2020年09月27日

Black Lives Matter に注意すべきこと

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 アメリカ在住の友人から電話をもらった。
 「BLMの運動が激しくなってとても困っている。せっかく能力のない黒人に同情して雇っていても、チエンジできない。うっかりチェンジしたら、あのオーナーは黒人を差別している、とBLMの標的にされ、焼き討ちに会いかねない。ついこのあいだまで仲良く人種混在のアメリカだったのに、トゲトゲしくてアメリカではなくなってしまった。」というのだ。
 能力による区別がすべて差別だと焼け打ちにあってはたまらない。
 ついこの間も、デモがあるから試験をずらせという黒人学生にたいして、試験は予定通りと教授が応じたところ、黒人差別だと学内運動がもりあがり、教授が首になってしまったという、とんでもない事件があった。

 BLMのニューヨーク地区の指導者ホーク・ニューサムがFOXニュースに出演したさいの発言がある。
 「アメリカが我々の要求に応じないなら、我々は現在のシステムを焼き払う」 と。これはもはや黒人解放運動の粋を逸脱した暴力テロ集団ではないか。

 バスケ界の神様マイケル・ジョーダンが発言している。
 「我々は警察に感謝しなければならない。破壊と混乱に組する#BLMに反対する。」メディアと一部黒人の支持するBLMに、はっきりと反対の意思をしめした。
 彼こそ常識ある本物のヒーローだ、という声があがっている。

 BLMは極左暴力集団でテロリストである。
 BLMはアジアの差別についてはなにもいわない。
 BLMは中国共産党のプロパガンダであり、その資金によって動いている。 という報道に我々は注意すべきだ。
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2020年09月24日

ジュリエット・グレコ追想

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 ジュリエット・グレコが亡くなった。2020年9月23日。享年93才。
 長い黒髪と黒ずくめの衣裳で、サン・ジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)と呼ばれていた。
 筆者の世代にとって、哲学とシャンソンとサン・ジェルマン・デ・プレは、グレコの「枯葉」とともにやってきた。

 第二次世界大戦のさなか、ドイツのゲシュタボにつかまって収容所に送られたこともある。
 彼女はオペラ座舞踊学校を卒業したが、バレエは踊らず、サルトルの薦めで歌手になった。当時サンジェルマンを根城にしていた、ジャツク・コスマやジャック・プレヴェール、そしてサルトルなどに愛され、シャンソンの道へ進んだ。
 バレエ学校で学んだ貴族たちに媚びるバレエの動きを嫌い、彼女は徹底的に動きを排除して、不動のシャンソン歌手と呼ばれた。

 1960年4月1日、ムーラン・ルージュの前には16頭の白馬が並んだ。
「ラ・ルビュー・ジャポネーズ」の初日を祝って大統領が駆けつけてくれたのだ。
 大統領に次いで来てくれたのは、ジュリエット・グレコだった。終演後、伝説の黒いドレスで楽屋まできてくれた。
 オペラ座バレエ学校に学んだ彼女は、遠いアジアの日本のトラディショナルな踊りに興味をもって、あれこれと質問してきた。
 サンジェルマンのミューズへのリスペクトがました。

 「巴里の空のした」「枯葉」「私は私」「日曜日は嫌い」…乾いた低音のグレコの声はなにものにも代えがたい。
 マクロン大統領はツィッターに書き込んだ。
 「グレコの声と顔は我々の暮らしとともに生きつづけるだろう。サンジェルマン・デ・プレのミューズは永遠である。」
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2020年09月22日

コロナ禍の一人勝ち「から揚げ屋」

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 コロナ下で多くの飲食店、料理屋が悪戦苦闘しているなかで、画期的に売上げを伸ばしているところがある。
 ひとつは宅配サービスの 「Uber Eeats」、ドアを開けたら有名芸能人が、Uber Eeats のカバンをしょってたっていたという話も伝わる。
 外出できない巣ごもり状態でただひとつの楽しみは、宅配サービスでプロの味の美味いものが食べたい、というささやかな望みだった。デリバリーの配達代行がのびて、いまや加盟店数が30000店に及んでいるというのもうなづける。

 もうひとつ業界で一人勝ちなのが、「から揚げ屋」。外食産業が軒並み不振に陥ったなか「から揚げ屋」だけが一大トレンドにのし上がった。
 牛や豚に比べ健康にいいという効用が浸透しているうえ、昔からテイクアウトの需要がおおかった。
 価格にしても比較的安価なうえ、国産品で充分やっていける素地があった。出店も駅前や繁華街ではなく、スーパーの近くとか、住宅街で充分やっていける。

 コロナが繁華街から撤退せざるを得ない小店舗経営者にとって、少ない資本で開店できるメリットもある。
 必要な設備は冷蔵庫と鶏肉を揚げるフライヤーのみ。店によっては初期投資は、300万もかからない。テイクアウト専門店にしてしまえば1人ですべてが賄えるという利点もある。台所の窓をあけて、デリバリ専門の唐揚げ屋は明日にでも開店可能なのだ。
 主婦のコロナ禍のたすけにもなり、家族のなかに唐揚げ嫌いというのも少ない。

 かくて「鳥笑」「からやま」「から好し」「から揚げの天才」とチェーン店が日本全国に大増殖中なのだ。
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2020年09月21日

もったいない東京ミズマチ

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 浅草といえば、雷門から仲見世を通って浅草寺、六区、そしてかっぱ橋道具街。
 近頃はかっぱ橋を冷かして雷門のほうに向かうと、東京スカイツリーが意外に近くに聳えていてびっくりする。桜の季節になると、江戸のむかしの隅田公園を思い出すが、水辺のあじけなさから隅田川を望みたいと、思わなくなった。雷門から東に足が向くのは、水上バスで川下りをする時と、長命寺の桜もちが食べたくなった春ぐらいのことである。

 そこに「東京ミズマチ」が誕生した。
 東武浅草駅から東京スカイツリーにいたる遊歩道と商業施設が、そこを走る鉄道の高架下に誕生した。隅田川を渡る鉄道橋にそって「すみだリバーウォーク」という人道橋が誕生し、その延長線上に14軒のショップ、ホステル、レストランなどが展開している。浅草の新しいコミュニティ・スポットだという。
 スカイツリーのある「東京ソラマチ」に対し、水辺のある街だから「東京ミズマチ」それが浅草という江戸の表情をもった街とつながるのだから、こんなに嬉しいことはない。

 地元で人気一番大福餅の「いちや」、表参道のお洒落なパン屋「むうや」のフレンチトースト、日本橋クラフトビール、グルメ・バーガー、ホステル、コンビニなど一通りの店はそろっている。ただ時間を無駄に過ごせるベンチや水辺を見つめるだけの空間はとぼしい。

 ボストンのチャールズ河沿いのような人間を包み込んでくれるような温かさはない。ボストンのミズマチでは、昼寝をしている人あり、パラソルをたてて、日光浴をしている女性あり、日がな読書をしている学生あり、次々とジョギングで駆け抜ける人々、散歩する老夫婦と人生を無言で見つめてくれる暖かさがある。
 この国では直ぐに商業施設、というより商売の道具立てで満杯にしてしまう。
 せっかく大川に面した、北十間川に面したまちづくりとして、より江戸っ子の暮らしに豊かさをもたらしてくれるアイディアがなかったのだろうか。
 町ずくりのイメージが幼くて貧しいのだ。
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2020年09月20日

マイ山が欲しい

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 山を買いたい人が増えているそうだ。
 コロナのお蔭で、夜の街を奪われ、他県からは邪魔者扱いされ、職場にいきたくともリモートと言われ、手狭な我が家に閉じ込められては、「俺の世界は何処だ!」と叫びたくなる気持ちは充分理解できる。
 そこに付け込んだのは、不動産屋だ。「どうです、この際山でも買いませんか? お買い時ですよ。」値段を聞けば、なるほど安い。百万前後から三百万も出せば東京では考えられないほどの「山」が手に入る。

 とりあえず山小屋など建てなくていい。自分の山にテントを張って、週末のバーベキューと洒落こめば万々歳なのだ。女房はアルコール・ランプのロマンティックな灯を想像し、子供たちもトンボ取りや、清流の魚釣りを想像する。
 春は花見にタケノコ掘り、夏は鮎つり、秋は松茸と、不動産屋はここぞとたたみ込む。コロナも気にせず好きな時に、好きなように使えばいいので、興味があれば今すぐ手付を、何分この山は人気がありますので…云々と見事に嵌まる人が急増中とか。

 猿やイノシシやシカ、立派な熊などの先住民がいることは忘れがちである。蛇も毛虫もモグラも生活しているのが「山」であることを忘れている。
 有名女子大を卒業した妻が、最も嫌うのは蚊であり、蛾であり、虫類だ。ましてやヤモリなど出ようものなら、この世のものと思われないほど騒ぎまくる。

 かくて山の初日の雑草刈りから、挫折がはじまる。
 山を楽しむにはそれなりの努力がないと楽しめないという現実がある。
 山を買う前に立ち止まって再考することをお勧めしたい。
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2020年09月19日

「新しい生活様式」という偽善者

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 「新しい生活様式」と簡単に口にする政治家や、ワイドショーの司会者を見ると、腹立たしくなる。
 マスクをして、人と人が離れたって新しい生活様式ではない。劇場の客席に一人置きにすわっても生活様式の変更とはいわない。
 一時的な単なるコロナへの防菌対策にすぎない。その言葉の軽さは、脳ミソの軽さでもある。
 言葉を安易に使うのは、アジテーターか、芸人か、東京都知事ぐらいのものだ。

 「新しい生活様式」といえば、大衆は喜んで受け入れるとでもおもっているのか。それとも本人は本気でそれが新しい生活様式と信じているのか、不思議な言葉使いである。
 
 いろいろなものが記号化して、背景にある時間や風土が無視され形骸化している現実はある。すべての事象がコンピューターの支配をうけるようになったいま、ある程度は仕方ないとしても、言葉のもつ文化としての意味合いまで、コロナに乗じて破壊するのは悲しいオコナイと言わざるをえない。
 武漢コロナとの戦いまで、ゲーム感覚で単純化するのは、人間の堕落ともいえよう。
 「新しい生活様式」と軽々しく言う人は、生活に文化のない生活破壊者と思うべきだ。 
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2020年09月08日

アメリカの対中宣戦布告か

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 新しい生活様式ならぬ、新しいサイバー戦に対し、ひどく無防備なのがこの国ではなかろうか。
 ZOOMやTik Tokのバックゲートに関しても、まったく無頓着なのはどうしたことか。
 中国から尖閣占領のための公船が毎日やってきても、三菱重工が攻撃され、銀行がサイバー盗賊にあっても、なにも感じないのが不思議だ。
 戦争反対も9条改正反対もすべては利敵行為になるということが判っていない。平和運動と国防行為の違いも理解できていない。

 8月5日、アメリカ ポンペイオ国務長官が対中戦争ともいうべき重要な声明を発表した。
 我々は長い間、中国がいつか変わることを期待してつきあってきたが、間違っていた。習近平は崩壊した全体主義をかたくなに信じる危険極まりない指導者であることが
はっきりした。我々は今こそ自由主義陣営を糾合して、中国を除外した戦線をくまなければならない。
 そのためクリーン・ネットワークを提唱する。
 ❶ クリーン・キャリア   中国の通信ネットを使わない
 ❷ クリーン・ストア    モバイル・ストアから中国製を追放する
 ❸ クリーン・アプリ    中国製のアプリはつかわない
 ❹ クリーン・クラウド   アリババ、テンセント、などのクラウドに送らない
 ❺ クリーン・ケーブル   海底ケーブルを使わせない
 ダーティなものを徹底的に排除するクリーン・ファイブ ウィズアウトチャイナである。

 中国共産党にかかわるダーティなものをすべて排除して、法と秩序をまもる 新しい国際関係を樹立しなければならない。我々はクリーン・カントリーをつくらねばならない。人間を犯しているのはコロナだけではない。邪悪な中国の欲望が世界の人間を犯しつつある。思想が犯され、軍事が犯され、安全が犯され、なによりも自由が犯されつつある。
 この宣言はまさに中国に対する宣戦布告であり、アメリカの決意だった。
 新しい内閣は、このアメリカの宣言にどう答えていくか、息をひそめて注目している。
 
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2020年09月06日

桃李不言 下自成蹊

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 成蹊を知り、成蹊に学んだものなら、一生脳裏にすみついた言葉がある。
 「桃李不言 下自成蹊」…とうりものいわざれども、したおのずからこみちをなす… 
 桃は何も言わなくとも、美しい花をつけ、香りたかい実をつけることで、人が集い樹下には自然と小路できる という教えである。
 学園創立以来のテーマであり、折に触れて先生から先輩から言われてきた精神であった。成蹊は英才教育を唱えず、人間教育を標榜してきた。
 小さな学園であったので、友達同士あるいは教師と生徒の間、先輩後輩の関係が濃密な心あたたまるキャンパスだった。

 失礼ながら安倍首相の来し方を見ていると、しみじみと成蹊教育が生きていると感じた。
 第一次内閣では、お友達内閣と揶揄されたが、信じて付きあってきた友達を大臣にして何が悪いか、よく判らなかった。偏差値だけでのし上がってきた秀才よりもはるかに人間として信用できるし、視野も広い場合が多い。20人の大臣のうち四分の一ほどは優れた識見をもち素晴らしい能力のある人々かもしれないが、残りは残念ながら議員当選回数で自動的に上がってくる大臣がおおい。ならば人間的に信用でき、政策実行能力もあると思われる友達を登用するほうがはるかにましである。

 いまだにモリカケといって国有地払い下げを、アベが悪いと喚ていているメディアがあるが、国有地の払い下げは伝統的に教育とメディアには忖度してきた。
 アサヒの本社も国有地払い下げの恩恵をうけているし、教育機関の設立にあたって優先権をあたえて払い下げてきた例は数限りなくある。加計学園の理事長がたまたま安倍首相の友人であったからと、メディアと野党の騒ぎようは尋常一様ではなかった。友人で何処が悪い、国民はうんざりしていたのだ。

 辞めた途端に、内閣支持率が急上昇した。安全保障の法制整備とか、経済の立て直しとか、過去の実績が改めて評価されている。
 日本の戦後史上最高の総理であったと、評価する外電も報じられている。
 白人ばかりの先進国サミットで、有色人種の安倍さんが調整役をかってでることなど、歴史上いまだかってない出来事だった。

 「桃李不言 下自成蹊」
 同じキャンパスに学んだものとして、ここまで仕事をしてきた安倍さんに心からのねぎらいを捧げたい。

 
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2020年09月03日

ルーブルにある名画「摘ままれた乳首」

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 ルーブル美術館の収蔵作品の中で画学生たちにもっとも人気のある作品といえば、通称「摘ままれた乳首」である。
 正しくは「ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみられる肖像」。この作品は作者不詳ながら、テムペラから油彩に発展した時代のさきがけの作品で、画学生の模写にとって最適の絵画とされている。

 エロティックでありながら、第二次フォンテーヌブロー派の完成度の高さを見せている奇妙な作品とも言われている。
 アルス・ノーヴァ新しい芸術と呼ばれた分類に入るものの、タブロオの構成には時代背景というより、時代のリアルがきっちりと書き込まれ、この絵を依頼した貴族について様々の探索がなされているが、いまだ定説はない不思議な絵画なのだ。

 乳首を摘ままれているのは、アンリ四世の数ある愛人のなかでもっとも勇敢で知的と言われているガブリエル・デストレなのだが、乳首を摘まんでいるのは妹のビヤール公爵夫人で、姉の三回目の妊娠を示唆しているといわれている。国王は彼女のことをこよなく愛し、正妃と別れ彼女と結婚することを望んだが、彼女は挙式3日前に何者かによって毒殺されるという数奇な運命に翻弄された。
 この一枚の絵のなかには当時の宮廷の愛の暗黒が描きこまれている。 遠くの下女はやがて生まれてくる嬰児の服を縫い、小さな額縁のなかにはアンリ四世の下半身が描かれているという、実にリアルな状況が具象化されていて、時代の背景を描き込むという当時のフランドル絵画の基本がきっちりと守られている。

 座の会でままお目にかかるテレビ信州の元専務笠井重光さんが、若き日この「摘ままれた乳首」の模写にパリまで出掛けられていたときき、その情熱に敬意を表してブログを走らせた次第。
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2020年08月29日

安倍首相の悔し涙

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 28日夕刻、安倍首相緊急記者会見が行われた。
 首相の辞意決断にいたる健康事情とコロナ対策などに一定のメドが立ったことが伝えられ、記者質問に移った。
 この記者会見を見ていて、多くの国民が感じたことは、国民を代表すると自称する記者たちのレベルの低さ、人間性の欠如ではなかったろうか。
 まず潰瘍性大腸炎という持病をかかえながら7年8ケ月という長期にわたり頑張ってきた安倍首相に対するねぎらいが全くない。多くの記者のなかで、長いことご苦労様でした、と声をかけたのはただ一人しかいなかったことに驚いた。
 死者に鞭打つ行為はしてはならないというのが、日本人の習性と信じてきたが、この人たちには全くそんな心情は見えなかった。あいかわらずのモリトモやら桜の会を持ち出して非難めいた質問をするなど、呆れた記者もいた。
 辞める人にたいしては、その成果を顕彰し、残された課題にたいしての希望を聞き、さらに今日本の置かれている最大の危機的状況についての発言を促すのなら理解できるが、そうした日本人としての平衡をたもった質問はなかった。

 かって「携帯をもった猿」という比喩が喧伝されたことがあったが、記者会見の模様は「パソコンをかかえた猿」一同。
 「新聞の終り」という本が売れたり、「メディアの終焉」といわれ「テレビの終りの始まり」と地上波からネット族の離脱が当たり前になっている現実にいまもっとも勉強しなければならないのは、ここに並んだ記者たちではないか。

 桜の会の宴会参加費が5000円では、と騒いでみたり、安保法制と聞いただけで戦争を始める気かと殺気だったり、憲法9条といっただけで、反対反対と叫んだり、中国の覇権主義や尖閣列島の危機を報じない不思議な記者たちが多い。
 日本を愛し、日本国民とともにある人間としての最低条件すら欠落しているメディア人が多い。

 多くの宿題を抱え、道半ばにして退陣せざるをえなかったことについて、誰よりも悔しい思いをしているのは安倍首相自身だったろう。
 記者会見の最後には安倍さんの眼にうっすらと涙がにじんでいた。
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2020年08月27日

テレビ東京の功罪

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 周回遅れの「テレ東」にようやく春が来た、と言われている。
 12504人の来春大学卒業生に希望就職先調査を実施したところ、NHKを抜いて業界第一位になったのが「テレビ東京」だったと報じられている。
ずっとまっすぐなテレ東の番組作りに共感した大学生が多かったということだろう。

 ■ Youはなにしに日本へ?
 ■ 開運なんでも鑑定団
 ■ 孤独のグルメ
 ■ 家について行ってイイですか?
 ■ 池の水ぜんぶ抜く大作戦
 ■ 出川哲郎 充電させてもらえませんか?
 ■ 出没! アド街ック天国
 ■ きょうの猫村さん     等々…
 テレ東制作の番組はコスパに優れたアイディア商品が圧倒的に多い。商店街で石ころ探しのような番組ばかりでスタッフは剥げるほどの苦労をしている。制作能力が貧困な地方局にとっては、優れたお手本なのだが、おおかたのテレビ局は安い穴埋め番組としか見ていないようで、残念な現状である。

 地上波テレビのビジネス・モデルそのものへの疑問をいだかないノー天気な学生達にとっては、テレ東の放映する番組への共感が、希望就職先ベストにもちあげたのだろう。
 テレ東の魅力はテレビ局ではなく、制作プロダクションにあると認識すべきなのだが、そこは見えない学生達である。
 既成局の番組の惨憺たる状態に気が付かない女子アナ希望者よりはまだまし、という現実はあるが、リテラシーが全くきいていない情けない状態の大学生だ。
 喜んでZOOMに浸っているテレビ芸人と、なんにもかわらない大学卒業予定者たちである。
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2020年08月23日

フーターズの挫折

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 アメリカンが大好きな若者や東京出張族にとっての入口は、フロリダ由来の「フーターズ」だつた。
 今年のミスフーターズ・コンテストのクイーンは赤坂にいる、いやダレソレは銀座だとたわいのない興奮でフーターズに通っていた。モデル、レースクイーン、グラビアアイドル系よりは身近でキレイメな女の子たちがサービスしてくれていた。
 いかがわしさのない明るいとなりのチア・リーダーと言った気分で、都会になれていない青年にとってはとても居心地のいいカジュアル・アメリカン・ダイニング&スポーツ・バーだった。

 その昔、プレイボーイ・クラブがあった。
 マリリン・モンローに代表されるプレイボーイ・ガールはカラダにぴったりのダルマと呼ばれる水着ようの服を着、頭に耳をたてて、兎ちゃんのイメージで客にかしずいていた。プレイボーイ・ガールには大きめの女性が採用され、後姿のヒップラインをみただけでドキドキした。前はハーフカップの衣裳から豊かな胸がはみだして、あの頃の日本では考えられないプロポーションの女性たちだった。 
 あのプレイボーイ・クラブにもバブルの崩壊とともに落日が訪れ、オーナーのヒューヘフナーの死とともに消滅してしまった。

 タンクトップとオレンジのホットパンツのフーターズ・ガールのまえに、プレイボーイのうさぎちゃんたちは敗れたが、男たちの女性にたいする認識の変化こそが原因だったような気がする。ゴージャスなエロスより、健康的でコスパに優れた若さのほうが安心できたのだろう。
 そのフーターズがいままた倒産してしまった。  カメラOK。スマホの友撮りもOK。ゆるくて明るいフーターズが生きて行けなくなった、さて時代はなにを要求するのか、まったく判らなくなった。
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2020年08月21日

喫茶店に文化のあった時代

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 西荻窪の駅前に「こけし屋」という喫茶店があった。
 中央沿線の作家や文化人が集まる二階座敷があり、沿線文化の発信地だった。学生時代のコーヒー・デビューはこの店だったが、その時の味はまったく記憶にない。
 山本安英さんが朗読の勉強会を開き、そこで夕鶴を読んだり、スタニスラフスキー演技術について知識を深めた。のちに立教女学院の友達とモーツアルトや、ショパンのレコード・コンサートを開いたりした。こけし屋の二階は文化のカオスだった。

 「名曲喫茶」が登場したのは、新宿や銀座だった。名曲喫茶の主役は正面に鎮座した左右のスピーカー……、特大のALTECやTANNOYが置かれ、圧倒的な音量でクラシックの名曲が流れていた。清楚なおねぇさんがニコリと微笑んでリクエスト・カードをおいていく。
  ワーグナーにしようか、それともマーラーでいこうか、指揮はトスカニーニ いやフルトベェングラー、キザな若者のなかにはスコアーを手に指揮の真似事に酔っている奴もいた。

 「美人喫茶」という名の怪しげな喫茶店も流行った。キレイなおねぇさんが何人もいた。憧れのステュワーデスの服装をまねて店内のあちこちでポーズしていた。15分位で位置移動する。つまり一時間もねばっていれば、一通りのおねぇさんを近くで拝めるという有難い喫茶店だった。

 「シャンソン喫茶」は松坂屋の南側にあった銀巴里にとどめを刺す。美輪明宏を始めて聞いたのも銀巴里だった。薄暗がりのなかに化粧した美少年は信じられないほどの妖気を発散していた。この時の体験がのちの「ヨイトマケの唄」誕生を呼んだように思う。

 いまスタバやドトールでお茶する若者たちに、かって喫茶店にあった文化を説明しても軽蔑されるだけだろう。熱っぽく論じあったサルトルやボーボワールは、何処かへ消えてしまった。
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2020年08月20日

TikTok ZOOM 世界の終り

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 Tik Tok で話題沸騰!! 33万部突破 …集英社文庫の新聞広告である。
 一面ではTik Tok にたいするアメリカの売却命令と、成立しなければ9月15日には国内での運営を禁止するというトランプ大統領の声明が乗っている。日本でも埼玉県と神戸市がTikTokの使用を停止、つづいて大阪、広島、神奈川でも公共団体の運用からTikTokの使用を禁止する方向にむかっている。
 が一流出版社である集英社あたりが、こうしたソフトのセキュリティにまったく無関心であることが恐ろしい。

 コロナ禍のなかでの学校や会社のコミュニケーシヨン・ツールでも、Zoom 会議であるとか、Zoom飲みとかいって、さもZopomを使うことがヨキコトのように煽ってきた。テレビ局など典型的なZoom宣伝部のごとき様相をていしていた。
 本社こそサンノゼにあるが、創業者は中国山東省出身のエリック・ヤンであり、中国政府の要求通りにアカウント管理をしている完全な中国諜報ソフトなのだ。
 天安門事件の時には不都合なビデオ会議を閉鎖したり、人権活動家のアカウントを停止したという前科がある。

 TikTokもZoomも、みな中国サイバーセキュリティー法のもとで運営されている。そこの項目にはすべて「国家安全のために…」ということが書かれ、みな中国サイバースペース管理局の監視のもとに運営されている。個人の自由だの民主主義などというコンテンツは存在しないのだ。
 中国の人口市場に眼のくらんだ財界人や、中国共産党の恐ろしさに気がつかないマスコミ人はこのあたりでしっかりと自己覚醒をして、いま目の前で繰り広げられているサイバー戦にたいする備えをしなければならない。
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2020年08月17日

フワちゃんと小池百合子都知事

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 事務所もバイトもみんなクビ(15回)、落着きがなく異常なハイテンション、注意散漫、わがままで下品きわまりない、……吉本に行きたかったけど月謝が高くて行けなかった、ナベプロはローンが組めたから入った、という只今ブレーク中の女芸人「フワちやん」……27才の女にしては、考えられないほどセンスが悪く、社会人としてのマナーどころか、その振舞いは酷い。
 ステンレスのお盆で局部を隠したり、水着でそんなの関係ないとわめいたり、芸人と称する人々はなぜこんなにも性格破綻者が多いのか。

 小沢一郎をとっかかりに、細川護熙、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎と4代の内閣総理大臣の懐に飛び込み、7つの政党を渡り歩いた小池百合子東京都知事、政界の男殺しとも、政党の渡り鳥といわれても、しぶとく生きつづけるキャッチコピーの小池百合子がフワちゃんと手を結んだ。

 ミニスカートの国会報告でスタートした小池百合子は、アメリカンなフワちゃんの悪趣味が羨ましかったのかもしれない。どうせどこかの代理店が持ち込んだキャスティングだろうが、最終的に知事が選びましたと都の役人はいっている。
 発達障害なタレントと自己中の女知事が組んで、コロナ感染予防のCMをつくるというのだからこの国は平和そのものだ。
 ニューヨークのゲイタウン、クリストファーにいけばどこの店にも翻っているゲイ・フラッグと同じ、東京都の虹のステッカー、その虹のステッカーのプロモーションだというからには、LGBTの人々への事前運動なのかもしれない。

 小池百合子の無駄使いが止まらない。
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2020年08月15日

おいしい浮世絵

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「おいしい浮世絵展」が六本木で開かれている。
 浮世絵という庶民のための版画だから、そこに「おいしい」シーンが描かれていて当然だが、いままで「おいしい」視点で集められた版画展をしらない。
 つい最近も今様のフライパンをふつて無国籍料理をつくつているバッチリメークのお姐さんが、「キッチン・アーチスト」と呼ばれていることに驚いた。「アーチスト」というのは、絵画、彫刻などの名人上手に捧げる敬称とおもっていたが、最近ではコックや美容師までもアーチストと称するようになった。
 浮世絵の凄いのは、彼らにはアーチストなどという気負いはなく、市井の絵師として版元の要求に応じ、日々の暮らしのすべとして絵を描いていたことだ。

 三代豊国の「見立源氏はなの宴」には花見のはなやかな料理が広げられている。
 国芳の「縞揃女弁慶 松の鮨」には美味そうな寿司が描かれ、
 北斎漫画十二編には鰻がダイナミックに描かれ、
 江戸っ子にとっての食は、鮨、蕎麦、鰻、天ぷら であることが再認識される。
 両国柳橋の広重描くところの河内屋には、大川の風景共々江戸の料理屋の豊かな文化がよみとれる。

 「季節のたのしみと食」「にぎわう江戸の食卓」「江戸の名店」「旅と名物」と四部に分かれた展示も判りやすく、難解なモダンアートの展覧などよりはるかにリアルな「おいしい浮世絵展」になっている。
 「おいしい」「マイウ」とテレビに氾濫するグルメ番組に時をつかうより、はるかに貴重な時間の流れている「おいしい浮世絵展」であった。
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2020年08月10日

ジジ・ジャンメール追想

ジジ4.jpg ジジ・ジャンメール.jpg ジジ3.jpg

 36才のジジ・ジャンメールを見た。
 バレエではなくカジノ・ド・パリの舞台だった。
 クラシック・バレエの技術をしっかりと身につけ、そのうえレビューでこれほどの魅力を発揮してくれるスターを知らなかった。
凄いッと感動したが、なによりも見事な脚線美とショーカットのモダンな美貌にすっかりやられた。衣裳と装置を若き日のイブ・サンローランが担当し、
夫のローラン・プチが振付をしていたが、女性のいちばん美しい時に圧倒された。

  〽 君はマレーネ・ディートリヒのようにしゃべり
    ジジ・ジャンメールのように踊る
    服はピエール・バルマンで
    髪にはダイアモンドと真珠が輝いている……My Lovely

 ショートカットのバレエ「カルメン」を生み、映画「ブラック・タイツ」の魅力をひきだしたのは、ローラン・プチという天才振付師だった。
 詩人ルイ・アラゴンは「ジジのいないパリは、パリてはない」と献辞している。

 ヌレエフと踊った「若者と死」が網膜からはなれない。   合掌


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2020年08月09日

その後の軽井沢ぶんか組

軽井沢森.jpg

 軽井沢ぶんか組の8月は「夏休み」です。
 ぶんか組発足以来のテーマを振り返ってみる。

2020 4月19日 「軽井沢いま・むかし」
 縄文期の軽井沢から、江戸期の宿場時代、明治の雨宮・野沢による軽井沢開拓、外人牧師による別荘地化、テンプラ耶蘇から西武によ る500円別荘、政界財界の別荘地化、と文人、芸術家たちの高原から、バブル以後都会の富裕層とアウトレットの街となった軽井沢の今昔をたどる。   リモート映像とトークにより開講。
   5月24日 「LGBTとにほんの芸能」
 清盛と祇王妓女、仏御前、義満・世阿弥、信長蘭丸、阿国山三、若衆・野郎歌舞伎、江戸歌舞伎、中原淳一、木下恵介、三島由紀夫、坂東玉三郎、佐々木忠次、三宅一生、美輪明宏、ジャニー喜多川、宝塚歌劇団、マツコ・デラックス、とにほんの芸能史を創ってきたLGBTの人々をたどって、18枚のフィリップとトークによる進講。
   6月21日「祇園の通過儀礼」
 始業式、初寄り、お化け,大石忌、店出し、女紅場、お茶席、都をどり、みやび会、祇園祭献茶席、祇園祭日和神楽、祇園祭屋台巡行、祇園祭雀踊り、八朔、衿かえ、温習会、祇園の信心、引祝、時代祭、かにかくに祭、お商売、顔見世総見、おけら詣り、家元襲名 等々…祇園町に今日まで生きている習俗、儀礼を多くの映像とトークで紹介。
   7月19日 「伊勢参宮とおかげ参り」
 伊勢神宮の全体像と式年遷宮のこと、伊勢御師の実態、江戸期800万人のおかげ参りとおかげ犬の奇跡、おはらい町の変遷とおかげ横丁、古市登楼の意味、… そして歌舞伎仁左衛門と玉三郎による伊勢音頭恋寝刃の油や10人殺しの場を鑑賞。 映像展示とトークで講演。

   そして8月は夏休み……  映像素材の収集、編集、の作業は結構大変です。
 
   9月20日予定 「流行を失ったファッション」
 戦後焼跡のファションから、ドレメ・文化の学校洋裁時代、ディオールの世界戦略、パリ・モード日本上陸、男性デザイナー の登場、メーカーによる川上から川下への戦略、プレタポルテの誕生、ツィギーとミニ旋風、原宿どぶ板ブランドの増殖、バブルに踊ったヤング・ファッション、ハイブランドに占領された銀座通り、バブル崩壊とともにファスト・ファツシヨンへ、隆盛のジィーンズとエレガンスの敗北、コスパの時代のサステナブル素材 流行を失ったファッション、… 映像とトークの予定。

 会場 軽井沢駅前大通り東雲交差点右 カフェ・来実 申込先 ☎0267-31-5110(隅防)

 軽井沢の町は時ならぬ人の波、スーパーも三密状態、駐車場は95パーセントは他府県ナンバー。        
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2020年08月08日

新聞記者の品質劣化

ミサイル防衛.jpg

 河野防衛相と東京新聞記者のやりとりを紹介する。
 自民党がまとめた新しいミサイル防衛策についての質疑応答である。
 記者が質問する。「周辺国の理解が重要になってくるとおもわれますが…充分に理解を得る状況ではないように思われます。」
 河野大臣がききかえす。「周辺国ってどこのことですか」
 記者「主に中国や韓国になります」
 大臣「中国がミサイルを増強しているときに、何でその国の了解がいるんですか」
 記者「韓国に関してはいかがですか」
 大臣「なんで韓国の了解が必要なんですか」
 このバカバカしい記者会見は動画サービスでみられる。

 自国の防衛策についてなんでいちいち周辺国にお伺いを立てる必用があるのか。そんなことも判らない新聞記者とはなんだろうかと、思う。
 かっての吉田茂宰相だったら、この記者にたいし水でもかけているだろう。
 世界中のどこにいちいち仮想敵国にお伺いをたてて、防衛策をたてる国があるだろう。その記者は多分周辺国の工作員ではないかとすら思ってしまう。

 新聞社というのはいつからこんな程度の低い悪質な記者を雇うようになったのか。あまりにもひどい。
 中国と北朝鮮から多くのミサイルが、日本にむけられているという現実をしらないとしたら、それは新聞記者でもなんでもない。
 尖閣諸島を占領せんと虎視眈々とねらっている国がどこなのか、日本人ならおおよそ知っている。
 かって東京新聞いうのは文化に強いインテリ向けの新聞だったが、いまや反日左翼の運動紙になりさがったのだろうか。
 取材どころか、政権批評にもなっていないこんな反日活動に労するのが新聞であるならば、新聞はいらない。
 新聞は国家と民族にとって、最大の新型コロナである。


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2020年08月07日

新宿西口「思い出横丁」

思い出横丁.jpg

 日本橋、日比谷、虎ノ門、池袋、渋谷、…次々と東京大改造が行われている。
 新宿西口にも迫ってきた。 2029年までに小田急百貨店から新宿ミロードまでが、地上48階建ての超高層ビルに生まれ変わるという計画だそうだ。
 気になるのは西口から大ガードにかけて今に残る「新宿西口思い出横丁」通称「ションベン横丁」のことだ。
 戦後、焼跡に働く貧しい労働者や、若くして夢を食べて生きてきた芸術家たちのオアシスだった。いすまでも新宿大ガード脇の2,000平方メートルの
地域に80件ばかりの店がひしめいている。
 ワインやフレンチなどと言っている成り上がりは決して近かずかないが、昭和の雰囲気の色濃く残る人情味あふれる街である。

 「つるかめ食堂」には当時のB級グルメがそろっていた。
 「カブト」はコスパに優れたうなぎ屋だった。
 「トロ函」には刺身、焼き魚、煮付け、干物と魚料理のすべてがある。
 「やきとりタロー」は焼き鳥の名店。
 「第二宝来屋」はもつ焼きの専門店。
 蛙やどぜうの丸焼きで精を付けたいときは「朝起(アサダチ)」へ通ったのが、徹夜あけの新劇研究生だった。

 戦後焼跡の闇市を彷彿とさせるあんな町はいまはどこにも見当たらない。
 「思い出横丁」は歴史の証人であり、生きた昭和の博物館なのだ。
 再開発には負けないで生き続けて欲しい「ションベン横丁」なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする