2018年04月13日

神事芸能としての相撲と女性について

神事芸能としての相撲と女性について

 大相撲における土俵上への女性登場について、ワイドショウのコメンテーターがかしましい。
 男女同権の今、そんな差別は許されない。何故女性市長の挨拶が土俵上でできないのか。チビッ子相撲に女の子が出れないのはおかしい。こんなことでは、相撲は女性の支持を失って滅びるぞ。相撲協会は社団法人だから、内閣府が黙っているのはおかしい、安倍内閣が悪い。……等々

 大相撲のそもそもについて、あまりにも無知な人が多い。
 発祥は農耕民族としての日本人の暮らしのなかの大切な神事芸能であった。、収穫への祈り、収穫への競い合いが神事としての宗教性をもって長い歴史をつくってきた。
 力と力のぶつかり合いという側面から、もっぱら男性のみがかかわる神事となったのが相撲である。差別ではなく区別なのだ。神事のなかでも舞などは、いまでも巫女舞と呼ばれて、女性のみに許されている。
 古来、宗教や習俗から発した行事や芸能には、男女それぞれの役割があった。そのことは差別でもなんでもない。当たり前のことだ。
 すべてを差別と断じて非難する人は、浅い知識と「区別の文化」のない人なのだ。

 どうしても土俵に上がって挨拶したい、と駄々をこねた大臣や市長は選挙運動を土俵上からしたいだけなのだろう。協会もいちいち土俵のまんなかにマイクなど持ち出さず、土俵サイドですべての挨拶をしたらいいのだ。 お祓いをし、神を勧請した土俵の神聖を保つには、そうするしかない。中途半端な慣行がいちばんいけない。とくになんでもかんでも素人が口出しして正当化するクレーマー万能時代には、必要な措置ではないだろうか。

 神事芸能とギャンブル・スポーツをいっしょくたに考える馬鹿が多いのだから、協会はもっと毅然たる態度で発言していかなければ、情報過剰時代に飲み込まれてしまう。 伝統や習俗は民族の財産なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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