2018年07月07日

フェルー通りの「酔いどれ船」

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パリ左岸にあるルクサンブルグ公園の元老院の近くにある「フェルー通り」、わずか200メートル程の小路だが、この小路について書かねばならない。車は一方通行しかできない狭い道だが、その東側の壁面はランボーの詩で覆われている。
 ランボー16才の時に、ベルレーヌのもとに持参した処女作である。「酔いどれ船」と題された12音節4行からなる100行の長編詩、それが 5メートル程の高さの塀、100メートルの長さに堂々と書かれている。これほどのスケールで詩が書かれている都市の風景は見たことがない。

 数年前、鈴木京香がこの壁のまえで撮影したことがある。肌を透かしたレース使いのワンピースを着ていた。彼女のボディ・ラインが美しく浮かんだ写真は、かなり蠱惑的な傑作だったが、彼女が、背景にある詩の意味を理解していたとは考えにくい表情をたたえていた。
 ランボーの傑作はただのファッションの小道具と化して、泣いているようにも見えた。

 3年ほど前、パリで女優をしている某女との撮影行でも、この壁のことが気になり探したのだが、情報が少ないとあっさり拒否されてしまった。今度のパリ行きでようやく巡り合えたランボーの壁詩には、感動的な出会いがあった。

 72日間の短命に終わったパリ・コミューンの運動はフランス人の魂に埋め込まれた歴史なのだが、17才のパリジェンヌが、日本人から初めて尋ねられた詩壁に喜んで連れて行ってくれた。彼女は毎年パリコミューンの記念日に、追い詰められたペール・ラシエーズの墓地と、このランボーの詩壁を訪れるという。歴史と向かい合う優しいパリジェンヌを通して、日本の若者たちのことを想わざるをえなかった。

 ランボーは16才にしてパリコミューンの挫折と人生の挫折について、都市文明への降伏について、この詩を書いた。目の前のカフェに座って詩壁と対峙していると、目の前にはいま人生に漕ぎ出そうとしているカップルから、生きることに疲れてしまった老夫婦まで次々と通り過ぎて金縛りに会ってしまうのだ。
 ベーゼの壁や、16区のアールヌーボー建築ギマールの作品から得られない人間の叫びが聴こえてくる。
 聡明な鈴木京香がもう一度このランボーの詩壁に立ったら、どんなポーズで写真をとったか、想像は無駄働きか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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