2018年04月30日

おにぎり愛に生きる日本人

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 遠足のお弁当、主役はおにぎりだった。
 中ぐらいの大きさの丸いおにぎりが二つ、ひとつは梅干し、もうひとつには昆布の佃煮が入っていた。当世コンビニのおにぎりの如く、食べる直前にぱりっとした海苔を巻いてたべるなどという贅沢はなかった。作った時に巻いた海苔は、当然しっとりと冷たくシャリ感のない情けない食感のおにぎりになっていたが、それでもおにぎりをもって遠足にでかけるワクワク感とともに楽しい昼食だった。
 リュックのなかには、リンゴとバナナとキャラメルも入っていた。そして水筒の水がすべて。昭和のひとけた世代には、サンドウイッチなどという洒落た弁当は想像もつかなかった。

 うちは三角、うちは丸い、なかにはたわら型のにぎりをもってきた級友もいた。おにぎりのカタチが母親の故郷を想像させた。たわら型のにぎりは子供心に美味しそうに見え、みんなでたかったこともあった。ともに山の上でおにぎりを頬張ると仲間意識が芽生え、帰りは誰云うとなくコーラスの遠足になった。

 おにぎりは日本人のソールフードといわれるが、一生にいくつのおにぎりをたべてきたことか。近頃のように赤飯にぎりから、ガバオライスにぎり、シーチキンマヨにぎり、梅しそにぎり、焼き肉にぎりと、豊饒なおにぎりの棚のまえに立つとシアワセがジワリとしみる。

 40年ほど前、神楽坂に焼きおにぎり専門、おばあちゃんひとりの小さなお店があった。歌舞伎座への差入れは、この焼きおにぎりがとても喜ばれた。化粧していても衣裳付けの最中でも、一口で頬張れる小ささに人気があった。粋な竹のかごに入れて楽屋まで届けてくれた。
 歌舞伎座以外は駄目だよ、道がわかんないから…なんでも通販の今では想像もつかないのどかな時が流れていた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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