2018年04月12日

GPSに奪われる人生の喜び

GPSに奪われる人生の喜び

 働き方改革があちこちで物議をかもしている。
 特に外回りが中心の営業担当者や、取材に明け暮れるメディアの人間たちは、喜んでいる少数派と迷惑千万という自律派に分かれる。

 わが人生は子供と女房が生き甲斐という人にとっては、こんな嬉しい改革はない。基本仕事に興味はない、プライベートな時間こそが喜びの源泉、社会への貢献は仕事ではなくボランティアという不思議な人々である。こうした人々に、女房・子供がすべてというからに、生殖と和合があなたの人生ですね、などと言おうものなら眦をたてて噛みつかれる。
 給料は上げろ休みも寄越せ、では社会がもたない。かっての共産圏ソビェトはそれで瓦解したのだ。資本主義社会は、仕事を含むあらゆるものに競争原理がないと維持できないという単純なことが理解できていない。

 仕事大好き、仕事が趣味という人にとって、働き方改革ほど迷惑なはなしはない。日本は夜でも、地球の裏側は昼なのだから、夜中でも働くよ、このドラマの収録はあと3時間あれば終わるので、やってしまおうという、今張り込み中だからもう少し頑張ろう、という根性はすべて拒否される。そんなに働いてどうする迷惑だからさっさと帰ってくれ、ということになる。

 NHKでは働き虫にGPSをつけることになった。スタッフの労働時間をすべて監視し、管理することになった。これからは疲れたからカフェで一杯とはいかない。すぐに本社の働き方センターにバレテしまうのだ。社用のハイヤーで恋人を送っていくことなど夢のまた夢、GPS様のお許しの範囲でしか動けない。
 世の中はますます窮屈になり、ゆとりのないつまらぬ世界になってから、なげいても間に合わない。  
 GPSのもとで人生をおくって幸せなのだろうか。

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2018年04月11日

有働由美子の明日に期待して

有働由美子の明日に期待して

 「一応まだ自分は嫁入り前のつもりでおりますので、今後出会うであろう、いや絶対出会うはずの王子様が、ワキアセ嫌いな人だったらどうしよぅ、と心病んでおります。」 あさイチ・ブログ 「ワキアセと涙」
 ワキアセと有働由美子とは切っても切り離せない。 中学校から剣道に励んできた彼女にとってワキアセごときはなんでもない出来事だった。剣道の防具に立ち込める臭気は尋常一様のものではない。あの臭気をくぐり抜けてきた彼女にとって、ワキアセがあれほどの反響をよぶとは信じられないことだった。延長線上に「トイレのおもらしをして下着を汚した」発言の事件もある。
 神戸女学院出身のお嬢さんであるにもかかわらず、意外に大胆な発言はO型という血液型のせいかもしれない。

 番組の進行、仕切り、時間の読みでは完璧なアナウンサーである、という評価もある。いろいろなスポーツ番組からスタートし、アメリカ総局から帰国后はあさイチのキャスターを中心に度重なる紅白歌合戦司会者への起用ということからも仕事への信頼感は並々ならぬものありだ。
 人懐こい表情とすこし頭の良さを感じるリアクションは、NHK内部では「ジジー殺し」といわれてきたが、決して敵は多くない。若手には酒好きと巨乳ぶりが愛されて人気があった。

 「したは30歳から、うえは還暦までOKよ」と発言した彼女は、そちらのほうもなかなかであった。
 石井琢朗との恋では、名古屋巻きのカツラとサングラスがばれてしまった。青年実業家との手つなぎデートやお泊りもあっさりと文春されてしまった。あさイチ最終日の「飲みすぎ声がでない事件」は、いかにも彼女らしい振舞いだった。
 「ヌードもいいわよ、」といっていた彼女だったがこれだけはNHKという環境が許さなかった。

 こうしたヤンチャなNHKのお嬢さんがNHKを辞めることになった。
これからもNHKにはジャーリストとして番組に出演できるよう精進してまいります」となかなに神妙な発言をしている。局内からは「寝耳に水」といわれているが、幹部とはすべて話し合い済みで、4月からのNHK・BSでは世界プリンス・プリンセス物語、5月からのBSプレミアム、100年インタビューなど着々と準備中といわれている。

、「私の夢は新聞記者」といっていた少女が、世界中にネットを持つNHKと、金を惜しまない民放を相手にどのように泳いでいくのか、興味はつきない。有働由美子には政治・経済への勉強と世界観・人生観の確立が求められる。つまらない地上波のキャラクターにはなってほしくない。

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2018年04月10日

サーモンは毒の魚か?

サーモンは毒の魚か?

 寿司はまぐろに限る、と思っているのはどうやら旧世代らしい。ひのきの分厚いカウンターを前に、対面する大将に握ってもらわなければ満足しない、という高齢層の寿司マニュア。
 寿司はサーモンが第一、と信じる若者たちは、もっぱら回る寿司やが主戦場になっている。サーモンに手をのばし、ほおばってまた手をのばすと、目の前はやっぱりサーモン、回転寿司の主役はサーモンだそうだ。回転寿司愛好者はサーモンに始まり、サーモンに終わるそうだ。玉子でシメるのは、古典的寿司愛好者だと指摘されている。

 このサーモン・ブームはもっぱら9割のチリ、ノルウェーからの輸入だが、この宝の山を見逃すものかと日本でも急速にサーモンの養殖がひろがってきた。海の養殖だけでなく、山でも養殖が始まっている。
 北は津軽の海峡サーモンから、震災復興の宮城サーモン、信濃サーモン、絹姫サーモン、広島サーモン といまや国内の養殖場は1000か所に及ぶと言われている。

 かくてサーモンは、寿司の女王となり、サーモン・マリネとなり、スモーク・サーモンとなり、サーモン・ステーキから石狩鍋、塩焼きとなって、吾々の食卓を賑わせてくれている。原宿にはサーモン丼専門店までオープンして、危うしまぐろの座だ。

 ところがここへ来て、世界で最も毒性の強い危険な魚は「養殖サーモン」であるという情報が流れ始めた。アメリカ環境保護庁EPAの発表では、月一回にしろというのだ。
 原因は餌に含まれる化学物質の問題と、遺伝子組換えから健康に対して予測不能の影響があるというのだ。農薬、抗生物質、合成ビタミン、合成アスタキサンチン等々の問題点を解決しなければ、回転寿司にカンコドリが鳴くことになる。
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2018年04月09日

一世一代・仁左衛門による悪の華

一世一代・仁左衛門による悪の華

 片岡仁左衛門といえば、我々世代は「孝玉時代」を思いだす人が多いだろう。
 仁左衛門はとうじ孝夫と称し、ファンからは孝夫チャン孝夫チャンと想いをこめて呼ばれていた。玉三郎との黄金コンビは歌舞伎興行の牽引車だった。孝夫チャンのクールで知的な色気と、玉三郎のすこしベタな芝居は絶妙な雰囲気をかもし、満天下の子女の関心を総取りしていた。

 討ち入り資金のため祇園に売られていく玉三郎のおかるに、孝夫の勘平が苦悩のすえの「おかるっ!」呼び止めるくだりは、いまでも鮮明に瞼にのこっている。艶っぽくてすこし悪な二枚目の孝夫と、ハスッパで伝法な玉三郎のコンビは、素人の芝居見物を見事に満足させてくれた。あれから何年、玉三郎の関心は演じることよりも作るほうに向いてしまった。仁左衛門となった孝夫はひたすら鶴屋南北の世界と向き合って老境をむかえたような気がする。

 もう二度と見れないかもしれない……片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候。絵本合法辻・立場の太平次である。
 序幕から大詰まで何人の相手を殺したのか数えきれない。江戸歌舞伎であれば、いちいち見得をきって殺していったであろうに仁左衛門の佐枝大学之助と太平次は、日常的に次々と殺していく。殺しが見事に浮かび上がったのは終幕閻魔堂の場が初めてだった。ここにある悪逆非道や残酷美は凄まじい。幼い子を手に掛け、家臣を騙し打ち、さっきまで情を通じていた愛人もうっとおしくなった途端、殺して井戸に放り込む。殺すことになんのためらいもない人間の業をいやというほど見せられる。仁左衛門によって悪の華が舞台を充たした。

 歌舞伎にはもともと悪を主人公にした作品が多い。座頭市の原本といわれる不知火検校にしても、泥棒たちを主人公にした白浪五人男にしろ、悪は見事に歌舞伎の美学として結晶している。
 ボードレールに共通する悪の華なのだ。




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2018年04月07日

たけし、たけしの会社から独立??

たけし、たけしの会社から独立??

 「たけし独立"愛人"との会社が新拠点」に発したビートたけしの独立騒動、事情をしらない素人には、自分が造った会社から独立するってどういうこと? まったく理解できない。けだし当然とも思うが、この問題は新しくて古い問題でもある。

 タレントは売れてくると、まず仕事の内容について不満を持つようになる。俺はあんな仕事がしたいのに、マネージャはこんな仕事しかとってこない。不満だ。休みもとれずに仕事しているではないか。ギャラにしても、事務所はこんなにピンハネするのか。初めの頃は50%でいいとおもっていたが、取分を上げて欲しい。70パーセントいや80パーセントは俺に寄越せ、となる。事務所側は宣伝費、売り込み人件費、仕事先への接待交際費、スケジュール管理費、企画費、さらに事務所維持費と、これだけかかっているのだからギャラの半分は収めてもらわなければと、対立する。

 タレントはいまこんなに売れている、と思い込み、事務所はいつ売れなくなるか、と心配する。
 デビュー当時はヒロインでモテテ、モテテ争奪戦が繰り広げられていた。アッという間に飽きられて友人Bの役柄もこなくなる。気がついたら犯人役になり、母親役ならと世間の風はつめたい。舞台も演技が下手ではうれない。かろうじて田舎のイベントや宝石、きもののお見立会には声がかかっても、ストレス120%で恨むのは事務所ばかりの毎日である。通販専門のショップチャンネルをのぞいて見れば、そんな不満タレントが山ほどいて、生活のため媚びを売っている。

 たけしの抜けたオフィス北野は圧倒的に中途半端が多い。このメンバーでは事務所は維持できない、一挙に20数人いたスタッフを4人に減らしてしまった。怒ったのは軍団だが、たけしも本音ではこの軍団を背負うよりオネェチャンを背負いたい。
 芸能プロダクションの難しいのは、商品が喋ることだ、分をわきまえて精進するタレントもなかにはいるが、なかなかそうはいかない。
 芸能のしごとは、柄と才能と時が微笑んでくれなければ、上手くいかないしごとなのだ。
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2018年04月06日

炊き立てご飯か、チンゴハンか、

炊き立てご飯か、チンゴハンか、 炊き立てご飯か、チンゴハンか、

 炊き立てのご飯の美味しさは、日本人にしか判らない。
 今世界中に広がっている寿司でも、めしの炊き方が悪いため、どうしても美味い寿司ができない、という現実がある。戦後、初めての電気炊飯器が東芝によって開発されてから半世紀、数千種類の炊飯器が作られてきた。みな米の美味さを再現することに心をくだいたきた。それでもいまだに土釜風とか、ダイヤモンド釜とか、毎年のように新しい試みが家電メーカーから発表される。
 料理や、寿司屋など専門店にとって、めしの美味い不味いは重要なことなので、うちでは昔ながらの釜炊きごはんです、とか一辺淘の土鍋で炊いていますとか、店の真ん中に竈をしつらえて飯炊きの様式をキャッチにした料理屋さんが増えている。

 21世紀になって女性の職場進出があたりまえとなり、家事にかけられる時間が眼に見えて少なくなってきた。食事準備のなかでもっとも多くの時間を要するお米を炊く時間が窮屈になってきたのだ。その間隙をついて登場したのが、「サトウのごはん」通称チンゴハン一族である。「サトウのごはん」も努力を重ね、全国各地の銘柄米をチンゴハンにしてきた。魚沼産ササニシキは当たり前、北海道のななつぼし、山形のつや姫など、竈炊きに優るとも劣らないチンゴハンを開発してきた。
 働く女性の味方として、「サトウのごはん」はますます業績を伸ばしている。

 事務所のランチもカレーの時は、「サトウのごはん」のつや姫に人気がある。つや姫のチンゴハンと、レトルトのチンカレーと、酒悦のらっきょうに福神漬があれば、それで充分、下手な幕の内やらお弁当よりはるかに美味しいと満足なのだ。

 昨年、名門サーモスが「ごはんの炊ける弁当箱」を発売した。指定容器に水とお米を入れ、500ワット8分加熱ののち保温ケースにセット、30分たてば美味しい炊き立てご飯が食べられる、「シアワセのごはんが炊ける弁当箱」である。

 炊き立てご飯とチンゴハンの最終戦争が始まった。


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2018年04月05日

「競争入札」というナンセンス

「競争入札」というナンセンス

 悪名高かった日本年金機構が心を入れ替えて、いろいろと工夫している。
「一般競争入札」とやらで情報入力の作業を公募した。さる情報処理会社は落札したのだが人手が足りない。年金機構の情報処理には800人のスタッフが必要だが、百数十人しか集まらなかった。仕方なく中国系の業者に再下請けに出した。そこで501万人分の情報流失が問題になった。

 東京大阪を一時間で結ぶ夢の超特急の工事がすすんでいる。工事担当の「競争入札」があった。請け負った四つの建設会社の担当者が次々と逮捕されている。請負会社同士で談合があったというのだ。秘かに大手四社が集まり、赤字にならないで済む工事代金と工区の調整をしたというのだ。

 軽井沢では、道の駅に相当する設備をつくった。近隣町村の道の駅にくらべたら、遥かに立派でモダーンな道の駅だ。ところが運営の段取りになって「一般競争入札」である。
 結果はるか八ヶ岳のふもとの村の業者が落札した。入れ物は軽井沢町の税金でつくったが、運営仕入れのノウハウはどこかの村にいってしまった。町では「入札」の結果だからというが、何処かがへんだ。

 長野県に限らず限界集落と言われている過疎の村が多い。南信の山間の村にはなんの産業もない。がその村には建設業を営む二つの会社があった。学校建築にあたって「入札」ということになった。落札した会社に落ちた会社の作業員全員が移動して建設をやるという。これでも「競争入札」だからと、村役場は胸をはっている。

 ここで問題なのは、「入札」という制度である。に入札であればすべて良しとするオバカな考え方がまかり通っている。オンブズマンなどの活動をしている人々は、なにかにつけて公正か、忖度はないか、というが、もうひとつ上の賢明な解決策があるのではなかろうか。
 「競争入札」という愚行についてもうそろそろ改革してもいいのではなかろうか。
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2018年04月04日

まもなく早慶、MARCHも無試験で

まもなく早慶、MARCHも無試験で

 大学の価値が坂道をころげ落ちるほどにちいさくなっている。
 早稲田も慶応もまもなく無試験で「はい、合格」そんな現実がそこまできているという。明治も、青学も、立教も、中央、法政も、とにかく入学さえしてくれれば恩の字という現実がまちかまえているそうだ。

 かって「受験戦争」といわれ一浪二浪はあたり前、駅前には予備校があふれ、どこの大学も受験者が殺到し、倍率は20倍、30倍というとんでもない時代があった。予備校はみずから大学を創設し、お受験失敗組を受け入れてわが世の春を謳ってきた。
 1992年には団塊ジュニア205万人が18歳を迎え、お受験戦争もピークに達した。以来少しずつ18歳人口は減り続け、2017年には約120万人とピークから4割以上も減った。
 うち5割の大学入学希望者は60万人、あちこちの地方大学が定員割れを起こしていても不思議はない。
 この人口減少をまえにして文科省はなんと88年度に490校だった大学を、2017年には780校と二倍にふやしていた。当然のごとくむくいは来た。今、なんと私学の40パーセント近くが定員割れを起こしている。

 現在、早慶入学者の40パーセント近くが、AO入試、推薦入試、さらに帰国入試で、難しいペーパー・テストを受けずに大学にはいっている。
 オカネさえ払ってくれれば無試験で「はい、合格」という時代がそこまで来ている。ポスト・オリンピックは、大学倒産時代の夜明けでもある。


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2018年04月02日

幸せの花見の屋形舟

幸せの花見の屋形舟

 「江戸いちばんの舟遊びにお出掛けになりませんか」こんな誘惑にはとても勝てない。
 江戸いちばんの屋形船「北斎」で、隅田堤のお花見を楽しもうという、とびきりのお招きだ。春の屋形舟で花見をしたのはもう40年も前のこと、戦後のどぶ川からようやく抜けだして大川の昔をとりもどそうと下町の人々が努力を重ねている頃だったような気がする。
 ふだんお世話になっている大伝馬町瓢月堂の当主石寺真澄さんからのお誘いだ。石寺さんには、芝居好き、花火好き、桜好き、そのうえ旅好きと、気っぷのいい江戸っ子の血が流れている。本郷までは江戸のうち、で生まれ育った筆者にとってもなによりの友人、といっては若い女性に失礼だが、元気でお洒落なレディなのだ。

 屋形舟北斎は大きさいちばん、この船を最後に大きい和船を造れる造船所が潰れてしまった、という曰くつきの船だ。江戸末期からの最古の船宿冨士見が、運営している。
 この日、深川「釣船橋」のたもとに集まった101人、桧山会長と石寺女親分のもと、花曇りとようやく暖かさを取り戻した川風に包まれて北斎に乗り込んだ。当然だが「北斎」は北斎だらけ、「凱風快晴」に迎えられ、「神奈川沖浪裏」のインテリアに、4つのウォシュレット付き水洗トイレのドアには、「北斎漫画」の男女が描かれて、船内天井にはボーズのスピーカーがいくつも埋め込まれていた。

 舟は豊洲運河から隅田川へ。ゆったりとした揺れも心地よく芭蕉旅立ちの像を遠くに、相撲力士のレリーフをくぐり、やがて駒形、吾妻橋と墨堤永代常夜灯へと、流れを逆らった。
 1000メートルにも及ぶ赤提灯が桜とともに迎えてくれた。屋形舟は桜橋の手前、さくらの園の真ん中に泊まり、乾杯となった。寿司や刺身は先に食え、肉はゆっくりと後で、天婦羅はつぎつぎと揚がった順にサービスするのでそのつもりでと、女船頭頭の元気なこと。宴席を盛り上げてくれたのは、ジャズ、カンツォーネ、シャンソン、そしてJポップから歌謡曲の5人の歌い手と、司会をボランティアした音楽評論家の島 敏光さんだった。
 最後は全員で「川の流れ」を唄い、三本締めで「幸せの花見の屋形舟」は終わった。
 お土産は奈良の名酒「春鹿」だった。  桜のラベルが嬉しい。


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2018年03月31日

お勢以さんと鈴木京香さん

お勢以さんと鈴木京香さん

 さくらの頃になると「お勢以さん」(オセイサン)を想い出す。
 お勢以さんの田舎は秋田で、小学校の高等科をでてから上京した。叔母さんの縁をたどって本郷西片町の髪結いに入った。髪結いの修行は台所のお手伝いから、床のお掃除までなんでもしなければならなかったが、お勢以さんはいつも楽しそうに口数少なく働いていた。

 花見にでかけるお客さんで春はてんてこ舞い、やうやく手があくと迎えにきてくれた。お花見に連れて行ってくれるのは、いつもお勢以さんだった。お勢以さんの手は、こども心に柔らかくてふっくらしていた。さくらの頃になるとお勢以さんの手の暖かさを想い出す。

 大川を渡って隅田づつみにつくと、さくらの根元に風呂敷をひろげてくれた。風呂敷はどことなく田舎風で秋田の香りがした。並んで座ると、お勢以さんはかならず両手をひろげ深呼吸をした。

 ♪春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が 櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとふべき
 お勢以さんはいきなり「花」の一番を唄い出す。川風とともに桜のはなびらがお勢以さんの髪にまとって、幸せそうだった。カラオケもなくギターもなく、アカペラで歌うお勢以さんはいつも嬉しそうだつた。一番を繰り返し、くりかえし歌っていた。
 子どもをつれてお花見のお勢以さんには恋人がいなかったのだろう。それでも上りくだりの隅田川の船に眼をやりながら、お勢以さんは東京を満喫していたような気がする。

 帰りしなは必ず長命寺の桜もちだった。四角い木の升に桜もちがひとつ、煎茶がついてきて大人の気分だった。お勢以さんは餅を包んだ桜の葉を二枚残し、一枚の葉をともに美味そうに食べた。一枚のほうが桜の香りがするのよ、と言われ見習って一枚の葉とともに餅を楽しんだ。お土産は折にはいった6個の桜もち、ぶら下げるのは僕の役目だった。

 いつの頃からか、鈴木京香さんにお勢以さんの表情がダブるようになった。
 仙台と秋田、東北人に通じる暖かさに惹かれたのだろう。

posted by Kazuhiko Hoshino at 07:59| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする