2018年08月20日

軽井沢の夏が終わる

軽井沢の夏が終わる

 軽井沢の夏は、旧道のお諏訪様の花火で終わった。8月20日の夜。
花火の最後は決まって、峠の釜めしの仕掛け花火だった。おかごを担いで峠を登りきったところでナイアガラになる。ナイアガラの花火の終わりと共に、軽井沢の夏も遠くにいってしまう。「ご機嫌よぅ、来年の夏までお別れですが、お元気で……」あちこちの別荘には雨戸がたてられ、門のまえに錆びた鎖が張られ、主のいなくなったことを知らせる。

 近頃では、入れ替わりにアウトレットのセールが始まる。セールでは毎晩景気ずけに花火が上がる。両親の買い物に付きあわされてきた子供たちにとっては最後の絵日記の素材かもしれない。横のステージでは、都会からやってきたタレントの握手会がひらかれている。どこかの餓鬼タレントにちがいないが、若い娘が行列をつくっている。舞台のうえではしっかりと手を握った娘がタレントにしきりになにか訴えている。彼女にとってはこの夏のクライマックスなのだろう。

 アウトレットのセールを追っかけて、街にはなんとなく警官の数がふえる。地元の警官とことなり、不自然なところに警官がたまっている。
 天皇皇后の軽井沢滞在である。美智子皇后の草津音楽祭登場のためのリハーサルが、軽井沢で密かに行われる。お相手の超一流音楽家たちは、町内のホテルやペンションで待機する。最上の楽器を抱えてきて、酷暑の夏にいつお声がかかるか判らないにもかかわらず、じっと待っている音楽家もお気の毒なことだ。

 夏の軽井沢には、作家たちのセールもある。アトリエで作家の生きざまを横目に、手にする作品には生命力がある。最近はガラス作家の河上恭一郎先生のセールに伺い、毎年一枚二枚と作品をわけていただいている。銀座の和光にいけば、先生の作品はあるが、デパートで手に入れるのと、森のなかのアトリエで対峙する作品では、まったく表情が異なる。菓子によって来るアリンコを遠ざけ、木洩れ陽のなかで先生のお点前でお茶をいただきながらの時間はシアワセの空間である。

 タクシーの運転手さんの顔もかわる。夏の繁忙期には昔働いていた運転手さんがもどってきたり、若い軽井沢しらずの運転手さんが増える。町中渋滞のときの抜け道交通では、半世紀以上通っているこちらの方がはるかに道にくわしい。
                  ……そんなこんなで軽井沢の夏は終わる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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