2019年12月29日

除夜の鐘をなくすな

知恩院の除夜の鐘.jpg 

 まもなく大晦日がくる。
 年越しの風物詩であり、民衆仏教のシンボルになっている除夜の鐘にクレームがよせられているという。 民事調停でオバカな裁判官が、防音パネルの設置と除夜の鐘以外では、鐘をつかないという判決をだしたというが、こんな馬鹿馬鹿しい判決はない。
 教会堂のまわりに防音壁をつくった国は世界中どこにも存在しない。その国の風土の一部として教会の鐘や寺院の鐘が鳴り響くのは、有り難さはあっても迷惑だという価値観はない。
 社会というものにたいする認識が著しく欠けている偏狭な市民のエゴ以外のなにものでもない。

 戦後の日本で著しく欠けてきたのが、宗教教育ではなかったか。軍部が異常に利用してきた神道にたいする反動から、国土の産土神としての神道までおかしなことになってしまった。大嘗祭は内廷費でやれという皇族がでてきたり、靖国という戦没者を祀る社を右翼ときめつけたり、何処の国でも戦没兵士の墓苑に花を捧げて祈祷する心に逆らってきた。

 除夜の鐘をなくしてはいけない。 愚かな市民に代わって、仏教の信者が108っの煩悩を払ってくれている有難い鐘の音ではないか。
それに対し、「ウルサイ!」と怒鳴る近隣の人は「他人の音」が許せない不寛容なヘンクツな人というべきだろう。そういう人は音のまったくない山奥にでも住んで熊とでも共生するしかないだろう。
 除夜の音だけではなく、クリスマスには教会から歌ミサもきこえてくるだろう。天理教の集会所があれば、ウチワ太鼓の音も聴こえてくる。神社からは大太鼓と神楽鈴の音がきこえてくるのだ。そうした宗教催事にたいするクレームは、宗教弾圧にもなりかねない。
 ウルサイと喚く人々は、自分自身の存在こそがウルサイのだということに気がつかねばならない。

 除夜の鐘をなくしてはいけない。全日本仏教会は断固たたかうべきだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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