2017年02月03日

柴犬が韓国人に食われる!

柴犬が韓国人に食われる!

 ヨーロッパの愛犬家の間ではだいぶ前から、日本の原産種である「柴犬」の人気が高い。何よりの証拠にシバ・コミュニティのいくつかがすでに存在している。
 柴犬は日本の古代犬種のひとつで、ハイイロオオカミの進化したかたちとされ、ほっそりした筋肉質の体格、軽快で俊敏な動き、野性的な鋭い警戒性のうえに、なによりも人間との強いきずながあると言われている。
 柴犬の名についていろいろ説はあるが、こぶりな雑木をさす芝に所以し、高地でやまどり、雉、兎などの狩に利用されてきたところから、つけられた名前ではないか、という説が有力である。

 ところで近年、韓国で柴犬の人気が急に高まってきた。日本の天然記念物である柴犬がぞくぞくと海を渡っている。案の定、対馬から盗まれた仏像と同じく、この犬はもともと韓国の犬゛だったと言い出した。もとは韓国の犬と思うほど愛してくれるのは嬉しいが、彼らのこと何時日本に犬泥棒が跋扈し、気が付いたらソウルの町のあちこちに柴犬が繋がれた居たという事態が発生するかもしれない。
 裁判に訴えても情緒法とやらで、この犬を日本から盗んできたのは確かだが、原産は韓国だから返さなくていい、といったデタラメな判決に見まわれる。

 それよりも心配なのは、犬食文化の盛んな韓国のこと。
 病気見舞いの体力回復にシバドック、精力増強にシバミート、美容のためのシバホルモンと、柴犬がはじから食べられてしまうことだ。いまでも一年に200万頭の犬が食べられているという韓国だから、そのうちの一割20万頭ほどには柴犬が混じっても不思議はない。
 よく調べたら川上犬も、戸隠犬も、石州犬も、因幡犬もみな、韓国人のお腹に入ってしまっていた、という笑えない現実が待ち構えているかもしれない。
 竹島を独島といわれてもへらへらしている日本の政治家は、このさいはっきりと「柴犬を盗むな」と主張すべきだ。
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2017年02月02日

ノルマか、目標か。

ノルマか、目標か。

 コンビニのノルマ問題が姦しい。
 ノルマが達成できないため、ノイローゼになったり自腹でツジツマをあわせたり、とにかく加重労働を強いる悪習だというので、役所が調査に乗り出したという報道である。
 そもそも「ノルマ」などという言葉を使いだしたのは何時の頃からか。かって労働にたいして「目標」と「成果」という言い方はあったが、ノルマなどという言い方はなかった。舶来のノルマなどという考え方は、どこかの経済研究所か、代理店が言い出したに違いない。ヴァブルが弾け、経済が不安定になったとき、目標では甘いというので、より義務感と強制力を感じる「ノルマ」という言い方が普及したのだろう。
 経済第一主義の弊害が見てとれる。アメリカ製のマネージメントなどという言葉から、ごく自然にノルマの深みにはまったのだろう。
 コンビニでは、「正月のおせち」から始まって、弐月は「恵方巻」に「バレンタイン・チョコ」参月の「ひな祭り」「ホワイト・デー」、「土用の丑の日の鰻」を経て、「クリスマス・ケーキ」までつぎつぎとイベント・セールスが仕掛けられている。デパートに於ける特売デーや物産展、盆暮の贈答品競争もまつたく仝じようなものだ。
 すべてに売上げ目標は設定されているし、担当者にとっては努力目標を超えてノルマに感じるのだ。何故なら、それがボーナスや出世に影響し、ひいては家庭問題にまで影響を及ぼす。資本主義のもとでの競争社会では、ある面必然のことでもある。

 電通新入社員の自殺をめぐって、ブラック狩りが横行している。何があったのかは知らないが、マスコミやメディアの仕事についてまわるのは能力と時間の関係だ。能力が低ければ時間は際限なく必要となる。時間が多いからブラックというのは、短絡すぎる。
 東大をでたから優秀だとはいえない。東大をでても役立たずのスタッフを限りなく見てきた。知識があっても才能がない。適応能力のない優等生というのは以外に多いのだ。そうした人たちは、メデイアの仕事などにつかず官僚とか研究所に向いている。自分の能力に対する判断力がとぼしいので、メディアを選択したりするのだ。メディアの熾烈な競争を生き抜くのは、それなりの才能を要する。
 ブラックと責める前に、その企業の置かれているフィールドについて熟慮しなければならない。ソ連という社会主義国家が破たんをきたしたのは、労働者の勤労意欲の低下だといわれている。
 ブラックではなかった共産社会の住み心地が、怠惰を万延させ資本社会に負けたのである。
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2017年02月01日

爆買いから肺洗旅行へ

爆買いから肺洗旅行へ

 春節とともに、中国人の観光客が猛烈に増えている。
 春節は中国に限らず、台湾も、韓国も、ベトナムも、シンガポールも、モンゴルも、インドネシアも、みな太陰暦の春節だから、いろいろの国の人々が来ているに違いないのだが、みな中国人ほど声が大きくないので、短絡的に中国の人と思ってしまう。
 中国の小、中、高、学校はみな一か月のお休みというので、家族みんなで大きなトランクを引きずってやってくる。ひところは爆買いにおどって、銀座のデパートも秋葉原の電機街もみなデューティフリー・ショップを作ったが、共産党政府の爆買い禁止の沙汰とともに閑古鳥がないている。

 今シーズンの春節海外旅行の最先端は「肺洗旅行」だそうだ。
 肺洗とはPM2.5のに汚染された内臓を洗いにいくというなんとも悲しい旅なのだが、いまのところ共産党政府も肺洗旅行の禁止までは言い出していない。
 肺尖旅行の日本の人気観光地といえば、まず北海道、そして信州だそうだ。白馬のスキー場やら野沢温泉にまじって軽井沢も入っている。凍りついた山道を貸自転車で走っている危険なグループは、ほとんど中国からやってきた肺洗目的のグループだ。町人は危険きわまりないので、冬の凍った道では自転車に乗らないのだが、すっかり不況にまみれている貸自転車屋はそんなことは言ってられない、とばかり乗りたい中国人にはドンドン貸し出している。自転車に限らず貸自動車も危険極まりない。交通法規を知らない中国人は、赤でもゆうゆうと交差点を走り抜ける。タクシーの運転手さんは、冷や冷やしながら走っている、とこぼしている。

 肺洗旅行のお土産第一位は、小林製薬の「清肺湯 ダスモック」、気管支の汚れをキレイにしながらしつこい咳、たん、気管支炎を改善、日本ではヘビースモーカー用で、PM2.5にきくとは書いていないのだが、すっかり中国ではスモッグの日の日常薬になっているらしい。お金持ちは10ダース、20ダースと買い込み、庶民も最低10箱は買うそうだ。マツモトキヨシも品切れ続出で、小林製薬も間に合わない、第二候補はツムラの「麦門冬湯」だという。
 貧乏旅行の若者はせめて「PM2.5対策マスク」のダース買いで我慢の肺洗旅行である。
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2017年01月29日

挨拶禁止マンションの大愚行

挨拶禁止マンションの大愚行

 「こんにちわ」「こんにちわ」細いあぜ道で行き交った小学生が声を掛けてくれる。あわてて返事を返す「こんにちは」。お祭りの撮影であちこちに飛びまわっていたころ、信州のチベットなどと呼ばれている過疎の村にいくほど、子供達は、無邪気な笑顔を投げかけてくれた。醸し出す温かさに癒され、さあいい写真をとるぞ、と励まされた。子供たちの何気ない挨拶の言葉は、形式的な村長の挨拶よりずつと嬉しかった。

 神戸に「挨拶禁止マンション」があると報じられた。
 身元不明の他人にあいさつの言葉をかけるなんて、危険きわまりない。子供達を危険にさらすようなものだ。
だからマンション構内はもとより近所でも知らない人に挨拶してはいけない、というお触れなのだ。

 この報道に接し、世も末と思った。そんなに人を疑って生きて、面白いのか。挨拶禁止を主張したママたちには血が通っていないのではないか。世間には貴女たちより素晴らしい人々がいっぱいいる、そうした人々を否定するほど貴女は偉いのか。人は人に支えられて生きてゐる、という社会そのものの否定につながる愚行以外のなにものでない。

 不衛生だから餅つき大会は止めろ、とか、除夜の鐘はうるさいから止めろ、花火大会ほど危険なものはない、火事になったらだれが責任をとる、人間にゆとりが無くなったのか、それともオバカになったのか、アメリカ型の訴訟社会に毒されてなんでもかんでも訴える、とてもいやな国になってしまった。
 ふと見渡せばクレーマーだらけの荒地が広がっている。くたばれ人権、感謝再武装を進めよ、なのだ。
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2017年01月28日

ネット中継に刺されたスカパーの末路

ネット中継に刺されたスカパーの末路

 Jリーグの全競技を中継してきた衛星放送スカパーが、遂にというべきか、時代の流れに抗することが出来ず、独占放映権を失った。つまりスカパーを見る動機が消滅してしまったのだ。
 社長は深くお詫びし、社員は10年もいっしよに苦労してきたのに、なんとつれないこととぼやいている。

 Jリーグの放映権を奪った相手は、インターネットのスポーツ中継サービス「ダ・ゾーン」を展開するイギリスのパフォーム・グループ。ダ・ゾーンは、メジャーリーグを始め、F1 、ヨーロッパ・サッカーなど世界中の130をこえるスポーツ競技、年間6000試合の中継を僅か月額1750円で楽しめる画期的なネット放送なのだ。
 いままでスカパーが、Jリーグに払ってきた年間放映料は約50億、それに対しダ・ゾーンは210億、経済規模においても全く歯が立たない。
 ベガスのスポーツ・カジノでも、ロンドンのブック・メーカーでも、バルセロナのスポーツ・バーでも、そのほとんどがダ・ゾーンのスポーツ・ネットを利用している。

 スカパーはSKY PERFEC TV という名前であるにもかかわらず、テレビの終わりが近ずいていることに気がつかなかった。田舎のサッカーチームとユルキャラなど動員して、イベントに浮かれていた足元が、ガラガラと崩れ出して初めて危機を認識したのだろう。
 テレビよ、さようなら、いつでもどこでも見られるネットテレビの威力に気がつかなかったのだ。
 スカパーに限らず、高い聴取料をとって運営している衛生放送やらBSやら沢山あるが、いずれも倒産解散の時は目の前にきている。
 いっこくも早く、電波を畳んで次に備えることこそが、事業者の責任であろう。
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2017年01月27日

名物にうまいものあり「特選ますのすし」

名物にうまいものあり「特選ますのすし」

 うむ、この何とも言えない食べごたえ? 今まで知ったつもりの「ますのすし」とは全然違った。
 肉厚なますの脂の乗りきった微妙なあまさ、これこそが「ますのすし」の醍醐味ではないか。いままで折に触れての「ますのすし」は何だったんだろう。貧弱なうすいますの赤身が、かためた飯のうえに張り付いていた。あのますの貧弱感が嫌いで「ますのすし」は僕の中ではベストバイの弁当ではなかった。

 が今回の富山紀行で、すっかり「ますのすし」にはまった。
 中川一政画伯のダイナミックなますの顔の赤地に浮かんだ「特選ますのすし」である。一回目の入荷は売り切れてしまいましたので、次の入荷は……いつもなら10時半頃には来るんですが、今日は吹雪いているので何時なるかわかりません。それでも頑張って待っていると、11時過ぎになって雪をかぶった赤ら顔のおじさんが、いやぁ、ごめんごめんといって運んできた。売切れ御免になると悲しいので、いささか図々しく割り込んで「特選ますのすし」を入手した。

 名物にうまいものあり「ますのすし」、このみやげ寿しは久しぶりに好評だった。大正元年富山への鉄道開通とともに駅前に旅館と調理場を作ったという源の作品だが、越中神通川ますとりの図が描かれた白い箱の鱒ずしには、どこか貧弱な駅弁の匂いがあっていまいち土産ベストテンにはならなかった。
 が孟宗竹に包まれた特選ますのすしを食して、初めて名物鮎のすしにとって代った理由が理解できた。奴のますが旗本のますにかわっていた。
 富山再訪の機会があれば、こんどは伝承館ますのすしを試してみたい。

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2017年01月26日

洛外へ行ってしまった祇園の「都をどり」

洛外へ行ってしまった祇園の「都をどり」

 京都の劇場に困った事態がおきている。
 去年の秋から突然に劇場が使えなくなってしまった。消防法やら建築法の違反で、四条の南座と祇園甲部の歌舞練場が使えなくなってしまったのだ。恒例となっている南座の顔見世大歌舞伎も上演不能となった。

 勧進元の松竹は、先斗町の歌舞練場で急場を凌いだが、いろいろと大変だったようだ。鴨川沿いの南座に招きがあがってこその師走の顔見世興行なのだが、あの狭い路地をはいった先斗町の小屋では、なにより気分がでない。四条大通りに面した華やかさがない。
 舞台も狭く、奥と袖もないので舞台装置もかなり簡略にならざるをえない。楽屋も狭く、地方さんたちのいる場所もない。

 甲部の歌舞練場も駄目というので、今年の都をどりは北大路のはての京都造型大学の学内ホールでやることになった。とんでもなく遠い。祇園のお茶屋さんに出入りするご贔屓はどうするのだろう。
 造型大学の入口には、幅20メートルにもなる階段がある。老人が一人で登るにはきつい40段ほどの石段である。若い学生たちにはキャンバスへの希望の階段かもしれないが、ご贔屓すじの老人にとっては地獄である。
 金毘羅さんのように客を乗せてあがってくれる駕籠掻きでもいてくれればいいのだが、あの階段を想像しただけで、今年の都をどりはパスなのだ。
 それにホールもよく出来てはいるが、花街のなかの歌舞練場とは違い、華やかさに欠ける硬質な雰囲気なのだ。どこか建築全体に冷たさがあり、どう考えても花街の踊りには向かない。
 お茶屋の女将さんもお客さんの接待が大変なことだ。タクシーの何台かを常駐させてピストン輸送しなければ客も納得しないだろう。花街の春は大学のホールでは演出できない。舞台があればそれでいいというものではない。町の空気を感じ、行き交う芸妓衆やら舞妓を横目に、華やかな花街の雰囲気につつまれてこその「都をどり」なのだ。

 をどりを終えて祇園の座敷に息せき切って戻ってきた芸妓たちの、お詫びと言い訳の挨拶がいまから聴こえてくる。
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2017年01月24日

猛吹雪のなかの白川郷

猛吹雪のなかの白川郷

 猛吹雪の飛騨白川郷へ行ってきた。
 何年か前、友人の運転で訪ねたことがあったが、その時はまだ秘境の雰囲気を漂よわせていた。合掌作りの民家民宿に宿をとり、囲炉裏を囲んで古老の話をきき、山女魚の焼けた香ばしさに幸せいっぱいの旅だった。
 再度訪問して驚いたのは、世界遺産の看板と共に、すっかり観光地らしくなってしまっていたこと。

 雪に覆われた秘境の谷間には、中国人が溢れていた。中国の人々にとって、この白川郷がどんな歴史を生きてきたかは全く関係なく、日本の昔の貧しい村落風景位の興味なのかもしれない。自撮り棒とけたたましい声と不作法の限りの旅があった。
 お蔭であちこちが制限だらけ、秘境の村落が一望できる萩町城址の展望台は立ち入り禁止となり、マイカー観光も不可能となった。幸いにも潜りこんだオヒトリサマ・ツアーの食事処が、展望台の天守閣だったのでなんとかライトアップを望見できたのが、せめてもの収穫だった。がこの夜の白川郷の気象は、荒狂った吹雪としばれる寒さで、久しぶりのバツ・ゲーム、マツゲは凍り視界不良、カメラのレンズにも氷が張って撮影どころではなく、指先という指先のすべてが機能障害を起こす、という悲惨な有様に見舞われた。

 この豪雪地帯の人々のすべてが、室町末期には浄土真宗の門徒となり、助け合って生きてきた秘境の文化には頭が下がる。旧家の片隅に残された小さな阿弥陀如来に、救いを求めた過酷な自然と宿命がこめられている。  60度の急勾配の屋根裏での養蚕と、カイコの糞を捏ねて、密かに造った煙硝の陰にどれだけの苦労があったかと思うと慄然とする。信長に逆らった石山本願寺の秘密基地として、他言無用の厳しい掟のもと、何百年ものあいだ歴史から隠れて火薬づくりを営んできたここの人々の暮らしを考えた時、簡単に観光地と呼んでいいものかどうか、自らを問い質してしまうのだ。

 白川郷は風景遺産であるとともに、悲しい歴史遺産なのだ。
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2017年01月22日

マネーファーストのトランプはいつまで?

マネーファーストのトランプはいつまで.jpg

 この国はアメリカの植民地かと思わせられたトランプ大統領就任のテレビ報道だった。
 トランプの一挙手一投足に密着し、会場に向かう夫妻の足取りから、装甲車並みの大統領専用自動車の解説、そして就任演説のすべてを報道する。一見公平を期した報道のように見せながら、実態はトランプの英雄化に手を貸したメディアの垂れ流し報道だった。
 ヒットラーに金を持たせたようなこのどうしようもない大統領を選んだのはアメリカ国民なのだから、批判するとすればアメリカ人を批判しなければならない。アメリカ人は多民族国家という自らのアイデンティテイを棄て、白人優先主義というアフリカのどこかの国のような選択をした。

 このヒロイズム100パーセントの白人大統領は、力の信奉者であるとともに拝金主義主義のかたまり、つまりウォール街の使いなのだ。金になりさえすれば、何でもありの不動産王、下品極まりない人間だと言える。
 この大統領がこれからの4年、うっかりすると8年、世界中を引っ掻き回すかと思うと暗澹たる思いになる。
太平洋沿岸国家が何年も苦労に苦労を重ねて、やうやく体裁を整えたTPP協定はあっさり反古にされ、NAFTAも白紙に戻すと表明、さらにオバマ前大統領が苦労して作った、国民医療制度オバマケアも見直すと就任初日にサインした。さらに軍事費の上限を撤廃し、今日からアメリカは世界最強の国家を取り戻すと宣言した。

 こうしたトランプの支持者層は白人貧民層が大部分で、大統領就任の式典には見事に白人ばかりが集まり、黒人も有色人種もまったく参加していない異常な風景だったと伝えられる。有色人種蔑視に加え、女性蔑視の発言も度重なっているので、アメリカ・ファーストは白人のエスタブリッシュメントからも反発をうけている。
 かのケネディも暗殺された国に於いて、いつトランプ暗殺という訃報が起こるともかぎらない。世界は固唾をのんで、この始末のわるい大統領の行方を案じている。

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2017年01月19日

韓国のやらずぼったくり

韓国のやらずぼったくり

 韓国は本当に困った国である。
 1965年の日韓基本条約によってすべて解決済みのはずが、国家間の約束をすべて反故にして少しも恥じることがない。ウィーン条約をはじめ国際間の取り決めにも全く意を介さず、自分たちの勝手な理屈をもちだして勝手なことをする。世界という秩序のなかでの国家ではないのだ。
 詐欺と脅しの常習犯であり、歴史的事実もなにも関係なく因縁をつけてくるならず者の集団、それが韓国だと思うしかない。

 なかでも韓国挺身隊問題対策協議会という団体は始末がわるい。
 慰安婦像をそこらじゅうに設置することが唯一の目的になっている。ヴェトナム戦における韓国兵の性処理の問題など一切拭って、あたかも日本人にのみ存在したかのように慰安婦像をつくりまくっている。
 その元を作った朝日新聞すら誤って反省しているのだが、韓国人は聞く耳をもたない。朝日新聞の自虐史観にも困ったもの、メディアとしての権力批判姿勢に、教条左翼が加わって日本国を貶める論調に固まっている。最近はそれも少しずつ剥げて、購読紙数は坂道をころがるように減り続け、ついに社長みずから、不動産屋への転向を示唆する事態に追い込まれた。

 従軍慰安婦記事をねつ造した犯人、朝日の植村隆元記者は、呆れたことにちゃっかりと韓国カトリック大学の教師になりすまし、あいかわらずの慰安婦と強制連行の虚偽を語っている。植村記者は日本と韓国の間に拭いがたい溝をつくったのだから、戦時における性の問題を歴史的に検証し、ふたつの国の誤解を解くような活動をすべきだろう。朝日新聞も社会の公器としての責任を感じるなら、韓国の慰安婦設置問題がかたずくまで、韓国メディアを通して歴史の真実を明らかにする活動を続けるべきだ。
 愛国心の欠落した新聞記者と新聞社にはあきれるばかりだ。

 日本は10億円を使って、慰安婦像の増殖とやはり韓国は信用できないという分かりきったことを学んだのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする