2018年02月19日

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

 二月という月は、制服業者にとって最後の追い込み月になる。ほとんどの制服は前年の秋には決定しているので、あとは個人に対して周辺付属のグッズ消費促進を企てるのみだ。

 自衛隊、警察、消防などの制服は、何時何処で誰がセレクトしているのか、知るよしもないが、学生服となると案外市民の近いところで選別が行われる。泰明小のアルマーニ学生服はどこかのデパートでうられるのかもしれないが、私学の服についてはあらかた近所に学校指定の制服やが存在した。
 制服販売の服やは何代か続いているような無気力な店が多かった。それでも新学期が近ずくと、店頭に○○小学校御用、○○女子中学校御用、などの書初めのような白紙がはためく。普段やる気のない店が意味もなく活気ずいてみえた。
 新しい制服は未知の世界へのパスポートのようなものだから、母親に連れられて採寸にいく本人は、ドキドキしていた。店のたたずまいを読み取る冷静さはまったくなく、間もなく始まる新しい毎日への期待とごちゃまぜになった興奮の時間だったような気がした。

 巷の話題に制服の佐川男子など登場するが、野郎たちの興味はもっぱら看護婦さんだったり、キャビン・アテンダントにむいていた。
 なかには世界のエア・ラインのCAの制服に異常な関心があり、とくとくと画用紙に制服デッサンをこなすオバカもいた。取り囲んでそのデッサンの行方を見つめ、尤もらしく論評を加えていた仲間たちも結構オバカな青春だったといえる。

 制服として圧倒的なパワーをひめているのは、陸、海、空、自衛隊三軍の夏の第2種礼装にとどめをさす。
となりに白無垢の打掛がこようが、胸までだした白のウェデイング・ドレスがこようが、絶対に負けない。
 蝶ネクタイにカマーバンドを締め、制帽をいただいたらまず一級品の日本男子が完成する。
 通常幹部自衛官と准尉だけに許される礼装が、自分の結婚式に限って着ることを許される。自衛隊の粋なハカライなのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 20:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

青梅に残った最後の映画看板

青梅に残った最後の映画看板

 奥多摩の青梅という街はおもしろい。
 昭和がいっぱいに詰まっている。JRの青梅駅に降り立てば、まず懐かしの映画看板が出迎えてくれる。町を歩けば原節子に会えるし、笠智衆にもあえる。そのうえジョン・ウエインにもオードリー・ヘップバーンにも会えるのだ。
 映画看板が、青梅の街の顔になっている。いまではほとんど見なくなっている映画看板だが、昭和の街を彩ったのは、一週間ごとに変わるあの泥絵具で描かれたドギツイ映画看板だった。焼跡の荒廃した銀座に「カルメン故郷にかえる」の踊る高峰秀子の看板を仰いだ時の感動は忘れたことがない。

 東京物語、花の兄弟、黄金仮面、キリマンジャロの雪、明日に向かって撃て、市民ケーン、ローマの休日、黄金仮面、いづみ・ひばり・チエミのジャンケン娘等々、とても似ているのもあれば、少し微妙な看板もあってとにかく楽しい。
 この街には赤塚不二夫会館から昭和レトロ博物館、昭和幻灯館までそろっている。昭和をテーマに卒論を書く学生にとっては、青梅はこのうえなく有難い街に違いない。

 この青梅の街の景観を作った最後の映画看板師久保板観さんが、去る2月4日亡くなられた。泥絵具をニカワで溶いて、盛り込むように描いたあのテクニックを継承する人は、もうひとりも居なくなってしまった。
 商店街を歩きながら、板観さんは「ここは俺の画廊なんだ」といっていたそうだが、日本中から商店街が姿をけし、映画館も無くなって、さぞや寂しい気持ちで、あの世に旅立たれたことだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

 ようやく5月パリ展の作品、フォト・プリントが完成した。
 といっても手元でプリントができる訳もなく、東京両国忠臣蔵のあの吉良邸あとに建つフレーム・マンなる巨大写真工房の皆さんの協力でできた。この工房のいいところは奈須田社長のお人柄とスタッフの皆さんの心使いのすばらしいところだ。
 パリでは額付きの展示はあまり歓迎されない。額にはそれぞれの趣味があり、作品を購入した人の好みが反映するからだ。従って厚紙のフレームによるブックマット方式で展示される。
 今回は東西の融合ガテーマなので、日本を被写体にとりあげたもの10点とフランスを被写体にした作品20点の構成である。もう少し理屈を並べれば、日本の自然風土とフランスの精神風土をみつめ、一枚の映像のなかに時間を語らせることに焦点をあてた。

 イースト・サイドの作品タイトルを列挙する。
 @ あなたは祈らなくともいい  南紀・串本・橋杭岩
 A 恋がしのんでくるように  安曇野・水景
 B 未熟な花々の歓声  福島・花見山
 C 神々をつれてくる  信州・別所平
 D 風にいだかれ 身をまかせる  霞ヶ浦・帆曳船
 E 想い出は青く痛い  北海道・美瑛
 F とっぜんに魔性が消えた  京都・祇園
 G 舞いおどる 秋におぼれて  京都・祇園
 H 極楽でお待ちします       宇治・平等院
 I 耕して天にいたる  唐津・浜野浦

 タイトルから映像を手繰り寄せていただくのも一興かと。いずれ映像もアップさせていただきます。
 とりあえずパリ展の第一報を。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

小室母子の怪しげな生態

小室母子の怪しげな生態

 秋篠宮家真子さまと小室圭さんの婚約延期事件をみて、この若者たちのあぶなっこさがつくづくとわかる。
 真子さまはこの結婚によって臣籍降下されるのだが、だからといって将来天皇になられるかもしれない弟君の姉であることにはかわりない。つまり、天皇家の親戚としての一生を送らねばならないのだ。
 それだけに恋愛の相手については、より慎重でなければならないことは当然のことだし、キリスト教的な恋愛の自由はないと思わねばならない。世間知らずの姫にそれだけの洞察力があると思うほうがおかしい。
 そうした面から父君の秋篠宮殿下の甘さはあつたし、紀子様も不用意だったといわれても仕方ない。かっては宮内庁や侍従、教育係が絶対的な責任を持ち、宮様方を守っていたし、結婚のお相手もこの上なく慎重に検討し、選んでいた。
 近頃はなんでも本人が選んだのだからとか、宮様が気にいったのだからと、大人たちは責任を回避している。 大人には大人の責任がある、ということにたいして世間全体がゆるくなっている。

 そもそも小室圭という人物について、本当に素晴らしい若者だと感じた日本人はそんなに多くなかった筈だ。
 真面目な学生は「湘南海の王子コンテスト」などには絶対に応募しない。自己顕示欲のつよい軽薄な人間だからこその行為だし、時にアナウンス学校にかようというのも胡散臭い。鏡のまえで冷静に自己をみつめれば、自分がアナウンサーに向いているかどうかわかるはずなのだ。よほどナルシストなのか、馬鹿なのか、どちらかに違いない。
 母親という人も問題だ。夫を亡くし子育てのためとはいえ、男に頼り、金銭をもらっていた。結婚前から次々とお金をもらい、子供の養育費に充てていたとは、なんとも見栄っ張りな話だ。貰った金は贈与だと、母子揃って主張したというのだから、ますます困ったことだ。結婚詐欺か売春婦かみたいな話で、相手の男は返してくれ、といっているのだから肉体関係を餌に、金だけせびって逃げたのかもしれない。
 いずれにしても下品なトラブルで、真子さまの嫁入りに適切な環境とはいえない。

 宮内庁は自分たちの責任はホホッカプリのまま、とりあえず結婚延期を発表したが、この先小室家から円満に結婚ご辞退を申し出れば事態は収拾できるが、破廉恥な小室親子が果たして結婚辞退を申し出るか、居直って慰謝料でも要求するとなれば、全く困ったことになる。ことは文春の見守る重大事態である。   
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:44| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

美女軍団とテレビ朝日

美女軍団とテレビ朝日

 人間から思考力を奪い、馬鹿をつくるには「スポーツ」と「セックス」にまさるものはない。と堂々と発言したのは、第二次世界大戦で日本を占領した連合軍のマッカーサー司令部だった。
 素直な日本人は天皇制さえ守ってくれるのならと、唯々諾々とそれに従い、スポーツ振興とスポーツ・ギャンブルに邁進し、映画も舞台も義理人情を排し、性表現に意を尽くした。
 あれから70年、戦争に負けるということはこういうことなんだ、と最近しみじみと感じる。

 平昌オリンピツクは見事に北朝鮮に乗っ取られた。ネットでは平壤オリンピツクと呼ばれている。
 美女管弦楽団に興奮し、美女応援団に異常な興味を示す。北は見事にマッカーサー司令部を学んでいた。

 テレビ朝日のレポーターの軽薄ぶりが話題になっている。
「美しいですね」というフィリップを手にしたレポーターは、美女応援団に近ずき絶叫、「アッ、こっちを向いてくれました!」「アッ、笑ってくれました!」「笑ってくれました」  さすがネット族もその軽薄ぶりに唖然とし、いっせいに攻撃した。
 テレ朝の馬鹿レポーター、日本人を何百人も拉致されている、ということを考えろ! お前は阿呆だ。ディレクターは大馬鹿だ。プロデューサーは何を考えている。! スポーツ・レポーターの馬鹿ぶりはテレビメディア全体の信用を落とし、今更のようにメディア・リテラシーの重要性を喚起させてくれた。

 ようやく最近はメダル、メダルとそちらに関心が移ったようだが、オリンピック始まり当初の話題は美女軍団だらけで、日本の地上波テレビは北朝鮮の宣伝隊に成り下がっていた。メディアとしてのプライドも品性もまったくなく、ましてや日本人の悲劇についての思考力ゼロという体たらくだ。
 敗戦国民のたどる愚かさを、テレビ朝日のレポーターは十二分に知らせてくれた。情けないではかたずけられないテレビのテイタラク、それが平昌オリンピックだった。

posted by Kazuhiko Hoshino at 06:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

 ヴァレンタイン・デーに先んじて送られてきたプレゼントにとても嬉しいものがあった。15センチ×10センチそれに高さ6センチほどのブリキの缶に入ったお菓子である。この場合中味の菓子はどうでもいい。菓子をいれた缶がとても嬉しかった。

 缶の表面にはルネ・マグリットの作品がプリントされてある。お菓子の名前もメーカー名もまったくない。
お菓子を作ったメーカーの作品にたいする姿勢、敬意がみえてますます嬉しくなる。マグリットの作品はかの「人の子」(1964)に描かれた作品である。小市民の紳士の顔に青いリンゴの実がたちはだかっている。

  小市民は白いワイシャツにネクタイをきちんと締め、待ち合わせ時間には絶対に遅れないルネ・マグリツト自身のような紳士だし、顔を遮った青いリンゴもまだまだ未熟な自己を表すような示唆にとんだ構図の作品である。彼の視覚と哲学の融合という考え方が見事に作品化されている。
 なによりもマグリットの作品にホツとするのは、基本をなすもののカタチが、きわめて正直で明確なことだ。そこには主観をいれた難解なものはなく、平易なかたちの合成のなかで哲学を主張している、芸術家のひかえめなモラルに充ちた思想が流れている。

  上半身がブルーとなり、下半身がリアルカラーの「黒魔術」と題された作品でも基本の形はまったく写実の女性だというところがまさにマグリツトであるし、「共同発明」は上半身が魚、下半身が人間そのもの、「ゴルコンダ」でも天地を浮遊する無数の人間たちはじつにリアルなのだ。マグリットが時間を超えて支持されるのは、シュールリアリストたちの我儘を超えたところにある彼の思想にあるのだろう。
 ちなみに彼は死ぬまで夜10時の就寝時間を守ったと伝えられる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

校服がアルマーニで何処が悪い!

校服がアルマーニで何処が悪い

 アルマーニの制服(標準服)について、東京しらずの議員やら、田舎出身のジャーナリストが騒いでいる。公立校としてこんな高価なものは如何なものか、小学生に着せるものではない、とかまあ近頃のクレーマー族と同じだ。

 まず第一に東京における学校格差について、全く認識がない。銀座・泰明小学校を公立校だからといっているが、そこが先ず間違っている。泰明小学校は公立校だけれども、公立校ではない。現在では「特認校」といっているが、学区外からも入れる特別校なのだ。なにしろあの東京大空襲にも負けなかった22センチの鉄筋コンクリートに守られたエリート校である。中央区民は少人数教育の超有名名門校と認識している。ここを出て麻布中、日比谷高、東大と進むのが、親たちの夢である。
 泰明小学校の正門は「フランス門」と呼ばれ、そこをくぐって学校に通うのはとても晴れがましいことなのだ。

 東京には昔から「下町の学習院」などという言い方があった。江戸っ子にとって「学習院」というのは、高貴な、お上品な高級な、育ちがいい、といったスラングで、学習院そのものをさす言葉ではなかった。

 小学校も下町では泰明、久松それに明治あたりが、「下町の学習院」だった。山の手では、番町、麹町、そして筆者も通った誠之(セイシ)が「下町の学習院」と呼ばれていた。当時は名門私学よりも名門公立校のほうが人気があった。教育方針もそれぞれで、その学校の教育方針に従い、卒業まで通うことを誓ったうえで入学が許された。戦後机のうえの線引きで生まれた学校とは全く違う。
 誠之の名称も儒教の書から「誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり」と水戸藩主徳川斉昭が命名された。一高、東大への進学校で、公立でありながら都内有数の名門校であり、一年生から英語のある学力向上フロンティア・スクールだった。

 こう考えてくると、泰明小のアルマーニ採用はなんの不思議もないことに行きつかないだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

稲荷ずしの人気衰えず

稲荷ずしの人気衰えず

 まもなく2月11日初午稲荷の日がやってくる。
 恵方巻が済んだと思ったら、次は稲荷寿司の日だ。この国のアキンドはつぎつぎとこざかしい商売イベントを考える。それも一般社団法人全日本いなり寿司協会制定というなんとも有難い団体がお決めになった。
 すぐ後にはチョコレートの日が待ち構えているので、そのまえにいなり寿司を売らなければならないという涙ぐましい努力だ。
 個人的にはイナリ寿司は大好きなので、この稲荷寿司食べようデーは大好きではある。

 甘辛く煮た油揚げのなかに酢飯をつめたお稲荷さんは、日本人の味覚にとってごく自然に受け入れられる信仰食だ。稲の豊作を祈願し、商売繁盛の願いが達せられるとあれば、稲荷寿司を食べるに弊害はひとつもない。
 酢飯についてはいろいろがある。江戸末期のころはシイタケ、干瓢を刻みいれたのが主役のようだ。明治になってオカラや飯をいれ、ワサビ醤油をつけて食したという文献がある。のちに人参と椎茸に特化したというのが真相のようだ。
 津軽では紅生姜にクルミ、笠間稲荷では蕎麦にクルミ、西日本からきたのが、椎茸、人参、ごまといった王道のようである。

 六本木のおつな寿司は、明治8年創業ときくが、ここの稲荷はテレビ業界の人気者となっている。この店の稲荷は昔から裏返しの油げにゆず入りの酢めしが入っていた。裏番組を食うところから、テレビ業界の縁起担ぎにマッチして、スタジオの差し入れなどにさかんにつかわれるようになった。

 しのだ寿司という名前も稲荷業界に多い。歌舞伎の葛の葉から、「恋しくば たずねきてみよ 泉なる 信田の森の うらみ葛の葉」淡路町の志乃多も、人形町の志乃多も、浅草の志乃多も、みな繋がっている。

 歌舞伎座の楽屋で人気なのは、銀座白銀や(プラチナヤ)のひとくち稲荷だ。化粧をしながら衣装をつけたあとでも一口で気楽に食べられる。ゆず、焼き、宝珠、とりごぼうなど具の工夫も嬉しい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

万博止めたフランス

万博止めたフランス

 「2025パリ万博やーめた」フランスのフィリップ首相が、2025年のサクレーに於ける万博開催のプロモーションは止めよう、と言い出した。そんなにイベントにばかり浮かれてどうするの、という新しい提案だ。すでに万博事務局に辞退願いが出されている。

 5年に一度大規模な開催をする万博は、2025年の万博に世界の四つの都市が立候補している。ロシアのウラル中核都市エカテリンブルグ、アゼルバイジャンの首都バクー、そしてパリ、日本の大阪という顔ぶれだ。今年11月の万国博覧会国際事務局総会で開催地の決定をする段取りになっている。

 フランスでは23年にラクビーのW杯、25年にはパリ五輪、そのうえ万博までいらないというのだ。そもそもこうしたイベントによる経済振興は来る所にまで来てしまった。毎回莫大な赤字をだし、政府補助金という名の国民の税金補助でなんとか名目をたもっている。
 瞬時にして情報が飛び交う今日、一か所に世界中から集まって情報競争をやる意味があるのか、そんへんのところを冷静に考えてみよう、というのだ。すでに万博という展示方式は過去のもので、21世紀のいま、もうすこし他の方法で芸術文化の展示方法を考えたほうがいいのではないか、ということのようだ。
 資本社会の勃興期には意味のあった万国博だが、資本そのもののいきずまった今、万博をやる意味がないのではないか、というのがフランス政府の考え方だ。

 大阪ではオリムピックを東京にもっていかれた腹いせに、なんとしても万博を大阪でと煮詰まっているようだが、いちど立ち止まってフランスの考え方を検証するのも意味ありと思うが如何。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

縁切り神の効用

縁切り神の効用 縁切り神の効用

 人の縁でもつ毎日、と考えるのはよほど古いらしい。
 人と関わりたくない。他人と付き合いたくない。という人々が圧倒的にふえている。生活半径をどう考えるかということから、その辺の意識は決まってくる。世間という単位も、社会という単位も、すべて個人のまえに雲散霧消し、自分はこう思う、自分はこう考える、すべては自分のためにという「ミーイズム」が登場して30年程もたつだろうか。
 自分主義、自分勝手、自分第一の生存競争が世界を支配している。

 「夫が無間地獄に落ちますように」「息子の嫁が一刻も早く出ていきますように」「娘が付き合っているヤクザの男と縁がきれますように」こんな物騒な絵馬がぎっしりと並んでいるのが、京都東山祇園の東にある「安井金毘羅宮」である。平安時代崇徳天皇があらゆる欲を断って讃岐の金毘羅宮に籠ったことから、「断ち物の祈祷所」として信仰を集め、全国から断ち物祈願の人々がたえない。
 近頃では定年まじかの夫との縁をきりたいとか、夫の浮気相手を呪い殺したいとか、生々しい断ち物祈願が多くなったそうだ。
 なかに「おばあちゃんの病気がいなくなりますように」などという愛らしい祈願をみるとホッとする。

 わざわざ京都まででかけなくとも、日本全国にいくつかの縁切りスポットはある。
 北関東足利の「門田稲荷」もそのひとつ、足利学校のおひざ元だけあって、学業不振との縁切りを願うまじめな祈願もある。
 大阪の天王寺にある「鎌八幡」も有名だ。真田幸村が境内の榎に鎌を突き刺して戦勝祈願したとつたえられている。いまでも住職がご神木に鎌を突き刺して悪縁断ちを祈願する「特別祈祷」が行われている。

 身の回りにある悪書、悪食、悪縁すべてを断捨離しなければならない年齢となり、こうした縁切り神も貴重な存在と思える昨日今日である。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする