2019年08月28日

将軍家光の七味唐辛子

やげん堀.jpg

 暑負けの胃袋に効くのは、七色唐辛子だ。世界中を旅しても、ようなものはない。
 テーブルの塩胡椒に混ざって、七色唐辛子があるとなぜかほっとする。ヨ―ロッパの友達もたまの便りに七色唐辛子を送れとある。江戸っ子の七色唐辛子は「やげん堀」と決まっているが、いつか京都産寧坂の「七味家本舗」を覚え、軽井沢に住むようになってからは「根元八幡屋磯五郎」になった。グルメ時代になってからは祇園「原了郭」がくわわった。

 学生時代「やげん堀」というからには、何処かに堀があるに違いないと古地図を探したことがあった。薬研はお江戸の医者の調剤器具で、薬草を入れた薬研をひいていたのは、必ずどぜう髭の医者だった。結果柳橋と浅草の間に医者のあつまっている医者町があり、側を流れていた掘割が薬研のかたちをしていたということが判った。
 そこで始まったのが「やげん堀」であり、屋号のうえにある𠆢徳の文字も由緒あるものと知った。寛永2年菊の節句に七色唐辛子を献上したところ、三代将軍家光が殊のほか気にいり、徳川の徳を屋号に賜ったという歴史的リアルの由縁であった。現在の浅草仲見世のやげん堀は、後の引越し先だったのだ。

 産寧坂の七味家は、京料理の相手として辛さより香りを中心に、青のりやら青紫蘇を工夫した公家さん風の味。
 善光寺門前の八幡屋磯五郎は、蕎麦しかなかった信州の食へのアクセントとして生姜をきかせた辛みからスタートした。
 やげん堀はにほんの中心幕府のおひざ元を意識して、全国から材料を集めた。武州川越からは黒ゴマ、紀州有田のみかん、内藤新宿の焼き唐辛子、四国高松の唐辛子、静岡朝倉の粉山椒、大和のケシの実、日光麻の実、と全国網羅の江戸幕府のおひざ元を意識して歌祭文とともに売り歩いた。大江戸プロモーションの七味味。

 七味唐辛子にもそれぞれの風土と歴史が反映して面白い。




posted by Kazuhiko Hoshino at 15:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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