2019年05月30日

松下政経塾の罪

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 松下政経塾がやたら紙面を賑わしたことがあった。
 政経塾出身というのがブランド化し、出身政治家は志ある政治家のごとくに世間は錯覚し、その政治家に期待した。

 そもそも松下政経塾というのは、ナショナル創業者の松下幸之助が晩年政治に理想を描いて設立した学校だったが、幸之助が描いた政治を志す青年とは、青年の実態がまったく異なる青年だったという点に大きな問題点があった。
 しっかりした歴史教育をうけず、道徳教育も受けていない青年たちは、政治そのものへの理想が低く、簡単に自己保身や名誉欲に走る欠陥人間が多かった。そのうえ松下政経塾における給費制度は、青年を甘やかし、倫理観の低下に拍車をかけた。

 政経塾出身の最新スキャンダルは、丸山穂高議員だ。
 東大をで経済産業省につとめたのち、維新の会から代議士になった。多分本人は自民党にはいりたかったが、選挙区に空きがなかったためやむなく維新の会を選択したのだろう。
 元北方四島島民によるビザ無し訪問団に参加して国後島を訪問、戦争しないと取り戻せないと島民に訴え、即座に維新の会から追い出された。それだけならまだしも「女のいる飲み屋にいきたい」とわめいて品位を落とし、厄介者になった。俺は議員だから、不逮捕特権があると大声でさけんでいたそうだが、ここはロシアだということもわからなかったようだ。

 財務省しか知らずに総理大臣になった野田佳彦、民主党を潰した前原誠司、細川お殿様内閣、女房から見捨てられた菅直人内閣、韓国大好きの鳩山由紀夫内閣と暗黒の20年をささえたのが、多くの松下政経塾出身の政治家たちだった。

 松下幸之助が70億の私財を投じて描いた夢は儚い空想でしかなかった。
 廃塾するか休塾するか、これ以上社会に害を及ぼさないためには松下政経塾の看板を抹殺するしかない。
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2019年05月28日

軽井沢の看板娘

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 看板娘という業態が発生したのは、江戸寛文の頃といわれている。
 いわば庶民文化の仇花ともいうべき存在だが、寺社仏閣のまえや、池之端、浅草、両国などの盛り場に多く、だんごや汁粉などをだし、それに加えて渋茶をだしたよしず張りの仮小屋水茶屋、その茶店に付随して茶汲みをしたサービス娘のなかから、看板娘と呼ばれる人気者が発生した。

 色白で愛嬌がよく、気使いのできる美人が看板娘の条件だった。町衆のなかには、看板娘を目当てに通ってくる客も少なからずいたといわれる。つまりは町の人気者で、なんとか小町とか、遊郭の花魁、に対抗して江戸中の評判になった。浮世絵になり、売り出されるほどのはなやかな存在だった。
 人気のスーパースターは、谷中笠森稲荷の水茶屋にいた「笠森お仙」、そして「つた屋のおよし」、「柳屋のおふじ」、この三人の美人画はいつでも完売御礼、版元は笑いがとまらなかったといわれている。

 東宝の看板娘星由里子、日活は吉永小百合とカレンダーを飾った看板娘の時代ももう遠くへ行ってしまった。AKBでは次々と卒業するし、スタバやタリーズでは、バイトはいても看板娘は必要ない。テレビ局の女子アナでは軽すぎる。
 スタッフに今時の看板娘は? と問うたところ「そうですねー、アパホテルの元谷芙美子、美白大臣の中島香里辺りですかねぇ」今時は醜ければ醜いほどいいのかもしれない。浮世絵にしたくともどうにもならない。せいぜい漫画のパロディが精一杯といったところだ。

 軽井沢にも看板娘?といえる水茶屋ならぬ喫茶店乃至カフェの伯母さん達はいる。いずれも人生経験ゆたかな女性たちで、行場に不自由するわれわれ老人たちの相手になってくれる。
 中軽・テラスSAKUMAの佐久間紀子さん、新軽井沢・来実の隅防鶴枝さん、追分・みかげ茶屋の宮脇真理さん、…若かりし頃の美人の面影をのこしたセンス満載の素敵な軽井沢三美人である。
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2019年05月27日

人情・銀座のポツンと一軒家

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「油断をすると、すぐに騙されます」
「スーパーがないので、もっぱら生協の配達です」
「近所のお出掛けでもお化粧は欠かせません」
銀座煉瓦通りに住む、「ポツンと一軒家」の寺尾和子さんの発言である。

 銀座煉瓦街は明治5年の銀座大火のあとに作られた防火商店街だった。
のちの関東大震災と東京大空襲でいまではその痕跡さえみあたらないが、それでも銀座で見かける「煉瓦通り」や「ガス灯通り」の看板はなぜか嬉しい。
 関東大震災で焼かれ、東京大空襲の焼夷弾をうけ全焼したにもかかわらず、いまだに看板を守っている、その根性こそが江戸っ子なのだ。まわりがほとんどビルにかわり、木造2階建てのポツンと一軒家・昭和の民家になっても寺尾さんのこの町への愛情はきえない。 

 当時の煉瓦通りには、豆腐や、靴や、肉や、観物やなど個人商店が並び、ご近所同志でおかずのとどけものをするような情緒ある町でした。
床屋さんにいけば、誰かに会える。喫茶店にいけばいつもの仲間がたむろしている。が、床屋さんは理髪店になり、バーバーになり、サロンになっていまは無い。喫茶店もいつかカフェになり、おしゃれになったが、いまは無い。
 人と人が自然にあえる場が全部消えてしまいました。

 玄関の鍵など掛けたことはありません。不用心だから鍵をかけなさい、とはだれもいわなかった。出掛けて帰ってくると、玄関にはなにかしら届け物がおかれていました。なかには、三軒向こうのお嬢ちゃんのお祝いの御赤飯などあり、あわててお祝いのお返しを三越さんまで買いに走ったこともありました。
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2019年05月26日

始まっている情報戦争

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 米中貿易戦争について、あまりにも認識不足な日本人が多すぎる。
 テレビでは声高に、日本はアメリカの属国ではないのだから、日米関係と同じ関係を日中関係でも築いて、それぞれと仲良く貿易をすればいい、と訳知りに発言するコメンテーターがいる。
 世界から隔絶し長い間、アメリカの核の傘のもとにいたため、国際政治の熾烈さをすっかり忘れてしまったのかもしれない。
 国会議員ですら、ロシアの占領地にいって俺は国会議員だから不逮捕特権があるとわめいてみたり、女のいる店にいきたいと、駄々をこねたり、なにもわかっていない日本人が多すぎる。

 パナソニック、東芝、米マイクロソフト、英半導体開発大手アームなど、西側大手通信機器メーカーが次々と、中国華為技術・ファーウェイと取引中止にいたった。米国は先端技術の盗用としかいっていないが、このファーウェイというメーカーは中国にとってどのような位置ずけかという点が重要だ。

 正確にいえば、中国共産党人民解放軍直轄の通信機器メーカーなのだ。中国の世界戦略にとって、5G時代に世界を制覇するもっとも重要な武器をつくっている。
 サイバー戦争では、世界の情報を一手に押さえておけば、一瞬にして勝利を手にすることができる。農産物の輸出入どころではない国家の喉元を抑えられる。オバマ大統領がなにもしなかったつけが、今ここに来てトランプ大統領の肩に大きくのしかかっている。
 中国は片手に一帯一路、もう片方で情報支配、このふたつで世界の雄にのし上がろうと必死なのだ。

 ファーウェイのマスホ便利だよ、といっているノーテンキなオネェチャンがいる日本は、中国にとってカモ以外のなにものでない。ファーウェイや、ZTEなどの通信機器にはスパイ素子が埋め込まれているということはもはや世界の常識になっている。
 尖閣諸島に毎日中国の公船がきていても、その意図を考えない日本人はあまりにも無防備だ。憲法さえ守っていれば平和に過ごせるとというのは、中国やロシアの工作だと認識すべきである。
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2019年05月24日

江戸っ子と川柳の深い仲

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 江戸っ子にとって、川柳というのは俳句より、詩歌よりも大切なものだ。
 俳句の風流も詩歌の風雅も上流階級に愛されたもので、火事と喧嘩が大好きな町衆にとっては、言いっ放し、笑いっ放しの川柳こそが、江戸っ子の粋に通じた。

 ことしも第一生命のサラリーマン川柳が発表された。
 公式の入選順位ではなく、ベスト100選からマイ・ベストテンを選んでみた。

第一位 / メルカリで 妻が売るのは 俺のもの  島根のぼん太
第二位 / 手紙書き 漢字忘れて スマホ打ち    忘却の人
第三位 / 新人の 名前が読めぬ 時代来た    真珠2シ
第四位 / ご馳走を インスタ用に 作る妻    なるほど
第五位 / 家にいて 娘と会話 ラインにて
第六位 / 見える化を したのに見えない 小さい字  リオカ
第七位 / いい数字 出るまで測る 血圧計    とん吉
第八位 / よく切れる スマホの電池 うちの妻  みら
第九位 / 切った後 価値が上がった 株と彼    しーちゃんのぱ
第十位 / 母強し いいえ女性は 皆強し      人生

 サラ川には人の世の悲しさが漂っている。それでも笑って過ごす江戸っ子である。
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2019年05月22日

「老い」を商売のタネにするな

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 思い出の昔ヌードに始まり、今風ギャルのおっぱい写真に終わる。
 中味は病気のはなしと、死ぬ前にやっておくことの、お節介な記事ばかり。近頃の男性向け週刊誌の構成である。造っている編集スタッフに恥ずかしさがないというところが、最近の出版社のスバラシイところだ。
 それでもちょっぴり気がさすのか、奈良興福寺の坊さんが説く「特別紙上説法」などというページが取って付けたように存在する。読者に詠ませたいというより、自分自身に読みきかせたいのだろう。

 アンチ・エイジングという言葉がはやっている。確かに若さはすばらしいのですが、人間に限らず生き物はすべて日々歳をとり、老いく存在。
 それ故、アンチ・エイジングなどという呼びかけは自然の摂理に反している。
 「老い」には昔は成熟という意味がこめられていたが、最近では老いを「若さの喪失」ととらえる風潮がある。商業主義の犠牲で、発毛剤の宣伝にやっきになったり、高いカツラをうりまくったり、シワ伸ばしの高級クリームでにっこりしたり、朝から尿漏れパンツのコマーシャルが流れ、うんざりする。寄ってたかって「老い」を商売の対象に仕立てあげている。老いたる人間にこんな失礼なやり方はない。
 坊主の説法を読んでいるそばで、テレビから湯水のごとく「老いの商売」が攻めてくる。

 不老長寿は確かに人間の夢だったけれど、医学の発展で長寿のほうだけが達成され、不老のほうはいっこうに解決されていない。長寿だけが達成され、不老がおいてけばりなので、アルツハイマーやら、高速道路の逆走が話題になるのだろう。
 人間をバランス良く生きさせない現代科学に責任があるのかもしれない。思考を失い記憶を喪失したとき、自然に肉体が消滅するといったリアルなバランスを科学が失っているのだ。

 坊さんも「死を忘れた生は傲慢です」といっている。
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2019年05月20日

牛若丸と娘道成寺

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 久しぶりに気分のいい團菊祭だった。
 菊五郎、吉右衛門を柱に、左團次、歌六、雀右衛門、又五郎、時蔵、團蔵、秀調らが控え、人気の菊之助、海老蔵、松也らによって賑わいをつくっていた。

 平成から令和への御代替わりにふさわしく、菊之助さんの長男七代目尾上丑之助さんの初舞台もあってますますの盛り上がり。
 かって菊之助さんが初舞台のおり、小説家の村上元三さんに「君はなにかなりたいものはあるのかね」と問われ「牛若丸になりたい」と答えたところ、それでは牛若丸になる脚本を書いてあげる、といって書き下ろしてくれたのが、「絵本牛若丸」。更にその芝居を息子の丑之助が初舞台で演じるという親子二代の芸の継承がほほえましかった。

 圧巻は菊之助の「京鹿子娘道成寺」、歌右衛門、梅幸、藤十郎、玉三郎と多くの道成寺をみてきたが、菊之助のこんかいの踊りはマイ・ベストにはいる。
 金の烏帽子をつけた花子、手毬をつきながらの娘らしい初々しさ、振出し笠を手にした花子、花笠おどりの所化たちも軽やかに、手拭にたくした娘心の切なさ、鞨鼓をつけての撥さばき、鈴太鼓の艶やかさから次第に妖しさをおびて鐘のなかに飛び込むまで、清姫の怨霊が乗り移ったかのような凄さがあった。

 松也の御所五郎蔵も、人気の二枚目ぶりがかっこよく次の世代を感じさせてくれた。が一本気の侠客と花魁の愛想尽かしのドラマの綾が難しく、どうしても若さがでてしまう。
 黙阿弥の七五調のセリフは聞かせどころが多く、フォルテの発声になると言葉がとんでききずらいのは、明日の看板としてはなんとしても解決して欲しいところだ。
 のびしろの多い松也に團菊祭のトリを任せたあたり、松竹としてはなかなか味のある興行だった。
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2019年05月18日

光源氏が勅使をつとめた葵祭

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 今頃は京都で「葵祭」がひらかれている。
 葵祭は「賀茂祭」ともいわれ、都ではもつとも古いまつりでもある。祇園まつりが町衆のまつりだったのに対して、葵祭は朝廷と貴族のまつりだった。
 御所と下鴨神社とそして上賀茂神社を結んで行われるこの祭りは京都の歴史と深いかかわりがある。

 まつりの先頭をつとめる勅使には、光源氏がつとめたという故事もある。
 源氏物語には葵祭の斎王列を見物しようと、光源氏の妻葵の上と六条御息所が、都大路で牛車争いを演じた場面が登場し、女性の恐ろしさを始めて歴史から学んだ。
 祭りには宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀とあるが、朝廷と賀茂氏との因縁から始まったところから、内裏の御簾、御所車、衣冠、牛馬などすべてに二葉葵の紋が飾られ、王朝風俗をいまに伝えている。
 徳川の家紋・三つ葉葵もこの葵祭の神紋に由来すると言われている。

 筆者も30数年前、いまは世界遺産となった上賀茂神社の御本殿で挙式した。相方が上賀茂神社にこだわる意味があまり良く理解できなかったが、のちに都の一之宮であり、京都人にとっての絶対的守護神と理解した。二つ葵の由緒ある打掛がよほど嬉しかったのだろう。
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2019年05月17日

皇室の崩壊を憂う

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 ようやく御代替りもすみ、さて令和の陛下皇后のなさりように注意の対象がうつったと思ったら、またぞろ女性宮家の創設に名をかりた論が首をもたげてきた。
 安定的な皇位継承のための課題といっているが、なんとも不思議なのは、直ぐに女性天皇か、女系天皇かに議論が矮小化されてしまうことだ。これにはマスコミも責任があると思うが、女性の権利、人権とごちゃまぜにして世論形成にことが運ばれていく。
 日本の天皇が諸外国から一目置かれて敬意をもたれるのは、万世一系男系の皇統により維持されてきたからにほかならない。

 過去民間の男子が入って皇族になることはなかったので、血脈の文化は壊されなかった。勿論歴史をみれば、二三の皇位へ野望を抱いた将軍は見受けられるが、断固としてそれを許さない天皇制が存在した。

 皇統を守るための装置として存在したのが、一つは側室制度、そしてもうひとつは各宮家の存在だった。徳川ですら大奥2千人と紀州、尾張、水戸御三家という安全装置をもっていた。

 皇族内男性が秋篠宮家悠仁様がお一人という現実を前に、女性天皇でいいじゃないかという無責任な議論がもちあがってきた。配偶者への思いが至らない議論だ。
 皇族の本質、役割、身分を忘れ、男女の愛が一番と主張する眞子、佳子姉妹とダメンズの小室圭さんをみても、象徴天皇制への思いがいたらない。人間の権利と天皇制をごちゃまぜにしているメディアが多すぎる。
 日本の天皇制を破壊しようという反権力派と、無知な大衆が結びついての議論だ。

 さきの大戦で日本が敗北をきっした時、マッカーサー司令部が意図したことにまんまとはまっている。日本の精神文化を崩壊に導くという狙いが隠されている。
 キリスト教的道徳観で側室制度を否定し、直宮家を除いた11宮家を臣籍降下させて、自然に天皇制廃絶への伏線をひいたのだ。素直な日本人は単純に政略にのり、今日の皇統危機にたいして丸裸の状態に陥ってしまった。
 皇統維持ということは、非常にデリケートな問題で、あらゆる状況への想像力と環境を整えておかねばいざという時に対応できない。

 臣籍降下させられた11宮家の中から、4宮家程度を皇族に戻せば問題は即座に解決する。すでに数人の男子がいるし、結婚によってまだ増える可能性がある。
 そのうえで皇族の役割についてしっかりと教育し、ヒップホップに踊り狂うような皇族を育てないことだ。
 天皇と皇族の精神性の高きによってのみ国民は万歳を叫ぶのだ。
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2019年05月15日

江戸前天ぷらの「天亭」

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 銀座八丁目の角に不思議なビルがある。
 銀座なのに新橋会館とある。昔は新橋だった。それ故に新橋組合の検番と稽古場が6,7,8、階にある。
 近頃の人は銀座は1丁目から8丁目までとおもっているが、銀ブラを愛した世代には7丁目から先は新橋だった。
 新橋の花街が演舞場のまわりだけになったのはごく最近のことだ。したがって7丁目、8丁目には洒落た着物やさん、地味な和装小物や、ポチ袋、能楽堂や銭湯がひっそりとある。 思わぬところに「東おどり」のポスターがはってあり、足をとめて店をみると三味線が置いてあったりする。お菓子屋でも芸妓衆の手土産にふさわしい小さく細いかりんとう、薄ずくりの煎餅などを並べて商う店がある。

 新橋芸者の通う稽古場の地下二階に、てんぷら「天亭」がある。
「近藤」の天ぷらが食べたければ、一週間前には覚悟しなければ予約がとれない。銀座シックスの「山の上」にしても3日前の覚悟がいる。
「天亭」は、ついでに立ち寄っても白い眼でみられることはない。江戸っ子が新橋で遊んで帰りによつても、粋な天ぷらに出会える。寿司の久兵衛も近くにある。立派なカウンターはチョコレート色で、着物姿の移りがいい。シンプルなインテリアも絵が一枚だけ、これみよがしのメニューのないのがいい。

 小ぶりの海老に始まり、白魚、野菜、椎茸、青豆とすすむが、太香極淡胡麻油の軽さから店の空気にべたつきがない。かき揚げに達するころには粋な江戸前てんぷらとはこういうものかと得心する。すべての種の選択が粋でこれ見よがしのない江戸っ子風で気持ちいい。

 レジの横にさりげなく「きみ勇」「喜美香」など、花名刺が張られていて新橋花街なのだと気ずかせてくれる。 
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする