2019年02月01日

マスクとマスカレード

pixta_34738728_S.jpg

 猛烈な勢いでインフルエンザが流行っている。
 街にでるとマスク人間だらけで、ここは病院かといいたくなる。日本人のマスク好きは世界的に有名で、ヨーロッパの人が羽田に降り立って始めの驚きは、異常に多いマスク人間だといわれる。マスクも近頃では、予防にならないとか、役立たずという研究も進んで、日本人のマスク好きもすこしは沈静化するかもしれない。

 銀座、原宿などで異様にみえるのは、黒マスクの集団だ。マスクは白いものと永年すりこまれてきたので、黒いマスクをみるとドキッとする。聞けば韓国K POPの影響とか。オールド世代の黒マスクは怪人20面相だから、どことなく犯罪の予感がする。
 台湾マスクと呼ばれるマスクも、白、黒、ピンク、黄色とカラフルでなかにはマスク前面にキャラクターの描かれたものもある。

 マスクのそもそもは、大正時代の工場の粉塵除けに使われたものとあるが、インフルエンザの流行るたびごとに勢力を伸ばし、今日のマスク天国を創り出した。
 立体マスク、超立体マスク、快適マスク、超快適マスク、安全マスク、超安全マスク、近頃では小顔マスクなるよこしまなマスクまであって、数多くの種類のマスクが素人を混乱させる。

 どうせ顔隠しのような大きなマスクを着けるのなら、いっそヴェネチィアのマスクのように、謎を秘めたアバンチュールのマスクなら思わぬシアワセに遭遇する。 身分、氏、素性をかくして貴族たちが美しい庶民の娘たちと交歓するためにマスケラをつけて街に繰り出す。娘たちも予め判っていて誘いに乗ったふりをして悦楽のひとときを過ごす。
 ヴェネチィアにはいまでもこのマスケラの祭りはあって、春の夜のシアワセになっている。マスカレードと呼ばれる仮面舞踏会は、皆で楽しむ人生の仇花なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月29日

頼る心の行く末

02-3.jpg

「人に頼る」のは恥ずかしい。なるべくなら誰にも何にも頼らないで人生を送りたい。
と思って永年、独立独歩の精神で日々を送ってきたが、このところ日常やら、国際情勢をみると頼らざるを得ないのかなとも思う。

 大相撲初場所が終わるや否や、大坂なおみのテニス騒動、そして次は嵐の2年後活動停止問題、芸能スポーツ・マスコミの薄っぺらなリアクションにはうんざりする。
 嵐という5人組がやめるといったら「嵐ロス」と女子アナが嘆いてみせる。本人たち、それも35歳から40近い男たちが、「もうそろそろアイドルを止めて自由な時間を持ってみたい、やめるまでの2年間誠意をもってファンの人に理解していただけめるように努力する、皆さん見守ってください。」と正気でいっている。そこにある幼稚な脳みそと人生観にあきれるのだ。
 本来人間の思想や理解力というのはもう少しましなはずだし、考える力をみな持っている筈だが、この5人のオジサンたちは、わざと馬鹿を装っているとしか思えない。ジャニーズの強引なマネージメント・システムに乗って、メディアに割り込んできたアイドルという肩書のオジサン・グループだということがわかっていない。立川談志流にいえば、「客も悪いが、お前たちはもっと悪い」のだ。嵐のお蔭で、埋没した才能がごろごろしているのが:芸能界というハゲヤマである。ジャニーズというマネージメントに頼り、オバカになってしまった5人のオジサンを見た。

 札幌に「乃木坂な妻たち」というパン屋がオープンした。良く判らない、なぜ乃木坂なのか、店主は乃木坂にあるセレブな奥様たちが集まってくるようなお店にしたかったというが、乃木坂にはそんな場所はないから、あるのは乃木神社だけ。
 パンの種類は「豊潤な妻」2斤サイズ800円、ますます判らない。豊潤な妻という名のパンが美味い訳がわからない。豊潤な妻には毒入りが多くてうっかり食べたら中毒を起こすのがオチである。
 いずれにしてもパン屋のおやじの故なき依頼心だろう。乃木坂といえば若い男女があつまってくるだろう、という下世話な欲望、豊潤にいたっては、キャバクラのキャッチにも等しい下品な発想ではないか。
 流行に頼る、言葉に頼る、そんな頼る心は何処から生まれるのか不思議だ。

 はっと気がついた。原因は日本がアメリカに頼っているから、頼りすぎているからいけないのではないか。基地を頼る。国防を頼る。この頼る心が国民に伝染して、いつも誰かに頼ることが当たり前になってしまったのではないか。
 いっこくも早く断ち切って、ほんとうの独立国家をめざさなければ、この悲劇は未来永劫につづくかもしれない。



posted by Kazuhiko Hoshino at 16:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

商標登録の抜け道を防さげ

DxHf4BEUUAEdcHL.jpg

 ついこの間まで、ニセモノ騒動は中国専用とおもっていた。
 ところがこの日本でそれも東京で起こるとは、考えてもみなかった。
 シンガポールで大当たりしたティラミスの商標を、日本のメーカーが盗んで、表参道で商売を始めたという騒動だ。紛らわしい同じようなイラストの瓶いりのティラミスに、若い女性たちが押し掛けたというのが、この物語の始まりだ。
 曰く「シンガポールのお店だと思ったから」「だって同じようなイラストだったから」等々、海外ブランドならと飛びつく近頃の風潮が読み取れる。

 調べてみると、このお店のオーナーはシンガポールのオリジナル店が日本に上陸する以前に、すでにこの商標を登録していたという。この商品は絶対に話題になるという、商売人の嗅覚には敬意を表するが、いちはやく日本で商標を登録し、使用権をおさえるというのは、困った行為としかいいようがない。
 アンタはモラルのないコバンザメのような人だ。日本で商売はさせない。というぐらいの姿勢があって当たり前。なんでも自由だからといって放置するのはよくない。こうした商道徳を無視するものは日本から追放する、中国なら盗用について寛大だから、是非中国で御商売をなさってください。この位の強い姿勢が行政に求められる。

 情報が身近になってあちこちから情報がはいってくるようになって、日本人の意識もたいへんに低下したような気がする。情報を利用してビジネス化するというのが当たり前のようになってきて、モラルが著しく低下している。
 ヨーロッパ・ブランドと紛らわしい名前をつけて売らんかなの姿勢はファッション業界では常態化している。衣服のブランド名は90パーセントがアチラ風で素人にはどこの国の製品かわからない。ご当人はインターナショナルな時代だから判らなくていいのよ、と言われるが果たしてそうだろうか。

 アイデンティティを無くし、国土を失った民族が、どれだけ苦労するようになったか、歴史を学べばすぐわかることだ。




posted by Kazuhiko Hoshino at 12:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

福笑いとお笑い講

fukuwarai.jpg

 お正月の遊びに「福笑い」というのがあった。
 大きな紙におかめさんの顔が印刷してあり、その顔には、眉や眼や鼻、口がなかった。目隠しをして目や鼻や口を手探りでおいていく、という単純な遊びだったが、外の風が強くて凧あげのできない午後には、こたつのよこにみんな集まって楽しい遊びだった。おかめさんそっくりのお手伝いさんも一緒に笑って楽しんでいた。
 何時の頃からかなくなってしまったが、聞けば人の美醜にかかわることなので、それを笑いにしてはいけないと、昔の辻元さんのような人によって、潰されてしまった、と嘆いている人がいた。ついこの間までは日本人もおおらかで楽しかった。

 山口県防府の台道というところに、800年も続いているお笑い神事がある。
 僅か20軒ばかりの農家の長男によって伝えられてきた。その日小俣八幡宮に集まった講の者一同、お祓い、拝礼、直会についで笑い講となる。榊の枝をかざし、まず旧年の収穫に感謝して「ひと笑い」、次に来る年の豊作を祈ってもう「ひと笑い」、三度目は一年の苦しかったこと悲しかったことすべて忘れて穢れをはらうために「ひと笑い」、三度の笑いを次々と奉納し、次のひとに渡していく。そして全部の家の笑いが終ったところで、みんなで「大笑い」となる。目出度く笑い納めてご神事は終わる。
 古代人は神に笑いを納めて神の住む世界を豊かにし、神から笑いを返してもらって、下界をも豊かにしていただくという想いがあったようだ。

 防府ではこの祭りを起爆剤に「お笑い体操」を開発し、「お笑い講世界選手権」をひらいている。
 今年の笑い講最年少出場者は満4歳の少年だったとか、今年はアフリカから笑い講にきたとか、お笑い少女隊のグラビア化とか、田舎の小さな民俗行事を町の観光に役立てている。
 政府同志の定例行事G20やらにわりこんで、町民にとっては混雑だけの迷惑行事に、お金と人を使っている軽井沢とは大きな違いである。

 笑い講の団扇には、「感謝の笑い」「祈りの笑い」「再出発の笑い」と書いてあった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月22日

舌代つきのご飯の友

img026-2.jpg

 御飯の友といえば戦争中は、熊本の「ふりかけ」と決まっていた。
 ふりかけは、カルシゥムの不足を補うために、薬剤師の吉丸末吉というひとが作ったもので、魚の骨をくだいて御飯に合うように工夫したものと教えられた。
 江戸っ子は上野池之端の酒悦がご贔屓だった。病気で伏せているときは、おかゆに酒悦ののりの佃煮がそえられていた。元気になると同じ酒悦の「鯛みそ」に変わった。中学生になった頃、「あさりの時雨煮」を食し、酒悦にはこんな美味いものもあったのかと感動した。

 カレーの友も酒悦の「福神漬」と決まっていた。小粒のらっきょうもまた酒悦とたいへんに相性がいい。スーパーには各種福神漬やら、各種らっきょうがあるが、どれも帯に短し、襷に長し で酒悦にはかなわない。カレーに選ばれるのはどうしても酒悦になる。
 カレーという単純な食べ物にはご飯の選択も大切だ。 ある時、親戚の娘からカレーのご飯は、山形のつや姫よと教えられ、以来レトルトのカレーにはチンする「つや姫」と決めている。
 つや姫に慣れてしまうと長野県産こしひかりのチンゴハンはとてもたべられない。長野県人は米の美味さを知らないのか、とさえ思ってしまう。

 軽井沢に棲んでいると田舎だから美味いものに飢えていることだろうと、親切な友人たちがいろいろと気をつかってくれる。
 ひところは新潟の加島屋さんがとても多かった。器のやや大ぶりなのもよく、日本海の海の幸がぎっしりと詰まって、瓶を開ける楽しみがあった。

 「舌代」御はんにまぶしてお召し上りください 又その上に焙じ番茶をそそぎお茶漬の味もおよろしゆう御座います 東京吉兆    
 舌代というのはいまでは死語なのかもしれないが、こんな口上とともに贈られてきたご飯の友は嬉しい。丹波くろまめ、紅鮭茶漬、こんぶ、さざ波山椒煮、和牛赤ワイン煮、ひき肉まさご煮、ずらり並んだごはんの友はひとりにやにやとして嬉しい。
 さあ今夜は東京都木挽町御料理調進所吉兆に敬意を表し、つや姫を炊いて食さん。

posted by Kazuhiko Hoshino at 18:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月21日

大寒の日の赤いふんどし

61.jpg

 我が家には「大寒の水」というしきたりがある。
 大寒の日の水を毎年入れ替えなければならない。器は酒の一升瓶のカラになったのが3本。一本は皇室御用の「惣花」の瓶、次の一本は表千家而妙斎御銘の「松の翆」、3本目は献上米ほしの純米酒の瓶である。いつもこの時期は表千家初釜の時にあたるので、相方はほぼ不在、いつのまにか水替えの責任は筆者になってしまった。
 水道のないころ、どこの家でも井戸をつかっていた。あの頃の大寒の水は、酒の仕込み、醤油の仕込み、味噌の仕込みにはなくてはならない水だった。寒い時の水は、雑菌の発生も防ぎ、一年は腐らないという思い込みがあった。いまでは水道の水がすべてとなり、酒・味噌・醤油すべてスーパーで殺菌パッケージされたもので暮らしがなりたっているので、いまさら大寒の水でもあるまいと思うが、そんなことを口にした途端、平和が乱れるので唯々諾々と水換えをしている。

 隣り町の御代田には「寒の水」という行事がある。昔は厄年の男が数十人、裸になり、赤いふんどしひとつで集落のなかを走り回る。女子は数人ずつ肩よせあって怖いもの見たさのごとき表情で、男たちの赤ふん姿をのぞいている。
 辻々に大きな桶があり、桶には大寒の水がなみなみとはいっている。男衆はその水をかぶって、湯気のたつはだかで、集落のなかを走り回る。最後は丘の上にある熊野神社に水をかぶった兎巾を奉納して終わる。無病息災と家内安全をいのり、その年新築した家への祈願をこめた民俗行事である。
 大きな水桶をつくるのも近頃ではなかなか大変のようで、檜の腹には「寄贈宝くじ振興基金」とかかれている。

 24節気では、小寒から立春までの30日間の真ん中が大寒にあたり、大寒の声をきくと春の喜びも近く、ふきのとうの花を思い出す。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

東京五輪招致贈賄の犯人捜し

無題.png

 長野オリンピックの時、いろいろな噂話をきいた。
 招致段階では、長野の田舎者はなにも分からないので、海外での招致活動はすべて代理店まかせで、代理店の言いなりにお金の都合をつけるのが、事務局の役割だとか、IOC委員へのロビー活動はしかるべき専門のエージェントにおまかせするしかない。つまり主催都市である長野はまったくのツンボ桟敷であってスポーツ・ビジネスに長けた何処かの国のエージェントと日本の代理店がおこなっている招致活動はまっくのブラックボックスだ、という事実、それがいやなら開催都市に立候補すべきではない。立候補するということは、そうした現実全て飲み込むということだと、聞いた。

 開催決定後は、当時のサマランチ会長専用のハウスと、某温泉にいつでも彼の接待につかえる専用別邸と接客要員を常時待機させておかねばならないという妙にリアリティのある噂が流れた。そしてオリンピック実行委員会の最終決算では、莫大な使途不明金が計上されたが、どうしたことかすんなりと認められたという不思議の物語だった。

 今回のフランス予審判事の見解でも、「ソルトレイク冬季オリンピツクやシドニー五輪でも利益供与が報道された。今回の東京五輪でも同じことが起きた可能性が高い。」「コンサルタント業務に携わるブラックタイディングス社というのが個人なのか会社なのか不明であり、貸借対照表も損益計算書もあきらかではない」と指摘していて、その解明が進まなければどうにもならない。古くからヨーロッパにある一部スポーツ貴族を一網打尽にして調べなければ事は解決しないだろう。

 日本のメディアを賑わしている竹田恒和悪者論や小池知事反省論、なんでもかんでも安倍が悪いといった言論は、いずれも樹をみて森を見ない児戯に等しい議論にすぎない。
 要はフランス予審判事の覚悟次第ではないか。オリンピックビジネスにメスをいれるのは、返り血を浴びる覚悟があってこその告発だろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

ちかごろ「新井賞」が話題に

DxB-mcjU0AArxkc.jpg

 芥川賞・直木賞2018が目出度くきまった。
 いまや文学賞の古典として位置ずけられるふたつの賞だが、このふたつの賞作品が売れるとおもってはいけない位出版界は暗黒の時代を迎えている。
 時代は本を読まなくなった。文学よさようなら、漫画よこんにちは。

 かって通勤電車は本を読む人々の風景に充ちていた。
 心をよせる彼女は何を読んでいるのだろう、ひそかに車中を移動し、つり革に身を預けてのぞきこんだものだ。お決まりの夏目漱石でホッとし、谷崎潤一郎では意外な彼女の成熟を感じ、ドキリとして遠ざかったりしたものだ。
 近頃の車中では、スマホを見つめている人がほとんど。なかには忙しそうに指を動かしている人もいるが、大部分の人はじっと画面をみつめやがてスライドし、ふたたびじっとみつめている。多分漫画でも見ているのだろう。漫画だけが紙でも電子でも売れているそうだ。
 レシーバーを耳に、マスクを口と鼻に、そして眼はスマホに、いったいこの若者に明日はありや、そんなに環境を遮断してどうする、もうすこし社会に環境に近隣に興味をもったほうが面白いよ、といいたくなる。電気で送られてくる情報はアットいうまに拡散し、消滅してしまうものだと言いたくなる。

 いまいちばん売れる本、売りたい本、をキャッチにかかげて2004年からスタートしたのが、「本屋大賞」だった。全国新刊書を扱う書店の店員さんによる投票で本屋大賞だけでなく、発掘部門、翻訳小説部門、ノンフィクション部門と裾を広げて始めたのには、売らんかな本屋根性丸出しのイヤラシサがみえた。

 おなじ本屋ならば、三省堂神保町本店で働く「新井美枝香」さんの始めた「新井賞」のほうが面白い。
 読書マニュアである普通の女子の新井さんのお気に入り、それが「新井賞」であって、三省堂の本店には平積みのコーナーがある。去年は三浦しをんの「ののはな通信」だったが、今年ははるな檸檬さんの「ダルちゃん❶❷」が選ばれた。漫画も小説もジャンルがないというところが面白く、新井さんは独身でテレビもなく、下駄箱のなかまで本だらけ、忙しい時はネットカフェで本を読むというツワモノである。

posted by Kazuhiko Hoshino at 14:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

13代目團十郎襲名を祝う

yjimageC8OSYVTD.jpg

 ようやく海老蔵が13代市川團十郎を襲名することになった。
 松竹の規定路線で襲名そのものはそんなに珍しいことではない。先代団十郎が亡くなって早6年、団十郎の名跡がみられないことに江戸っ子は寂しい。あちこちに三枡の紋があり、夜店の店先に鎌輪ヌの役者紋がぶらさがつて、江戸っ子のシンボルはきょうも元気と晴れがましいことが嬉しい。

 江戸歌舞伎に宗家の團十郎がいなくては、なんとも座りが悪い。音羽屋の菊五郎さんはがんばっているが、段々出番も少なくなって序幕と大詰でちらりとニラミをきかせる程度になり、もはや恒例団菊祭もみられなくなるかと、寂しさ100倍だったが、ここへきて少し希望もでてきた。菊之助の菊五郎襲名と海老蔵の團十郎襲名が揃えば、江戸歌舞伎復活の狼煙があがる。

 2020年5月歌舞伎座で御披露目ときくが、3か月の内最後の1ケ月は3回興行ときいてがっかり、キャバレーのショーではあるまいし、一日に三回の興行では役者は壊れる。心ある観客にはつらい。世界中どこをさがしても三回興行はない。ニューヨークにも、ロンドンにも、パリにも。新團十郎が身体をこわさないためには、舞台から手を抜くしかない。適当に演じてお客を喜ばせたらそれでよしとする、もっとも悪い興行形態こそが3回興行なのだ。

 そもそも團十郎の名跡にはいろいろの事件がまつわる。
 初代は舞台上で共演者に刺され、44歳の若さで憤死した。三代目は大阪の舞台で病をえ、江戸に戻り20日後に僅か21歳で旅立った。6代目も同じ21歳のとき風邪をこじらせ急死した。8代目は31歳のとき巡業先で謎の自殺をとげた。11代目は襲名後わずか3年半で病死。12代目はご存知白血病を患い、9年の闘病の末、死亡。成田山不動の加護のもとにありながら役者人生をまっとうできない人が圧倒的に多い。

 13代目も役者の肥しといわれる艶模様が多い、というより多すぎる。神妙な顔で麻央が麻央がというたびごとに、何処かで恨みつらみが増幅されている。
 ここ数年のブログ、ツイッターなどSNS活動で、一過性のメディアファンは充分満足させたのだから、團十郎になったら芝居好きの芝居のわかる観客を満足させてほしい。
 やはり江戸歌舞伎には團十郎がいなければと、江戸っ子の心意気に答える礼節のあるスケールの大きな團十郎に会いたい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月15日

小正月が滅亡しつつある

yjimage2BD8Y79K.jpg

 一月十五日は「小正月」である。小正月は女正月ともいい、いろいろな習俗があった。
 ほとんどが農耕民族であった日本人にとって必要な習俗だったが、グローバル化というお題目のもと雲散霧消しつつあるのは残念なことだ。
世界中から何千万かの観光客がやってくる今こそ貴重な財産であるべき筈のものが、政治家や行政の無知のために絶滅の危機にたっている。

 ユネスコのなんとか遺産に登録された、そんなニュースが飛び込んできたとたんに持て囃し、テレビや新聞の紙面をかざる。典型的な田舎者のオコナイで恥ずかしいことこのうえない。大正月に対して小正月とはなんだったのか、小学校の教師位はたしかな認識をもって、子供達や親に話ができて当たり前だ。

 小正月の来訪者といえば、秋田のナマハゲ、山形のアマハゲなど有名だが、ナマハゲのように威圧的な態度で飛び込んでくるのではなく、ソフトに優しくはいってきてそっと餅をもらっていったり、仮装して祝言をのべたり、地方によっていろいろなスタイルがある。

 野沢菜の本場信州野沢温泉村の道祖神祭なども、小正月の行事としてはスケールの大きな火祭りだ。その年に生まれた子供の数だけ立派な幟を奉納しそれでご神殿を作り厄年の男たちが、上下に別れて火付けの争いをくりひろげる壮大な火まつりだが、地方ではどんど焼き、左義長、三九郎などいろいろの名前でよばれ、年神様の祭りにつかった注連飾りや松を焼いて、祭の終りをつげる小正月の習俗につながっている。

 田圃から害虫病虫を追い払う呪術のような鳥追い行事もあちこちで行われている。なかでも五郎兵衛米のとれる佐久では30キロにも及ぶ巨大なオンベを振り回しながら酔っぱらった男たちが集落を練り歩く。占い儀礼では15日に小豆粥を食べる地方もある。神社では小豆で吉凶をうらなったり、小豆をたべると風邪をひかないとか、俗信と暮らしが結びついて世界でも珍しい信仰の国がこの国なのだ。


posted by Kazuhiko Hoshino at 12:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする