2019年08月09日

長崎原爆忌と隠れキリシタン

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11時02分 NAGASAKI この時を迎えるたびに、初めて長崎を訪ねたあの夏の終わりを思い出す。
 爆心地の浦上天主堂あたりは、隠れキリシタンの多かった地域で、海を渡ってきたキリスト教を熱心に信じていた人々が、クリスチャンによって作られた原子爆弾の洗礼を受け、7万4000人の同胞とともに命を失った11時20分は、歴史上もっとも皮肉な惨劇だつた。
 信じていた心の故郷に裏切られ、一瞬で命を失ったのが、長崎隠れキリシタンの子孫たちだった。

 長崎を知りたければ、まず湾をはさんで対岸にあるの諏訪神社の丘から町を見たらいい、と教えられお諏訪様の長坂へ。
 長崎のすべてが鳥瞰できた。対岸の左手には浦上天主堂を中心にキリシタンの町、手前の出島、中央の山の斜面には九州最大の同和地区、山肌にそって低い家並みの群落、役割は隠れキリシタンの監視と犯罪人の探索など、長崎県で被差別部落がないのは、五島列島だけと教えられた。
 あの長崎くんちに見る異国情緒、豪華絢爛な表の表情とはまったく異なる長崎の町があった。

 「コッコデショ、コッコデショ、コッコデショ」五色の大きな布団に飾られた太鼓山、鯨の潮吹き、龍踊、ご朱印船、唐人船、オランダ漫才、等々……にほんの祭りのなかで最も色彩豊かなまつりが長崎くんちである。その長崎くんちが見たくて長崎にいったのだが、出町より、しっぽくより、花月よりも心にきざまれたのが、隠れキリシタンと同和のものがたりだった。

 オランダ坂を登り、グラバー邸にあそんで、蝶々夫人のメロディをくちずさむのもいいが、歴史の裏側に触れて慄然とする旅も捨てがたい。


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2019年08月08日

クリステルはファースト・レディになれるか?

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 吉本闇営業、韓国ホワイト国外す、広島原爆忌、猛暑来る、浅間山噴火のニュース繁多の真ん中に割って入ってきたのが、小泉進次郎議員と滝川クリステルの結婚騒動であった。父小泉純一郎に似てなかなかの選択、将来のファースト・レディをみこした見事な配役というべきか。記者会見も官邸を使うなど、芸能プロ顔負けの進行ぶり、メディアのツボを押さえた小泉進次郎だった。

 戦後歴代総理大臣の妻、ファースト・レディについて思いを致してみた。
 ファーストレディという海外での呼称は戦後しぱらくは皆無だった。つまり二人揃って空港のタラップを昇り降りしてこそのファースト・レディだから戦後何年かはひたすらマッカーサーのもとにあり、ファースト・レディという存在はなかった。

 戦後の日本を背負って総司令部と対峙したのは、吉田茂だった。夫人と死別し総理大臣を辞したのち、新橋の名妓小りんを伴って大磯に隠居した。が大磯詣の政治家はひきもきらず、小りんの聡明さと気働きは世に喧伝され、その後のどの総理夫人よりも高い評価をえている。

 所得倍増の総理池田勇人の妻満枝こそ、初めてのファースト・レディだった。池田勇人に寄り添ってアメリカ訪問を成し遂げた。一年前から猛勉強した英会話を、ついにひと言も話すことなく帰国したのが残念だった、と後に告白している。

 鳩山由紀夫の幸夫人あたりからファーストレディも大分軽くなった。仲間でトリオを組んで下手な唄を唄って喜んでいた。総理は宇宙人、女房は芸能人といった類なきカップルだった。

 最近の傑作は安倍晋三首相の昭恵夫人だ。森永キャラメルの娘で、電通に務めていたという経歴が見事に生きて、神田の裏露地で居酒屋をやったり、大麻解禁に賛成したり、はては森友学園の名誉校長をひきうけたり、安倍首相の足を引っ張り続けている。ファースト・レディの重みがいまだにわかっていない。コシノ・ジュンコをつれて海外にいくなど、あの下品なファッションはファースト・レティにもっともふさわしくない衣裳だということすら理解できていない。
 安倍さんは総理の座にいる限り、アッキーの我がままに悩まされるだろう。

 さて話題のクリスタルだが、「お・も・て・な・し」はイギリス人のオリンピック・コォーディネーターが考えた言葉で、振付通りに演じたのが、クリステルならぬクリスタルということを忘れてはならない。過度の期待はせず、無事に生まれるであろう男の子をしっかりと育てることだ。
 昭恵夫人のごとく旦那の足を引っ張るファースト・レディにならないことを祈っている。
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2019年08月07日

八月の「おいど」

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 夏の「おいど」は元気になる。
 冬のあいだ、かくまわれ、大事にされてきた「おいど」が突然に存在を主張し、誇張して、見せつけてくる。もう「おいど」ではない。「ヒップ」というべきか。舶来品のごとき表情をうかべ、堂々として羞恥心を失い、生き生きと存在をあからさまに動きまわる。
 花見小路よりは、原宿竹下通りが良く映る。ついこの間まで子供の領分だったショート・パンツが、若い女性に奪われ、ストリート・ファッションに変身する。
 男どもはその危ない短さに、目線をかき乱されながら猛暑の時間を過ごす。

 京都では、尻とは言わず、ケツとも言わず、「おいど」といってきた。昔は御居所とかいて、いどころ、座るところを現した中世の女性語だといわれる。 おいどは優しく、色っぽいところがステキなのだ。

 「おいど」をもっとお下げやす といわれれば、京舞井上流のお稽古ときまっている。お尻をさげ、やや中腰のていから舞が始まる。東京の流儀舞踊はほぼ腰高の位置から始まる踊りだが、京舞は御所のしきたりと座敷舞の優雅さが主役となり、腰を降ろした様が基本となった。
 日本の踊りの中では、沖縄の踊りが同じ「おいど」を降ろしたポーズが基本になっている。
 能と京舞と琉舞が共通の目線をもっているのが、面白い。

 「大きいおいどやこと」ケツの穴が小さいといわれるより、ずっといい。尻にしく、尻が重い、ケツを割る、オイドに関する表現は多々あるが、単純に下品とは言い切れない多様な意味を含んでいる。
 池田満壽夫さんは「お尻の美学」をかいて、おいどの魅力に注目した。

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2019年08月05日

イワナもヤマメも死んだ

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 犯人は太陽光発電である。
「日本の未来に貢献する」とはなやかに打ち出した太陽光発電、建売の新築の屋根にのせて、電気代がやすくなりますとチラシ営業している頃はまだしも、大手企業が金儲けを企んで、全国の山林に眼をつけて事業展開をするようになると、問題が次々と噴出してきた。
 福島原発事故のあと、当分使用不能になった山林は、業者の高値につられてあちこちが太陽光発電所になった。

 太陽光発電を始めれば、荒廃した山を宝の山に変えられます。キャッチフレーズに乗った地元民が見た夢が、あっという間にかわってしまった十王川、毎年春にイワナやヤマメを放流して釣り客を誘致、200人の組合員は日釣り券の売上げで生活のたしにしてきた。
 ところが川に放った小魚たちが一匹残らず死んでしまったのだ。稚魚たちはエラに工事の土砂がつまって窒息死してしまった。
 粘土質の泥で川は死に、田圃にも土砂が流れこんで、農民の生活は一変、施工主の京セラから120万円の補償が漁協に支払われただけで、なしのつぶて。

 県の指導では、山林を伐採すると山の保水力がなくなるので、まず調整池を作れ、ということだったが施工主は無視、出た泥水をそのまま川にながすという暴挙にでた。業者は経験にとぼしく、目先のソロバンだけがたよりのフロント企業だった。

 再生可能エネルギーという言葉に浮かされる前に、工事の安全性や自然破壊について考えねばならない。
 軽井沢発地の山の上にも何万坪かの太陽光発電所があるが、当時のキャッチ・フレーズに踊らされ賛成した町議会、あとになって困ったことにならなければいいが、少々心配である。
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2019年08月04日

慰安婦像を展示したかった愛知芸術祭

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 愛知トリエンナーレとは、税金を使って日本人と日本の歴史を貶める祭事とは知らなかった。
 芸術の名をかりて「従軍慰安婦少女像」を展示するなど、主催者の神経を疑う。少女像は韓国の反日運動のシンボルとして、世界中に建てられすでに200近くにもなっている政治的モニュマンである。
 さらに言えば、朝日新聞の嘘に始まったなんの根拠もない従軍慰安婦のリアル像ではないか。この像の撤去を推進する運動ならば許されるが、さらに表現の不自由のシンボルに仕立てあげるなど、主催者側の見識を疑う。
 アートディレクターの津田大介なる人間の素性はしらないが、底の浅い自称芸術家か、歴史しらずの反日日本人であることは確かだ。

 愛知トリエンナーレでは、慰安婦少女像のほか、昭和天皇に擬した「焼かれるべき絵」や、九条守れの俳句、さらに米軍へり墜落のモニュマンまであった。まるで共産党、立民の政治偏向展示会の様相をていしていたのだ。表現の不自由展とはよくもいったり。韓国、北朝鮮の代理イベントに成り下がっていた。

 幸い多くの日本人の声がとどき、従軍慰安婦少女像展示は中止になった。
 実行委員会の大村秀章愛知県知事も、おひざもと河村たかし名古屋市長の反対の声にたじろいだ。公権力が表現の不自由をつくったと主張する田島康彦なる大学教授もおかしいし、検閲につながると声明をはっした日本ペンクラブもみんなおかしい。
 輸出規定見直しでホワイト国から除外された韓国に対し、日本が悪いと声明を発した78人の大学教授、弁護士、医者、マスコミ関係者など、いずれも日本人の衣をきて、日本を貶める反日運動家の在所がすこしずつ明らかになってきた。
 いまこそ日本人のプライド、日本人の欣嗣をとりもどすべきだろう。
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2019年08月03日

中学3年の富士山ひとり旅

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 「六根清浄、お山は晴天、……六根清浄、お山は晴天」
金剛杖を片手に無心にこの題目を唱えながら登った。はるかにしたに見える小さく見える河口湖からたまさか花火が上がる。湖は斜めの大地に張り付いたようにも見えて、打ち上げ花火が開いたさまは、天上から見た地上の楽園とも思えた。
 あぁやっと戦争が終わった。こうして富士さんに登れるのも、訪れた平和のおかげとかみしめながら、初めての富士登山ひとり旅だった。
 それは敗戦のあくる年、中学3年生の夏だった。

 富士吉田まで直行し、登山地図と金剛杖をまず求めた。夏の富士吉田はどことなく落ち着かず人々の往来が多かった。
 先ず登りと下りのコースを選択しなければならない。帰りは須走コースを飛ぶように駆け下りたいと心にきめていたので、登りをどうするかだったが、富士吉田にいるのだから、吉田口から登るのがいちばんと思えた。
 まず登山の無事を願って浅間神社にお参りした。そして鳥居前の駄菓子屋で小さな缶に入ったドロップをかった。甘いものがまったく無かったあの当時、ドロップは貴重だった。カラカラと缶をふって一粒手のひらにとりだす。赤いドロップが欲しかったけれど、白いドロップがでてきた。刺激剤にもなるハッカをなめながら、神社のよこの吉田口から登り始めた。

 「六根清浄、お山は晴天…」…三合目までくると女の人達は帰らねばならなかった。「女人天上」と言われ、阿弥陀堂にお参りして女性は下山していった。これより上に女性が登ると山の神様が怒るといわれ、セクハラなどとは露ほども思わず、黙々と中学三年生は登った。
 5合目から6合目あたり、背の高い木はなくなり、低い草木ばかりと岩場の景色になってきた。クネクネと頂上につづく登山道にヒカリの帯が続いていたことはおぼえているが、自分の光はなにだったか全く覚えていない。六合目の山小屋でいただいた具のない味噌汁の美味しかったこと、いまだに覚えている。

 御来光まで後50分と、追い越していった大人に知らされ、胸突き八丁をゼイゼイ言いながらやっとのことで頂上にたどりついた。御来光にはわけもわからずただ涙があふれた。お鉢廻りも無事済ませ、あとは飛んで飛んで一気に須走を駆け降りた。
 須走口の小学校の庭にあった水道を頭からかぶり、じゃりじゃりと鼻や口に詰まった砂をおとして、ようやく中学3年の六根清浄は終わった。
 いっぱいの焼印が押された金剛杖、大事にとってあったドロップの缶は、行方知らずである。
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2019年08月01日

感謝と妊娠の八朔

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8月1日、八朔の日は夏のお正月である。
 農村信仰では一年の半分を無事過ごせたことを神に感謝し、残りの半分もまた稔り多く無事に過ごせるよう神に祈る祭りなのだ。

 徳川家康は秀吉の策謀によって江戸を知行としてあたえられ、江戸に入府したのが天正18年8月1日だったので、正月に次ぐ祝日として8月1日を大名総見の日とした。江戸っ子にとっての八朔は、徳川さまのご入来だった。

 京都祇園町ではそもそもの俗信が根付いて、八朔のご挨拶は夏のお正月になっている。朝からお姐さんの家に集まった芸妓衆はみな絽の黒紋付に身を包んで、門前のお家元に日頃の感謝と芸道精進のご挨拶に出掛ける。それが済むと普段ご贔屓にあずかっているお茶屋をまわっておかあさんにお礼のご挨拶、花見小路は粋な黒紋付の左褄と、カメラおじさんでいっぱいになる。

 民間信仰で多いのは、嫁いでも子供のできない女性のために、子孕みの祈りが日本各地にある。改めて八朔に祈るところがみそなのだ。
 福井の八朔祭では、男性のシンボルを模ったご神体を抱えた天狗さまが、女性のおなかをたたいて歩く。 信州小谷村千国のまつりでも、男のささらすりが真っ赤な男根をみせびらかし、女たちをたたいて歩く。恥じらいを失ったおばさんは男根を握りかえすが、若嫁さんたちはキャアキャアと奇声をあげて逃げまどい、子孕みを願う。

 超高額の不妊治療に通うより、八朔の信心に励んだ方がはるかに妊娠の可能性があるかもしれない。



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2019年07月31日

エロいが正しい「ハイぶりっ子ちゃん」

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 「ハイぶりっ子ちゃん」が評判を呼んでいる。
 始まりは信州小諸から山梨北斗を結ぶ海抜日本一の高原鉄道、小海線を走るハイブリット車両「キハE200系」を記念してのお祝いキャラクターだった。
 沿線の途中駅中込の駅前商店街が中心となって、ハイぶりっ子ちゃんが誕生した。佐久市に公認を申請したが、市役所にはハイぶりっ子ちゃんの魅力を感じる職員はいなかった。公務員には不感症が多い。
 いまになって地団駄ふんでも遅い。市が作ったユルキャラは人気がないが、ハイぶりっ子ちゃんは、群がって写真大会である。
 ハイぶりっ子ちゃんは瞬く間に人気者になった。地元のお祭りでも、鉄道フェスタでも、馬子唄道中でも、町で製作したルイーザちゃんを呼ばないで、ハイぶりっ子ちゃんをよんでいる。信州の田舎で唯一の人気キャラクターが誕生した。

 ハイぶりっ子ちゃんの本体は、頭の部分の電車とうさぎの顔の被り物が中心のハイブリット生命体、、首から下は乗務員と呼ばれてブルーのレオタードに黄色のベルトをしめている。白の手袋に白のロングブーツ。3人または4人で行動するが、どのハイぶりっ子ちゃんもプロポーション抜群で、中込には20数人生息しているという。
 鉄ちゃん、鉄オタはもちろんのこと、子供達にも大人気、ボン・キュッ・パッにひかれてオジサン達にも人気がある。かなりエロいのだが、肌の露出はないのでいやらしくない。マツコの番組に取り上げられてさらに人気倍増した。

 ハイぶりっ子ちゃんの軌道外活動は、乗務員が原動力となる。何故かユーロビート調のテーマソングやら、ダンスも踊る。性格や趣味趣向、サイズは乗務員それぞれで異なる。
 カラダの線をはっきりと見せる人型妖精は、近頃の進んだ女性たちの共感もよんで、応募者もたえないと聞く。 餓鬼相手の安っぽいユルキャラより、女性の存在をしっかりとアピールしているハイぶりっ子ちゃんははるかに魅力的なのだ。
 子供といえば免罪符の最近の風潮に、一石を投じた大人の女性ユルキャラがこの信州に生まれたというのが意味深い。



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2019年07月30日

牛乳パンはケーキである。

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 牛乳パンの噂を度々聞くようになった。
 超高級食パンの間をぬって、長野発ご当地パンの話題があちこちにでている。東京の大学に入ったデスクのお嬢さんは、牛乳パンを長野限定とは知らず、学校の近所を探し回って絶望のある日を過ごしたそうだ。牛乳パンはさほどに長野県人のソールフードになっている。

 牛乳パンのパッケージは田舎発にふさわしく、透明または半透明のビニール袋に「牛乳パン」と大きく印刷されている。大正ロマン風とか、昭和レトロの雰囲気などと理屈はつけているが、いちいち書かないと満足しないヤボな信州人にふさわしい。
 外国渡りのパンには、ひとつひとつ袋に入れて名前を書く風習はない。そもそも焼き立てのパンはすぐ食べるのがお約束なのだから。ひとつひとつ袋にいれて名前をかくパンに外国人はびっくりする。

 牛乳パンの名前から間にはさまれたクリームに牛乳が入っていると勘違いしている人が多いが、実は牛乳はパン生地に入っている。パン生地を作るのに牛乳でこねるので、牛乳パンなのだ。ヤマザキとヤツレンの牛乳パンには、湯捏ね牛乳入りとかかれている。
 牛乳パンのパン生地は、まず座布団ほどの大きなパンを焼く、ふわふわの生地を上下にわけてホワイト・クリームをしっかりとのせ、しかるのち四角または三角に切り分ける。そしてタイトル付きの袋にいれる。すべて手仕事なので、数量に限度があり、それぞれのご当地パンが生まれる。

 松本には大正10年創業の小松、小布施の岩崎、岩村田のキキョーヤ、佐久の田村屋などご当地パンの担い手である。こうしたささやかなご当地パンの世界に、パスコやらヤマザキやらの大メーカーが参入するのはルール違反といえよう。企業モラルの欠落としか思えない。田舎のパンは田舎に任せる度量が欲しい。

 牛乳パンはとても美味しい。パンというよりケーキである。色付きのデコったケーキより、はるかに美味しく体にやさしい。
 なによりも「インスタ映えしない」ところがイチバンいい。

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2019年07月29日

プレバトに投影するわが人生

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木曜午後7時の「プレバト」は毎週楽しみにしている。
「使える芸能人はだれだ!? プレッシャー・バトル」という正式題名があるとは知らなかった。
 なかでも才能査定ランキングが楽しい。本人は一流芸能人と思い込んでいる芸人が次々と登場し、順番に恥をかいていく番組のつくりなのだが、時に芸人にかくれた才能を発見し、こんな才能があるのなら芸人なんぞにならなければよかったのに、と思わせるタレントもいる。

 俳句、生花、水彩画、消しゴムハンコ、絵手紙、料理の盛付と、駅前のカルチャア・センター風な構成も面白い。が先生に人を得ないと全く盛り上がらない。
 料理の土井先生は生真面目だし、絵手紙の花城先生はいたいたしい、水彩の野村先生は巧すぎてつまらない。消しゴムハンコの田口奈津子先生は美人すぎて気が散る。なんといっても圧巻は俳句の夏井組々長夏井いつき先生である。松山に住まう俳句のおばさんの破壊力が凄い。テレビの着物姿は私のコスプレだからと豪語する少し安手のきものにつつまれた夏井先生には、何物も恐れない痛快な俳句愛がある。

 旅芸人まるだしの梅沢冨美男とのヤリトリ、東国原英夫の思わぬ発想力、志らくの噺家世界、村上健志、藤本敏夫、千賀健永らの新鮮な句吟力、鈴木光の勉強力、中田喜子の女性力と、ミッツのカマちから、それぞれの隠された才能が見えて嬉しい。
 自信過剰な芸人たちを、才能アリ・凡人・才能なし と断じる夏井先生とやんちゃな浜ちゃんが進行する司会ぶりも楽しい。
 俺のおかげでこの番組はもっている と豪語する梅沢のヤクザな態度と、軽くあしらう夏井先生、内容に関係なく権力で進行する浜ちゃんと、毎日放送プロデューサーの腕もなかなか。在京地上波にはなかなかこうした製作力をもったプロデューサーは見あたらない。

 昇格か、現状維持か、降格かと迫られると、わが人生は如何ばかりと、反省するのである。

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2019年07月27日

生類憐みの令から復活をとげた「江戸前大かばやき」

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 江戸っ子にとっての美食は、すし・天ぷら・蕎麦・うなぎ に尽きる。
 軽井沢には寿司と蕎麦の名店はあるが、天ぷらとうなぎは見当たらない。必然的に東京に出掛けた時は、天ぷらかうなぎになる。銀座並木通りにはてんぷら近藤があるし、吉兆の一筋違いにはうなぎ竹葉亭の本店がある。暑さとともに主役はうなぎになる。

 テレビでは中国産と国産の味比べを盛んにやっているが、元来江戸前という呼称はうなぎに始まっている。
 うなぎは「江戸前」を上品といい、それ以外を「旅うなぎ」とよんで下品としていた。それ故、江戸うなぎは高級ブランドうなぎであり、今でいう大間のマグロや関アジのごとく、地産地消の上等珍品だった。参勤交代で江戸にやってくる田舎武士は、ひそかに江戸前の大かばやきを楽しみにしていたといわれている。

 五代将軍綱吉の生類憐みの令により、うなぎもどぜうも商いができなくなった。熊や猿もおなじ命だからと、犬猫を抱えたおばさんたちの動物愛護とかわらない。幕府の取締りが強くなると、「あなご」と称してうなぎをだす反権力の茶店も出てきた。
 こうした鰻好きの江戸っ子を救ったのは、綱吉の死去だった。生類憐みの令はたちまちに破棄され、深川八幡の御門前にはふたたび江戸前大かばやきの旗が翻った。

 享保13年の江戸大洪水のお蔭で、江戸のそこらじゅうで、うなぎがとれるようになった。なかでも隅田川と深川の掘割あたりは育ちのいい鰻があがった。それまで鰻は上方好みの腹開きだったが、江戸の侍にとって腹開きは切腹を連想させるので背開きとなり、江戸前大かば焼が完成した。

 さて土用の丑の今日は、パリの野田岩よりはるかに美味い到来ものの野田岩に、つや姫のごはんで夏バテ防止といこう。


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2019年07月26日

「魔の三回生」をたたき直せ

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 「魔の三回生」という呼称がひとり歩きしている。
第46回衆議院議員選挙で初めて国会に登場してきた、極めて劣悪な先生方のことである。バブル世代に生まれ、その後の失われた時代の教育を受け、若くして役人生活を送ったり、社会の若きリーダーと自負してきた連中である。
 当初116人も当選したが、次々とメッキが剥げていまでは7割方に減少している。

 「魔の三回生」最近のゲスなスキャンダルを列記する。
  ❶武藤貴也・国会議員枠で未公開株が手にはいると詐欺を働く。少年売春の疑いあり。
  ❷中川俊生・妻子がいながら愛人とハワイで結婚式を挙げ、その写真が流出した。
  ❸豊田真由子・このハゲー!!! 想像を超えたパワー・ハラスメントで秘書が泣く。
  ❹中川郁子+門博文・不倫路チュー写真がばら撒かれた。
  ❺務台俊介・被災地視察に長靴持参せず水溜まりをオンブされて視察。
  ❻橋本英教・選挙手伝いの中国人女性と議員宿舎をラブホ使用。重度のアル中。
  ❼大西英男・喫煙中毒、失言症候群
  ❽穴見陽一・重度の失言症候群
  ❾宮崎健介・国会議員の妻出産中の不倫事件。
  ➓池田佳隆・買収、事前運動マニア
  ⓫加藤寛治・結婚式でのセクハラ発言。
  ⓬国場幸之助・ガールズ・バーで大暴れ。
  ⓭石崎徹・秘書いじめの日常化。

 みんな一流大学をでて、お役所では働き盛り、そこそこのエリートがこのテイタラクとは。この世代のすべてに巣食っている社会の病根なのでは。 モラル教育を徹底的にやり直すか、徴兵制度を復活して再教育をやらなければ、この国が腐っていく。
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2019年07月23日

雑貨屋になった本屋の店頭

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 「マルチメディア」という言葉について、まんま受け取り、そのように使用していたが、どうやらその解釈は違っていたようだ。
 出版界では、「印刷物+すべての商品群=マルチメディア」 と呼んでいるようだ。昔風にいえば、付録大作戦なのだが、いまは付録の域を超えて、出版から流通、小売をふくめてマルチメディアと呼び、ビジネスを展開している。

 出版・編集の世界に憧れて業界に入ったにもかかわらず、今は全く関係ない仕入れの仕事に日々追われています、という声を始めてきいてからもう15年程も経っている。
 本は売れなくなる、本の時代は去った、といちはやく認識した経営者が打った次の手がこのマルチメディアと呼ぶ戦略だった。 少なくなったとはいえ全国に1万2000店ある本屋を活用しないわけにはいかない。本屋には棚というディスプレイ道具があり、平置きのための販売台も必ずある。そのうえ本屋のある場所は、学校の近所だったり、通勤の行き帰りに立ち寄りやすい至便の場所だったり、商売のアクセスポイントとして恵まれている。
 全国2800店の家電量販店の5倍もある本屋ネットワークを生かさない方法はない、と決断した。

 以来本屋の棚には、バック、かご、低反発マクラ、快眠めがね、美顔ローラー、シャボン、香水、アクセサリー、マルチポーチ、アイ・マッサージャ、カラー万年筆、入浴タオル、パスポート入れ、腹巻、痩せるソックス、ルーペメガネ、Tシャツ、巻きスカート、ベルト、などなんでもありのマルチメディア本が所狭しと置かれるようになった。

 が問題はすべてのマルチメディア本が、A4判のケースに収まらなければならない。はみ出すと流通にのらない。編集ガール達は日夜商品を如何にしてA4版に収めるか悪戦苦闘が続く。飛びついた本屋は、マルチメディア本によって雑貨屋になった。なんでもいいから売れればいいという、本屋の知性は吹っ飛ばしてしまったのが、マルチメディア本に頼った大手の出版社だ。

 マルチメディアとは、女の欲望に竿さした雑貨のことをいう。
                         (レイワ悪魔の辞典)より
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2019年07月22日

スマホにある危険な落し穴

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 ビック・データで世界中が揺れている。
GAFAと呼ばれているアメリカ情報産業BIG4にまつわる問題である。
 Gはグーグル、Aはアマゾン、Fはフェイスブック、Aはアップル、初めは巨大なこの四つのIT産業について、税金をかけることが出来るかどうか、それが問題だった。
 ところが世界中に展開するこれらの企業の実態をとらえるのは難しい。

 IT事業を展開している世界各国の税率が全部異なるし、事情も様々、一律に税率を設定することは至難の業だった。それにタックスヘイブンへの依存度もわからないし、真実の本社が何処なのかを把握するのもたいへん難しいのだ。
 税務署の役人より、ビックデータのスタッフの方が、はるかにアタマがいい。アタマがいいので、法律を超えた事業を起業することなど朝飯前といえる。

 中国のアリババなど、指認証、顔認証、などを超えてすべての中国人民を把握している。趣味や行動様式、生活実態まで詳細にとらえ、そのすべてのデータが中国共産党にながれていると言われている。その支配形態を世界中に拡大しようとして、トランプからストップがかかったのが、ハーウェイの副社長逮捕だった。ハーウェイは国家規模のスパイ活動としてハーウェイ製品の拡大を計っていた。ハーウェイのスマホを使っていると、バックゲートといわれるあらかじめ埋め込まれたチップから自動的に情報が中国に流れるように作られていたという嫌疑なのだ。

 最近キャッシュレス化の推進ということが盛んにいわれている。2020東京オリンピックで来日する外国人のためにとか、世界の先進国のなかでもっともキャッシュレス化が遅れているのが日本だからと、生活の利便という点からかたられているが、実はビッグデータの構築が目的なのだ。
 国家間の争いが発生したとき、最大の武器になるのがビッグデータだという現実がある。サイバー戦争ではビッグデータを使って、相手国を混乱におとしめるのが最良の兵器といわれているのだ。

 まもなく新宿で一杯飲んで、池袋のお姉ちゃんと遊んでも、すべて国家保安センターに補足され管理される時代が、そこまで来ている。
 このスマホはとても使い勝手がいい、財布もいらないし、カードもいらない、スマホひとつですべて足りる、と喜んでいるとトンデモナイことになるのだ。
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2019年07月21日

藤舎名生 ようやく人間国宝に

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 その笛の一瞬によってボストン美術館劇場の空気が裂けた。
 フェスティバル・ホール2000人の観客が凍りついた。ローマ法王も、天の音を聞いたと賛美した。 それほど藤舎名生の笛は凄い。静寂から天地鳴動のふり幅が、西洋楽器の表現を軽く蹴散らす。フルートもオーボエもかなわない。

 その笛に出会ったのは、初めて日本の空にジャンボジェットが飛んだ時だった。その飛行機に乗り込み、香港で日中合作のショウをやりたいので、演出をして欲しいというプロポーズだった。香港では、中国の伝統楽器オーケストラが待ち構えているので、という要請だった。
 当時海外で演奏されるにほんの音と言えば、お琴に三味線と決まっていたが、その趣味にはとても付いていけないので、打ち物の堅田喜佐久さんに相談した。その時堅田さんが、京都に凄い笛の若手が現われ話題になっている、一度会ってみたらということだった。
 香港では、30人ちかい中国合奏団にたいし、笛と鼓のわずかフタツの日本伝統楽器で舞台づくりをし、見事に中国を圧倒した。

 その後、多くのファッション・ショウや、東大寺の昭和大納経、あるいは軽井沢朗読座の舞台など、数えきれないほどの演奏協力をいただいた。人柄と心を蕩けさせる笛の力で女性にはメッポウもてた。そのため楽屋では、名生さんに近寄るとニンシンするよ、と嫉妬まじりの噂が乱れ飛んでいた。
 都をどりの楽屋でも、笛のおしょさんは藤舎名生、普段見ることのない真面目顔で、芸妓さんと向き合う名生さんがいる。

 堅田喜佐久さんは10年も前に人間国宝となったが、藤舎名生さんはようやく二日前に人間国宝になった。その演奏を知っている人間は、30年遅いよ、と叫んでいる。
     ……おめでとうございます。いつまでも元気で奇跡の笛を聞かせてください。
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2019年07月19日

シースルーの暮しは出来ますか

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 ニューウェーブ・キャンプに行こう、とアジッテ透明なドーム型ホテルが乗っていた。
 場所は那須の御用邸近く、森の中に存在する。サイズは7.8メートルの直径がある半円形の透明ドーム型コテッジだ。「滴るような緑の森と青い空も素晴らしいが、圧巻はベットに横たわったまま眺める星空……」とマネージャーはいっているが、透明ドームのなかのベットは外から丸見えである。プライバシー・ゼロのホテルというのも珍しい。

 余程の露出願望のある人か、羞恥心をうしなった老人しか、このコテッジには泊まれない。24時間の日常行動すべてを他人の眼にさらして初めてここに泊まる意味があるわけだから。それでも近頃は、SNS映えとか、自己承認要求とか、不思議な人々が次々と登場するから、こうした大胆なモクロミも成功するのかもしれない。

 経験則にもとずいていえば、夜の透明ドームで灯りをつけたら、あっというまに森中の虫が集まってくる。ドームは虫でいっぱいの黒い球体になる。虫越しの星空もいいかもしれないが、一匹の蛾に大騒ぎするいまどきの女子達は絶対に入れない。そのうえドームの周りにヘビなどやってきてドクロをまいていたらどうするのか、興味はつきない。ホテルのスタッフは一晩中ドームに張り付いて監視していなければならない。

 メディアでは、自然をしらないナチュラリストが登場して、降りそそぐ太陽とホシのひかりを体験しましょう、と笑顔をふりまいていた。
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2019年07月17日

慰安婦・徴用工みんなデタラメ文在寅

慰安婦・徴用工みんなデタラメ文在寅

 韓国は従軍慰安婦像を全世界につくってきた。日本軍をおとしめ、日本人を貶めるために。
 朝日新聞の大嘘報道に悪乗りし、世界中に従軍慰安婦像をつくるなど正気のさたとはおもえない。
 韓国内102か所にはじまり、デトロイト、サンフランシスコ、ブルックヘブン、ニューヨーク、フラートン、などアメリカの大都市、カナダのトロント、オーストラリアのシドニー、インナーウェスト、ドイツのヴィーゼントにまで目抜き通り、日本の領事館まえなど慰安婦像を置いてきた。日本政府がいくら抗議しても知らん顔、外地に住んでいる日本人はどれだけいやな思いをしてきたことか。本土に住む日本人には、現地の日本人の屈辱的な思いがわからない。国家の苦しみ、民族の哀しみに対する感情を失った今の日本人は実にはがゆい。

 32年間におよぶ朝日新聞のヘイトニュースと、それに悪乗りする韓国には、筆舌に尽くしがたい苦しみを日本人は受けてきた。

 最近では韓国海軍によるレーザー照射事件があった。一触即発の戦争状態をつくりだしたのは韓国である。さらに韓国における国際海軍親善の催しで、日本海軍旗の掲揚を拒否するという事件が起きた。それをおしてまで参加する理由はなく日本海軍は欠席した。

 ここへ来てさらに戦争中の応募工問題が起きた。莫大な金を払ってすべての問題を解決した筈なのに、韓国政府はなんの補償もせずネコババをきめていた。1965年の日韓国際条約はなんだったのか。国際条約というのは、すべての国内法に優先するのは常識だが、韓国人には通用しない。日本人と同じ労働条件で自らの意思で働ていたにもかかわらず、強制的に徴用されたと嘘を並べ立て賠償請求する、とんでもない人々がいるのが韓国人である。
 日本のメディアも韓国に和して徴用工、徴用工を連発する。真実は徴用工ではなく、応募工なのだ。

 これに対し怒りを持たないのが、多くの日本人だ。占領軍の政策によって骨抜きになり、民族のポテンシュルをうしなった哀れな日本人である。
 これだけ反日、非礼を重ねられた韓国が通常貿易国となり、ホワイト国待遇を失ったから、と言って国際機関に訴えるなど、狂気の沙汰である。日本人はもっと怒って当たり前だ。韓国との約束や話し合いは成り立たないということを肝にめいじるべきである。
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2019年07月12日

追悼、ジャニー喜多川

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 ジャニーさんがなくなった。
 テレビはジャニーズ事務所の広報宣伝部となって、死に至る経過を事細かに報うじている。ジャニーさんとの知遇は、ナベプロの渡辺美佐さんだった。ロスから帰ってきた姉弟なの、今度事務所を作るから、よろしくね。五反田のワタナベ邸にはたまに招集されて伺った。麻雀卓をかこんで、渡辺美佐さん、淡路恵子さん、そしてメリーさん、ひとり足りなかったので貴方を呼んだの。今夜は帰さないわよ。ひどく下手な麻雀だったので、お姉さん方のカモになり、明け方タクシー代をいただき、寂しい懐を抱いて帰宅したことが何度かあった。

 姉のメリーさんとは度々会った。ジャニーズ事務所を支えていたのはメリーさんだった。
 異常な少年愛をもつジャニーさんは表にでず、もっぱらタレントの発掘に歩いていた。あの頃、オーディション・システムを確立していたのは、ワタナベプロ位のもので、みなマネージャーの直感やツテをたどっての売り込みからタレントは誕生した。ジャニーさんが何処でどうして少年を探していたのか知らないが、郷ひろみをどこかの路上で遭遇発見したときのジャニーさんの異常な喜びには出会っている。

 帝劇に於ける初めてのジャニーズ公演は星野演出事務所がてがけた。ミュージカル「生きていくのは僕たちだ」という作品だったが、人気のフォーリーブスが歌が歌えず、カンパケのテープを録音して、観客にわからないよう腕利きのミクサーに託して上演した。スケジュール調整から衣裳デザインまですべて現場に立ち会って奮闘していたのは、メリーさんだった。弟への姉の愛情だったのだろう。

 このジャニーズ姉弟が作り上げた男性アイドルについては、日本のエンターテイメントを幼稚化したという点で賛成できない。一本立ちしなければならない30代40代の男が、僕アイドルですから、その意識は世界のどこへいっても通用しない。この国のショウ・ビジネスにとって大変不幸な出来事だった。

 印税収入を狙った秋元康による女の子の集団プロデュースとともに、日本のエンターテイメントを駄目にしたジャニーさんのアイドル路線、さらに加えれば、宝塚という少女歌劇、この三つこそこの国に大人のエンターテイネントが育たなかった三大要因と断言できる。




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2019年07月11日

銀座から須坂に終わったパリ帰国記念展

銀座から須坂に終わったパリ帰国記念展

 須坂・田中本家博物館に於けるパリ帰国記念展がようやく終わった。
 東京から、京都から、軽井沢から、長野から、北信濃から足を運んでくださった友人、知人の皆さんには感謝の言葉しかない。

 北信濃夜間瀬でユニークな陶芸に勤しんでいる藤本勉さんは、湯田中の旅館の女将や大勢の仲間と共にきてくださった。江戸小伝馬町の女親分石寺真澄さんは、お仲間7人衆とともに山田温泉藤井荘への興味で初めての須坂へ、帰途は拉致されて緑萌える渓谷美のご馳走にあずかった。
 田中国連大使夫人のジュネーヴでの公邸が、花時計の前の病院の上ときき、半世紀まえのパリでの苦労を思い出した。
 軽井沢の良心内堀さん夫妻、京都から新作を携えて駆けつけてくださった染色家の福本潮子、繁樹ご夫妻、じゅらく創成期の大森さん、テレビ朝日の岸幸織さん、多忙を極める陶芸家の猪狩さんと由美夫妻、香道の野池重子さん、弥生座のボス武井久美子さん、元朝日新聞写真部の馬田広亘、博子さんは湘南から、また多くの写真家仲間、須坂創成高校の学生さん、普段世話になっている山越君とご両親、座の会のご意見番池内さんなど、思わぬ方々が遠くから足を運んでくださった。ツェン・ノルブさんはブータンの正装で家族と共に来場、居合わせたお客さんはみな珍し気に注目していた。
 布施の山から降りてきて仕込みを手伝ってくださった越山ご夫妻にはお礼の申し上げようもない。高橋亜矢子さんも頑張ってくれた。
 尾上松也さんからの祝花は3か月も枯れずに咲きつづけ、魚河岸の花石井智子さんの花、長野メディア人の集まり座の会からも祝花をいただいた。

 みな異口同音に褒めたのは、豪商の館田中本家の凄さ、衣裳、什器、玩具などのコレクション、お庭についても口を極めた。さすがフランス人が驚いた小さな日本の美術館だ。
 御当主田中宏和さんご夫妻、館長の田中新十郎さんには本当にお世話になった。

 1960年パリが愛した写真家ロベール・ドアノーとの交友に始まった写真への興味が、モンマルトルから銀座、そして須坂へ場所を移してデジタル全盛の今、一段落を告げたのは悔いなき仕事だった。表現は無限の可能性に充ちている。 
 パリ・セーヌ通り ギャルリー・エチエンヌ・ド・コーザンに始まった「心象派写真展」が、東京・銀座ストーンギャラリーで「パリ帰国記念展」となり、須坂田中本家博物館で二年に渡った写真プロジェクトを無事終えたことは、生涯の幸せだった。
 
posted by Kazuhiko Hoshino at 07:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月10日

祇園が火事で燃えている

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 祇園で火事が起きた。
 東山区祇園町南側である。四条通りを挟んで南側の町家群のことをいう。もちろん北側にも祇園町はあるが少しばかり表情が異なる。

 北側には「おしょさん」つまり京舞井上流の井上八千代さんの家やお稽古場、お茶屋では冨美代さん、房の家さんなど、しばじばテレビに登場する巽橋とお稽古の行き帰りに舞妓さんがお参りする辰巳大明神があり、白川が流れている。

 南側には一力さん、廣島家さん、多麻さん、始め多くのお茶屋さん、そしてなによりも祇園歌舞練場があり、建仁寺の方丈がひかえている。
その南北の祇園町を貫いているのが花見小路、歴史的保存地域に指定されているその真ん中で火事が起きた。

 相方がお茶の稽古をしている家は一筋東だが、その夜から翌日まで電話の集中豪雨が押寄せた。近火お見舞いと親切な野次馬である。
 軽井沢にいて祇園の火事が手にとるようにわかる。テレビでは火元は祇園のどこそことヘイト・ニュースを流している。

 あまりの近さでみな一斉に浮足だった。お茶屋にはまだ客がいる時間だったので、あわてた女将さんは客を帰し、芸妓、舞妓たちも小走りに館に帰った。
 木造の古い家が多いので延焼が怖く、みな真っ青になって火の粉の行方を見守ったり、突然バケツに水を汲んでいたらしい。料理やの川上さんは裏隣だったので、消防に二階からの消火を依頼して家中泥だらけ、土石流に襲われた状態で後始末に茫然としているとか。                                                                           お茶屋の女将さんたちは、ご先祖様のご位牌と過去帳、なによりも大事な貯金通帳を抱いて露地でそわそわ、舞妓は高価な衣裳をぬぎ、薄汚れた縫いぐるみを抱いてジーパンでそわそわ。
 いかにも女ならではの祇園町らしい火災事件であった。

 
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