
我が家から町のほうを見渡せば、春を待ちかねるように「辛夷」の花がぽつんぽつんと咲いている。
名曲北国の春では、まず一番に辛夷咲く丘が春をつげ、二番になってようやく白樺が芽吹いている。辛夷の純白の花がやがて白樺のみどりを呼んでいる光景がリアルだ。
辛夷は桜のように人の手で群れをなして植えられるものではないので、森のなかにぽつんぽつんとある佇まいがとてもいい。
軽井沢の町花はもうだいぶ前に「辛夷のはな」と決められた。当時はさあ「こぶしの花」で町おこしと張り切っていたが、そのあとはさっぱりである。
こぶしの道もなければ、こぶしの公園もない。新しい公園ができても、話題がサクラではつまらない。
南信濃には花ももの里、松代にはあんずの里があり、今頃は見渡すかぎりの千曲川の黄色い菜の花畑が話題になっても、軽井沢ならではのコブシの花は見落とされたままというのは、宝の持腐れというものだ。
辛夷の枝はすこし太めだが折れやすい。折れた枝の切り口からはなんとも言い難い香りがたつ。
花蕾は鼻炎や鼻ずまりの薬になってきた。春先の花粉症には絶好の漢方薬になる。峠の杉がまき散らす花粉の元を断ちきってくれるかもしれない。
赤い種子を集め、焼酎や砂糖につけると、独特の香りの果実酒となる。軽井沢特産のコブシ酒ができる筈である。
けふの日も 辛夷の花に 照り曇り 山口青邨