2019年06月18日

蕎麦やの二階

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「蕎麦やの二階」はなんとも色っぽい空間だった。
 裏の土手というのも時代劇には登場するが、そこは舟万頭と呼ばれた娼婦たちの縄張りになっていた。
 茶店はオープンだし、近くで密かに逢えるのは、「蕎麦やの二階」と決まっていた。
 従って蕎麦やは二階建てときまっていた。下は客席と小上がり、奥の調理場からなり、二階は自分達の居間と、客のための座敷が基本だった。

 蕎麦やの二階は大事な客の内密の相談事につかわれ、また町内の若い衆の逢引き部屋にもなった。それ故、蕎麦やの主人、お内儀は訳知りのいい大人でなければならなかったといわれている。

 一本のお銚子に、焼き海苔の添えられた蕎麦みそで駆け付け、お銚子の追加には鴨焼きがついて出来上がり、話しがまとまれば、季節の天だねに仕上げの熱燗、せいろを一枚たのんで 娘を先にかえすというのが江戸っ子のデートだったようだ。
 蕎麦やの二階に必要な小道具は、二つ折りの小さな屏風と座布団、それに竹のくず箱があれば充分といわれていた。

 風呂の帰りに偶然いっしょになった小唄のお師匠さんと「蕎麦やの二階」で情を通じるなどというのもあったといわれる。

 蕎麦やは、バーとカフェとレストランとそして奥の間を備えた町の社交場だったともいえよう。
 そんな粋な「蕎麦やの二階」はいつの間にか姿をけして、食欲だけのさもしい空間になってしまった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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