2017年06月24日

「豊田真由子」この女、狂暴につき……

 「豊田真由子」東大法学部出身、ハーバート大学院留学、厚生労働省にキャリア官僚として入省、自民党公認として埼玉4区より立候補、当選ののち文部科学大臣政務官、東京オリンピック・パラリンピック大臣政務官、復興大臣政務官をつとめた。この経歴を見れば、どんなに素晴らしい女性かと認識して当然だろう。

 代議士に相応しいと選んだ自民党幹部、この女性ならと選挙応援に駆け付けた安倍首相、そしてこの人に清き一票を投じた埼玉4区の県民、この人に惚れて結婚した国交省のエリート旦那、みんな節穴当然の眼を持っていたということだ。
 人は騙されやすい、近所のおばさんも、優しくていい人でしたよ、テレビのインタビューに答えている。騙されやすいのはしかたないにせよ、国を動かすことになる人の選別は、もっと厳しい眼をもたないとダメだ。
 若者の色恋沙汰のように心優しく人間を評価してはいけない、というイカニモの事件が起きた。

 次々と辞めていった100人の秘書のうちの、一人の勇気によってこの事件は明るみにでた。
「この、ハゲっっっっ!」「違う! 違うだろっっっっっっ!」ポコッ!すいません…すいません「鉄パイプでお前の頭砕いてやろか!」 とんでもなく狂暴な、あえていわせてもらうと女暴力団なのだ。
 東大というエリートコース、官僚という優越感、代議士という選良意識が、上から目線の暴力体質をかたち作っていったであろうことは容易に想像できる。選挙民は、白いスーツにバッチをつけた巧言令色な女には、警戒しなければいけない。

 「自民党魔の二回生」と呼ばれる30代から40代の議員たちを集めて、党は再教育をするべき。
 重婚は駄目ですよ。ストーカーも止めて下さい。路チュウは議員の間は謹んで。ゲス不倫は芸能人のやることですから。秘書は録音器やカメラを隠し持っていますから、暴力的言動や差別的態度をしてはいけません。守っていただければ、いつか必ず大臣になれます。そして時間が出来たら政策について勉強していただきたいと、やさしく新人国会議員再教育センターを開いて欲しい。

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2017年06月22日

中国が乗っ取った苫小牧駒澤大学

中国が乗っ取った苫小牧駒澤大学

 政治家と文科官僚が壮絶な権力闘争を演じている隙に着々と成果を上げているのが、中国共産党である。
 森友学園やら、加計学園の騒ぎのさなか、中国は北海道に確固たる教育拠点を確保した。あの大リーグ、ニューヨーク・ヤンキースで活躍する田中将大の母校、駒沢大付属苫小牧高校を擁する学校法人駒沢大学が、傘下の苫小牧駒澤大学を、中国の対外工作法人と目されている京都育英館に無償譲渡したのだ。
 京都育英館ときけば、いかにも日本人のための教育補助を役割りにしているように思うが、実は中国人のための留学補助機関で、理事のなかには中国共産党員もいる。

 数年前、中国の資金と教材による孔子学院が、日本の大学30校に及ぶと話題になったが、中国共産党の浸透作戦はもうだいぶ前から工作され、洗脳された親中日本人はかなりの数に上っている。これらはすべて日本の文科政策の網をくぐって着々と進められてきた。
 文科官僚は安倍総理への忖度文書を作る暇があったら、中国にたいする教育防衛を一刻も早く実施すべきだ、と思うが如何。

 中国の高校大学を卒業した学生を日本の大学、大学院に進学させるための学校、それが京都育英館の運営する関西語言学院だし、在籍は全員中国人だ。さらに下部校として東北育才外国語学校という中高一貫校もある。
 苫小牧駒澤大学は遠からず駒沢の名前はどこにも見当たらない中国名の大学として再デビユーすることだろう。苫小牧市が提供した私有地10ヘクタールも、53億の設立資金もみな無償で中国にもっていかれたのだ。
 それでもまだ文科官僚は、加計学園の忖度にこだわりますか。
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2017年06月20日

吉井澄雄さんの読売演劇大賞を祝う

吉井澄雄さんの読売演劇大賞を祝う

 「お久しぶりです。書かれてますか。」「いやぁ、尻をかいて、恥をかいて生きてるよ。」
 文壇人ではない、駄洒落の名人、作曲家の池辺晋一郎さんである。新国立劇場でオペラ「おしち」を上演した際、作曲で世話になった。歌舞伎から宝塚まで幅広く評論活動をされている横溝幸子さんは矍鑠としてお元気、都の優秀演劇審査でご一緒した。 デザイナーの森英恵さんは相変わらずのサングラスだったが、口跡が落ちて伝わりにくい。浅利慶太も黙って腰かけているだけだ。
 上等な杖というべきか、ステッキをついて現れたのは花柳流の家元花柳寿輔さんだった。「足が不自由になってね、もう舞台にはたてないよ」「東おどりはやっているんでしょ」「うん、振付は大丈夫だけど…」芸術祭の作品つくりに共に汗を流したこともある。
 みなそれぞれに仕事をし、老境にはいった芸術家たちだ。

 「舞台照明とは、光をもって、劇芸術の創造に参加する仕事である。 吉井澄雄」
 吉井澄雄の第24回読売演劇大賞芸術栄誉賞の受賞を祝って集まった面々、吉井さんは、石神井時代の劇団方舟から劇団四季の結成、日生に於けるベルリン・ドイツ・オペラからスーパー・カブキに至るまで、この国の照明デザイナーとして超一流の仕事をしてきた。
 吉井さんの照明はいつもシャープに研ぎ澄まされて、無駄がなかった。脚本の思想、演出の意図を120パーセントバックアップしてくれた。
 筆者は宝塚大劇場の隣りにバウホールが出来たとき、「真帆志ぶきショー」の構成演出をし、吉井さんの光に助けられた。

 薄暗い会場のなかで、どこか見覚えのある女性に声をかけられた。アート・クリエーションの林智子さん、小栗哲家名舞台監督の右腕である。関西のオペラ演出家と結婚し、いまは中村智子さんになっていた。
 「小栗ももうそろそろ引退しようかと、いってます」「…息子も売れてるし、もういいかも…」 無責任な挨拶を交わして別れた。

 今井直次、石井尚郎、有馬裕人、沖野隆一、そして吉井澄雄さん、振り返ればいろいろな照明家にたすけられた舞台作りだった。
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2017年06月19日

教育グループ・加計学園の実態

教育グループ・加計学園の実態

 テレビのワイドショウは相変わらず加計学園の問題を大騒ぎしている。
 文部省にメールがみつかったとか、いや問題なのは内閣府からきたメールがあったとか、なかったとか。
元次官を証人として呼べ、呼ばない、あきれてますます視聴者はテレビの前から離れていく。

木を見て森を見ずの喩えもあるように、獣医学部を認可すべきか、否か、加計学園なる教育グループはいかなる
グループなのか、一向にその辺の情報はでてこない。

 獣医学部についての文部官僚の岩盤規制は、いままでも云われてきたことだ。獣医師会はみずからのの利益を守るため許認可権をもつ文部官僚にしっかりと食い込んきた。元前川文科次官が今ごろ暴露戦術にでたのは、自己の内閣府人事に対する恨み、さもなくば陰で仕切っていた天下り人事について、加計学園が素直に従わなかったのが原因ではないかと推察できる。
 その尻馬に乗ったのが、無能な野党と朝日、毎日と各地上波テレビの安倍内閣倒閣運動である、というのがネットの評判になっている。

 岡山理科大学の研究成果には見るべきものが多い。
 なかでも魚の養殖技術は素晴らしい。ウナギ、クロマグロ、シマアジ、ヒラメ、トラフグ、そしてブラック・タイガーと、間もなく漁ができなくなる海洋資源の養殖化を次々と成功させている。
 感染免疫学、バイオ人工臓器、ユニバーサル・デザイン、再生医療の新素材開発、人工関節の長寿命化、次世代通信研究等々、大学教育の役割を果たしている。

 加計学園傘下の学校として、岡山理科大学のほか、倉敷芸術科学大学、千葉科学大学があり、専門学校、高等学校、中学校、インターナショナル・スクールまで7法人28校、西日本最大規模の教育グループになっている。
 学校の特徴もしらずに、政争の具に取り上げ利用するメディアと野党にはガッカリなのだ。
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2017年06月18日

野際陽子さんが、帰らぬ人となった

野際陽子さんが、帰らぬ人となった

 野際陽子さんが旅立たれた。野際さんの思い出は、学生時代に飛ぶ。

 成蹊学園と立教女学院は仲良しだった。その年、立教女学院の高校一年に、凄い美少女がいる、という情報がかけめぐった。立教に通っている妹の情報だから本当だというので、ミに行こうということになった。荻窪に住んでいる彼女は、中央線で吉祥寺に、そこで井の頭線に乗換えて学校へ行く。吉祥寺の駅に張り込めば彼女をミルことはできるが、成蹊の生徒がそんなことをする訳がない。礼儀正しく品行方正なのが成蹊の校風だった。
 そこで女学院のバザーへ行こう、ということになった。立教女学院名物の秋のバザーにいって彼女をミようと企んだ。一年生のワゴンのところに彼女はいたが、臆病な悪ガキどもは彼女に声を掛けることができず、隣の上級生のクッキーを買って帰ってきた。高一の野際陽子は、見知らぬ聖女マリア様に見えた。

 1965年の暮、人ずてに野際さんが話をききたい、という連絡があった。実はパリへ行くので、何処を見てきたらいいか、といういかにも野際さんらしい律儀な質問だった。
 オペラ座、コメディ・フランセーズ、いくつかのブールバール劇場、そしてシャンソニエ、ユシェット座の「授業」はぜひと推薦した。2年間の留学を終え、彼女はミニ・スカートをはいて颯爽とタラップを降りてきた。ファションに目覚めたのだ。

 1970年、日本で初めての一億円規模のファッション・ショーを演出することになった。東京は帝国劇場、大阪はフェスティバル・ホールが会場だった。ナレーターを野際さんに依頼した。ファッション・ショーの経験はないけど一生懸命やるわ、と快く引き受けてくれた。テーマはメタモル、台本を届けたところ、5日間質問責めにあった。毎朝電話がかかってきた。片仮名のファッション用語について、次々と質問された。
 真面目、正直、知に対する好奇心はずば抜けていた。野際さんのかもしだす品性と、知的なたたずまいが大好きだった。

 千葉真一さんと結婚、というニュースに接し理解できなかった。あの控えめで端正な野際さんが、何故、動物の臭いのする千葉真一さんに惚れたのか。のちに離婚の報に接し、ホッとしたことを覚えている。

 あの立教女学院のマドンナが、キイハンターでアクションし、冬彦さんを愛して、あの世に旅立ってしまった。                    合掌 

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2017年06月17日

牛歩7人のアフォーマー

牛歩7人のアフォーマー

 国会の終盤、久しぶりにオバケがでた。
 牛歩戦術という名のオバケだ。もうとっくに絶滅したと思っていたが、どっこい牛歩は生きていた。

 福島瑞穂、森裕子、又一征治、山本太郎など、社民党自由党などの7人が、牛歩にかかわった国会内絶滅危惧種だ。この人たちには町の広場と国会の区別がつかないらしい。国会をパフォーマンスの場と勘違いしている。
 言うまでもなく、國会は提案の場であり、審議の場であり、議論の場であり、評決の場だ。民主主義のもとでは、評決はことの是非を問わず数の論理が総てだ。審議を尽くした後は、数の原理に従うしかないのだ。
 それが不満なら次の選挙で多数派を目指せばいい。多数派になれないのは、自分たちの主張に民意がないからだ。

 議長席のしたで、盛んに牛歩しアピールしていたが、伊達忠一議長による投票時間制限をなめていたのか、15日7時46分投票終了宣言であわてて投票したが、タイムアウトの無効票とされてしまった。その折の無様な慌てぶりがテレビに映し出され、全国民の失笑を買った。
 そんなに牛歩がやりたければ、国会の外、どこかの横丁かアゼ道でやればいい。パフォーマンスではなく「アフォーマンス」と揶揄される所以である。

 安保法案では戦争法案だと偽って、国民を不安に貶めた。 PKO法案では、子供達を戦争で死なせてはいけないと煽った。憲法改正では、まるでマッカーサーの子分のごとき有様、そして共謀罪では一億総監視社会になる、とわめいて審議妨害をした。
 この議員たちは、すでに国中に監視カメラが取り付けられ、ネットの閲覧は自由自在というデジタル社会の現実を知らないのだ。
 牛歩議員たちは、国会内の「反日日本人」であり、反日パフォーマーといわれてもむべなるかな、である。

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2017年06月16日

猫とフトモモ

猫とフトモモ

 最近のグラビアの話題をひとつ……。
 少女ではない。レディでもない。女教師でも看護師でもない。
 もちろんアラフォーでも、アラフィフでもない。なあんだそんなことか、と思わないでいただきたい。

 主役はあなたの大好きな「猫」である。
 猫の相手役は「フトモモ」、つまり写真集の題名は「ネコとフトモモ」、文字通り猫と女性のフトモモだけを撮影した写真集である。
 どうも猫を愛している人よりも、フトモモを愛している人たちがこの本を買い求めているようだ。発売一か月にして予定部数の倍を売り上げたと伝えられる。
 フトモモを愛する人というのには、あまり大義名分はない。言葉を換えれば、平々凡々な女好きだともいえる。

 ここにいる猫は女性のオッパイから顔をだしたり、尻尾がバストにじゃれたリ、腹部で気持ち良さそうに昼寝したり、オマタの間からのぞいてみたり、フトモモがベットになっていたり、とにかく女性の曲線という曲線を利用して楽園を作りだしている。
 男の邪悪な願望を猫にたくして満足を得ている、とでも非難されたら言い訳の余地はない。いや猫の立場からは、ただ無邪気に女性のカラダと戯れているだけ、というかもしれないが、ここに写し出されている接触愛は、男と女の代償行為としかおもえない。

 「猫を飼っている人には日常ですけど、男性目線で見るとうらやましいなあと、思えたんです」、と写真を撮った青山裕企氏はいっている。
 十数匹の猫と日々をすごしてい暮らしている井上真樹ちゃんの感想をきいてみたい。
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2017年06月14日

「歌わないカラオケ」のあした

「歌わないカラオケ」のあした

 「もっとも重要と思うが、もっとも不快に感じる電子機器」ランキング第一位に輝いたのは、「KARAOKE」だった。イギリスに於ける調査で、携帯やパソコンを抑えて、圧倒的なトップに躍り出た。
 1970年代に日本で生まれたカラオケは、1990年代通信カラオケの誕生とともに全世界に進出した。
といっても、海外ではそれぞれの事情から、たいぶ店の雰囲気はことなる。
 アメリカ人は素人が人前で歌うという趣味はあまりないので、カラオケに行くときはプロの演奏に合わせてオドルという目的のほうが多い。中国では、シャオチェ(小姐)が寄り添ってサービスする風俗カラオケが当たり前になっている。

 1950年代の日本では生バンドで歌う歌声喫茶だった。若者があふれんばかりに集まってうたうロシア民謡や労働歌、熱気むんむんの歌声喫茶だ。高年齢層は、ピアノやギターでの歌うクラブ・カラオケだった。それが80年代を迎えカラオケ・ボックスが誕生し、シングルCDのB面にカラオケが収録されるようになった。
 この頃からカラオケは、芸能人憧れ型やら自己陶酔型、さらにナンパカラオケに分岐し、90年代通信カラオケの進歩とともに個室カラオケ、二次会カラオケ、パーティカラオケへと移った。屋台村やらエスニックレストランを蹴散らし、盛り場の女王となったのだ。がその頃がカラオケのピークで21世紀の掛け声とともに少しずつ衰微の様相をみせてきた。

 いまでは「歌わないカラオケ」が中心になっている。
 カラオケに昼飯を食べにくるOLがいる。料理もお茶もすぐ出てくる。一人でのびのびとランチをするには、カラオケが最高、というのだ。 グループ・レッスンは恥ずかしい。カラオケルームでパソコンをつないで一人英会話をする。英会話カラオケなのだ。英会話学校で一時間ひとりレッスンをうけると5000円はかかるが、カラオケなら一時間953円ですむ。コスパに優れたレッスンカラオケという訳だ。
 広いパーティルームを借り切って、シネカラオケと洒落こむ女子会もあるという。豪華100インチモニターで好きな映画を見る。お気に入りのラブシーンはなんどでも巻き戻して、皆でキャッーと興奮しまくる。その上アルコールを注文してご機嫌で帰っていく。
 カラオケでデートというのは、もはや古典的なジャンルに入る。会社の会議室かわり、ちいさな研修会、役者の台本覚え、お笑いの段取り合わせ、忘年会用余興リハーサル、大声だしてのゲーム・カラオケ……と歌わないカラオケがますます跋扈しつつある。

 ちいさな空間から仲間の集まる空間と、これからのカラオケはカフェ、レストラン、居酒屋など飲食機能と、歌う・踊る・学ぶ・遊ぶのあらゆるサービスを備えたマルチ・レジャーのある町のコムュニケーション・センターになっていくのかもしれない。
 この国ならではのおもてなしにみちた「歌わないカラオケ」は、公民館を超えた公民館なのだ。。
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2017年06月13日

岩谷時子賞・斎藤由貴と加山雄三

岩谷時子賞・斎藤由貴と加山雄三

 授賞式はたいていは金屏風がお約束になっているが、今日は違った。
白い厚いパネルがステージ正面にしつらえられ、中央には岩谷時子にふさわしい花の数々が、そのホワイトボードから浮かび出て品のいいディスプレイになっていた。花のうえには「第八回岩谷時子賞授賞式」と明朝でさっぱりとかかれている。

  まずFoundation for youth にえらばれたのは「服部 百音」さんだった。
  大御祖父ちゃんの服部良一さんとはいくつかの仕事をした。敗戦後の日本にいち早くジャズやヴギをとりこみ、日劇のレビューなどを通してニホンを明るくした。
 お祖父ちゃんの服部克久さんとは学校がおなじだった。パリにいた頃、ダークダックスを引き連れてパリ公演にきた。いくつかの編曲、作曲で世話になった。
 お父上の服部隆之さんは、パリのコンセルバトワールを卒業ののち、数多くの作曲活動をしている。大編成のシンホニーによる劇音楽では日本最強の作曲家だと思っている。いつかこの人にオペラを作って欲しいと願っているが、いまだ機会を得ていない。
 その娘さんが服部百音ちゃんである。母親もヴァオリン弾きなので環境は百パーセント整っている。けだし服部百音は当然のごとくに生まれた。

 岩谷時子特別賞にダイフクが出てきたのには驚いた。かっての東宝のお嬢さん女優が見事に花開いた。
 きけば越路吹雪を素材にしたミュージカルで岩谷時子役を演じたという。テレビのミステリーでも見事に刑事役をこなし、キャラクターで紅一点のポジションを確保している。筆者は〽探しものはなんですか…と、とまどいながら唄っていたころの「斎藤由貴」が好きだった。いまや東宝きっての演技派女優にのし上がった。

 岩谷時子奨励賞は三人、安定感のある四季の瀧山久志、乃木坂の生田絵梨花は声は出ているが表情に乏しい、そしてハンデキャップのピアニスト野田あすかだった。

 岩谷時子賞はいまさらながらの「加山雄三」ニンジンを食べすぎていまだに生きているという挨拶だった。
〽ぼくはシアワセだなぁ…と歌ったが、往年の色つやには遠かった。

 岩谷時子さんの著作権が原資とはいえ、島崎春彦さんも大変だなぁとパレスホテルのパーティ会場から、代官山の成田屋邸に向かった。故団十郎夫人はすっかり元気をとりもどし、かっての美しさを取り戻していた。
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2017年06月11日

ミスタツチの天才「アリス沙良・オツト」

ミスタツチの天才「アリス沙良・オツト」

 アリス沙良・オットが今もっとも刺激的な音楽家であることは間違いない。
 日本人の母とドイツ人の父の間に生まれた彼女は、世界のどこにいっても国籍を聞かれるのが一番嫌なことだ、という。ザルツブルクのモーツァルテウム音楽大学を卒業した。日本語とドイツ語と英語を話す。CDデビューは、リストの超絶技巧練習曲、案の定「天才少女」の文字が新聞紙上を埋めた。

 ノエ乾、エリック・シューマン、フジ子・ヘミング……いま話題の混血音楽家たちは、欧米の音楽環境に自然に恵まれて育ってきた。そのため日本国内で音楽を必死に学び、楽しむことに縁遠かった日本人音楽家に較べ、どこかおっとりとしている。
 アリス沙良・オットも世話繁にテクニックを押し付ける曲よりも、スローなゆったりとした曲のほうが評判がいい。リストより、ショパンのワルツ集のほうがはるかに評判がいいのだ。
 それでも彼女は、アルゲリッチの情熱と、アシュケナージの緻密な繊細さが好きだという。きっと自分にはないものだから好きというのかもしれない。どこまでも自己流で、徹底的に自己解釈でピアノに向かう彼女は、日本人の嫌うタイプの音楽家かもしれない。

 なにしろ譜面通り正確に引くことを至上とするこの国の楽壇人にとつて、「ミスタッチの多い天才」などは許されない。ミスタッチは憎むべき行為であり、ミスタッチを平気でするプロ音楽家はいないのだ。
 彼女は経験が音楽をつくるという信念から、練習より経験を重視してきた。ルービックキューブが大好きで、吉幾三の「おらさ東京へ行くだ」を愛唱歌とする彼女は、いま世界中から引っ張り凧で、一年の七割をホテルのベツトの上で過ごしている。
 鍵盤のうえで指がどう動くかではなく、指が紡ぎ出すファンタジーが主役になったとき、ようやくこの国にクラシックが根付いたと言えるだろう。
 その日まで「頑張れ、ミスタッチの天才」それがアリス沙良・オットなのだ。

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2017年06月10日

獅童と初音ミクの超歌舞伎

獅童と初音ミクの超歌舞伎

 今年もニコ動超会議のイベントとして、中村獅童と初音ミクの超歌舞伎・花街詞合鏡が上演された。
 オリンピック2020のイベント狙いであることは明らかだが、とりあえずなかなかに面白かった。アナログの権化たる歌舞伎と、デジタルの最新技術イマーシブテレプレゼンス技術「Kirari」が混ざり合い、重なり合っての見世物は、結構退屈させずに観客を引きずり込んだ。
 今ラスベガスを席巻している超アナログだが、観客の想像力をこえたシルクドソレイユ・サーカス・レビューに対抗するには、この方向しか日本にはないと思わせた電気妖術歌舞伎だった。

 何百年もかけて歌舞伎がようやく獲得した文学性や芸術性をあっさりと棄て去り、見世物の一点に突っ走るには、中村獅童や尾上松也のようなメディア大好きの次世代役者に期待したほうが良いのかもしれない。
 なにしろそこに登場するのは、定番花魁道中であり、廓の奥の色模様であり、お決まりの連れ舞であり、お約束の段取り大立ち回り、獅童演じるところの八重垣紋三と、沢村国矢扮する蔭山新右衛門の果し合いもまったく珍しくなく、さもありなんといった類型台本なのだ。
 歌舞伎に限らず近頃の若い役者たちの文学性の欠落は恐るべきものがある。大衆に注目され、話題になりさえすればそれで充分、情報化社会の餌食になって無残にも消費されていく自分の姿が全く見えていない。伝統も丸裸になってグラビア・アイドルのごとく、明日は忘れ去られてもかまわないと、思っているのかもしれない。

 さてアナログに囲まれた初音ミク大夫について書かねばならない。初音ミクも重音テトも動きの滑らかさでは格段によくなったが、台詞がはなはだ良くない。
 36メートルにぎっしりと並べた240台のスピーカーによる波面合成技術も、こけ脅かしの効果音には有効だったが、芝居の台詞になっていない初音太夫のセリフにはお手上げだったようだ。
 NHK歴史ヒストリアの井上あさひの大根ぶりに匹敵するダメ芝居だった。

 面白かったのは、ホログラム映像とニコニコ生放送のコメントを舞台演出とオーバーラップさせて同時に見せる世界初の試みだった。少々うるさがったが、コメントのリアリテイと大向こうの掛け声があいまって観客を興奮に導く。萬屋! 紀伊国屋! 初音屋! 電話屋! ……
 拡張現実にはめられた「オリンピック用見世物超歌舞伎」であった。
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2017年06月09日

長寿の聖地・鶴の舞橋

長寿の聖地・鶴の舞橋 長寿の聖地・鶴の舞橋

 東北新幹線、新青森駅でリゾートしらかみ秋田行に乗り継いだ。
 車窓には、昨日田植えが終わったかの田圃とリンゴ畑がえんえんとつづく。弘前につくと列車は丸ごとスイッチバック、いまきた線路を川部まで戻る。川部で再びスイッチバックして五所川原を目指す。五所川原には、かの太宰治の生家斜陽館がある。そのひとつ手前がめざす陸奥鶴田である。

 陸奥鶴田の駅前には、アパホテルもなければ、不動産屋もない。ただひとつ開店休業のような「お母さんのあじ」とかかれた居酒屋風な店が眼についた。
 それでも駅前には鶴のモニュマンがある、駅舎も鶴のかたちを模している。シャッターに描かれたペンキ絵も鶴なのだ。みちのく銀行も、役場も、廃校も、郵便局も、ゴミ捨場も、用水路のフタも、レトロな街灯も、マンホールも、広場のシンボルも、道の駅も、みな鶴、鶴、鶴、鶴のモチーフにいろどられている。かって鶴の飛来地だったというこの町は、先代の町長さんが音頭をとって長寿の聖地として目出度い鶴の町作りを進めてきた。

 平成6年7月6日、青森県産のひばを使って日本最大の木造三連太鼓橋、「鶴の舞橋」長さ300メートルが完成した。たたずまいは鶴のめおとが大空を飛翔しているようにも見えて、津軽一の岩木山を背景にゆるやかな太鼓橋が見事な造形をなしている。間違いなく日本三名橋のひとつに数えられるだろう。
 山口の錦帯橋、宇治の大橋、そして津軽の鶴の舞橋、日本伝統の技術と造型感からいったらこの橋が日本一といえる。来年のパリ展で、にほんの橋の素晴らしさを見せたいと撮影にきたが、折悪しく梅雨入りのど真ん中映像はふたたびのチャレンジとなった。

 20年たらずの年月で、何もなかったこの町を見事に目出度い長寿の聖地として、鶴を主題に作り上げた町長の努力は素晴らしい。素朴な津軽の人々は、とうとう鶴田には吉永小百合もきたと、大満足である。
 わが町軽井沢は、100年計画を掲げ大学の先生に金を拂い、議論だけが進んでなにも変わっていない。
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2017年06月06日

ヤマザキ・ビスケットの成功を祝う

ヤマザキ・ビスケットの成功を祝う

 ヤマザキ・ナビスコがヤマザキ・ビスケットになって大成功を収めている。
 ナビスコの製法が如何に劣っていたか、ということをヤマザキビスケットが証明してくれた。なんでもかんでも舶来がいいというものではない。ライセンス契約でつくっていたものはさっさと契約を破棄して日本のスタッフにゆだねたほうがいい、という典型的な実例をしめしてくれた。
 ヤマザキビスケッは美味しい。いろいろな種類がつくられているが、筆者のベストテンはビスケットのレモンパックだ。事務所では久しぶりにこれが必須アイテムになった。ケーキやチョコレートばかりで、ビスケットを軽蔑していた風潮に風穴をあけた。
 ヤマザキのことだから、全国津々浦々、火の見櫓のとなりの村の菓子屋にまで置くだろうから、このビスケットで、国中のビスケットレベルがあがることだろう。
 ビスケットにはチーズサンド、抹茶サンド、バタークッキー、ラングドシャといろいろあるが、レモンパックの品のいい甘さが大好きだ。クラッカーのルヴァン、ルヴァンクラシカルももちろん美味い。この美味さを知ると、いままでのナビスコは何だったかと思う。

 ヤマザキの伝説は、戦後の日本にあって信じられないファクトに彩どられている。市川の駅前にあったちいさな飯島パン屋が、ヤマザキ製パン所になったいきさつは戦後の美徳そのものだった。配給の粉をもっていけば、いくらでもパンにしてくれた駅前のパン屋にどれだけの人が助けられたことか。そのパン屋さんを助けてくれたのがヤマザキさんだった。
 そんなことからヤマザキの小売店は、他ではまねのできない精神的絆で結ばれている。

 世界最高の品質をめざすため、パンの発酵種であるルヴァン種を始めてクラッカーに使い、それ故に「ルヴァン」となずけられたこのビスケットが、いつか世界の菓子を席巻してくれるであろうことを信んじている。

 沢口靖子も、木村佳乃も、吉本美憂も、予定調和の笑顔ではない眞心の響く演技でコマーシャルしてほしい。  類型的な笑顔では消費者の心は動かない。
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2017年06月04日

ハニートラツプに弱いテレビ屋さんたち

ハニートラツプに弱いテレビ屋さんたち

 テレビ朝日、ドラマ制作部長黒田徹也のアラフォー・スタイリストとの不倫事件、さらに経費不正での解職、
TBS元ワシントン支局長山口敬之の被害者顔出しレイプ告発事件、かつてメディアで仕事をしていた筆者としてはこんな事件が次々とつづいて不愉快きわまりない。

 テレビ朝日元黒田部長の例からいえば、相手の川崎祥子とは、あの下品なドラマ「特命係長只野仁」なる番組でのプロデューサーとスタイリストという関係に発している。あの薄汚いドラマにスタイリストが付いていたとはびっくりだが、仕事の現場から男と女の関係になることはままある。下働きとかアルバイト同志ならなんの問題にもならないが、一応責任者の立場にあれば、軽々しく関係をもつことは避けるべきなのだ。魅力あるアラフォーのスタイリストとあれば、男の裏表を十二分に承知しているし、担当プロデューサーが相手とあれば、易多く失うものはなにもない。彼女は密かに局内にコントロール自由なボスを確保したというところだろう。その後黒田氏が制作費に手を出したことで失脚することになった。金銭と色恋沙汰を一緒に起こしては救いようがない。

 TBSの山口敬之支局長の場合、準強姦容疑で逮捕寸前までいったにもかかわらず警視庁刑事部長の手により握り潰されたという被害者の顔出し告発事件だ。
 被害者の詩織という名前にも違和感を覚えるが、この人には姓はないのだろぅか。顔出しして告発する以上正しく姓名を名乗るべきだろう。源氏名での就活というのは聞いたことがない。そのうえ、ジャーナリズムと写真を専攻しているというのも不思議である。政治学や情報工学と写真をともに専攻できる学校もあまり聞いたことがない。
 老舗串焼きやから寿司屋、バーというはしごしてホテルへというコースも、もはや充分合意の行動としか思えない。酔っ払ってタクシーでの吐瀉、ホテル室内での振る舞いもハニートラップといわれても抗弁できまい。
 就職をめざすなら何故正面から人事に応募しなかったのか。妙にメークアップにたけて美しいすぎるのも引っかかる。
 ジャーナリズムを真摯に志す雰囲気にかけるのだ。山口敬之氏もわきが甘すぎる。

 ひょっとすると、この事件も森友学園、加計学園問題につづく、安倍倒閣運動のひとつかもしれない。
 朝日新聞と民進党が妙に熱心なのが、あやしい。
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2017年06月03日

コスパに優れたお散歩番組

コスパに優れたお散歩番組

 テレビ局のふところが寂しくなって、やたら眼につくのが「お散歩番組」である。
 お散歩する人が一人いればいい。あとは下請けのカメラクルーだけですべて完了、こんなにコスパに優れた番組はない。カメラも最近はとみに小型化し、メインカメラ以外は、民生用のオモチャみたいなもので結構間に合う。ロケも経費節約で徹取り早く効率のいい場所を選ぶ。お散歩が下手なタレントならば、後から別どりし、無料の局アナで尤もらしくナレーションを入れる。
 こうして経費優先でつくった番組が、間違って当たれば、テレビ局にとってこんなに美味しいことはない。

 そこで散歩させるのは誰、ということになる。
 鶴瓶の「家族に乾杯」などは、わざわざもう一組作って無駄使いする制作姿勢なので、所謂お散歩番組とは言い難い。
「ブラタモリ」もタモリの主観的興味を中心に作られているので、お散歩番組とは言えない。

 堂々とお散歩番組と言えるのは、地井武男の「ちい散歩」からだろう。
 ほどほどに町衆の暮らしに興味をもち、愛情にあふれた会話が番組を盛り立てた。散歩しただけで、故郷に地井武男記念館まで出来てしまったのは地井さんを置いて他に例をみない。
 二番手の加山雄三はひどかった。人々の暮らしている町だという想像力に欠け、自分が歩けば番組が成立するかの錯覚に捕らわれた古いスターの褒めようのない散歩だった。オールドファンのまぁ加山さんよ、といううぬぼれが鼻についた。かっての映画スターはテレビでは通用しません、という証明番組だった。
 三番手の高田純次には違った面白さがある。自分自身をカリカチュアして道化の散歩になっている。町の表情を捉える能力はきちんと持っているので、興味は充分に持続できる。
 石原良純の散歩は軽さが目立って大人の観賞にたえない。視聴者としてはマツコ・デラックスの散歩のほうがはるかに面白い。教養ある異形のオカマとして、得難いキャラクターなのだ。

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2017年06月02日

夏菓子は琥珀糖にかぎる

夏菓子は琥珀糖にかぎる

 テレビ時代の友人富永孝子さんから、琥珀糖のお菓子が送られてきた。
 今は亡き向田邦子さんが大好きだった永樂屋のお菓子だ。琥珀糖は爽やかな夏をはこんでくる。季節のお菓子を称するものは多々あるが、見た目が爽やかで、食感もよく、口どけまで涼しい夏を届けてくれるのは琥珀糖のお菓子に限る。

 京都の菓子屋で琥珀糖にちからを入れているのは、鶴屋吉信さんだ。
 打ち水に苔が青々と息ずく様を「青苔」という菓子にしつらえた。名前は裏千家の千玄室さんが付けられたという。清涼感たっぷりに見た目にも爽やかで点茶にふさわしい小さなお菓子である。
 IRODORIという若いセンスの琥珀糖のバーもある。六つのバーが並んでいるが、それぞれの彩りは、朝日、夕陽、晴天、晴朗、夜の帳、夜の空を淡く表現された琥珀糖のお菓子、オシャレな感覚で琥珀糖を生かし、京都八条口の限定になっている。

 北陸の文化集積処、金澤にも琥珀糖のお菓子はある。「かいちん」という。
 一瞬意味不明だが、金澤では昔から子供たちの遊び道具、おはじきのことを「かいちん」といったそうだ。花や動物たちのいろいろをかり、シャリッとした食感とゼリーが美味しい。石川屋さんがつくっている。

 わが家の涼菓ベストテンは、京都堺町三条上がる亀屋則克さんの「浜土産(はまづと)」である。
 蛤のいくつかが桧葉に包まれ網笠に入って届けられる。蛤を開けるといつぱいの琥珀糖に浜納豆が一粒、冷やしていただくと浜風のシアワセが吹いてくる。殻のなめらかな方へ爪を入れて開き、空いた殻ですくっていただくと楽しい。
 むかし蛤は大きかったが、歳月とともになんとなくこぶりになって来たのが、気になる。
 こんなところにも地球の危うさが響いて悲しい。
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2017年05月31日

昭和言葉の落日

昭和言葉の落日

 これを使うと年寄りと認定される昭和の言葉が発表された。
 第一位になったのは「ナウい」、ださいの反対だが、これに代わる平成語がわからない。「いいね」はネット用語だし、「いけてる」あたりだろうか。
 二位はアベック、フランス語のAVECからきているが、今なら「カップル」とでもよんだらいいのだろうか。
 三位にきたのは、「あたり前田のクラッカー」、てなもんや三度笠のCMから灯がついて流行った。こうした地口は昔から随分あった。「冗談はよしこちゃん」にしても「余裕のよっちゃん」「アッと驚く為五郎」などみな地口のたぐいだ。
 「よっこらしょういち」高齢化社会ではこれに代わる言葉をみなが欲しがっている言葉だろう。「どっこいしょ」では垢ぬけない。
 「アッシー君」「めっしー君」も何処かへいなくなってしまった。リアップのお世話になっている初老のなかに埋もれてしまったのだろう。

 ファッション用語の攻防は激しい。
 「丸首」はラウンドネックに、「チョッキ」はベストに、「シミーズ」はキャミソールに、「ズロース」はショーツに変わった。
 いわゆるパンツ・ファッションについて、列挙すると昭和のオジサン達にはほとんど理解不可能となる。
レギンス、トレンカ、カーゴ、スカンツ、テイパード、バギー、ガウチョ、リブ、ワイド、クロップド・パンツ、サロペット、フレア・パンツ、…等々キュロット辺りにきてオジサン達はようやく緊張から脱することができる。

 科学の進歩とともに亡んだ昭和の言葉もある。
 「チャンネルを回す」回していたテレビは博物館のなかにあるだけだ。「レンジでチン」も今だ生き残っているが、チンという音は無くなってしまった。
 働き方大改編で「ハナキン」もなくなってしまったし、「スケバン」もグラドルがとってかわった。時代はどんどん変わり、「インド人もびっくり」しなくなったのだ。
 「新人類」も「マブダチ」もみな消え去ってしまった。
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2017年05月30日

秘守義務を守らない高級官僚たち

秘守義務を守らない高級官僚たち

 「秘守義務」秘密を守らなければならない義務、このことから一番近くにあるのは公務員、そして医者だろう。公務員のなかでも官僚と言わわれる人々は、より重い秘守義務を課せられる。国家国民の安全を預かっているのだから当然のことだ。最近のニュースをみていると、この義務感の薄い官僚、とくに高級官僚といわれる人たちの振舞いが気になる。

 天皇陛下の退位または譲位にかんするニュースがとても不思議なことが多すぎる。
 まず天皇がもう退位して次に譲りたいと発言したNHK出演ヴィディオ事件がある。内閣の一部門である宮内庁が、内閣の了解なしにNHKに一方的にヴィデオを提供したという事実だ。いくら天皇とはいえ、全く行政のコントロールがきいていない。健康的にもう無理だから譲りたいという天皇の意思にたいして、「天皇は国家国民の安寧を祈ってくれればいい」と発言した学者の報道に、天皇は不満を漏らしたという情報もへんだ。天皇の近くにいるものしか知りえない情報が独り歩きして、市井のメディアの話題をにぎわす。本当なら内閣はその官僚を首にするか、責任を問うべきだろう。いつも特定のNHKの記者の口から、メディアに垂れ流されるのだからその道をたどっていけば、側近の犯人にたどり着けるのではないか。

 加計学園の問題もおなじだ゜。文部省前事務次官の前川喜平の文書事件、前川氏が事務次官を首になったのは、禁止されている官僚の天下り斡旋に励んでいたからにほかならない。この人は初めから国民のほうを向いていない。官僚の持つ規制特権にしがみついてきた典型的な高級官僚なのだ。麻布から東大法学部をでて役人、というコースにみられる腐った高級官僚である。
 一昔前ノーパン・しゃぶしゃぶに通っていた官僚たちががいたが、歌舞伎町の出会い系クラブに出入りして、遊んでいたとんでもない官僚のひとりである。
 在職中の秘守義務などまったく頭にない。自分らの握っていた認可権限を、特区によりあっさり破られたのが、よほど悔しかったのだろう。天下り斡旋と認可特権のはく奪が、この人のプライドを傷つけたであろうことは容易に想像できる。そうであっても公務員の秘守義務は絶対的なもので、公式文書でもないものをあったと主張するのは公務員の倫理にもとる。

 タレントのゲス不倫も、天皇側近の情報漏洩も、文部官僚の文書肯定も、みな秘守義務への無責任さから生まれた騒動だと考えるが如何。

 
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2017年05月29日

和・洋・中 それぞれのコックコート

和・洋・中 それぞれのコックコート

 洋食と和食と中華、それぞれのコックさんのユニフォームについて、真剣にむかいあったことはなかった。
 いつのころからかコックさんの顔写真を見かけるようになった。斜に構え、両腕を組み、カメラ目線でレンズを睨みつける。頭にはやたらに高いコック帽をかぶる。首には短いコックタイ、ふくらはぎまで隠れる長いエプロンはきりっと着けるが、それは火の熱や油とびから足を守るためだそうだ。前がダブルのボタン仕立てになっているのは、いつ客から呼ばれても、ボタンをはずして裏をかえせば清潔で綺麗な裏を表にし、挨拶にいけるように、といった心ずかいが服装全体にあるからだそうだ。

 和食の料理人は高い帽子はかぶらない。折り返しのある低い帽子だ。シングルフロントで、必ずといっていいほど、白いワイシャツにネクタイをしめている。ネクタイは華美に流れない小さな柄の渋い色が多い。ネクタイをしめるスタイルは明治以降に相違ないのだから、きものの筈の和食料理人が少しばかり洋服のフォーマルを学んで、ネクタイ着用におよんだのだろう。エプロンの丈は洋食ほど長くなくほぼひざ丈が多い。

 中華は、というと大黒様のような膨らんだ白い帽子が多い。洋のタテ志向に対して、中華はマル志向である。
火力の強いコンロで一気にしあげることがおおいので、通気性のいいメッシュタイプの帽子着用なのだ。
 ワイシャツもきないで、下はランニングまたは大きく空いたユー・カツトの肌着である。前は比翼仕立てで、
釦はそとにださない。袖も七分でゴム入りの実用第一である。エプロンは洋食ほど長くなく、和食ほど短くないというのがお約束だ。

 いずれも白が基調で、清潔感を前にだし、コンロの熱からもすこしばかり防衛できる効果ありだ。
 近頃の若い調理人は、定番のコックコートを嫌い、カラーコートなどをきるようだが、こうしたコックコートにであったら、不味い料理にであったとあきらめたほうがよさそうだ。
 小さなコックタイにもその店の思想があらわれている。
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2017年05月27日

チャールズ皇太子とダッチーの紅茶

チャールズ皇太子とダッチーの紅茶

 80年いろいろな紅茶を飲んできた。
 戦後十年は黄色い大きな日東紅茶の缶が、どこの喫茶店の棚にも置いてあった。みんな食料不足に悩み、生きるのに紅茶は不要な飲みものだったのだろう。
 いつのころからかトワイニングが登場した。初めてダージリンだのアールグレイだのと、香りと味に違いがあることを学んだ。

 初めてのパリで、紅茶専門のサロン・ド・テと、コーヒーも紅茶も出すカフェがあることを知った。マドレーヌ寺院のある広場には、フレーバー・ティーで名を高めた「フォション」があった。カフェではほとんどが首つりの紅茶パックだったが、サロン・ド・テでは茶葉の入ったティポットと熱い湯のポット、そして温められたカップがでてきた。店によっては小さなチョコレートが添えられてくる店もあった。

 ロンドンへ劇場巡りに行った時、紅茶ブランドの多さに驚いた。なかには愛好者の家まで、馬車で届けてくれるエリートブランドの紅茶屋さんがあるときき、イギリス人の紅茶に対するこだわりを知らしめられた。ニューカッスルにある「リントンズ」だつた。舌音痴と言われているイギリス人に何故紅茶の味だけ判るのか、とても不思議だった。

 パリのホテル・スクリーブにあるサロン・ド・テでは、「チャ・ユアン」の紅茶がでた。オーダーした紅茶の種類によってサーブするうつわが異なる。古い中国風なポットからモダンなガラス器まで、今日のオーダーにはどんなうつわがでるのか、楽しくサロン通いが出来た。ユアンはリヨンにある茶房で、マダムは世界紅茶協会の会長を務め、世界中の紅茶農園を知りつくしている人である、ときいた。色違いの缶には漢字の「茶」とそのしたにちいさくCHA YUANとあるだけで、うちの事務所ではコレクション・アイテムになっている。

 イギリス貴族のトムとトミーが送ってくれる紅茶が「DUCHY」、チャールス皇太子が自身所有するグロスター・ジャーの農園を10年かけて有機農場化し、そこで1992年から製品化している紅茶だ。紅茶のキレ味がよく、深みがあって、いくら飲んでも飽きない。
 あのダイアナ妃は農園仕事が嫌いで、いつもひとりでロンドンやパリに出掛け、浮名を流していた。
 ダッチーの紅茶を口にするたびに、ダイアナの最後に想いが飛び、チャールス皇太子の孤独に惹かれる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:41| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする