2019年01月22日

舌代つきのご飯の友

 御飯の友といえば戦争中は、熊本の「ふりかけ」と決まっていた。
 ふりかけは、カルシゥムの不足を補うために、薬剤師の吉丸末吉というひとが作ったもので、魚の骨をくだいて御飯に合うように工夫したものと教えられた。
 江戸っ子は上野池之端の酒悦がご贔屓だった。病気で伏せているときは、おかゆに酒悦ののりの佃煮がそえられていた。元気になると同じ酒悦の「鯛みそ」に変わった。中学生になった頃、「あさりの時雨煮」を食し、酒悦にはこんな美味いものもあったのかと感動した。

 カレーの友も酒悦の「福神漬」と決まっていた。小粒のらっきょうもまた酒悦とたいへんに相性がいい。スーパーには各種福神漬やら、各種らっきょうがあるが、どれも帯に短し、襷に長し で酒悦にはかなわない。カレーに選ばれるのはどうしても酒悦になる。
 カレーという単純な食べ物にはご飯の選択も大切だ。 ある時、親戚の娘からカレーのご飯は、山形のつや姫よと教えられ、以来レトルトのカレーにはチンする「つや姫」と決めている。
 つや姫に慣れてしまうと長野県産こしひかりのチンゴハンはとてもたべられない。長野県人は米の美味さを知らないのか、とさえ思ってしまう。

 軽井沢に棲んでいると田舎だから美味いものに飢えていることだろうと、親切な友人たちがいろいろと気をつかってくれる。
 ひところは新潟の加島屋さんがとても多かった。器のやや大ぶりなのもよく、日本海の海の幸がぎっしりと詰まって、瓶を開ける楽しみがあった。

 「舌代」御はんにまぶしてお召し上りください 又その上に焙じ番茶をそそぎお茶漬の味もおよろしゆう御座います 東京吉兆    
 舌代というのはいまでは死語なのかもしれないが、こんな口上とともに贈られてきたご飯の友は嬉しい。丹波くろまめ、紅鮭茶漬、こんぶ、さざ波山椒煮、和牛赤ワイン煮、ひき肉まさご煮、ずらり並んだごはんの友はひとりにやにやとして嬉しい。
 さあ今夜は東京都木挽町御料理調進所吉兆に敬意を表し、つや姫を炊いて食さん。

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2019年01月21日

大寒の日の赤いふんどし

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 我が家には「大寒の水」というしきたりがある。
 大寒の日の水を毎年入れ替えなければならない。器は酒の一升瓶のカラになったのが3本。一本は皇室御用の「惣花」の瓶、次の一本は表千家而妙斎御銘の「松の翆」、3本目は献上米ほしの純米酒の瓶である。いつもこの時期は表千家初釜の時にあたるので、相方はほぼ不在、いつのまにか水替えの責任は筆者になってしまった。
 水道のないころ、どこの家でも井戸をつかっていた。あの頃の大寒の水は、酒の仕込み、醤油の仕込み、味噌の仕込みにはなくてはならない水だった。寒い時の水は、雑菌の発生も防ぎ、一年は腐らないという思い込みがあった。いまでは水道の水がすべてとなり、酒・味噌・醤油すべてスーパーで殺菌パッケージされたもので暮らしがなりたっているので、いまさら大寒の水でもあるまいと思うが、そんなことを口にした途端、平和が乱れるので唯々諾々と水換えをしている。

 隣り町の御代田には「寒の水」という行事がある。昔は厄年の男が数十人、裸になり、赤いふんどしひとつで集落のなかを走り回る。女子は数人ずつ肩よせあって怖いもの見たさのごとき表情で、男たちの赤ふん姿をのぞいている。
 辻々に大きな桶があり、桶には大寒の水がなみなみとはいっている。男衆はその水をかぶって、湯気のたつはだかで、集落のなかを走り回る。最後は丘の上にある熊野神社に水をかぶった兎巾を奉納して終わる。無病息災と家内安全をいのり、その年新築した家への祈願をこめた民俗行事である。
 大きな水桶をつくるのも近頃ではなかなか大変のようで、檜の腹には「寄贈宝くじ振興基金」とかかれている。

 24節気では、小寒から立春までの30日間の真ん中が大寒にあたり、大寒の声をきくと春の喜びも近く、ふきのとうの花を思い出す。
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2019年01月20日

東京五輪招致贈賄の犯人捜し

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 長野オリンピックの時、いろいろな噂話をきいた。
 招致段階では、長野の田舎者はなにも分からないので、海外での招致活動はすべて代理店まかせで、代理店の言いなりにお金の都合をつけるのが、事務局の役割だとか、IOC委員へのロビー活動はしかるべき専門のエージェントにおまかせするしかない。つまり主催都市である長野はまったくのツンボ桟敷であってスポーツ・ビジネスに長けた何処かの国のエージェントと日本の代理店がおこなっている招致活動はまっくのブラックボックスだ、という事実、それがいやなら開催都市に立候補すべきではない。立候補するということは、そうした現実全て飲み込むということだと、聞いた。

 開催決定後は、当時のサマランチ会長専用のハウスと、某温泉にいつでも彼の接待につかえる専用別邸と接客要員を常時待機させておかねばならないという妙にリアリティのある噂が流れた。そしてオリンピック実行委員会の最終決算では、莫大な使途不明金が計上されたが、どうしたことかすんなりと認められたという不思議の物語だった。

 今回のフランス予審判事の見解でも、「ソルトレイク冬季オリンピツクやシドニー五輪でも利益供与が報道された。今回の東京五輪でも同じことが起きた可能性が高い。」「コンサルタント業務に携わるブラックタイディングス社というのが個人なのか会社なのか不明であり、貸借対照表も損益計算書もあきらかではない」と指摘していて、その解明が進まなければどうにもならない。古くからヨーロッパにある一部スポーツ貴族を一網打尽にして調べなければ事は解決しないだろう。

 日本のメディアを賑わしている竹田恒和悪者論や小池知事反省論、なんでもかんでも安倍が悪いといった言論は、いずれも樹をみて森を見ない児戯に等しい議論にすぎない。
 要はフランス予審判事の覚悟次第ではないか。オリンピックビジネスにメスをいれるのは、返り血を浴びる覚悟があってこその告発だろう。
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2019年01月19日

ちかごろ「新井賞」が話題に

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 芥川賞・直木賞2018が目出度くきまった。
 いまや文学賞の古典として位置ずけられるふたつの賞だが、このふたつの賞作品が売れるとおもってはいけない位出版界は暗黒の時代を迎えている。
 時代は本を読まなくなった。文学よさようなら、漫画よこんにちは。

 かって通勤電車は本を読む人々の風景に充ちていた。
 心をよせる彼女は何を読んでいるのだろう、ひそかに車中を移動し、つり革に身を預けてのぞきこんだものだ。お決まりの夏目漱石でホッとし、谷崎潤一郎では意外な彼女の成熟を感じ、ドキリとして遠ざかったりしたものだ。
 近頃の車中では、スマホを見つめている人がほとんど。なかには忙しそうに指を動かしている人もいるが、大部分の人はじっと画面をみつめやがてスライドし、ふたたびじっとみつめている。多分漫画でも見ているのだろう。漫画だけが紙でも電子でも売れているそうだ。
 レシーバーを耳に、マスクを口と鼻に、そして眼はスマホに、いったいこの若者に明日はありや、そんなに環境を遮断してどうする、もうすこし社会に環境に近隣に興味をもったほうが面白いよ、といいたくなる。電気で送られてくる情報はアットいうまに拡散し、消滅してしまうものだと言いたくなる。

 いまいちばん売れる本、売りたい本、をキャッチにかかげて2004年からスタートしたのが、「本屋大賞」だった。全国新刊書を扱う書店の店員さんによる投票で本屋大賞だけでなく、発掘部門、翻訳小説部門、ノンフィクション部門と裾を広げて始めたのには、売らんかな本屋根性丸出しのイヤラシサがみえた。

 おなじ本屋ならば、三省堂神保町本店で働く「新井美枝香」さんの始めた「新井賞」のほうが面白い。
 読書マニュアである普通の女子の新井さんのお気に入り、それが「新井賞」であって、三省堂の本店には平積みのコーナーがある。去年は三浦しをんの「ののはな通信」だったが、今年ははるな檸檬さんの「ダルちゃん❶❷」が選ばれた。漫画も小説もジャンルがないというところが面白く、新井さんは独身でテレビもなく、下駄箱のなかまで本だらけ、忙しい時はネットカフェで本を読むというツワモノである。

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2019年01月17日

13代目團十郎襲名を祝う

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 ようやく海老蔵が13代市川團十郎を襲名することになった。
 松竹の規定路線で襲名そのものはそんなに珍しいことではない。先代団十郎が亡くなって早6年、団十郎の名跡がみられないことに江戸っ子は寂しい。あちこちに三枡の紋があり、夜店の店先に鎌輪ヌの役者紋がぶらさがつて、江戸っ子のシンボルはきょうも元気と晴れがましいことが嬉しい。

 江戸歌舞伎に宗家の團十郎がいなくては、なんとも座りが悪い。音羽屋の菊五郎さんはがんばっているが、段々出番も少なくなって序幕と大詰でちらりとニラミをきかせる程度になり、もはや恒例団菊祭もみられなくなるかと、寂しさ100倍だったが、ここへきて少し希望もでてきた。菊之助の菊五郎襲名と海老蔵の團十郎襲名が揃えば、江戸歌舞伎復活の狼煙があがる。

 2020年5月歌舞伎座で御披露目ときくが、3か月の内最後の1ケ月は3回興行ときいてがっかり、キャバレーのショーではあるまいし、一日に三回の興行では役者は壊れる。心ある観客にはつらい。世界中どこをさがしても三回興行はない。ニューヨークにも、ロンドンにも、パリにも。新團十郎が身体をこわさないためには、舞台から手を抜くしかない。適当に演じてお客を喜ばせたらそれでよしとする、もっとも悪い興行形態こそが3回興行なのだ。

 そもそも團十郎の名跡にはいろいろの事件がまつわる。
 初代は舞台上で共演者に刺され、44歳の若さで憤死した。三代目は大阪の舞台で病をえ、江戸に戻り20日後に僅か21歳で旅立った。6代目も同じ21歳のとき風邪をこじらせ急死した。8代目は31歳のとき巡業先で謎の自殺をとげた。11代目は襲名後わずか3年半で病死。12代目はご存知白血病を患い、9年の闘病の末、死亡。成田山不動の加護のもとにありながら役者人生をまっとうできない人が圧倒的に多い。

 13代目も役者の肥しといわれる艶模様が多い、というより多すぎる。神妙な顔で麻央が麻央がというたびごとに、何処かで恨みつらみが増幅されている。
 ここ数年のブログ、ツイッターなどSNS活動で、一過性のメディアファンは充分満足させたのだから、團十郎になったら芝居好きの芝居のわかる観客を満足させてほしい。
 やはり江戸歌舞伎には團十郎がいなければと、江戸っ子の心意気に答える礼節のあるスケールの大きな團十郎に会いたい。
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2019年01月15日

小正月が滅亡しつつある

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 一月十五日は「小正月」である。小正月は女正月ともいい、いろいろな習俗があった。
 ほとんどが農耕民族であった日本人にとって必要な習俗だったが、グローバル化というお題目のもと雲散霧消しつつあるのは残念なことだ。
世界中から何千万かの観光客がやってくる今こそ貴重な財産であるべき筈のものが、政治家や行政の無知のために絶滅の危機にたっている。

 ユネスコのなんとか遺産に登録された、そんなニュースが飛び込んできたとたんに持て囃し、テレビや新聞の紙面をかざる。典型的な田舎者のオコナイで恥ずかしいことこのうえない。大正月に対して小正月とはなんだったのか、小学校の教師位はたしかな認識をもって、子供達や親に話ができて当たり前だ。

 小正月の来訪者といえば、秋田のナマハゲ、山形のアマハゲなど有名だが、ナマハゲのように威圧的な態度で飛び込んでくるのではなく、ソフトに優しくはいってきてそっと餅をもらっていったり、仮装して祝言をのべたり、地方によっていろいろなスタイルがある。

 野沢菜の本場信州野沢温泉村の道祖神祭なども、小正月の行事としてはスケールの大きな火祭りだ。その年に生まれた子供の数だけ立派な幟を奉納しそれでご神殿を作り厄年の男たちが、上下に別れて火付けの争いをくりひろげる壮大な火まつりだが、地方ではどんど焼き、左義長、三九郎などいろいろの名前でよばれ、年神様の祭りにつかった注連飾りや松を焼いて、祭の終りをつげる小正月の習俗につながっている。

 田圃から害虫病虫を追い払う呪術のような鳥追い行事もあちこちで行われている。なかでも五郎兵衛米のとれる佐久では30キロにも及ぶ巨大なオンベを振り回しながら酔っぱらった男たちが集落を練り歩く。占い儀礼では15日に小豆粥を食べる地方もある。神社では小豆で吉凶をうらなったり、小豆をたべると風邪をひかないとか、俗信と暮らしが結びついて世界でも珍しい信仰の国がこの国なのだ。


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2019年01月14日

女性議員とストーカーの関係について

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 若者から名刺を貰う。名刺には肩書のほか、メールアドレス、ホームページ、携帯は記載されているが、いわゆる住所、処番地がない名刺が多い。面談の後、お礼状を出そうとおもってもだせない。住所がわからなくては、連絡のとりようがないし、折角えたご縁を以後無駄にするしかない。そこで得たコミュニケーションはますます希薄になるばかりである。

 ラインやってますか。そんなものやってないし、やりたくもない。短いセンテンスで、漫画の吹き出しのような会話をかわしたところで、なにも残らない。うつろになるばかりで言葉の力はますます堕ちる。お買物の奥さん同志の無駄話か、帰りの待合せ位には役だつだろうが、ちゃんとした会話は成り立たない。

 ショートメールのご挨拶もあまりご挨拶をうけたという気分にならない。イタチのサイゴッペのような記号でしかない。スマホの上のコミュニケーションはどんどん送られてきて、次々と消えていく運命にある。容量が少なくなったので不要メールはけしてください。機械のおっしゃる通り、はい消しました、削除しました。 いつの間にか記憶は、機械の都合に支配されている。

 近頃はDVやらストーカーの多いことに驚く。軽井沢でも折角の女性議員がストーカーに狙われているので住所を明らかにしないで欲しい。と議会事務局に申請したという。地域の代表として地域のために尽くさなければならない議員の住所すらわからない。メルアドだけの町議会議員とは、如何なることか。
 小さな町の行政に異論があり、議員を通じて町に建白しようとしてもできない。議員はどこに住んでいるかも判らないのだから、議員を通してとおもっても、はじめから到底できない相談、ひょっとしたらその議員はこの町には住んでいないかもしれない。

 このゆがんだコミュニケーションのカタチを、どのように直したらいいのか、我々凡人にはおもいつかない。同窓会名簿から住所が消え、電話が消えて、ストーカーだけが増えたのではなんの意味もない。隠すほどに客がのってくるストリップ小屋とかわらないのが、近頃の近隣意識だ。
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2019年01月13日

反日韓国を糾弾すべし

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 韓国人の被害者意識と非常識ぶりには呆れてものもいえない。

 朝日新聞のヘイトニュースに始まった従軍慰安婦問題、戦時下でまだ多くの国に残っていた公娼制度のもと、韓国人の女衒の誘導で戦地に赴いたにもかかわらず日本軍による強制慰安婦と偽って、世界中にニュースをばら撒き、更に従軍慰安婦の少女像をつくり、世界のあちこちにこの少女像をたてて、日本を貶める、とてもそんな行動は日本人には想像もつかない行為だが、韓国人は平然とそうした行動をとる。慰安婦として我が身を売った行動に恥ずかしさがない、恐るべき破廉恥としかいいようがない。

 徴用工問題も根っこに大嘘がある。韓国最高裁判所に訴えた4人の韓国人は徴用工ではない。戦時下において公募されそれに応じた一般工員なのだ。それをいかにも軍によって強制動員されたかのように偽り、莫大な補償金をせしめようとしている。
 さらに言えば1965年の日韓補償条約によって、戦時下並びに植民地時代の韓国への補償支払いは一切解決している。当時日本政府は戦時中日本の工場で働いた韓国人にたいし、個別に補償金を支払うことを申しでたが、当時の韓国政府はいやそれはとうほうで支払うので一括して金をくれといい、その後個別に支払をしなかったという事実がある。
 当時の日本は韓国の一年分国家予算の3倍に及ぶ補償金を支払ったにもかかわらず、である。
 なによりも国家と国家が交わした条約、約束に頬かぶりをして知らん顔を決め込んでいる韓国政府の態度には唖然とする。1965年の条約ですべての問題は解決している筈なのだ。

 いやあの問題は司法の問題だから政府は関与できない、ともっともらしく発言するむきもあるが、国際間の条約はすべての国内法に優先するという、国家間の約束事すら判っていない文在寅大統領にはまったく絶望的になる。韓国の政治家のお粗末ぶりには言葉を失う。

 同盟国による合同観閲式における日本海軍の日章旗掲揚にかんする韓国海軍よりの拒絶問題、さらに最近おこった韓国駆逐艦によるレーザー照射問題など、どう考えても 韓国の反日行動は同盟国のとる行動ではない。日本政府はこの問題を拡散することなく冷静に対処すべきだ、と文在寅大統領はいうが、どの面さげていうのか、許しがたい。
 日本の親韓ジャーナリストは外交面で冷静に話し合うべき、などととぼけたことを言っているが、これだけ反日の大嘘政治が続くなら、大使への帰国命令はおろか、國交断絶へ進んでも不思議はない。
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2019年01月12日

夏井先生と芸人たち

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 くだらない正月の番組のなかで、ただ一つしっかりと視聴したのが大阪毎日放送制作の「プレバト」だった。
 プレバトは、夏井いつき先生の快刀乱麻な添削にとどめを刺す。普段甘やかされているタレントが、その無能ぶりを遠慮会釈なく暴露されていく過程がなんとも楽しい。なかにはただのガキタレントと認識していたのに、実はかなりの教養を秘めていた、という発見もある。

 夏井先生の魅力は刃に衣をきせない率直な発言と、芸能界に特殊な甘えを認めない爽快感にある。そのうえ余り美人とは言い難いやや太りの外見も視聴者に近親感をあたえる。田舎の郵便局に生まれたいつき先生は、わんぱくな幼少時代から宇和島東高校に通った頃は、毎日片道2時間かかって通学していたというつわものなのだ。扱いにくい中学生を相手に教師として頑張った過去もずいぶんいつき先生の人格形成にプラスに働いているような気がする。
 あの野卑で無礼な梅沢冨美男と渡り合っても一歩も引かないたくましさがある。さすがいつき組の組長さんだけある。

 さてプレバト俳句冬麗戦、予選では草野仁、深田恭子、賀来千賀子、日村勇紀、鈴木光、立川志らく、みな枕を並べて惨敗した。
 特待生と名人の闘い、8位に沈んだミッツマングローブは前作の「打たせ湯の 肩夜をしのぶ 雪女郎」に遥かに及ばず落選、7位の中田喜子はみなに好意をもたれ期待されるも助詞、助動詞の使い方で添削されたのが「節の香に ひかる結露の 甘からん」

 そして注目、梅沢冨美男は五回の足踏み、永世名人への道がなかなか開らかない。
 今日は俺にしか書けない句をもってきたと豪語「札止めの 墨色の濃さ 初芝居」 現状維持、もっと言葉を学べと夏井先生はバッサリ、一年を占う大事な一戦にその言い草はとつっかかるオッチャンに、先生は「文句があるなら言葉をチャンと勉強して出直してこい」と宣言、
 添削は「札止めの 墨色ぞ濃き 初芝居」どうだと黙らせた。

 冬麗戦 大写真になったのは東国原英夫、結露で一句「凍蠅よ 生産性の 我にあるや」 ドキッとした名句だつた。
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2019年01月11日

女の敵は女である。

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 年末年始にかけて、いろいろなジャンルでいろいろなランキングが発表される。
 なかでも下俗な好奇心からやんやと見ているのが、文春砲女性メルマガ会員による「女が嫌いな女2018」というアンケートだ。下は15歳から上はなんと90歳までの女性読者たち2000人のノー忖度な切れ味鋭い毒舌をお届けします! と巻頭にある。

 「元々嫌いだつたが、娘を押し出してきた最近は、腹黒さを感じて嫌いに拍車がかかってきた」言うまでもなく次女Kokiを売り出しにかかっている工藤静香だ。「やることがいちいち大袈裟でうるさい。見ていてイライラする。」船越英一郎との離婚劇場をみせた松居一代。
「嵐」二宮和也との匂わせブログで嫌われたのは伊藤綾子。和田アキ子もこのところ嫌われる理由に安定感がある。「自分の発言や行動にどれだけ影響力があるか、いまだに判っていない鈍感さに呆れる」と言われているのは56歳の安倍昭恵。ゲス不倫騒動から3年たっても消えない嫌われ女のベッキー、「アイドルではなく女芸人でしょう」と言われているのは指原莉乃、偉そうに上からの感じが不快とばっさり。

 政界では浮気・不倫できらわれたのが、上西小百合、今井絵理子、山尾志桜里いずれも見え透いた嘘をつきすぎた。職責と印象のアンバランスで稲田朋美、LGBTで新潮45を廃刊に追い込んだ生産性のない杉田水脈、国籍不明の蓮舫、なんでも反対のレジェンド辻本清美、権力欲にとりつかれた野田聖子、傲慢の塊、権力を弄ぶ小池百合子は無駄ずかいが多過ぎる。

 男殺しの石原さとみ、芸無しなのに芸のあるような顔をしている土屋太鳳、下品がうりの丸山桂里奈、男を見世物にしている剛力彩芽と、女に嫌われる女は後をたたない。




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2019年01月09日

アンジェリーナ・ジョリーのアメリカ大統領を見たいか!

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 アメリカのスーパースター「アンジェリーナ・ジョリー」が大統領選に出馬するかもしれない、というニュースが飛び込んできた。
 よその国の事だから、ヘェーそうなんだ位ですませるべきかもしれないが、アメリカはなんといっても日本の親会社みたいなものなので、関心を持たざるをえない。
 かってレーガンというハリウッド製の大統領を生んだ国のことだから、アンジーと呼ばれる元女優大統領が生まれても不思議はない。トランプという実業家の大統領に辟易しているアメリカ市民にとっては、それよりはましと考えるかもしれない。

 そもアンジェリーナ・ジョリーとは何者と問われれば、「ああ、入墨だらけの女優だろ」「慈善活動ではハリウッドの女優のなかで一番の活動家だよ」「癌になるのが怖くてオツパイを切った女優だよ」話題には事欠かない人気女優でもある。

★娘の肖像権を雑誌に売って得た760万ドル ★ブラッドピットとの間に生まれた双子の公開掲載権1400万ドル ★パキスタン難民100万ドル
★ニューオリンズ、ハリケーン被害、エチオピア・イラクの子供達へ1340万ドル ★ジョリー・ピット基金に680万ドル ★グローバル・ヘルス・カゥンル200万ドル
★アメリカン・SOS・チルドレンズ・ビィレッジ10万ドル ★国境なき医師団100万ドル ★パキスタン洪水100万ドル 等々、慈善活動への拠出金は半端なくすごい。
 チンビラ女優と月へ行こう、とか洋服かった客に100万円くばるといったジョジョなんとかの某とは桁違いの慈善活動家がアンジェリーナ・ジョリーなのだ。

 「築地も生かし有明も生かす」「安全は確保されたが、安心は得られていない」と称して、都民の金を2億3億と無駄ずかいした小池百合子の言葉遊びよりよほど信用できる。

 日産のカルロス・ゴーンもブラジル大統領選に出馬したかったという説がある。こんどの逮捕劇で野望はくずれたが、できれば何事もなく世界の日産会長からブラジル大統領への転身をはかっていただろう。現実の政治が頼りなくなればなるほど、怪しげな候補者が登場する。軽井沢にも選挙をハローワークと勘違いしている議員さんが少なからず存在する。
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2019年01月08日

平成最後の大泥棒

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 平成最後の大泥棒が登場した。
 石川五右衛門は南禅寺の楼門上で啖呵をきり、満天下にその姿をみせたが、平成の大泥棒は姿がみえない。北朝鮮が抱えるいくつかのハッカー集団が、大泥棒の実態なのだが、まわりからはその実態がつかめない。
「ラザルス」という大親分はわかっているものの、まわりをかためる子分たちの面子がわからない。

 去年から新春にかけて、世界中の銀行が被害にあった、と伝えられる。銀行の信用に関わることなので、被害にあった銀行は軒並み口をつぐんでいるが、その総被害額は数千億にたっしているという。何億、何十億、何百億と各銀行のATMから盗み出しているというのが、実情と言われる。

 世界中からの経済制裁に耐え切れない北朝鮮が、外貨稼ぎの方法として実行しているのが、ラザルスをはじめとするいくつかのハッカー集団を組織化して展開しているサイバー戦争だ。

 馬鹿馬鹿しいお笑いの新年会に興じているあいだにも、サイバー空間では熾烈な戦争がくりひろげられている。専守防衛などと寝ぼけたことを言っている間に寝首をかかれてしまうのが、サイバー戦争の実態だ。紅白歌合戦ははやり歌ではなく、自由国家群VS社会主義国家群でのリアルな戦争になっている。

 反共産国の銀行はすべて、この被害にあい、なかには倒産の危機にたっている銀行もあるといわれる。このことを報じない地上波テレビや大新聞は何を考えているのだろう。日本の銀行も倒産して経済の大混乱を期待しているのだろうか。よもやこの北による犯罪まで安倍憎しの責任転嫁に使うつもりではなかろう。
 被害にあった銀行はすべて国際標準規格ISO8583に基ずく金融取引メッセージの規格をつかっていたというから、もはやお金の隠し場所は地球上にはない。地球二制度は成り立たなくなっている。
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2019年01月07日

初芝居、初とんかつ

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 「正月に櫓をくぐる」というのは、今では花街にしか残っていない習俗だ。櫓というのは、芝居小屋の木戸のうえに丸太で組み上げたもので、二本の梵天と五本の槍で飾られ、芝居小屋の定紋を染め抜いた幕で囲まれた人一人がのれるほどの木組である。
 自由に芝居が出来なかったあの頃、幕府の許しをえて芝居をやっていた小屋が目印として揚げたのが、芝居櫓だった。
 正月の櫓くぐりは、芸道精進の願いであるとともに正月神への奉納芸の意味ももっていた。今櫓がきちんと揚げられている小屋は東京では歌舞伎座、京都の南座、四国金丸座ぐらいか。いずれにしても松の内に芝居をみるというのは、江戸っ子にとっても大事な習俗だつた。

 江戸っ子の筆者も子供のころから正月は初詣と芝居見物と決まっていた。
ここ数年の初芝居は半蔵門の国立劇場へいく。ロビーでは太神楽一行の獅子舞が舞われ、振袖姿が獅子に噛まれて嬌声をあげている。天井には大凧が上がって華やいだ風にみたされている。ずらり並んだ羽子板におもわず羽根つきがしたくなるような初春の芝居小屋、役者衆の奥様方の気働きが映る。

 狂言は菊五郎劇団総出演の「姫路城音菊礎石」(ヒメジジョウオトニキクソノイシズエ) 国宝姫路城を舞台にした並木五瓶の昔語りを下敷きに、菊五郎丈と国立の得意とする復活通し狂言の芝居だ。
 序幕曽根天満宮境内の場勢ぞろいで、いきなり流行のUSAを踊りだしたのにはびっくり、歌舞伎役者のリズム感のよくなったのに感心、おもわず客席の手拍子にまきこまれる。
 姫路城天守の場では、妖怪の正体を見届けんと菊之助客席を走り回るに、いかなる妖怪が登場するやと胸ときめいて期待したが、肩透かしにあい、いつもの菊五郎劇団ならここで痛快なスペクタクルとなる筈が、大妖怪の休演とは少し悲しかった。並木五瓶の世話物風に引っ張られたか、そこは鶴屋南北の見世物風にいってほしかった。ダイナミックな荒踏無稽を見せきれる芝居は菊五郎劇団しかない。オサカベ物の最後は泉鏡花も腰を抜かした辺りがターミナルではないか。

 年頭の江戸参りなので、帰途御徒町に車を走らせた。とんかつぽんた本家である。4時から開店に4時15分にはもはや満員とはおどろいた。上ロースもなければ、ヒレもなく、うちは「かつれつ」だけというのに江戸っ子の意地を見た。キャベツのやたら細いのに感心、これはシャープか、パナソニックかとくだらない詮索、包丁仕事の凄さに感動して江戸をあとにした。
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2019年01月05日

2019年頭の祈り

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国内政治への素朴な祈り
❶安倍晋三が選挙に勝って、世界に対するニホンのアイデンティティを前進させる。
❷立憲民主が総懺悔し、国会に於いてはさぼらず必ず対案をだし、日本の明日を語る様になる。
❸憲法改正について議論できるようになり、国民はようやく植民地根性から解放される。
❹汚職・腐敗・忖度に充ちた文部科学省のような官庁を淘汰し、省庁一新を計る。
❺女性議員の男遊び、男性議員の女遊びは、もう少しひかえる。

社会への素朴な祈り
❶容疑者が遁走できない警察と刑務所の鍵の付け替えと監視カメラの設置。
❷生コン業界と左翼政治家の癒着を明らかにし、資金流入を断つ。
❸日本国記をもとにした新しい歴史教科書をつくり、戦後のゆがんだ歴史観をただす。
❹災害国家を自覚し、仮設住宅のデザインを一新し、世界に誇れる仮設ハウスを標準化する。
❺地上波メディアの自由化を進め、ネット・メディアと同じ言論基盤を作る。

世界への平和の祈り
❶異常気象がこれ以上広がりませんように。
❷習近平の領土拡張野心が収まって、尖閣への侵犯がなくなりますように。
❸韓国文在寅大統領の嘘と反日の病気が治りますように。
❹トランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争が、アメリカの勝利で終わりますように。
❺日本は陸海空にまたがる軍備の圧倒的充実をはかり、島嶼侵犯からサイバー・ジャックまであらゆるケースに対応できる国家になりますように。
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2019年01月03日

お正月のしごと

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 正月3が日の仕事といえば、魔除けの飾りをあちこちに飾ること。
 ご挨拶に来られた知人・友人との祝盃、祝膳をかわすこと。
 そして賀状を読むこと、賀状を整理することにつきる。

 お正月飾りについていえば、昔は地方にある特徴ゆたかな魔除けやらお札を入手して、飾っていた時もあった。がここ10年は、善光寺さんと地元のスーパーに頼っている。最近のスーパーは関東圏関西圏位の意識はあり、関東独自の飾りだけではなく、関西圏の魔除けなども売っている。住人の移動範囲がひろくなり、多様な注文が飛び込むためにスーパーも構えて守備範囲をひろげているのかもしれない。
 サトウの切り餅も四角い餅だけを売っていてはそしられる。ともに極上の丸餅も置かなければ関西出身の既婚女子から軽蔑されるのだ。

 祝杯はほとんどが車でくるので、最近は形式だけになった。
 ご挨拶に伴って挙げる杯には、琵琶型の容器にはいった金箔入り賀茂鶴、またはお目出度い瓢箪型の八海山に決めている。このふたつの日本酒は容器がいずれもお銚子の大きさでそのまま祝膳にてだしてもとてもよく映る、お正月に相応しい雰囲気をもっているのだ。 この国の習俗を理解した素晴らしいグッドデザインになっている。グッドデザインといえば、すぐ家具やら電気製品やらをとりあげるが、こうした日常生活での美意識を拡張してくれる一合瓶など、はるかに優れた重要なデザインではないかと思う。
 祝膳はここ数年、祇園川上さんのお節の世話になっている。いろいろとデパートのお節を食してきた友人が、やっぱり川上さんは凄い、と褒めてくれるのでかなり確かなおせち料理なのだ。大晦日にご挨拶状と手拭とメニューのついた重ねのお重がつくのが待ち遠しい。

 賀状は毎年いただく千数百枚のなかから、そのとしのベスト年賀状をえらんで、ゲストルームに飾っている。宿泊した友人は否応なく15枚の賀状をみなければならない。池田満壽夫の版画とともにゲストルームの壁をみたしてくれる。
 干支を如何に描こうかと工夫いっぱいの賀状、相変わらずの人生訓のもの、家族の消息、療養中の診断状、元気だぞという旅日記、葉書一枚の宇宙は無限に広がる。

 この年齢になると、今年限りで賀状をやめるという賀状もくる。息子や娘の名前で、父は他界したという報告も届く。何十年も交歓していた年賀状が戻ってくる場合もある。転居したのか、それとも亡くなったのかと思いをめぐらす。名前の変わった女友達からの賀状には、やっと彼女も年貢を納めたかとホッとする。
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2018年12月31日

ゴーンの日産私物化は、マクロンの陰謀だ

ゴーンの日産私物化は、マクロンの陰謀だ

 ITで成功した青年実業家が、そこらの三文女優を転がして自家用小型ジェットでハワイにいくとか、香港でお買い物というのが、大方の日本人のサクセス・ストーリーだった。ところが日産のカルロス・ゴーン逮捕以来、独裁的経営者のライフ・スタイルといのは、かくも凄まじい強欲にまみれたものだということが、次々と白日に曝されている。

 前妻との離婚費用をニッサンにもたせた。新しい妻とのニューヨーク・アッパーイーストの超豪華アパートの費用もニッサンに付け替えて居る。別れた女房の文春取材にたいし、守秘義務違反だと16億円余りの請求をした。プライベート・ジェットのお世話係はたまたま乗り合わせて気に入ったエールフランスのCAだ。気にいった女性は次々と引き抜いてニッサン社員にする。そのうちのひとりは専務にまでのぼりつめている。パリ、ベールート、リオ、ニューヨーク、東京と世界中にある我が家の経費は皆ニッサン持ちである。80億に上る報酬の過小申告は入り口で、新生銀行で運用していた取引がリーマンショックで18億の欠損を出し、その損失をニッサンに付け替えた特別背任の噂がある。等々数えきれないほどの強欲ぶりが暴露されつつある。

 この事件はニッサン内部のスキャンダルから、安倍官邸とゴーンの闘いだ、いやルノーとニッサンの争いと、いろいろの観測が飛び交っている。がどうやらバックにはフランスのマクロン大統領がいて、なんとしてもニッサンの技術をフランス化したいという国家的陰謀が絡んでいるという説に真実がありそうだ。
 そもそもルノーという会社はフランス政府が実験をにぎっている国策自動車メーカーだということを見過ごしてはならない。ゴーンとマクロンの間にはなんとしてもニッサンをルノーに合併する、という密約があると伝えられている。そのためマクロンはゴーンのルノー総裁の地位を保証し、ゴーンは対ニッサン合併政策に乗り出した矢先の出来事が今回の地検特捜部による逮捕劇だったというのだ。

 マクロンはすでに、2040年をもってフランス国内ではガソリン車を売ってはならない、と宣言している。少しでも早くガソリン需要を減らすためガソリン税を上げようとしたので、今回のフランス全土に及ぶデモが起こった。他方国内の電気自動車の技術が遅々として進まない。ニッサンをフランスの国内事業化するのがもっとも手っ取り早い。ガソリン車販売禁止をうちだしても自国に駒がなければ、外国の草刈り場になるだけ、というあせりがマクロン大統領にあったとする説がある。この話は非常にリアリティがあり、資本とマクロンの陰謀にはまったのがゴーンだという顛末なのだ。ニホンとフランスの次世代技術の奪い合いに、はからずもゴーンという強欲経営者がからんだという構図が見えてくる。
 革命に繋がらんばかりのフランスのデモは、実はニツサンのお家騒動につながっているのだ。
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2018年12月30日

メガトレンド・居酒屋のいま

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 フレンチから居酒屋へ! いまどきの女子大生は居酒屋が大好きだ。
 中途半端なファミレスより、簡単明快にしてコスパに優れた居酒屋に集まる。ひところサラリーマンのうさの捨て所だった居酒屋のイメージは全く無い。
 「串カツ田中」は三軒茶屋に一号店を出して以来、破竹の勢いで成長し全国210店舗にまで拡大、東証マザースに上場するまでになった。串カツは40種類ほどもあるが、どれも100円から200円止まり、ハイボールに串カツ三本で1000円以下ですむ。サラリーマンにとっても学生にとっても働くキャリア女性にとってもこんなに有難い価格設定はない。経営方針は客単価を上げるのではなく客数と回転率を上げることに集中している。

 この「串カツ田中」の成功は、居酒屋業界の常識を根本からくつがえした。
 いままでの和民、白木屋、養老の滝、など総合居酒屋チェーンの客単価3000円の壁をあっさりと破った。先頭にたったのが全品280円均一の「鳥貴族」、さらに和民の生ビール190円と若どりのモモ一本焼きをウリにした「三代目鶏メロ」、同じ若どりのグローブ唐揚げを看板にした「ミライザカ」、和民の看板を次々に降ろして衣替えをしている。「磯丸水産」も「鳥良商店」に衣替えしコストダウンに本腰をいれている。メニューを絞ることで仕入れコストをさげ、味の専門的向上をはかって評判をあげる。業界では一品突破がスローガンとなり、ふたたび活性化の時代に入ったと謳歌している。

 京の着倒れ、大坂の食い倒れ、江戸の飲み倒れ と言われたが、東京には徳川さまのころから居酒屋文化があった。
 文化八年1811年の江戸町方調べでは、100万都市の江戸に1808件の居酒屋があった。単純に割れば553人に一軒の飲み屋。平成18年の調査では東京に23.206軒の酒場、ビアホール、焼鳥や、おでん屋などがある。1266万人口で割れば、546人に一軒の割合で飲み屋がある。江戸と平成の今、まったく同じ比率で営業する飲み屋、居酒屋の存在に驚く。
 はじめ酒屋の立ち飲みにはじまった居酒屋が、酒の肴への要求から煮売酒屋になり、煮売居酒屋にかわって発展をとげた江戸の居酒屋に想いは飛ぶ。
 ……居酒屋は立って居るのが馳走なり… 江戸の川柳に平成の「俺の居酒や」が重なる。
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2018年12月27日

日本人に鯨を喰わせるな

日本人に鯨を喰わせるな

 IWC(国際捕鯨委員会)から日本は脱退することになった。
 この決定に対し、地上波のニュースではほとんどが脱退するのは行き過ぎだとか、脱退反対とか、反捕鯨国のようなことを言っている。国際とか国連とか名の付く組織にはとにかく入っていることがいい、それで世界に貢献している、錯覚と無知文盲この上ない発言だ。

 日本人と鯨の結びつきは長い。古事記には鯨肉を神武天皇に献上したという記述があるし、信長が禁裏に鯨肉を献上したという記録も残っている。室町後期の九条流包丁書には、最高位の食材は鯨、第二位は鯉とかかれている。
 歳時記のうえでも12月13日のすす払いのあとには「鯨汁」、暑気払いには鯨貝焼き、すなはち鯨のしょっつるをいただき、ハレの日の料理は鯨ときまっていた。
 第二次世界大戦に敗北し、食糧難に陥った子供たちを救ったのは、鯨の竜田揚げ、鯨カツ、鯨カレー、鯨味噌カツバーガー等の鯨食文化だった。
 和歌山の太地、宮城の女川なと゜では、時折浅瀬や岩場に座礁する鯨を「寄り鯨」と呼び、海神さまからの贈り物として珍重した。漂着神として信仰している恵比寿様こそ鯨そのものと考えて信仰している地方もある。鯨漁業を中心とする港のそばの寺には必ずといっていいほど鯨墓があり、鯨に戒名までつけて供養している、それが日本人の鯨なのだ。

 戦後できたIWCも当初は鯨資源の保護と持続性を論じる場として出発した。
 ところが、日本人に鯨を食べさせたくないいくつかの国の陰謀により、IWCはどんどん変質していった。海をもたない内陸国家がふえ、内実は畜産輸出国のロビー化してしまっているのだ。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドと日本に牛肉を喰わせたい国が鯨と関係ない内陸国をひきいれ、巧みに世論形成を計って、鯨食の日本を追い詰めた。おおげさにいえば魚食国家と獣食国家のせめぎ合いの場とかしている。 数におとる水産国家は次々と押しやられ、海のもの捕獲禁止の世論に誘導されている。人口の少ないノールウェイやアイスランドは見逃し、獣食マーケットとして人口の多い日本は絶対にみとめないという政治経済の思惑が支配するIWCなのだ。
 反対することで、何処からか資金をえているシーシェファードなどの動きをみているとよく判る。牛肉輸出国のいいようにさせないという、断固たる姿勢をみせることは必要最低限の発言なのだ。さあいよいよ次はマグロの捕獲禁止が攻めてくる。

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2018年12月25日

にほんの原風景・注連縄

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師走の声を聞くと、スーパーの入り口には「注連縄」の数々が並べられる。
 大根締め、輪飾り、ごぼう締め、ぐらいしか種類がなかったのに、去年あたりのスーパーにはさらにいろいろの注連縄が並べられて注連縄つくりの業者さんも大変だなぁと内心ひそかに同情している。

 注連縄のそもそもは、天照大御神の岩戸開きの折、二度と岩戸に戻れないようにと、大玉命が岩戸の入口を注連縄でふさいだと、伝えられているが、原始稲作信仰から注連縄に稲のわらが用いられ、それが今日の注連縄へと続いている。
 家の門、玄関先、あちこちの出入り口、さらに自転車や自動車、田圃、ため池、大きな岩、巨木、御旅所などありとあらゆる所に注連縄があるのが、にほんの原風景だ。

 花街に多いのは「笑門」と書かれた札がわら飾りに添えられた注連縄、これが玄関のうえに飾ざられてある。笑うかどには福来るという江戸期からの俗信をそのまま注連縄という結界に託して担いだ縁起ものになっている。
 お犬さまの首に注連縄をして伊勢参宮をすることが流行った年がある。犬公方へのおもねりからその年のお蔭参りに、皆注連縄をした犬を連れて伊勢神宮をめざした。その犬はお蔭犬と噂され、村中の人々が拝んだという話だ。

 信州では諏訪の上社、下社の巨大な注連縄作りがニュースになるが、大きさからいえば出雲大社の注連縄にとてもかなわない。大きいほど厄を払い、禍を除くという俗信の具体化でもある。
 成田山新勝寺の注連飾りは、稲作信仰そのもののような収穫後の稲束を真ん中にかざられている。檀家の農家に予約しておいた6000束の藁から2500束を選び出して作られた巨大な注連縄である。ああこれが瑞穂の国と言われた日本の結界なのだと納得する。
 神域と現世をわける象徴の稲束なのだから、夜店で買ってきたビニールの偽藁ではかえって禍をまねいてしまうのだ。
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2018年12月23日

大家さんと僕

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 「大家さんと僕」という漫画が評判になっている。作者はお笑いの矢部太郎さんだ。
漫画はほとんど読んだことがないので、知らなかったが、新潮社が毎月届けてくれている芸術新潮の付録としてついてきて初めて知った。
大家さんって誰? ってきいても今時の若者には通用しないだろう。せいぜいAKB48にいるクイズに強い女の子ぐらいの反応だと思う。
 僕らの世代なら一度は大家さんとつきあったことがある。学生時代かもしれないし、社会にでて就職一年生の頃、あのころはまだ秀和レジデンスもなく、入り口の左側に大家さんがすんでいるとか、一階に大家さんがいて、二階の一間に下宿するとか、そんな住宅事情だった。
マンションが無かったのだから、二階建てのアパートは理想的な都会生活への第一歩だった。

 この漫画はむかし風の四コマ漫画の形式で書かれた大家さんと僕の交遊録ともいうべきエッセイ漫画である。長い顔の僕と、頭が大きく背の低い大家さんが実に微笑ましく、大家さんとの親子のような関係、面白いにちょっと切ない、ちょっと悲しいのに面白い、心がほっこりする漫画なのだ。

 大家さんとひとつ屋根の下に暮らす生活が始まりました。いってらっしゃい。一軒家のためか大家さんとの距離感がとても近く洗濯物を干していたら、大家さんがブブブ ブブブ、雨が降り出しましたよ矢部さん、は、はい……とお電話くださったり、 帰宅が朝になった時には、ひいっ、夜露に洗濯物がぬれてましたよ。と早起きの大家さんにお会いしてしまい……二階のドアを開けると、ひいっ、洗濯物が勝手に部屋にはいって畳まれているんです。…

 さしずめストーカーといったところだが、あの頃の大家さんには一点の曇りもなく、店子のことをおもっての差し出がましい親切だった。
 部屋に帰ったらキレイに掃除され洗濯物が取り込まれ、大家さんの旅行のお土産饅頭などがきちんと食卓に鎮座されていたこともあった。大家さんとの出会いは社会生活の第一歩だった。

 矢部太郎さんが第22回の手塚治虫文化賞を受賞して、まもなく大家さんはあの世に旅立たれてしまった。大家さんとの交流から生まれたこの漫画の行く末も心配だが、大家さんの居なくなってしまったアパートは、まもなく更地になり、立派なマンションに変わって、駅前の不動産やさんの車がベンツになって一巻の終りという結末だけは避けたいと思う。

 大家さんと僕が出会う前も僕はしあわせでした。でも大家さんと出会って僕はしあわせになりました。 矢部太郎

posted by Kazuhiko Hoshino at 16:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする