2018年08月19日

大東亜戦争は白人支配のパラダイムをひっくり返した

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 8月15日の敗戦記念日をはさんで、なんとも割り切れない気分になっている。
原爆投下とはなんだったのか。人類に対する犯罪だったとする議論がまかり通っている。アメリカ人は贖罪すべきだ。と声高に叫ぶ人もいるが、だが待てよ、8月12日には日本の原爆実験も最終段階を迎え、核爆発に成功していたという報道に接した。だから戦況が3ケ月もずれていたら、日本が人類にたいする初めの犯罪者になっていた可能性もあった。戦争とはそういうものだ。

 第二次世界大戦というべきか、それとも大東亜戦争というべきか迷うが、いずれにしてもあの戦争に何故日本は突き進んで行ったか、については歴史の検証を待つまでもなく、目の前の事実だけをかんがえてみても、戦後の日本人がどれだけ連合国軍GHQの占領政策によってユガメラレタ認識を持つようになったかが判る。

 「二度とこの過ちは犯しません。武器は持ちません。戦争は永遠に放棄します。」このお題目によって日本人の自虐史観がうまれ、開戦当時の日本人の目的意識、世界観は雲散霧消してしまった。いまだに憲法には絶対さわるな、憲法改正などとんでもないという左翼リベラルを自称する人々が存在する。

 当時のスローガンに「八紘一宇」「大東亜共栄圏」というのがあった。八紘一宇とはすべての国が仲良くひとつの家のごとくにまとまって生きていこう、という意味だが、連合国側は日本の中国、東南アジア侵略を正当化するために使われた方弁だと断じた。さらに大東亜共栄圏についても、日本の植民地政策を正当化するためのスローガンと非難し、GHQはこの言葉の使用を禁じた。

 西欧列強は長い間、人種差別を当たり前の権利と認識したきた。彼らが政治の聖典と位置ずける「モンテスキューの法の精神」には人間を形成する基本はその色にある、と断じ、白色、黄色、黒色の差別を推進した。そのため西欧列強は競って有色人種の植民地化に走った。それに対し、国際連盟の場で人種差別の廃止を訴えたのは日本だけ、当然のごとく西欧諸国のバリアは高く、一蹴されてしまった。

 世界史における、この白人支配のパラダイムをひっくり返したのが、ほかならぬ大東亜戦争だった。ABCD包囲陣によって日本は後何日というエネルギー危機に追い詰められ、国家の存続危機に直面していたが、南に活路を見出すことによって白人支配の植民地構造を切りくずした。
 現に日本の敗戦とともに、世界中の植民地はぞくぞくと独立を果たし、いまだに日本に感謝している国さえある。

 日本は350万人の犠牲を払って、表面的には戦争に負けたが、白人支配の世界史に革命を起こし、人種差別のない歴史への一頁をひらいた。以来、先進国は植民地という財産に手をかけることはなくなった。大東亜戦争の敗戦は、これによる世界史の大転換に資するだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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