2020年11月28日

寺山修司 V・S 中田喜直

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 寺山修司に再会した。
 中田喜直没後20年の記念コンサートで、かってお二人のつくった作品「男と女のモノローグによる詩的オラトリオ・木の匙」の演出としてのこと。
 喜直先生の作品とは昨年真理ヨシコ・コンサートで遭遇し、中田喜直のメロディの深さをあらためて味わった。

 寺山修司の作品とは、1969年に書き下ろしてもらった「ミュージカル・涙のびんずめ」以来のこと。
 うれし涙から悲しい涙、ひとりぼっちの涙まで、いろいろな涙を売っている「涙のびんずめ」屋が舞台だった。ポスターを描いてくれたのは、若き日の横尾忠則さんだった。

 俺は汽車のなかで生まれた。だから故郷は汽車のなか……そんな言葉を口にしていた寺山らしく、男と女のはざまに吹くさびしさについて描かれている。男と女の存在について、あたり前のむなしさが主題になっている。
 夏がくると妻を置いて旅に出たくなる男、悲しくなったときは海を見に行く女、人生はいつか終わるが、海だけは終わらない。 ひとりぼっちの夜も海を見に行く。
 寺山修司の斜にかまえた人生観と中田喜直の真っすぐな作曲がアヤをなした作品だった。

 ウィーン育ちの田口久仁子・田口宗明夫妻の演奏も味があり、ピアノの織井香衣さんの音響効果にたいする神経が繊細で嬉しかった。
 中田喜直夫人が、「 いままでこんなに良い作品だとは思わなかった、」と呟いていたので、多分上演は成功だったのだろう。
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2020年11月25日

昭和の御用聞き

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 買物マニュアの女子アナと、生活感のない金髪青年が、朝のテレビでワイワイやっていた。
 老人社会になって「買い物弱者」が増え、大変だというのが話題の中心、そこに山間僻地の移動スーパーが登場し、これこそ買物弱者への助け舟という結論のようだった。

 昭和の頃はそんな心配はいっさい無用だった。
 日々午前中に、勝手口へいろいろな人がやってきた。
 「コンチワー、今日の御用は?」「そうねぇ、…お魚は」「身のしまったブリがはいってますが、刺身でも煮魚でもいけます」
 「コンチワー、米やでーす。」「あらお米は足りてるんじゃないかしら…」「いえ、そろそろお正月なで、お餅の御用を…お鏡の数と伸し餅を」
 お肉屋さん、豆腐屋さん、八百屋さん、師走の音が近ずくと町内の鳶のひとまで門松やお飾りの数をたしかめに勝手口へきた。
 子供心に勝手口というのはそうした御用聞きの人達のためにあるものとおもっていた。

 時が進んで、あらゆるインフラが整っている筈なのに、日常生活が営めないそんな世の中になっていることが不思議だ。
 御用聞きという老人にも健常者にも優しいシステムは何処かへ消えてしまった。スマホやパソコンでは役にたたないことが沢山ある。
 目先の利益ばかりを追いかけているうちに、足元がみえなくなっているのだろう。
 昭和の御用聞きは、街の情報から季節の移ろい、冠婚葬祭いろいろな情報とともに老人の体調まで案じてくれ、ときにはお医者さんを呼びに行ってくれた多機能で心のかよった訪問者だった。買物弱者だけでなく、生活弱者にとっても、御用聞きは有難い存在だった。
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2020年11月20日

銀杏の黄葉が美しい

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 ひさしぶりに秋の東京と向かい合った。
 銀杏の黄葉の美しさに溢れていた。皇居のまえ、霞が関の辺り、神宮外苑どちらをむいても銀杏の黄葉が見事だった。
 黄色い葉をとおして降り注ぐ秋の陽の光の束が、コンクリートの街を黄色にそめて、ほんとうに美しかった。

 子供のころ、本郷東大のまえの西片町に住んでいた。
 秋の終りの大風のあくる朝、決まってちいさな笊を手に校内の奥にある三四郎池にむかった。池の水面には銀杏の黄葉が溢れていた。
 つよい匂いを避けながら黄色くそまった道のぎんなんを拾った。笊はたちまちいっぱいになり、嬉しさをかみしめながらふかふかの黄色い絨毯の帰り道を急いだ。
 ぎんなんを割り、ちいさな鍋でいる火鉢のまわりが嬉しかった。焼いたぎんなんはちいさな秋のご馳走だった。

 「鐘つけば 銀杏散るなり 建長寺」 夏目漱石 
 この元歌から正岡子規の有名句が生まれた。 「柿くえば鐘が鳴るなり 法隆寺」
 いまでは子規の句が元句のようになつているが、親友漱石への畏敬から生まれた句ときけば子規の漱石への傾斜が伺える。
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2020年11月16日

藤十郎さんの大往生

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 大名跡4代目坂田藤十郎さんが亡くなられた。
 筆者は同じ年齢だったので想いは多く、芝居は勿論のこと、天下にとどろく艶名、若き頃の勉強ぶりなど、やまほどの敬意と思い出がある。
「一生青春」を座右の銘に、晩年まで輝く色艶を持ち続けた藤十郎さんは稀有な存在だった。

 なかでも若き2代目中村扇雀の頃の舞台は忘れられない。当時歌舞伎の表現理論で右にでるものがいなかった武智鉄二とともに作ったいくつかの実験歌舞伎から受けた瑞々しい衝撃は、その後の歌舞伎鑑賞に決定的な影響をうけた。観客を引き付ける圧倒的な魅力のなかに明日の歌舞伎への情熱が充ち溢れ、若い演劇青年たちは涙あふれる感動にふるえた。

 後年「坂田藤十郎」という元禄歌舞伎の名跡を継ぐという報にふれたとき、さもありなんと若き日の扇雀さんの横顔を思い出した。

 花街でも藤十郎さんは人気者だった。祇園町では「ボンちゃん、ボンちゃん」と呼ばれ、芸妓衆や舞妓ちゃんから愛されていた。時にスクープされても誰も咎めることなく「ボンちゃんのおいたが過ぎて……ホホホ」と笑い話ですごされていた。

 今頃天国のボンちゃんは、戦後の歌舞伎界を支えて扇雀、鴈治郎、藤十郎と駆け抜けた一生を、悔いなく数えていることだろう。まま父親の二代目鴈治郎さんと艶話に興じて笑っていられるかもしれない。       合掌
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2020年11月14日

皇室を忘れた眞子さま

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 秋篠宮家の長女眞子さまの「お気持ち」の文書発表を見て驚いた。
 そこには皇室の一員として生きてきた生い立ちへの認識がまったく見られない。将来天皇になられるかもしれない弟宮への責任感もない。
 平凡な一般家庭に育った娘が発した結婚願望とまったく変わらない文章がつづられていた。
 この文章を平然と発表する宮内庁は勿論のこと、こんな娘に育てた環境の無責任さには暗澹たる思いを抱くのみだ。
 自分自身が皇室という日本人全体にとってかけがえのない存在の一部だということへの意識がまったく見られないのだ。

 キリスト教というミーイズムの学校に学ばれてこんな娘になったのか、自由に本人のいいようにというよく言えば個性主義の家庭環境か、皇室学をきちんとレクチャーしてこなかった宮内庁官僚の責任かわからないが、いずれにしても「幸せな時も不幸せな時も寄り添え合えるかけがえのない存在であり、結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」と結婚への変わらない思いを示された、と発表にある。

 皇嗣殿下家の長女として皇室について考えが及ばないのはたいへんに不思議なことだ。国家神道の箍は敗戦とともにはずれ、宗教上の責任は免れたが、倫理的、道徳的な日本国統合の象徴として絶えずわすれてはいけない規範がある。その規範に照らして「小室圭とその母の振舞い」がふさわしくないという想いに至らないとすれば、「暗愚の姫」といわれても仕方あるまい。
 天皇の姉になるかもしれない立場に、ついてまわるのは日本人の道徳規範にあわない悪しき噂なのだ。

 GHQ司令部が画策した日本からの天皇制排除が、昭和天皇の人柄によって維持の方向にかわったにもかかわらず、半世紀たったいまこうした眞子さまの生き様によって、天皇はいらないという思いが国民の間に広がったら、この国は取り返しのつかない不幸に見舞われる。
 世界で唯一の天皇をいただく日本人の喜びは雲散霧消してしまうのだ。

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2020年11月13日

表現の自由とイスラム教徒との闘い

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 フランスとアラブ諸国の関係に危機が迫っている。
 マクロン大統領は「表現の自由は絶対に守らねばならない。なぜなら1789年のフランス革命以来我々が血の代償を払って手に入れたものであるから。風刺や批評を失った文明は我々にふたたび暗黒をもたらすだろう。」
 この声明に対し、トルコのエルドアン大統領をはじめ、パレスチナのハマス、イランのハッサン・ローハニ大統領など50ヶ国以上のイスラム協力機構が噛みついた。「フランスの特定の政治家によるイスラム世界とフランスにとっての有害な談話である。」 
 クウエートやカタールでは、フランス製品の不買運動まで起きていると伝えられる。

 原因は2015年に起きたフランス風刺雑誌「シャルリー・エブド」によるイスラム教預言者ムハンマドの風刺画である。
 イスラム狂信者がシャルリー・エブド社に殴り込み、編集スタッフ、画家、など12人を殺戮した。以来シャルリー・エブド社はへこたれることなくイスラム教の預言者ムハンマドに対する風刺を続けてきた。

 2015年のシャルリー・エブド社襲撃についで、
 2020年10月16日にはパリ郊外の中学校教師サミエル・パティさんが首をきられて殺された。
 同じく10月29日には、ニースのカソリック教会で、イスラム教徒により男女3人か、殺害された。

 預言者への冒涜だといって風刺画をけっして許さないイスラム世界の価値観が真っ向からフランスの文明に挑んできた。
 フランス側も風刺や批評は我々の権利であると主張し、一歩も下がる気配はない。
 表現の自由が勝つか、宗教の尊厳が勝つか、共産主義と資本主義の対立にも似た世紀末の争いである。


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2020年11月11日

11月軽井沢ぶんか組のお知らせ

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 11月軽井沢ぶんか組のテーマをお知らせします。
 映像タイトルは「Paris et Paris」パリが何故世界一の観光都市になったかについて検証します。
 パリにある三つの凱旋門に始まり、パリ近郊にある未来都市ラ・デファンスの表情、更にかってパリのワイン倉庫街だったヴェルシー・ヴィレッジの再生計画、
オスマン知事によって造られたオぺラ座を中心にしたパリの都市計画、劇場を中心にした文化都市の建てつけと、夜のショウビジネス、さらに街じゅうにある市場の実態、花市,小鳥市、古本市、ぼろ市の数々、さらにタウンウオッチングすれば16区に点在するアールヌーボー時代の建築群など。
 パリヂャンの生活の現実から娯楽の興味など、すべてがパリの魅力につながっている事についてお話します。
 そこにはフランス人の考える都市生活の魅力があふれています。

 日時 11月15日 14時から 軽井沢・しののめ・Cafe 来美 参加申込 ☎0267-31-5110
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2020年11月10日

アメリカ・メディアの没落

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 アメリカ大統領選挙を日本の大統領選挙のごとく連日賑やかに報道していたのは、この国のメディアだった。結果は民主党のバイデン候補が勝利をおさめたが、トランプの振舞いはなんとも後味のわるい印象を残した。
 実はまったく関係ないようなものだが、コロナ対策に於けるトランプの態度やメキシコとの壁や黒人運動にたいするトランプのリアクションが、国民の一部から毛嫌いされ敗戦の原因をつくった。
 イスラエルとアラブの和平調停や、中国封じ込めについて歴代大統領が手をこまねいていた難問をつぎつぎと解決したのはトランプ大統領の功績だったが、ときたま見せる大統領の下品なふるまいが、エリート層からきらわれたのはたしかだ。

 それにしても今回の選挙であきらかになったのは、アメリカ主要メディアのでたらめな報道だった。
 とくにニューヨーク・タイムス、CNN、ワシントン・ポストなどの報道ぶりは眼をおおうばかり、黒人の支持を失い、ヒスパニックの支持も失ったトランプは、決定的な敗北を喫するだろう、という連日に及ぶ予想報道は全くの出たらめだった。蓋を開けてみれば、トランプは初当選時より、黒人層からもヒスパニック層からも票を伸ばしていた。BLMの運動についても、トランプの作為的発言とされていたFOXニュースのほうがよりファクトに近かったということだ。
 にもかかわらずバイデンに負けたトランプは、目の前のコロナの影響を読み違えた。トランプはコロナに対し絶えず中国の原罪ととらえ対応していたが、国民にとってはそんなことより、目の前の巨大な感染症にたいして、という現実のほうが優先していたということではなかったか。
 そのことは日本での現実をみてもよく判る。もはや国民は中国の身勝手な対策から発生した巨大な感染症という視点を忘れかけている。

 朝日、毎日、共同を中心にした日本の主要メディアと同じく、ニューヨーク・タイムスもワイントン・タイムスもCNNも中立を失った運動報道にかわっているという事実を学んだのが、トランプ大統領の4年間だった。
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2020年11月04日

井上尚弥 MGMグランド・カジノ&カントリーを制す

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 ラスベガスにMGMがホテルを作る、という報に接し、ならばとばかりベガスに出掛けて何十年もたった。
 ハリウッド映画の栄光をそのままに、ロビーもカジノも客室もかってMGMが製作した映画のスチールやスター達のブロマイドが飾られていた。ショッピング・アーケードには映画で使われたドレスや小道具なども売られていて映画好きの好奇心をゆさぶられた。
 アカデミー賞歴代のプログラムを手に入れ、お宝よろしくトランクにいれて帰国したことを思い出す。

 あのMGMグランドがボクシングの聖地になっているとは知らなかった。
 日本のバンタム級井上尚弥が見事挑戦者ジェイソン・マロニーを退け、王者として14連勝をなしとげた。井上はバンタム級歴代のチャンピオンのなかでも最強といわれ、恐らく日本の伝説的ボクサーになるだろうといわれている。
 ベガスのリンクは無観客であったにもかかわらず、ネオンや照明、映像で充実した環境を演出していたあたり、アメリカのこうしたエンターテイメント制作能力の高さも充分に伝わってきた。

 ストリップにある多くのホテルのスポーツ・バーはさぞ盛り上がったことだろう。
 数十台の巨大モニターにかこまれたカジノバーは、コロナの時代に適応したかの如く1人1人が囲われ、好きなスポーツを選んでひがな一日勝者に賭けていられる。
 野球、サッカー、テニス、フットボール、陸上、水泳、格闘技、無論ボクシングもあらゆるスポーツが賭けの対象だ。ラスベガスでは小粋なショウを上演していたラウンジ・シアターが、ある時を境にスポーツカジノのためのバーになった。
 ラスベガスにはショーを見にいっていた筆者にとって悲しい出来事だつたが、カジノ好きの人達にとってはこの上なく喜ばしいことだったろう。 井上尚弥に興奮して金を賭けているアメリカ野郎の顔が小気味いい。
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2020年11月01日

エーゲ海の反乱

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 白壁の家、白い教会、白い十字架、白い坂道、白いヨット、青い海、青い空、穏やかでロマンティックな情景、……
 エーゲ海のイメージである。ポールモーリアはエーゲ海を真珠に例えた。モリコーネはエーゲ海にエロティシズムを聴いた。

 ギリシャの片田舎からローマにでてきた画学生ニコスは、同じ下宿にいた姉のエルダに恋し、お互いの恋人を棄てて一緒になるが、いつか有名画廊の娘アニタをしり、愛欲に溺れる。…ニコスはエルダの妹リーザとアニタ、それに美しいカメラマンのグロリアを連れてエーゲ海に向かう。
 エーゲ海での日々は夢のような愛にみちた時間だったが、愛欲のはてにリーザの銃弾に人生を閉じる。 言葉もなく見守っていたのはどこまでも深く青い空とエーゲ海だった。 池田満壽夫の芥川賞作品「エーゲ海に捧ぐ」である。

 すぐる夏、エーゲ海のクルーズに誘われたことがあった。ヨットで過ごすエーゲ海といえば、アバンチュールの日々がついてくる。
若さの終着にエーゲ海をめざすのは生きる証し、応じられない男ほど情けないものはなかった。

 あのエーゲ海にマグニチュード7.0の地震がおきた。沿岸には津波が押寄せ、多くの犠牲者をだしていると報道されている。
 エーゲ海の真珠はどこへいってしまったのか。コロナの再拡大とエーゲ海の津波など、ついこのあいだまで夢のまた夢だった。
 人類はどこかでとんでもない間違いを侵してしまったのだろうか。

 
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2020年10月31日

名門ウォルドーフ・アストリアの内実

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 N・Yのウォルドーフ・アストリア・ホテルは筆者と生まれた年が同じ。1931年にエンパイア・ステート・ビルのあるダウンタウンから引っ越してきた。 パーク・アベニューの49丁目と50丁目の間に威容を誇っている。アールデコ・デザインの典型モデルとしてアメリカの歴史的建築物に指定されている。
 マリリン・モンローのケネディ大統領との恋は、このホテルが舞台だった。
 エリザベス・テーラーも、フランク・シナトラも、マフィアの大親分ラッキー・ルチアーノもみなこのホテルと共に暮らしている。

 ミューカルが脚光をあびた60年代から70年代、筆者のブロードウェイ通いもこのホテルからだつた。毎年12月中旬から年末大晦日までブロードウェイの劇場を見歩いた。その年のヒット作品、切符は2年先までソールド・アウトといわれていても、ウォルドーフ・アストリアのコンシェルジュは必ず取ってくれた。
 昭和天皇から各国元首、アメリカ歴代大統領まで宿舎としていたホテルのコンシェルジュには、ブロードウェイへの絶対的チケット確保のルートがあったのだろう。 いつもホテルの金枠の封筒に入ったチケットを軽いウインクとともに渡してくれた。チップは50ドルのこともあったし、100ドルのこともあった。
 コールポーターの弾いていたピアノのあるピーコック・アレーで、前夜の舞台を思い出しながらとる朝飯が楽しかった。新しい年とともにラスベガスにとび、ニューヨークで冷え切った身体を温め、ショーを見て東京へ帰るのが、年中行事だった。

 あのウォルドーフ・アストリアが東京日本橋に出来ることになった。三井不動産の高級化路線として、マンダリン、リッツカールトン、フォーシーズン、ブルガリに次ぐ計画というが、心配もある。
 2014年にウォルドーフ・アストリアは安邦保険集団という中国の国営企業に買い取られた。
 三菱地所のロックフェラー・センター買収に比べられ、当時のアメリカメディアの話題となったが、以来機密漏洩を心配してアメリカ政府は、アストリアから国連大使公邸をひきあげ、大統領も使用しなくなった。いまアストリアを利用しているのはアフリカの中国系小国ばかりになっている。
 日本にウォルドーフ・アストリアが出来るのは結構だが、中国の情報採取ホテルであっては困るのだ。

 

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2020年10月29日

中国千人計画の罠

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 日本学術会議の任命拒否問題にライトが当たって、逆にあぶりだされたのは学者達の日本の国防には協力しないが、中国の軍事産業には協力するというなんとも不思議な構図であった。
 日本学術会議は「日本の軍事研究にはいっさい協力しない」と宣言し、安保反対やら何やら反政府的立場をとってきた。今回の学術会議会員の任命についても6人が政府によって外されたと第一報を報じたのは、共産党の機関紙「赤旗」だった、という判りやすいオマケがついている。
 国民の税金が使われて運営されている以上、国家に弓をひくことは許されない。6人の任命拒否の理由を言え、大騒ぎする野党のオツムもおかしい。

 学者たちの無知にも呆れる。
 東大名誉教授・長澤寛道氏は「私の教え子だった中国人から「千人計画」に誘われ、浙江大学生命科学院教授になりました。
 同じく東大名誉教授二木昭人氏は北京大学と並ぶ精華大学丘成桐数学科学センター教授を務めている。
 「千人計画」で長春理工大学特聘教授になった富江敏尚氏と中国の千人計画にのった日本の学者は数限りない。
 いずれも中国の軍民融合といった原則を知らないはずはない。金と名誉の千人計画によって中国は世界の知性をかき集め、共産党の領土的野心に利用しようという企てなのだ。

 アメリカでは最先端の知財が中国によって秘密裡に盗まれたとして、参加した学者40名以上を逮捕している。

 中国科学院、中国科学技術協会とは全面的に協力をし、日本の防衛軍事研究は拒否する日本学術会議とは呆れた団体である。
 この際、菅内閣によってこうした反日団体の永年の膿みを徹底的に洗い出してほしい。
 学問の自由が中国にあって日本にないなどと、ナンセンスな発言をするメディアも共同正犯である。



 
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2020年10月27日

天下の悪法・レジ袋有料化

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 スーパーであれこれ買物をする。レジに進むと、おばさんが何やら問いかける。袋はどうするのかときいている。こんなに沢山の商品を手でもって帰るのか。そのくらい客の佇まいをみて判断しろといいたくなる。
 若いレジの女の子になるともっとひどい、カウンターに売った品物を積み上げて合計金額を宣言する。袋もください。5円ですよ。無駄な会話で時間をとるし、なんとも不愉快な時間だ。
 企業も3円、5円の有料化で利益を追求するなら、さっさとバイオマスのレジ袋に転換すべきだ。バイオ素材なら公害は発生しないし、コストもそんなに変わらない。
 小泉進次郎とかいうタレント政治家の思い付きに振り回され、コンビニは売上を落とし、スーパーは回転率が悪くなっている。 レジ袋の有料化を強制するまえに、バイオマス・レジ袋の生産育成に補助金を出したらいいだろう。
 レジ袋有料化は天下の悪法である。

 徳川五代将軍綱吉による「生類憐みの令」以来の悪法という声すらある。
 将軍綱吉は二十年間に100回に及ぶ「生類憐みの令」を発した。江戸の西、中野の原16万坪から村民を追い出し、10万匹の野犬を保護したと伝えられる。一日犬一匹当たり、米3合、味噌、干しイワシを与えて江戸っ子の怒りをかった犬公方であった。
 おかげで江戸中に犬がはびこり、江戸っ子は小さくなって過ごしたという教訓である。
 思い付きで目先のことにこだわる政治家ほど始末の悪いものはない。
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2020年10月25日

ライダイハン・韓国の犯罪

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 朝日も毎日もNHKも報道しなかったが、英国BBCの報道によって初めて注目されたのが、このニュースだ。
「ライダイハンのための正義」の会によって、ロンドン中心部のウェストミンスター公園に建てられたライダンハン像のことである。
 ベトナム戦争当時、現地に派遣された韓国軍兵士の性的暴行によって被害をうけたベトナム人女性とその結果生まれた悲劇の赤子の像のことである。被害者は30万人以上、性的暴行を受け生まれた子供(ライダイハン)は、3万人に上るとされているが、韓国政府はいままでホホカブリをし、日本相手のありもしない慰安婦問題の宣伝につとめてきた。

 ベトナム派遣の韓国軍は、売春管理制度をつくり、兵士の性欲のためベトナム女性を強制的に徴用してきた。つまりライダイハンは、韓国という国家による犯罪であったことが明白なのだ。ベトナムに於ける韓国軍の虐殺と暴行にたいして損害賠償要求が初めてソール地裁に提出された。
 日本にたいしてはありもしない慰安婦問題を笠に、謝罪と賠償を永遠につづけろと、主張している文政権はなんとこたえるのか。国家賠償はすんでいても個人の人権としての賠償請求は生きている、と主張してきた韓国人と韓国政府は何と答えるのか、彼らはインチキな主張をどこまで押し通すのか、民族の品位が問われている。

 当時の韓国軍にはベトナム人が成りすまして所属し、彼らが性的暴行を行っていたと、とんでもない嘘をでっちあげているという報道もあるが、韓国政府の根性の腐り方はお見事というしかない。訴状にたいしてソール中央地裁が如何なる反応を示すか、イギリスの世論とベトナム弁護士会にたいして文政権はなんと答えるのか。

 ロンドンに建てられた「ライダイハン像」はベトナムの人々への鎮魂をいだかせる神仏芸術の域にたっする傑作と讃えられている。韓国人が世界中にばらまいている下品な少女像とは、まったくレベルの違う石像である。
 国家賠償はすんでも個人賠償は済んでいない、と主張してきた文政権にとって、このライダンハン問題は、ブーメランのごとくに己に戻ってきた痛恨の出来事である。
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2020年10月22日

朝のヘビロテ

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紅茶に始まる朝が、もう80年近くつづいている。
 学生時代からコーヒーは苦手だった。戦後まもなく紅茶はリプトンか、日東しかなかった。数年のちトワイニングが上陸した。トワイニングではじめて朝の紅茶と午後の紅茶があることを知った。海外へいくようになったとき、ロンドンのフォトナムメゾンで英国王室御用の紅茶の存在を覚えた。
 朝は何杯飲んでももたれない伝統的なブレイクファースト・ティに限る。午後は少しクセのあるアールグレーがいい。追いかけるようにフルーツティの時代がきたが、どれをのんでも感心しない。伝統的なクラシック・ティにまさるものはない。
 今では、フランスのCHA YUAN チャ・ユアンのモーニング・ティか、アールグレイ・インペリアルにおちついている。たまさかミセス・トミーが送ってくれるザ・プリンス・オブ・ウェルズ殿下の農場で作っているWaitrose DUCHY のイングリッシュ・ブレイクファーストが素晴らしい。

 牛乳をいただくとお腹が不調をきたす。しいて朝の果汁といえばトマト・ジユースぐらいのもの。これは信州産で充分である。

 軽井沢に美味いパン屋はない。佐久に素晴らしいパン屋がある。 Te Te ててという名のちいさなパン屋のクロアッサンやバケットが素晴らしい。トロカデロのカレットに匹敵する旨さ。そのままエリゼー宮にとどけても通用するレベルなのだ。

 バターはBEURRE DISIGNY イズニーの発酵バターが好きだ。フランス料理の旨さはひとえにバターの旨さだと信じている。真面目に作ったバケットとイズニーのバターがあれば、全てオーケーだ。雪印などにはない奥の深い味わいは、潮風にあたったノルマンディの草に育った牛だからこそ出来るのだと、教えられた。

 朝のヘビロテ最後はイギリス王室御用のジャム TIPTREE・ESSEX のオレンジ・ママレード、WITH MALT WHISKY か WITH CHAMPAGNE が大好きだが、日本では明治屋にオレンジ・ウィズ・ウィスキーがはいるのみで、ウィズ・シャンパンの姿はみえない。パリのボン・マルシェにいくと約6メートルの棚に6、7段ぎっしりとティップトゥリーの逸品が並んでいる。パリ着到の2日目は必ずボン・マルシェに駆け込んで、朝のヘビロテをしこんでくる。

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2020年10月20日

ナント歴史博物館の迷惑・中国

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 フランスが中国の文化干渉に当惑している。
 ことの起こりは、フランス西部ナントの歴史博物館が「チンギスハンとモンゴル帝国の歴史文化」についての展覧を企画したところ、中国から猛烈な干渉が入り、「チンギスハン」「モンゴル帝国」「モンゴル文字」という文言の削除を要求してきた。
 理不尽な政治的クレームであるのはあきらかだが、実現することを優先した博物館は催事のタイトルを変更、「天空と草原の子ーチンギスハンとモンゴル帝国の誕生」と変更したが、中国はさらに大幅な変更を要求してきた。
 結局博物館側は、「人類や科学、倫理的価値観を守るため、計画の見直しと延期を決定した。

 いま中国はモンゴルの文化的弾圧に奔走している。
 モンゴル語を禁止し、義務教育からすべて中国語にし、モンゴルの歴史そのものを抹殺しようとしている。モンゴル人を同化して中国人として再生しようという恐るべき計画である。この夏世界中で爆発したモンゴル人による抗議活動の爆発がよほどこたえたのか、モンゴル人のナショナリズムをもっとも鼓舞するモンゴル語とチンギスハンには異常な神経をとがらし、なりふり構わず世界中で禁止にはしつている。
 これだけ無分別な事件か起こっても日本の有識者は、話しあえば判るといった曖昧な態度に終始しているが、いくら中国に譲歩しても、友好どころか、先端技術は窃取され続け、我が国固有の領土まで狙われるようになっている現実を正面からみるべきだ。

 「モンゴル帝国もわが中国古代の地方政権に過ぎない」と詭弁をろうして周辺国に次々と文化的ジェノサイトを拡大する中国のことだから、尖閣どころか沖縄さらに「日本も古代中国の一部族に過ぎなかった」と言い出しかねない。中華思想と中国共産党は本当に始末に負えない。
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2020年10月17日

筒美京平の生きた時代

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 作曲家の筒美京平さんが亡くなった。
 1960年代から1990年代にかけて、膨大な作曲をしたヒット・メーカーだった。
 船村徹さんやら、宮川泰さんなど同世代の作曲家は何人もいるが、筒美さんほど底辺の広い作曲家を知らない。
 尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、庄野真代の「飛んでイスタンブール」など、音痴の筆者でも好きな曲は多い。
 ベタな演歌だけでなく、ちょっとお洒落な半歩歌謡曲を抜けでた楽曲が多かったような気がする。

 「詞先」シセン「曲先」キョクセン という言い方が業界にある。
 詞先はまず歌詞ありきで言葉が優先される。しっかりした詞があって、しかるのち曲をつける。 曲先はリズムなり、メロディが先にできている。きまった音符に言葉を付けていく。
 むかしは歌のほとんどが「詞先」だった。作曲家はとことん言葉と向かい合い、そこに表れた言葉、隠された心情をメロディにつむいでいく。
 コンピューターのソフトで作曲する今は、圧倒的に曲先が多くなった。歌いやすい歌が減ったのは、ひとえに曲先という情報化時代のせいである。。

 古賀政男も、船村徹も、筒美京平さんもみな「詞先」の時代の名作曲家だった。彼らにとってはまず良い言葉があって、すぐれた詩があってこその作曲家だった。
 ジャンルは違うが、中田喜直さんの名曲「ちいさい秋みつけた」「夏の思い出」「雪の降るまちを」などもすべて詞先の名曲である。
 パソコンの時代になって失ったものはものは多い。歌がじっくりと味わうものでなくなって、即物的に踊れれば、それでよしとする悪い習慣が身についてしまったのだ。
 サカミチの女の子をいくら追いかけても、CDをしこたま買っても、しみじみと歌いたくなるような歌は「曲先」からは決して生まれない。

 コンピューターによって殺された芸術家、それが筒美京平さんだった。
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2020年10月16日

キムタクと日産の時代錯誤

キムタク日産CM.jpg

 「時代錯誤」という言葉がこれほど似合うTV-CMはほかに見当たらない。
 木村拓哉を起用したニッサンの車のコマーシャルである。コマーシャルであるから、車のイメージをアップするために、莫大な金を使って製作する筈だが、このコマーシャルはどうみても販売促進のプラスにはならない。ニッサンの足をひっぱるために制作されたのではないか、とさえ思える。
 大手の代理店がついて、広告ディレクターやらデザイナー、カメラマン、さらにコピーライターまでついて作られたにちがいないが、今時のスタッフがこの設定に満足して制作したコマーシャルとは到底信じられない。時代を知らないスポンサーのお偉さんのゴリ押しで作ったとしか思えない。

 そもそもキムタクという選択が不思議だ。いまのキムタクに新車をイメージさせるのは、まつたく不可能である。われわれ世代ですらそう思うのだから、若い電気自動車世代には違和感しか残らないだろう。短い脚でのムーン・ウォークは30年前に引き戻される。指パッチンでハンドルを握るなど半世紀まえの湘南族でも恥ずかしかった。キムタクの演技ひとつひとつが、こんなクルマは買いたくないし、乗りたくないと思わせるに充分なのだ。
 ニッサンの広報はヤキがまわってしまったのか。
 最後の仕上げが「やっちゃえ、ニッサン」一人称なのか三人称なのか意味不明。キムタクの自己満足とニッサンの時代錯誤が入り乱れたカオスのTVコマーシャルである。
 こんなコマーシャルをつくっていては、日産の再建は絶望的ではないか、とさえ思われる。

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2020年10月15日

自殺する若者たち

自殺率.jpg

 コロナの下で女性の自殺率が急速にあがっているという。
 芸能界でも竹内結子を始め、芦名星、木村花、と若い女性が自殺している。
 普段、仲間に恵まれず、孤独な日々を送っていると、コロナのように社会と遮断され、直面した「ひとりぼっち」に耐えられなくなるのかもしれない。
 芸能という偶然や運にめぐまれて著名になった自分の存在のあやふさに、初めて気がつくのだろう。
 舞台もなくなる。撮影も延期される。当然収入も皆無になる。
 勤め人のごとく、こつこつと働いて暮らしている普通と違い、収入の多さが逆に皆無になったときの恐怖に結び付く。
 仕事がなくなって始めて、芸能という虚業に気がつく。女性に限らず男性でも同じだ。80才の藤木孝も30才の三浦春馬もみな共通の因子をもっていた。
 冷静に考えれば、芸能の道をえらぶということは、常に自殺の谷がまっているという現実をしっかりとみつめていれば、コロナの孤独など吹き飛ぶ筈だ。

 いま日本人の死因の多くは、自殺か癌ときいて少しばかり驚いている。
 厚生省の統計によれば、15才から39才の男女の死因第一位は自殺であるという。二人に1人は癌になるという時代に、癌と拮抗して自殺が多いというのは社会のどこかにひずみがあるからだろう。先進国のなかで異常に日本の自殺率が高い。
 社会全体が優しくなり、生きることの厳しさを教えてこなかったことに原因はあるのだろう。
 給料のすくないのは会社が悪い、非正規の労働者にもボーナスを払え、学校はタダにしろ、なんでもかんでもアベが悪い、政治が悪い、といって自分自身で努力することを忘れた過剰保護社会をつくってしまった。生きる力が極端に弱くなってしまったのだ。
 なにかに依存するまえに、自分自身の生きる力を検証し、努力することが必要ではないか。
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2020年10月10日

リスの根性・マンハッタンと軽井沢

リス.jpg

 30年程前、ニューヨーク・マンハッタン島の北端にある公園、フォート・トライオン・パークを訪れたことがあった。
 観光客はほとんど行かない静かなハドソン川を見下ろす丘にあったその公園には、メトロポリタン美術館の別館が、中世ヨーロッパの大修道院を模したクロイスターズのなかにあった。その教会では度々コンサートが催されていた。
 現在ワシントン・チャンバー・オーケストラの指揮をしている三本雅俊さんに誘われ、ブロードウェイ観劇をやすんでの半日行だった。そこはニューヨークとは思えないほど静悉な自然にかこまれていた。
 クロイスターが開く前の早朝、広い庭のあちこちにリスが遊んでいた。フォート・トライオンのリス達は驚くほど人間に慣れていて近かずいても逃げない。僕らの歩みに合わせて横を走っていくといった風情だつた。
 本来リスという動物はとても警戒心が強く、人間には馴染まない動物ときいていたので、あのマンハッタンに住み着きながら人間を警戒しないリスの存在に驚いた。

 その頃、軽井沢の我が家にも毎朝リスがやつてきた。いつしかリスのくる雑木の棚にクルミをおいておくのが日課になった。軽井沢のリス達はこちらの姿を見るや否やクルミを抱えて姿を消す。彼らの好物たるクルミを毎日おいてくれるご主人様への敬意がまったくない。
 マンハッタンのリスに比べ、なんと根性の腐っていることか。
 向かいの森に何軒かの別荘が建つにおよび、いつしか薄情なリス達の姿も見なくなってしまった。何処かの森に住まいを移し、人間に愛情を持つことなく人のくれるクルミだけを信じ、人間を疑って暮らしているのだろう。
 リスは身に危険が迫った時、自ら尻尾を切り落として逃げるときいた。そしてその尻尾は二度と生まれ変わらない、そんな自虐的な一生を送っている。 尻尾を失ったリスは、カワイイという魅力も永遠に失うのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする