2019年09月07日

売れない薬・売れる薬の政治事情

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 「ファイト一発! リポビタンA」「湧き上がる元気! ニンニクの力」「今、その疲れに速攻一本! ユンケル黄帝液」そうしたテレビCMがあふれていた時代があった。がいつのまにかそうしたガンバレCMは、テレビという舞台から姿を消した。
 売上げを減らしたベスト・1とベスト・4がドリンク剤、ミニドリンク剤だそうだ。胃腸薬も売上減のワースト2にはいっている。
そして売上減の第五位は、ビタミンE 剤だという。これだけで販売総額は約1800億円に達する。
 市場規模1兆円のうちの2000億だから馬鹿にならない。

 日本人は頑張らなくなった。働かなくなった、その結果がここにでている。安倍内閣の働き方改革がみごとに大衆薬の販売実績に反映されている。財布もだいぶ軽くなって暴飲暴食もしなくなったので、胃腸薬も売れなくなった。

 売上げを伸ばしてる大衆薬もある。第一位は漢方薬、メタボのための「ナイシトール」など、名前が西洋渡りのイメージなので漢方薬だということを見逃す。富山の製薬メーカーは、圧倒的に漢方薬なのだが、ちかごろは皆オシャレなカタカナ文字の名前にしているため一般人にはわからない。
 二位が目薬、三位が鼻炎治療薬というから、花粉症の被害が如何に多いかということだ。半世紀前農林省の役人の無知に始まった植林が今日の花粉症ブームをもたらした。
 ヨーロッパのように花粉の少ない杉を植えておけば、こんにちのような悲惨なことにはならなかった筈が、目先の簡便さにひっぱられて植林した結果が、こんにちの花粉症王国をつくりだした。

 薬の情報は日経新聞・塚越慎哉さんに伺ったのだが、スイッチOTCのこと、或いはセルフ・メディケーションのこと、この国の医療行政にはまだまだ深い闇があるような気がした。

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2019年09月06日

オルフに負けた熊川哲也

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 Kバレエによるカルミナ・ブラーナを観た。
 カール・オルフによる世俗的カンタータが異常に好きだ、という理由からでもある。バッハの昔からあるカンタータに対して、もっとも新しいこのオルフの作品は、怒涛の合唱と独唱と打楽器群を中心にしたオケの表現が、極端にダイナミックで魂を揺さぶられるからだ。、
 オルフのこの曲には、威狂った大自然やコンクリートに固められた都市文明を吹き飛ばす、哲学にみちた音の世界がある。
 心配した東フィルも、新国立劇場合唱団も見事な演奏で答えてくれた。称賛すべきは指揮のバッティストーニ、明確な棒で、この世俗カンタータの輪郭をえがいた。

 さて真ん中にきた熊川哲也の振付・演出だが、音楽に負けたというのが正直な感想である。
 始まりの女神と悪魔の交歓が、千手観音のごときモチーフに始まったが、形にとらわれたダンサーが、存在よりテクニックに左右されたとこからモダン・バレエのマテリアルを失い、ストーリー・バレエのクラシックを想起させた。
 群衆も貧弱な存在で悪魔に立ち向かう迫力もなく、着衣でも裸体にかわってもなんの変化もない存在だった。上半身むきだしになっても人間が剥き出しにならない不思議な群れのコールドでは、オルフに勝てない。
 ベジャール以来、多くの群舞表現に恵まれたバレエ界だが、振付師の不勉強なのかもしれない。ここ数年折に触れて観ているパリオペラ座バレエ団の人間表現には遠く及ばない現実をみせつけられた。
 たくましい肉体は勿論のこと、より世界観をもち、人生観をもったバレエ・ダンサーがでてこないとこうした作品は完成しない。Kバレエには、ないものねだりなのかもしれない。
 カルミナ・ブラーナはパリ・ガルニエ宮でこそのレパートリーと認識した。
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2019年09月03日

「火鍋」と「火病」

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 「火鍋」はじわじわと人気を広めている。
 京都にたどりついた火鍋がしゃぶしゃぶの起源だという説もあるが、中国わたりの強烈な刺激鍋が日本人には歓迎されず、姿をかえて「しゃぶしゃぶ」に変身したともいえる。
 近頃の若者は刺激不感症が増え、七味唐辛子をたえず持ち歩き、味噌汁にもハンバーグにもかまわず七味をこってりとかけて食する人をまま見かける。
 原因は味覚の単純化とか、情緒不安定とか、いまだ解明されていないが、こうした人たちを中心に超辛の火鍋が人気をひろめている。
 白濁したスープと、唐辛子、山椒などをベースにしたマーラー・スープのふたつが基本で、陰陽に見立てた丸い鍋が、中国料理らしさを演出している。
 長い間、四川の奥に閉じ込められていた中国共産党の幹部には火鍋愛好家が多く、本場ロシアで破綻した社会主義を頑なに守り、世界支配に野望をいだく頑固さは、まさに火鍋そのもののようでもある。

「火病」というのがある。
 朝鮮民族特有の精神疾患だといわれている。
 抑圧された感情が身体の一部に爆発し、動悸、発熱、興奮、悪寒、不眠などの症状が発生する。この病はアメリカ精神学会にも登録され、朝鮮民族だけがもっている文化結合症候群だという。
 通常は配偶者の浮気、嫁姑確執、子供の非行などの原因で発症するが、外に向かうと高学歴社会への反発や、大統領への不平不満などにも及ぶ。
 慰安婦像へのこだわり、国際条約の無視、歴代大統領の処刑など、異常な民族感情のたかぶりも、この「火病」が原因かもしれない。

 火鍋……火病……火のつくものから身を守れ。
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2019年09月01日

危険が迫る 香港のジャンヌ・ダルク

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 1996年12月3日生まれ、「香港のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている周庭さんが心配だ。
 「香港は私の家です。自分の家を守るのは当然です。」すでに3回も逮捕、拘束されている学民の女神はまったくひるむことなく中国政府のやり方に反対運動を展開している。
 中国共産党、中国政府、香港政庁にとってもっとも扱いにくい困った存在が、この22歳になった民主のカリスマ・周庭さんだろう。

 周庭さんの運動は9年前の教育カリキュラム導入にはじまっている。中国政府は中国共産党の思想を賛美し、西側の政治体勢を批判する新しい教育カリキュラムをいれようとした。これは洗脳だと叫んで政庁前に数千人のデモが集まった。この時から周庭さんの魂に灯がついたと伝えられる。
 2014年には雨傘運動のスポークスパーソンとなり、2016年のデモシスト結成のオーナーメンバーとなり、デモシストの牽引車となってきた。
 2018年には立法会選挙にたとうとしたが、行政府から拒否されるという困難に出会っている。

 周庭さんは一見優しげだが、若いエネルギーをひめた心の強さを感じさせる。英国と中国の間に結ばれた一国二制度の約束を少しずつ反故にしようという共産党政権のやり方に我慢ならなかったのだろう。
 中国政府は真綿で首をしめるように完全共産化をねらっているが、民主制度の良さをあじわってきた香港人がどこまで共産主義の窮屈さに我慢できるか、という問題でもある。
 頑張れ! 香港人! 頑張れ! 周庭さん!   が身に危険が迫ったら、万難を排して日本に亡命してほしい。





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2019年08月31日

不安がいっぱい自動運転

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 異常性格者による「あおり運転」、高齢者による「逆走運転」、酔っ払いの「人身事故」、若者の「暴走運転」、数え上げたらキリのない自動車事故が、メディアに取り上げられている。
 30年程前ニュースのない時のヒマネタは、ファッションだった。スカートが短くなったとか、長くなったとか、人の命にはかかわりのないニュースを業界ではヒマネタといっていた。今のヒマネタは、自動車事故であり、人身事故になっている。毎日ミステリーなど、殺人ドラマをみていると、それだけ人の命はかるくなり、命の生き死がヒマネタになってしまった。

 クルマは間もなく免許証がいらなくなる。我々高齢者は待ち望んでいるが、恐らくその恩恵を受けることなく朽ち果てるのだろう。
 運転はクルマが自動でしてくれるのたから、当然免許証はいらなくなるし、あの面倒くさい免許更新もなくなる筈だ。

 日本では2025を目標に完全自動化運転を目指している。現在のレベル4高度自動運転ではまだまだ条件を充たしてない。極限環境には対応できないからだ。雷雨、大雨、大雪、あられ、台風、極低温、極高温ではお手上げになってしまう。レベル5に達したらすべて解決する、といっている。
 レーダー、LIDAR、GPS、カメラで環境を認識して運転するのが、完全自動運転なのだが、ソフトウェアへの信頼度がいまいちだし、不正アクセスして危険を作り出すマニュアもいる、爆薬をのせた自動車両なら、テロにもってこいだし、武器として戦争に使える。
 中国のように巨大なサイバー部隊があれば、ただちに標準装備にするだろうが、はたして日本の防衛庁はどんな方針をうちだすやら。

 信州のような山岳県で巧く作動するのだろうか。トンネルや山影では、ラジオも電話もつながらなくなるのに、クルマの運転デンパだけが、正しくつながるという現実がどうしても想像できない。
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2019年08月28日

将軍家光の七味唐辛子

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 暑負けの胃袋に効くのは、七色唐辛子だ。世界中を旅しても、ようなものはない。
 テーブルの塩胡椒に混ざって、七色唐辛子があるとなぜかほっとする。ヨ―ロッパの友達もたまの便りに七色唐辛子を送れとある。江戸っ子の七色唐辛子は「やげん堀」と決まっているが、いつか京都産寧坂の「七味家本舗」を覚え、軽井沢に住むようになってからは「根元八幡屋磯五郎」になった。グルメ時代になってからは祇園「原了郭」がくわわった。

 学生時代「やげん堀」というからには、何処かに堀があるに違いないと古地図を探したことがあった。薬研はお江戸の医者の調剤器具で、薬草を入れた薬研をひいていたのは、必ずどぜう髭の医者だった。結果柳橋と浅草の間に医者のあつまっている医者町があり、側を流れていた掘割が薬研のかたちをしていたということが判った。
 そこで始まったのが「やげん堀」であり、屋号のうえにある𠆢徳の文字も由緒あるものと知った。寛永2年菊の節句に七色唐辛子を献上したところ、三代将軍家光が殊のほか気にいり、徳川の徳を屋号に賜ったという歴史的リアルの由縁であった。現在の浅草仲見世のやげん堀は、後の引越し先だったのだ。

 産寧坂の七味家は、京料理の相手として辛さより香りを中心に、青のりやら青紫蘇を工夫した公家さん風の味。
 善光寺門前の八幡屋磯五郎は、蕎麦しかなかった信州の食へのアクセントとして生姜をきかせた辛みからスタートした。
 やげん堀はにほんの中心幕府のおひざ元を意識して、全国から材料を集めた。武州川越からは黒ゴマ、紀州有田のみかん、内藤新宿の焼き唐辛子、四国高松の唐辛子、静岡朝倉の粉山椒、大和のケシの実、日光麻の実、と全国網羅の江戸幕府のおひざ元を意識して歌祭文とともに売り歩いた。大江戸プロモーションの七味味。

 七味唐辛子にもそれぞれの風土と歴史が反映して面白い。




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2019年08月27日

軽井沢の夏、パーティの夏

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 ようやく軽井沢の夏も終わろうとしている。
 昔は8月20日の旧軽井沢にあるお諏訪神社の仕掛け花火がお別れパーティーの役割をになっていた。
「ごきげんよう、来年までのお別れですね」「では東京で」いろいろと挨拶をかわして高原の短い夏に別れを告げた。

 七月軽井沢へくると、まず庭掃除に草むしり、雨戸を開けて風通しをしてから、侵入しているシケムシの退治、庭のバーベキューのための準備、椅子のふき掃除などなど初日はどこの別荘でもはたらき虫になっていた。

 二日目にようやく知人、友人宅に挨拶に出掛ける。手土産はたいてい紀伊国屋で調達、イギリス渡りのビスケット、バケットなどが喜ばれた。ホームパーティに招かれたり、それぞれのテリトリーのパーティにまねかれたりで、ひと夏の予定はあっという間にうまった。

 「やあ、それでは明日の昼は鮎にしよう」遠藤周作先生は中山道23番目の宿場、塩名田の竹廼家がお気に入りだった。質素な川魚料理やだが、千曲川の川風を浴びながら食す鮎の塩焼きは、ひと夏のグルメだった。目の前のヤナであげた鮎のほかにも、鯉のうま煮やハヤの唐揚げなど、田舎の田舎らしい廊下の傾いたたたずまいがなんとも懐かしい竹廼家だった。引戸も障子も開け放して風が抜けていった座敷が、いつかしめきってクーラーのすずしさにかわってからは、足が遠のいた。

 軽井沢の夏はとにかくパーティが多い。ホテルでやる華やかなパーティもさることながら、東京からシェフを呼んでの別荘のパーティ、8月生まれの合同誕生パーティ、友人のプリマがくるので椿姫をききながらのパーティ、小説家を囲んでのお話パーティ、同窓生のゴルフパーティ、バーベキューをやるので是非お出かけくださいというご馳走パーティ、お菓子修行の娘がフランスから帰ってきましたので新作お披露目パーティ、まで軽井沢の夏はパーティの夏である。

 失った都会のコミュニケーションが、軽井沢に生きている。 やはりスマホだけでは、寂しいのかもしれない。
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2019年08月25日

山下埠頭をカジノに売るな!!

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「山下埠頭を売るな!」横浜港運協会会長藤木幸夫氏が、口角泡を飛ばして怒っている。
 横浜市長林文子が、IRリゾート都市開発構想に山下埠頭を中心にかんがえていると、発言したことに対して怒りをぶちまけているのだ。市長は横浜の経済的将来を考えて、カジノ誘致を考えているといっているが、山下埠頭がいかなるものか、歴史的に考えてみても判ることだ。
 金儲けと文化を一緒にするとは許せない。

 藤木港湾協会長の発言には全面的に賛成だ。
 カジノを作れば、外国のお金持ちがくる。そしてお金をどっさりと落してくれる、それは不道徳な妄想でしかない。現に韓国では18ケ所にIRカジノ施設を作ったが、黒字になっているのは1ケ所だけ、残り17ケ所は赤字にあえいで明日にも倒産しかねない有様と伝えられている。

 カジノの負の効用として、なによりも賭博の推奨、ギャンブル依存症の増大、マネー・ロンダリング、組織犯罪の温床などがあげられているが、IR故のインバウンドに有力な誘い水というのはまったくの方便、ラスベガスの現実をみれば裏社会の拠点になることはあっても、表社会の顔にはなりえない。
 あのトランプがキンピカのホテルをつくっても、絶対にカジノはつくらせないと拒否して、いまベガスでカジノのない唯一のホテルがトランプホテルという皮肉なことになったいる。金儲けを目的に金ぴかホテルをつくったトランプだったが、思うようにいかないのがラスベガスのカジノ組合、そこが駄目といえば大統領も手が出せない魑魅魍魎の世界なのだ。
 カルカッタには世界中の病原菌が集っているが、ラスベガスには世界中の犯罪が巣食っていると、いわれているのがIRの実態である。

 山下埠頭は黒船来航の地であり、横浜開港、居留地の成立、航空機以前の海外への出発地、洋行といわれた時代の始まりの港であり、山下埠頭、赤煉瓦倉庫、ベイブリッジ、ランドマーク・タワーを含めた文明開化の記念地である。
 この貴重なハマの遺産をつぶしてカジノの町に変容させようとは、よもや横浜市長の企みとも思えず、ひょっとして一帯一路の金でももらったのかと、疑いたくなる。
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2019年08月23日

反日不買運動のナンセンス

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 韓国第一の公共放送、KBS韓国放送公社のクルーは、ソニーのカメラに富士フィルム製フジノン・レンズをつけて「行きません、買いません」のデモを取材している。 韓国中央日報傘下のテレビ局JTBC中央東洋放送は、パナソニックのカメラにフジノンのレンズで、「新しい慰安婦像」の取材中である。  ソウル首都圏のローカル・テレビSBSのクルーは、カメラ・レンズともにソニー、三脚も埼玉の平和精機製、光化門まえの「反日ティシャツ売り」を取材。 日本の共同通信にあたる聯合ニュースは、ソニーのボディに、レンズはキャノン、三脚は中野のベルボン製で、「日本製品踏みつぶし大会」を取材。

 みんな「行きません買いません」のTシャツをきて働いている。これらの情景は客観的にみれば「漫画」そのものだ。百歩ゆずっても「パロディ」にしかならない。どうせ国民的に反日大会をするなら、サムソン製のカメラとレンズでおやりになったらいい。韓国人の反日運動はどこか可笑しい。

 従軍少女慰安婦像も、吉田清治という嘘記者の報道に始まった朝日新聞のヘイト・ニュースだったということが判っても耳をかさない反日彫刻だが、世界中の街角に少女売春のシンボルを置きつづける神経が理解できない。性への倫理観はもちろんのこと、民度のひくい民族なのかもしれない。応募工問題も徴用工と言葉を置き換えて、国と国との条約を無視して、相手を攻撃しつづけるなど、常識もへったくれもないむちゃくちゃな民族だ。

 ハングル文字を整理して国語を整備したのも、学校制度をつくって半島のすみずみまで5000の学校をつくったのも、上下水道を整備したのも、みな日本が治世下の朝鮮に行った行為だった。植民地として搾取するなにもなかった朝鮮にたいし、日本は巨額の投資をして同化をはかったのだ。戦後の賠償も世界が驚くほどの金額を払った。
 そうした現実を見ないで、反日にはしる韓国は、「狂った民族」としか思えない。百田尚樹氏がいうように、頼まれもしないのにいろいと朝鮮に投資してごめんなさい。もう二度といたしません。韓国とは付き合わないのがいちばんです。
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2019年08月22日

眼を醒ませ57パーセント!!

ホルムズ海峡.jpg

 57パーセントがホルムズ海峡通行安全のための自衛隊派遣反対と共同通信が報じている。
 ならば日本のタンカーを守るのにはどうしたらいいのか。安倍首相がイランに飛んで最高指導者と会談し、友好を見せびらかしたにもかかわらず日本のタンカーは攻撃された。この事実をどう読むのか。
 反対をとなえる57パーセントの人間は、多分日本人ではないのだろう。石油がこなくなったらこの国がどうなるのか、まったく想像力にかける阿呆としかいいようがない。

 すでに英国、バーレーン、オーストラリアはタンカー防衛のための有志連合に参加を決定している。
オーストラリアは輸入される原油の15パーセント、精製された石油の35パーセントがホルムズ海峡を通過している、この有志連合に参加しない理由がない、といっている。
 有志連合を提唱しているアメリカは、いまシェールオイルの産出で、石油輸入国ではなく石油輸出国になっている。ホルムズ海峡がどうなろうと関係はない。がエネルギー問題がおよぼす世界の不安定を恐れて有志連合で海峡の安全を確保しようと動いている。

 ホルムズ海峡の恩恵をうけている最大の国は日本なのだ。もしこの海峡が通れ無くなったら、日本の産業構造はただちに崩壊する。中小企業はバタバタと音をたてて潰れる。家庭生活もまた立ち行かなくなる。石油に依存している日常は真っ暗闇になる。石油依存から脱却するには半世紀いや一世紀はかかるだろう。
 第二次世界大戦のきっかけは、アメリカ、イギリス、オランダなどによる対日石油全面禁輸だったということを忘れてはならない。エネルギー供給というのは、現代社会に於いてすべてに優先する課題なのだ。

 57パーセントの日本人が、本当に自衛隊派遣に反対とはどうしても信じられない。マッカーサー憲法を抱いて国が滅びてもいいのか。日本が自己責任を放棄すれば、どこかの国が助けてくれるとでもおもっているのか。この依存体質はいつまでつづくのだろう。
眼を醒ませ! 57パーセント!!!



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2019年08月21日

わが人生のプラネタリウム

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 それは有楽町の駅前にあった。
 毎日天文館と書かれていた。毎日新聞と同じぐらいのおおきさだった。東京に初めてできたプラネタリウムは、宇宙へ旅することの出来る子供にとって夢の世界だった。
 丸いドームを見上げていると、天空の矢印が南十字星から北斗七星へと導いてくれた。季節が変わると宇宙もかわるということを初体験した。
 宇宙旅行など誰も想像しなかったあの頃、プラネタリウムは未知の世界をみせてくれた魔法使いだった。

 1951年にラジオ東京が開局することになった。劇団ユニットでドラマ収録の依頼をうけた。赤坂のスタジオはまだ出来ていず、毎日新聞社内に居候していた。今日のスタジオはこちらです、と案内されたのが、かって未知の星空に興奮したプラネタリウムの跡だった。東京大空襲で被災したといわれていたが、そこに丸天井も椅子も残っていた。廃墟となったプラネタリゥムで、どんな番組を収録したか忘れてしまったが、狭いスタジオよりはるかに幸せだったことを覚えている。
 廊下ではソニーの前身…東通工のテープコーダーを相手に、ずらりとならんで編集していたディレクターがいた。
 狭い廊下にメディアの明日がつまっていた。

 1957年に渋谷東急文化会館が駅東口にできた。その屋上に五島プラネタリウムができた。母と子の天文教室とか、星と音楽の夕べとか意欲的なプログラムを展開していたが、星と文学がないと抗弁し、当時の学芸員だった野尻抱影先生を動かして短詩系文学をセレクトし、四季の星空と詩の世界を演出した。世界最先端のプラネタリウムを小道具にしてのポエティカル・シアターは面白かった。

 今プラネタリアTOKYOなどのヴァーチャル映像や、ツィンドームの星空体験をみるにつけ、わずか7.80年のあいだにここまで変貌したプラネタリゥムに、やがて宇宙軍の戦闘が写しだされるのではないかと、心配はつきない。
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2019年08月19日

GE大不況は大丈夫か。

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 友人は横須賀にある米軍宿舎に住んでいた。
 宿舎のまえにはリンカーンのアメ車がおかれ、庭のスプリンクラーが音もなく芝生のみどりに霧をまいていた。三段ばかりの階段を上がって部屋に招き入れられたとき、一番さきに眼にとびこんできたのが、大きな冷蔵庫だった。白い曲面のドアの真ん中にジェネラル・エレクトリック……GEのマークが光ってみえた。友人はその冷蔵庫からコークを取り出し、「…暑いから」といいながら、すすめてくれた。
 これがアメリカ人の暮らしかと驚いたことを覚えている。当時の日本の家の冷蔵庫には氷がおかれ、井戸水で野菜を冷やしていた頃の話だ。

 発明王トーマス・エジソンと金融王モルガンによって設立されたGEは、伝説の電気会社だ。いまではアメリカを基点に原子力から航空機エンジン、家電、冷蔵庫から電球にいたるあらゆる製品を作っている巨大な多国籍企業である。30万人以上の従業員をかかえ、アメリカと中国における取得特許数では世界一といわれている。
 福島第一原発も、GEによって設計され創られた原発だった。

 その巨大なGEに巨額な不正経理の疑いが浮上した。会計監査の専門家ハリーマルコポロス氏とウオール街のヘッジファウンドが協力して調査し、175頁に及ぶ報告書が公表された。結果実に385億ドル、日本円にして4兆円に及ぶ不正経理が発見されたというのだ。その上まだ多くの子会社の経理不正があると睨まれている。

 この調査が正しく、不正経理が本当なら大変なことになる。当然CEOは退陣だろうし、処理を間違えば倒産も考えられる。その場合、GEの規模から考えてリーマン・ショック以上の経済連鎖をおこしかねない。 つまり世界不況の呼び水になる可能性すらあるのが、このGE不正経理発覚のニュースなのだ。


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2019年08月17日

弾丸うどん旅はいらない。

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 久しぶりに「香川の女(ひと)」と言葉をかわした。
 学生時代、初めての船の旅は香川・高松だった。本州はどこもかしこも米軍の空襲で焼跡だらけだったが、はじめて四国に上陸したとき、ここは蓬莱山かと思うほど、清潔で美しく思えた。
 いちばんに足をむけたのは屋島だった。壇ノ浦に滅びた平家のものがたりが気になっていた。屋島の山頂から、あの辺りが安徳天皇の仮御所、あの岬の裏が平家の船隠し、那須の与一が見事に軍扇を射止めたのはあの辺と、源平の昔が目の前にあった。

 栗林公園を後に、瀬戸内の海を右に身ながら西へむかった。塩田の跡が行けども行けどもつづいていた。車に揺られながら、浦島太郎も桃太郎もみなこの香川の地から生まれたのが、不思議だった。後に演出の仕事をやるようになって、対峙した向田邦子も、安倍公房もみな香川に縁の深い作家だった。
 歌舞伎の名脇役市川團蔵の先代も、お遍路にでて香川の海に入水して役者人生を閉じた。 飴屋の五人百姓を横目に、金丸座では金毘羅歌舞伎など華やかに開かれているが、歌舞伎にとって香川の地は因縁あさからぬ土地でもある。

 三越劇場で初演出のとき、色々と教示してくださったのは劇作の会の斉田喬先生だった。丸亀城の一隅には斉田喬文学碑が建てられている。
 祇園の芸妓衆から夏のご挨拶に届けられる団扇に、あの見事な丸亀城の石垣にダブって、丸亀のうちわを思い出す。
 森鴎外の「金毘羅」も、志賀直哉の「暗夜行路」も、芦原すなおの「青春デンデケデケデケ」もみな本棚にあった。温暖な瀬戸内の海が文学を育てるのだろうか。

 直島の地中美術館に行ってみたい。琴弾公園の銭形砂絵を拝んでこなかったので、財布が軽いのか。プラヤ・カフェで瀬戸内の夕陽を見たい。夢はつきないが、多分犯行未遂におわるのだろう。一泊二日弾丸うどん旅はいらない。





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2019年08月15日

女子アナ達の天皇論

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 NHK、NTV、TBS、MBS、YTV、など8局の代表的女子アナを集めて、意見をきく会に遭遇した。
 議題は「女性天皇について」。
 参議院選挙も終わり、内閣改造がすめば、天皇即位の大嘗祭までの間に必ず議題に上って来る懸案である。すでに週刊誌上には、あちこちから観測気球が挙げられている。
 「この際、愛子さまでいいのではないか」「いや絶対に悠仁さまでなければならない」悠仁さまは学習院での帝王教育をうけていない、お茶の水女子大付属小学校で大丈夫なのか。そもそも秋篠宮殿下の本人任せの教育方針では、天皇はおろか皇族ですら満足に育てられないのではないか。眞子さま、佳子さまのふるまいを見ればわかる。

 女子アナの意見を聞いて驚いたのは、おおよそ日本の国体にたいする認識がない、世界でいちばん古い日本の王家・天皇家に対する認識が薄いことだった。
 日本の天皇家は男系男子相続、それ故万世一系の君として存在し、国家国民の最高祭祀者として、諸外国からも尊敬を集めている、という国家の文化的象徴であることを理解していない。
 八割の女子アナがキリスト教系の大学で教育を受けてきている実態なので、さもありなんかもしれないが、社会のオピニオン・リーダーたらんという女子アナ達の意見がこれではどうにもならない。

 いまは男女同権の時代だから、女性天皇ありだし、女系天皇だって一向に困らないわ。いっそ国民投票にしたらいいのに。日テレ出身の宮崎宣子の脳ミソは、共産党並みの国体破壊論だった。TBS出身の小島慶子も男系の血筋にこだわることない、女の時代に女子が天皇になってどこが悪い。ひどく浅い感情論で歴史認識皆無のマッカーサー直属のご意見だった。

 こうしたエリート女子たちが、政界に進出してきたらこの国も終わりだと絶望的な気持ちになった。
 マッカーサーは見事に植民地政策を成功させ、愚かな女子達の大量生産に成功したのだ。
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奇祭! 望月の榊まつり

榊まつり.jpg 

 鹿曲川にかかる望月橋から次々と松明が投じられる。橋いっぱいに広がって松明のナイアガラが降り注ぐ。
 8月15日の夜空に、山からおりてくる松明の火が点々と連なり、うねって見事な光跡を作り出す。中空から続く光の海が下界に降りて松明の滝をつくる。
 幻想的でダイナミックな「望月の榊まつり」である。
 佐久のみなみ望月の里に伝わる虫送りと除災招福の火祭りの始まりだ。古来望月は宮中に馬を献じてきた。望月の駒と呼びならわしてきた名馬の産地でもある。

 時を同じくして、望月の里のあちこちで、山から切り出した榊の木を神輿に見立てた引き回しが始まる。榊神輿にはそれぞれ元気な若者が乗り、荒ぶる神の様よろしく胴ずきをし、回しながら大きく揺らして荒々しく里を走り回る。
 火と榊の競演が人々の心をかき立て、望月の人達の活気と元気を盛り上げる。
 火によって不浄を追い払った。榊によって不幸を除いた。科学を拒否した信仰の力が人々の表情に明るさをもたらしている。
 榊まつりは信州だいいちの奇祭ともよばれている。

 明日には京都五山の送り火が待ち構える。右大文字、左大文字、舟形、鳥居、妙法の送り火に囲まれて、ご先祖を送る。念仏寺まで足をはこんで送り火のための護摩木を奉納してこようか。都の人は送り火は見るものではなく、ともに供養にくわわってこその通過儀礼なのだ。
 顔黒でツルテンの浴衣をきた日本娘は、何が悪いといった態度でビール片手に自撮りスマホに興じている。
 心配の種は台風だけである。

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2019年08月14日

異常予報は花盛り

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 ここ数年の日本の夏の異常気象は、この国の根幹に関わる大問題になってきた。
 四季に恵まれた温暖な日本列島と、教科書で教えられた日本はどこかにいってしまって、赤道直下の熱帯圏と変わらない温度が日々の天気予報に登場する。「熱いぞクマガヤ!」とか、意外な場所の熱帯夜など、東京でも33度、35度が当たり前になって、町中にミストのパイプをひいて、冷たい霧の噴射を日常化しなければならない状態になってきた。その度ごとに、専門家は太平洋の水温上昇を理由にもっともらしく解説してくれるが、解決策はだれもしめさない。

 ニュースの時間がいきなり天気予報から始まる。次から次へ、台風発生図、予想進路図、海温分布図を見せられ、結果台風はどこに向かうかわからない、と気象予報士はいうが、それならはじめからそんな不確実な情報を流すな、と言いたい。不安を煽って、結論はわからない、典型的なヘイトニュースではないか。
 「今すぐ自分の命を守る行動を起こしてください。異常な雨をもたらすマダラ低気圧が迫っています。海や川には絶対近寄らないでください」有難くご心配はうけとるが、土手がこわされるのも、橋が流されるのも、家がくずれるのも、みな人間の浅はかな智慧が、自然にあっさりと蹴散らされた結果である。人間の想像力ほどいい加減なものはない。

 週間天気予報図、お洗濯予報図、風向予想図、降雨量予想図、波浪予想図、海面水温図、地上温度図、お出掛け天気図、天気に関する図面が次々と登場し、テレビ・ニュースの主役になっている。世界中探しても天気予報で始まるニュースは何処の国にもない。日本はそれほど異常気象の宝庫になっている。こんなに沢山の天気図を見慣れている人間は、日本人のほかいないだろう。地上波テレビの天気に対する入れ込みは、それじたい異常なのだ。役者くずれの予報士、女子アナくずれの予報士、天気会社派遣の予報士、それに予報専門の当たらない大学教授等、つぎつぎとワイドショウに登場する。中央気象台を中心に民間天気予報会社が入り乱れて営業活動をしている結果ともいえよう。

 天気図の記念日までつくって煽っている気象関係者も、ビール、化粧品、などの煽動広告に同じ、ウオール街の犠牲なのかもしれない。
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2019年08月12日

夏グルメ・駒形どぜう

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 うなぎに満足すると、どぜうを思い出す。
 浅草には飯田屋と駒形どぜう二軒のどぜうやがあるが、足が向くのは駒形のほうだ。
 駒形には隅田川の川風がふいているような気がする。入り口の大柳がいつも揺れているせいかもしれない。
 駒形どぜうは1801年創業以来3度の火事にあっている。文化の大火、関東大震災、そして東京大空襲……その度ごとに火災の前の姿を忠実にたどって再建してきた。表の大路に面した二階には窓がなくメクラにしているのがその印、江戸の頃は大名を上から覗いたら、即座に斬捨て御免といったお触れにそった造りなのだ。

 壱・丸を商うべし(開くのは切腹を連想させ武士に嫌われた)
 弐・暖簾を表に出すな(入口の暖簾のことではなく、支店を出すなの意)
 参・武道をするべからず(商いに徹せよの意)
 初代越後屋助七のさだめたこの三訓が代々の店に伝わり、令和の今日まで続いてきた。が中には横紙破りもいて、3代目は鯨料理をだし、6代目は渋谷に支店をだしてしまった。7代目がそれまで「どぢゃう」と4文字だったのは縁起が悪いと「どぜう」に統一し、今日の「駒形どぜう」のイメージが確立した。

 みっちりとどぜうのまんまが敷き詰められた鉄の浅鍋が目の前に登場したら、まず江戸名物新宿ねぎをこぼれるほどに盛る。どぜうとねぎの相性は誠に良い。
 だしは味噌と水のみ、ちくま味噌の江戸甘味噌は創業以来のもの、今日では祖母の実家京都の本田味噌の赤辛味噌を一割ほどブレンドしているそうだ。
 くつくつと出汁が煮立ってきたら、仕上げは地元やげん堀の七味、江戸っ子のどぜう鍋が仕上がる。
 酷暑を乗り切る最高の江戸グルメと信じている。



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2019年08月11日

家元・海老蔵のこれから

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 酷暑のシブヤにいってきた。市川流三代襲名披露が8月3日から12日まで13回にわたって上演されたからだ。
 いままでの家元襲名披露といえば、まず国立劇場か、歌舞伎座に於いて、せいぜい3回公演ほどの日程だった。その恒例を破って、シアターコクーンというB級劇場での13回公演におよんだのは、いかにも海老蔵らしい選択だった。
 コクーンという劇場は面白い劇場だが、劇場の格として一流ではない。いわば実験劇場としての役割をになった中劇場である。客席と舞台の距離の近さからいっても、出演者の芸をじっくり味合う劇場なのだ。それ故あの空間を選択した海老蔵には、よほどの自信があったのだろう。

 その上襲名披露の長期化は歌舞伎においては当たり前のこと、歌舞伎座で一か月、または二か月、その後名古屋、京都、大坂、博多などで一年、二年にまたがることもある。ただ日本舞踊に於ける長期公演は珍しい。祇園井上流のみが明治の始めから、都をどりに名をかりて150年に及ぶトラディショナル・ダンスを成功させてきた。戦後先代の吾妻徳穂が「あずま歌舞伎」の名のもとにヨーロッパにおける長期公演を試みた例があるのみだ。舞踊協会もいろいろと努力しているようだが、なかなか舞踊家のプロ化は進んでいない。

 今回の市川流三代襲名披露を10日間にわたってやったということは、ある意味流派の商業化をねらったのかもしれない。新たに家元になった海老蔵の今後の舞踊活動に注目していきたい。
 当主海老蔵を中心に、叔母の市川寿紅、妹の市川翆扇、娘の市川ぼたん、息子の堀越勘玄と、一家揃い踏みの披露は梅沢冨美男一座の公演と変わらないにほんならではの興行形態だった。
 舞踊界の多くが予想していた市川翆扇の家元襲名ではなく、海老蔵の家元襲名には多くの関係者も驚きをかくさなかった。このところ進境著しく活躍していた市川翆扇が家元にならなかったのは何故か、團十郎襲名を前にして市川流は妹にまかせ、海老蔵は宗家として流派を総覧したほうが、はるかに良かったのではないか、そんな声も聴こえた客席だった。

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2019年08月09日

長崎原爆忌と隠れキリシタン

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11時02分 NAGASAKI この時を迎えるたびに、初めて長崎を訪ねたあの夏の終わりを思い出す。
 爆心地の浦上天主堂あたりは、隠れキリシタンの多かった地域で、海を渡ってきたキリスト教を熱心に信じていた人々が、クリスチャンによって作られた原子爆弾の洗礼を受け、7万4000人の同胞とともに命を失った11時20分は、歴史上もっとも皮肉な惨劇だつた。
 信じていた心の故郷に裏切られ、一瞬で命を失ったのが、長崎隠れキリシタンの子孫たちだった。

 長崎を知りたければ、まず湾をはさんで対岸にあるの諏訪神社の丘から町を見たらいい、と教えられお諏訪様の長坂へ。
 長崎のすべてが鳥瞰できた。対岸の左手には浦上天主堂を中心にキリシタンの町、手前の出島、中央の山の斜面には九州最大の同和地区、山肌にそって低い家並みの群落、役割は隠れキリシタンの監視と犯罪人の探索など、長崎県で被差別部落がないのは、五島列島だけと教えられた。
 あの長崎くんちに見る異国情緒、豪華絢爛な表の表情とはまったく異なる長崎の町があった。

 「コッコデショ、コッコデショ、コッコデショ」五色の大きな布団に飾られた太鼓山、鯨の潮吹き、龍踊、ご朱印船、唐人船、オランダ漫才、等々……にほんの祭りのなかで最も色彩豊かなまつりが長崎くんちである。その長崎くんちが見たくて長崎にいったのだが、出町より、しっぽくより、花月よりも心にきざまれたのが、隠れキリシタンと同和のものがたりだった。

 オランダ坂を登り、グラバー邸にあそんで、蝶々夫人のメロディをくちずさむのもいいが、歴史の裏側に触れて慄然とする旅も捨てがたい。


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2019年08月08日

クリステルはファースト・レディになれるか?

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 吉本闇営業、韓国ホワイト国外す、広島原爆忌、猛暑来る、浅間山噴火のニュース繁多の真ん中に割って入ってきたのが、小泉進次郎議員と滝川クリステルの結婚騒動であった。父小泉純一郎に似てなかなかの選択、将来のファースト・レディをみこした見事な配役というべきか。記者会見も官邸を使うなど、芸能プロ顔負けの進行ぶり、メディアのツボを押さえた小泉進次郎だった。

 戦後歴代総理大臣の妻、ファースト・レディについて思いを致してみた。
 ファーストレディという海外での呼称は戦後しぱらくは皆無だった。つまり二人揃って空港のタラップを昇り降りしてこそのファースト・レディだから戦後何年かはひたすらマッカーサーのもとにあり、ファースト・レディという存在はなかった。

 戦後の日本を背負って総司令部と対峙したのは、吉田茂だった。夫人と死別し総理大臣を辞したのち、新橋の名妓小りんを伴って大磯に隠居した。が大磯詣の政治家はひきもきらず、小りんの聡明さと気働きは世に喧伝され、その後のどの総理夫人よりも高い評価をえている。

 所得倍増の総理池田勇人の妻満枝こそ、初めてのファースト・レディだった。池田勇人に寄り添ってアメリカ訪問を成し遂げた。一年前から猛勉強した英会話を、ついにひと言も話すことなく帰国したのが残念だった、と後に告白している。

 鳩山由紀夫の幸夫人あたりからファーストレディも大分軽くなった。仲間でトリオを組んで下手な唄を唄って喜んでいた。総理は宇宙人、女房は芸能人といった類なきカップルだった。

 最近の傑作は安倍晋三首相の昭恵夫人だ。森永キャラメルの娘で、電通に務めていたという経歴が見事に生きて、神田の裏露地で居酒屋をやったり、大麻解禁に賛成したり、はては森友学園の名誉校長をひきうけたり、安倍首相の足を引っ張り続けている。ファースト・レディの重みがいまだにわかっていない。コシノ・ジュンコをつれて海外にいくなど、あの下品なファッションはファースト・レティにもっともふさわしくない衣裳だということすら理解できていない。
 安倍さんは総理の座にいる限り、アッキーの我がままに悩まされるだろう。

 さて話題のクリスタルだが、「お・も・て・な・し」はイギリス人のオリンピック・コォーディネーターが考えた言葉で、振付通りに演じたのが、クリステルならぬクリスタルということを忘れてはならない。過度の期待はせず、無事に生まれるであろう男の子をしっかりと育てることだ。
 昭恵夫人のごとく旦那の足を引っ張るファースト・レディにならないことを祈っている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする