2017年05月15日

日本経済の死神・西室泰三は許せない

日本経済の死神・西室泰三は許せない

 グローバル化に浮かれたひとりの男により、日本の経済はガタガタになっている。「日本経済の死神」とすらよばれている。あの東芝を倒産の危機に追い込み、いままた日本郵政もまた断崖にたたされているのだ。

 その名前は「西室泰三」慶應の経済出身だが、学生時代はバスケットにはまり、オリンピックにいくことだけを念仏の如く唱えていたという。ある面スポーツ馬鹿なのだが、若い時から名誉欲のかたまりで、肩書コレクターと揶揄されていた。

 西室泰三の一番の欠点は経済界の人間でありながら、事業内容にたいする見識や数値にたいして、盲目なところがあった。自信過剰で足元をよく見ず、山梨から東京にでてきたのだが、東京を通過していつもアメリカの表層を見ているような人間だった。
 原子力ルネッサンスの時代に遭遇するや、ウエスティング・ハウスというアメリカ一の原子力企業にのめり込み、隠されていた巨大な損失に気がつかず6200億を投じて買収した。もはや原子力の時代は過ぎ、この後始末をどうしたらいいか、と思案投首のアメリカ政府にとって、東芝社長の西室泰三はカモそのものだった。
 名門東芝は、そこからどんどん傷口をひろげ、とうとう今期の決算がたたず監査法人からも見放され、監査なしの決算見込みを発表せざるを得ないところまで追いつめられてしまった。名門東芝をダメにした男こそ、西室泰三というグローバル・マニアだったのだ。

 安倍晋三がなぜ西室に惚れたのかわからないが、優良企業日本郵政の社長に彼を擬したところから第二の悲劇は始まった。グローバル経済に浮かされていた彼の病気は、内需専門の日本郵政までもグローバルの泥沼に引っ張り込んだ。
 オーストラリアの物流会社トール・ホールディングに手をだしたのだ。郵政だけでは明日がない、これからは物流だとばかり、買収資金もないのに6200億で買収した。小さいもの軽いものを安く扱って利益を出してきた郵便と、重くて高いものを扱う物流ではまつたくビジネス・モデルが異なる。物流にたいするノウハウは、郵政には皆無だった。その上、西室泰三はトール社を日本郵便の子会社にしたため、トール社の抱えていた欠損を毎年200億ずつ償却しなければならず、たちまち日本郵便は赤字会社に転落した。日本郵便の決算はそれまでほぼ150億の黒字だったにもかかわらず、瞬く間に赤字転落。

 6月からの葉書値上げを始め、すべての郵便物の値上げは、すべて西室泰三というグローバル病にかかった老人のなせるわざだつたのだ。クロネコの値上げとは根本的に違う。
 東芝をダメにしたうえで、日本の郵便まで破局に追い込んだ「日本経済の死神西室泰三」は絶対に許せない。
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2017年05月14日

岩谷時子さんの思い出

岩谷時子さんの思い出

 戦後の偉大な歌詩人を上げろと言われれば、ためらいなく上げるビックネームが二人いる。ひとりは歌謡えん歌の「星野哲郎」、そしてもうひとりはシャンソンに始まった「岩谷時子」である。

 星野哲郎はみずから演歌といわず、遠くにありて歌う 遠歌、人との出会いを歌う 縁歌、人生を励ます 援歌、それが庶民の歌だと言い、つねに日本人の暮らしを下敷きにした人生観を詩にした。自らが生まれ育った瀬戸内の島に想いを寄せ、島の子供達や遠い島の学校に通う子供のために「星野哲郎スカラーシップ」を残してあの世へ旅立った。

 岩谷時子さんとの出会いは、1951年旧帝国劇場の稽古場だった。そこには日本で初めてミュージカルの
上演を目指したプロデューサーの秦豊吉と「モルガンお雪」の主役に擬せられた越路吹雪がいた。あの頃の日本にはまだミュージカルの存在はなく、歌と踊りと芝居がともに演じられれば、それがミュージカルだろう位の認識だった。その越路吹雪のカゲとヒナタになっていたのが岩谷時子さんだった。ひかえめで温和な芸能界には珍しい女性だつたが、あとで神戸女学院出のお嬢さんと聞き納得した。

 そのあと、岩谷さんがコーチャンのためにピアフの「愛の賛歌」を訳すという噂に接した。無数にあるシャンソンのなかでも、ピアフの唄う「愛の賛歌」ほど恐ろしい愛の歌はないという評判だった。それでも世界中の歌手たちが歌いたがるのは、メロディの素晴らしさにもましてピアフの創唱の凄さにあったのだろう。愛の賛歌の訳詞は世界中に1300とも1500ともいわれる翻案があると言われているが、「愛の賛歌」という難問を岩谷さんがどういう風に料理するか、興味深々だった。
 そして生まれたのが、〽 あなたの燃える手で あたしを抱きしめて ただふたりだけで生きてゐたいの ……
という名曲の誕生だった。

 パリから帰国して、渡辺プロ制作の音楽番組を演出することになった。驚いたのは出演歌手とともに作詞岩谷時子の曲が押し寄せてきたことだった。「ふりむかないで」「ウナセラデ東京」「ビキニスタイルのお嬢さん」「ラストダンスは私に」「君といつまでも」「逢いたくて逢いたくて」「ベットで煙草をすわないで」等々、岩谷さんの才能は底しれなかった。

 テレビ創生期の友人、島崎春彦さんから「岩谷時子賞」授賞式の招待をいただいた。よく見ると岩谷時子音楽
文化財団の理事長は、島崎春彦さんだった。

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2017年05月12日

神道のポスターに中国女性

神道のポスターに中国女性

 神社本庁の制作したポスターに問題ありと、ネットを賑わしている。
 ポスターは東北大震災のおり、日本人の災害と向かい合った態度への称賛を背景にした、神社社頭に掲示するためのものだった。キャッチ・コピーに大きく「日本人でよかった」とある。大きく女性の顔、背景に日の丸、デザインは悪いポスターではない。

 ところがモデルとなった女性に問題があった。
 日本人でよかった、というキャッチにもかかわらずこのモデルは中国人だったというのだ。スポンサーの神社本庁は、デザインの仕上がりだけを見てOKを出したに違いない。まさかそこに写っているモデルが中国人だったとは、思いもよらなかったことだろう。
 モデルの採用について、オーディションをかけなかったことは歴然としている。無責任な代理店と利益第一のデザイン会社のしでかした結果が、このポスターだった。第三者の立場からは喜劇としか映らない。

 この事件に対する反響が興味深かかった。長嶋一茂は広告効果があったからいいじゃんと、天然ぶりを発揮していた。ある評論家は、そんな馬鹿なと怒りまくっていた。そもそも神社本庁とは神道の総本山である、日本固有の宗教ポスターに中国人を使うとは、神道は死んだとまで怒っていた。町の女性はキレイだからいいじゃん、と広告に毒されたバカ丸出しのリアクションだった。

 よく考えてみると、ここには広告デザイナーのモラルの問題がかくされている。本来なら丁寧にオーディションをかけてモデルを決定し、撮影すべきなのに、すべてを略して既存素材を使用したところに問題がある。
 ついこの間オリンピックのシンボルマークのデザインでも問題になったが、既存の情報を持ってくることに抵抗感がないのだ。
 理由はすべてに蔓延る予算に違いない。代理店やデザイン会社が介入するとまず経費の問題がもちあがる。
すこしでも安くあげて、利益を見込もうとする。そこにデザイナーも引っ張りこまれ、モラルを見失うのだ。
 半世紀にわたって民族教育をしてこなかったツケがこんな処に現れる。



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2017年05月11日

メルカリというスマホ行商

メルカリというスマホ行商

 どういう訳かIT業界の人には、共通の臭いがある。服装はどことなく反社会的であり、必要以上に髪を伸ばしたり、髭をたくわえたり、一般人の眼には奇異にうつる。

 いま話題のフリマアプリ「メルカリ」の山田進太郎氏は、如何なる趣味かは知らないが。、一般人なら初めに
気にする、法律やらコンプライアンスは棚上げし、「場所を貸してるだけだから俺達には関係ない」とばかり、妊娠菌やら妊娠米を平気で売買する、とんでもないシステムで金儲けを企むあたりどうも普通の人ではない。

 現金を売り買いしたり、領収書をうったり、さらにブルセラもどきに使用済みの下着から、そこいら中のセーラー服がやまほど売られているというから、まともな商売とはいがたい。
 メルカリで売るのに必要な登録は、ごく簡単な身分証明だけで、登録、出品の手数料は一切いらない。売りたい商品をスマホで撮って、売値と説明を書き込めばOK、毎日百万以上の出品があり、売買成立後にメルカリは手数料をいただくという仕掛けである。この簡単さが、なんでも売買できるという機能とあいまって、プータロウから反社会勢力、ただの親不幸ものまで加わってのメルカリ・ゴッコが蔓延したのだろう。

 むかしは店を持たない商売は敬遠された。資力のない商人は店がもてないから、大八車の移動販売やリヤカーを使っての商売をした。それもできない人々は背中に背負っての行商をした。信用も薄く、メンテもできなかったから、そういう人々から求める商品は暗黙のうちにそれなりのリスクを覚悟していた。
 
 仮想空間に商品を並べ商売するいまどきのシステムも、それ相応のリスクがある。パソコンの行商やら、スマホの行商をそんなに信用していいんですか。問題はユーザーのほうの勘違いかもしれない。
 なるほどネットのオーナー達は六本木ヒルズの超豪華マンションに住まいを構えているが、何時夜逃げするかもしれない。 超豪華マンションは、かりそめの夢に終わることがシバシバなのだ。
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2017年05月10日

高島彩・長野智子 フジ育ちの欠点

高島彩・長野智子 フジ育ちの欠点

 テレビ朝日の大英断で始めた「ニュースな週末」、サタデー・ステーションとサンデー・ステーションがこけかかっている。この時間帯が8%前後の視聴率では、編成面でも営業面でもまったく不調で、今後の番組制作については徹底的に改変しなければならない所にきている。

 このふたつの枠についてはなんといっても、フジ出身のふたりの司会について考えなければならない。そもそもフジテレビという会社は、アナウンサーを芸能人とみなしてきた伝統がある。お笑いと組ませたり、歌い手と絡ませたりという点では優れているが、ニュースを伝えたり、ニュースを考えるという点で、どうしても欠点がある。アドリブだらけの現場に直面したとき、器用にさばくことはできるが、その器用に流されて、口先のテクニックにたよってしまう。その最も悪い例が古館伊知郎だが、女子アナをタレント視するフジでは、元々もっている華やかさやアイドル性を採用の基準としてきた。
 そのため芸能ニュースには登場しても、キャスター、コメンテーターとしてみるべきものはなかった。その欠点をかかえて、メディアに登場してきたのが、フジをやめてフリーとして登場してきた女子アナ・タレント達なのだ。

 土曜日の高島彩だが、キャラクターは日本人のロリコン趣味にはまっている。が日活ニューフェイスの父のもとに生まれ、フジテレビの娯楽志向で育ってきた欠点がまる出しである。ニュースを咀嚼して伝える努力が全くない。成蹊大学では法学部政治学科をでているのだから、もうすこし深いところでニュースと向かい合っているかと思ったがそうではなかった。彼女の著作に「聞く、笑う、つなぐ」とあるように、「考える」が欠落している。生放送巧者のテクニックだけが目立つ。
 政治も、社会も、国際も、みな芸能並みで軽いのだ。しゃべって、つなげば、ニュースな週末になるとでも思ったらとんでもないことになる。上目ずかいでニッコリしても視聴者は騙されない。

 そうした視点からいえば、日曜日の長野智子には一日の長がある。フジを退社したあとのニューヨーク大学で学んだメディア・エコロジーが生きている。ハフィントン・ポスト日本版の編集主幹をしていることも幸いしてニュースとの対話がしっかりしている。フジ独特の派手さでは高島にゆずるが、53歳の年の功と勉強のあとが、司会に反映している。「可笑しなアメリカ・不思議なニホン」「普段着のニューヨーク」といった彼女の著作にもしっかりとした視点がある。

 女子会メンバーにはディーン・フジオカ様さえいてくれればというミーハーもいるが、テレ朝では当面、土曜ワイドの5000万円、日曜洋画の4000万円をカットできて目出度し目出度しとはいかない。サタステ、サンステそれぞれの製作費1200万円程度、出演料高島120万円、長野160万円と予算は大幅に節約できたが、視聴習慣まで改革できる効果はうまず、安かろう悪かろうの結果に翻弄されて、ニュースな週末の後始末が待っている。
 隣りのハタケがよく見えて、フジ女子アナに惚れるのはオジサン・プロデューサーの大欠点である。

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2017年05月09日

女教師殺しのフランス大統領

女教師殺しのフランス大統領

 39歳の史上最も若いフランス大統領が誕生した。
 24歳と8ケ月歳うえの国語教師を妻にもち、歳差婚のエースとして、熟女たちに人気のあった中道派マクロンが当選した。ロスチャイルド銀行での辣腕ぶりが注目され、金融界のモーツアルトとよばれた。つまりマネーゲームの達人なのだ。
 若くしてエリートの彼は、労働組合員に対し、「スーツを着たければ働け!」と暴言を発したこともある。

 彼の愛しているスタンダールとアンドレ・ジードの名言をここに挙げてみる。

 恋が生まれるには、ほんの少しの希望があれば充分である。
 恋はうぬぼれと希望の闘争だ。
 広く好かれれば好かれるほど、深く好かれないものだ。
 恋愛には四つある。情熱の恋、趣味の恋、肉体の恋、虚栄の恋。
 女は素晴らしい楽器である。恋が弓で、男はその演奏者である。
 幸せを言葉で語ると、幸せを減らしてしまう。
 君のいない天国より、君のいる地獄を選ぶ。    スタンダール

 幸せになる必要はないと、思い始めた日から、私は幸せを感じるようになった。
 嘘で固めた自分を愛されるより、本当の自分で嫌われたほうが気持ちがいい。
 平凡なことを毎日平凡に実行する。これを非凡と呼ぶ。    アンドレ・ジード

 マクロンは大統領に選出された喜びの夜、64歳の妻と手をとつてルーブルの中庭に現れ、
 「ラ・マルセイエーズ」を唄った。
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2017年05月07日

G・W の赤ん坊の旅

G・W の赤ん坊の旅

 ゴールデン・ウィークの国内旅行は何年ぶりのことだった。ここ数年、海外での取材が5,6月が多く、5月はじめの旅行の実相を認識していなかった。

 ショックだったのは、赤ん坊の旅人が多かったことだ。 やっと眼が見える位の赤ん坊を伴った若い夫婦の多さに驚いた。赤ん坊に旅行を楽しむ余地はなく、両親の都合で無理矢理連れられているに違いない。
 ベビーカーに乗せられて炎天下の街をゆく赤ん坊、ガタガタ道が赤ん坊に良いはずもなく、うっかりすれば
舌をかみそうな危険にさらされての道行である。感動的だったのは、明らかに生まれたばかり赤ん坊を捧げ持った父親が、ケバイ化粧の妻らしき女のあとを追っかけるようについてゆく博多駅前の風景だった。

 飛行機のなかでは、羽田から福岡までずっと泣き叫んでいる赤ん坊がいた。赤ん坊は泣くのが仕事だから致し方ないといえばそれまでだが、傍らの若い両親が全然あやそうとせずほつたらかしというのには二度驚いた。
周りに迷惑をかけているという意識が全くない。お国の宝を産んだんだから感謝してよ、ぐらいの態度でメークアップに勤しむ茶髪のママが、堂々とわるびれていない。不思議な世の中になったものだ。

 キャリーバックの後に幼児用の椅子が付いている。ゲームに夢中の母親が、ふと思い出したようにキャリーの横から板を取り出し幼児の前に差し込み小さなテーブルとなった。駄菓子を与え、キャリーを引いて混雑のプラットホームを歩き出す。引っ張っている母親には後の幼児は見えないので、何が起きても不思議はない。こんな仕掛けのトランクを売る業者にも呆れるが、買って子供を乗せ、駅の混雑をものともせずに歩く母親にもびっくりである。母親の注意は子供より、スマホのなかのゲームなのだ。

 旅の途中で巡り合った赤ん坊の旅は、おおむね若い両親の欲望の犠牲になっていた。
 三歳以下の子供は飛行機に乗せてはいけない。鼓膜が破れるかも。誰も注意しないのが不思議だ。

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2017年05月05日

汗と歴史が映る造形美・浜野浦の棚田

汗と歴史が映る造形美・浜野浦の棚田

 羽田から飛んで福岡の上空までは順調だった。
 なかなか降りないので、空港もゴールデン・ウィークかと勝手に想像していたが、あまりに長い。空港上空についてかれこれ60分が経った。低空に雷雲があり、危険を避けるため今しばらくお待ちください。相変わらずB777-300は福岡空港の上を周っている。こんなに長い待機状態では、ガソリンが無くなってしまうのではないか、本気で心配になってきた。
 その頃、下界の博多ドンタクは、急の雷雨で中止になったと、後で知った。

 なんとか西唐津行の地下鉄に乗り込んだ。唐津はいまでは焼き物のふるさと言っているが、かっては唐(中国大陸)への津(港)、大陸に最も近い国際港が唐津だった。途中、レトロな唐人町を通り日本三大松原の「虹の松原」を抜けて、ようやく唐津についた。
 9時に軽井沢を出て、唐津についたのは17時30分、実に8時間の旅程だった。
 
 日没は19時10分前後、唐津観光タクシーで玄海町の浜野浦へと急いだ。秀吉が晩年、朝鮮征伐をかけて城を構えた名護屋城に立ち寄る暇もなく、玄海町西の果て、浜野浦の棚田についた。
 棚田にはすでに300人ほどのアマチュアカメラマンが布陣し、四層に作られた観田台には三脚がぎっしりと並んでいた。
 棚田の向こうの玄界灘の正面に、太陽が沈むのはこの五月の一週しかない。棚田に水が張られ、鏡のような美しさに植えたばかりの苗が写し出され、モダンアートのごとき映像が浮かぶ、この数日の情景は棚田LOVEのカメラマンにとって、至上の被写体なのだ。
 玄海の農民の棚田と向かい合った汗と時間の長さが、目前に迫力のある風景として迫ってくる。

 荘厳な浜野浦の造形美を前に、安っぽく軽い「恋人たちの聖地」と記された標識がたっていた。

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2017年05月02日

軽井沢ニューアート・ミュージアムが面白い

軽井沢ニューアート・ミュージアムが面白い

 現代美術は死んだ、と言われながらも、一方では現代美術の流通に心を砕きいろいろなパフォーマンスを実行している場もある。軽井沢にはかって「現代美術の巡礼地」と呼ばれ、全国からアートマニュアを引き付けた「セゾン現代美術館」がある。が西武のパワーが落ち、新規のコレクション能力が無くなると共に、現代美術館から20世紀美術館になり変わってしまった。

 それに代わって登場したのが、東雲の交差点ちかく、ガラスの建物の「軽井沢ニューアートミュージアム」だ。開館以来、意欲的に現代アートにとりくんできたが、今シーズンの「アートはサイエンス」は現代美術を俯瞰して大変に面白い企画展だ。

 デュシャンの「アネミック・シネマ」に始まり、ジョーンズの「自動演奏するヴァイオリン」鬼頭健吾の「active galaxy」など芸術家と科学技術の出会いに始まり、領域の拡張は、土佐尚子の映像シンスタレーションなどテクノロジーを美術に取り込んだ環境作品、
 さらにナム・ジュン・パイクに始まったヴィデオ・アートの進化形、ヤン・ヨンリァンのデジタル・コラージュ「川流不息」の超高精細なニュー・リアリズムに驚く、科学が切り開いた"芸術への参加"では3DCGの制作チームdaisy による「HAKONIWA」や「Lazy Arms」など、観賞者もまた芸術家になれる今のインタラクティブ・コンテンツが楽しい。
 「Lazy Arms」は鑑賞者の動きに敏感に反応し、多彩な動きや色の変化を見せる。アームは予期せぬリアクションを示し、驚きや笑いの感情まで示唆する。まるで別人格をもち、鑑賞者とともに創作を共有しているかの如くである。

 こうしたインタラクティブな鑑賞者の参加に対して、「子供でも楽しめる」というプロモーションをしがちだが、こうした視点の宣伝は現代アートの道筋をますます判らなくして、迷路に向わせてしまうのではなかろうか。子供でも楽しめるかもしれないが、子供には理解できない現代アートの今日が重要だ。

 犬・猫・子供にたいする優しさは、大人社会と芸術の退行を意味している。

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2017年05月01日

軽井沢へ行って「ピース軒」のカレーを食べよう

軽井沢へ行って「ピース軒」のカレーを食べよう

 軽井沢にようやく本格的なカレー・ハウスが登場した。
今までも町の団体が集まって、「懐かしの三笠ホテルカレー」などあったが、味の極めがいまいちで名物にはならなかった。

 がここへ来て、ようやく本腰をいれたカレー・レストランの誕生である。
軽井沢駅から北へまっすぐ軽井沢本通りの中ほど、中華の名店栄林のまえにその店は誕生した。
 看板は「ピース軒」、この時代錯誤とさえ思える名前が嬉しい。戦後の匂いのするこのなまえには、庶民の暮らしの響きがあり、近頃流行りのフランス語などのよく判らない名称にあらず、判りすぎるほどの平易で俗な名前、オーナーのカレーにたいする思想がはっきりと現れている。
 記念写真といえば、何も考えずにピースをする若者たちの風潮は嫌いだが、日本人の平均的な感性はこの程度なのだろう。
 カレーという食物のポジションとして捉えた「ピース」の名称は、真ん中ずばりの豪速球だともいえる。気取った別荘族には懐かしの響きがある、地元族には気楽に足を運べる趣き、かるい観光客にはピース写メの喜び、それぞれのターゲットに焦点を合わせてなかなかのネーミングなのだ。

 メニューは中心のギタロー軍鶏のピースカレー、キノコどっさり野菜カレー、口どけポークとギタロー軍鶏のキーマカレー、青山養鶏場漢方卵のオムレツカレー、口どけポークのカツカレー、豚バラ肉の焼豚カレー、信州牛のステーキカレー等、それに新鮮120パーセント朝採れ野菜のサラダBARがついてくる。きりっとスパイスのきいたカレーの美味さは格別である。

 この夏、「軽井沢へいってピース軒のカレーを食べよう」 そこに本格カレーの楽しみがある。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする