2019年12月10日

香港が壊れていく

 香港が壊れていく。
 強欲な共産主義の前に一国二制度は風前の灯になっている。 いま戦っている香港人にすこしの乱れでも生まれれば、習近平は香港の共産化のため雪崩を打って香港支配に乗り出すことだろう。
 これは国内問題なのだからクチをだすな、と威嚇しつづけ、結局アメリカもだまって見守るしかない。

 無防備で野次馬を決め込んでいる日本も、気がついたら尖閣を取られ、沖縄すら本来中国の領土であるという主張のもと侵略されかねない。
 中国共産党の領土的野心は計り知れない。かって中国政府は、太平洋を真ん中で割って、東をアメリカ、西は中国の支配権下にして統治しようと提案したことがあった。さいわいアメリカが拒否したから助かったが、中国人の中華思想は、さほど尊大で迷惑きわまりないものだといことを理解する必要がある。
 日和見左翼主義者がよくいうように、お話合いで解決できるようなそんな生易しい問題ではない。武力には武力で対抗しなければならない。

 ヴィクトリア・ピークから眺めたあの世界一の夜景も共産党の支配下におかれ、観光客は監視され、スパイと疑たがわれかねない。
 道教と仏教と儒教の三大宗教が祀られた九龍の黄大仙が、いつのまにか習近平の廟になりかねない。パワー・スポットなどと悠長なことをいってられない。100を超える占いベースも人民を惑わせる魔界としてただちに閉鎖になるだろう。手相も面相も風水もみな台湾に逃げだすだろう。
 すでに香港に住む中国人は雪崩を打って海外に脱出し始めていると伝えられている。とりあえず台湾、とりあえずシンガポール、富裕層はカナダか、ヨーロッパへと移住の準備が進んでいる。

 初めて日本の空にジャンボ・ジェットが現われた時、いまは人間国宝になった藤舎名生、堅田喜佐久師とともにジェット機上でショウを行い、香港に乗り込んでヒルトンのボールルームで中国伝統合奏団と競演したことがあった。あの頃の日本と中国には今のような物騒な話はなかった。中国合奏団のメンバーは、1調一管の日本の調べのダイナミックさに共感をもって応じてくれた。
 日中に友好の絆はあった。今のようにギスギスしてきたのは、ひとえに中国の中枢に育ってきた領土的野心に外ならない。
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2019年12月09日

いざ、美味なるカニの北陸へ

北陸の蟹.jpg

北陸新幹線で東京駅に着く。
TESSEIのおばさんが、ごみ袋の口をあけて待っている。エスカレーターが工事中なので階段を降りる。
 そこで待ち構えているのは、巨大なポスターである。
 美味なる北陸…カニの脚…富山県、カニの爪…石川県、カニの甲羅…福井県、三県合同のカニ・キャンペーン、巨大なポスターが3枚続けて貼りだしてあるのでその迫力は凄い。その上、ポスターのデザインが秀逸で、黒地に赤いカニの部分が超アップで迫ってくる。北陸三県にはカニしかいないか、といいたくなるほどの強烈な主張である。
 カニをたべないおまえは日本人に非ず、すぐカニを食べに北陸へ来い、といわんばかりなのだ。
 ただちにカニを食べに行きます。許して下さい。………でも先月の千曲川氾濫で新幹線が泥水につかり、電車の数が足りない。

 戦後まもなく初めてのブルーバードで、京都まわり北陸の海岸線を走った。降りしきる雪のなかに日本海がうねり、街道筋では大きな石油缶が湯気をあげていた。三国あたりからカニの茹でたてが点々とあった。
 車を止め、かじかんだ手にカニの脚をもち、小雪とともに食べたカニの脚の美味かったこと、いまだに忘れられない。

 いつのころからか多種多彩なカニの小皿料理がもてはやされるようにらなった。
 カニ味噌、茹でカニ、焼きカニ、内子、そして大きな脚、爪を土鍋のダシにくぐらせてのしゃぶしゃぶ、カニの甘露に食欲が震える。さいごの雑炊にいたり、ああこれで今年の冬も無事過ごせたと、至福の気分に浸るのだ。

 が食の罪深いのは、カニの余韻を待たず、さて次なる「ふぐ」は何処にしようか、と食欲のスケジュールを考えていることだ。
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2019年12月06日

見逃していた亀戸升本の弁当

亀戸升本の弁当.jpg 
 江戸名物に大根ふたつあり。
 ずっと太くて長いものが練馬大根、根本がそこそこで直ぐに細くなるのが亀戸大根、江戸っ子はよほど大根が好きだったようだ。横丁には大根足がごろごろいたし、芝居町へ行けば大根役者が大見得をきっていた。
 その大根と深川沖のあさりを合わせて名物にしたのが、「亀戸大根あさり鍋」である。その大根あさり鍋を看板にしたのが亀戸升本だ。
 実はその升本がとてもいい仕事をしていた。

 膳まいの看板にかくれて気がつかなかった。膳まいは幾種類もの弁当をならべているが、特にどれというほどアピールしていない。並んだ弁当のガラスケースの三段目にあったので見逃していたのだ。三段目には、亀戸升本の弁当が遠慮がちにならんでいた。

 六角形のうつわに入った「すみだ川(あさり炊き込みご飯)」を買い求めたが、軽井沢まで持ち帰るほどの我慢がもたず新幹線に乗るや否や早速にひろげた。
 煮物は里芋、人参、椎茸などさして珍しくもないが、ひとつひとつのしっかりした味付け。箸休めのくらげ煮、木くらげ煮の食感、さらに鶏つくね、鰈漬焼、牛八幡巻、帆立煮、あさり煮、揚げ蒲鉾、合鴨煮と箸が進むに及んで、これほどしっかりと江戸の味付けをしている弁当に嬉しくなった。
 とうてい弁松あたりのおよぶところではない。昔ながらの弁当に心意気がこもっている。亀辛麹が中央にがんばっているのも自信のしるしか。かの東京駅名所 祭 にこの弁当がないのが不思議なくらいだ。てらいのないこうした弁当に、江戸っ子の味覚がある。

 弁当箱の裏に貼ってある商品ラベルをみると製造者(有)健康厨房(亀戸升本)とあったが、健康厨房はいただけない。まずい給食センターにあるような名前で信用できない。なぜ堂々と亀戸・升本と書かないのか、江戸っ子のいなせが許すのは、せいぜい亀戸ますもと迄と思う。
 いつか亀戸までいって「亀戸大根あさり鍋」の恩恵に浴したい。
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2019年12月04日

蕎麦好きの蕎麦ざる

黒竹そばざる.jpg

 蕎麦好きなので、あちこちの蕎麦やにいく。
 東京での蕎麦や巡りも充分したのだが、それでも蕎麦やに行きたがる。
 六本木にいたころには、麻布更科にずいぶんと世話になった。ホーム・パァティーに御前そばの50人前をもってきてもらったこともあった。
「いらっしゃいいいぃー」で迎えてくれる神田のやぶも懐かしい。久しぶりに12月は蕎麦にいこうということになって、淡路町の松やか、麻布十番の堀井更科、どちらにしようかと相談がまとまらない。結局わかりやすい堀井更科で令和元年の蕎麦終い、という結論になった。

 美味い蕎麦やの蕎麦ざるはなかなか良いということに気がついた。取り寄せの蕎麦には念をいれても、我が家の蕎麦ざるはすこし残念なのだ。もう何十年も使っているのだから、この際、ふだん使いの蕎麦ざるを奮発しようということになった。

 国産の竹造りに限る。日本の竹は工芸においても実用でも最高の素材といえる。茶道具から花器、花入れ、バスケットに手提げ、背負い篭、シャンデリア、日常の普通から超高級まですべてに対応する素晴らしい素材だ。
 端正な竹の網目の美しさ、使い込めば使い込むほどの艶、直線に曲線にすべてに順応するシナやかさ、まるで恋する女性のような、古女房のような、しなやかで丈夫な個性の持ち主である。

 さて蕎麦ざるだが、マルとシカクでは丸にきまっている。直径は21cmから22cmほどがいい。網目が美しく繊細で少しばかり個性的なザルがいい。シロ竹、アオ竹、クロ竹、虎斑竹、色はそれぞれにあるが、いまさら青竹の蕎麦ざるでは面白くないので、結局決まったのは「黒竹・戸隠風・蕎麦ざる」 工人によれば、竹を騙しながら美しく編み上げるのが、腕の見せどころだという。



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2019年12月02日

二枚目大根役者の系譜



池部良.jpg

 二枚目の役者はおおむね大根役者と決まっている。それが二枚目の伝統というものである。
 戦後3代の二枚目役者について考えてみた。

 先ず戦後二枚目スターの走りはなんといっても「池部良」。身長178cm 立教大学をでて知的なイメージのスマートな役者だった。
 映画の代表作に青い山脈、坊ちゃん、現代人、雪国などがあるが、演技はけっして巧いとはいえず、そのほとんどが柄だけで勝負する二枚目スターそのものだった。
 父は風俗漫画家の池部釣、母は岡本一平の妹で、従姪は安倍昭恵につながる。日本映画俳優協会初代理事長をつとめたが、自身「芝居の下手な二枚目が必要なときは是非私に…」といっていた。二枚目に生まれついたが、いつも大根役者の自覚があり、好感のもてた役者だった。

 178cmの身長をそっくり受け継いだ二枚目スターが「石原裕次郎」だった。放蕩の限りをつくし、兄慎太郎の庇護のもとスター街道をあるいた。足の長さでは戦後第一といわれ、良家の育ちを感じさせながらの不良性と甘いマスクが満天下の子女を酔わせた。賢妻北原三枝さんにも助けられ、筆者もドラマでいっしよの仕事をしたが、ドラマの分かる取巻きに恵まれずいい仕事はできなかった。
 映画では狂った果実、錆びたナイフ、赤い波止場、嵐をよぶ男などあったが、演技的に取り上げるべき作品はなかったし、テレビに転じて後も西部警察などまんなかで報告を受けるだけでみずからすすんでの汚れ役はなかった。結局残したのはスキーやヨットの怪我、正月をハワイで過ごす芸能人のイメージ、とそれに石原プロの炊出しだけだった。

 三人目は極めつけ、なにをやってもキムタクの「木村拓哉」である。アイドル出なので、池部や石原のごとき人間くささに欠ける奥行のない二枚目になっている。好きな男ランキングではいつも首位にあって人気抜群なのだが、普段の表情もかわらず喜怒哀楽の感情に欠ける典型的なアイドル顔がとにかくつまらない。長い間アイドルをしているとこうなりますよ、といった代表的なつまらない顔つきなのだ。
 作品にはHERO、武士の一分、マスカレードホテル、テレビではロング・バケーション等あるが、才能があって素晴らしいというキムタク派と、なにをやってもキムタクだから取り上げるほどでもないというアンチに別れる。内面をもっと充実させないと二枚目馬鹿におちいるだろう。
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2019年12月01日

華やいだ京舞の国立劇場

京舞手打ち.jpg 
 大劇場についたら、いきなり眼にはいったのは冨美代さんの大女将、祇園甲部の総務である太田紀美さんだ。次々と劇場につくお客さんにご挨拶である。ロビーには、椿の柄のK留袖に井菱の金の帯を締めたお姐さん方がならんでお迎えをしている。若いひとは舞台にでるので、引いた人やら上がった人、町方のお名取さんが現役にかわっての接待がかりをつとめている。井上流のお揃いはこうしたひとの波のなかでも結構映える。
 一力亭の女将さんがお客さんを案内している。廣島家のおかあさんは何かにとりつかれたように小走りに目の前を走った。木村咲さん、つる居さん、比路松さん、玖見さんそれぞれ日本一のベテラン女将総出演のお迎えである。チラシだまりに人垣ができているのは多麻の女将さん、「あちこち飛び回ってもあきまへん。ここにいたほうが、お客さんとあえますねん。はっはっはっ。」体重に比例して座りがいい。 ロビーのそこここに、虎屋さんが、月桂冠が、聖護院八ッ橋さんが応援のテーブルを出している。客席についたら目の前にたけ田の女将さんにあった。懐かしい、学生時代からの知り合いである。

 21年ぶりの京舞東京公演。ここ何日かは祇園町はほぼカラッポになる。女将さんから芸妓、舞妓の半分以上がここ平河町の国立劇場にくる。当然の如くご贔屓筋もみな国立に集まる。研究家も数寄者も、関東の踊りのお家元衆もみな集まる。
 祇園町につたわる京舞と称する踊りにおおくの関心がよせられる。花街の舞を超えた日本舞踊の歴史に興味のあるひとにとって、これほど興味深い舞の公演はない。今回も座敷舞としての地唄、上方唄、を中心に一中節、義太夫、そして祇園のみに伝わる手打が上演された。
 能の伝統に人形浄瑠璃が加わり、御殿舞がさらに御所の許しをえて伝承された井上流ならではの舞ぶりが楽しみなのだ。

 番組は舞妓の上方唄京の四季に始まった。葉子師の芦刈には人間国宝になった名生の笛が冴える。地唄通う神、一中節松羽衣、地唄梓と続く。ベテラン芸妓の舞ぶりはさすが、格調高いお茶屋の座敷で何年も鍛えられてきた年輪が舞いに滲み出る。
 まめ鶴さんの梓、流れの身の憂さ辛さ、薄情を恨み、供えられた樒を打杖にして舞う様はまめ鶴さんならではの死霊の凄さ、孝鶴さんフク愛さんの通う神も地唄ならではの晴れやらぬ心を唄って田毎の月にたくした恋心を舞い上げた。
 圧巻だったのは照豊、豆千鶴のお二人による松羽衣、もっとも能の羽衣に近い特徴のある作品だったが、漁夫照豊の抑制のきいた見事さ、天人豆千鶴の美しさが能にあって能にない独特の空気をつくりだしていた。 お家元八千代師と次代安壽子師の三つ面椀久は他流にはない作品でいわずもがな。
 最後の手打ちが圧巻、江戸の頃、ご贔屓役者を先頭に芝居小屋に乗り込んだ町衆やら花街の意気込みが見えて見事、かっての藤十郎さんのごとく役者の大名題をひきつれて舞台入りを果たしたら、さぞや素人衆の喝采を呼んだことだろう。




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2019年11月28日

スーパー・マリオ・パークに期待する

スーパーマリオ.jpg

 オリンピックを飛び越して、2020の話題が賑わっている。
 そのひとつ、ようやく舶来テーマパークに日本製のテーマが登場する。アメリカディズニー映画の世界や、西海岸ユニバーサル映画の世界で喜々として喜んでいる日本人の多さが悲しかった。
 日本にも沢山の物語があるし、伝承も、神話もあるのに何故これほどまでにアメリカの物語をありがたがるのか、戦いに負けるというのは、こういうことか、と突き付けられた現実に歴史の悲しさを見てきた。

 USJに世界初のリアルマリオ・パークが登場する。スーパー・ニンテンドウ・ワールド。ひところ冴えなかったUSJがこのところ集客力で急上昇、ひとえにハリーポッターの充実ぶりで、ここ3年日本のテーマパーク・ランキングでも首位を走っている。
 そこにリアルマリオ・パークの登場で名実ともにディズニーランド越えが現実のものになってきた。

 マリオ・ワールドは所々にハテナ・ブロックがあり、土管もある。山の頂にはゴールポールも見える。世界最先端の技術を駆使したマリオ・カートが眼玉といわれている。マリオが踊り、ルイージが走り、ピーチもキノピオもクッパもみなニンテンドウの開祖とばかりにがんばつていることだろう。大阪で成功させ、次はオーランド、ハリウッド、シンガポールの各ユニバーサルスタジオにも登場するという。

 いつか世界のテーマパークに、かぐや姫、桃太郎、花咲じじい、戦国バサラ、ポケモンなど日本由来の物語が登場した奇跡のニッポン・テーマ・パークが世界の人々から愛される日を夢見ている。
 アメリカ映画の作り話より、にほんの伝承や童話のほうがよほど面白いし、楽しくもある。

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2019年11月26日

オジサンがっかり女優ベスト5

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 憧れの芸能人が結婚したからと言って、○○ロスと称して飲んだくれる男性は意外に多いらしい。憧れの芸能人に託した見果てぬ夢が破れたと、本当に思っているフシアワセな人々が何時の時代にも多いということなのかもしれない。

 ことしも多くの芸能人が結婚した。かって芸能人は手の届かないところに住んでいるバーチャルな存在だった。情報化時代になって極端に距離が短くなった。となりのオネェチャンがオッパイだしてグラビアに登場している。日曜日に原宿を散歩してたら、オスカーとかいう会社の人にすれ違って、次の日曜日にはテレビにでていた。そんな事情のなかでもいい歳をしたオジサン達をガッカリさせた○○ロスな女優さんベスト・ファイブを上げてみた。

 第一位はダントツで「壇蜜」、マイナーなカルト漫画作家清野とおると結婚した。一日中マスクをした変な男だ。共に風呂に入っても、壇蜜がそこにハダカでいるのはリアルでない、といつて近寄ってこない、という変態野郎だ。壇蜜のそこはかとない色気になにかを期待していたオジサン達を裏切ってまで結婚するほどの意味が、何処にあったのかオジサン達にはリアルでない。

 第二位は「菊池桃子」だ。経済産業省経済産業政策局局長新原浩朗なる60歳の役人と再婚した。日曜日の夕方、西田敏行と掛合で放映してる「人生の楽園」での菊池桃子の優し気な声に癒されてきたオジサン達のなんと多かったことか、二人の子供をかかえ子育てをしながらのかってのアイドルシングルマザーに、ひそかに声援を送っていたオジサンたちを絶望の奈落に突き落とした。よりにも拠ってパワハラ体質の上級国民と再婚では、中級国民のオジサン達は世間の冷たさを感じている。

 第三位は「多部未華子」、写真家の熊田貴樹と結婚した。「これは経費でおちません」サラリーマンなら一度は経験している、これは経費でおちません、の歯切れのいいセリフに魅せられた筈だ。出張精算ゃ接待経費でいつも苦労していた若き日が、彼女のセリフとともによみがえってきた。経理部の彼女の計らいで暗黙に経費でおとしていた、社内恋愛の3年間の思い出がリアルに返ってきたオジサンもいるだろう。

第四位は「蒼井優」、魔性の女と言われ、共演した二枚目は必ず餌食になった大森南朋、鈴木浩介、三浦春馬、V6の岡田准一、最後の仕上げが漫才の山里亮太とは、麻薬ならぬ煙草の害にでもやられたのだろう。魔性というよりアバズレの末路に相応しい結果とオジサン達は喜んだに違いない。

そして第五位は「滝川クリステル」、サイボーグのような彼女がえらんだのが小泉進次郎、政策能力のない見た目だけの小泉に、これまた見た目だけのクリステルがよく似合う。イギリス人振付のお・も・て・な・し以外なんの実績もない彼女では、外人なら何でもいい中味に関係のないオジサん達がロスなのだ。
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2019年11月22日

カップ焼きそばは文化に違いない

焼きそば.jpg

 多分日本中に「不幸」が蔓延していたのだろう。突如として「幸福駅」のブームがやってきた。北海道のどこやらに「幸福駅」という駅があって、「幸福駅行」という切符がもてはやされた。勿論「幸福駅発」でもよかった。1974年のとし。ツィギー来日に始まったミニスカート・ブームも飽きられ、銀座通りにはロングスカートのお嬢さんが埃を吸い上げて歩いていた。

 その年の暮れ、「幸福駅行」の一枚の切符と、折から発売された「カップ焼きそば」を鞄に忍ばせて京都へ向かった。いくら電話で話しても信用してもらえなかったからだ。「お湯だけで焼きそばができる筈がない。お兄さん、夢見てるのと違いますかー」よしそれならばと、集まった祇園の芸妓衆に、お茶屋の片隅でお湯を注いで5分待たせたのだった。
 「ヒャーほんまや! 焼きそばの味してる。焼きそばやんか。でもこれ身体に悪いとちゃいますか?」面目をほどこし、追討ちをかけるがごとく幸福駅行の切符を配って、祇園町を後にしたのだ。

 以来お湯で作る焼きそばはこの国に定着した。「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」という本が話題になっているとデスクから聞いた。だからどうした、というバカバカしい本です。と彼女は言うが、テレカクシと思い読んでみた。たしかにバカバカしいと言えなくもないが、比較文化の視点から読むと、興味の奥行きは深い。

 川端康成は……遠くからかすかに湯切りの音がきこえてくるような気がした。わけもなく涙がぽたぽたと落ちた。
 三島由紀夫は……美味い。そうだ。私は自分の食欲を恥じていた。しかし確かにこのとき、私は私の内部にある罪の意識と和解できたのだ。麺をかき込みながら、明日も食べようと私はおもった。
 宇能鴻一郎は……ソースをかけて、箸で、ズルズルって食べると麺がムッチリしていてあたしの柔かい唇が水気で濡れました。ゴクッて飲み込むと、体が火照って気持ちのいい震えが爪先から駆け上がってくるんです。クラクラッとして、なんだかパンティをかえたくなっちゃって。あたし、タイミングを見てトイレに行きました。

 文化とは、暮らしの役にたたないところがとてもいい。
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2019年11月21日

「悪魔のおにぎり」に戸惑う

悪魔のお握り.jpg

 不覚にもこうしたものが売り出されていることをしらなかった。
 今日のお昼のメニュー何かありますか? と問われ、何もないと答えたところ、差し出されたのがこれだった。
 やみつき注意!! 「悪魔のおにぎり」 天かすと青のり入りめんつゆ混ぜご飯 悪魔的なうまさ のひとつと、新発売! 焼肉のたれでやみつき注意!1 「悪魔のおにぎり」 牛そぼろ、卵そぼろ、刻みのり、白ごま、焼肉のたれ入り混ぜご飯であった。
 コンビニのお握りの進化についてはかねがね話題になっているので、さらに美食の罪の方向にむかっていると合点して口にしたところ、このお握りはまったく方向の違うお握りであった。

 コンビニというアメリカの業態から始まった店に、しっかりと「おにぎり」がいずわったのは奇跡かもしれない。コンビニ各社それぞれにこだわって宣伝にはげんだ。まず始まりは「米じまん」、負けてたまるかとばかり「海苔じまん」、ついに新フックラ包みなど「包み方自慢」にいたった。具の変化も鮭の定番から明太子になり、いまでは複合的具自慢になっている。 「手巻きつなマヨネーズ」「具たっぷり牛カルピ」「いぶり焼き肉巻き」「熟成仕立て紀州南高梅」などなど、母のにぎった梅にぎり、塩むすびしか知らない世代はうろたえるのだ。

 その上、お握りに悪魔が登場するとは、対応にとまどうばかり。
 我々の悪魔はドイツ伝承のあのファウストに登場する魂の狩人にほかならない。魂と引き換えに果てしない知識と現世の幸せをくれるあの悪魔である。芥川龍之介には「煙草と悪魔」という喫煙をもちこんだ悪魔のはなしがあるし、タロットカードにも欲望に忠実な悪魔がいる。悪魔の美しさはいつも淫らな存在にあった。

 お握りの悪魔はさほど文学的でもないし、美食の罪にとわれるほどのものでもない。単なるコピーの遊びにしては重すぎる。更によく見ると、HIKAKIN & SEIKINの文字とふたりのサングラス・スタイルが印刷されている。
 このふたりがそれほどの存在と、知らなかった自分に恥いったお握りであった。 
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2019年11月20日

牛肉から人工肉へ

ビヨンドチキン.jpg

 代替肉、人工肉の世界が荒れている。
 動物由来の肉を食べることを止めて、植物由来の肉を食べることにしようと食の革命が起きている。
 BEYOND MEAT 人工肉を専門に製造しているカリフォルニアの会社が主役だ。商品名はビヨンド・バーガー、ビヨンド・ビーフ、ビヨンド・ソーセージ……いちばん先にとびついたのはケンタッキー・フライド・チキン、アトランタの店でビヨンド・フライドチキンを売り出した。

 米国内には宗教的な理由から動物の肉を食べない人たちがいる。
 総人口の5%が肉や魚を食べないベジタリアン、さらに肉魚に加え卵、乳製品、蜂蜜も食べない3%のビーガンがいる。こうした人たちのためニューヨーク辺りのレストランでも、ベジタリアンのためのメニュー、ビーガンのためのメニューが用意されている。
 ビヨンド・ミートは今年の5月、ナスダック市場に上場され話題をよんだ。上場初日に163%の値上がり、その後235%の高値をつけた。

 従来、ビヨンド・ミートとインポシブル・フーズの二社が苦労して開発してきた人工肉市場に大手メーカーが次々と参入してきた。
ネスレ、ケロッグ、クローガー、さらに食肉大手のタイソン・フーズなどが、市場参入してきたのだ。

 日本は世界に誇る松阪牛やら但馬牛、山形牛など手塩にかけた飼育で太平楽を決め込んでいるが、そのうちステーキチェーンやら俺のステーキあたりで、人工肉まつりなど始めたら、意外にいけるぜ、ハーブのかおりのステーキもなかなかいいもんだと、あっという間に人工肉市場ができるのではと、余計な心配をしている。
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2019年11月18日

クリスマスはヴッシュ・ド・ノエル

パリブッシュドノエル.jpg

 日本ではラーメン・コンテストとご当地B級グルメ争いが盛んに開かれる。
 フランスは食べ物のコンテストといえば、毎年決まったようにエリゼー宮に届けるバケットと、チョコレートのコンテストが開かれる。それにコンテストではないが、9月初めに一斉に発表されるクリスマスのためのヴッシュ・ド・ノエルがパリジェンヌ達の話題になる。

 12月の雑誌のグラビアや話題になるためには、9月に発表しないと、締切に間に合わないという都合もある。今年のクリスマスのために、といっても丸いカタチのホールケーキはパス、丸いクリスマスケーキは、お子様ようのケーキであって大人の味覚、感性に対応したケーキとはみなされていない。
 話題になるのは伝統的なヴッシュ・ド・ノエルのみで、高級ホテルやら有名ショコラティエ、パティスリーで発表会が開かれている。

 プラザ・アテネ、ムーリス、ジョルジュ・サンク、ホテル・リッツ、マンダリン・オリエンタル、などの五つ星ホテルからピェール・エルメ、クリストス・ミシャラク、セドリック・ゴレ、ピエール・マルコニーニなどの作家たち、あるいはラ・デュレやコレット、プーシキンなどのパティスリー、バリ市内だけでも数十ヶ所でヴッシュ・ド・ノエルのプレゼンテーションが開かれる。

 チョコレートplusワンだけのシンプルなケーキ、あるいは作家のモチーフにこだわったキツネ型、グレーカラーに星だけ、月のかたちの四重唱、アートアートの前衛派、ヴュシュにチョコレートのリボン等々、シンプルな伝統の造形にほんの少し大人のセンスを加えたものが圧倒的に多い。
 グルメ記者たちは見た目だけではなく、食べた印象まで記事にしなければならず、糖尿の危機にさらされなかせら、ヴッシュからヴッシュへと飛び回っている。
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2019年11月17日

麻薬がないと生きられないエリカ様

エリカサマ.jpg

 あのエリカ様が麻薬所持で逮捕された。
 テリー伊藤は、日本芸能界の宝だとか、明日の吉永小百合とか、女優として唯一無二の存在だとか、しきりに残念がっていたが、彼女の日頃の行動をみれば、薬物常用者のいかがわしい芸人としてしか存在はなかった。

 かの映画クローズド・ノートの完成記者会見に於ける「……別に、……別に、」の態度は、高慢無礼を絵にかいたような思い上り会見だった。
 高城剛との結婚でも明治神宮からハワイ、そしてスペインへと、まるで犯罪者の逃避行のごとき様相をていしていた。何年かの休養を挟んでひさしぶりの仕事復帰、映画ヘルタースケルターでの、精神を病み、心身ともに破滅に向かう役柄への傾斜ふりも異常者としかおもえない没入ぶりだったといわれている。

 彼女が持っていた「合成麻薬MDMA」は、俗にエクスタシー、バツ、タマと呼ばれ、あちらではゲートウェイ・ドラッグと認識されている入門薬だ。皮膚感覚が極端に鋭敏になるため、性行為時に用いられることが多く、乱用しつづけると精神錯乱、記憶障害を引き起こし、ときに死にいたるという薬物である。興奮作用と幻覚作用を併せ持った陶酔感をえられることから、クラブなどで若者の集団乱用が密かに広がっていると言われ、パーティドラッグの地位を確立していると伝えられる。

 いずれにしても薬物使用は精神の軟弱な芸能人に多々みられる病根なのだ。仕事のストレスは誰にでもある。
 芸人だけが異常なストレスにまみれて薬物に走るという言訳は、性格破綻者の甘ったれた理屈である。
 この薬が伝説になるかもしれない、そう発言するテリーもまた共に刑務所にはいったらいいだろう。
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2019年11月16日

16歳の少女を動かしている裏社会

グレタ嬢.jpg

 「……私たちは大量絶滅の始まりに直面しています。……裏切るなら絶対許さない! 」
 16歳の少女涙と怒りの訴え! 北欧スェーデンのグレタ・トゥーンベリ嬢は英国プリムスの港からヨットに乗ってニューヨークに乗り込んだ。ヨットはソーラー・パネルと水中タービンを供えたCO2の排出をしないレーシング・ヨットだといわれている。

 少女は国連気候行動サミットに登場して、華々しく演説を行った。
 オーストラリアのスコットモリソン首相は出席しなくてよかった。ヒスを起こして地球の終りを絶叫する子供のレクチュアは要らない、と言い捨てている。
 気候のための学校ストライキとか、二酸化炭素排出量の少ないライフスタイルを実践している間は良かったが、行動が世界規模になるとともに彼女の後ろにいる人物・団体が話題にのぼるようになった。

 ひとつは反政府系極左組織アンティファを疑うもの、そしてもうひとつは中国系アメリカ人の工作にのっているというものである。
 グレタ・トゥーンベリが口を極めて責めるのがアメリカで、現在世界一の温室効果ガス生産国の中国についてはひとことも触れない。これはとても不自然なことで背後に控えているのは中国とみずから告白しているようなものだという説がある。
 ヨットに乗った三人の乗員は飛行機で往復しているし、メンテナンスを含めれば莫大な経費が掛かっている。今後のグレタ・トゥーンベリの行動計画をみてもとても16歳の少女の計画とは思えないというのが、その筋の推測である。
 アメリカ大統領選への思惑が、CO2を武器に蠢いて国際政治の暗部が透けて見えるという話なのだ。ヒステリックな少女の演説に素直に反応している日本人はまんまとピエロになっているかもしれない。
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2019年11月15日

花見の嫌いな野党のオバサン

内閣花見.jpg

 日本人も随分ギスギスしてきたものだと思う。
 花見の会にケチをつけて追及するという野党のおばさんには、「花を愛でる」日本人の心がないのだろう。この際、内閣が新宿御苑なら、野党は飛鳥山で花見をする、ぐらいの風流心をもてば、すこしは左翼にも賛同する日本人がふえることだろう。
 花見は四季に恵まれた日本人にとって、春を祝う貴重な通過儀礼だし、国家に殉じた人を供養したいひとは靖国神社で、天皇とともにのひとはお堀端で、色恋沙汰なら目黒川、単純に桜にかこつけて飲みたい人々は隅田堤でというふうに、それぞれ楽しく花見をしたらいい。
 ひねくれた孤独のマスコミ人にはガード下の飲み屋が似合う。

 税金を使うのが許せないのなら、内閣府の金だけでなく、政党助成金の用途にも厳しい眼をむけるべきだ。離合集散を繰り返すたびごとに何億もの金が行方不明になり、勝手に足が生えてどこかにいっている。

 どうしても金を使わせたくないのなら、それこそ電通、博報堂に依頼して、同じ場所、同じ時刻に「全国おでん市」やら「日本酒大顔見世市」でも立ちあげて競わせたらいい。そこで総理盃でも立憲杯でも出して景気付けをしたらいいだろう。
 日本中が花見に浮かれている間に、尖閣に国籍不明の上陸があったりして、初めて国防の重要性に気がつくのだろう。
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2019年11月14日

武蔵小杉タワマン糞尿譚

武蔵小杉タワマン.jpg

 あの武蔵小杉が汚水にまみれてしまった。おりから水の都ヴェネチアでも異常な高潮におそわれたが、ふたつの浸水を比べてみるとあきらかに印象がことなる。
 武蔵小杉は多摩川の満水で、下水が逆流し武蔵小杉自慢のタワマンが機能不全におちいった。ヴェネチアも下水処理は目の前の海なのだから、条件はおなじようなものだが、サンマルコの広場は臭くない。武蔵小杉は臭かったのだ。
 その上、地下にあった送電施設もやられ、エレベーターは止まり、超高層の住人たちは途方にくれた。いま住みたい街のベストテンに入り、意気軒高だった武蔵小杉は思いもかけぬ災難にまみれた。

 多摩川の河川敷にあったこの街が、急速にタワーマンション街になったのは、鉄道のおかげだつたともいえよう。東急東横線とJR南武線しかなかったところへ、各社の思惑から東横線と目黒線が接続され、さらにJR横須賀線の新駅ができ、湘南新宿ラインもとまるようになり、実に13路線が利用できるところから、急速に郊外都市として伸びてきた。
 中原街道の宿場だった武蔵小杉が、もとは河川敷という地相を忘れてつぎつぎとタワマンを建て、天井川といわれていた多摩川との高低差を甘くみたツケがまわってきた。

 開発業者の群がった証明はタワマンの名前を見ただけでもよく判る。
 パークシティ武蔵小杉ザ・ガーデンタワーズ イースト&ウェスト(53階建て)
 プラウド・タワー武蔵小杉(45階建て)
 エクラス・タワー武蔵小杉(39階建て)
 パークシティ武蔵小杉ザ・グランドウィングタワー(38階建て)
 シティ・タワー武蔵小杉
 リェトコート武蔵小杉ザ・クラッシータワー&イーストタワー(45階建て)
 ザ・コスギタワー(49階建て)
 パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワー(59階建て)
 パークシティ武蔵小杉ステーション・フォレストタワー(49階建て) さらに建築予定5棟
 駅前に突如現れた人口3万人のタワマン街だが、年寄りはまず迷子になる。願わくば下水が多摩川に放流できる設計をお願いしたいし、多摩川の越水があっても停電にならない、エレベーターの動くタワマン街であってほしい。 
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2019年11月12日

「独身の日」のナンセンス

中国独身の日.jpg

 11月11日 この日中国では「独身の日」、正式には「光棍節」の日、もともとは独身を揶揄するところから始まったようだが、いまではパーティをひらいたり、結婚相手をさがしたり、転じて贈り物を盛大にするという商業的な祭事になってしまった。

 生涯環境について考える日が、商売振興にすり替わったあたり、中国共産党はどう理屈をつけるのか興味がもたれる。

 独身の日は、中国ネット・ショッピング最大のイヴェントになった。
 この日ネット通販最大手の「アリババ集団」は、開始一時間で、売上1000億元、日本円に直すと 1兆6000億円に達したと発表した。
 つまり独身の日は、爆買いの日となった訳である。

 この中国の狂騒曲を横目でみていたソフトバンクは、「いい買い物の日」と銘打った輸入祭事を始めた。物の溢れた日本で、いくらソフトバンクが煽っても、消費増大にはつながらないだろうというのが、市場筋の見方でもある。
 車はイラナイ。テレビもいらない。結婚式もしたくない。贅沢はしたくない。マンションも買いたくない。日々健康に暮らせればそれが一番。
という醒めた日本の若者に火をつけるのは、社会構造そのものに手をつけるしか方法はないのかもしれない。

 注意しなければいけないのは、人民元の金額がいくら大きくとも、国際的にはまったく通用しないお金であるということだ。
 中国はいまやドルが枯渇して、国際的な流通市場では最大の不良資産国になっている。共産党政府はうしろに15億の人口市場をひかえた最大のマーケットだと宣伝して外資誘致を展開しているが、その罠に引っかかったら最後、中国市場でかせいだ金はすべて抑えられて持ち出し禁止になる、恐ろしい国である。
 日本の財界人のなかには、体制の違う中国への理解が乏しく、正常なビジネスができる大きな市場だとカン違いしているオバカが存在している。
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2019年11月11日

中国人花嫁に占領された雲場池

中国人花嫁.jpg

 ひさしぶりに晩秋の紅葉をもとめて、軽井沢町内をうろうろした。
 観光案内の紅葉はまず「雲場の池」なので、日の出後30分ぐらいの木漏れ日を期待して訪れた。すでに3組の花嫁さんが中国からお出ましになり、それぞれカメラマン、スタイリスト、美容師をつけてポーズをなさっているのに驚いた。
 中国の花嫁達の結婚式前の写真に対する情熱には感服のほかない。
 パリ・エッフェル塔のまえでも、モンマルトル・サクレキュールの丘でも、ルーブル宮の中庭でも、とにかく中国の花嫁姿に出会う。
 一様に伝統的中国衣裳ではなく世界標準の貸衣裳風なところが面白い。日本も中国もそれぞれに素晴らしい民族衣装をもちながら、自己のアイデンティティーを失い、白い貸衣裳風を選択しているのが、グローバルとやらの戦略なのだろう。
 若い世代が自国文化への執着を失い、一律に安手のグローバルに向かっているのは、不思議な風景である。

 ところで今年の紅葉は著しく美しくない。いつもならヤマウルシやナナカマドの深紅から始まるのに、そこがとても曖昧なのだ。
 軽井沢ならではのドウダンツツジも赤に鮮やかさがない。すすきの穂もそろって風を受ける風情にかけている。イロハモミジの紅葉もあっという間のできごとで、いつもながらの秋の景色にならずぼろぼろと落葉している。
 枯れ始めた黄葉と中途半端な紅葉と晩秋の落葉松の黄葉が無秩序にみだれている。こんなに美しくない晩秋は初体験だ。

 テレビでは、ついこの間まで適応障害ででてこれなかった雅子皇后が奉祝行事に涙していると、評判をよんでいる。嵐のファンと令和天皇ファンが合体して祝賀御列の儀に感動しているが、これで日本の明日は本当に大丈夫なのか、少しばかり不安である。

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2019年11月10日

即位礼祝典曲のポピュリズム

宮城前国民式典.jpg

 …君が笑えば 世界は輝く
  誰かの幸せが 今を照らす
 
 ジャニーズのコンサートのフィナーレ曲かと思った。即位の礼祝典曲ときいて驚いた。

 …大丈夫 鳥は歌っている 大丈夫 空は輝いている
  大丈夫 水は流れている 大丈夫 海はひかっている
  大丈夫 君と笑っている 大丈夫 君と歩いていこう

 パラリンピックの応援歌としてはいいかもしれない。令和の新しい御代に捧げる祝典曲に…大丈夫と歌いかける目線はなんだろう。
 不安があまりにもおおきいので、大丈夫、大丈夫と歌いかけているのか。それとも自信過剰なのか。
 即位礼祝典曲のレベルの低さに呆れた。

 作詞が岡田恵和と聞けば致し方なしともおもうが、令和時代への祝典曲としてあまりにも世界観がない。安っぽく耳障りのいい言葉をならべただけの低次元の祝典曲だった。音楽史のうえには数々の祝典曲があるが、これほど志の低い祝典曲はない。
 1999年の即位10年のX JAPAN、2009年 即位20年のEXILE 2019年三浦太知と続いた祝典演奏もそろそろこの辺で、世界レベルの祝典演奏に切り替えたらいいだろう。
 いつまでもポピュリズムに迎合した祝典曲はうんざりである。
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2019年11月06日

天然コンブ絶滅の危機

天然昆布.jpg天然昆布.jpg

 北海道の海に危機が迫っている。天然コンブが絶滅状態で、とってもとっても十二分にあったコンブの姿がみえなくなったのだ。
 ついこの間まで漁場は自宅のまえの海といっていたのに、目の前の海からコンブが姿を消したというのだ。コンブが林をなしていた海の底は真っ白になった岩肌がつづき、小型船で遠く知床半島の付け根までいってようやくコンブをみつけるといった悲惨な状態になっている。

 目の前の海はコンブの宝庫、獲りに行く人手がないのでホッてあるといっていたのは、つい十二、三年前のことだったが、いまやコンブ漁師は漁協への借金も返せない、どうしたらいいかと茫然自失している。

 海水温の上昇、集中豪雨、大型台風、地震、津波、そして猛暑と漠然としたこころあたりはあるものの、ちゃんとした説明はつかず、この状態がつづくと北海道のコンブは消失の運命にあると、北大の研究室はいっている。ホタテ、サケに続く北海道の特産品が姿を消す。

 北海道のコンブがなくなるということは、日本料理の崩壊につながる。出汁の食文化でいま世界中のグルメから注目をあびている日本料理の土台を失うことを意味している。カツオとコンブがなくなったら日本料理の職人たちは手足をもがれたも同然といえよう。
 ダシ用の最高級コンブ羅臼昆布も、海底湧水にそだてられてきた利尻昆布も、みな突然に姿をかくしてしまった。

 日本人は結婚、正月、誕生などお目出度い時には、必ずと言っていいほど縁起物として昆布を飾ってきた。命の長からんことを願い、共にヨロコブという民間信仰のシンボルを務めてきたのが、昆布だった。
 その昆布が北の海からきえるのは、日本人の暮らしの明日を予感させて、なんとも暗い気分になる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする