2018年04月07日

たけし、たけしの会社から独立??

たけし、たけしの会社から独立??

 「たけし独立"愛人"との会社が新拠点」に発したビートたけしの独立騒動、事情をしらない素人には、自分が造った会社から独立するってどういうこと? まったく理解できない。けだし当然とも思うが、この問題は新しくて古い問題でもある。

 タレントは売れてくると、まず仕事の内容について不満を持つようになる。俺はあんな仕事がしたいのに、マネージャはこんな仕事しかとってこない。不満だ。休みもとれずに仕事しているではないか。ギャラにしても、事務所はこんなにピンハネするのか。初めの頃は50%でいいとおもっていたが、取分を上げて欲しい。70パーセントいや80パーセントは俺に寄越せ、となる。事務所側は宣伝費、売り込み人件費、仕事先への接待交際費、スケジュール管理費、企画費、さらに事務所維持費と、これだけかかっているのだからギャラの半分は収めてもらわなければと、対立する。

 タレントはいまこんなに売れている、と思い込み、事務所はいつ売れなくなるか、と心配する。
 デビュー当時はヒロインでモテテ、モテテ争奪戦が繰り広げられていた。アッという間に飽きられて友人Bの役柄もこなくなる。気がついたら犯人役になり、母親役ならと世間の風はつめたい。舞台も演技が下手ではうれない。かろうじて田舎のイベントや宝石、きもののお見立会には声がかかっても、ストレス120%で恨むのは事務所ばかりの毎日である。通販専門のショップチャンネルをのぞいて見れば、そんな不満タレントが山ほどいて、生活のため媚びを売っている。

 たけしの抜けたオフィス北野は圧倒的に中途半端が多い。このメンバーでは事務所は維持できない、一挙に20数人いたスタッフを4人に減らしてしまった。怒ったのは軍団だが、たけしも本音ではこの軍団を背負うよりオネェチャンを背負いたい。
 芸能プロダクションの難しいのは、商品が喋ることだ、分をわきまえて精進するタレントもなかにはいるが、なかなかそうはいかない。
 芸能のしごとは、柄と才能と時が微笑んでくれなければ、上手くいかないしごとなのだ。
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2018年04月06日

炊き立てご飯か、チンゴハンか、

炊き立てご飯か、チンゴハンか、 炊き立てご飯か、チンゴハンか、

 炊き立てのご飯の美味しさは、日本人にしか判らない。
 今世界中に広がっている寿司でも、めしの炊き方が悪いため、どうしても美味い寿司ができない、という現実がある。戦後、初めての電気炊飯器が東芝によって開発されてから半世紀、数千種類の炊飯器が作られてきた。みな米の美味さを再現することに心をくだいたきた。それでもいまだに土釜風とか、ダイヤモンド釜とか、毎年のように新しい試みが家電メーカーから発表される。
 料理や、寿司屋など専門店にとって、めしの美味い不味いは重要なことなので、うちでは昔ながらの釜炊きごはんです、とか一辺淘の土鍋で炊いていますとか、店の真ん中に竈をしつらえて飯炊きの様式をキャッチにした料理屋さんが増えている。

 21世紀になって女性の職場進出があたりまえとなり、家事にかけられる時間が眼に見えて少なくなってきた。食事準備のなかでもっとも多くの時間を要するお米を炊く時間が窮屈になってきたのだ。その間隙をついて登場したのが、「サトウのごはん」通称チンゴハン一族である。「サトウのごはん」も努力を重ね、全国各地の銘柄米をチンゴハンにしてきた。魚沼産ササニシキは当たり前、北海道のななつぼし、山形のつや姫など、竈炊きに優るとも劣らないチンゴハンを開発してきた。
 働く女性の味方として、「サトウのごはん」はますます業績を伸ばしている。

 事務所のランチもカレーの時は、「サトウのごはん」のつや姫に人気がある。つや姫のチンゴハンと、レトルトのチンカレーと、酒悦のらっきょうに福神漬があれば、それで充分、下手な幕の内やらお弁当よりはるかに美味しいと満足なのだ。

 昨年、名門サーモスが「ごはんの炊ける弁当箱」を発売した。指定容器に水とお米を入れ、500ワット8分加熱ののち保温ケースにセット、30分たてば美味しい炊き立てご飯が食べられる、「シアワセのごはんが炊ける弁当箱」である。

 炊き立てご飯とチンゴハンの最終戦争が始まった。


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2018年04月05日

「競争入札」というナンセンス

「競争入札」というナンセンス

 悪名高かった日本年金機構が心を入れ替えて、いろいろと工夫している。
「一般競争入札」とやらで情報入力の作業を公募した。さる情報処理会社は落札したのだが人手が足りない。年金機構の情報処理には800人のスタッフが必要だが、百数十人しか集まらなかった。仕方なく中国系の業者に再下請けに出した。そこで501万人分の情報流失が問題になった。

 東京大阪を一時間で結ぶ夢の超特急の工事がすすんでいる。工事担当の「競争入札」があった。請け負った四つの建設会社の担当者が次々と逮捕されている。請負会社同士で談合があったというのだ。秘かに大手四社が集まり、赤字にならないで済む工事代金と工区の調整をしたというのだ。

 軽井沢では、道の駅に相当する設備をつくった。近隣町村の道の駅にくらべたら、遥かに立派でモダーンな道の駅だ。ところが運営の段取りになって「一般競争入札」である。
 結果はるか八ヶ岳のふもとの村の業者が落札した。入れ物は軽井沢町の税金でつくったが、運営仕入れのノウハウはどこかの村にいってしまった。町では「入札」の結果だからというが、何処かがへんだ。

 長野県に限らず限界集落と言われている過疎の村が多い。南信の山間の村にはなんの産業もない。がその村には建設業を営む二つの会社があった。学校建築にあたって「入札」ということになった。落札した会社に落ちた会社の作業員全員が移動して建設をやるという。これでも「競争入札」だからと、村役場は胸をはっている。

 ここで問題なのは、「入札」という制度である。に入札であればすべて良しとするオバカな考え方がまかり通っている。オンブズマンなどの活動をしている人々は、なにかにつけて公正か、忖度はないか、というが、もうひとつ上の賢明な解決策があるのではなかろうか。
 「競争入札」という愚行についてもうそろそろ改革してもいいのではなかろうか。
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2018年04月04日

まもなく早慶、MARCHも無試験で

まもなく早慶、MARCHも無試験で

 大学の価値が坂道をころげ落ちるほどにちいさくなっている。
 早稲田も慶応もまもなく無試験で「はい、合格」そんな現実がそこまできているという。明治も、青学も、立教も、中央、法政も、とにかく入学さえしてくれれば恩の字という現実がまちかまえているそうだ。

 かって「受験戦争」といわれ一浪二浪はあたり前、駅前には予備校があふれ、どこの大学も受験者が殺到し、倍率は20倍、30倍というとんでもない時代があった。予備校はみずから大学を創設し、お受験失敗組を受け入れてわが世の春を謳ってきた。
 1992年には団塊ジュニア205万人が18歳を迎え、お受験戦争もピークに達した。以来少しずつ18歳人口は減り続け、2017年には約120万人とピークから4割以上も減った。
 うち5割の大学入学希望者は60万人、あちこちの地方大学が定員割れを起こしていても不思議はない。
 この人口減少をまえにして文科省はなんと88年度に490校だった大学を、2017年には780校と二倍にふやしていた。当然のごとくむくいは来た。今、なんと私学の40パーセント近くが定員割れを起こしている。

 現在、早慶入学者の40パーセント近くが、AO入試、推薦入試、さらに帰国入試で、難しいペーパー・テストを受けずに大学にはいっている。
 オカネさえ払ってくれれば無試験で「はい、合格」という時代がそこまで来ている。ポスト・オリンピックは、大学倒産時代の夜明けでもある。


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2018年04月02日

幸せの花見の屋形舟

幸せの花見の屋形舟

 「江戸いちばんの舟遊びにお出掛けになりませんか」こんな誘惑にはとても勝てない。
 江戸いちばんの屋形船「北斎」で、隅田堤のお花見を楽しもうという、とびきりのお招きだ。春の屋形舟で花見をしたのはもう40年も前のこと、戦後のどぶ川からようやく抜けだして大川の昔をとりもどそうと下町の人々が努力を重ねている頃だったような気がする。
 ふだんお世話になっている大伝馬町瓢月堂の当主石寺真澄さんからのお誘いだ。石寺さんには、芝居好き、花火好き、桜好き、そのうえ旅好きと、気っぷのいい江戸っ子の血が流れている。本郷までは江戸のうち、で生まれ育った筆者にとってもなによりの友人、といっては若い女性に失礼だが、元気でお洒落なレディなのだ。

 屋形舟北斎は大きさいちばん、この船を最後に大きい和船を造れる造船所が潰れてしまった、という曰くつきの船だ。江戸末期からの最古の船宿冨士見が、運営している。
 この日、深川「釣船橋」のたもとに集まった101人、桧山会長と石寺女親分のもと、花曇りとようやく暖かさを取り戻した川風に包まれて北斎に乗り込んだ。当然だが「北斎」は北斎だらけ、「凱風快晴」に迎えられ、「神奈川沖浪裏」のインテリアに、4つのウォシュレット付き水洗トイレのドアには、「北斎漫画」の男女が描かれて、船内天井にはボーズのスピーカーがいくつも埋め込まれていた。

 舟は豊洲運河から隅田川へ。ゆったりとした揺れも心地よく芭蕉旅立ちの像を遠くに、相撲力士のレリーフをくぐり、やがて駒形、吾妻橋と墨堤永代常夜灯へと、流れを逆らった。
 1000メートルにも及ぶ赤提灯が桜とともに迎えてくれた。屋形舟は桜橋の手前、さくらの園の真ん中に泊まり、乾杯となった。寿司や刺身は先に食え、肉はゆっくりと後で、天婦羅はつぎつぎと揚がった順にサービスするのでそのつもりでと、女船頭頭の元気なこと。宴席を盛り上げてくれたのは、ジャズ、カンツォーネ、シャンソン、そしてJポップから歌謡曲の5人の歌い手と、司会をボランティアした音楽評論家の島 敏光さんだった。
 最後は全員で「川の流れ」を唄い、三本締めで「幸せの花見の屋形舟」は終わった。
 お土産は奈良の名酒「春鹿」だった。  桜のラベルが嬉しい。


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2018年03月31日

お勢以さんと鈴木京香さん

お勢以さんと鈴木京香さん

 さくらの頃になると「お勢以さん」(オセイサン)を想い出す。
 お勢以さんの田舎は秋田で、小学校の高等科をでてから上京した。叔母さんの縁をたどって本郷西片町の髪結いに入った。髪結いの修行は台所のお手伝いから、床のお掃除までなんでもしなければならなかったが、お勢以さんはいつも楽しそうに口数少なく働いていた。

 花見にでかけるお客さんで春はてんてこ舞い、やうやく手があくと迎えにきてくれた。お花見に連れて行ってくれるのは、いつもお勢以さんだった。お勢以さんの手は、こども心に柔らかくてふっくらしていた。さくらの頃になるとお勢以さんの手の暖かさを想い出す。

 大川を渡って隅田づつみにつくと、さくらの根元に風呂敷をひろげてくれた。風呂敷はどことなく田舎風で秋田の香りがした。並んで座ると、お勢以さんはかならず両手をひろげ深呼吸をした。

 ♪春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が 櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとふべき
 お勢以さんはいきなり「花」の一番を唄い出す。川風とともに桜のはなびらがお勢以さんの髪にまとって、幸せそうだった。カラオケもなくギターもなく、アカペラで歌うお勢以さんはいつも嬉しそうだつた。一番を繰り返し、くりかえし歌っていた。
 子どもをつれてお花見のお勢以さんには恋人がいなかったのだろう。それでも上りくだりの隅田川の船に眼をやりながら、お勢以さんは東京を満喫していたような気がする。

 帰りしなは必ず長命寺の桜もちだった。四角い木の升に桜もちがひとつ、煎茶がついてきて大人の気分だった。お勢以さんは餅を包んだ桜の葉を二枚残し、一枚の葉をともに美味そうに食べた。一枚のほうが桜の香りがするのよ、と言われ見習って一枚の葉とともに餅を楽しんだ。お土産は折にはいった6個の桜もち、ぶら下げるのは僕の役目だった。

 いつの頃からか、鈴木京香さんにお勢以さんの表情がダブるようになった。
 仙台と秋田、東北人に通じる暖かさに惹かれたのだろう。

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2018年03月29日

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

 2018年5月31日(木)〜6月8日(金)パリ、エチエンヌ・ドゥ・コーザン・ギャラリー
 に於ける「星野和彦パリ個展」がJapan Moment 公式プログラムとして開催される。
 サブタイトルは「 そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演― 」と決まった。

日本を素材とした作品タイトルは先のブログで記したので、パりを映像化した作品タイトルを次に記します。
タイトルからのイメージで作品をご想像ください。

  「パリはあなたを忘れない」「とうとう見つからなかった春」「窓のかずだけ愛がある」
  「今は今 今夜は今夜」「月はいつでも誤解する」「あなたの心はもう探さない」
  「言葉は夜よりもなお悲しい」「人間はひとまず終わった もう愛することもない」
  「赤い風車よ 嘘の缶づめ」「つぎからつぎへつづくつぎ」「情欲と悪魔が窓をしめる」
  「つかのまに消えた情熱」「もうシアワセに用がない」「いきつくあてもない二人」
  「私の毎日はいま」「ジャンヌよ 神はあなたをだました」「消えてしまった昔」
  「生きた重荷が流れる」「もう遅すぎる 二度とあえない」「街はたえまなく しゃべりつづけた」

 後援 総務省 / 国土交通省観光庁 / 自治体国際化協会(CLAIR) / beyond2020

 会場 Galerie Etienne de Causans 25.rue de Seine 75006 PARIS / tel.01 43 26 54 48
星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―
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2018年03月28日

ダブダブ・ルックの悪だくみ

ダブダブ・ルックの悪だくみ

  男に負けたくない! からだの線、素敵でしょ! これ以上太れない!
 種々雑多な女性の思いを引き受けて、足より細いパンツが流行した数年だった。すご細ストレッチ・パンツ、すご伸び・くせになる履き心地ジャージィパンツ、一度履いたら戻れないレギンスパンツ等々 これでもか、これでもかのファッション業界だったが、もうこれ以上は売れない、パンツが腐りはじめた、とばかり大きく舵をきった。
  つい半年まえまで、やみつきまちがいなしと謳っていたにもかかわらず、厚顔無恥な心変わりをするのがファッション業界だ。

 「大きいって気持ちいい」「ダブダブルックこそモードな貴女」「今っぽいゆるさ、らくちん」です。大きく呼吸してください。後ろはゴムで前リボン。こんなに楽なトレンド感あるボトムです。
 昨日まで短い脚に耐えてレギンスパンツをはいてきたのに、きょうからはベルト付きスカーチョとは、少々恥ずかしくもある。でもカタログのトレンド感のあるボトムスにはかなわない、と財布は確実に軽くなる。
 きょうからは大根足も隠れるし、いくら食べても判らない、のびのびと暮らせるわ、と思わず買ってしまうワイドパンツ、イージーパンツ、ベルト付きタック・パンツなのだ。

 流行産業ほど人の欲望に竿さしたいじましいビジネスはない。人間のアキル心情を煽ってつぎつぎと目先をかえていく。それに乗る人間もオバカなのだが、もっともらしく欲の谷間をついてくるカタカナのキャッチ・コピーにころりと騙される。
 資本主義経済と手を携え、メディアの宣伝力を利用した消費文化の担い手、それこそがファッションなのだ。
 とわかっているが、やっぱり「ダブダブふわふわは私にあっている」!!!!!!!
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2018年03月24日

卒業式はインサツの着物だらけ

卒業式はインサツの着物だらけ

 身近にこの春大学を卒業する娘をもつ女性がいた。たまたま話題が卒業式となり、式服の話となった。つい先日「晴れのひ」なる貸衣裳やが、成人式当日に倒産騒ぎを起こし話題となったが、近頃の女子大生は振袖をきるのかなと、つぶやいて一蹴された。
 99パーセントは袴姿だという。なるほど袴なる衣裳はもとは男性のものだし、男女同権の時代シンプルでいいですね、と言ったところ、とんでもない、清楚どころか、それはそれは華やかだというのだ。
 どうしてもイメージがわかない。宝塚の袴姿にみるごとく、シンプルで清潔なのが女性の袴姿ではなかろうか。そんなイメージは古い、古すぎると馬鹿にされた。

 平安時代の優美な袴を想像してはいないが、せめて明治初年、下田歌子の決めた華族女学校(学習院の前身)の海老茶色の袴姿や、跡見花蹊の跡見学校にみる紫色のお塾袴など、ハイカラさんにいたる女子袴姿をイメージしたが、すべて否定されてしまった。

 ネットで卒業式用着物カタログを見せられて、びっくり呆れかえった。袴の貸衣装は2万円ぐらいから10万円ぐらいまで。袴の長さは切袴などと言うのではなく、ブーツを履くか、草履を履くかで異なるようだ。袴は当然のごとく無地ではなく、ビンクや黄色やグラジェーション、紫や海老茶もあって小柄がついている。上の着物は腰丈で袴に隠れる部分は無地柄なし、見えるところは花花花の花園から幾何学模様の前衛風あり、大胆白黒ストライブありのびっくり仰天チンドン屋スタイルだ。これでは三波春夫も負けるし、未亡人サロンも負けるし、ミッツのゲイバーだって顔色なし。いつのまに卒業式はこんなファッションになったのだろう。

 ここには工芸として世界に誇るきものの文化はない。ほとんど99.9パーセントが、印刷のきものなのだ。伝統的な染も、織も、刺繍も縫も絞りもない。すべてはプリンターで済む印刷のきものだ。オリンピックを控え、世界に誇る日本のオモテナシや匠のしごとをプロモーションしているが、一方でこんなテイタラクでいいのだろうか。
 女子大生の卒業式は袴姿と喜んだのは一瞬のヌカヨロコビだった。
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2018年03月23日

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

 オリンピックを機会に、スポーツに関わる人々の裏と表がみえて、なかなかに興味深い。
 なんといっても元森総理大臣と小池都知事のせめぎ合いは、裏が見えないだけに見応えがあった。競技場問題では、主催は東京都とばかり宮城県まで出かけてボート場の主催を持ち掛けたり、いろいろと小賢しい立ち回りをしたが、結局ことごとく小池知事の敗北に終わった。
 延長線上の豊洲、築地問題も結局あの騒動はなんだったの、といった都民不在のままの結論で、どうやらオリンピックのための取付け道路は間に合わないらしい、ということだけが、市井に伝わっている。

 競技ではレスリング協会のパワハラ問題があった。
 栄コーチを中心にした至学館勢力と日体大勢力のせめぎ合いという解説もあるが、レスリング協会副会長の谷岡郁子が登場するに及んで、レスリングを牽引する至学館の実情があぶりだされた。伊調選手のパワハラ問題が出発点だったにもかかわらず、相手の栄コーチではなく谷村郁子至学館学長がマスコミ相手の発言をしたことから、世間はあれ?なにか変?とおもうようになった。
 オリンピック四連覇で内閣褒章をうけた選手をつかまえて、あれ伊調は選手じゃないでしょう!パワハラそのままの発言をして、そうかレスリング協会は上から下までみんなパワハラ体質なんだと納得した。
 谷岡郁子の経歴をみるとハテナがいくつもつく。民主党の代議士時代には、かの鳩山由紀夫の推薦人となり、慰安婦問題ではアサヒ・ヘイトニュースの先兵となり、尖閣問題では日本が悪いと見当違いもはなはだしい左翼政治家だった。親の七光りで政治家になり、大学学長になり、副学長に吉田沙保里を据えたなんとも理解しがたい女性なのだ。

 オリンピックに限らず相撲の世界もおかしなキャラクターが跋扈する。
 貴乃花親方、俺は相撲協会を改革すると見栄をきって理事会に出席してもだんまりをきめこむ。内閣府に協会はおかしいと告発状を提出。折悪しく弟子の暴力がばれて、告発状はとりさげます。明日からは協会に協力して相撲道を正します。
 やってること、いってること、めちゃめちゃなのだがテレビ、雑誌は貴乃花を持ち上げ、独占インタビューなどとうたって、記事や番組を垂れ流す。どうやら本人もメディアも分裂症に陥っている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする