2020年05月10日

ヴェネチアの悲劇

ペストの医者.jpg

 「アドリア海の女王」という言い方に惹かれたし、「水の都ベニス」そんな呼び名にも惹かれて、数回のヴェネチア行があった。
ヘミングウェイの常宿でもあった五つ星+Lのグリッティパレスの朝食に憧れて、大運河からボートでチェックインしたこともあった。朝日に輝くサンタマリア デッラ サルーテ聖堂を前に、ゴンドラの行き交うキャナルを見ながらの朝の食事は、夢のまた夢のときだった。

 ある年の大晦日にはサンマルコの広場で、足の踏み場もないほどのシャンパンのボトルの破片の中で、新年のハグをかわした。無数の花火が新しい年の来復を告げていた。
 迷路のような狭い路地を訪ねて、カサノヴァのトランプを買いに行ったこともあった。亡き岩田糸子さんとゴンドラに揺られて島中を遊びあるいたこともあった。

 万華鏡のようなヴェネチアがもつとも輝くのはなんといっても二月のカーニバル、世界中のセレブが集まって美しいマスクをつけ、中世のドレスをきこんで島全体が何世紀の昔に帰る。仮面をつけ、時代衣装をまとえばだれでもが祭りの主人公になれる。
 昔貴族たちが美しい娘たちを手に入れるため、仕組まれた仮面舞踏会の作法がそのまま二月のマリア祭に持ち込まれたのだ。わくわくするような美しさに包まれた猥雑な行為に、人々みなが生きる命を謳歌しているようだった。

 ことしのカーニバルは、武漢コロナのおかげで途中打ち切りの憂き目にあつた。中国の一帯一路の甘言に乗った結果がこれだった。
 カーニバルのマスクの中にはかってのペストの経験から「ペストの医者」と呼ばれる鷲鼻のマスクもある。マスク工房の店は蠱惑的なマスクを店頭から引き揚げ、みなこの「ペストの医者」を飾ったが効果はなかった。
 ヴェネチアの全人口の一割ものひとびとが、あの世にたびだってしまった。 人影のきえたサンマルコの広場は悲しい。ペストの医者も悲しいけど、これが現実だ。
 ヴィスコンティの「ベニスに死す」が蘇ってきた。
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2020年05月05日

五月の空に鯉のぼりがいない

鯉のぼり.jpg

 今日は端午の節句だ。
 事務所に多くのスタッフが出入りしていた頃には、この日は必ず鶴屋八幡の柏餅を積んでみんなに振舞っていた。
 事務所のベランダには小さな鯉のぼりを出して、男たちの仕事ぶりを祝っていた。六本木の空にも鯉のぼりがあがっていた。

 軽井沢は田舎だから当然鯉のぼりは上がっていると信じていたが、旧軽井沢にも中軽井沢にも追分にも鯉のぼりはない。男の子が生まれていないのか、それとも親は子供の健やかな育ちを念じないのか。
 三井の森にも鯉のぼりはいない。軽井沢の空に鯉のぼりはいない。

 愛する我が子が鯉のように逞しく、激しく流れ落ちる滝を登り、龍のように天を登っていくように、祈らないのは何故だろう。
 黒い真鯉は父と冬を、赤い緋鯉は母と夏を、青い稚鯉は春と成長を願って、風をのんで大空に浮かぶ景色は五月の空そのものだった。

 吹流しは家の魔除けになると祖父から贈られてきた。かってのよき日本の風景がどんどんなくなって行く。
 テレビでは家庭に閉じ込められた子供たちに、マスクの作り方やら手洗いの仕方やら一生懸命に教えているが、鯉のぼりの意味や作り方など教えてこの国の五月の空をとりもどすほうが、よほど素晴らしいとおもうが如何。
 ああ、鯉のぼりの上がった五月の青空を見たい。
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2020年05月03日

テレワークに警告する

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 テレワーク、テレワークと画面上でデータ通信したり、学習したりすることがさも正しいことのように喧伝されている。
 とんでもないことだ。テレワークなどというものは、人間から人間性を奪い、人間の可能性を拒否する悪魔の学習、または悪魔のコミュニケーションと心得るべきだ。
 いまは武漢コロナという緊急時だからとりあえずテレワークで我慢しようというスタンスでなければならない。

 今回の世界的パンデミックで経済的な利益をえたのは、GAFAといわれるアメリカIT企業にほかならない。
 アップル、アマゾン・コム、グーグル、フェイスブック、の全社が新型コロナウィルス感染拡大の悪影響をしのぎ、感染防止のために自宅ですごす人々の「巣ごもり消費」で圧倒的に売上高を伸ばし、全社増収を記録した。
 コロナウィルスの感染実態から利益をえたのは、中国の細菌戦参謀本部と世界のネット市場を支配するGAFAと呼ばれるIT産業にほかならない。
 経済までやられて出口がみえないと騒いでいる反面、しめしめとばかり札束を数えている産業もあるということだ。

 かって役者が下手になったと論じられた時があった。どこの家庭にもVIDEOが普及し、我が家でVIDEOを見ながら稽古をすればいいといった風潮が当たり前になった時のことだ。 役者同志がガチンコで稽古するのとテレビの前でひとり稽古をするのではまるで違う。VIDEOには相手役の呼吸はうつらないし、舞台を支配する空気も映らない。
 演劇の醍醐味はこの役者と観客が一体になった空気なのだ。若手役者が稽古をVIDEOに託し、バイトのテレビに精を出すようになっから、舞台上の面白さがどんどん減っていった。演劇がイベント化していったのだ。

 教育についても、近所付き合いも、みなテレワークで充分と考えるような風潮は厳につつしむべきではないだろうか。
 そんなものに頼っていたら結局人間の魅力を見失い、ロボットのいうように暮らすつまらない社会に堕ちてしまうだろう。
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2020年04月28日

近江八幡の掘割りに想う

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 コロナ・ホームステイ週間のおかげで、奇跡に近い旅ができた。
 戦国時代の近江の国のありさまが手にとるように理解できたのだ。
 まず近江の入口に建つ佐和山城、秀吉三奉行のひとり石田三成がここに居城を定めた理由がもっともとわかった。東国と京、畿内の要衝にあり、喉元の防備に欠かせない位置をしめていることがジオラマを見る如くに理解できた。

 にほんの城郭建築の始まりといわれる安土桃山の城跡も琵琶湖を眼下に天下布武をとなえた織田信長にふさわしく、石墨にふれただけでも彼の人間のスケール観がよみとれる。幻の城が湖面に反射していた。

 不運の将軍秀次の造った近江八幡も、八幡山を背景にした琵琶湖水運と楽市楽座を中心に組み立てた都市構造の優秀さに眼をみはった。
 暗愚の将軍として秀吉に断罪された可哀そうな将軍ではなかった。琵琶湖の南の何もない葦の原に掘割を軸に南北に軍備と商業を並立させ、楽市楽座の法令をもちこんであきんど達に自由に交易をさせたあたり、なかなかの治世者だったことが伺える。

 こうした町の気風が、日本一の商人を育て、ヴォーリズなどの近江兄弟社を生み、菓子のたねやを育て、西川のふとん本家やら、かっての敷島紡績などの紡績業を産んだ所以なのだろう。
 料亭招福楼も官休庵やら表千家にちかく、禅と茶の趣味に傾倒したみごとな建物と料理に趣味人が集まっている。

 近江八幡に散在するヴォーリズの建築群、居宅、洋館、郵便局、ヴォーリズ学園、ヴォーリズ病院、近江兄弟社など廻って、初めて軽井沢では判らなかったヴォーリズの全貌に近ずいたような気がした。時代劇のロケに度々登場する掘割の表情も豊かで、倉敷などとてもかなわない。

 観光客が全くと言っていいほど居ず、町のたたずまいや歴史の時間が皮膚でかんじられた素晴らしいひとときであった。
 こんな充実した時間を下さった石寺真澄様と図師育代様に感謝である。
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2020年04月22日

小林麻耶と心中する新聞協会

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 日本新聞協会のエッセイ募集広告をみて、一瞬冗談かと思った。
 特別審査員としてテレビ界のカマトト娘として著名な小林麻耶のアップがのっている。
「新聞という病」「新聞の終りの始まり」と年々新聞への信頼が失われ、新聞をよまないことが若者のステータスになっているときに、新聞社のすべてが集まり大々的に公募するエッセイの審査員が「マヤカシ」のシンボル小林麻耶では、あまりにもお粗末ではないか。
 やっぱり新聞社ってのは没落の断末魔なのだと、みんなを説得するに充分なキャストである。新聞の知性がこの程度のものとみずから告白しているような特別審査員である。

 文学賞であれ、戯曲賞であれ、エッセイ賞であれ、文字ないし言葉をえらぶコンテストは数えきれないほどある。
 みなそれぞれのよって立つ背景と思想哲学を基盤に応募作品を選んでいるが、どの賞も真面目に運営されている。どんなに小さい賞でも言葉の達人、文章の達人に選考を依頼し、応募する人々の意にこたえられる人を選者としている。
 から騒ぎのカマトト、思わせぶりに人にせっするマヤカシの芸人を選者にするところなど、まず見当たらない。本当に日本新聞協会が主催する催事なのだろうか。
 新聞人を自他ともに許す人々が、審査を託するに値するタレントを認めたとすると、「新聞という病」はそうとうに重いと感じざるをえない。
朝日新聞のヘイトに騙される日本人は、そういつまでもいない。新聞に期待する知性は何処かへいってしまった。
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2020年04月14日

中国政府にコロナ賠償金を請求する

武漢ウィルス勝利記念切手.jpg

 世界中の国々が武漢コロナのおかげで苦しんでいるいま、こともあろうに中国政府が「武漢コロナ祝勝記念切手」を発行しようとしている。
 わが国人民の勇気と努力で完全にコロナを制圧したという記念切手である。
 世界中にコロナを垂れ流したという責任感は全くない。春節前に中国全土を封鎖し、海外旅行を止めれば今日の惨状はなかったと断言できる。
 国内に発生した感染症を把握していながら、世界中に中国人を放出した罪は大きい。まず習近平は世界に向かって「お詫びのメッセージ」をだすべきだろう。

 アメリカがまず怒った。
 "中国政府がコロナウィルスの感染の拡大や、殺傷性を意図的かつ組織的に隠蔽する工作を実行し、米国民と多大な人間に死をもたらした。
 米国議会は中国政府に対し、その工作が全世界に生んだ被害、損失、破壊への法的責任を取り、損害賠償金を支払うことを求める。
 米国議会は国際社会に対し、各国家が中国の行動で受けた損害を数量的、測定的に測定し、中国政府からの賠償金を受け取るための法的なメカニズムを創設することを提案する。

 上院ジョッシュ・ホーリー議員、下院エリス・ステファニク議員ほか10名の議員が、上下両院にに同じ内容の法案を提出した。
 さらに署名者のひとりジム・バンクス下院議員は中国からの賠償金の獲得方法を具体的に提案した。
 第一は中国が保有する米国政府債券の一部から取り立てる。第二に中国からの輸入品に特別関税をかけ、「コロナウィルス犠牲者賠償基金」として積み立てる。

 フロリダ、テキサス、ネバダの各州では、地元中小企業が団結して、コロナウィルスによる被害賠償を中国政府に求める大規模集団訴訟をおこしている。
 はたして日本の議会はどう動くのか見ものである。
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2020年04月13日

芸能界の骨肉の争い

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 娘を嘘つきと述べる母/
母をみづからの財産を奪う収奪者とのべる娘/
法廷という場で互いを罵りあう母と娘/
 父の度重なる不倫/
母の巨額の借金/
両親の離婚/
異国へいってしまった父/
 残された人気女優の娘/
娘の学校の同級生の親から借金をする母/
高校を中退する娘/
パリコレにでる娘/
女優デビュウの娘/
 娘と人気俳優との恋/
母の名前でホテルを予約、娘との共犯/
結婚3人の子供授かる/
父の不倫につぐ夫の不倫3年/
両親と同じ娘の離婚/
 水商売の母/
娘の事務所の社長になった母/
釈尊会という新宗教/
娘から給料を貰って社長になった母/
娘NHK朝ドラの主役務める/
 突如馘を言い渡される母/
娘を相手取って訴える母/
娘と実母との骨肉裁判/
果てしなくつづく法廷闘争……
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2020年04月11日

非常事態緊急権を拒否する野党

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 憲法審査会という組織がある。
 法治国家として最高の法律である憲法を絶えず考え、時代に適合しているか否かを審査する役割を背負っている。
 これまで幾度となく憲法審査会の開催を要望してきた自民党だったが、野党はがんとして応じてこなかった。
「不要とは言わないが、不急である。」意味不明の言葉遊びで憲法審査を拒否してきたのが、立憲民主をはじめとする共産党などの野党である。国民はかねがね馬鹿も休み休みにして、真面目に憲法論議をして欲しいと望んでいたが、今回の武漢コロナ戦争ですこし希望が持てるようになってきた。

 公明党の北側憲法調査会長が9日ようやく発言した。「 コロナ感染症の拡大がどう展開いくかわからない。緊急事態に関する憲法上の規定を議論するのはとても大事である。」 公明党が言い出せば、立憲民主も応じざるを得なくなるだろう。
 もし明日にも国会から感染者が出、ただちに議事堂閉鎖という事態になれば、議論なんかできない現実にぶつかるのだ。

 日本の野党は本当にアタマが悪い。
 念仏のごとく緊急事態条項が憲法にくわわれば、人権が制限されて戦争に連れていかれる。とまるで緊急事態は戦争を仕掛けることだと固く信じている。目の前の中国由来の細菌戦争にまきこまれても、まだ人権人権とお題目をとなえている。いい加減にせい、というところだ。

 ドイツもフランスもイタリアもアメリカも「国家非常事態緊急権」で戦っている。日本だけが憲法に非常事態緊急権がなく、首相からのお願いや、知事のカタカナ脅迫で対処している。国家緊急権と憲法はどこの国も一体なのだ。
 このコロナ戦争への安倍首相の脆弱さは、野党の憲法審査拒否が根本的原因であるといわれても反論できまい。
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2020年04月10日

梅沢冨美男の転落・プレバト春光戦

梅沢冨美男.jpg 

 梅沢冨美男がとうとう転落した。
「この番組は俺で持っているんだ。なんだ、この野郎!」と豪語していた梅沢が、プレバト春光戦で最下位に転落した。そもそも彼には、さもしい地上波テレビに出演しているという自覚がない。モーニングショウの玉川や、松岡修造に共通する厚かましさと他人にたいする謙虚さが欠けている。
 夏木先生に対する礼儀もないし、他の出演者にたいする態度も、無礼をうりものにしている不愉快な芸風である。

 春光戦のお題は「不動産屋の貼り紙」
   第一席は東国原英夫の作品
   " まるでシンバル 移り来し街 余寒 "
   ・・・彼のの青春の寂しさがしみじみと伝わる。
   第二席は藤本敏夫の作品
   " 1 D K 八重桜まで 徒歩2分 "
    ・・・これも彼の実体験だという。
   第三席には中田喜子が入選した。
   " 若芝に大の字 身ひとつの移住 "
    ・・・彼女の喜びように思わず涙が流れた。

 プレバトを見ていると、芸人たちの教養の深浅がよく判り、意外な発見もある。お題に対する想像力の飛躍にそれぞれの可能性を感じることもある。
 馬鹿馬鹿しいお笑い芸や、偏ったニュース報道よりもはるかに有益で面白いプログラムなのだ。

 ちなみに梅沢冨美男最下位の句は、
 " 風呂なしの 四畳一間の 三葉芹 "
   ・・・三つ葉芹の生命力が伝わらない。自己陶酔の駄作である。
                 
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2020年04月08日

ミサイルのないミサイル部隊

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 コロナを世界中にまき散らしている中国は、相変わらず尖閣諸島の領海侵犯を繰り返している。
 日本にとって尖閣諸島、与那国島、石田島、宮古島、沖縄本島など南西諸島防衛は必要不可欠の最重要課題だ。

 陸上自衛隊の宮古島駐屯地にミサイル部隊が配備されたことで、防衛強化は一歩前進したようにみえるが、実は絵にかいた餅のようなもので、実態はマンガなのだ。
 部隊はいるが、弾薬庫がない。沖縄県も地元行政も弾薬庫の建設に難癖をつけ、弾薬のない自衛隊になっている。  軍を配備するということは、同時に武器も弾薬も配備しなければ意味がないとは子供にも理解できる話だが、どうしたことか知事も町長も絶対反対なのだ。 弾薬のない自衛隊にどうして島々を守れというのか。喜んでいるのは隙あらば侵攻しようと狙っている敵国だろう。

 つねづね沖縄諸島も尖閣諸島も我が国の領土と主張する中国のしわざと考えるのが自然の成り行き。  県知事も、宮古島町長も、隣国からワイロでももらったのか中国の利益代表とかんがえるのがもっとも自然にいきつく結論である。
 そうでなければ、自衛隊に弾薬を持ってくるな、等というとんでもない発言はない。
 ミサイル部隊がいても肝心のミサイルがない、
 馬鹿もやすみやすみにして欲しい沖縄の最前線である。
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2020年04月04日

地上波テレビのヘイト・ニュース

マスク人間.jpg

 「三つの密を避けましょう」ワイドショウの司会者がわけしり顔に発言し終わると、次の画面ではアラシとやらが必要以上に集まって踊っている。やはり、人が密集したところには行かないようにしましょう司会者Bの発言が終わると、今度は人が密集した居酒屋で乾杯しているビールのCMだ。 言っていることと放送している内容が滅茶苦茶なのが、地上波テレビの近頃である。

 そもそも番組のなかで発言した内容に責任をもたないのが地上波のテレビだが、今回のコロナに突入してからは症状がますますひどくなった。
 三つの密、密集・密接・密室こそが最大の避けるべき条件といっているが、番組内で発言はCMにまったく反映しない。
 狭いガソリンスタンドに考えられないほどの人間が集まって踊ったり、密室のライブハウスは行かないでといったそばから、サカミチの少女たちがぎっしり並んで歌っている。 オツムの弱い視聴者はどっちにしたらいいのか迷うばかりだ。

 つい去年まではインフルエンザが流行ってます。ご注意ください。40万人が罹患している時に流行ってますと、いっていた。
 ところがコロナでは、100人でも感染拡大といっている。1万人では爆発的に、といっている。そのうえ医療崩壊といって視聴者を脅迫するのか意図がよくわからない。
 NHKも民放も言葉のつかいかたが煽情的で、どんどん基点を動かしている。森友問題を追及する野党と全くかわらない。
 そういうのをヘイト・ニュースというのだ。

 YouTube一位の報道があった。手洗いの順番を踊りながらダンスにしたジャニーズの映像だ。アタマの弱い女子アナが、マア素敵と感動して伝えていたが、つくづく日本人は阿呆になったという思いだ。
 子供に媚びることでいかにも良いことをしているような、そういった意識がいやらしい。
 選挙のときだけ、子育て支援とか子育て環境と言い出す何処かの議員さんたちと同じ、情けない芸人たちとメディア芸者である。

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2020年04月02日

武漢コロナのカタカナ語戦争

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 グローバル、グローバルと草木もなびいて、「グローバルにあらざれば人に非ず」の勢いだったが、武漢コロナのおかげで人々の心も少しばかり冷静さをとりもどしたようだ。
 軽井沢でも役場と観光協会あたりが主導して、インバウンドのプロモーションに海外へ飛んだり、交通大臣のG7あるいは環境大臣のG20の会場に手を挙げ、視察団がヨーロッパにいってみたりしていたが、おかげでこれだけ軽井沢が良くなったというような噂はとんときこえてこない。

 今年の中国の春節のときも、軽井沢の中国人による混み様は異常だった。
 アウトレツトは勿論のこと、旧道もハルニレ・テラスもスーパーもみな大声の中国人に支配されてしまった。
 武漢ですでに大量の感染が発生していたにもかかわらず、習近平の隠蔽工作によって見事にだまされた。大量のコロナウイルスとともに隣国を歩き回った彼らは、お国に帰るや否や國境閉鎖して閉じこもってしまった。
 いまや武漢に始まった悪疫は世界中に蔓延し、かって世界を恐怖に巻き込んだペストと同じく、人類にとって最悪のシナリオになった。 中国は一帯一路などと寝言をいうまえに、世界のコロナ撲滅にもてるものの総てを投入し、発生元としての責任を果たすべきだろう。

 いま専門家と称する人々がマスコミに登場しカタカナ文字を連発してウンチクを傾けているのも不愉快きわまりない。
 WHO…テドロス…コービッド…クラスター…ロックダウン…オーバーシュート…パンデミック…インバウンド…アビガン…等々 にほん語で生活し、にほん語で働いてきたオジサン・オバサン達には何が何だかわからない。コーピッド19などと言わず、武漢ウィルスで充分ではないか。その辺からすでに中国共産党の手中に堕ちている。
 得意気にカタカナ語をふりまわす小池百合子都知事にもおおいに問題ありだ。犯人の中国に何万枚かの防護服と何十万枚のマスクを送ったと豪語していたが、おひざ元の日本人には配らずに中国に贈ったとは、なにを考えているのかわからない。
 自国民には2枚ずつ配るので勘弁してくれ、とでもいうのだろうか。
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2020年04月01日

御室仁和寺のマスク

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 都の桜がぜんぶ散ってなんたる不運と嘆いていた時、仁和寺に行けば御室の桜がありますえ、と教えてくれたのは祇園の千子さんだった。
 背のひくい見事な桜が、中門の前に奇跡のように咲いていた。四月も末の頃、原谷も賀茂川沿いも哲学の道もみんな散ってしまっているのにここ御室の桜だけが盛りをむかえているのは、奇跡のさまを目の前にしたような気分だった。

 その仁和寺が今注目を浴びている。街じゅうの薬やさんや、スーパーから消えてしまったマスクを仁和寺のお寺さんが下さるというのだ。
 奉紙を長方形にたたみ、マスクのサイズになったなかに、薬師如来のご朱印を押し、たたんだ両端にこよりの紐をつけた有難いマスクである。
 お坊さんがご本尊さまの前などで使用する手づくりのマスクである。お参りにきた方への感謝のしるしに差し上げていると、仁和寺さんは言っている。
 御室の桜の奇跡といい、マスクのご下賜といい、やはり仁和寺は本山にふさわしく霊験新たかなのかもしれない。

 手づくりのマスクといえば、千家のお家元でもいつもマスクを作っている。
 寺社仏閣へのお献茶のおり、家元は常にマスクをしてご本尊様へ息がかからぬよう茶を点て、お運びしている。
 決してアメリカンドラッグで買い求めた中国製マスクは使用しない。

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2020年03月31日

レオンポケットの行方

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 この夏、ソニーが満を持して打ち出そうとしていた「レオンポケット」が行場をなくしている。
 レオンポケットって何? と思われる方も多いとおもわれるが、要は「瞬冷冷却服」、つまり日本の異常高温の夏を乗り切る切り札になるはずだった冷却システムのついた服のことだ。
 五輪観戦時の熱夏を避ける救世主になる予定であり、ウオークマン以来ソニーの名声をふたたび世界中に知らしめる絶好の機会ととらえていた。

 ファンを使った空冷式の冷却装置は昨年の夏圧倒的な話題をひろったが、ソニーの仕掛けるのは、スマホで温度調節できる冷却デバイスを使った「レオンポケット」だ。
 電圧をかけると熱が移動するペルチェ素子を使い、首元を直接冷やす仕組みで、バッテリーが持つ限り冷たさがへたる心配はない。専用のインナーに装着すれば目立たずに着用できるのも魅力、五輪観客や夏のサラリーマン待望の商品だったが、武漢コロナのお蔭で商機をいっしたというところか。

 ワークマン、ミズノはファン付作業着、デサントはフロントファスナーを開けたままでも冷却効果をえられる「デサント・クールJAC」、アオキは「クーラー・ベスト」と各社夏の高温対策にのりだしているが、みな一様にオリンピックの腰折れで生産調整、宣伝調整にはいっていると聞く。
 日本の夏を変えると頑張っていたソニー、果たして来年の夏まで在庫がもつか、その辺が心配である。
 「レオンポケット」ガンバレなのだ。
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2020年03月27日

夜8時の拍手

シャロンヌ通り.jpg

 パリ11区シャロンヌ通りに住む友人Tomo & Yukiからのメールである。

 夜8時になるとあちこちのアパートから拍手がきこえてくる。
 お医者さん看護師さんその他大勢の医療に従事する人々への、感謝と応援の拍手だそうだ。
 拍手はアパートの中庭のあちこちからもそれぞれの想いをこめてきこえてくる。昨日の晩にはお鍋をたたく音まで加わったと書かれていた。

 ひときわ明るい窓が開けられ、立派な髭をたくわえた紳士が現われる。堂々としたテノールで「誰もねてはならぬ」オペラの歌曲が歌われる、あちこちの窓が開いてそれぞれに聴きいる。窓辺の椅子に座って静かに聞きいる老夫婦、手を振りながら乗り出してきく子供達、新婚の若いカップルも窓をあけ小鳥とともに耳を澄ましている。
 オペラ座も閉鎖され、彼の歌うべき舞台も奪われてしまった。せめて近所の人々にでも聴いてもらえたら。外にでることは一切禁止されているので、我が家の窓から天に向かって歌う。路地をへだてた向かいの人々も彼の声にききいる。窓から窓に広がるオペラの響き、あちこちの窓からの拍手は、彼の耳にはオペラハウスのアンコールに聴こえたに違いない。

 外出をするときはいちいち許可証をもって出ねばならず、それでも初日には400人のフランス人が捕まり、三日間ですでに4000人のパリジャンが捕まったそうだ。アパートに閉じ込められた二人には静かな絶好のときと捉えて過ごしている、と結ばれていた。
  パリから届いた武漢コロナの日々と、そこにあるいかにもバリジャンならではの心温まる拍手の夜のお手紙でした。
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2020年03月26日

嘉永2年お雛様の祝い膳

享保雛.jpg

 長野から長野電鉄に乗る。市内は地下鉄になっている。
 JKの賑やかなグループや湯田中温泉の女将さんでもあろうか、粋な小紋の女をよこめに久しぶりの地下鉄だった。昔は東京東急の路線を走っていたという昭和の香りのする電車である。

 善光寺下をぬけて地上にでると、そこは雪国だった。
 信州須坂にある田中本家美術館で今日は、嘉永2年3月の五代当主田中主水の初孫初節句の祝い膳の会だ。
 豪商の雛人形は京都で三井総本家のお雛様の色々を見たことがあった。青山の根津美術館では、虎屋さんの黒川家に伝わる人形展があった。
そのいずれもが日本を代表する旧家だったので、いわゆる享保雛から現代まで、娘を想う、孫を想う親のきもちが、人形のしつらえに現れ素晴らしい体験だった。
 須坂の田中本家も地方の豪商とはいえ、須坂藩最大の商家だけあってお料理の組み立ても素晴らしく、贅をつくしたお魚料理や懐石に沿った山海の珍味に舌ずつみをうった。

 なにより御当主田中宏和さんの説明が楽しく、一歩引きながらも品のある冗談を散発して楽しませてくれた。
 座敷のそとは音もなく降る雪で、雛のまつりのご馳走に雪のご馳走を重ねた至福のひとときであった。
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2020年03月21日

シルク・ド・ソレイユ95%解雇

シルクドソレイユ大舞台.jpg
 ラスベガスのストリップからショウのネオンが消えた。
 ショウビジネスに関わってきた身としてこんなに寂しいことはない。
 ショウを勉強するのなら先ずパリ、そしてニューヨーク、仕上げはラスベガスというのが若いころからの不文律だった。ショウ・ビジネスはそれ以外の世界には存在しなかった。宝塚、日劇、国際とこの国にもショウはあったが、ニューヨークやヴェガスのショウには比べものにならなかった。
 宝塚はキレイだったが少女趣味にとどまっていたし、日劇には世界の民族舞踊というテーマがあったが短期公演だったために採算がとれずに幕を下ろした。国際は劇場があまりに大きく、下町風な良さはレビュウから洗練さを奪った。

 現在世界のレジェンド・ショウの95パーセントを制作しているシルク・ド・ソレイユが、武漢コロナの直撃をうけスタッフ・キャストの95パーセントに及ぶ4679人を解雇すると3月19日に発表した。
 もとはカナダの火吹き大道芸人ギー・ラリベルテによって設立されたシルク・ド・ソレイユは、余りにも規模が大きくなりすぎ、現在株の持分はTPGキャピタルというジャンク・ファンドが60パーセント、中国の復星国際が20パーセント、ケベックの預金ファンドが10パーセントという株主によって運営されている。
 日本人も60人のダンサーとサーカスマン、ヴァイオリン3名、衣裳デザイナー1名が参加しているが、恐らく皆解雇されたのだろう。

 ベガスでは MGMグランドホテル(Kaカー) ホテル・ベラージォ(Oオー) トレジャー・アイランド(Mystereミスティール) ニューヨーク・ニューヨーク(Zumanityズーマニティ) ミラージュ(Loveラブ) ルクソール(Criss Angel Mind Freak Live) マンダレイ・ベイ(Mickael Jackson One)などストリップにある大きなホテルのショウをほとんど製作しているが、彼らのショウは劇場機構からすべて作り変えるため、他のショウを入れることは不可能なのだ。

 コロナのパンデミックが収まったのち、この全員解雇に近い状況からどう立て直していくのか注目したい。その時がきたら再公募してオーディションにかければいくらでも集まると考えているのかもしれない。ショウ・ビジネスの非情な過酷さが武漢コロナを機会にあぶり出され、ノー天気な日本人には代えっていい薬かもしれない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月19日

Twitter始めました。

コロナの暇つぶしに、いつまで続くかわからないTwitterをはじめました。
どうぞよろしく。

アカウント:Hoshino.K@karuizawa321
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月17日

パリからカフェが消えた

ラロトンド.jpg

 武漢コロナのお蔭で、パリからカフェが消えてしまった。
 パリにとつてカフェは空気そのもので、街角からカフェが消えたらパリは生きていけない。

 サルトルは「レ・ドウ・マゴ」の5階に住んでいたし、モディリアニは「ラ・ロトンド」で、ピカソや藤田嗣治は「ル・ドーム」で若い夜を費やしていた。
 Kづくめのシックなジエンヌが働くトロカデロの「カレット」も閉めている。せめて彼女たちがコロナに感染することなく、ペントハウスで静かに過ごしていてくれたらと祈るばかりだ。
 エッフェル塔もルーヴルもみな閉められて、パリは死んでいる。

 1947年にアルベール・カミュが「ペスト」という小説を発表した。
 とある医者が一匹のねずみの死体に遭遇するところから始まる話だが、その描写が武漢ウィルスに似ているというので、いま改めて反響をよんでいる。直面する死への恐怖、愛する人との別れなど、伝染病ペストを介して予期しない戦いが描かれている。
 焼け野原と化した銀座の小さな喫茶店でページをめくったことを思い出した。

 哲学という言葉はサンジェルマンのカフェときっても切れないし、モンパルナスのカフェでは20世紀の画家たちのさんざめきを想像した。
 パリのカフェにはいっぱいの歴史や文学があふれている。パリにもしエッフェル塔がなかったら、というジェンヌたちの設問があるが、それ以上にパリからカフェが消えたら、パリの人々にとってこんなに苦しい日々はないだろう。
 パリで働く若き友人、tume & yuki お二人はコロナを蹴散らしているだろうか。ちょっぴり心配である。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

「満島ひかり」に蹴散らされた「檀れい」

 黄昏の地上波TVのなかでビールのCMだけが元気をたもっている。

檀れい.jpg

 ビールCMの出演者のなかで、サントリーの「檀れい」ほど女性層に受けなかったタレントはいない。
 2007年以来60本以上の作品をとったが、ことごとく不評だった。彼女が考えて演じれば演じるほどユーザーを失っていった。すべてが男受けを狙った計算ずくと受け止められ、夫の及川光博までがドツボに嵌まったオバカな俳優と評判を落とす結果を招いてしまった。
 その仕草や台詞のひとつひとつが、積極的なあざとさと受け止められて、檀れいは金麦とともに沈没した。彼女はいま松竹エンターテイメントを止め、太田プロにかわったが、有吉や指原のいるお笑いプロになじめるか、どうか、はなはだ疑問だ。
 彼女の表現の誇張は宝塚という土壌に大きな責任がある。一方的な自己顕示のみで転がしていく宝塚の演技はとても一般人の鑑賞にたえられるものではない。少女歌劇という背景があってこそのものだ。天海祐希、黒木瞳、大地真央、檀れい、紫吹淳など、みんなお多分にもれずリアルな芝居はできない。

 サントリーは檀れいに懲りて、石原さとみへスイッチしたが、中年のわざとらしさから若い自然体へというコンセプトが先行し、やたら花吹雪を散らす効果さんの大変さと石原のオーバーなアドリブだけが目立っている。

ミツシマとビール.jpg

 今いちばん光っているのはキリン新一番搾りの「満島ひかり」かもしれない。
 餃子、おでん、寿司、焼き鳥と、ビールが美味しい瞬間にだけ映像をしぼっている。男たちのたまり場屋台での飲み比べや、仕事帰りのひとり焼肉と、今のはたらく女性のリアルに焦点をあわせている。スタッフが明確なコンセプトをもっているというが大きい。
 満島の演技も自然とデフォルメのギリギリの線なのだが、彼女の個性に守られてなんとかリアルさをたもっている。この先飽きられないためには、なんらかのプラス・ワンが必要だろう。

 目隠しをして飲み比べなどという馬鹿馬鹿しさではなく、コクやキレにも頼らない、未知のCMコンセプトを見付けることが、ビールCMの明日を保証する。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする