2018年08月23日

長野こども自殺日本一

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 長野県の子供の自殺率が日本一になつたと発表された。
エッ!ナガノと思わずもらしてしまったが、海のないこの長野で自殺率が高いというのはどういうことだろう。

 未成年の自殺原因としては、先ず第一に学校問題、学業といじめが予想できる。 まず学業で予想されるのは「先生」の問題だ。
 県立公立の小学校の先生は、長野では圧倒的に多いのは信州大学教育学部の出身者である。なかには素晴らしい先生もいるが、おおかたの評判では先生のシツがよくない。教育技術の問題もさりながら、人間的な魅力に充ちた先生が圧倒的に少ない。
 そのうえ、いわゆる左派系の教師が多く、入学式、卒業式では下を向いていて国歌をうたわない先生が多い。これでは国を愛する故郷を愛する国民が生まれる筈もなく、中途半端な反日日本人ができてしまうばかりである。朝日の反日自虐史観が、義務教育の教師たちの脳を犯している。 子供のストレスを受け止めるどころか、返って子供にストレスを与えるような教師が多いのだ。

 第二には「いじめ」の問題がある。生活環境の違いからくるイジメ、経済格差のもんだいもある。本来農業県である山国長野に、自然をもとめて移住してくる都会人があとをたたない。田舎への基本的理解がなく、東京の片隅の消費文化にどっぷりとつかったまま山国長野にやってくる。 地元の子供は川に入ったり、山登りを楽しむが、都会からきた子供はお金をだしてアイスリンクだったり、ボーリングではなじめなくて当たり前、原因は親たちにあるが、なんでも金銭で解決を図ったり、謙虚さのない女子大出の親たちでは、こどもに際限のない悩みをつくりだす。

 県では若者自殺対策県PTを発足させ、自殺要因の分析と対策をたて、2022までには未成年の自殺を0にすると掲げているが、まず手始めは無料通信アプリLINEで相談に乗る事業ときいてはどこか違う。地元佐久のNPO法人では電話相談のボランティアを募集しているが、まずその前に1万2000円の養成講座を受けろといっている。子供の悩みと引き換えのレッスン産業では、とても自殺志望者を救えないとおもうが、これも取り越し苦労か。

 自分の言葉で子供の性の悩みや、親の離婚を説き伏せる大人が育たない限り、子供たちの自殺は無くならないだろう。
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2018年08月20日

軽井沢の夏が終わる

軽井沢の夏が終わる

 軽井沢の夏は、旧道のお諏訪様の花火で終わった。8月20日の夜。
花火の最後は決まって、峠の釜めしの仕掛け花火だった。おかごを担いで峠を登りきったところでナイアガラになる。ナイアガラの花火の終わりと共に、軽井沢の夏も遠くにいってしまう。「ご機嫌よぅ、来年の夏までお別れですが、お元気で……」あちこちの別荘には雨戸がたてられ、門のまえに錆びた鎖が張られ、主のいなくなったことを知らせる。

 近頃では、入れ替わりにアウトレットのセールが始まる。セールでは毎晩景気ずけに花火が上がる。両親の買い物に付きあわされてきた子供たちにとっては最後の絵日記の素材かもしれない。横のステージでは、都会からやってきたタレントの握手会がひらかれている。どこかの餓鬼タレントにちがいないが、若い娘が行列をつくっている。舞台のうえではしっかりと手を握った娘がタレントにしきりになにか訴えている。彼女にとってはこの夏のクライマックスなのだろう。

 アウトレットのセールを追っかけて、街にはなんとなく警官の数がふえる。地元の警官とことなり、不自然なところに警官がたまっている。
 天皇皇后の軽井沢滞在である。美智子皇后の草津音楽祭登場のためのリハーサルが、軽井沢で密かに行われる。お相手の超一流音楽家たちは、町内のホテルやペンションで待機する。最上の楽器を抱えてきて、酷暑の夏にいつお声がかかるか判らないにもかかわらず、じっと待っている音楽家もお気の毒なことだ。

 夏の軽井沢には、作家たちのセールもある。アトリエで作家の生きざまを横目に、手にする作品には生命力がある。最近はガラス作家の河上恭一郎先生のセールに伺い、毎年一枚二枚と作品をわけていただいている。銀座の和光にいけば、先生の作品はあるが、デパートで手に入れるのと、森のなかのアトリエで対峙する作品では、まったく表情が異なる。菓子によって来るアリンコを遠ざけ、木洩れ陽のなかで先生のお点前でお茶をいただきながらの時間はシアワセの空間である。

 タクシーの運転手さんの顔もかわる。夏の繁忙期には昔働いていた運転手さんがもどってきたり、若い軽井沢しらずの運転手さんが増える。町中渋滞のときの抜け道交通では、半世紀以上通っているこちらの方がはるかに道にくわしい。
                  ……そんなこんなで軽井沢の夏は終わる。
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2018年08月19日

大東亜戦争は白人支配のパラダイムをひっくり返した

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 8月15日の敗戦記念日をはさんで、なんとも割り切れない気分になっている。
原爆投下とはなんだったのか。人類に対する犯罪だったとする議論がまかり通っている。アメリカ人は贖罪すべきだ。と声高に叫ぶ人もいるが、だが待てよ、8月12日には日本の原爆実験も最終段階を迎え、核爆発に成功していたという報道に接した。だから戦況が3ケ月もずれていたら、日本が人類にたいする初めの犯罪者になっていた可能性もあった。戦争とはそういうものだ。

 第二次世界大戦というべきか、それとも大東亜戦争というべきか迷うが、いずれにしてもあの戦争に何故日本は突き進んで行ったか、については歴史の検証を待つまでもなく、目の前の事実だけをかんがえてみても、戦後の日本人がどれだけ連合国軍GHQの占領政策によってユガメラレタ認識を持つようになったかが判る。

 「二度とこの過ちは犯しません。武器は持ちません。戦争は永遠に放棄します。」このお題目によって日本人の自虐史観がうまれ、開戦当時の日本人の目的意識、世界観は雲散霧消してしまった。いまだに憲法には絶対さわるな、憲法改正などとんでもないという左翼リベラルを自称する人々が存在する。

 当時のスローガンに「八紘一宇」「大東亜共栄圏」というのがあった。八紘一宇とはすべての国が仲良くひとつの家のごとくにまとまって生きていこう、という意味だが、連合国側は日本の中国、東南アジア侵略を正当化するために使われた方弁だと断じた。さらに大東亜共栄圏についても、日本の植民地政策を正当化するためのスローガンと非難し、GHQはこの言葉の使用を禁じた。

 西欧列強は長い間、人種差別を当たり前の権利と認識したきた。彼らが政治の聖典と位置ずける「モンテスキューの法の精神」には人間を形成する基本はその色にある、と断じ、白色、黄色、黒色の差別を推進した。そのため西欧列強は競って有色人種の植民地化に走った。それに対し、国際連盟の場で人種差別の廃止を訴えたのは日本だけ、当然のごとく西欧諸国のバリアは高く、一蹴されてしまった。

 世界史における、この白人支配のパラダイムをひっくり返したのが、ほかならぬ大東亜戦争だった。ABCD包囲陣によって日本は後何日というエネルギー危機に追い詰められ、国家の存続危機に直面していたが、南に活路を見出すことによって白人支配の植民地構造を切りくずした。
 現に日本の敗戦とともに、世界中の植民地はぞくぞくと独立を果たし、いまだに日本に感謝している国さえある。

 日本は350万人の犠牲を払って、表面的には戦争に負けたが、白人支配の世界史に革命を起こし、人種差別のない歴史への一頁をひらいた。以来、先進国は植民地という財産に手をかけることはなくなった。大東亜戦争の敗戦は、これによる世界史の大転換に資するだろう。
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2018年08月17日

文科省に始まる腐敗のドンダケー

黒幕たちが表舞台に

 霞が関の三流官庁といえば、昔から文部科学省と相場は決まっていた。生産活動は一切なく、ひたすら予算を配ってバリアを築くのが目的のお役所なので、利権とワイロにまみれて権限を振り回す三流役人の巣窟になっても不思議はない。
 1998年の大蔵省ノーパン・シャブシャブ事件の反省から、「国家公務員倫理法」が生まれ、接待やワイロは根絶されたと国民は思っていた。ところがどっこいこの法律を踏みつぶし無視していたのが文部科学省だった。

 前川喜平前事務次官は、女性の貧困調査と称して新宿の出会い系バーに通い、役人の天下り禁止を破って天下りの地下ルートを確立、先輩後輩の絶大な信頼をえていた。座右の銘が「面従腹背」ときいて、こんな腐りきった男が、教育行政のトップではとても駄目だと絶望した。
 佐野太科学技術学術局長は、バカ息子の東京医科大学入学にさいし、私学研究助成金を支出して目的を果たした。大学側は学生ひと枠で何千万円もの助成を受けられるのだからこんな美味い話はない。
 川端和明国際統括官は、医療コンサルティング会社からの接待ワイロ疑惑で逮捕され、ただいま裁判係争中であるとか。文科省はドンダケー腐った役所であるか、この数例をみただけでも判る。

 教育行政元締めの腐敗は、当然の如く国公立私立大学すべての教育機関への腐敗も喚起する。
 東京大学の研究費詐取事件を先頭に、日大アメフト事件、女子学生セクハラ事件、さらに明治学院大学授業盗聴解雇事件、広島大学パワハラ教員再任拒否裁判、都留文科大学組合教授排除事件、そして東京医科大入試差別事件と上げ連ねたらキリがない。象牙の塔はいまスキャンダルの温床になっている。

 文科省の腐敗は、スポーツの世界にも影響する。
 日本アマチュア・ボクシング協会終身会長山根明の実態をみて、久しく忘れていた裏社会がふたたび現れたと実感。日本レスリング協会前技術強化委員長栄和人の凄みを忘れかけていたのに、スポーツに於けるパワハラの怖さをふたたび国民に思い出させた。日本大学アメリカン・フットボール部、さらに女子柔道界に於ける「死ね」「ブス」「ブタ」の罵詈雑言、など、スポーツ団体の派閥争いや、出世競争など、スポーツは国を亡ぼすところまできている。

 2020東京オリンピックはいま、東京都と、国と、スポーツ団体と、建設業者と、スポーツ器具メーカーと、小池百合子と、森元首相と、文科省と、旅行業者と、カジノ業界、そして不動産業者、代理店が入り乱れて、素人アンタッチャブルの闇の世界になつている。
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2018年08月15日

石破茂は正直ではない

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 「正直・公平・石破茂」なんのこっちゃ、このキャッチは。
 町内の教育委員選挙レベルのキャッチ・フレーズだ。自民党総裁選挙に打って出るベテラン政治家のキャッチ・フレーズとは悲しい。政権政党である自民党の総裁候補であれば、政治を語って欲しい。小学校の修身レベルのキャッチで登場とは、よほど体調をこわしているのか、世界政治の一角を担う日本の総理大臣の職域が判っていないのか、いずれかだろう。
 「保守とはおのれに厳しく、身内に厳しく……」とも演説しているが、あきらかに旧メディアの論調に乗った世論操作のやり方にそっくりなのだ。事実を語らず、世論誘導に力をいたす朝日、毎日、NHKの語り口にそっくりだ。自民党員ならば安倍首相のモリトモ問題など、実態のない冤罪であることははっきりしているのにもかかわらず、説明責任を果たしてないと、くどくど申し立てる立憲民主の枝野あたりと相似形、こんなのを身中に抱えて走る安倍さんも大変だなと思う。

 かって軍事オタクといわれていたころの石破茂は、それなりに存在価値はあった。がオスプレーや、イージス・アショアといった兵器、装備になるとまったく声が聴こえない。兵器の進歩や国土を守るということについて積極的な発言が聴こえない。防衛大臣までやった身だから、尖閣をどう守るか、北の核からどう日本国民を守るか、さらに中国の拡大政策やロシアの極東政策についての対応策など、第一線の政権政党のボスとしての発言がみえない。

 中国の帝国主義的拡大策に対しても、唯々諾々と従う親中親韓の議員になりさがっている。靖国神社にも参拝しない議員で、保守の皮を被ったリベラル左派とさえ呼ばれている。獣医師会から献金を受けて、獣医学部新設のための4条件なるものをつくって学部新設を阻止した罪は、安倍さんのお友達よりよほど不公正、収賄に当たるのではなかろうか。

 斜にかまえネチネチと屁理屈をならべて相手を責める、あのスタイルが国際的に通用する総理大臣に相応しい、と考える参議院竹下派というのも信用できない。内閣府特命大臣として国家戦略特区の担当をした石破茂が、9条改憲は後回し、えこひいきのない政治をめざしてでは、政治家としての姿勢に疑念をもつし、政策不在のアマチュアとしかみえない。
 自民党の政治家なら、メディアと左翼におもねた世論誘導は止め、堂々と経済政策、国際外交、そして世界観を語るべきだ。
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2018年08月13日

大文字・五山の送り火とは

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 絽の黒紋付きで御茶屋やご贔屓を挨拶廻りする「八朔」が終わると、まもなくやってくるのが、8月16日の「五山の送り火」である。

     20時・東山如意ケ嶽・「大文字」……胡麻木受付/銀閣寺門前
     20時05分・松ヶ崎・西山、東山・「妙法」
     20時10分・西賀茂船山・「船形万灯篭」
     20時15分・大北山・「左大文字」……胡麻木受付/金閣寺門前
     20時20分・北嵯峨水尾山・「鳥居形」……胡麻木受付/化野念仏寺

 近所の屋上のビアホールから見て、今日は晴れてて良かったというのも一興だが、胡麻木を納めて願いをこめ、それぞれの火床で焚き上げてもらうのもいい。
 京都の町では、送り火に着火したとき、ネオン、屋外灯、広告灯などすべて消して祖霊の無事に帰るのを見守る。
                                                                  古来、送り火の消炭は疾病除け、魔除けに効くと伝えられ、器に注いだ水に送り火を映して飲めば、中風にかからないと信じられてきた。祖先の御霊を信じて、現世に生きるという信仰心は何時の間にか、失われてしまった。葬式も墓もいらない現代で、イベント化した送り火だけが生きているというのも皮肉なことだ。

 大文字の麓、旧浄土寺村では念仏踊りを、松ヶ崎では題目踊りを、船形の西芳寺では六斎念仏が躍られ、送り火に限らない祖霊祭事がともに開かれている。こうした盆行事に参加することによって、日本人の世界観が肌を通して判ってくる。
ちなみに送り火の間、ドローンによる撮影は禁止される。            
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2018年08月12日

黒幕たちが表舞台に

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 日本ボクシング界の騒動以来、黒幕たちへの関心が高まっている。黒幕とは本来おもてには登場せず、裏から特定の業界に対し、影響力を行使する人のことを指すが、情報化時代を迎え情報の多角化から情報のダダモレ時代になっている。

 戦後いち早く登場した黒幕といえば、まず東日貿易の「久保正雄氏」だ。
敗戦によって発生した賠償にまつわって多くの利権を確保した。とくにインドネシアへの賠償について絶対的なコントローラーだった。スカルノ大統領がインドネシアの権力者の地位につくやいなや大統領を日本に招待、接待攻勢をかけた。
 赤坂の高級ナイトクラブ「コパカバーナ」では、いちはやくスカルノ大統領の「根本七保子」への執心を見抜いた。久保正雄は彼女に会い、「コパを辞めなさい、準備のための支度金はここに、今後金のしんぱいは一切させないから」と、彼女の肉体改造にとりかかった。一年近くの時間と金をかけ、当時最高の技術で根本七保子を見事にリメークして、インドネシアへつれていった。19才の「デビ・スカルノ第三夫人」の誕生であった。
 また久保正雄は芸能界への発言力も大きく「高倉健、長嶋茂雄」に対する庇護は有名で、週刊誌は彼の許可なくスキャンダルを書けなかった。ムード歌謡の「松尾和子」には六本木にリヴィエラという高級クラブをもたせ、彼の好きなジャズをうたわせていたという粋人でもあった。大野伴睦、河野一郎、児玉与志夫ら政界のフィクサー達とも近く、当時は自民党の裏資金は久保正雄にきけといわれていた。

 芸能界の黒幕といえば、バーニング・プロの周防郁雄、イザワ・オフィスの井澤健だが、最近では田辺エージェンシーの田辺昭知が目立つ。
 夏目三久への異常ともいえる関心で、有吉との妊娠、結婚報道を見事にもみ消した。スマップ独立騒動でもマネージャーの反旗に加担し、ジャニーズに文句を言わせなかった。直近では「タモリと中園ミホ」との不倫報道があったが、一誌のみで他の新聞雑誌の報道をいっさい差し止めた。タモリと美人脚本家中園との不倫愛はほおっておけば、かなりのメディアが参入したであろうネタだったが、田辺は全力で阻止し、タモリに大きな貸をつくった。

 そして今一番の黒幕は日本ボクシング連盟終身会長「山根明」だ。会長のボクシング愛は初めから不思議だった。日本の歴史に生まれ、日本の歴史を愛してボクシングに一生を捧げます。なんだか変な日本語だとおもっていたら韓国釜山生まれの文甲明、文沢明さんとわかってきた。 暴力団小田秀組の若頭が舎弟だったと発言するに及んで、奈良判定も立派な黒椅子もふっとんでしまった。



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2018年08月11日

「山の日」には山を語れ

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 今日は「山の日」だ。
 自然に親しみ、山の恩恵に感謝する記念日となっているが、現状ははなはだ疑わしい。山の日が制定された2016年には上高地と松本で、2017年には栃木の那須町で、そして今年は鳥取米子の大山町で、公式記念大会を開いている。
 そもそも超党派110名の議員連盟によって制定推進が行われたのだが、中心になった丸川珠代や衛藤征士郎には山に関する知識や思想はあまり感じなかった。お盆休みと連携させた経済効果やら、観光推進ばかりに眼がむけられ、山岳国家であるこの国の信仰や歴史にはまったく関心をしめさなかった。

 今年の大山における記念式典のプログラムを見てもその幼稚な内容にあきれる。
 観光カリスマやら女優によるトークセッションで、山を語るにはおよそ不釣り合いなキャストになっている。霞が関は実施内容に深くかかわらず、どこかの代理店に丸投げでやっているであろうことが想像できる。大山という開山1300年に及ぶ山岳修行最古の山を会場に選びながら、何故そこに一山三院42坊が営まれているかについて全くふれられていない。
 日本人にとって暮らしのよりどころであった山を語らないのだ。そこにある原始信仰こそが民族の財産であるし、現代の宗教をこえたアイデンティティなのだが、せっかく山の日を設けても、観光登山やスポーツ登山だけでは経済活動のための山にしかならない。
 なぜ日本人は山を信仰してきたのか。なぜ日本人は山で修行してきたのか。そのあたりにはっきりとした命題をあたえてこその「山の日」ではないか。
 現状の山の日では、災害の源流だったり、金儲けのための山の日におわってしまう。山の日に観光業者を集めて山を語るのでは、悲しい山の日だ。

 戦後決められた「成人の日」「昭和の日」「みどりの日」「こどもの日」「海の日」「山の日」「敬老の日」等々、もう一度再検討して、記念日のそもそもを問いただすのも一案かと。

posted by Kazuhiko Hoshino at 19:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元気甲斐のその後……

元気甲斐のその後……

 夏になると「ひまわり」の写真が撮りたくなる。
 八ヶ岳南麓の北杜市明野のひまわり畑は中日本随一のスケールと手入れで、60万本のひまわりが咲き誇る。先年デスクが現地へいき、細かい情報を入手してきたので、夏休み前急遽撮影にいくことになった。デスクは毎日、開花状況をチエックし、お天気を気にして金曜日なら大丈夫、午前中明野は晴天ですと、結論をだした。 朝6時軽井沢出発、8時に明野につけば、駐車場も確保できます、とのこと。

 どうせ山梨までいくのだから、もうひとつ何か欲張ろうということになった。
 ふとひらめいたのが、33年前テレビ朝日が「探検レストラン」なる番組でプロデュースした、小淵沢の駅弁「元気甲斐」のその後であった。その番組でかかわったいろいろのなかでも、元気甲斐はかなり話題をよび、駅弁を超えた駅弁として人気を呼んだ。があれから33年も経っていれば、消滅しているかもしれないし、残っていてもなんの面影もない別のものになっている可能性もある。
 ネットでみたところどうやら元気甲斐は生き残っていた。電話をすると小淵沢の駅弁売り場で朝10時30分以降なら受け取れるということだ。ひまわり撮影を9時半に終わらせ、小淵沢駅に直行、駅弁を手に入れて軽井沢に戻れば、12時半には冷房完備でゆっくりと元気甲斐を、という予定をたてた。

 ヘタウマの画家安西水丸による包み紙はそのままにのこっていた。八ヶ岳の麓をヤッホーとばかり走る機関車、八つの山の海抜と名前が丁寧に描かれたイラストは、心温まる素朴で稚拙なタッチが嬉しい。製造元は山梨唯一、大正7年創業の駅弁屋丸政。
 田舎では珍しい二段の折詰め弁当、一の重は京都の料亭菊乃井さんの工夫、二の重は東京味処吉左右の工夫、東西それぞれの料理人が競っている。

 蓮根のきんぴら、山女の甲州煮、ふき・椎茸・人参の旨煮、こんにゃく味噌煮、カリフラワーのレモン酢漬、ぜんまいとお揚げの胡麻和え、セロリの粕漬を添えたくるみご飯の一の重は、さすが京都の料亭らしく、薄味ながらそれぞれの食材の味が際立って、これは美味いの評価だった。
 二の重では栗とシメジのおこわがベースなのだが、鶏の柚子味噌和えがやたらに大きくバランスを崩し、豚肉巻きのアスパラも細いくせに固く、神経が行き届いていなかった。わかさぎの南蛮漬けと山午房の味噌漬けは無難。
 これなら一の重だけをさらに工夫してして元気甲斐を存続させたほうが、いいのではないか、というのが結論だった。

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2018年08月09日

幸せをレイアウト出来なかった大塚久美子

幸せをレイアウト出来なかった大塚久美子

 春日部の箪笥職人から身を起こし、徹底的なオーダー、クチュール方式で高級家具のレジェンドとなった大塚家具の躍進ぶりに眼をみはった。が、目まぐるしく動く時代のなかで父大塚勝久氏と娘の大塚久美子氏との間には、のっぴきならない隙間ができ、結局娘は父を追放して、社長となった。
 傷心の父は創業の春日部にかえり、匠大塚を立ち上げ、静かに再起をはかっていた。

 無責任なメディアは、娘大塚久美子を革新の担い手として持ち上げ、メディアのスターに仕立てあげた。
 が所詮父の成功の本質を理解していなかった娘の経営力では、大塚家具の屋台骨を維持することはできず、百十億もあった資金も10億までへらしてしまった。TKPと業務提携するも経営は好転せず、ついにヨドバシカメラへの身売り話まで登場している。

 大塚久美子が父を追い出してからの企業理念は「幸せをレイアウトしよう」、父が創り出した徹底的なマン・ツー・マン方式による販売方式を棄て、耳障りのいいキャッチで経営をすすめた。所詮お嬢さん芸であることが如実にわかる。

 時代はすでに、使う、買う立場で考える「お、ねだん以上。」に移りつつあった。
 ニトリはスウェーデン発祥の世界一の家具量販店イケアを注意深く観察し、その欠点をカバーした商品企画で着々と足場をかためた。価格帯もイケアより安く、組立、配送などのサービスを充実させて、家具の世界でのユニクロをめざした。2022年には1000店売上げ1兆円をめざし、2030年には3000店舗3兆円を売り上げ目標にしている。
 こうした市場動向をまったく学ばなかったのが、大塚久美子だった。
「幸せをレイアウトしよう」にまったく心動かなかったユーザーは、ぞくぞくと「お、ねだん以上。」に押し掛けた。

 日本人のライフスタイルを徹底的に研究し、うるさいまでのマン・ツー・マン方式で、大塚家具を成功させた父親のやり方は、娘にはダサク映ったのだろうが、「幸せをレイアウトしよう」と訴えても青汁とたいして変わらないと、大衆はソッポを向いた。

posted by Kazuhiko Hoshino at 10:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする