2018年03月10日

蕗のとうの苦さは春のときめき

蕗のとうの苦さは春のときめき

 名残り雪もおちついたので、オゴッソに昼めしを食べに行った。
 壁は渋くなり、環境テレビは掛花入れにかわって、ぐっとビストロ・ジャポニカ風になっていた。窓の外には社長の自宅から運ばれた石灯篭がおかれ、目隠しの竹屛で、景色は駐車場という殺伐さが消えていた。

 帰りしな柳沢さんが、蕗味噌を下さった。さっき山で摘んだ蕗のとうをきざんで、味噌にあえた超新鮮な蕗味噌である。蕗味噌のうえにはまもなく花になる蕗の芽が添えられてある。大きな体の柳沢さんに似合わない繊細な心ずかいだ。

 蕗のとうの苦さは春の苦さである。子供と毛唐には判らないと昔からいわれてきた。日本人のデリケートな舌に許された贅沢が春の山菜の苦さなのかもしれない。さっと天ぷらに揚げてチョンと塩をつけても絶品だ。
 山菜と天ぷらの相性もとてもいい。タラの芽、ぜんまい、こしあぶら、わらび、根曲がり竹、など天ぷらにはどれも合う。

 山菜の美味さを教えてくれたのは、50年程前の越中利賀村の春祭りだった。豪雪に閉ざされた利賀村に春が来るのは四月の末、いまは亡き水田ガイ氏さんに招かれ、村長さんの家に泊まった。その時のご馳走が山菜ずくしの祭り膳だった。
 15,6種類の山菜がお浸し、胡麻和え、煮つけ、天婦羅などいろいろな調理で赤飯と共にお膳に並んだ。その時初めて畑の野菜の味気無さに気がついた。山菜の贅沢を覚えると、しばらくの間スーパーで売っている畑の野菜の虚しさに囚われた。

   " 命がけ 熊と取りあう ふきのとう "

 今夜は山形のつや姫を炊いて、ほろ苦い甘みの蕗味噌で春を楽しもう。、
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: