2020年03月15日

祇園さんの武漢コロナ退散

八坂神社茅の輪.jpg

 京都八坂神社が時ならぬ「コロナ退散」のために、臨時「茅の輪くぐり」をしている。
 寺社は本来氏子の苦難のときにこそ祈るべきにも関わらず、おおかたの神社仏閣はそれを忘れ、予め決められている例祭のときだけ形通りの祈りを捧げている例が多い。
 八坂神社は全国祇園信仰の総本社ではあるが、同時に京都東山区、右京区、中京区に氏子を抱える氏神様でもある。氏子の通う学校は休みとなり、南座も閉鎖、都をどり、も中止となり、いつもならインバウンドの外人さんがあふれている祇園町にも、コロナの静けさが訪れている。

 例年なら七月一か月に及ぶ祇園祭では、山鉾巡行も終わった最後の夏越しの祭りに、末社の疫神社に大きな茅の輪が造られ、疫病退散を祈る。
 武漢コロナの緊急事態に急遽、大きな茅の輪が二つも造られ、拝殿前と疫神社の鳥居に取り付けられた。コロナ除けにはもっとも伝統的な祈りのかたちである。
 芸妓も舞妓も館のおかあさんも町衆もみな祇園さんの茅の輪をくぐって、コロナ退散を願う。
 氏神様は氏子のために、時の氏神になってこその祇園社なのだ。観光客のことばかりに気をとられカラフルなお札づくりに精出すひまがあったら、目の前の氏子の苦しみに眼をむけてこその氏神様である。

 あたりまえの祇園さんの時ならぬ「茅の輪くぐり」に日頃の喜捨はむだではなかったと心ひかれた出来事だった。
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2020年03月14日

香水の街・グラースの思い出

グラース香水.jpg

 カンヌの駅前からバスに乗ってグラースに向かった。 グラースは香水の都だ。
 香水と言えば、マリリン・モンローがまとって寝たという「シャネルの5番」の時代だった。どういう弾みか「夜間飛行」等という香水に出会うとむせて気分がわるくなり、子供ね、と馬鹿にされたこともあった。
 ニューヨークのブルーミング・デール正面には資生堂の「禅」が、巨大なポスターで客を迎えていた。カネボウでも世界に通用する香水を開発するといっていたので、グラース必見とばかりにバスに乗った。

 グラースの街は古い坂ばかりのまちだった。18世紀の貴族の館が残り、昔ながらの香水ブティックがそこここにあった。
 人があまり来ないようにわざわざ道を狭く作ったときいて妙に納得した。香水博物館でマリーアントワネットの為につくつた香水瓶や化粧箱を見、ジャスミンやミモザの花がいっぱいのディオールの花畑をみて、香りに包まれた一日を過ごした。

 グラースでは自分だけの香水を調香してもらってくるのよ、というお薦めに従って、とある香水屋に飛び込んだ。目鼻立ちの整った美しい調香師が、幾百とある精油の瓶からあなたは東洋人だから絶対にこれと薦めてくれた香水はやたらインド臭く、もっと柑橘系の爽やかな香りが好きだと逆らって、ようやくマイ香水にたどり着くまで、一時間ほどのときを費やしてしまった。

 グラースの帰り道はお伽の世界から戻ってきたような不思議な幸福感でいっぱいだった。
 今では巨大な外資が入り込んで、食品香料が中心になり、かっての手づくりの香水の街はすっかり表情が変わってしまったと言われているが、それでも観光客目当ての香水の調香店には、世界中からお上りさんが跡をたたないそうだ。


 
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2020年03月12日

十三代團十郎襲名の軽さと非礼・歌舞伎がイベントになった

 団十郎襲名.jpg

 十三代目市川團十郎襲名披露のチラシが送られてきた。
 A4判四枚がつながった細長いポスター状のちらしを開いてみた。片面には海老蔵と息子の写真4カットである。
 期待してもう反面をひらいてみた。襲名披露の文字が75パーセント、残り25パーセントのスペースに外題がのっている。5月6月7月の3ヶ月に及ぶ興行には團十郎と新之助の配役しかかいてない。演目も勧進帳、助六、外郎売、暫、あとは7月の三部制のだけ、襲名披露を祝って共に舞台を盛り上げてくれる役者は一切のっていない。
 團十郎、新之助だけで舞台が出来るわけではない。多くの名代、名人、上手が團十郎の大見得を引き立ててくれるからこそ、成田屋の華やかな舞台が成立する。

 3ヶ月前になって、相手役も他の出し物も決まっていない筈がない。五月公演の昼の部が勧進帳だけの筈はないが、なにをやるか判らない海老蔵ゆえ、ひょつとすると自分の出し物だけで他は上演しないというとんでもない振舞いにおよぶかもしれない。
 通常なら團菊祭なので、菊五郎さんも菊之助さんも出演する筈だし、夜の部の助六には仁左衛門さんも、玉三郎も出演するだろうしと、勝手な想像をめぐらすが、この派手なチラシのどこにもそんなことは書かれていない。
 興行主の松竹の責任か、海老蔵の責任か、マネージメントの不遜かはわからないが、いずれにしても無責任なチラシにはちがいない。

 さらに驚いたことに、その内容不明なチラシで予約をしてくれという態度である。担当者は親切に早くお日にちを下さいというが、海老蔵のことしか眼に入っていないのだろう。共に舞台をつとめる優れた役者の面子によって、劇場に足を向ける日もかわってくるという芝居好きの心情を忘れている。
 松竹から海老蔵、マネージメントのすべてが、ツイッターのイイネの世界になっている。他の演目も明らかにせず、共演者も発表せずに予約をとる。これではアイドルの公演とまったく同じことだ。歌舞伎がイベントになってしまった。
 競演してくれる先輩俳優にたいしてもこの上ない失礼なことだし、芝居好きの贔屓にたいしても非礼極まりない。

 先代団十郎襲名の折は、一年も前から狂言、共演者もきまって挨拶まわりをしていた。
 名跡襲名というものについて、こんなに軽くなったということをしみじみと感じさせる 十三代團十郎襲名のリアルである。
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2020年03月11日

コロナと久兵衛の日々

寿司久兵衛.jpg

 次々と中止の電話やら、お便りが入っている。
 宝塚歌劇も中止になった。市川団十郎襲名披露パーティも中止になった。一世一代の晴れがましい舞台も飛んでしまうという悲しい日々がつづいている。
 街も閑散としている。新幹線も空いている。前日に切符を買いに行かなくとも、当日乗車時で11号車16番A席にすわることができる。
有り難いが活気のない悲しい日々である。ましてや老人はかかりやすく死にやすいと言われては不愉快きわまりない。

 そんな中をものともせずブラッセルから友人がきた。
 刺身が食べたいという、コロナにまけず美味い刺身を供してくれるのは何処か、と考えた。彼の地にも日本食やは多々あるが、包丁の切れ味と捌きだけで完成する江戸前の刺身をみつけるのは困難なのだ。
 それならば型通りの懐石よりも寿司やに限る、日本に住む先輩として美味い刺身を提供する義務がある。というわけで銀座八丁目の久兵衛に伺った。
 二階の掘りごたつ形式の座敷には桃の花が咲き乱れ春爛漫であった。次々としゅんの肴を捌き、いくつもの貝の微妙にことなる味を楽しみ、生と焼きの違いなどをいただいて至福の時間をすごした。


 女王の孫のヘンリーについて話題がはずんだ。どこの国でも君主の子供の次男坊というのは問題なのよ。ヘンリーも散々母ダイアナから「あなたは次男だから国王にはなれないのよ、だから兄のチャールズに尽くしなさい」と言われて育ったに違いないわ。それが我慢できなかった馬鹿なのよ。日本だってそうじゃない秋篠宮は次男だから歪んでいると思わない?見事に次男坊ボンクラ説を裁いて見せた。
 どうやら彼の地では、メーガン悪女説とヘンリーお馬鹿説が半々にわかれているようだ。
 
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2020年03月06日

感染したが発生は他国・中国の責任回避

新型コロナ武漢.jpg

 盗っ人猛々しい、呆れてものも云えないニュースが飛んできた。
 中国政府、習近平指導部の馬朝旭外務次官は5日の記者会見で「中国の強力な行動が、世界の感染予防・制御のために時間を稼いだ。」と強調し「巨大な犠牲を払って全人類に貢献した」と自画自賛、さらに中国政府の専門家チームのトップ、鍾南山氏は「感染は最初に中国で起きたが、発生源は中国とは限らない」と発言し、国内のネット上では「中国はは発生源ではない」という呆れた主張が飛び交いだしている。

 国営新華社通信のサイトが4日に発表した文書では「新型ウィルスの発生源はおそらく他国だ。中国が謝る必要はない。……中国は巨大な経済コストを支払った。世界は中国に感謝しなければならない。」と言い放った。

 かねがね中華思想の取り扱いの難しさは聞いていたが、ここまでくると開いた口がふさがらない。
 世界中が中国の情報隠蔽のおかげでどれだけ迷惑をこうむったか、その現実を前にしながらも、無かったことにしようとする中国習近平政権のあこぎさが見えて、ものいう元気もなくなる。

 「ぼやぼやしてると発生源は日本だ」と言い出しかねない。
 反日親中の学者が尻馬にのって、実は沖縄のヤンバルクイナに同じコロナ菌があり、それが大陸に渡って武漢で発病したなどと、もっともらしいデマ、ヘイトなニュースを流されたらたまったものではない。
 一世紀たっても消えない南京大虐殺のごとく、ありもしない事件をでっちあげられて世界中から白い眼で見られるようになる。
 日本中から送った何百万枚のマスクが仇となって帰ってくる。

 中国という国は本当に困った国である。
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2020年03月04日

新型コロナの雛祭り

三人官女.jpg

 ひな祭りが済むと、すぐにお人形をしまわなければならなかった。
 いつまでもお人形さんを飾っておくと、お嫁に行けなくなるからと、幼い妹の行く末についての母の心ずかいだったのだろう。
 綺麗なお人形さんが並んで折角華やいだ座敷から、春の香りが逃げていくような気がして寂しかった。

 お人形さんをしまう時は、いつも三人官女を担当した。内裏雛は母がしまい、五人囃子は誰がしまっていたか全くおぼえがない。
 官女の顔がとてもきれいに見え、そっと触って、ひどく叱られたことをおぼえている。毛ばたきで見えない埃をおとし、白いやわら紙を裁たんで顔を覆い、後ろでこよりにした紙を結んでそーっと箱に収めた。
 人形をしまうオコナイがとても厳粛なことのように思え、どこかで神様が見守っているような気がした。

 久しぶりに相方が今日はお雛様だから、ちらし寿司つくると言い出した。
 たりないのは蓮根と紅ショウガ、それに蛤と言われ、買い物にでかけた。蓮根の余り太くなく美味そうなのを探すのは少し手間だったが、紅ショウガも蛤も無事買い求めて帰ってきた。 
 キッチンから大声が飛んできた。何事かと覗いたところ、蛤が中国産ではないかと相方が怒っている。大ぶりの蛤はなく、少し貧弱なサイズの蛤と思ったが、他になかったので買ってきてしまった。中国産というラベルには気がつかなかった。
 折からのコロナ菌ウィルスの騒動もあり、中国産というだけで不潔なイメージを持ってしまうのだろう。蛤のお吸い物は残されたままだった。
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2020年03月03日

サブスクな日々の暮らし

サブスク・サービス.jpg

 日常の暮らしにじわりと浸潤してきたものに、ザブスクというライフ・スタイルがある。 モノはいらないから買わない。置く場所もないから所有したくない。必要なときに利用できればいい。
 モノのない時代にはなんとか入手したかったが、今では邪魔なだけ、断捨離こそがすべての価値観に優先する。そんなライフスタイルが登場してから、人々はサブスクリプションな暮らし方のほうがずっといいと考えるようになった。

 サブスクは先ず車から始まった。とくに若者たちはクルマを欲しがらない。コスパが悪い。 そこでデーラーは、税金、保険込み、定期点検付きの定額制のサブスクをはじめた。月々の金額を安く抑え、5年のって気にいったら定価からサブスク代金をひいて、譲渡するというシステムだ。
 衣服に飛んだ。すべて新品で一回に3点までかりられる。毎月5.800円で何回でもかりられる。MECHAKARI メチャカリというシステムだが、人気の64ブランドが揃っていてすべて新品とあれば、まず着たいものはなんでも揃う。セットアップの美容室も16.000円のMEZONにはいればシャンプー、ブロー、ヘアケアが自由にうけられる。お土産のお花も花のサブスクに頼んでおけば、季節のコダワリ花ミックス2.800円ですべてOKである。

 レンタルとも、リースとも違うこの定額制サービスは、デーラーにもユーザーにも双方にとってウィンウィンのビジネスモデルかもしれない。
 奥さんのサブスクはないかなと呟いて、横から邪魔が入った。
 
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2020年03月01日

野生動物を食べるのは止めましょう!

シンガタコロナ.jpg

 コーモリのスープ
 ヘビの刺身
 蟻の炒め物
 象の鼻の輪切り 等々
 このご馳走は日本人には少しばかり刺激が強すぎて食欲がわかない。
 中国東南部の一部ではこれらの食は人間の血を清めると信じられて、いまでも食されている。
 なかでもハクビシンのスープや、コプラの揚げ物、熊の手の煮込みは高級料理として珍重されていると聞く。
 こうした野生動物を売買する市場は中国全土に数百あると言われている。

 SARSサーズも今回の新型コロナ菌による感染症も、こうした中国人の食生活から派生した病気であることは、ほぼ間違いない。
 野生動物の売買にかかわっている市場関係者も、650万人はいるといわれ、その市場規模は1300億元日本円になおすと2兆1000億になるという。
 エボラ出血熱は広州の野生動物市場から発生したといわれ、今回は武漢の動物市場から発生した。

 こうした中国人の風土食、野味といわれている野生動物を食する習慣を止めさせる以外この災難から逃れるすべはない。
 他民族の習俗に口をはさむのはタブーかもしれないが、新型コロナのような世界中のひとびとの迷惑になり、生命に危険を及ぼすような事象にあたっては、国連を中心にはっきりともの申すべきではないだろうか。
 WHO世界保健機構が中国に乗っ取られたような現状では、まったく期待できないので、政府は第二第三のルートを通じ、中国における野生動物食習慣への禁止をアピールすべきだ。
 いまこそそうした措置がとらなければ、人類にたいする災難が永遠に続く考えねばならない。
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2020年02月29日

山本太郎に騙されるな!

