2019年05月27日

人情・銀座のポツンと一軒家

銀座.jpg

「油断をすると、すぐに騙されます」
「スーパーがないので、もっぱら生協の配達です」
「近所のお出掛けでもお化粧は欠かせません」
銀座煉瓦通りに住む、「ポツンと一軒家」の寺尾和子さんの発言である。

 銀座煉瓦街は明治5年の銀座大火のあとに作られた防火商店街だった。
のちの関東大震災と東京大空襲でいまではその痕跡さえみあたらないが、それでも銀座で見かける「煉瓦通り」や「ガス灯通り」の看板はなぜか嬉しい。
 関東大震災で焼かれ、東京大空襲の焼夷弾をうけ全焼したにもかかわらず、いまだに看板を守っている、その根性こそが江戸っ子なのだ。まわりがほとんどビルにかわり、木造2階建てのポツンと一軒家・昭和の民家になっても寺尾さんのこの町への愛情はきえない。 

 当時の煉瓦通りには、豆腐や、靴や、肉や、観物やなど個人商店が並び、ご近所同志でおかずのとどけものをするような情緒ある町でした。
床屋さんにいけば、誰かに会える。喫茶店にいけばいつもの仲間がたむろしている。が、床屋さんは理髪店になり、バーバーになり、サロンになっていまは無い。喫茶店もいつかカフェになり、おしゃれになったが、いまは無い。
 人と人が自然にあえる場が全部消えてしまいました。

 玄関の鍵など掛けたことはありません。不用心だから鍵をかけなさい、とはだれもいわなかった。出掛けて帰ってくると、玄関にはなにかしら届け物がおかれていました。なかには、三軒向こうのお嬢ちゃんのお祝いの御赤飯などあり、あわててお祝いのお返しを三越さんまで買いに走ったこともありました。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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