2019年04月16日

信州の困った弁護士

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 長野県はいわゆる左派、当世風にはリベラル左派の牙城になっている。
 永年訳の分からない羽田王国という曖昧さが支配してきたという風土の特徴でもある。今回の県議選でようやく自由民主が過半数をしめた。が安心はできない。保守に論客がいない。左派と正面から四つに組んで論破する論客がみあたらない。目先の地元利益とだけ結びついた保守ではどうにも心細い。
 ジャーナリズムにはなんでもアベが悪い、アベ政権のあいだは憲法改正絶対反対、安保反対、モリカケすべて安倍のせいという、マッカーサー憲法大好き奇妙なリベラルが揃っている。

 ここ何年かの政界をみても、羽田孜を先頭に、田中康夫、猪瀬直樹とどうみても三流の困ったちゃんしか産んでこなかったのが長野。となりの群馬はなにはともあれ、日本の政治に大きな影響をあたえた中曽根、福田、小渕の三総理大臣を中央政界におくりこんできた。

 平成が終わり、令和になる今、長野からまたまたオバカな声が上がった。
松本城の近所に事務所をもつ弁護士の山根二郎なる男である。
「元号などというものは基本的人権を侵害しており、耐えがたい苦痛だ。元号制度は国民が有している連続した時間を切断し、憲法13条が基本的人権として保障する個人の尊厳すなわち人格権を侵害するものだ。われわれは世界時間を生きている。」という主張なのだ。
 こんな男のために貴重な税金を使って裁判を開らかなければならないとは、民主主義とはほんとうに厄介なシステムだ。訴訟にかんする事前審査でももちださなければ、とてもやってられないという極右を育てる温床をつくっている。

 東大法学部に巣食う反日日本人の高木健一等と同じ、日本を破壊しようという工作員なのかもしれない。少々めんどうだが元号というシステムは、日本固有の文化遺産だというふうには考えられないのだろうか。キリスト教の西暦にコンプレックスをもつ困った信州人の一人だ。
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2019年04月13日

仏教徒のためのキリスト教結婚式

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 オルガンの音が妙に甲高くひびく。司祭が中央に陣取り、三人のクワイアが歌う。
 教会はさすが帝国ホテルだけあって、まんなかにステンドグラスが走り、その中心に木製の十字架が浮いている。全体は木でできているが、格調のあるデザインで落ち着く。あちこちにあるウェディング業者のつくった教会のように、これみよがしのところが無いのがとてもいい。

 新郎は甥である。慶応大学を卒業してかれこれ20年近く、もはや結婚はしない独身主義とおもっていたが、実は密かに企んでいたらしい。
 新婦は神戸の甲南をでた今流行の小顔の美女であった。初お目見えの折、立ち話で生家の宗教は浄土真宗と伺っていた。広島といえば安芸門徒の中心地なので、ついそんな話をしてしまい、名物牡蠣舟のことも、原爆ドームのことも、千年の宮島のことも触れずしまいだった。がホットな話題は広島カープの赤ヘルだということを知らされ、自らの古さを恥じた。

 古いついでに思い出したのは、筆者は今当たり前のように全国にあるホテル・ウエディングの始まりに関わっていた。戦後初めてホテルで結婚式をしようと発議したのは、新橋の第一ホテルだった。呼び出されどのような演出にすべきかいろいろと試行した。そこから火がついてプリンス系ホテル、そしてオークラ、帝国とひろがり、あっという間に結婚式と披露宴は全国のホテルの営業メニューになった。
 馴初めの映像を上映する、両親への花束贈呈、新婦感謝の手紙で涙を誘う、みんなホテル・ウェディング初期に考えた演出である。

 クワイアの讃美歌を聞きながら、不思議な感興に襲われた。いまこの会堂のほとんどが異教徒、クリスチャンはいない、新郎は仏教徒だし、新婦は門徒、同席者は浄土宗、日蓮宗、禅宗等々、恐らく牧師だけがクリスチャンなのだ。そのクリスチャンの説教を素直に聞いている日本人、隠れキリシタンのあの頃とあまりかわっていないのではないか。日本の常識、世界の非常識なのだ。
 視点をかえればキリスト教は異教徒のためへの奉仕を装って商売をしている。それもこれも第二次世界大戦に負けなければ、こんなへんてこな結婚式は実現しなかったろう。
 戦争に負けたとき日本中のホテルに聖書がくばられてキリスト教による宗教侵略が始まった。70年たったいま、結婚式から仏式も神式も追放され、マッカーサーの意図が見事に実を結んだのだ。
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2019年04月11日

ぶぶ漬けの贅沢

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 お茶漬けのことを京都では「ぶぶ漬」という。
 祇園界隈にはぶぶ漬け屋さんが多い。
 まず昔からある花見小路の「十二段家」さん、ここはしゃぶしゃぶが有名だったが、地元のひとはぶぶ漬を食べに行った。
バレンタイン・デーにはハートの形の千枚漬けのある西利さん、今様デザイナー建築の西利ぶぶ漬け家が四条大路に面してある。
 川勝さんは八坂神社の石段下にある。それぞれに微妙に味付けが異なり、それぞれのファンがついている。

 夜、しっかりした懐石料理などいただくと、あくる朝はさっぱりとお茶漬けなどがほしくなる。
 寝ぼけまなこで川勝のぶぶ家に脚がむいた。竹のれんの音に迎えられて席につく。四角い皿に盛られた季節の漬物が楽しい。
聖護院かぶらの千枚漬けはまだ残っていた。まつたりとした昆布の味が歯切れのいいかぶらに乗って絶妙なバランスをたもっている。
 壬生菜はぴりっとした辛さとシャッキとしたはざわりが美味しい。口の中に春のたよりがひろがって季節が広がるのは菜の花漬け。
しょうがも玉ねぎも、こかぶもみょうがも、みな季節をのせて膳にひろがる。漬物11種のシアワセに大往生なのだ。添えられた赤だしも
深くて美味しい。

 信州では漬物といえば、野沢菜ぐらいしかおもいだせないが、京都の365日にとうじょうしてくる漬物は軽く30種はこえている。
 ウリもキウリも日の菜もみんな旬があって、季節とは切り離すことが出来ないので、ますます季節に生きるシアワセが身に染みる。
 庶民の贅沢はブブ漬けにとどめを刺す。
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2019年04月10日

都をどりと南座と

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 消防署の意地悪で祇園歌舞練場が使えなくなっている。
京都の春の名物「都をどり」は、やむなく洛北の京都造形大のホールで上演されていた。先代の猿之助さん等が加わって造られたホールは春秋座となずけられ、良くできたホールなのだが、日常的に劇場として使用されていないので、やっぱり空気が違う。どことなくよそよそしく冷たいのだ。学校のホールの宿命かもしれない。廊下や入口に賑わいがない。

 四条河原町の南座も同じく使用禁止になっていたが、ようやく耐震工事もおわり復活したので、「都をどり」も南座へ帰ってきた。それでも歌舞練場のような茶席のもてなしに使えるスペースはなく、どことなく花街のをどりとしては物足りなさが残る。

 演目は「御代始歌舞伎彩」(みよはじめかぶきのいろどり)。
 「都をどりはよーいやさあ」おきまりの掛け声に始まった置唄から、初恵比寿で授与される商売繁盛、家運隆盛の福笹になり、法住寺に集う白拍子や遊女たちの歌舞争いをみせて、四条河原阿国舞となる。南座の西側には「阿国歌舞伎発祥の地」という石碑があり、往時の賑わいを彷彿とさせる。あまりの人気に幕府もそのままにしておくことが出来ず、色模様を外した野郎歌舞伎となるが、いずれにしても江戸大衆芸能の中核にある歌舞伎模様が同じ四条で演じられることに共感。

 そして舞台は長唄から浄瑠璃にと、これがまたものたりない。わらしべ長者では劇場的スペクタクルにならない。第五景あたりには舞台機構を十二分に使いこなしたドラマティックなシーンがないと、観客がだれてしまうという計算がない。やはり構成者が女性だという欠点がみえてしまう。折角の女性だけの都をどりだから、いますこしその辺りの勉強をなされたら如何。

 一力さんのお座敷では照豊さん初め、福奈美、フク愛、小衿,小純、まめ彩、亜佐子そして豆千鶴さんに世話になった。ついこの間まで可愛らしい舞妓さんだった女性が、気がつくとすっかり女性になっていることに驚かされる。それだけこっちも年取ったという訳か。

 桜のなかに都があった。そして異人さんのなかに都人がひっそりと暮らしていた。そんな春の京都だった。


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2019年04月07日

深川めしのむかし

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 江戸っ子だからという理由にかこつけて昔から「アサリ」が大好きだ。
 春 潮干狩りのころになると、本郷の裏道にも「からあさり! からあさり!」の売り声がきこえてきた。「からあさり」つてなんだろうと疑問をもったが、のちに殻付きのあさりのことだと納得した。木更津あたりからの行商と聞いた。
 こぶりのザルを片手に近所の女将さんがアサリ売りのまわりに二人三人と集った。夕方にはあちこちからアサリの香りが立ち、こどもながらの食欲を刺激された。浅利めしやら、浅利の天ぷら、我が家ではどういうわけか浅利のみそ汁だった。赤だしの味噌に浅利の出しがきいて、とにかく美味いのご馳走だった。

 大川の花見も終わった頃、おせいさんがつれてってくれたのは、櫓したの「深川めし」の名店だった。
 深川めしに入る前におせいさんはかならず深川のお不動様にお参りをする。お参りをしなければ深川で座敷には上がってはいけない、というのがおせいさんのルールだった。
 お参りがすむと「揚げ饅頭屋さん」で土産の予約をし、はじめて深川めしの店にむかった。奥の四畳半ほどの小さな座敷には、障子に川面の反射がゆらめいて、子供ながらの別天地だった。障子をあけると、眼よりも高く掘割が流れていた。

 粋な模様のどんぶりに白いご飯が入り、いっぱいにのったアサリの美味かったこと、こうしたハレの日の深川めしは、老境の今にひきずっている。東京駅からの帰途、サウスコートにある喜代村のあさり弁当に手をのばし、軽井沢まで運んでいる。
 喜代村のアサリはたっぷりとして大きく、アサリ好きにはたまらない幸せである。
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2019年04月05日

美味い食パンを探せ

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 近頃「美味い食パン」が世間を賑わしている。食パンひとつ何のことやらと思われる向きもあるが、若い女性たちにとっては、重大情報なのだろう。
 原因は先の大戦に負けたことだといってもピンとこない人が多いかもしれない。が真実は、敗戦国の日本人にアメリカ農産物の余剰品を処理してもらう目的があった。第二次世界大戦に負けた日本には、ちゃんとした米のとれる田圃は少ししかのこっていなかった。日本政府はマッカーサーにたいして、食料の緊急援助を要請した。アメリカはしめたとばかり大量の余剰品をかかえている小麦粉の緊急援助にふみきり、飢えた日本人にパンを食べさせようとたくらんだ。

 第一弾はコッペパンになった。子供たちはコッペパンによって飢えをしのいだ。やがて食パンになる。いずれも水分の多い小麦粉本来の味よりも、とりあえずパンだよ、という作りだった。素人作りの電気パン焼き機がどこの家庭にもあって、アメリカの小麦粉に感謝しつつ食パンまがいのものを食べていた。
 あの時の将来を見据えたマッカーサー司令部の思惑がみごとに実を結んで、2019年のいま、女性たちが食パンの美味いパン屋に行列をつくっているのだ。

 ヨーロッパの人達は水気の少ないハード系のパンをたべる。水気が多いと小麦の味が判らないという。バケット好きのパリジャン・パリジェンヌも同じで、毎日エリゼー宮に届けられるパンも固いバケットである。

 日本の最近のブームは、少しデェニッシュに偏った食パンだ。食パンのデリケートな味よりもはっきりと違いがわかるデェニッシュが喜ばれる。
 大阪の春夏秋冬、神戸の小麦庵、京都のグランマーブル、など行列の途絶える時はない。祇園にあるグランマーブルは、外からはお茶屋のまんま、よもやここがパン屋とはわからない。すこし秘密めいた祇園ならではのパン屋というところが、お上りさんによろこばれる。東京では、六本木のグランド・ハイヤット東京のデニッシュが意外といける。
 それにしても紀伊国屋のイギリス・パンを超えるヤマが出てこないのが残念である。
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2019年04月01日

「令和」の時代始まる

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 ようやく新しい元号がきまった。
メディアはこの一週間、ああでもない、こうでもないと無意味な情報を垂れ流して商売に利用した。普段は左翼的な発言をつづけるテレビも、お笑いを集めて元号の候補をださせたり、大化以来の元号をパネルにして文字クイズをしたり、なかには新元号の商品化にはなにがいいかと小商いのアイディアごっこをしたり、視聴者には情報化時代の商品とはこういうものなのだと、納得させたり、あきれられたりの一か月だった。

 ある番組の有識者は、大化以来の元号をみて「こうしてみると時代がわかって面白いなあ」と感興を示していたが、筆者の小学生時代の教室には、神話時代そして神武以来、大化を経て明治、大正、昭和までの歴代天皇とその時代の出来事が、はば60cm長さ8mほどの帯状のいんさつぶつが天井に沿ってグルリとはりめぐらされていた。
 常に歴史とともにあったので元号は丸暗記していたし、神話時代も平安時代も戦国時代も明治維新もすんなりと時空を超えて理解できた。
 そうした教育環境をぶち壊し、インターナショナルな人間は育ったのだろうか。片言の英語でハワイに遊びにいくプータローだけが増殖したような気がする。

 新しい元号「令和」はあらかたの評判をえている。
 なによりもラ行のレが接頭語にきたのがいい。ファション業界ではむかしから新ブランドを立ち上げる時には、ア行か、レ行を探す。ア行は並べたときに上位にくる確率が高い。ラ行はひびきがよく、お洒落な印象になる。ラ行の音はファッショナブルに聴こえる。
 意味はともかくマルチメディアの今、大変にふさわしいネーミングだと言えよう。画数もすくなくかきやすい。令和女子大学もできるだろうし、チョコレート・ブティック レイワも生まれるだろう。ラーメンや居酒屋にはあまり向かないレイワである。
 あとは令和の時代に相応しい国家たりうるか、皇室たりうるか、そこが問題だ。
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2019年03月31日

一国二制度を叫ぶ玉城デニー

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「玉城デニー沖縄県知事」
 アメリカ軍水兵が沖縄進駐のおり、沖縄人女性とのあいだにつくった子供だつた。だったというのは、肝心の水兵は母子を沖縄に置いたまま、アメリカ本国へさっさと帰国してしまったからだ。戦後の内地でもこうした子供たちは数多くいた。
 その子供が成人し、政治家となったひとりが、玉城デニーという訳である。 彼は当初自民党からでて政治家となったが、県知事に出馬したころから反自民党に転じ、さらにいまでは反日政治家となってしまった。

 「沖縄の独立を認めよ。一国二制度にして沖縄の自治を認めよ」とAERAをはじめあちこちのメディアで声を上げている。
 かっての尚王家をなきものに、玉城王家を打ち立てて沖縄王になりたいのかとかんぐりたくなる。埋立て反対の勝利を笠に、沖縄自治州の独立をさけぶなど権力欲の塊かとも思われる。

 1972年の沖縄本土復帰以来、日本政府は沖縄の振興開発のためにいろいろと手をつくしてきた。沖縄博を開催して一気に観光開発を促進したり、沖縄にサミットを誘致して
首里城の再建をはたしたり、大戦末期の沖縄県民の苦労に報いるために戦跡の整備にはいちばんの手を差し伸べて敬意を表した。投資額は12兆円以上に及ぶ巨大な出金である。
にもかかわらず暗愚の宰相鳩山由紀夫の失言をたてに、基地絶対反対、アメリカ出て行けと、県民を煽っている。

 尖閣諸島を始め、沖縄までわが国の中核的領土だと発言を繰り返している中国に対して、なんの発言もなく、ひたすらアメリカ出て行けをくりかえすのは、中国の工作員
としかおもえない。地政学的に中国にたいする前線は沖縄にならざるをえない、尖閣の防衛にしろ、南シナ海の航路確保にしろ、最南端の沖縄が絶対的に重要であるということは
子供でも理解できる筈だが、玉城デニー知事には理解できないという恐ろしい日本人なのだ。

 一国二制度などというのは、中国共産党が英国の香港返還にさいして考え出したプロパカンダであり、冷戦時代の東西ドイツ一国二制度も東ドイツから西ドイツへの脱出が
止まらず、結局ベルリンの壁の崩壊をもって解決した事例がある。内地からの巨大な資金補助がなければ沖縄の自立は不可能だという現実をしらない恐るべき県知事が玉城デニーという英語の話せない日米混血の知事なのだ。
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2019年03月30日

真子さま佳子さま・内乱のゆくえ

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 いよいよ2日後には新元号発表となる。いや応なく平成の御代はおわり、新しい時代が始まる。
 今上天皇にとってましてや美智子皇后にとって、いちばん解決しておきたかったのは、秋篠宮皇嗣殿下家のゴタゴタだったに違いない。真子さまの結婚問題が一向に進展しない。進展しないどころか、秋篠宮ご一家の内情が次々と報じられ、宮家の内紛までが明らかになっている。

 原因はひとつ、「小室圭とその母親」という相手の特異な体質による。
 借金をしてもてんとして恥じない母親、それを正当化して屁理屈をこねる息子、この親子には400万ばかりの借金をさっさと清算して、後ろ指をさされないようになりたいという願望がない。学費をだしてもらった相手に感謝し、いつか報いなければならないというモラルもない。
 経済が不自由ならそれなりの学校をえらび、バイトに励んで家計をたすけるのが普通の常識、やれ留学だの湘南ボーイ・コンテストなどと浮かれ、宮様のいいなずけを武器に海外の学校の全額給費生になるなど、性根の腐った人間であることがよく判る。

 それ故に文春砲から女性セブンにいたる週刊誌がいっせいにこの婚約への疑問を投げかけた。
 こんな男に関心をもった真子さまにも問題がある。子供たちを自由に育てたという秋篠宮と紀子さまにも責任がある。ご自分が皇嗣殿下になり、次の天皇になるかもしれない男子がいる以上、国民にたいしての責任がある。
 神道の家元たる天皇家にありながら、占領政策のなかに生まれた国際キリスト教大学に娘二人をいれるなど、娘の意思尊重の域を超えている。かねてから奔放な姫君と言われてきた佳子さままでが、姉の婚約大賛成と発言し、私の理想とする男性は小室圭さんと、くちばしるようになった。

 秋篠宮家の「自主性を重んじた」教育方針は見事に裏切られ、「国民とともに歩む」どころか、勝手放題、皇族の公的立場も責任もまったくない自由だけの姫御前二人が誕生してしまった。
 この一連の成り行きをみていると、国民はいつかは皇室不要論に流れていくのではないかと心配になる。


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2019年03月29日

大相撲の神降ろしと神送り

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 「やっぱり白鵬はモンゴル人だ。」「白鵬は大相撲がわかっていない。」「格闘技と相撲の違いがわかっていないんじゃないの」
 白鵬の42度目の優勝後、土俵下でのインタビューを受けた後、観客に直接呼びかけて三本締めをしたことに対する反応である。横審からの指摘について、落語家の立川志らくは、「せっかくの優勝に何故文句をつける」といきまいていたが、今時の多くの日本人と同じく大相撲の意味を理解せず、ボクシングや格闘技と同じ理解で、この国の神事相撲についてまったく判っていない芸能人であると、みずから墓穴を掘った。

 そも相撲というのは、収穫などに関わる吉凶占いと同じ、勝負にたくした相撲神事だった。
 それ故に先ず土俵に神様を勧請する神迎えの儀式がある。土俵の中央に御幣をたてお酒を供え、神降ろしをして土俵開きをする。神様を呼び集めるだけでも大変で、信州の遠山まつりなどでも神様の名前を呼び上げるたけで3時間近くかかる。大相撲ではかなり簡略化され、初日前日の土俵祭りのなかで形式的な神迎えの祝詞だけになっている。
 相撲行事が終われば、当然の如くお集まりいただいた神様を天にお帰りいただく為の神送りの儀式がある。すべての行事が終わって、はじめて手締めになるのだ。自分が優勝したからとかってに手締めを行うのは、天にツバするに等しい。
 相撲神事として国技に認められている以上、これらの神事は正しく伝承されていくことが重要になる。

 そうした伝統としての相撲に関心のない人々は、ボクシングや格闘技と同じスポーツとして見てしまうが、スポーツは娯楽であって神事ではない。
 ただの娯楽ではなく神事相撲としての存在こそが、国技としての大相撲であり、欧米における相撲人気をささえている所以なのだ。

 相撲協会では土俵にあがるまえに相撲学校で教育をしているが、外国人力士には二倍三倍の時間をかけた教育が必要だろう。幼い時から神仏不在の環境で育ってきた人間に、民俗信仰を理解させるのは容易なことではない。白鵬という希代の横綱にしても、全く神事相撲が判っていないという現実がここにある。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする