2018年05月19日

しばらくblogを休みます。

巴里で放蕩中で、しばらくblogを休みます。
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2018年05月11日

偉い人がわからないカタガキ・ジャングル

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 演出という仕事をしていた。テレビの初期には演出はひとりしか存在せず、英文の名刺には、ディレクターと書かれた。ドラマのタイトルには、当然のごとく演出はひとりしか表示されず、その後は制作のタイトルだった。制作はプロデューサーである。
 ところが今日只今のテレビをみると、ディレクターが五人、六人と連なっている。寄ってたかって分業化していると思えば、その後に演出というタイトルがでてくる。とにかくタイトルだらけで、誰が責任をもってやっているのか良くわからない。肩書が多すぎて混乱する。

 銀行がご挨拶にみえる。三人のホワイト・カラーである。名刺をいただきよく見ると、「副支店長」「支店長代理」「課長」とある。誰がいちばん偉いのかわからない。ある日、追いかけて「部長」「部付部長」「上席推進役」が現れた。クイズ問題、さあ偉いのは誰でしょう。

 広告代理店と顔合わせのミーティングがあった。「アカウント・スーパーバイザー」「アカウント・ディレクター」「アカウント・マネージャー」「アカウント・エクゼクティブ」どっちを向いて話をしたらいいのかまったくわからない。会議の終わるころ、ようやく目の前の人ではなくあっちのすみに座った人と、お話をしなければいけなかったと気が付く。

 団塊の世代が働くようになって、モチベーションをもたせるため、やたら肩書がうまれた。部下のいないグループ長やら、新入りひとりのチームリーダー、とにかく団塊の世代は肩書にこだわる。

 いつかは「社長」めざして働いた若者も、いつかは「CEO」、いつかは「CFO」「CIO」「CCO」「CSO」本人にも何がなんだかよくわからない。結局、僕は「You Tuber」になります、という不思議な職業が発生するのだ。
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2018年05月10日

パスワード・指認証・顔認証・シアワセの監視社会

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 初めの頃は、ああそういうことか、と納得してなにげに設定していたパスワードだが、わずか十数年のうちに身の回りはパスワードだらけになってしまった。パスワードのためのファイルが一冊では足りずに我が家では三冊もある。
 何故だ! かってパスワードのない時代は、のびのびと自由に暮らせたのが、いまではいちいちパスワードを要求される。記憶という脳みそは、哲学や歴史や数学のために存在したのだが、今やパスワードに占領され、肝心の思考は何処かへいってしまった。パスワード・ジャングルのなかで窮屈な暮らしをしているのが、我々のイマではないだろうか。

 町中に監視カメラがつき、マイカーにも高精細なドライブ・レコーダーは如何と、デーラーは薦めてくる。
 身の回りすべてを疑って暮らす生活は、かっての日本人にはなかった。西欧的な人間性悪説にもとずいたものだろうが、なんとも住みにくい。
 軽井沢の田舎では、地元の人のなかには鍵をかけずにお買い物へ出かける人はけっこういる。お届け物があるので伺っても、玄関の出入りは自由、中へはいってしかるべきところに置いてかえってくる。昔の東京でも下町はこうだった。鍵などどこの家もかけていなかった。ところが別荘族は十重二重と鍵だらけ、警戒心が強い。言い換えれば疑い深いのが当世の人々なのだ。

 彼女とむつみあったそのあと、寝ついた彼女の指をスマフにかざして、指認証をする。見事にスマホはロックを解除され、浮気の証拠をつかんだ、とそこまでは唯のヤキモチだが、そのあと凶行におよんだとあっては常人とはいいかねる。
 ひそかに彼女のスマホに位置情報を送信するアプリをインストールして、つねに監視下におく。暇な男がいるものだとおもうが、常に監視されてシアワセという彼女もいるというから犬もくわない。顔認証のアプリは双子の見分けがつかなかったというからお笑いネタでもある。
 いっそパスワード、指認証、顔認証、すべて止めてしまつたらどんなにのびのびと暮らせるかとか、と想いはとぶ。
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2018年05月09日

軽井沢ニューシネマ・パラダイス

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 「あの頃会館へ行く」といえば、映画を見に行くという意味だった。
 戦後の軽井沢にちいさな軽井沢会館という名の映画館があった。旧軽井沢銀座を北上し、初めての道を左に曲がり、間もなくの右側にあった。会館は映画だけでなく、旅回りの小芝居もかかった。
 短い夏の楽しみは、マツバの馬に乗ることと、塩名田の鮎、遠出の鬼押し出し、そして会館の映画だった。堅い木のベンチが並べられ、150人ほども入ったろうか。……客席に座るとどこからか、アンモニアの臭いが漂ってきた。

