2019年08月03日

中学3年の富士山ひとり旅

富士山.jpg

 「六根清浄、お山は晴天、……六根清浄、お山は晴天」
金剛杖を片手に無心にこの題目を唱えながら登った。はるかにしたに見える小さく見える河口湖からたまさか花火が上がる。湖は斜めの大地に張り付いたようにも見えて、打ち上げ花火が開いたさまは、天上から見た地上の楽園とも思えた。
 あぁやっと戦争が終わった。こうして富士さんに登れるのも、訪れた平和のおかげとかみしめながら、初めての富士登山ひとり旅だった。
 それは敗戦のあくる年、中学3年生の夏だった。

 富士吉田まで直行し、登山地図と金剛杖をまず求めた。夏の富士吉田はどことなく落ち着かず人々の往来が多かった。
 先ず登りと下りのコースを選択しなければならない。帰りは須走コースを飛ぶように駆け下りたいと心にきめていたので、登りをどうするかだったが、富士吉田にいるのだから、吉田口から登るのがいちばんと思えた。
 まず登山の無事を願って浅間神社にお参りした。そして鳥居前の駄菓子屋で小さな缶に入ったドロップをかった。甘いものがまったく無かったあの当時、ドロップは貴重だった。カラカラと缶をふって一粒手のひらにとりだす。赤いドロップが欲しかったけれど、白いドロップがでてきた。刺激剤にもなるハッカをなめながら、神社のよこの吉田口から登り始めた。

 「六根清浄、お山は晴天…」…三合目までくると女の人達は帰らねばならなかった。「女人天上」と言われ、阿弥陀堂にお参りして女性は下山していった。これより上に女性が登ると山の神様が怒るといわれ、セクハラなどとは露ほども思わず、黙々と中学三年生は登った。
 5合目から6合目あたり、背の高い木はなくなり、低い草木ばかりと岩場の景色になってきた。クネクネと頂上につづく登山道にヒカリの帯が続いていたことはおぼえているが、自分の光はなにだったか全く覚えていない。六合目の山小屋でいただいた具のない味噌汁の美味しかったこと、いまだに覚えている。

 御来光まで後50分と、追い越していった大人に知らされ、胸突き八丁をゼイゼイ言いながらやっとのことで頂上にたどりついた。御来光にはわけもわからずただ涙があふれた。お鉢廻りも無事済ませ、あとは飛んで飛んで一気に須走を駆け降りた。
 須走口の小学校の庭にあった水道を頭からかぶり、じゃりじゃりと鼻や口に詰まった砂をおとして、ようやく中学3年の六根清浄は終わった。
 いっぱいの焼印が押された金剛杖、大事にとってあったドロップの缶は、行方知らずである。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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