年、NHKは折にふれてこの曲をとりあげるが、テレビ朝日では一度も取り上げられていない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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