 映画館は建築をしていた若林田重さんの心意気でつくられたものと、最近になって息子の廣和さんから聞いた。落葉松林しかなかった軽井沢に少しでも文化の香りをと、お得意の腕をふるって作った映画館、平屋建てのちいさなニューシネマ・パラダイスだった。楽屋で寝起きしていたのは、息子の廣和さんだった。

 テレビのないあの頃、映画を見に行く人々の胸のときめきはいかばかりだったことか。
 北軽井沢の浅間山の裾野では、高峰秀子扮する都会のストリッパーが木下恵介のメガホンで踊っていた。「カルメン故郷に帰る」我が国初の総天然色映画だつた。高原電車の小瀬温泉駅では、森繁久彌扮する駅長と町から流れてきた酌婦の岡田茉莉子が、丸山誠治監督のもと奇妙な同居生活を演じていた。「山鳩」と題する森繁の数少ない文芸映画だった。

 軽井沢を舞台にしたこうした映画の噂は都会からながれてきたが、地元のひとは「会館」でしか観れなかった。今の軽井沢にはカネで作ったハコモノは沢山あるが、「会館」のように心意気でつくったハコはどこにも見当たらない。

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2018年05月07日

アパ・ホテルの実態とこころざし

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 74.025室を有し、日本有数のホテル・チェーンとなったアパ・ホテルの実態は、なかなかに興味深い。
 社長元谷芙美子のなんとも恥ずかし気のない写真を堂々と飾ったイメージ戦略は、もう卒業してもいい時期になった。どんな場所でもアパホテルの候補地になりうるという点で、既存のホテル業界ではまったく考えることができなかった横紙破りのパワーがある。
 みずからGTRを運転して飛び回る代表元谷外志雄は、すべての物件は俺が見て決める、すべてのリスクは俺が取る、と豪語して利益率33パーセントのホテル・ネットを完成させた。

 ホテル候補地は、駅に近ければ、細長くともL字形でも十字形でも、どんな地形でも対応でき、三等地を一等地に化けさせるという。見たら即決しキャッシュで払う。契約書をかわし、のち銀行に振込むなどというまどろっこしいことはやらない。現地で即決しその場から☎をかけ、本社の設計部門にボリューム設計をやらせる。帰社と同時に新しいアパホテルは起動する、
 堤義明がヘリコプターから現地視察をしてのち会議を重ねて、ようやく実現したプリンスホテルとは根本的にことなる。スピードこそこの仕事の最重要案件といっている。

 元谷外志雄代表は日本の右翼の代表的スポンサーでもある。
 私塾勝兵塾を主催し、自虐史観から脱却し誇れる日本再興のための若者を育てている。さらにアパ日本再興財団では、南京大虐殺を否定した「本当の日本の歴史」本をアパの全客室に置き、中国の旅行代理店から猛烈な抗議をうけても、断固として受け付けなかった。
 戦後占領軍の命令により、すべてのホテルに聖書を置くことを義務とされた故事にならい、自前のホテルに故郷礼賛本を置いてどこが悪いという壮士、すなわちアパ代表元谷外志雄なのだ。
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2018年05月06日

ギターの最高峰・ギブソンの倒産

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 君はレスポール派か、それともストラト派かと言われた、全世界の若者憧れのギター・メーカー「ギブソン」が倒産した。
 1952年に発売されたギブソン・レスポールはまさに伝説の名器だった。この年レスポールが発明した世界初の8トラック・テープコーダーもアンペックスから発売され、ギブソンの名声は最高潮だった。 おりしもレスポール&メリフォードの歌ったVaya Con Diosが世界的ヒットとなり、ギブソンの名はレスポールと共に超ブランド化した。

 当時はまだギターがフルバンドにとって代わるとは誰も想像していなかったが、ギブソン・レスポールという世界初のエレクトリック・ギターの発売をきっかけに、音楽はロックンロール、そしてロックの時代へと変わっていった。
 ピアノのスタンウェイ、ヴァイオリンのストラドヴァリウス、などに並んでギターのギブソンの地位は不動になった。ブルースの王様B.B.キング、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ、さらにビートルズのジョン・レノンも愛用していたのが、ギブソンだった。

 倒産理由は海外事業の失敗と伝えられ、多分マネーゲームに浮かれて阿呆な不動産事業などに手を出したのだろうと想像されるが、こうした楽器メーカーは、一途にギター創りに邁進することがいちばん、代替わりしてジャンク・ファンドから資金調達して異業種参入などすると取り返しのつかないことになる。
 メープルとマホガニーの特性をすべて抑え、ざらついた荒っぽく激しいサウンドを創り出せるのは、ギブソンをおいて他にないというプライドこそが、企業の優位を創りだすことができ、メーカーに永遠の保証をもたらすのだ。

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2018年05月03日

パリ展のポスターが送られてきました。

パリ展のポスターが送られてきました。 パリ展のポスターが送られてきました。

Galerie ETIENNE de CAUSANS
25 Rue de Seine-75006 PARIS

2018  5/31(木)〜6/8(金)
    6/1.2.5.6.7 11:00-18:00
    6/3     休廊
    6/8     11:00-14:00

vernissage: 5/31(木) 18:00-21:00
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2018年05月02日

首相案件という名の案件

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 立憲民主党やら共産党がやたら騒ぎ立てている「首相案件」について考えてみたい。
 審議官が県関係者と面会した際、これは「首相案件」といったとか、いわなかったとか、鬼の首をとったような勢いで騒いでいる。そもそも国家戦略特区にかかわる案件は、すべて「首相案件」であり、いままでの岩盤規制を排除するための特区制度だった。それを如何にも忖度や特殊な利害があるように情報操作をして、安倍内閣が悪いことをしているように誘導しているのが、左翼リベラルの仕業である。 

 地域や分野を限定し、大胆な規制緩和や税制優遇をすることで、地域の活力を取り戻そうというのが、国家戦略特区という名の規制改革制度。 初めから安倍首相の肝いりでできた政策なのだから、俎上に上がった案件はみな「首相案件」なのだ。都市再生から創業、観光、医療、介護、雇用、教育とあらゆる分野での岩盤規制を壊していこうという首相の心意気である。 野党はよほど悔しいのか、いちいち首相案件の横暴といって安倍内閣の印象操作を計っている。そこで金が動いたとか、ワイロをとったとか、それでは犯罪だが、いくら叩いても埃は出てこない。反対に昭恵夫人が100万寄付したとか、しないとかのヘイトな話題だけだ。

 オリンピックの宿泊施設不足を補うための民泊制度、民間事業者による農地取得、都市公園内に於ける保育所設置、近未来技術特区では自動走行バスの運転実験、ドローンによる空中宅配便、など従来官僚の硬直化した規制でどうにもならなかったものばかりが、戦略特区の案件になっている。

 「首相案件」がいかにも悪いような印象操作にかける時間は本当にもったいない。野党は早くそんな些末なところから抜け出して眼を醒まさなければ、ますます国民から突き放されると認識すべきだろう。

 
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2018年05月01日

東大出身官僚のイビツな性意識

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 このところやたら東大出が話題を呼んでいる。
 東大出の高級官僚はとても助平だということが実証され、任命責任だ、大臣やめろ、安倍やめろ、と野党は聖人君子のごとく振舞っている。事務次官の助平話より、北朝鮮問題とか、中国公船の尖閣包囲のほうがよほど重要と思うが、彼らにとっては財務省の報告書のほうが大事らしく、国会を止めて頑張っている。議員に国民は国のかじ取りを依頼したので、天下国家についてもっと真剣に議論してほしい。内部文書の書き換えや、昭恵夫人のふるまいは、だれかにまかせて、議員本来の仕事をしてほしいと、国民は皆思っている。

 テレビにも、東大王というクイズ番組がある。東大生を商品化し、お笑いタレントと競わせてどっちが勝つかというクイズ番組だ。芸能志向の東大生を引っ張り出してひな壇に座らせ、お前の脳みそは本当にお笑いよりも、上等かどうかテストするという趣味の悪い番組だ。真面目な東大生にとって不愉快このうえない番組だろう。

 東京の地上波キー局に、東大出身者は数名ずついる。東大をでたら官僚になる、優秀な卒業生はほぼ官僚志向にもかかわらず、数名ずつでもテレビ局にいるというのが不思議だ。かって小生の仲間にも東大出身者がいた。シフトの都合でアシスタントに使わねばならない。スタジオフロアでキュー出しをしてもらわねばならないので、副調室からフロアーさんと呼びかけると、俺は床じゃねぇ、とひねくれる。ディレクターをやっても映像に味がない。理屈だけで美的感覚にとぼしいので、面白い番組は撮れなかった。それでもオフになると、結構助平なのに驚いたことがあった。

 「胸触っていい?」「抱きしめていい?」「キスする?」財務次官の発言は、多分この人は若いときにイロゴトにもまれてこなかったんだろうなと、直観した。女性の心情がまったくよめないから、こんなバカ丸出しの発言をする。かっての財務官僚が群れをなしてノーパンしゃぶしゃぶに通ったのも、やはりケイケン不足からくるオバカな行為だし、前の文部次官が歌舞伎町のセクシィ・キャバに通い詰めたのも、みな東大出身者のイビツな生い立ちから来ている。


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2018年04月30日

おにぎり愛に生きる日本人

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 遠足のお弁当、主役はおにぎりだった。
 中ぐらいの大きさの丸いおにぎりが二つ、ひとつは梅干し、もうひとつには昆布の佃煮が入っていた。当世コンビニのおにぎりの如く、食べる直前にぱりっとした海苔を巻いてたべるなどという贅沢はなかった。作った時に巻いた海苔は、当然しっとりと冷たくシャリ感のない情けない食感のおにぎりになっていたが、それでもおにぎりをもって遠足にでかけるワクワク感とともに楽しい昼食だった。
 リュックのなかには、リンゴとバナナとキャラメルも入っていた。そして水筒の水がすべて。昭和のひとけた世代には、サンドウイッチなどという洒落た弁当は想像もつかなかった。

 うちは三角、うちは丸い、なかにはたわら型のにぎりをもってきた級友もいた。おにぎりのカタチが母親の故郷を想像させた。たわら型のにぎりは子供心に美味しそうに見え、みんなでたかったこともあった。ともに山の上でおにぎりを頬張ると仲間意識が芽生え、帰りは誰云うとなくコーラスの遠足になった。

 おにぎりは日本人のソールフードといわれるが、一生にいくつのおにぎりをたべてきたことか。近頃のように赤飯にぎりから、ガバオライスにぎり、シーチキンマヨにぎり、梅しそにぎり、焼き肉にぎりと、豊饒なおにぎりの棚のまえに立つとシアワセがジワリとしみる。

 40年ほど前、神楽坂に焼きおにぎり専門、おばあちゃんひとりの小さなお店があった。歌舞伎座への差入れは、この焼きおにぎりがとても喜ばれた。化粧していても衣裳付けの最中でも、一口で頬張れる小ささに人気があった。粋な竹のかごに入れて楽屋まで届けてくれた。
 歌舞伎座以外は駄目だよ、道がわかんないから…なんでも通販の今では想像もつかないのどかな時が流れていた。
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2018年04月29日

「とんき」から「ぽん多」、そして駒ヶ根ソースかつ丼

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 帝国劇場文芸部にいた頃、ひるめしはいつも有楽町ガード下だった。
 店の名前はすっかり忘れてしまったが、イキのいい夫婦がやっているちいさなごはんやだった。手元不如意なときはメンチ・かつ定食、すこし潤沢なときはとんかつ定食だった。とんかつは若もの達のビタミン剤だった。後にサプリメントなどと称する活性剤が登場することなど知る由もなかった。

 テレビの創業とともに、メイングランドが六本木に移った。昼蕎麦は長寿庵、または永坂更科、昼イタは狸穴キャンティ、中華は中国飯店、スタジオでの徹夜らーめんは麻布十番の登龍、とんかつが食べたいときは、少し足をのばして目黒のとんきにいった。

 「とんき」はまだ戦災の焼跡が残る目黒で活気に充ちた大店だった。コの字型の大カウンターで二、三十人の客が一斉にとんかつをたべる情景は壮観そのもの、まったくの初体験だったし、キャベツのお代わりが自由だったのも嬉しかった。
 とんかつを食べにとんきに行ったというよりは、「とんき」を食べに行った感のほうが大きかった。目黒のさんまとインプットしていたのが、「目黒はさんまととんかつ」にかわったのが目黒とんかつ村落のパワーだった。

 ファッション・ショウやオペラに係るようになって通ったのが、上野、御徒町のとんかつ村落である。
 なかでも松坂屋の南にあるぽん多本家は、気分転換のエネルギー源だった。

 「ぽん多」のどっしりした店構えが頼もしく、こんな構えの店がいい加減なとんかつを出す筈がないという思いこみで通った。のちにこの国のカツレツ生みの親、島田信二郎直系の四代目が経営する店と知った。ぽん多の名物カツレツはたんシチューと共に、歴史の味がした。

 軽井沢に住むようになってから覚えたのが、駒ヶ根ソースかつ丼。駒ヶ根の音楽プロデューサー三沢照男さんに連れていかれたのが、駒ヶ根ふるさと食起こしのど真ん中にあった駅近くの食堂やまだだった。難しいことは言わず豚のロース肉120グラム以上、濃厚タレはそれぞれの店風に、キャベツ以外はひいてはダメのルールで、見事に駒ヶ根食起こしのシンボルになった。
 軽井沢では駅前アウトレットに、駒ヶ根明治亭が進出している。 
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2018年04月28日

山口達也メンバーの犯罪について

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 「TOKIOの山口達也が、16才の女子高校生を相手に、強制わいせつ行為で書類送検された。」
 とこういう風に書けるのは、自由なネット空間だからである。
 地上波テレビやスポーツ新聞などは「TOKIOの山口達也メンバーが強制わいせつ行為の疑いで、捜査資料を送付されました。」と忖度200パーセントのコメントで発表する。
 普段使わない「メンバー」という呼称は、所属タレントが犯罪にかかわったとき、すこしでも犯罪の影を薄めるために、ジャニーズ事務所が考えだしたものだ。この犯罪を公表するときは、必ず「メンバー」を付けろというブラックな指令がメディアを駆け巡った。普段声高に自由と正義を主張するメディアが、「世にも不思議なメンバー呼称」で報道するとき、そうかこのテレビ局はジャニーズ支配下のヤクザテレビ局と理解すればいい。
 政治については、ない犯罪をいかにもあるがごとくに印象操作するテレビ局が、必死にジャニーズに媚びる情けない実態がこれだ。

 メンバー呼称の歴史をさかのぼると、ジャニーズタレントのふしだらで幼稚な人間性が浮かぶ。
 スマップの稲垣吾郎が起こした道路交通法違反、公務執行妨害、警官に対する傷害罪、この時メンバー呼称についてジャニーズ事務所が初めてメディアに要請した。容疑者と報道せずメンバーと呼べ!!
 同じスマップの草g剛メンバーも、六本木公園で公然わいせつで逮捕された。
 山下智久、赤西仁、錦戸亮メンバーは、一般女性のケイタイを奪い遁走、のち書類送検。
 NEWSの内博貴メンバーは、未成年飲酒並びに暴行で逮捕。同じNEWSの草野博紀メンバーも未成年飲酒。
 そして今回のTOKIO山口達也(46才)メンバーによる強制わいせつ事件である。

 次々と起こる不祥事に、藤島ジュリー副社長も次の対策をたてなければならないだろう。
 ジャニーズという少年タレント集団の道徳的限界について真剣にとりくまねば、ただのチンピラ芸能人のたまり場と思われてしまう。
 メンバーとは、犯罪を犯した少年芸人の代名詞になつた。あきらかにメリーさんとジャニーさんの時代は終わりを迎えている。

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2018年04月26日

日ハムに見捨てられた札幌ドーム

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  札幌ドームに危機が訪れている。
  日本ハムがどこを本拠地にするか迷っていた04年当時、札幌市は官民あげて札幌ドームへの誘致に奔走した。札幌ドームは市が所有し、市の出資会社が運営管理する第三セクターが運用しているが、この運営会社が小役人根性丸出しで、日ハム側とたびたびもめてきた。

  一日の使用料約1700万円、球団は年間70試合の使用料に加え、駐車場使用料、警備費、清掃費など、支払額は25億円をこえていた。その上ドーム内の飲食売上げグッズ販売も三セクの収益となり、球団にはいらない。日ハムはシャウエッセンも自由に売れない状況だったと伝えられる。これでは日ハム側が嫌気がさしても無理からぬ話、数年前からドーム側と日ハム側はたびたびもめてきた。

  日ハム側は堪忍袋の緒がきれて、ならばと球団、球場一体型のボールパーク構想を立ち上げた。
 企画、運営、からファン・サービス、関連グッズ販売、球場内ショッピング・センターの編成までの一体化をめざした。手を挙げたのは札幌の南の北広島市、札幌の欲長けた例をみていたので、市をあげて新ニチハム・ドームの誘致完成を目指すという。
 誘致合戦に敗れた札幌ドームはいい面の皮、日本ハムという最大の店子を失い、かっての新庄剛志やダルビッシュ有、大谷翔平のマザー球場の栄誉も失い、最大の集客力も亡くしてしまったのだ。
 いくらサッカーが盛んとはいえ札幌コンサドーレの試合だけでは、札幌ドームの運営維持はできず、21世紀に入ってできた最新のドーム球場でありながら「解体」の危機が迫っている。

 この札幌の例だけではなく、ちいさな軽井沢の街にも三セク運営のホールや駅施設があるが、運営側のモノ知らずで町民から愛されず、結局シニタイに堕ちていく運命のハコモノがある。
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2018年04月25日

地上波のソフト・ハードを自由化

地上波のソフト・ハードを自由化

 放送の自由化について、内閣府と民放が激しく対立している。
 政府は電波を広く自由化して間口を広げようとしている。悪いことではない。メディアの間口を広げることで、より言論が活発になり、一部地上波による魔女裁判のような悪癖がなくなる。とくに巨大特権に守られた極左的な発言は、ずいぶん薄まるだろう。
 政治経済を監視しなければならないメディアの役割を勘違いした、一部コメンテーターの暴論愚論は視聴者をあきれさせ、テレビを見ないという若い階層をつくりだした。ネットがすべてという人々だ。地上波の老人層とネットの若者層には越えがたい堀が出来てしまった。

 放送制度の見直しのなかで、もうひとつの論点は番組制作と放送の分離論である。民放はあれこれと理屈をつけて反対している。要は既得権益の擁護である。いちど手にいれた権利を放したくないのは人間のつねだが、10年の放送法改正時から各局とも意識の変化はなく、一致して分離反対を掲げている。

 が財政面の効率化を図るため、番組制作の多くは下請け会社に分離している、という現実がある。
 例えばテレビ朝日の例をみても、ヒットしているミステリー物の多くは局制作ではなく、東映製作の番組である。放送と番組制作が分離されれば、東映はより高く買ってくれる局に乗り換えるだろう。
 そこを縛っているのが系列という魔物なのだ。新聞と局と制作会社が結託して、テレビ地上波の特権を確保している。この国の地上波は世界の非常識なのだ。

 奇妙なことに、このソフト・ハード分離には、経営と組合が一致して反対している。放送の社会的効用や公共的価値に関する論点が欠如しているというのだが、どうみても既得権益の擁護としかうつらない。
 憲法改正反対にこりかたまり、モリカケ大事に電波を使い、安倍おろしに狂奔する現在の地上波は、国益に反しているとしかおもえない。放送と番組制作の分離論は、放送人がみずから墓穴を掘ったとしか思えないのだ。

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2018年04月23日

浮世絵を探して神田・神保町へ

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 人生初めての体験……浮世絵を買いに出掛けた。
 ネットで調べたところ、銀座と神田に浮世絵専門の店が見つかった。銀座は便利だが、観光客向けのような気がして、神田神保町をめざした。中学・高校時代週末のお出掛けはまま神保町界隈、あてもなく古書店をまわり、最後に薄暗い喫茶店でお茶して時の至福を味わった。いま神保町の交差点にたつと、スポーツ・ショップ、カラオケ・ビル、アパホテルなどが眼に飛び込んで、ここが世界一の古書店街とはとても思えない。

 一軒目の浮世絵店は東洲斎、写楽の号を店名にしているあたり、期待して訪れた。
 北斎の滝のシリーズはありますか?ないわよ。めったに出ないし出ても高いし……。いくら位ですか? そうね、200万か300万。有難うございました。出直します。
 二軒目山田書店美術部、若い女性がひとりパソコンを打っている。歌麿、広重、北斎、それぞれの引き出しに入っているからご自由にどうぞ、それではと北斎から見始めた、こんなに沢山の浮世絵を見たのは初体験、寛大な店員さんに甘え腰をすえて浮世絵鑑賞大会となった。風景にしようか、それとも美人図にしようかと迷いながら、結局写楽の役者首絵、「市川蝦蔵の竹村定之進」つりあがった眉と眼が生きていて、引きゆがめられた口元から、いまにも声が聞こえそうな、迫力ある大首絵だ。男だけでは片手落ちと栄之の「青楼美人六花仙、越前屋唐士」に意をつかまれた。歌麿や清長の妖艶とちがったさわやかな清麗さ、栄之の品格と線の映しさは、さすが歌麿、清長とともに美人画三傑のひとりと納得した。

 浮世絵を手に入れた帰途、なつかしのカフェ・ラドリオに立ち寄った。昼間は喫茶店、夜はバーになって、あの頃はラドリオのカレーが学生たちのステータスだつた。レンガの床の凸凹感もなつかしく、カウンターの椅子は鉈の削り出しの太い幹に丸い板の乗った昔のまま、薄暗い店内でさっき求めた一冊の本に集中した昔を思い出した。
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2018年04月22日

スタス・レビュウ 春の踊り

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 スタスRevue「春のおどり」を見た。
高城、明石、銀の努力がみのって連日満員だったそうだ。観客の立場からみると、こなれてきたというべきか、不安を抱かずに舞台と対峙できる、そんな楽しみな舞台になってきた。かっての贔屓や我々スタッフの眼からばかりではいけないと思い、この春大学を卒業した混血の少女とともに浅草に足を向けた。

 かって国際劇場という東洋一の劇場を根城に活動していた松竹歌劇団SKDがなぜ解散にいたったのか、その原因に思いは飛んだ。
春の踊り、夏の踊り、秋の踊り、東京踊りという、間口の広い絢爛豪華のレビュウが恒常化した結果、観客に飽きられ、少しずつ衰退の道をたどったような気がする。
 総じて舞台作品は間口を広げれば広げるほど起爆力を失う。狭いテーマの設定こそが、メディアも注目するし、観客の心をつかむ。レビューを愛する最後のSKDメンバーが、ここまで努力を重ね、小さいながらもかってのラスベガスのラウンジ・ショウに負けない成果をあげてきたのは敬意を表するが、同時にかってのSKD失敗の轍を踏まねばいいが、の不安が横切る。

 本来レビュウの組み立ては、バレエを始めとする古典舞踊から、世界の民族舞踊、現代のモダンダンスやポップにいたるあらゆるジャンルを包み込んで上演されてきた。世界が未知の好奇心で充たされていた時代にはそれで充分だったが、現代のように世界は狭くなり、誰でもがブロードウェイを覗き、アフリカの果てまでいけるようになった今、衣裳の再現や背景考証では満足しなくなった。
 ダンサーの魅力、音楽の楽しみ、すべての美意識が観客を超えなければ、お金を払って観に行こうと思わない。

 そうした視点から、伝統を残しながらも、常にテーマの集約がされなければ退屈のそしりを受けてしまう。それが国際劇場失敗の元である春、夏、秋のおどりでは少しばかり視点が甘くないだろうか。ウェルメードな作品の落し穴なのだ。
 今回のステージでも折角タップやチャールストンを取り上げていたが、意味もなくただそのステップをなぞるのではなく、徹底的に「対話」をすればモット盛り上がって楽しかったのではないか。男と女、スターと群衆、ラインダンスでも対話の設定は可能だろう。
 テーマへの考え方と全体の構成に、どう答えていくかがスタスRevueの明日をきめるだろう。
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2018年04月20日

日本酒の女性化うんどう

日本酒の女性化うんどう

 日本酒業界は、「親爺臭い」といわれて幾久しい。
ワインに押され、焼酎に押されて、地方の名門造り酒屋はみな気息奄々であるらしい。ブランド化を推し進めたり、海外進出を計ったり、いろいろな手を打って経営の立て直しを計っている。

 なかでも日本酒の再興は、女性における愛好者の開拓以外にはない、と断言する関係者が多い。

 「親爺臭さ」から脱皮するためには、パッケージを含めて生産のすべての段階から、旧来のシステムを追い出し、マーケティングをベースに宣伝方法の革新を計らねばならない。
 聞くところによれば地酒造りは、ある種のギルドに支配され、瓶ひとつままならなかった時代があったそうだ。いわゆる一升瓶というあの無粋な瓶を使用しなければ、お酒の流通に乗ることが不可能だった時代があったという。

 シャンパン風な瓶にいれたい、ナポレオン型の瓶がおしゃれでいいと思っても出来なかったとは、なんぞや。それがようやくここへ来て可能になった。遅きに失したといわれるが、業界全体の危機感がすべてを可能にしたのだろう。

 女性向けというコンセプトから、フルーティな日本酒造りも全国各地で進んでいる。なかにはヒアルロン酸コラーゲン入りの美人になるお酒まであってびっくりする。女性が手にして飲んでもらえる、その一点に戦略を練ってつぎつぎと登場しているが日本酒新酒マーケットなのだ。

 春の宴、お花見やピクニックにぴったりというので、カップ酒にも工夫がつまっている。
 東郷青児の甘いイラストは、大分薫長酒造の上撰ワンカップ、岐阜御代桜の純米カップは、上野のパンダ、伊万里焼・有田焼・古伊万里・鍋島・柿右衛門の染付全五種は、古伊万里酒造のNOMANNE、さらにびっくりは白熱電球型の瓶に入った和歌山高垣酒造のでんきゅうの酒てんきゅう、実際にソケットに入るというから脱帽なのだ。それでも電球はつきません。
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2018年04月16日

エロトスのアラーキーが訴えられた

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 写真家荒木経惟(通称アラーキー)が訴えられた。
 2001年から2016年まで、アラーキーのモデルを務めていたKaoRiという女性から、セクハラ、パワハラ疑惑で訴えられた。今までも湯沢 薫、水原希子などからも訴えられている。
 芸術の名のもとに女性をモノ扱いされた、芸術を口実にセクハラされた、アラーキーの人権感覚を疑う、あれは性的虐待だ、という訴えである。

 アラーキーに限らず性そのものをモチーフに作品作りをしている作家は多い。多い作家のなかでも特に強烈な個性で作品創りをしているのが、アラーキーであるといえよう。
 アラーキーはエロトス……エロスとタナトスの合成語をテーマに、あるいは顔寫、激写、私情、などと共に偽恋、女陰、色情、人妻エロス、天城淫行、色情狂、色淫女などを題材に撮影してきた作家である。

 モデルとしてアラーキーの作品に参加することは、モデルの意識しているかいないかにかかわらず、モデルのエロスを提供することが仕事である。
 恐らく絵画のモデルであれば、今頃訴えるなどということはなかったと思うが、モデルあがりやダンサーあがりなど、メディアで仕事をしてきた女性たちは、頭の悪い女性が多い。世の中#ME TOO運動などが盛り上がると、とたんに私も私もになる。アラーキーの作品に於いてセクハラがあったと訴えるほうがおかしい。彼の作品はエロスそのものなのだから、それが判らないでモデルを10年以上やっていたとは、開いた口がふさがらない。
 こういうナンセンスな訴えが横行するようでは、この国はまだまだだといえよう。センチメンタル・エロロマンとかエロス楽写・女景色旅、そんなタイトルをみても連想能力に欠けるとはビックリである。
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2018年04月14日

戦没画学生に敗れた「夭折の天才たち」

戦没画学生に敗れた「夭折の天才たち」

 「あぁ〜、デッサンちゅ人の美術館なら、この畔いってお寺さんの入り口だや」
 信濃デッサン館ができた頃、上田市塩田平を訪ね、道に迷って土地の人に尋ねた頃のエピソードである。この地では、デッサン=素描などという知識はなく、土地の農家の人々はしばらくの間、デッサンという絵描きさんの美術館だと信じていたという話だ。

 作家水上勉さんの極貧時代、最初の妻との間に生まれた息子窪島誠一郎によって造られたのが、信濃デッサン館だった。当時1979年の頃、デッサンで美術館が出来ることなど誰も想像していなかった。窪島誠一郎さんは若くして死を迎えた無念の画家たちの作品を集めた。いわゆる夭折の天才たちに眼を向けたのだ。
 22歳で命を終えた森鴎外に名を受けた村山槐多、やはり20歳で天に召された関根正二、野田英夫、靉 光など。数奇な人生を歩んだみずからにダブらせた、作家へのこだわりだったような気がする。

 筆者も槐多の「尿する裸僧」の強烈なメッセージに心を奪われ、なんどかデッサン館に足をはこんだ。別館には槐多庵もあり、窪島のコレクターとしてのこだわりが読み取れた。

 が窪島誠一郎は1997年に、戦没画学生慰霊美術館「無言館」を近くの山王山にオープンした。 第二次世界大戦で戦争に駆りだされ命を落とした画学生の作品を全国から集めて展覧したのだ。
 夢見た家族の群像、永遠の別れになった恋人の横顔、新婚早々の妻、…… そこにあるドラマは絵の巧拙を超えて心に迫ってくる。無言館はそのコンセプトによって、全国から注目され、信州一の集客を誇る存在になった。
 軽井沢の来客にも、美術館は何処へ行ったら、と尋ねられれば、迷うことなく上田の「無言館」に行くべきですと答えてきた。戦地での死を覚悟して、旅立つまえの画学生たちの筆には、理屈抜きの生命観が溢れて慄然とするのだ。

 3月15日、「信濃デッサン館」は閉館される。
 夭折の天才たちとはいえ、戦没画学生の無念に勝つことはできなかった。



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2018年04月13日

神事芸能としての相撲と女性について

神事芸能としての相撲と女性について

 大相撲における土俵上への女性登場について、ワイドショウのコメンテーターがかしましい。
 男女同権の今、そんな差別は許されない。何故女性市長の挨拶が土俵上でできないのか。チビッ子相撲に女の子が出れないのはおかしい。こんなことでは、相撲は女性の支持を失って滅びるぞ。相撲協会は社団法人だから、内閣府が黙っているのはおかしい、安倍内閣が悪い。……等々

 大相撲のそもそもについて、あまりにも無知な人が多い。
 発祥は農耕民族としての日本人の暮らしのなかの大切な神事芸能であった。、収穫への祈り、収穫への競い合いが神事としての宗教性をもって長い歴史をつくってきた。
 力と力のぶつかり合いという側面から、もっぱら男性のみがかかわる神事となったのが相撲である。差別ではなく区別なのだ。神事のなかでも舞などは、いまでも巫女舞と呼ばれて、女性のみに許されている。
 古来、宗教や習俗から発した行事や芸能には、男女それぞれの役割があった。そのことは差別でもなんでもない。当たり前のことだ。
 すべてを差別と断じて非難する人は、浅い知識と「区別の文化」のない人なのだ。

 どうしても土俵に上がって挨拶したい、と駄々をこねた大臣や市長は選挙運動を土俵上からしたいだけなのだろう。協会もいちいち土俵のまんなかにマイクなど持ち出さず、土俵サイドですべての挨拶をしたらいいのだ。 お祓いをし、神を勧請した土俵の神聖を保つには、そうするしかない。中途半端な慣行がいちばんいけない。とくになんでもかんでも素人が口出しして正当化するクレーマー万能時代には、必要な措置ではないだろうか。

 神事芸能とギャンブル・スポーツをいっしょくたに考える馬鹿が多いのだから、協会はもっと毅然たる態度で発言していかなければ、情報過剰時代に飲み込まれてしまう。 伝統や習俗は民族の財産なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする