2017年12月31日

お節料理は祈りの食文化

お節料理は祈りの食文化

 今年も有難く宅急便で「お節料理」が届いた。祇園町の名店川上さんの心尽しだ。京都のお節は関東に比べ、味が薄いので足がはやい。お重のうしろには、一月一日23時までにお召し上がりください、とある。我が家は老妻とふたりなので、4人前のお節をいただいても23時までには食べきれない。

 そこで近年「親戚のムスメ」と称する他人がやってくる。そのムスメとお神酒をかわし、川上のお節を楽しむ。およそ宗教心を感じない現代っ子であるムスメは、クラフトの全日本組織をたちあげ、世界をリードする日本の工芸の国際化という大層な目標に日々心を砕きながら、銀座4丁目のギャラリーで社長を務めている。
 今風にいえばキャリアのかたまりのようなムスメなのだが、気負い過ぎたところのまったくない率直で気持ちのいい人柄なのだ。たまに男の影もちらつくが、さっぱりと清算し、私いま独身だからと、けらけら笑っている。健康で知恵と豪胆さを兼ね備えた珍しい女性だ。

 すぐる年、佐久の鼻顔稲荷に初詣に出掛けた。ムスメはピンヒールを履いて雪と氷の軽井沢にきた。すっかり反省しあくる年からは低めのブーツやら、完全防寒であらわれるようになった。日本の中央 生島足島神社では、大地のご神体に祈りを捧げた。関東の一之宮富岡の貫前(ぬきさき)神社に参り、日光東照宮より社格が上の初詣をともにした。なんとはなしに初詣はこの「親戚のムスメ」とともにする通過儀礼になってしまった。さて次の初詣はどちらの社にしようかと思案中、善光寺まで足をのばすか、別所温泉北向観音あたりにするか、すべては元旦の「親戚のムスメ」の意向次第だ。

 ところで日本のお節は世界一の食文化ではないか。これほど祈りと結びついた食の習慣はなかなかにみつからない。子孫繁栄をカズノコに託し、片口いわしの田作りは五穀豊穣、黒豆は邪気を払い、紅白のカマボコには魔除けと清浄を願い、家の安全はタタキゴボウ、昆布巻きに喜び、チョロギは長寿のあかし、腰が曲がるまで共にの願いはアカエビに、いわば信仰食ともいうべき内容で、そのうえ女性を家事労働から解放するという、和食の思想をこれほど世界に発信できる行事食はほかにない。
 お節料理は日本の祈りの食であり、文化そのものであるともいえよう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: