2018年01月09日

シロウトは黙っていろ

シロウトは黙っていろ

 透明性と説明責任、そしてすべてはガラス張り、いつからこんなことが大手をふって歩くようになったのだろう。説明責任を何回つくしても、左翼や民主にはわからない。来シーズンもモリカケ問題を追及するとはりきっている。いい加減にしてほしいとおもうが、議員先生方には、身近に迫った国防論議より、モリカケモリカケといっているほうが、楽なのかもしれない。

 2020東京五輪のマスコットもおなじことだ。6月まで全国の小学校児童による投票で決めるという。子供に媚びて、その後ろにいる母親に媚びて、無駄な時間と経費を使っている。どのキャャラクターが良いか、悪いかを美意識の育っていない子供に判断させ、なにを企んでいるのかわからない。こんなことは民主政治でもなんでもない。子供相手の暇つぶしでしかない。
 もしこれで子供たちにたいし、君たちが選んだ素晴らしいマスコットが誕生しましたなどと、宣言するのであれば、それこそ大人の欺瞞そのものではないか。子供たちには正常な判断力がないからこそ、選挙権もない。いわば未熟な半人間、それが子供たちなのだ。

 お互いの能力をきちんと認識しない風潮も困ったことだ。
 なんでもかんでも体験学習やら体験旅行と銘打つ。名人上手の仕事でもすぐに素人が手をだす。名人も断ることなくどうぞと手を貸す。「貴女には無理だからそこで黙って見ていなさい」、とはっきり言う名人がいない。みんなにこにこと素人に媚びをうる。素人は喜んで私にもできます、とぬか喜びとなる。全体のレベルはますますさがっても誰も責任はとらない。世の中の風潮だからと素人の体験旅行ははびこる一方だ。
 シロウトは黙っていろ、というプロがいなくなってしまった。

 「一を聴いて十を知る」ということわざがあった。今では「十聴いても一も判らない」という体たらくだ。選考過程をオープンにするのと、プロにまかせる度量というのは両立できる筈と思うが如何。



posted by Kazuhiko Hoshino at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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