2017年08月22日

いま「海の駅」が注目されてる。

いま「海の駅」が注目されてる。

 道の駅ならぬ海の駅が160駅もあることを知らなかった。
 道の駅はどこへ行っても、野菜市場が主役で片隅に簡易食堂がついている、というのが定番になっていて、ごくまれに東京のお笑いをよんでイベントなどをやっている。
 軽井沢にも発地市庭という道の駅がある。発地地区という農業中心地に作られたのだが、地元農協との話し合いが不調となり、南佐久のほうの業者が乗り込んで運営している。地元の農産品を売ったり、地元民に商品流通のノウハウを体得してもらったり、道の駅の役割はあると思うが、町民の税を投じて立派な施設をつくっても、他町村の業者にあっさり渡して帳尻合わせをするあたり、いかにもの軽井沢である。

 ところでいま「海の駅」が注目されている。瀬戸内から九州にかけて多くの海の駅があるが、首都圏にも千葉に優れた海の駅がある。「きょなん・ほた海の駅」である。
 お約束の海鮮市場には房総の海の幸が並んでいる。お土産には事欠かない。
お食事処ばんやには、定番の握り寿司からお刺身定食、郷土料理、珍しくもクジラの陶板焼きがある。のんびり食べていたら、シーシェパードに見つかって狙撃されないか、と心配しながら食べるクジラも嬉しい。
 温泉もある。ばんやの湯と云い炭酸泉の美人に効く風呂である。海の駅では沖まで行って定置網漁の体験見学もできる。
 遊覧海中透視船というフナ底が透明の覗き遊覧船まで整えてある。子供たちの夏休み日記に絶好の素材なのだ。
 ディズニーランドよりはるかにコスパに優れた海の駅なのだ。

 船やヨットで訪れても40隻までは停泊できる。日帰り30ftまでは2000円、50ftまで3000円、それよりおおきくなったら5000円、と大変リーゾナブルである。宿泊もできる。
 道の駅はそんなに遊べないが、海の駅はいろいろに楽しめる。いま政府が必死になって推進しているIRのカジノへいくより、海の駅にいったほうがよほど健康で楽しいと思うが如何。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

絶望の過保護のカホコ

絶望の過保護のカホコ

 21歳にして …… バイトしたことない。
          一人で洋服選べない。
          いつも送迎付きで駅まで歩いたことがない。
 わが家にも同じ条件の人間がヒトリいるので、興味をもった。

 日本テレビの新水曜ドラマ、「過保護のカホコ」である。
 親離れできない、子離れできない、ありがちの三人家族のものがたりだ。日本テレビの水曜ドラマは、風刺力、皮肉力、において群を抜いているので、TBS系のいかにものドラマぶつた作品よりずっと気楽に見ていられる。子供もペットも女性もみな過保護に慣れきったこの国の心臓部を揶揄するブラックなコメディである。

 奇蹟の純粋培養人間に扮する高畑充希、下手なのか上手いのかよく判らないが、まあ印象に残る。
 娘への溺愛がすべての黒木瞳、愛情はにじみでていないが、困惑のさまは伝わる。
 保険会社に努める父時任三郎、娘が思い通りにならない父親の立ちすくんだ孤独が似合う。
過保護に気がつかない過保護だらけの家族の行き違いが笑わせてくれる。

 クスッと笑ったり、ブラックだったり、遊川和彦の脚本はノエル・カワード風な喜劇に仕上がっている。
 抗菌ビニールハウスから、雑菌だらけの世間に飛び出した、過保護のカホコに浴びせる
「お前みたいな過保護が日本を駄目にする!」言い放った作者の意図は、果たして視聴者に伝わっただろうか。
 ブラウン管の前には、過保護な絶望が寝そべっている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

インバウンド向け夜のエンターテイメント

 インバウンド向け夜のエンターテイメント

急増してきた海外の観光客、2020東京オリンピックに向けて、芸能界の一部のテンションが上がっている。海外の旅行代理店からオファをうけ、圧倒的に不足しているのが、夜のエンターテイメントである。
 旅先で夕食後、衣裳を着替えてオペラ・ハウスにでかける、劇場で芝居をみる、ナイトクラブのショウを楽しむというのは、先進国ではごく当たり前のライフスタイルだが、この国はこの習慣にとぼしい。
 歌舞伎座はあるが、なかなか切符が取りにくい。オペラハウスも同じこと。バブル前にはレビユウを上演するクラブ・シアターが結構あったが、ほとんど閉鎖してしまった。夜の東京には全くと言ってイイほどそうした場所がない。東京でブルーノートのジャズを聴きたいと思わない。AKBしかり、ジャニーズしかり、というわけでいちぶ芸能界が盛り上がっている。

 最右翼はDRUM TAO …… 北米44都市、ヨーロッパ43都市、エジンバラ芸術祭などにも出演し、現在22カ国400都市を巡演し、圧倒的な評判をえてきた和太鼓演奏グループである。
 DRUM TAO は2000年に、九州阿蘇くじゅう国立公園内に大小3ッつの稽古場、トレーニング・ジム、スパ、ゲストハウス、などを備えた複合施設「TAOの里」を建設、スタートし、2009年には2000人収容の劇場まで創ってしまった芸能集団なのだ。
 男女合わせて33人のメンバーは、ひとり6畳ほどの寮に住み、毎朝5時半からのレッスン生活をおくっている。打物、大太鼓、小太鼓、〆太鼓、篠笛、琴、扇子、太棹三味線、殺陣、踊り、サーカス、幡などすべての技術をマスターし、そのうえ演劇的要素が加わる。裸の男性美と優雅な女性美の交錯した空気のなかを、打撃群のダイナミズムが溢れる、外人にみせるエンターテイメントとして最上の舞台だ。

 大阪ではOSK日本歌劇団がJTB西日本と提携して、真田丸やSAMURAIをテーマにしたレビュウを作っている。
ハワイにいつたらフラ、バリ島ならケチャ、パリならカンカン、といった世界の名物に対しなにが出来るか? 日本には世界一の民俗芸能があり、KIMONOがある。都をどりも大いなる財産に違いない。オリンピックに限らず、インバウンド用のエンターテイメントについては、日本のプロデュース力を結集できるか、どうかだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

暮らしのものさしをたどる

暮らしのものさしをたどる

 初めての結婚の頃、武蔵野の小さな家を民芸風なインテリアでいっぱいにしていた。
椅子やテーブルは当然のごとく、松本中央民芸にオーダーし半年近くまって破屋に運び入れた。ベットも棚もすべて松本民芸だった。ランプはイサム・ノグチの障子紙をデザイン化したシェードを使っていた。
 梁に貼られているお札は、京都阿多古の火之要慎がぜひもの、そこに金閣寺の破魔矢、祇園さんの蘇民将来などが雑多に並べられ、隙間は東北の伝統こけしで埋められていた。こけしは会津福島から白河、蔵王、鳴子、秋田木地山まで数十人の工人を訪ね、直接工人から分けてもらったり、尺前後の製作を依頼して忘れた頃、送られてきた。自慢のコレクシヨンだつたが、結婚の破局と共にすべて牛込の備後屋でオークションしてしまった。

 広尾のマンションでは、えせロココな室内装飾とベネチヤ絨毯で、パリ生活の残渣を楽しんだ。
宝塚の花組やら月組の東京公演に際して、紀尾井町の松緑さん宅のパーティが終わると、次は広尾の星野さんちのパーティがお決まりだった。松竹少女歌劇の生徒達ともしばしばパーティをもった。
 肉は銀座ローマイアから、寿司は六本木の福寿司、サンドウィッチは赤とんぼ、オードブルはプリンス、蕎麦は永坂更科、そしてアルコールといったメニューが定番だった。梓みちよからジャニーズ、野際陽子さんまで現れて、バブリーな空気が流れていた。
 広尾のマンションにはお茶の小間と広間もあった。茶道具が溢れ、反比例して結婚も破局した。

 再婚、軽井沢に住むようになって、生活はだいぶシンプルになった。家具類も北欧風なものに変わり、白壁にはシャガールやピカソのデツサンがある。ガントナーの白い橋、ミロとプレヴェールの合作、池田満寿夫の版画、そして平松礼二の赤い不二がちいさく控えている。
 なによりの御馳走は、妙義連山から八ヶ岳、蓼科高原、北アルプスまでの眺望を伴ったピクチャー・ウインドーだ。空気と涼しさに恵まれた軽井沢だが、近年の異常気象ではいつまでもつことやら、高原のリゾートはいま危機に瀕している。 リスも野鳥もだいぶ逃げてしまった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 08:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

プリンス・ホテルの今むかし

プリンス・ホテルの今むかし

 プリンスホテルとの付き合いは長い。
 ホテルが赤坂と麻布の二つしかない時代からの付き合いだ。テレビ朝日(当時NETテレビ)と麻布プリンスホテルが近かったため、なにかと世話になった。森繫久彌さん初出演のとき、スタジオ入りが遅くれると困るので、朝寝坊防止役の美しき女性とともに泊まってもらったのも麻布プリンスだった。
 中庭のプールサイドでショウを演出したこともあった。ホテル寄席と銘打って、若き日の立川談志が高座を務めたこともあった。談志は生まれて初めてのホテル出演と異常なテンションで、芝浜を演じた。結婚式も麻布で挙げたし、東京プリンスのマグノリアのショウを演出していたこともあった。

 当時窓口のの大島榮壽さんは、その後のプリンス拡大路線とともに前線で腕をふるい、東京、高輪、日光、箱根、京都宝ヶ池、赤坂、ハワイと支配人を務められ、退職後は鎌倉で余生を送り、いまでも交友関係を保っている。決して大声をださない小声のジェントルマンである。

 軽井沢のプリンスも思い出深い。コテッジが初めてできたとき、ひと夏をプリンスのコテッジで過ごしたこともあった。隣りの晴山ホテルが西館となり、ゴルフ場はつぶされてアウトレッドになった。アウトレッドの初めての冬、20軒たらずの店が雪のなかで灯りをつけて客をまっていた。このアウトレットいつまで持つかと心配したのが、うそのようにいまでは軽井沢の顔になった。一日では回り切れない。今年の夏はここまで、また来年きましょうと、女性の所有欲に答えている。

 相方が71歳の誕生日を迎えた。たいして芽出度くもないが、何処かで食事をしようということになった。今度軽井沢の東館が全面改修され、あらたに鉄板焼きのサロンができたので一度ご来臨をと、社長が言われていたのを思い出し、「森」と名付けられたそこに予約をいれた。
 定刻に訪れ名乗ると丁寧に案内されたところまでは良かったが、鉄板焼サロンのドアのまえで、少し待ってくれいま確認してくる、というのだ。そのフロア担当の女性は予約した客のリストを持っていない、大衆食堂なら当たり前のことだが、何万と採る高級レストランは必ず「お待ちしてました。○○様、どうぞこちらへ…」が当たり前、いま確認してくるから待てというのは、珍しい。まだ新規開店して二か月では教育に手がまわらないのか、と同情した。
 帰宅後、相方のスカートのあちこちにシミが飛んでいた。となりの子供がジュースのコップを飛ばし派手にコップをわった。その場では大丈夫ですか、濡れてませんか、と対応してくれたが、大理石のテーブルのかげでよくわからなかった。帰宅後明るいところでチェックして初めてシルクのスカートに付いたシミに気が付いたのだ。
 ためらったが、やっぱりこれは☎すべきとの結論にいたった。そこでまた驚いた。お客様同志のことであるから、ホテルは関係できない、というのだ。僅かふたつのテーブルしかない高級鉄板焼きサロン、隣りの客との間をとるか、幼児の騒しさをきっちりとコントロールすれば、第三者に迷惑をかけることはない、そうしたマネージメントにかんする責任感は全くなく、この感覚では高級店になれなくて当たり前、やっぱりプリンスは三流ホテルに落ちたね、といわれるのだ。
 社長も支配人も苦労人でいい人だが、現場レベルがマニュアル頼みでは苦労するだろうな、の思いを強くした。

posted by Kazuhiko Hoshino at 15:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

手元供養という墓いらず

手元供養という墓いらず

 ようやくお盆もおわり、大文字の送り火も無事おわった。お盆って夏休みのこと? 若い人たちの盆離れはますます進んでいる。

 高齢化も進んで、友人知人の法事が日常化してきた。残された子供たちIT世代は、なんでも簡単・便利な生活スタイルをめざすので困惑することが多い。ついこの間まで、墓を何処にするか、故郷が良い、いやそれでは金もかかるし、お寺さんも面倒くさいというので、町のまんなかのITマンション墓地や、散骨、樹木葬など自然葬が話題になっていたが、それもどうやら古いらしい。

 いまは墓など用意せず墓離れが進んで、手元供養、自宅供養に関心が集まっているそうだ。
 その方が何時も常に故人を感じることが出来る、混雑のなかをお寺さんに通わなくても間に合う、そしてなによりも経費を大巾に抑えられる。お葬式の費用ほど判らないものはない。お坊さんのお支払はクイズより難しい。コスパにすぐれているのは、手元供養に限るというのが人気のもとのようだ。

 そこで 手元供養 一律 2万1千円(税込み) 24時間365日 いつでも受付、という商売が登場してきた。あまり利益を見込めない、そこで「骨壺」をお買い求めいただくという寸法である。

 骨壺.COM を覗くとあらゆる形、あらゆる素材、あらゆるデザインの自宅供養向きの骨壺がそろっている。
 九谷焼の豪華絢爛仕様、白磁蓮花のクラシック型、石造りの四角壺、虹珠型、京焼透かし彫の鳳凰、民芸手造り風、大理石に見える骨壺と何百種の写真がのっている。お値段も4.000円ぐらいから10万ぐらいまであって選択自由である。
 かくして墓いらず、マンションの棚に置かれる「都会の骨暮らし」が待っている。


posted by Kazuhiko Hoshino at 07:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

パーヴォ・ヤルヴィの指揮棒

パーヴォ・ヤルヴィの指揮棒

 パーヴォ・ヤルヴィのダフニスとクロエを聴いた。興奮した。
 NHK交響楽団が何十年ぶりに迎えた主席指揮者ときいていたが、正面からまともに聴いたことはなかった。
21世紀的ハイブリット指揮者と、どこかのレコード会社が付けたキャツチに踊らされるのは如何がなものかとしばらくスルーしていたが、ダフニスとクロエにおける繊細でニュアンスにとんだ表現に接し、圧倒されたのだ。

 父は偉大なる指揮者、弟も指揮者、そして妹はフルートという環境に育ち、エストニアからニューヨークに渡り、カーチィス音楽院をでた後、かのレナード・バーンシュタイン、オーマンディ、ドラティ、ショルティ等に師事したのち、ロサンゼルス・フィルハーモニック、シンシナティ交響楽団の首席指揮者についたのち、ドイツ、カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとのベートーヴェン全曲集で一躍有名ブランドになったことから、さぞ華やかで大仰な指揮をやるかと思ったらとんでもない、端正で温かい、切々とした指揮ぶりにすっかり参ってしまった。
 ヨーロッパで、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、バイエルン、パリ交響楽団などに迎えられ客演している意味に合点がいった。

 若い指揮者育成のための公開マスタークラスでは、ビートを刻むな! 表情を出せ! テンポを合わせる指揮はいらない。何を際立たせるか、なにをつたえるか、表現したいのはなにか! 譜面を指揮するな! 音楽を指揮しなさい! といちいち合点のいく指導を丁寧に繰り返していた。
 東京芸大、東京音大、桐朋学園大、上野音大などで指揮者を目指して勉強中の学生のなんとつまらないことか。無表情でスコアを指揮するこの若者たちに明日はあるのか、はなはだ疑問が残った。

 音楽に限らずバレエなどでも、日本からきた生徒は技巧だけで表現不在と言われている。テクニックを身につけたら世界に通用すると錯覚しているのだ。踊れる技術と身体条件は100パーセントあることが必要条件、そのうえで解釈力と心理的表現ができなければ、芸術家としての明日はない、というのが世界の常識なのだ。

posted by Kazuhiko Hoshino at 12:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

文学賞は田舎に生まれる

文学賞は田舎に生まれる

 今シーズン芥川賞・直木賞の受賞作家が、ともに北海道にかかわりがあったというので話題になっている。
 最近の文学賞の作家たちはますます地方出身者が増えている。都会からの文学者は衰退のいっぽうだ。たまにコンビニを舞台にしたり、富裕層の音楽に素材を求めた文学もあるが、メガトレンドにはならない。 鉄筋とコンクリートで渋谷の谷間に巨大な町を創ったり、世界のハイブランドを引っ張ってきて観光客目当てのモダンな商業施設を目の当たりにしても、そこに文学の萌芽はあまり見当たらない。
 そこに見えるのはウォール街の金勘定で、いくら見つめても人間の営みが見えない。
 都市はマンガ、劇画、アニメなどコミックの供給源となり、田舎は文学の基地となりつつある。

 かつて鎌倉には著名な作家たちが集まっていた。鎌倉の魅力は、頼朝より川端康成であり大佛次郎だった。鎌倉に住まいをもてない作家たちは、中央沿線に集まった。丹羽文雄、井伏鱒二、太宰治らが暮らしていた。
 がいまでは手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫らの椎名町トキワ荘を起点に、西武池袋線にとどめをさす。練馬区はアニメの町を自ら名乗り、大泉には「ジャパン・アニメーション発祥の碑」がある。「臨死!!江古田ちゃん」も懐かしい。この国のコミック作家の80%は西武池袋沿線にいるとさえ言われている。
 田舎から大都市に焦がれてきた人達によってつぎつぎとコミックが産みだされている。

 今期二大文学賞のふるさとが北海道になった。平成29年上期の芥川賞「影裏」の作家沼田真佑はふるさとを小樽といっている。小樽運河には歴史の水が流れている。「月の満ち欠け」を書いた直木賞の佐藤正午は北大に5年半いたという。ポプラ並木をいただくあの楽園で助走していた。
 前回の芥川賞山下澄人も富良野出身だし、直木賞の桜木紫乃も釧路出身だ。池澤直樹も藤堂志津子も札幌にいる。北海道の悠然とした自然と大気のもとで、人間の苦悩と喜びを紡いで見せた。
 もはや人間を考えるのは、田舎でしかできない行為なのかもしれない。

posted by Kazuhiko Hoshino at 12:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

冷やし中華始めました

冷やし中華始めました

 街角に「氷」という四角い幡がひらめいていると、真夏の暑さのなかでホッとする。
 「氷」という文字が涼しさを届けてくれる。その傍らで稚拙な絵のガラス風鈴が、チンチンとなってくれていたら申し分ない。 ビルの谷間の小さな楽園である。

 「氷」の幡に対抗できる季節の景色は「冷やし中華始めました」。
 冷やし中華意外にもいろいろなメニューがあるのだが、店頭に長い幡まで出して告知してもらえるのは、冷やし中華しかない。冷やし中華は特別待遇なのだ。調理面からいえばこんなに簡単なメニューはなく、プロの手を煩わせることなく素人のバイトのおばちゃんにもできてしまう。

 少し固めにゆで上がった麺を皿にもり、ハムまたはチァシュウの千切り、錦糸卵、きゅうりの細切りなどをもり、頂上に紅生姜を載せて、だし汁を掛ければ出来上がり、真夏の麺料理として日本中で食べられている。練りからしを添えるのが定番だが、最近ではマヨネーズを添えるむきもある。
 祇園町では八坂神社のしるしと同じなので、きゅうりの乗った冷やし中華はたべない。

 北海道では冷やしラーメンと呼ぶ。岩手では冷風麺、関西は概して冷麺だが、韓国の冷麺と区別するため中華風冷麺と呼ぶ。韓国では中国冷麺、中国では日式冷麺となる。

 上海で食べられていた、もやしと細切り肉を冷やした麺にのせた涼袢麺と、日本のざるそばにヒントをえて、1933年神田神保町の揚子江菜館に始まったと伝えられる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

楽しい不倫まつり

楽しい不倫まつり

 芸能界の不倫報道ほど、つまらないものはない、と思ってもゲスの興味はどうしてもそれに引かれる。
 ワイドショウのテーマとしても、天災、人災、火事、死亡、結婚、葬式、の間に入って「不倫」はかなり上位にランクされている。旅、グルメ、ファッションなどよりもはるかに重要なコンテンツなのだ。
 不倫は犯罪のごとくコメンテーターはもっともらしく喋るが、これだけ絶え間なく続くのだからもういい加減認知して報道しない、という選択肢もあるが、どうしても不倫を悪と決めつけて偽善者ぶるのが、視聴者に受けるとカン違いしているコメンテーターが圧倒的に多い。
 局の幹部も視聴率さえ取れればすべて良しと、不倫報道歓迎である。

 今年は川谷絵音のゲス不倫に始まり、あらゆる様式の不倫に恵まれた。
 今井絵里子の略奪不倫、渡辺謙の逃避不倫、仲間由紀恵の三年目不倫、松居一代のサスペンス不倫、宮迫博之のオフホワイト不倫、最後に斉藤由貴の手つなぎ不倫、にわか政治家の秘書不倫なども加わって、不倫の花盛りだ。不倫はテレビの視聴率とリンクしたマッチポンプになつている。お蔭で文春砲などという新たなメディアも登場して話題となった。

 …はやくこないかな しずかな不倫のとき
 …はやくこないかな 楽しい不倫暮らし
 ジャック・プレヴェールは、嫉妬のはての楽しいお葬式を期待したが、不倫については書かなかった。
ユーロビジョンにもフランスのテレビにも不倫の報道はない。大統領が毎夜エリゼー宮から抜け出して不倫に精出しても誰も何も言わない大人の国なのだ。
 モラリストっぽく喜んで報道するのは、アメリカと日本ぐらいだろう。オバカと判っているトランプ大統領がアメリカ・ファーストといえば、小池百合子が都民ファースト、ニッポン・ファーストと応じる程、この国の民度はアメリカ並みなのだ。


posted by Kazuhiko Hoshino at 14:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする