2018年01月05日

切餅ですか、丸餅ですか

切餅ですか、丸餅ですか

 本郷西片町に育ったので、お雑煮は醤油の出し汁に四角い切り餅だった。鳥と人参と大根の入ったごく当たり前の関東風という雑煮だ。
 師走も押し迫って、町内のお米屋さんが餅を届けてくれる。玄関、床の間、神棚、仏壇、台所、そして御不浄に飾る重ねのお鏡餅と、4枚ほどの伸し餅、大晦日に伸し餅を食べやすい大きさに切るのは二年参りの前のイベントだった。

 相方が変わった軽井沢では、丸餅になった。信州には美味しい丸餅がないからといって京都から取り寄せる。近頃はググッテ魚沼産の丸餅だが、サイズが雑煮椀と合わずなぜかバランスの妙にかける。白味噌はナカヒガシさんが、送ってくださる。白味噌以外なにもない仕立てに丸餅の雑煮はなるほど神様に供える神事食の趣がある。その昔宮中で歯固めの儀と鏡餅の祝いがひとつになって生まれた雑煮と伝えられるが、白味噌の雑煮には、ある種の宗教性を感じる。

 丸い餅のかたちは、心臓のかたちとか鏡のかたちに擬したといわれているが、なるほど稲、コメの霊力をさらに突き固めた餅には、延寿、長寿の霊力が倍増していると信じたくなる。丸餅を二つ重ねて神仏にささげるのは、人間の素直な営みだったのかもしれない。
 京都祇園町の井上流の稽古場には、弟子一同芸舞妓から町方のお弟子さんまで、すべての名義の重ねの鏡餅がずらりと供えられる。お茶屋や屋形でもそこに籍を置く芸舞妓は重ねの鏡餅を供える。捧げた鏡餅を前にして、事始めを祝い、初寄りを祝って新しい年が始まる。

 コメから作った酒で乾杯し、コメからつくった餅を食して、日本人の暮らしは保たれている。稲とコメにたいする日本人の信仰は、キリストよりも、釈迦よりも絶対的な存在なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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