2018年03月29日

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

 2018年5月31日(木)〜6月8日(金)パリ、エチエンヌ・ドゥ・コーザン・ギャラリー
 に於ける「星野和彦パリ個展」がJapan Moment 公式プログラムとして開催される。
 サブタイトルは「 そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演― 」と決まった。

日本を素材とした作品タイトルは先のブログで記したので、パりを映像化した作品タイトルを次に記します。
タイトルからのイメージで作品をご想像ください。

  「パリはあなたを忘れない」「とうとう見つからなかった春」「窓のかずだけ愛がある」
  「今は今 今夜は今夜」「月はいつでも誤解する」「あなたの心はもう探さない」
  「言葉は夜よりもなお悲しい」「人間はひとまず終わった もう愛することもない」
  「赤い風車よ 嘘の缶づめ」「つぎからつぎへつづくつぎ」「情欲と悪魔が窓をしめる」
  「つかのまに消えた情熱」「もうシアワセに用がない」「いきつくあてもない二人」
  「私の毎日はいま」「ジャンヌよ 神はあなたをだました」「消えてしまった昔」
  「生きた重荷が流れる」「もう遅すぎる 二度とあえない」「街はたえまなく しゃべりつづけた」

 後援 総務省 / 国土交通省観光庁 / 自治体国際化協会(CLAIR) / beyond2020

 会場 Galerie Etienne de Causans 25.rue de Seine 75006 PARIS / tel.01 43 26 54 48
星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月28日

ダブダブ・ルックの悪だくみ

ダブダブ・ルックの悪だくみ

  男に負けたくない! からだの線、素敵でしょ! これ以上太れない!
 種々雑多な女性の思いを引き受けて、足より細いパンツが流行した数年だった。すご細ストレッチ・パンツ、すご伸び・くせになる履き心地ジャージィパンツ、一度履いたら戻れないレギンスパンツ等々 これでもか、これでもかのファッション業界だったが、もうこれ以上は売れない、パンツが腐りはじめた、とばかり大きく舵をきった。
  つい半年まえまで、やみつきまちがいなしと謳っていたにもかかわらず、厚顔無恥な心変わりをするのがファッション業界だ。

 「大きいって気持ちいい」「ダブダブルックこそモードな貴女」「今っぽいゆるさ、らくちん」です。大きく呼吸してください。後ろはゴムで前リボン。こんなに楽なトレンド感あるボトムです。
 昨日まで短い脚に耐えてレギンスパンツをはいてきたのに、きょうからはベルト付きスカーチョとは、少々恥ずかしくもある。でもカタログのトレンド感のあるボトムスにはかなわない、と財布は確実に軽くなる。
 きょうからは大根足も隠れるし、いくら食べても判らない、のびのびと暮らせるわ、と思わず買ってしまうワイドパンツ、イージーパンツ、ベルト付きタック・パンツなのだ。

 流行産業ほど人の欲望に竿さしたいじましいビジネスはない。人間のアキル心情を煽ってつぎつぎと目先をかえていく。それに乗る人間もオバカなのだが、もっともらしく欲の谷間をついてくるカタカナのキャッチ・コピーにころりと騙される。
 資本主義経済と手を携え、メディアの宣伝力を利用した消費文化の担い手、それこそがファッションなのだ。
 とわかっているが、やっぱり「ダブダブふわふわは私にあっている」!!!!!!!
posted by Kazuhiko Hoshino at 05:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

卒業式はインサツの着物だらけ

卒業式はインサツの着物だらけ

 身近にこの春大学を卒業する娘をもつ女性がいた。たまたま話題が卒業式となり、式服の話となった。つい先日「晴れのひ」なる貸衣裳やが、成人式当日に倒産騒ぎを起こし話題となったが、近頃の女子大生は振袖をきるのかなと、つぶやいて一蹴された。
 99パーセントは袴姿だという。なるほど袴なる衣裳はもとは男性のものだし、男女同権の時代シンプルでいいですね、と言ったところ、とんでもない、清楚どころか、それはそれは華やかだというのだ。
 どうしてもイメージがわかない。宝塚の袴姿にみるごとく、シンプルで清潔なのが女性の袴姿ではなかろうか。そんなイメージは古い、古すぎると馬鹿にされた。

 平安時代の優美な袴を想像してはいないが、せめて明治初年、下田歌子の決めた華族女学校(学習院の前身)の海老茶色の袴姿や、跡見花蹊の跡見学校にみる紫色のお塾袴など、ハイカラさんにいたる女子袴姿をイメージしたが、すべて否定されてしまった。

 ネットで卒業式用着物カタログを見せられて、びっくり呆れかえった。袴の貸衣装は2万円ぐらいから10万円ぐらいまで。袴の長さは切袴などと言うのではなく、ブーツを履くか、草履を履くかで異なるようだ。袴は当然のごとく無地ではなく、ビンクや黄色やグラジェーション、紫や海老茶もあって小柄がついている。上の着物は腰丈で袴に隠れる部分は無地柄なし、見えるところは花花花の花園から幾何学模様の前衛風あり、大胆白黒ストライブありのびっくり仰天チンドン屋スタイルだ。これでは三波春夫も負けるし、未亡人サロンも負けるし、ミッツのゲイバーだって顔色なし。いつのまに卒業式はこんなファッションになったのだろう。

 ここには工芸として世界に誇るきものの文化はない。ほとんど99.9パーセントが、印刷のきものなのだ。伝統的な染も、織も、刺繍も縫も絞りもない。すべてはプリンターで済む印刷のきものだ。オリンピックを控え、世界に誇る日本のオモテナシや匠のしごとをプロモーションしているが、一方でこんなテイタラクでいいのだろうか。
 女子大生の卒業式は袴姿と喜んだのは一瞬のヌカヨロコビだった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

 オリンピックを機会に、スポーツに関わる人々の裏と表がみえて、なかなかに興味深い。
 なんといっても元森総理大臣と小池都知事のせめぎ合いは、裏が見えないだけに見応えがあった。競技場問題では、主催は東京都とばかり宮城県まで出かけてボート場の主催を持ち掛けたり、いろいろと小賢しい立ち回りをしたが、結局ことごとく小池知事の敗北に終わった。
 延長線上の豊洲、築地問題も結局あの騒動はなんだったの、といった都民不在のままの結論で、どうやらオリンピックのための取付け道路は間に合わないらしい、ということだけが、市井に伝わっている。

 競技ではレスリング協会のパワハラ問題があった。
 栄コーチを中心にした至学館勢力と日体大勢力のせめぎ合いという解説もあるが、レスリング協会副会長の谷岡郁子が登場するに及んで、レスリングを牽引する至学館の実情があぶりだされた。伊調選手のパワハラ問題が出発点だったにもかかわらず、相手の栄コーチではなく谷村郁子至学館学長がマスコミ相手の発言をしたことから、世間はあれ?なにか変?とおもうようになった。
 オリンピック四連覇で内閣褒章をうけた選手をつかまえて、あれ伊調は選手じゃないでしょう!パワハラそのままの発言をして、そうかレスリング協会は上から下までみんなパワハラ体質なんだと納得した。
 谷岡郁子の経歴をみるとハテナがいくつもつく。民主党の代議士時代には、かの鳩山由紀夫の推薦人となり、慰安婦問題ではアサヒ・ヘイトニュースの先兵となり、尖閣問題では日本が悪いと見当違いもはなはだしい左翼政治家だった。親の七光りで政治家になり、大学学長になり、副学長に吉田沙保里を据えたなんとも理解しがたい女性なのだ。

 オリンピックに限らず相撲の世界もおかしなキャラクターが跋扈する。
 貴乃花親方、俺は相撲協会を改革すると見栄をきって理事会に出席してもだんまりをきめこむ。内閣府に協会はおかしいと告発状を提出。折悪しく弟子の暴力がばれて、告発状はとりさげます。明日からは協会に協力して相撲道を正します。
 やってること、いってること、めちゃめちゃなのだがテレビ、雑誌は貴乃花を持ち上げ、独占インタビューなどとうたって、記事や番組を垂れ流す。どうやら本人もメディアも分裂症に陥っている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

中国人による中国人のための日本旅行

中国人による中国人のための日本旅行

 軽井沢でさえ朝から中国人の旅行客が多い。銀座へいくと中国人の数はもっと多い。香港にも上海にも買物目当てのブランドショップは沢山あるのに、何故日本に来るのか判らない。

 中国の人々はあまりタクシーに乗らない。駅前の貸自転車で街中を走り回る。 たまに相乗りの車から降りてくるのは、たいてい中国人が運転する白タクで、あちこちをまわる。
 買物は中国人が経営する免税黒店で済ます。薬、健康食品、お酒、家電、欲しいものはなんでもある。日本人が入ろうとすると、ここは予約制だからと断られる。
 一時銀座や秋葉の爆買いが話題をよび、大手のデパートがフロア全部に免税品を並べて商売をしたが、アッという間に店は閑古鳥がないた。
 在日中国人が、日本人に儲けさせてなるものかと、あちこちに中国人専用免税ショップを作ったのだ。住宅街の目立たないところに大きな免税黒店はある。

 食事も大陸沿海部の中国人経営の旅行代理店とネットワークを組んだ、中国人経営の日本料理屋で満喫する。北海道の毛ガニから大阪のたこ焼き、東京すし、静岡富士宮焼きそば、名古屋コーチン、さらに日本酒飲み比べセットまで、すべて揃っているが、どれもマズい。冷凍食品をチンしてだしているのだから当然である。若者はスーパーで弁当を買い、日本のスペシャル・ウーロン茶を手に店先のサービス・テーブルですます。

 宿泊は日本のホテルは高いので、中国人のもっているマンシヨン・民泊が人気だ。

 大陸の旅行代理店の手配で泊まった違法民泊と中国人経営の土産物屋、そして中国人白タク、中国人の水も漏らさぬネットワークに円はほとんど落ちなかった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月21日

中国人・韓国人に占領されたハーバード大学

中国人・韓国人に占領されたハーバード大学

 勉強しないのは、左翼政治家だけかと思ったら最近は日本人全体が勉強しなくなった、というニュースに出くわした。
 世界一ボストン・ハーバード大学のキャンパスでは、ほとんど日本人の姿はみない、というのだ。キャンパスは中国人と韓国人が多く、ここはシンガポールあたりのインターナショナル・スクールかと思うほどの様変わりで、とても世界一のアメリカ名門大学とはおもえないそうだ。

 昨年9月のバーバードの入学オリエンテーションに参加した新入生400人のうち、半分の200人が中国人、韓国人が60人、日本人はたった3人だったというのだ。もともとハーバード大学は世界中から生徒があつまるのだが、戦後一貫して増え続けていた日本人は、バブル崩壊とともに劇的に減り続け、ついに一けた台まで減ってしまった。

 背景はバブル崩壊後、企業はコスト削減のため徹底的に金の使い方のスリム化を計り、当然のごとく社費留学が減ったこと、さらに優秀な社員だからと送り出しても、帰国後にあっさりと会社を辞めてしまうケースが多く、資本側が社員を育成しても無駄であるという風潮がひろがつてしまった。つまり企業にとってなんの魅力もなくなってしまったということだ。
 国旗も国歌も歌わない日本人が、企業にたいするロイヤリティまで失ってしまったということか。

 個人主義、80年代からのミーイズムの跋扈が、ハーバード大学のキャンパスから日本人の姿を消し去ってしまった。
 習近平皇帝とともに中国人の世界進出がはじまっている。

posted by Kazuhiko Hoshino at 15:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

月桂冠のオマケに電池がついてくる

月桂冠のオマケに電池がついてくる

 オマケといえばグリコに決まっていた。
 初めての大阪で心斎橋からグリコの電飾看板を仰ぎ見たときの感動は忘れられない。幼い時のグリコの思い出が次々と浮かび、不覚にも涙を流しながら電飾看板と対峙した。

 オマケへの関心はすっかり薄れ忘れていたが、数年前突如雑誌の宝島が、本の中味ではなくオマケで売っているというニュースに接し、久しぶりにオマケの文化について考えさせられた。タカラジマでは、オマケの概念をこえたホンモノをつけて売っていた。
 スタッフは雑誌の編集に携わりたくて入社したにもかかわらず、オマケのバックやスカーフの買付に苦労しているという記事が週刊誌を賑わせていた。

 この度は「お酒のオマケに電池が付いてきた」という話だ。2リットルの月桂冠に「富士通アルカリ単三乾電池 日本製2本」ついてくるという話だ。お酒と乾電池とは意外な組合せで担当者は「日常生活であったら便利なもの、そしてお酒パックに貼りつけることできるコンパクトなもの、という観点から検討の結果乾電池になりました」

 と、ここで事務所のスタッフから反論がはいった。「月桂冠の広報担当は時代をしらない。今時代は単三ではなく、単四の時代だ。家電用品もすべて小型化して使われる乾電池も小さくなり、乾電池の需要も単三から単四に移っている。月桂冠もせっかくの付録ならば単四日本製でなければならない」というのだ。
 なるほど男はやっぱり世事に疎いとあっさり合点した。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

軽井沢駅に遊園地はいらない

軽井沢駅に遊園地はいらない

 北陸新幹線の一見立派な駅舎のかたわらに、大正・昭和の香りのする旧軽井沢駅舎がある。
 町は保存し、町民に開放しないことで、この駅舎の佇まいを守ってきた。ところが2、3年前どうしたことか、しなの鉄道に貸し出すことになった。

 経営不振のしなの鉄道は、この軽井沢の玄関にある旧駅舎を中心に楽しい駅ナカに一新して23日に全面オープンする。
 構内に子供向け遊具をおき、森の小リスキッズステーションin軽井沢を整備し、一周120メートルのミニトレイン森のコ小リス電車を一回200円で走らせる。野菜や果物を売る小リスのマルシェやら、プラレールであそべるようにする。社長は「家族3世代が楽しめる懐かしくて新しい駅になる」と胸をはっているが、冗談もそこまでにして欲しい。

 軽井沢の顔になる駅に子供目当ての遊び場を作って、軽井沢のイメージを悪くしようと企んでいるとしか思えない。軽井沢は本来大人の保養地であり、文学の里であり、自然とともに静かに時を過ごす別荘地の筈である。その軽井沢の顔に子供遊園地を作るとは、世間の風潮に竿さした悪い趣味だ。どこかの邪悪な代理店が、アウトレットの家族連れに眼をつけ、子供需要の必然性をもっともらしく理屈の通った企画にまとめ上げたのではないかと、疑いたくなる。

 しなの鉄道は開業20周年の記念事業として、4億円を投じて作ったそうだが、軽井沢のイメージをさらに安っぽくする企みであることに間違いない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

GINZA FASHION WEEK のいま

GINZA FASHION WEEK のいま

 2011年に始まったGINZA FASHION WEEK もこの春で14回となった。当初は東日本大震災で銀座に閑古鳥がなくようになり、その危機感から銀座三越と松屋銀座が手を取り合って始めた企画だった。二回目には銀座通りをクローズしてGINZA RUNWAY を実現し大きな反響を呼んだこともあった。
 やがて松屋と三越に和光が加わり、東急プラザ銀座とGINZA SIX が加わって一見パワーアップしたかに見える。

 今春のテーマは「さくら」、時は春、桜咲く日本だし、春のピンクは高揚感もあり、世界に発信するギンザ・ファッションにふさわしい、というのだが、はたしてそれだけ起爆力のあるテーマだろうか、はなはだ疑問の残る処である。

 50年前、銀座にショー・キャバレーやナイトクラブが全盛だった頃、春ともなればどこもかしこも桜桜桜、安っぽい桜の造花が入口までこぼれて飾られ、4丁目から8丁目まですべて桜だらけという時代があった。酔っぱらい達は喜んでオネェチャンの肩に手をまわして浮かれていたが、庶民の桜は靖国神社、半蔵門、隅田堤に上野の山と決まっていた。
 銀座の桜は夜桜で、ちょっと助平なさくらだったのだ。

 時代が回ってファッションが桜を気にするようになった。
 三越は上質な日常を創造するとかで、桜にそって創りこむそうだし、松屋は全館ピンク一色でピンク×グラフィカル、和光は咲く和光スタイル、東急プラザはあなたが咲く春、ブルーミングデイズ、GINZA SIXはプレゼンターマインドのアピールとよく判らない。
 婦人画報デザインの共通トート・バックとやらを買うと、どのデパートでもお菓子や小物をくれるというのだが、このトートバックのデザインの幼なさといったらない。総レースのワンピースを娘に買う程度の母親ならば喜ぶかもしれないが、まず今時の女性には無理な野暮なデザインである。デパートを回ってプレゼントをせしめた後は、ユニクロやGUにいって服をかって帰る、といった今時B層のためのイベントにならないよう祈るばかりだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす

 東京駅を通ると丸の内南口の本屋さんに立ち寄ることが多い。約束の時間調節に本屋ほど、適切な環境はない。本屋さん側の迷惑を考えると、30分は過剰だが、10分、15分は許される。お茶をしながら本の読めるコーナーまで用意されているのだから……。
 最近その本屋さんの店頭で見つけた佐光紀子さんの「「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす」というタイトルに眼がとまった。

 日本の女性は家事をしすぎる、そのうえ家事をきちんとしすぎる、それがいけない、それが日本を滅ぼすというのだ。表紙を見たときには、洒落か逆説的な言い回しかと思ったが、すこし読み進むと正気であるということがわかった。丁寧な暮らしや、家事をきちんとこなすこと、いきとどいた子育てをすることを、伝統的に女性労働としてきたこの国の歴史が悪い。日本の常識は世界の非常識と断じた新書であった。

 アメリカでは、アメリカでは、が連発されるが、なかにはスウェーデンではというのもあった。スウェーデンでは「専業主婦というのはすでに絶滅危惧種です。少数存在する専業主婦の人たちも表にでようとはしません。」専業主婦はむしろ恥である、といった論調。
 コンビニ弁当とお母さんの手作り弁当だったら、圧倒的にお母さんの手作り弁当がいいと考える人が多い、それこそが日本の後進性と論じている。政府が推進した「早寝早起き朝ごはん」国民運動などもとんでもない。ウェブサイトには、コーンフレークに牛乳をかけたり、トースト一枚にコーヒーという写真は一枚もない。骨太納豆和え、アスパラの味噌汁、煮干しで出汁といったレシピが提案されている。朝ご飯をちゃんと食べている子供は成績がいいといったデータまで提示している、と非難している。
 この国では母の家事スキルは科学的な部分もあるが、感情的に合理化されている。もういい加減に眼をさましたら、という本であった。

 クリスマスからお正月、成人式にバレンタイン、お雛様、菖蒲の節句、鯉のぼりにハロウィン、あまりに行事が多すぎる。いっそ全部止めたらと筆者はいうのだが、果たして皆さんはどう考えるか、部分的には賛成もあったが、殺伐として文化も伝統もない毎日がやってくるような気がする読後感だった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする