2018年09月04日

軽井沢のラウンド・アバウト

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 凱旋門の広場(いまのシャルル・ドゴール広場)に初めてたった時、中央にそそり立つ凱旋門の周りを幾重にも重なったクルマが、警笛ひとつ鳴らさずに回っているさまに圧倒された。気が付くと幾台かのクルマはその輪から離れてそれぞれの道に別れていく。アベニュー・ホッシュに、アベニュー・シャルル・ドゴールに、あるいはアベニュー・ド・シャンゼリゼーに、そこにあつまっている10本の道をそれぞれに選択して走り去る。そして広場にはいつの間にか次々とクルマが流入して、凱旋門の廻りを走っている。
 信号もなく、警笛も聴こえない静かな大ラウンド・アバウトだった。

 椿姫がパリ社交界の華だった頃、彼女が颯爽とオープン馬車にのってシャンゼリセーの大通りを行くのを、若者たちは何時かは俺があの馬車にと羨望のまなざしで見送っていた。そしてあの夢の馬車の行く道を妨害してはいけないと、ラウンド・アバウトを考えたと伝えられている。 椿姫の乗った馬車を足踏みさせてはいけない、という心の優しさからあの環状道路はできあがったのだ。

 ノルマンディーを走ったとき、その村には信号がひとつもなかった。交差点はすべてラウンド・アバウト、当然のごとく信号はひとつもないのだから、設置費、メンテ、電気代、すべて無料の金いらずなので、予算もだいぶ助かっていたことだろう。その上、十字交差道路の時代よりも圧倒的に交通事故も少なくなったと、自慢された。
 いまフランスには18000か所のラウンド・アバウトがあるという。

 さて軽井沢にもラウンド・アバウトが出来たと、過ぐる年報じられた。行ってみてびっくりした。ボアの森にある児童遊園のラウンドアバウト位のささやかなものだ。
 かって軽井沢中興の祖といわれる野沢源次郎が作った六本辻を、わざわざ壊して作ったオモチャのラウンド・アバウトだった。軽井沢駅前や旧道銀座通りの入口を整理してのラウンドアバウトだつたら少しは誇れるが、六本辻の狭苦しいところをクルクルまわっていてもあまり感心しない。

 この秋には、ラウンド・アバウト サミットィン軽井沢 とのポスターを見た。
 この町はどうしたことかプリンスホテルの片隅でやる会議が大好きで、前にはG7交通大臣会合、来年はG20エネルギー関係閣僚会合、お国の仕事に首をつっこんで、コマーシャルやら電飾看板に金をつかつている。
 より地に脚のついた会合もあると思うが、メディアによほど名前をだすのが好きなのか、世界の事情に貢献していると錯覚しているのか、いずれかなのだろう。
 ラウンド・アバウトサミットも結構だが、踊ったのは会議だけては田舎喜劇にもならない。

posted by Kazuhiko Hoshino at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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