山本太郎.jpg

 山本太郎に騙されるな!
 彼の一丁目一番地は消費税廃止だが、国家の財政はそんなに簡単なものではない。税のなかでもっとも公平に課税できるのは消費税だからこそ、北欧三国のような生産性がそんなに高くない国でも消費税を国家財政の中軸にしている。「生活が苦しい」なら消費税をなくしたらいい、というのは短絡的で無責任な議論だ。

 山本太郎に騙されるな!
 消費税のかわりに「法人税の累進課税」の導入をとなえている。儲かっている大企業からとればいい、というのが彼の主張だが、法人税をあげれば企業は海外へ逃げていく。フランスの例をみればよくわかるが、法人所得の70パーセントを徴収したために、パリの儲かっていた企業はみな本社を国外へ移してしまった。日本でもいちじは台湾やシンガポールに本社を移転する動きがあったが、法人税を抑制したお蔭で辛うじて日本にとどまっている。

 山本太郎に騙されるな!
 尖閣、小笠原、東シナ海における中国の侵犯、国際法違反にたいしては、個別的自衛権と日米安保で対処します。と発言しているが、ここでいう抑止力は中国共産党の政策のまえではまったく形骸化している。日々繰り返される尖閣への領海侵犯は日常化しているし、すきあらば沖縄まで自国の領土と主張する中国の拡張主義への対案になっていない。 外交と軍事のバランスについての認識が皆無では国は守れない。

 山本太郎に騙されるな!
 令和新撰組と称し、いかにも権力にくみした新勢力をかかげているが、実質的には共産党と変わらないナンセンスな政策を掲げ、障碍者をさらし者にしている偽善者としかみえない。院内活動もままならない障碍者を送り込み、自身の活動の広告塔に利用しているとんでもないパフォーマーではないか。こうした虚構に成り立つ政治志望の芸能人に踏み荒らされることのなきよう有権者は心を致さなければならない。
 


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2020年02月28日

丸の内・銀座の屋台せんそう

キッチンカー丸の内.jpg

 丸の内・有楽町界隈の昼どきの風景が変わりつつある。
 そこここに屋台が…いや、いまどきはキッチンカーがでて、と表現しなければならないが、とにかくモダン屋台にオフィスガールやネクタイ族が群がっている。ニューヨークならば、7番街やウォール街によく見る風景が丸の内辺りにダブって現れる。
 新しく出来るビルが土地利用に余白をつくるようになり、お国で管理しない自由な空間がふえたということなのだろう。

 東京駅近くなら、都の施設国際フォーラム村に多くのキッチン・カーが登場する。
 8台も出現する国際フォーラムの屋台では、パエリア、マルゲリータ、キーマ・カレー丼、シラス丼、等ほとんどのメニューが、700円前後で食することが出来る。なかにはステーキのキッチンカーもあり、1500円だせばすこし贅沢なランチが楽しめる。
 銀座にお店をもちながら屋台営業をする店もある。なにより家賃がかからない、人件費も安い、簡単に看板も塗り替えられる、メニューが少なくて済む、景気不況のいまに上手くはまっているのだろう。

 キッチン・カービジネスのノウハウを教えてくれる塾もある。キッチンカーすなわち軽トラのレイアウト、メニュー別のカーカラー選択、看板の書き方、材料の仕入れ方、調理と盛付のこつ、から冷蔵庫、調理器具のあれこれ、ビル構内での営業許可のとり方、スタッフの衣裳、エプロンの選び方まで親切丁寧に教えてくれる。

 原宿あたりのスイーツ専門カーから、伝統的なラーメン屋台、東南アジア系のエスニック屋台、オムライスは絶対という玉子や屋台、さらに俺のステーキ風の洋食屋台、庶民の懐ろに反比例してキッチンカーの戦国時代が始まろうとしている。

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2020年02月27日

祇園の名妓竹葉さんが逝く

祇園マーク.jpg
 
 祇園の名妓竹葉さんが亡くなった。
 竹葉さんは古き良き時代の芸妓としての欣嗣と美しさを失わず、花街の内からも外からも慕われたふところの深い人だった。
 戦後まもなく初めて祇園に誘われ、都をどりの舞台に舞う竹葉さんに接したのだが、あの頃の竹葉さんの美しさには息をのむ思いだった。彼女はただ美しいにとどまらず、お座敷での教養の深さにおいても群をぬいていた。

 歌舞伎の名優たちも、南座の初日があくと、先ず竹葉さんの感想をききたがった。彼女の歯に衣着せぬ意見に素直にうなずいていたのは芸を知る者同士の共感があったからだろう。何代目のあの舞い方は間違っていると思う、何故ならあの主人公の生き方はこうだったから、あの解釈では一生が変わってしまいます。はんなりと厳しい批評をするのが竹葉さんだった。
 松竹の前社長永山さんなども、顔見世の二日目には必ず京都にきて竹葉さんを座敷に招き、彼女の言葉を聞いてひとときをすごしていた。

 お茶屋の女将さんたちも、舞妓をだすときはなるべくなら竹葉さんの妹分にしたい、と彼女に頼んでいた。厳しくしきたりやら、芸事を仕込んでくれるお姐さんとして竹葉さんは貴重な存在だった。人気の高い千鶴葉ちゃんも多満葉ちゃんも、みな竹葉さんの妹分として名妓に育っている。 お葬儀には藤十郎さんを始め東西の役者衆の送り花が揃った。

 切通し進々堂の藤谷攻さんも亡くなった。祇園を裏からささえてきた功労者だ。祇園甲部の芸妓舞妓ひとりひとり好みを知って助けてくれていた。朝食からお夜食まで電話ひとつで功さんはとどけてくれた。厚焼き玉子のサンドが名物、玉子焼きに胡瓜のスライスが加わった「上玉子トースト」も美味かった。踊りの楽屋にはいつも進々堂さんのコーヒーが三十、五十と差し入れられていた。
 正月に舞妓さんがご挨拶のお返しにいただく「毬」も攻さんの仕事だったが、毬をつくってくれる後継者もいなくなっては、祇園のお正月がさびしくなる。

 竹葉さんという祇園町の表の顔と、藤谷功さんという祇園町の裏の顔、このふたつが同時に亡くなるとは、祇園甲部の悲しさが膨らむ。 合掌
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2020年02月24日

春一番 恋をしてみませんか

風とスカート.jpg

 「もうそろそろ、春一番が吹きそうだね」
 「嫌だわ、スカートが履けなくなる!」「女性にはそんな心配があるんだ」
 「そうよ、春だから去年のパンツ履きたくないし……」
 「春のスカートって、みんな薄くて軽いから……春一番にはダメなの」

   春一番 銀座通りを抜けにけり    市橋進
   春一番 四辻を走るダンボール    平松薫
   あいまいな をとこを捨てる春一番  田中風子

 〽 別れ話したのは 去年のことでしたね  ひとつ大人になって忘れませんか
 〽 もうすぐ春ですねぇ  恋をしてみませんか

 春一番はキャンディーズのごとく甘く幸せなものとおもっていたが、今年はその恩恵にあずかれそうもない。
 チャンネルは何処を回しても新型コロナのタシザンをしている。

   にんげんを 洗って干して 春一番  川島由紀子
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2020年02月22日

LGBT性善寺建設資金募集中

性善寺住職.jpg

 元読売新聞編集局次席記者の柴谷宗叔さんが寄進を募っている。
 大阪の寝屋川に「LGBTのためのお寺」性善寺(ショウゼンジ)を造くるための寄付、約1400万円である。マツコ・デラックスやら、ミッツ・マングローブやら、芸能界で活躍しているLGBTが協力したら、あっという間の金額ともおもえるが、柴谷さんはそれなりの考えで寄付集めをしているようだ。

 寄付金額の内訳は、ご本尊様の仏像  200万円     脇の仏像  50万円
          弘法大師像    50万円      護摩壇   150万円
          佛具       120万円     備品    70万円
 改築費用     600万円     駐車場    160万円

 「性の駆け込み寺」としたいこのお寺のメニューは
         ❶性的少数者の終活相談 ❷自分の望む性での戒名 
        ❸同じ悩みを持つ人との交流 ❹子孫がない方の永代供養
        ❺同棲カップルの仏前結婚式 ❻関西巡礼の拠点
        ❼皆の寺 ❽水子供養 ❾ペット供養

 長い間、男性記者として本当の自分を偽りつづけてきたが、いまは身体も戸籍も女になって自由を手にしました。「そして尼僧なんて、なんとシアワセなこと」ジャーナリスト50歳のカミングアウトは、見事に実をむすんだが、はたしてLGBTのお寺はいつ完成するのだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

伊勢おはらい町の恩讐

伊勢おはらい町.jpg

 江戸時代のような大規模な伊勢参宮はなくなったが、「一生に一度はお伊勢参り」を志す日本人はまだまだ大勢いる。
内宮、外宮の神域には自然に抱かれた神道思想の環境が充分にととのえられていて、あらためて日本人の精神に内在する原風景がみえている。
そうした伊勢参宮のもうひとつの魅力は、内宮入口の左手にある「おはらい町」と「おかげ横丁」に尽きる。

 そこには伊勢門前町の歴史の横顔が見えるし、そこに集まった庶民の暮らしぶり、賑わいの楽しさがあからさまに体感できる。
580m、56件、140棟の街並再興には並々ならぬ汗と涙が費やされた。
 信州にも同じような村落再興はあったが、かっての修景に力を致すほうに力がそそがれ、今の暮らしにフィットさせる努力はすくなかったのが木曽路である。

 かって御師町であった街並みにとらわれず、伊勢らしい和風のまちなみにしようと、切妻や入母屋造りの妻入りを軸にして伊勢造という基本の建築様式をとりいれた。そのうえでそれぞれの家業に合うようにレイアウトした。伊勢の文化に残したいものは「おかげ横丁」にあつめた。
おかげで「すし久のてこね寿司」も「ふくすけの伊勢うどん」も豚捨も見事に繁栄した。

 こうした伊勢復活の先頭にたったのが「赤福」の浜田益嗣会長だった。みずから5億円の寄付をし、それを基金に100万から3000万の貸付、金利2パーセント20年という低利融資を実現し、おはらい町の人々におはらい町の繁栄を約束して町ずくりを進めたのだ。結果見事に伊勢門前町は賑わいを取り戻し、年度ないにすべてのお店は債務ゼロになった。
 この立役者の浜田さんがこのほどすべての役職をやめ、隠居に追い込まれた。グループ企業の造り酒屋がヤクザの代紋いりの焼酎をつくり、納品していたということが発覚したというのが理由である。10年前に暴力団から発注をうけ、納品したというのは事実だが、町衆のためにドンダケ尽くした優位の人材を排除することが正しいことだろうか。ペナルティを課し、これまで以上に伊勢おはらい町とおかげ横丁のために働いてもらったほうが、遥かにいいのではなかろうか。
 形式的な罰則に振り回されて、貴重な人材を失うのは余りにも残念である。
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2020年02月18日

お賽銭のキャッシュレス・是非?

お賽銭キャッシュレス.jpg 

 お寺さんと神社にキャッシュレスの波が押し寄せている。
 インバウンドへの対応、防犯、お賽銭減少への対応がテーマになっている。それに近頃は小銭を持ち歩かない人が増えている。小銭いらずのスイカやらペイペイが世の中に繁殖して、賽銭箱のまえで小銭のないのに気がつく輩が増えたという現実もある。

 清純な巫女の手になる神楽鈴は氏子ならずとも神の降臨を知らせ、呼応するように賽銭箱になる小銭の音で神様への祈りを確認したような気になったものだ。
 こうした神や仏との対面の仲をとりもってきたのが、お賽銭というささやかな献金だったように思う。そうした長い間の習俗に楔をうちこんだのが、キャッシュレスという内閣の大方針であった。

 賽銭箱のよこにはQRコードの立て看板があり、傍らには中国語、韓国語、英語、そして日本語の説明書きが張り出されている。これらの表示は本社拝殿のほか、大国殿、ご神橋にも掲げられ、QRコードは中国のAli pay、We Chatに対応とある。日光二荒山神社の話だ。
 東京愛宕神社、四国霊場22番札所徳島平等寺、さらに京都下鴨神社、高山小金井神社、岡山熊野神社、木更津八剱神社、京都海眼時…次々とこのお賽銭キャッシュレス化はすすんでいる。

 これに対し京都仏教会は反対を表明した。宗教行為にそぐわしくない。傘下650の寺院にたいして、キャッシュレス導入をしないように、という声明である。
 はたしてこれに対し、信者とにわか信者はどのように反応するのだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

東京一のエロイ祭り

下赤塚田遊び.jpg

 東京にはいろんな祭がある。
 太神楽はもちろんのこと、里神楽も獅子舞も神輿も山車も、餅つき唄、みずとめ舞、角乗り、囃子、式三番、びんざさら、車人形、万作芝居等々。山王神社、深川八幡、神田明神の江戸三大祭、そして浅草の三社祭、江戸っ子は本来まつり好きだったのだろう。がこうした大きな祭以外のちいさな祭にも捨てがたい面白い祭がある。

 建国の日の前後、板橋下赤塚・徳丸で行われる「田遊び」は東京のエロイ祭りとして最強のまつりである。田んぼと畑が見渡す限りの東京のころから、1000年は続いている五穀豊穣と子孫繁栄のためのまつりなのだ。
 科学がない時代、交わりのすえ子供ができる不思議、田圃の稲穂に米がはらむ不思議、こうした不思議は祈りで解決するしかなかった。暖かさと光が訪れるこの時期ゆえ、この辺りの農民たちによって秘祭として夜に行われてきた。
 稲作の初めから収穫までの予祝と、子孕みへの願いがひとつになって、この祭りはできている。

 女陰を象徴化した花籠に、男根をおもわせる花槍が繰り返し突進する判りやすいパフォーマンス、あるいは 翁の太郎次とおかめのやすめによる性行為に似たおこないなど、じつに明解な子孕み願望そのものだ。苗代つくりから収穫までの稲作行為とからんで、子供の登場でみごと願望成就となる。
 無形文化財の指定をうけるまえは実におおらかにダイナミックに演じられていたが、お役所のお墨付きとともにエロイ部分がうすまり、文化財にふさわしい行儀のいい芸能になってしまったのが残念至極である。

 田遊びに立ち会うと、江戸農民のリアルな願いが見えてくる。 
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2020年02月14日

将門公追善の日・2月14日

将門首.jpg

 江戸っ子にとって2月14日というのは、「将門さま」の亡くなった日である。
 だからこの日、平将門を祭ってある神田明神に手を合わすのだ。正式の祭りは五月だが、2月14日という命日を忘れるわけにいかない。
 京都から首が飛んできたと伝わる千代田区丸の内一丁目のビルの谷間にある将門の首塚はは東京最恐のパワースポットといわれている。

 近代的なビルの谷間にきちんと祀られているのは、平将門の首塚、この首塚には数々の怖い話がつたわっている。
 都で晒された将門公の生首が腐らず、3ッ日目に白光とともに飛び去って生首が落ちたのが、ここ柴崎村の古墳跡、いまの丸の内一丁目と言われている。
 古くは歌舞伎先代萩で知られている伊達安芸と原田甲斐の殺害された場所も同じ場所。
 1923年の関東大震災の後、大蔵省が仮庁舎建設のため塚を動かしたところ、直後に大蔵大臣が死に、追いかけて工事部長も亡くなり、関係した官僚たちも怪我人続出という不幸に襲われ、慌てて鎮魂碑をたてたという、当時の新聞には「将門の霊よ、鎮まり給え……きのう大蔵省で」と大見出しが踊っている。
 それでも1940年には再建した大蔵省が全焼し、重軽症107人、21棟の関係建物すべてを失うという事件が起きた。将門の慙死940年の1000年後、1940年のできごとだった。
 第二次敗戦後、GHQの再開発プランで首塚を潰そうとしたブルトーザーの運転手も、車から転落して命をおとしている。
 次々と続く不幸な出来事に、将門公の首塚には絶対にさわってはいけない、という都市伝説ができた。いまでも神田明神の氏子には、将門公の首をおとしたナンテンの矢に因んで、ナンテンの箸は使わない、というジンクスがある。

 都から遣わされた俵藤太が将門追討の祈祷をした成田山には参詣しないというのも、江戸っ子の意地であり、歌舞伎の贔屓が成田屋の團十郎一門と、神田明神を守り神にする音羽屋菊五郎、菊之助一門にわかれるのも、実はみなこの平将門公への思い入れからきている。
 昨日今日ではない1000年にわたる江戸っ子の都市伝説である。
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2020年02月13日

夏目三久の大泣き

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 夏目三久が声をあげて泣いた。「あさちやん!」異常事態…番組のリアクションではない。
TBSあさちゃん関係者全員が集った大忘年会の席上であったと、漏れてきた。周りから「泣かないで」「頑張って!」と激励の声が上がったと記事にあるが、昔からTBSの家族主義にはこうした悪しき傾向がある。

 「あさちゃん!」はライバルたちの熾烈な視聴率戦争から脱落し、完全に機能不全におちいっている。8%から10%が競争帯のなかで、2%乃至3%に落ち込み一向に土俵に上がってこない。責任は夏目三久にあるというのは確かにそのとおりだが、TBSの制作スタッフにも充分責任がある。タレントを使いこなしていない。
 力足らずでこの程度のタレントを演出出来ないでいる。無駄に髪カタチを変え、ファッションをいじくりまわしても誰もよろこばない。

 シャレ込むことしか能のない夏目三久にたいして、政治情報、社会情報、生活情報のトーク・テクニックを変えることを要求すべきだし、この視聴帯では、へんなお洒落がもっとも嫌われるということを徹底的に彼女に教育すべきなのだ。ほっとけば夏目三久は芸能情報しか伝えられなくなる。司会者の立ち位置がはっきりと理解していないからだ。
 高島彩などもそうだが、司会者の肩書だけで、表情がまるでキャバクラ風では女性の視聴層が本能的についてこない。

 芸能情報は芸人に任せておけばいい。政治情報はニュートラルな専門家に。生活情報は普通のオバサンたちに。それぞれの分野でしっかりとした意見をもっている人たちを視聴者は望んでいる。
 床やのポスターのような男のアナウンサーによるニュースが見られなくなったのは何故か。少し考えれば判ることだ。
 夏目三久は人間を練り直し、勉強をし直し、有働由美子のような自分の表情、自分の顔をもてるようになったとき、もう一度テレビに登場すればいい。
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2020年02月11日

紀元節の橿原神宮

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 紋付袴姿の年老いた正しい日本人が列をなして行く。
 突然に国歌が聴こえ、振り返ると国旗の波がやってくる。後に続くのは民族主義者の一団である。足並みを揃えようとしているが上手くいかない、なんとも微笑ましい民族主義者たちだ。
 近ずいてきたスピーカーの君が代にかぶせるように、おぼつかない喇叭隊が紀元節のメロディを奏しながら行列をつくる。
 ……日の丸、旭日旗、皇居遥拝、天皇陛下万歳、等々、左翼反日主義者や韓国が嫌うすべてのもので境内は埋め尽くされている。
 奈良は明日香の里にある神武天皇即位の橿原神宮2月11日のリアルである。

 日教組が目くじら立てて「嘘だらけの日」と言っていた「建国の日」は確実に日本人の心に生きかえっているような気がする。
 初代天皇である神武天皇が即位されたこの日を明治政府は「紀元節」と定めた。辛酉年正月朔日と日本書紀に記された即位の日を、太陽暦に変え2月11日を紀元節ときめた。

 マッカーサーはこの紀元節を徹底的に嫌い、神道によりでっちあげられた虚説とし、日本と日本人のアイデンティティを消し去るためにこの日を祝うことを禁止した。
 何年か後、主権を回復したあとも、マッカーサーに洗脳された日教組や反日学者の反対でなかなかこの「建国の日」は実現しなかったが、昭和42年にようやく国民の祝日となった。虚だとか神話だとかと言って未だに拒否する人がいるが、欧米にも神話は存在し、それぞれの民族、国家の誕生を祝う記念日がある。民族のよって立つアイデンティテイはそれぞれであって当然なのだ。

 「私が望んだのは、「建国記念の日」などという「休日」ではなく、「紀元節」という「祝日」なのであった。」
 劇作家福田恒存はそう言って嘆いた。こんな名称では2月11日の由来も、建国の紀元を確立した古代日本人の気概も伝わってこない。紀元節として国の成り立ちのすべてを国民が共有して祝うことこそが、2月11日なのだ、と。
 たんなるホリデーと認識する多くの日本人が存在するのが悲しい。
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2020年02月10日

通貨から媚薬・愛になったチョコレート

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 新型コロナウィルス/武漢/ダイアモンド・プリンセス号/マスク品切れ/等など、立春大吉の話題としてこんなに不愉快なものはない。
 まもなくやって来るヴァレンタインのチヨコレートのことでも考えた方が少し救われるかもしれない。

 古代メキシコではチョコレートは「神様のたべもの」といわれていた。それほど高価で貴重なものだったということだろう。
紀元前1000年頃、カカオ豆はお金であったといわれ、通貨として流通していたそうだ。
 16世紀にはアステカの皇帝モンテスマが「恋の媚薬」と信じ、ハーレムに行く前には必ず浴びるほど飲んだと伝えられる。チョコレートは「通貨から媚薬へ」と変わった。日本でも長崎出島において、寄合町の遊女大和路がオランダ人から「しょくらとを」をプレゼントされたという記録がある。
 欧米では上流階級が集まるチョコレート・ハウスがロンドンに生まれ、ルイ14世がマリーテレーズを妃にしたことでパリの社交界を一気に席巻したのがチョコレートだったといわれる。
 このチョコレートをフランスで初めて味わったのが、岩倉具視欧米視察団だったと文献に登場している。

 大正期このチョコレートを愛し、毎朝クロアッサンとともに楽しんでいたのが、かの永井荷風だった。
 ふらんす物語のある荷風は目覚めると「床のうちにて一椀のショコラをすすり、一片のクロワサンを食す」と日記断腸亭日乗に記されている。そのショコラはフランス製のものを取り寄せ「その味何となく仏蘭西に在りし時のことをおもいださしめるなり」とあるから、多分ショコラ・ショーを愛飲していたのではなかろうか。

 「飲むチョコレート」はオランダのヴァンホーテン一族により、「食べるチョコレート」はスイスのロドルフ・リンツにより、「愛のチョコレート」は神戸のモロゾフにより始まったと言われている。
 パリには、ヴァレンタインの日は愛の告白文で紙上をいっぱいにする新聞がある。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする