2018年03月03日

女の病は淡島さんにいってつかんせい

女の病は淡島さんにいってつかんせい

 3月3日の今日は、日本中でお雛様が流されている。
 桟俵にのった紙で作られた素朴なお雛様たちである。
 つとに有名なのは、鳥取用瀬町の流し雛、京都では下賀茂神社での御手洗川への雛流し、軽井沢の近辺でも北相木村では、かなんばれと呼ばれる雛流しがある。

 流し雛のウンチクでは、淡島さんの信仰を外すわけにはいかない。
 女性の病については昔から「淡島さんにいってくれ」とか「帯のしたの病いを治してつかんせい」とか、謎であった女性の病への治癒祈願、予防祈願をつかさどっていた淡島明神への信仰がもとになっていた。天照大神の第六女と伝えられる淡島明神が住吉さんと結婚するもシモの病いにかかり、堺の浜から流され3月3日に紀伊の国加太の浦についた、というところから物語がはじまっている。
 今風にいえば、この淡島明神を祀った加太神社から、淡島願人なる遊行僧、もっといえば乞食坊主が生まれて全国にひろがったのが淡島信仰なのだが、淡島願人が日本各地につくった淡島堂からこの流し雛という信仰行事も始まっている。

 病院もなければ、医者も居なかった時代、病を紙型にうつしたり、人形に移して川に流し、淡島さんまで流れ着いて治癒して欲しいという素朴な祈りの行事だった。
 いまでは川に桟俵や人形を流したら水が汚れるとか、衛生上良くないとか、あまり説得力のない理由から、すぐ下流で雛たちは回収されてしまうので、とても紀伊の国淡島さんまでは流れ着けない。結局病いは治らないように人間達がしているのだ。
 桟俵も川に沈めば自然に帰るし、雛に託した祈りだけが淡島にとどいて、病い全快となるかもしれない。
 祈りを失った民族は誰からも救われない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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